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右往左往する国会議員

2009.06.30

金沢&能登の出張から帰ってきた。「新潮45」連載の「スポーツドキュメント“あの一瞬”」の次号入稿予定の記事の中で欠かすことのできない人物に取材させてもらった。

ほっと一息で東京へ帰ってきたら、永田町の緊迫度はいよいよ凄いことになっていた。あの日本郵政・西川社長続投問題で蠢いた小泉一派が、今度は、麻生降ろしに一斉に走っていたのだ。

「なんだこいつら、もともとオレをつぶすつもりだったんだ」と、麻生さんが今頃気づいてももう遅い。そんなことはとうにわかっていなければおかしい。その感覚がないまま、彼らの主張通り「鳩山更迭」を選択したのだとしたら、麻生さんは、自分のお人好しぶりに呆れるほかないだろう。

よりによって、自分を「倒そう」とする連中の進言を受け入れて「西川温存、鳩山斬り」とは、これは確かに笑い話である。こうやれば必ず支持率は急落する、というまさにその策を選択したのだから、首相としてどころか、完全に国会議員失格である。

しかし、彼らにとってみても、ここで「総裁選前倒し」を実現しなければ、ただ内閣支持率を急落させ、自分たちが選挙で生き残るための可能性まで小さくしてしまっただけに終わってしまう。彼らが今、「総裁選前倒し」をめぐって激しい多数派工作を展開しているのは当然のことなのだ。

いま自民党の全国会議員は、当事者能力を失い、右往左往している。猫の目のように状況も変わっている。変わっていないのは、審判を下すのは「われわれ国民自身である」という現実だけだ。

さて、「都議選後の解散」ということに本当になるのかどうか。永田町から片時も目が離せななくなってきた。

カテゴリ: 政治

“バカ”になりきることができるか

2009.06.28

今日は、今週観られなかったテレビ番組をまとめていくつか観た。平日の夜は、締切や会合でどうしても番組を観ることができないので、週末に録画してあったものをまとめて観ることになってしまう。

おもしろかったのは、金曜日(6月26日)の夜にNHKの「特報 首都圏」でやっていた「俺たちの学び舎〜東京大学応援部〜」だ。

連戦連敗のチームを応援し続ける東京大学応援部の中にカメラが入って、そこで活動する学生たちの姿を追った番組である。

東大だから応援部といってもそれほどキツくないだろう、などと考えるなかれ。掌(てのひら)の皮膚が裂けるまで練習する過酷さ、どれほど頑張っても上級生のおしかりと厳しい指導が待つ辛さ……番組を観ながら、なぜこんなところにわざわざ身を投じるのだろう?と首を傾げる人も少なくなかったに違いない。

実は、東大応援部の団長である小田くんとは、先月、「甲子園会」というコアな野球人たちの集まりで一緒に飲んだばかり。彼が番組に出るかと思って注意深く観ていたら、彼よりも同じ4年の「リーダー長」を中心にした番組だった。

そのリーダー長の迫力と、下級生の必死さに、おもわず見入ってしまった。連戦連敗のチームをひたすら応援しつづけ、試合に負けたのは「自分たちの応援が足らないