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プロの仕事

2009.04.30

昨夜(4月29日)のNHK「知る楽・こだわり人物伝」のスタルヒン編「野球がパスポートだった」第1回への反響が多数寄せられた。

全国放送であるNHKのパワーを思い知らされた感じだ。日経新聞と産経新聞の「ラジオ・テレビ欄」でこの番組のことが紹介されていたせいもあるだろう。私が出演することをそこで知って、教育テレビとは思えないほど多くの知り合いが「チェック」を入れてくれていた。

伝説の大投手・ヴィクトル・スタルヒンの数奇な運命を番組スタッフとナビゲーター役の私とで、どのくらい伝えられるか――なにぶん全てが初めての経験なので難しかった。

しかし、稲塚秀孝ディレクターの獅子奮迅の活躍により、短い時間(25分)ながらも感動的な番組に仕上がっていた。第1回のヤマ場は、なんといっても旭川に残りたかった18歳のスタルヒン少年が“自分の意思に反して”東京へ連れ去られる場面である。

父親代わりだったスタルヒンの絵の師匠・高橋北修画伯のところに別れの挨拶に来たスタルヒンが、泣きながら自分のピッチング・フォームを高橋夫妻に見せて、旭川を去るシーンである。再現フィルムと心に沁み入る音楽が、その時の涙にくれた3人のようすをよく表わしていた。映像のプロの仕事を見せてもらった気がした。

私自身のナビゲーターぶりについては、肯定派・否定派、相半ばといったところか。「もう少し笑みをたたえてやれ」「表情が硬いんじゃないのか」と、友人・知人からさまざまなアドバイスをいただいた。まあ、この手のナビゲーター役は初めてだけに、まずは及第点ぎりぎりといったところか。

来週の第2回「大投手への道」も楽しみだ。稲塚ディレクター、次回も感動的な番組に仕上げてください。頼みます。


カテゴリ: テレビ

現われた柔道界のスター

2009.04.29

開始27秒、その技は決まった。穴井隆将(天理大職員)が3度の全日本優勝のキャリアを誇る王者・鈴木桂治を左からの背負い投げで屠ったのだ。その瞬間、穴井は「うおー」と雄叫びを上げ、拳を畳に向かって突き出した。

今日、九段の日本武道館でおこなわれた全日本柔道選手権の準々決勝で、穴井の剝き出しの闘志が「もう一度世界を」とカムバックしてきた王者鈴木の執念を上回ったのである。

「世代交代」。それは新たなスターが柔道界に誕生したことを物語っている。漲(みなぎ)る気迫で、次の準決勝で優勝候補の一角・生田(しょうだ)秀和を見事な内股透かしで破った穴井は、決勝でクセ者のベテラン棟田康幸と激突した。

場内の大歓声の中、積極的に攻める穴井と、例によって切れかかった体力を温存するために試合が中断するたびケガをしたかのように“休憩”をとる棟田。しかし、一瞬の隙を突いて「有効」でリードしていた棟田に、最後は「注意」が与えられ、勝敗は判定に持ち込まれた。

穴井の勝ちを示す審判の赤旗が「三本」上がった時、穴井は座り込んで泣き始めた。試合終了の挨拶のあと、関係者のもとに走り寄った穴井は、あたりを憚らず号泣。「ありがとうございます、ありがとうございます……」そう言いながら、穴井はただ泣きつづけた。

優勝インタビューでも穴井は涙をこらえられなかった。「今日一日は喜びに浸りたいと思います。(しかし)明日からは世界選手権にモードを切りかえて、必ず金メダルをとります!」。穴井は、涙の中でそうインタビューに答えた。

NHKのテレビで解説していた篠原信一は、天理大の教え子の栄冠に泣いていた。全日本柔道選手権3連覇の実績を持つ篠原。自分の優勝では一度も泣いたことがない篠原の涙に、アナウンサーまで涙声となった。師匠までが泣いた穴井の初優勝。努力の男・穴井の人柄が伝わるシーンだった。

私と名前が同じ「隆将クン」。柔道界にこれから是非「穴井時代」を築いて欲しい。井上康生が去り、スター不在となっていた柔道界に、目鼻立ちの整った「ナイスガイ」が彗星のごとく現れたのである。

カテゴリ: 柔道

テレビはむつかしい

2009.04.28

明日は、偶然にも「NHK」と「チャンネル桜」に両方、出演することになった。といっても、すでに収録は終わっているので、どう編集されているかを観させてもらうだけである。

NHKは、これまでこのブログでも再三紹介させてもらったが、教育テレビの「こだわり人物伝 野球は僕のパスポート(ヴィクトル・スタルヒン)」のナビゲーター役である。

生まれてすぐ「ロシア革命」によって一家で放浪生活に入り、日本へ亡命し、貧困のなか野球と出会ったスタルヒン。この恐ろしいスピードボールを投げる少年の評判を聞きつけた巨人軍の創設者・正力松太郎の策謀により、日米野球に出場するために旭川から連れ去られた時、スタルヒンはまだ18歳だった。

職業野球が発足すると同時に、最年少投手としてマウンドに上がったスタルヒンは、戦時中、“敵性外国人”として球界から追放されるなど過酷な運命と闘いながら、昭和30年、ついに「日本初の300勝投手」となる。

しかし、そのわずか1年4か月後、現役を退いたばかりのスタルヒンは40歳の若さで交通事故死する。彼の生涯は、激動と波乱という言葉がぴったりである。

スタルヒンの生涯を是非紹介したいというスタッフの熱意がどう画面に出ているのか、楽しみである。尚、このスタルヒンの生涯については、来月18日発売の『新潮45』6月号に「日米野球の因縁と“怪物”スタルヒンの涙」というタイトルで私が寄稿する予定だ。こちらもお読みいただければ幸いである。

もうひとつの「チャンネル桜」は講談社から出版している拙著『神宮の奇跡』についてのインタビューだった。50年前、天皇家と神宮球場で同時に起こった二つの奇跡の物語を追ったノンフィクション作品である。

今上陛下にとっては、「ご成婚50周年」と「即位20周年」というちょうど記念の年であり、それが拙著を取り上げてくれた理由だそうだ。

キャスターの高森明勅、芳賀優子両氏のおかげであっという間に収録が終わった。軽快なテンポでいろいろと参考になった。

それにしても「書く」側の人間にとって、「カメラの前で話す」というのは予想以上に難しいことがよくわかった。講演とは全く異なるので、これから「一から修行しよう」と決意を新たにした貴重なテレビ経験だった。

カテゴリ: テレビ

草彅事件の興味深い「反応」

2009.04.25

SMAPの草彅剛の逮捕騒動は、おもしろかった。ただし、おもしろいのは、彼がとった行動ではなく、それに対する「反応について」である。

鳩山邦夫総務相が、「最低の人間だ。絶対に許せない」と顔をこわばらせて記者たちに言い放った時、「おいおい大丈夫か?」と思った人は少なくないだろう。

政治家の言葉は決して軽いものではない。まして鳩山氏は現職の閣僚である。日々、「言葉」をもって国民にメッセージを伝えるのが彼の仕事だ。その政治家が、あえて言わせていただくと「この程度のこと」で「最低の人間だ。絶対に許せない」という表現を使ったのである。

最大級のこの表現で草彅を非難した鳩山氏。さてこの人は、もし金正日が日本列島のどこかにテポドンをブチ込んだら、果たしてどんな言葉を使って金正日を非難するのだろうか。酔っ払って騒ぎ、逮捕された草彅の犯罪でこれだけの言葉を発するなら、さぞテポドンで国民の間に犠牲者が出た時、国民のために「ものすごい言葉」を探し出してくれることだろう。

そう思っていたら、やはり政治家のあまりの「言葉の軽さ」に怒り心頭の国民から抗議の電話が殺到したのだろう。発言翌日には、恥も外聞もなく鳩山氏はこれを撤回してしまった。

この事件に関するなら、鳥越俊太郎氏のコメントも啞然としたのではないか。テレビで鳥越氏が「午前3時の公園で誰もいないところでしょう。公衆の面前じゃないんだから公然わいせつにはならないと思う。逮捕までしなくてもいいのでは?」と発言したという。

住民からの110番で出動して「公然わいせつ」のうえ夜中に騒いでいる男、しかも「全裸でなにが悪い!」と警察官に抵抗する男を、逮捕しなくていい、というのはどういう感覚なんだろうか。

鳥越氏は、そのままその男を放置して、警察は「身柄の確保を放棄しろ」と言いたかったのだろうか。しかし、そこで「犯罪」が再発したら、その警察官こそ職務放棄として「警察官失格」ではなかったか。

相手がスターだから、と妙に同情したり、迎合するコメントを発する「ジャーナリスト」は、なんだか恥ずかしい。

カテゴリ: 随感

公務員の「職務放棄」と「思考停止」

2009.04.24

またしても痛ましい事件が起きた。行方不明になっていた大阪の小学4年生、松本聖香ちゃん(9)の遺体が奈良市の山中で見つかった。

防ぐことができた事件が、「人が死ななければ動かない」行政機関によって、またしても「防げなかった」のである。一体こんな行政の怠慢がいつまでつづけば気がすむのか。本当にやりきれない。

いつものごとく義務を放棄した学校側の気の抜けた会見がテレビに流れていたが、どれだけSOSを発しようと、日本の公務員たちの“事なかれ主義”の前ではすべてが無意味である。

「殺すぞ」という男の怒鳴り声、「ぎゃあ」という女の子の悲鳴、住民が夜間にベランダに閉め出されている女児の姿をたびたび目撃し、学校にも本人がアザをつけて出てくる。聖香ちゃんは「新しいお父さんはお酒を飲んだら豹変する。本当のお父さんのところに帰りたい」と、友だちにも助けを求めていたという。

母親が「聖香の体調が悪い」として連日、電話で欠席を伝えてきても、面談を申し込んだら内縁の夫に「面倒がみられないので和歌山の親類に預けている」「共働きなので忙しい」と言われ、学校はそのままにしている。

聖香ちゃんに「生きるチャンス」は何度かあった。しかし、学校の先生をふくめ、周囲の大人は誰一人彼女に手を差しのべなかった。このままでは危ない、と一人でもいいから彼女のSOSを受け取っていれば、彼女は死なずにすんだのである。

学校の役割とは何か。勉強や躾けも大切だが、何よりまさるのは、子供たちの「命」を守ることである。聖香ちゃんは、その「根本」を知らない公務員のおかげで「地獄」の中で死を迎えた。

親に「人権侵害だ」あるいは「プライバシーに踏み込むな」などと抵抗されたら、たちどころに思考停止して手を拱くだけの日本の公務員たち。自分たちが「一番守らなければならないもの」を見失った大人たちによって、これからも聖香ちゃんのような無惨な犠牲者は出つづけるだろう。

カテゴリ: 事件

「ノンフィクション」への期待

2009.04.21

今日は、学習院大学の同窓会、神奈川桜友会の講演会に招かれた。場所は、横浜のニューグランドホテル。拙著『神宮の奇跡』(講談社)の関係でお世話になった同大学野球部の関係者が多数来てくれていた。

昭和33年に起こった「奇跡」を描いたこの作品は、さまざまなところで反響をいただいている。今上陛下の即位20周年とご成婚50周年という節目の年ということもあるだろう。

東都大学野球で起こった学習院大学優勝というたった一度の奇跡。そして、それと同時並行で進行していた今上陛下(皇太子)の逆転の婚約劇。半世紀前の「二つの奇跡」を振り返るにつけ、あの頃の日本人の凄まじい気迫と毅然とした姿に頭が下がる。

頭髪こそ白いものの、今日集まっていただいた学習院OBの熱気とパワーには恐れ入った。小生のような若輩が講演させてもらうなど、名誉に感じると共に、恥じ入るばかりだったが、講演後に多くの学習院OBに励ましの言葉をいただき、次の作品に対して新たな意欲が湧いてきたのも事実である。

事実を掘り下げる「ノンフィクション」への期待は、想像以上に大きい。私も含め、ジャーナリスト、ノンフィクションライターたちの奮起が望まれる。

カテゴリ: 歴史, 野球

歴史に埋もれている「日本人」

2009.04.20

11月に出版する歴史ノンフィクションの打ち合わせに某社の編集者Tさんが事務所に来た。ほぼ同世代、1980年代からの旧知の編集者である。

当時は、ともに週刊誌業界にいた。業界が活気に溢れていた頃だ。雑誌の雄・週刊新潮が今回のようなお粗末な虚報をやってしまうことなど、当時なら考えられなかっただろう。編集力の劣化がいかんともしがたいところに来ていることは衆目の一致するところだ。

Tさんとは、お互い記者仲間だっただけに必要最小限の打ち合わせ以外はやらない。「ジャーナリスト同士、がっちりいこう」――口には出さずともわかっているはずだ。

とにかく突き進むしかない。歴史に埋もれている「毅然とした日本人」を描こう。そのためには、夏の海外取材をなんとしても成功させたい。

がんばりましょう、Tさん。

カテゴリ: 随感

塚田真希の「8連覇」

2009.04.19

女子柔道の塚田真希が「全日本選手権8連覇」を達成した。わずか2週間前、全日本選抜体重別選手権で杉本美香に敗れたばかりの塚田が、準決勝でその杉本に見事に雪辱を果たした上での優勝だった。

彼女の喜びのインタビューを聞きながら、私は、昨年8月15日「終戦の日」の塚田選手の奮闘を思い出していた。北京オリンピック柔道最終日。女子78kg超級に出場した塚田選手は、決勝戦で中国のトウ文(Tong Wen)に残り8秒で背負い投げ一本を取られ、逆転負けを喫した。

惜しくもアテネ五輪に続く「2連覇」はならなかったものの、私はこの「銀メダル」に感動した。北京オリンピックで最大に感動したシーンだったと言ってもいいと思う。

2005年、2007年の世界女子柔道選手権で塚田がトウ文に苦杯をなめた時、180センチ130キロというトウ文の圧倒的強さに“塚田時代の終わり”を私は感じていた。そこには、まるで大人と子供ほどの実力差があったからだ。それほどトウ文は「怪物」だった。

しかし、2008年夏、トウ文の本拠地・北京に乗り込んだ塚田は、オリンピック決勝で彼女と激突すると、攻めに攻め抜き、この怪物を土俵際まで追い込んだ。塚田は、無念にも「残り8秒」で逆転負けを喫するものの、私には「金か銀か」という勝ち負けはどうでもよかった。

人間の凄まじい「精進」というものに、私は脅威と感動を覚えたのである。大人と子供ほどあった実力差を、塚田は努力と精進でここまで克服したのか、と私は思った。あと一歩まで“怪物”を追い込むまで積み重ねた猛練習。塚田のその姿と執念を私は思い浮かべたのだ。

あの塚田が杉本に苦杯を喫したまま終わるはずがない。私は、2週間前からこの全日本選手権で塚田がどう出るか注目していた。

勝ち上がった塚田は、準決勝でその杉本と激突した。事実上の決勝戦である。塚田の“チャレンジャーとして”の気迫がそこには迸(ほとばし)っていた。本来、挑戦者であるはずの杉本の気迫を、明らかに塚田のそれは上まわっていた。

杉本を破り、決勝でも前へ前へと突き進んだ塚田は「8連覇」を達成した。優勝インタビューで塚田は、「負けたらもう世界はない、と思っていた。世界の切符を掴む、必ず勝つと思ってやりました。体重別で負けたことは悔しかった。くよくよしていても仕方ないと思いました。(負けたあと)いろいろな人に支えてもらいました。感謝しています。もう一度、世界の頂点に立ちたいです」と語った。

ひたすら頂点に立つことを目指すアスリートの姿がそこにはあった。汗にまみれてはいたが、それは、さわやかな女子柔道家の笑顔だった。

カテゴリ: 柔道

「死刑」と「無期懲役」

2009.04.18

『別冊宝島――「死刑」と「無期懲役」』(宝島社)が本日、事務所に送られてきた。サブタイトルに「あなたは死刑判決を下せるか」とある。

いよいよ裁判員制度が目前に迫っていることをひしひしと感じる。およそ1か月後の5月21日には、泣いても笑っても裁判員制度がスタートするのである。明治23年以来続いてきた日本の「官僚裁判官制度」が改革される画期的な日である。

この『別冊宝島』の26ページから8ページにわたって私のインタビュー記事が掲載されている。同誌編集部から依頼を受け、宝島社で約3時間にわたって取材を受け、編集部でまとめてくれたものだ。

私のインタビュー記事には、「裁判員制度」が“トンデモ判決”を撲滅する――というタイトルの下、“「死刑志願の男」星島被告を無期懲役にした官僚裁判官の「限界」”との見出しがついている。編集部の要望に応じて、今年2月に判決が下された江東区“神隠しバラバラ殺人事件”を中心に、光市母子殺害事件などの裁判について、私なりの意見を述べさせてもらった。

死刑か、無期懲役か。たしかに、刑罰の中でこの「差」ほど大きいものはない。文字通り、「生」と「死」を分ける判決である。日本では死刑存置派と廃止派が今も激論を交わしている。マスコミの関心がそこを向くのも当然だ。

さまざまなポイントが凝縮されたこの問題に、私も一定の考えを持っている。しかし、確実に言えることは、人(被害者)の命が「相場」によって決められてはならない、ということである。

長い時間を使って「裁判」をすっかり形骸化させてしまった日本の官僚裁判官。国民が真の正義が争われるべき「法廷」を彼らから取り戻すことができるか否か。裁判員制度の意義に多くの人に気づいて欲しいものである。

カテゴリ: 司法

「人」こそが財産

2009.04.17

今年、新聞記者となり、研修が終わって支局に赴任する教え子が挨拶に来た。4月に入ってまだ間もないのに、すっかり社会人の雰囲気で大学時代とまるで面構えが変わっていた。頼もしい限りだ。

首都圏の某県で“サツ廻り”から彼の記者生活はスタートする。意欲満々で、どうやったら警察の人に好かれるか、どうネタを拾えばいいか、熱心に聞いていった。

長い長い記者生活のスタートである。彼の燃えた眼を見ていると、「こいつは将来、なにかをモノにする」と確信した。ジャーナリストとして不可欠なのは、いうまでもなく正義感と情熱だ。その両方を持ったナイスガイに期待するところ大である。

これから取材で出会う一人一人、いやプライベートでも会う一人一人が君の財産だ。「人」に可愛がってもらうことでジャーナリストとして視野を広げ、成長していって欲しい。

最初はつらいだろうが、大丈夫。ジャーナリズムの世界が、これほどやり甲斐のあるところだとわかって、すぐに夢中になるだろう。

がんばれ!

カテゴリ: マスコミ

『新潮45』の連載スタート

2009.04.16

明日発売の『新潮45』(5月号)から、スポーツドキュメント「あの一瞬」の連載をスタートさせる。およそ1年にわたる長丁場の連載だ。

第1回は日本人として最多、いや「アジアで最多」の金メダルを持つ男・加藤沢男を取り上げている。『極限の緊張状態を凌駕した「加藤沢男」逆転のウルトラC』と題して、1968年のメキシコ五輪「体操」個人総合の金メダルのドラマを描かせてもらった。

加藤さんは9・90でしか逆転できないという追いつめられた土壇場で、その9・90を出して逆転の金メダルを獲得する。それは世界のメディアが「奇跡」と表現した場面である。

その後も、3つのオリンピックで逆転に次ぐ逆転によって8個の金メダルを獲得した加藤沢男。私は、いつか加藤さんに話を聞く機会があれば、「あなたは、なぜいつも極限の緊張状態を克服することができたのですか」という質問をしたいと思ってきた。

私たちの世代にとって、加藤沢男という人間は、それほど伝説的に“勝負強い”男だった。ここぞ、という時に、絶対に国民の期待に応えてくれた選手なのである。

そして、加藤さんの口からその秘密を聞いた時、私は思わず「えっ?」と問い返していた。加藤さんは、その理由を「それは、私が“失敗をする練習”を繰り返してきたからではないでしょうか」と答えたのである。

練習とは「失敗をしない」ためにするものではないのか。そしてあなたは本番で絶対に「失敗をしない」男ではなかったのか。だが、加藤選手は自分は「失敗をする」練習をし続けた男だというのである。意外な答えは、やがて話を聞く私を「感動させる」ことになる。

詳細は『新潮45』をお読みいただきたいが、アスリートたちの極限の闘いの裏にあるドラマには、やはり心が動かされる。どんな凝縮された「あの一瞬」を読者の皆さんに提供していけるか、私自身も楽しみである。

連載、ご期待ください。

カテゴリ: 体操

テレビマンの気概

2009.04.15

今日は、テレビ尽くしの1日だった。午前中、「チャンネル桜」が拙著『神宮の奇跡』(講談社)を取り上げてくれるというので、ゲスト出演。午後からは、NHK『こだわり人物伝』のスタルヒン編の最終の撮影があり、水道橋の野球博物館へ。

夜は、民放キー局の某プロデューサーと制作プロダクションの某プロデューサーの3人で飲み会。場所は新橋の居酒屋、酒の肴は私が7月に出版する予定のノンフィクション作品である。3人の中年男が熱く企画を語り合っている姿を、隣で飲んでいたOLたちが不思議そうに見ていた。

議論沸騰はいつの時代も楽しい。「毅然とした日本人像」を描きたいという希望で3人の意見は一致した。彼らには、これからも良質の番組をつくり続けて欲しいと思う。もちろん、その「もと」となる私のノンフィクション作品も彼らの期待に応えるものでなければならない。「使命」と「責任」をひしひしと感じた1日だった。

カテゴリ: テレビ

「挑戦者」の気持ちで

2009.04.14

新聞社2社、通信社1社から明日のコメントを頼まれた。古巣・週刊新潮の「朝日新聞阪神支局襲撃事件の告白手記」の問題について、である。

熟慮の末、コメントは辞退させていただいた。何を言っても、今は週刊新潮攻撃の材料にされてしまうだけだし、後輩たちについて今、「コメントする」のは忍びないという思いからである。

さまざまな点について言いたいことはある。そもそもあの手記をなぜ「GO」にしたのか、その判断の拠りどころは一体何だったのか、アメリカ大使館の“指示役(主犯?)”とやらと和解した段階で、なぜ今回の事態が予想できなかったのか……等々、今週、他誌が一斉に報じている「告白者」のインタビュー記事を見るにつけ、かつてはあれほど「戦争」に強かった週刊新潮の変貌ぶりに溜息が出てしまう。

しかし、現役の記者たちは挫(くじ)けず、これからも敢然と巨悪に立ち向かって欲しいと思う。半世紀にわたって巨悪と対峙し、こつこつと“新潮ジャーナリズム”が築き上げられてきた道のりは、今回のことだけで消え去ることはない。どうか新たに「挑戦者」の気持ちで日々の取材に取り組んでいって欲しいと思う。

そのためには、世間が納得する「けじめ」が必要だ。そうでなければ、今後、週刊新潮がどのような主張や論評をおこなおうと、それは誰にも振り向いてもらえない。その意味で、新潮は今、まさに「存亡の危機」に立っている。

週刊新潮が出直しできるだけの「けじめ」をつけられるか否か。多くの新潮ファンが祈るような気持ちでそれを待っている。

カテゴリ: マスコミ

「川島芳子」は生きていたのか

2009.04.13

本日のテレビ朝日「報道発 ドキュメンタリ宣言」2時間スペシャルは興味深いものだった。「男装の麗人・川島芳子が生きていた」という謎に真っ向から挑んだドキュメンタリー番組である。

昨年11月、時事通信が今回の番組の中でも証言者となっていた張鈺(ちょうぎょく)さんのことを報じ、戦後、消えては浮かぶ「川島芳子生存説」に新たな視点を提示したばかりだった。

時事通信の報道以来、この問題がどう発展していくか、私も注目していたが、結局、大々的に取材に入ったのは、テレ朝の「報道発 ドキュメンタリ宣言」だったというわけである。

実は私も、昨年11月、ある中国人から張鈺さんを取材してみないかと持ちかけられたが、スケジュール等々で折り合わず、実現しなかった経緯がある。それだけに今夜の番組は非常に貴重なものだった。

映像の強みは、証言者の告白を「画像」と「音声」の両方で伝えることができる点だ。亡くなった「方おばあちゃん」の写真が生前の芳子とそっくりだったり、彼女に育てられた張鈺さんは、彼女から「(自分が大事にしていた)『蘇州の夜』のレコードを李香蘭に渡して欲しい」という遺言を生前受けとっていたり……と、次々と意外な話が展開されていく。この時、やはり「画像」と「音声」の両方の迫力によって、信憑性がじわりじわりと増してきたのは確かだ。

張鈺さんの証言を信じるなら、川島芳子生存説はかなり有力になってくる。活字だけなら難しいが、映像が動いたことで、この歴史の謎に「新たな視点」が加わったことは間違いない。

「まず動いてみる」、そして「取り敢えず当事者に会ってみる」――そういう原理原則に忠実で、中国東北地方にまで足を伸ばしたテレビ朝日の好奇心が他社を凌ぎ、その謎に挑む「資格を得た」ということだろう。

歴史にはまだまだ埋もれた「謎」がいくらでもある。ジャーナリストやテレビマンの妥協を知らぬ果敢な闘いに今後とも期待したいと思う。ちなみに私は、今年7月出版を皮切りに「戦争3部作」に挑戦するつもりだ。ご期待いただきたい。

カテゴリ: 歴史

優れたドキュメンタリー番組とは

2009.04.12

一昨日のブログで書いたNHKスペシャル「シリーズJAPANデビュー 第1回『アジアの“一等国”』」の報道内容が波紋を広げている。

台湾の日本統治がいかにひどかったかを主張する内容に「あまりに偏向が過ぎる」「日本が一方的に台湾人を弾圧したとするのは間違い」という非難の声が上がり始め、「日本李登輝友の会」が4月10日に福地茂雄NHK会長宛に抗議声明を出したという。

同番組で主要な登場人物だった台湾の老人が、「発言の一部分だけを強調され、一方的な日本批判にされてしまった」と怒っているともいう。

力作が多いNHKスペシャルの中で、たしかにこの番組は“異質”だった。「日本統治時代」「国民党による“白色テロ”の時代」、そして「戒厳令解除以降の民主化の時代」「民進党時代とそれに対する揺り戻しの現在」……と、複雑で、常に揺れ動く台湾の歴史を、あまりにも短絡的な取り上げ方をしてしまったと思う。

NHKスペシャルは2月下旬、「菜の花畑の笑顔と銃弾」というタイトルで、昨年8月にアフガニスタンで殺害された農業指導員の伊藤和也さん(享年31)が生前撮影していた写真3千枚をもとに、伊藤さんの5年間に渡った「現地での活動」を再現する優れたドキュメンタリーを放映している。

伊藤さんの遺したメールや手紙をひもとき、あるいは伊藤さんに指導を受けたアフガニスタンの人々を訪ね、過酷な現地の現実、救援活動の試行錯誤などを浮き彫りにした作品で、感動を覚えた人は少なくなかったと思う。

そういう地道で意義深いものが多いNHKスペシャルで、今回の番組はいかにも残念だ。波紋は今後も広がりそうだが、批判は批判として真摯に受けとめ、このような“短絡的な”番組は2度とつくらないで欲しいと思う。

カテゴリ: マスコミ

マスコミに来たれ!

2009.04.11

今日、マスコミ志望の早大生が相談に来た。放送局志望の学生である。6日(月)には、出版社志望の中大生も来た。この時期には、ジャーナリストや編集者を志望する大学生がいろいろなツテを辿って相談に来るのである。

私は、8、9年前から明治大学の「基礎マスコミ講座」で文章やジャーナリズムについて講義をさせてもらっている。毎年、講義を聞いてくれる中からマスコミに進む学生が少なからずいる。新聞・テレビなど、無事マスコミに入った教え子の中には、入社後も連絡を取り合っているものもいる。

同時に、この新入社員の時期には毎年のように“苦労談”が伝わってくる。マスコミ内部の「理想」と「現実」のギャップが早くもこの研修の時期から露わになってくるのだ。

しかし、彼らに共通しているのは、生き生きした、あるいはギラギラとした「眼」である。無事マスコミに入った喜びとやる気が、そこには漲っている。功名心でも何でもいい。埋もれたものを果敢に掘り起こし、どんな圧力にも屈しない「日本のジャーナリズムここにあり!」という若者らしい成果に是非、挑戦して欲しいと思う。

今日、相談に来た早大生にも、中大生にも、そして明大生にも、マスコミの扉が無事開かれんことを祈る。あの「入社作文術」を忘れるな。そして面接突破のポイントも忘れるな。苦しいのはあと少し。「明けない夜はない」のです。

カテゴリ: マスコミ

NHKスペシャル「アジアの一等国」

2009.04.10

今日は、締切つづきのために観ることができなかった4月5日放映のNHKスペシャル『シリーズJAPANデビュー 第1回 アジアの“一等国”』の録画をゆっくりと観させてもらった。私が、今年7月に出版するノンフィクションは、台湾とも関係のある作品なのでこの番組は興味深かったが、少々驚いた。

全編、日本の台湾統治がいかにひどかったか、ということを視聴者に印象づけようというもので、これほど一定の意図に基づく番組構成は珍しい。こういう番組の中で、自分たちの証言が使われていることを、登場人物たちは果たして知っているのだろうかと、ふと、気になった。NHKスペシャルには、『激流中国』など、力作が多かっただけに、その落差にびっくりしたのは私だけではないだろう。

戦前、韓国と同じように日本統治時代を経験した台湾。しかし、両国の日本に対する感情には、大きな差がある。韓国とは正反対に、台湾には、「ハーリーズ(哈日族)」と呼ばれる日本びいきの人たちが今も沢山いる。

そういう親日家たちの中にも、日本に対して複雑な思いを抱いている人は少なくない。特に、この番組にも登場した元台湾人日本兵など高齢の方々だ。彼らには、日本に「切り捨てられた」という思いがある。

それは、現在の日本が政治家も経済人も「北京」にばかり顔を向け、中国首脳に拝謁するために北京詣でを繰り返し、一方では「北京」の反発を恐れ、要人の訪台はほとんどなく、「日本のために働き、今も日本に対して郷愁にも似た思いを抱く自分たち」が、まるでかえりみられていないことに対する“複雑な思い”である。

番組の終わりに、その元台湾人日本兵が「(自分たちは)みなしごになって捨てられたみたいですよ。人を馬鹿にしてるんだ、日本は」と叫ぶ場面がある。「台湾の当時の青年がいかに日本に協力して尽くしたか心を察してもらいたい」と、その老人は続ける。「それなのに」と言葉を接(つ)いだ瞬間、次の言葉は、なぜか編集でカットされている。そして、番組にはフランス人の歴史学者が登場し、「なぜ世界の人々は日本をこのように見るのか理解しなければならない」というコメントを発する。ここで番組は終了するのである。

私は1987年以降、取材で台湾を20回以上、訪問しており、多くの高齢の方々に面会を繰り返している。あの流れの中で、老人は、「それなのに」の次に「なぜ日本は私たちを忘れて、中国ばかり大事にするんだ!」と言ったのではないだろうか、と思う。少なくとも、私が会ってきた方々に共通する思いは、そうだった。

しかし、この番組は、それを「日本統治時代に対する恨み」であると、無理矢理、視聴者に印象づけた。

私はこの時、つい1か月ほど前の報道を思い出した。イギリスのBBCが共同でおこなった世界アンケートで、日本の好感度が「3年連続世界一」になったというニュースである。秩序を重んじ、勤勉でこつこつ努力する日本人の姿がどう世界で見られているかを表す貴重な外国メディアのアンケート結果である。

BBCとNHK。二つの巨大メディアの報道姿勢は興味深い。

カテゴリ: マスコミ, 国際

新潮よ、負けるな!

2009.04.09

古巣(週刊新潮)が世間から指弾を受けている。朝日新聞阪神支局襲撃事件について、週刊新潮誌上で「私が実行犯だ」と告白した人間がそれを「翻した」のである。

本日発売の週刊文春や各新聞で、得意気に「あれはデタラメだった」と告白している男の写真を見て、新潮ファンは、「あーあ」と、溜息を洩らしたに違いない。いずれにしても、週刊新潮にとって、大きな失態となった。

なぜ、ライバル誌で“逆告白”されるまで手を拱いていたのか、編集部の自浄能力について「?」がつけられても仕方がないだろう。

すでに週刊新潮は、90年代を支えたベテランデスクたちが編集部を去って新たな時代を迎えているが、これまで数々の戦いをおこなってきた新潮ジャーナリズムがうまく継承されていないことに寂しさを感じた新潮OBも少なくないだろう。

「信頼」というのは、築き上げるのには長い時間がかかるが、崩れるのは一瞬だ。
週刊新潮に才能あふれる部員が揃っていることは出版界でも広く知られている。また一つ一つ、先輩方が長い時間をかけてやってきたように、歯を食いしばって「信頼」を築き上げていって欲しい。

ここはケジメをきちんとつけて、初心に帰って一から出直すしかない。これまで半世紀にわたって新潮がやってきたことに心の中で拍手を送ってくれるファンが想像以上に多いことを忘れないで欲しい。そして、新潮が打撃を受けていることを喜んでいる“巨悪”に負けないで欲しい。

ガンバレ! 新潮。

カテゴリ: マスコミ

元証券マンの「哲学」と「経験」

2009.04.08

今日は、今年88歳になる兜町の元証券マンに取材させてもらいました。戦前、戦中、戦後の兜町「激動の日々」に、思わず手に汗を握りました。

歳はとっても、生き馬の目を抜く業界で生き抜いた人の「哲学」と「経験」は現代の我々にとっても新鮮で、かつ示唆深いものでした。将来、活字によってこの人の証言を蘇らせることができるかと思うと、今からわくわくしてきます。ノンフィクションの役割の大きさと意義を改めて感じた1日でした。

夜、今度連載を始める「新潮45」の記事の校了作業。担当のOさんもやや疲れ気味。まだまだヘバるのは早いよ、Oさん。ガンバレ~!

カテゴリ: 経済

国の名誉を背負う「時」

2009.04.07

本日、ヤンキースの松井秀喜が初の開幕4番でホームランを放つというニュースが飛び込んできた。じっくりキャンプで調整し、満を持しての開幕戦だった。一方、マリナーズのイチローは、胃潰瘍で開幕から戦線を離脱している。両方のニュースを聞いて、皆さんはどちらに「感動」を覚えるだろうか。

イチローと共にWBCを闘ったマリナーズの同僚、城島選手によれば、「(WBCの)2次ラウンドからイチローさんは“よく眠れない”と言っていました」という。決勝戦の最後の最後に「優勝を決めるタイムリー」を放ったイチローだが、それまでの不振ぶりは確かに見ていて痛々しいほどだった。

事実、何度も「心が折れそうになった」とイチロー本人が語っている。あれほどの名選手が、そこまで思い詰めてプレーしていたのである。自分のチームからは「WBCに選手を出さない」球団があったり、自ら「WBCには出ない」と広言する選手もいたり、また、自チームの若手に経験を積ませるために、有力選手を落として実力のない自軍の選手を選出する監督がいたり……感動と共にいやなことも少なくなかったWBCだった。

しかし、そんな中、イチローは胃から出血するほどのプレッシャーを受けながら、懸命に闘っていたのである。イチローがそこまで日の丸を背負う重さを示してくれたことは、今後のWBCの日本チームに、はかり知れない影響を与えるのではないか。人間の責任感、そして祖国愛は、やはり美しい。イチローはそのことを教えてくれた。

カテゴリ: 国際, 随感

ノンフィクション冬の時代の中で……

2009.04.06

今日は、第40回の大宅壮一ノンフィクション賞の受賞作発表の日でした。拙著『なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日』(新潮社)が最終選考の「4作」の中に残っていたのですが、僅差で落選になりました。

この作品は、光市母子殺害事件の遺族である本村洋さんがいかに「絶望」と闘ったかを描きながら、本村さんが問いかけた「正義とは何か」「法とは何か」、そして「人間にとって罪と罰とは何か」という根源的な問題について私なりに迫ったものです。

読者の皆さまからたくさんの励ましや感動のお手紙をいただき、発売以来、12万部を超すベストセラーに育ててもらいました。現在、映像化の話も来ており、反響の大きさに、筆者である私も、そして当の本村さん自身も驚いております。

今回は残念ながら僅差での落選となりましたが、ノンフィクション冬の時代と言われる今、活字できちんと事実を書き残してもらいたいと、悲しみをこらえながら9年間も取材に応じ続けてくれた本村さんのような毅然とした日本人がいる限り、私は「人間」を掘り下げるノンフィクション作品を書きつづけたいと思っております。

次作は7月、その次の作品は11月、さらにその次の作品は来年3月に発表の予定です。皆さま、どうかご期待ください。

カテゴリ: 随感

「またしても失敗」をどう捉えるか

2009.04.05

北朝鮮の「テポドン2号」発射実験は、失敗に終わった。米航空宇宙防衛司令部(NORAD)によれば、「2段目以降は太平洋に落下し、何も軌道に乗らなかった」らしい。要するに、「人工衛星を軌道に乗せた」という北朝鮮の主張はデタラメだというのだ。

1段目は日本海に、2段目以降は太平洋に落下したとのことで、軌道に乗せるどころか、またしても「ただ遠くにミサイルを飛ばした」だけに終わった。この失敗で、北朝鮮科学者は将軍さまの怒りを買い、“粛清”の憂き目に遭うことだろう。当ブログでも2日にわたって記述した「核弾頭の小型化」と「起爆装置の開発」も、北朝鮮がミサイルを軌道に乗せることさえできないレベルの技術力だとすると、まだまだ成功までにはクリアしなければならないいくつもの壁があるに違いない。

この「時間的余裕」こそ、日本にとってチャンスである。今回のような国際的な無法行為に対しては、きちんと制裁をおこない、2度と同じようなことができないように手を打たなければならない。金融制裁や禁輸、犯罪行為の摘発など、国際社会における北朝鮮への監視体制を日本が主導して構築し、最終的にはあの独裁政権を瓦解させ、民主的な政権へと“変革”しなければならない。そうでなければ、日本は将来に禍根を残すことになる。繰り返すが、「核弾頭の小型化」と「起爆装置の開発」が成功してからでは、遅いのである。

カテゴリ: 北朝鮮

「絶対国防圏」と北朝鮮

2009.04.04

昭和19年7月7日は、日本の太平洋戦争の敗北が事実上、決定した日である。この日、日本のサイパン島守備隊が、最後の“バンザイ突撃”を敢行し、玉砕した。サイパン陥落が意味するのは、日本の「絶対国防圏」の崩壊だ。

この小さな島が米軍の手に落ちた瞬間、日本の絶対国防圏は崩れ、日本全土が米軍機の空襲に晒されることが決まった。近代戦において、自国領土の制空権を失った国が戦争に勝てる見込みはほとんどない。

サイパン陥落の翌日、今上天皇である当時10歳の明仁殿下は、疎開していた静岡県沼津の御用邸から、さっそく栃木県の日光へと「再疎開」されている。日本が、この日から多くの犠牲を払った末に、実際に敗戦を選択するのは、それから1年余りのちのことだ。

今回の北朝鮮のミサイル騒動は、これまでの似通った過去の出来事と少々、趣きを異にしている。発射実験の発表の仕方や、日本をはじめ国際社会への嚙みつき方にどこか「余裕」が感じられないのだ。

これは昨年夏、脳梗塞で倒れ、一時は危篤に陥っていたとされる金正日の心理状態と無縁ではないだろう。一度、死にかけた将軍さまが、弾道ミサイルをはじめ、多くの懸案事項に「性急な結果」を求めてくるのは当然である。それだけに今回の騒動には、これまで以上の“必死さ”が感じられるのである。

昨日ブログに書いた北朝鮮による「核弾頭の小型化」と「起爆装置の開発」の問題。これに北朝鮮が成功することは、すなわち現代の日本の「絶対国防圏」の崩壊を意味する。そうならない内に、日本国民にはどんな選択と意思表示が必要なのか、よく考えなければならない。初日のミサイル発射がなかったことや誤探知などに一喜一憂している場合ではないのである。

カテゴリ: 北朝鮮, 政治, 随感

「日本が生き残る」ためのチャンス

2009.04.03

いよいよ北朝鮮が人工衛星名目で弾道ミサイルを発射させる「その日」がやって来る。北朝鮮は発射期間に5日間の幅を持たせているが、これはあくまで天候の関係によるもので、麻生総理が予想した通り、天候が悪化しない限り「発射」はおそらく初日の「4月4日」だろう。

これまで射程2500キロの「テポドン1号」と射程6700キロの「テポドン2号」の発射実験に失敗している北朝鮮としては、今度も失敗すれば担当者は粛清必至。それだけに、文字通り北朝鮮科学者の「命をかけて」の実験になる。

日本の迎撃システムがどう機能するか、国民注視の中での対応だが、この事態をかつて朝鮮労働党と友党関係にあった社会党の流れを組む議員たちはどう見ているのか気になる。社民党はもちろん、民主党の中にもかつての社会党議員は多数いる。

横田早紀江さんら拉致被害者たちの痛烈な非難によって落選し、「政界引退」を余儀なくされた土井たか子さんは、友好関係にあった北朝鮮の出方をいったいどう見ているのだろうか。また、六カ国協議で北朝鮮に手玉にとられ、土俵際に追いつめられた北朝鮮を「金融制裁解除」によって助けたアメリカのヒル国務次官補は、今これをどう見ているのだろうか。

しかし、私には、逆にこれが「日本が生き残る」ためには重要なチャンスであるような気がしてならない。そう、これは日本にとって「生き残りのチャンス」なのではないか。

現時点では、北朝鮮が「核弾頭の小型化」と「起爆装置の開発」に成功していないことは明らかだ。これが成功すれば、弾道ミサイルは、そのまま「核ミサイル」となる。今回の国連決議を受けて北朝鮮スポークスマンが「もし日本が迎撃した場合、再侵略戦争の砲声とみなし、最も威力ある軍事的手段で打ち砕くだろう」と警告したように、北朝鮮は今後も機会あるごとに「日本をターゲットにする」ことは間違いない。

北朝鮮の威嚇が、仮に「核弾頭の小型化」と「起爆装置の開発」に成功した後だったら、日本国民は果たして平静にいられるのだろうか。北朝鮮による「核弾頭の小型化」と「起爆装置の開発」の成功とは、すなわち日本全土が北朝鮮の核攻撃の危険に晒されるという意味である。

そこまでいく前に、日本は「生存をかけて」北朝鮮の「非武装化」を実現しなければならないのである。北朝鮮制裁の国連安保理決議に消極的な中国とロシアは、日本が慌てふためく姿をむしろ面白がっているかのようにも見える。国際政治の現実をこの北朝鮮ミサイル問題は、日本国民に突きつけてくれている。

カテゴリ: 北朝鮮

勝敗を分けたものは何か

2009.04.02

今日の選抜甲子園の決勝戦は、久しぶりに見応えのある好試合でした。花巻東(岩手)の菊池雄星君と清峰(長崎)の今村猛君は、今大会の左右のナンバー・ワン投手。両者ともこれからの「日本の野球界を支えていく」可能性のある素質豊かなピッチャーです。特に菊池君は、4年後のWBCでは日の丸を背負って「マウンドに立っている」のではないか、と思わせるほどの快速球とキレのあるスライダーを持っているピッチャーです。

好投手同士の試合は、言うまでもなく先取点を挙げた側が決定的に有利になります。その意味で、どちらがどう最初の点を取るのか注目して観ていました。こういう場合に、ベンチとしては、オーダーの中でどの選手が相手ピッチャーに「合っているか」、つまり誰が「攻略のキーパーソン」になるかを素早く見極めることが勝利への鍵になります。

清峰ではトップバッターの屋久貴博君、花巻東は小柄な2番バッターの佐藤涼平君が相手ピッチャーにタイミングが合っていました。キーパーソンはこの「2人」。屋久君は食らいつくバッティングで菊池君を苦しめ、佐藤君は155センチという小柄ということもあって今村君が非常に投げにくそうにしていました。

試合は意外な決着をみました。0対0で迎えた7回表、簡単に2死をとった菊池君が清峰の8番バッターをストレートで歩かせました。野球に詳しい人なら「これは危ない」と思ったに違いありません。簡単に2死をとって、次の打者をストレートで歩かせるというのは典型的な「失点パターン」だからです。そして仮に、つづく9番バッターの橋本洋俊君を出塁させたら、“キーパーソン”であるトップバッターの屋久君に打順がまわってしまいます。

菊池君も「危ない」と感じたのでしょうか。当然のごとく9番バッターの橋本君との勝負にこだわりました。そこに微妙な“力”が入ったような気がします。やや力み、キレを欠いた3球目のストレートを橋本君は見逃しませんでした。橋本君がバットを一閃すると、打球は左中間を抜く二塁打となり、一塁ランナーが長駆ホームを駆け抜けました。

タイミングの合っている屋久君が「次に控えている」ことで、菊池君に微かな力みが生じ、投げ急いだように私には見えました。

一方、花巻東の2番・佐藤涼平君も今村投手に食い下がりました。8回裏、試合の行方を左右する1死1、2塁という花巻東絶好のチャンスで佐藤君が登場。そこまで、佐藤君は四死球とヒットで3度とも出塁していました。

0対1、1点差で迎えたこの試合最大のヤマ場です。しかし、ここでなぜか2塁ランナーがいきなり3塁へ盗塁を敢行してアウト。「?」「?」「?」――観客は誰もが首を傾げたと思います。今日一番タイミングが合い、ピッチャーが最も投げにくかった佐藤君が打席に入っているのに、このスチールは一体何だったのか……佐藤君はこのあとセーフティバントを成功させましたが、肝心の2塁ランナーがいないのではどうしようもありませんでした。

花巻東には5回裏、打者がキャッチャー前に上がったフライを勝手にファウルと判断して走らず、ピッチャーとキャッチャーがお見合いをしてボールが転がったにもかかわらずアウトになるという“怠慢プレー”もありました。一発勝負の高校野球では、ちょっとした差が勝敗を分けます。緊迫の試合展開の中で垣間見えた花巻東のわずかな「隙」。その差が勝敗に出たように思えました。

3年前の選抜決勝戦で横浜高校に0対21という決勝史上最多得失点差という不名誉な記録で準優勝に終わった清峰。その屈辱を晴らそうという清峰の「優勝への執念」が、少しだけ花巻東の「勝利への気迫」を上回ったような気がします。

春夏を通じて「東北勢初の優勝」を逃した花巻東。「東北人の悲願」は、残念ながらまたも先に繰り延べとなってしまいました。

カテゴリ: 野球

「死に急いだ」大投手

2009.04.01

今日は、午前中に麻布台の外交史料館や御茶ノ水のニコライ堂などで、NHK「こだわり人物伝“野球は僕のパスポート(スタルヒン)”」の最終ロケをおこないました。

夕方には、スタルヒンが40歳の若さで事故死する世田谷区内の旧玉川電車「三宿駅」跡にも行ってきました。ここでスタルヒンの運転する外車が停車中の玉川電車の後部に激突。スタルヒンは即死しました。昭和32年1月12日、夜10時半頃のことです。

渋谷から三軒茶屋に向かう国道246号線(玉川通り)は今日も激しい交通量で、車の騒音にスタッフとの会話もままならない感じでした。しかし、現場で50年以上前のこの事故に遭遇した人にも話を聞くことができました。

ちょうど追突された玉川電車に乗り合わせ、事故の目撃者ともなったHさんは当時、卒業を間近に控えた早稲田大学理工学部の4年生。事故の直後、顔に傷ひとつなく、大破した車の中で眠るように座っていたスタルヒンの姿を今も記憶していました。

しかし、驚くべきはそのHさんが、スタルヒンを生んだ「旭川」の出身だったことです。郷土の英雄の「死」にたまたま遭遇するという恐ろしいほどの偶然。数奇な運命を辿った「スタルヒンの最期」の目撃者と�しては、ふさわしかったのかもしれません。

撮影終了から間もなく降り始めた雨は、やがて雷まで伴うような激しいものとなりました。断続的にほぼ1か月に及んだロケもこれで終了。容赦なく傘のないサラリーマンたちを打ちつける雨の中で、私は、戦中戦後を苦労だけして「死に急いだ」この大投手の無念を考えていました。

カテゴリ: 野球, 随感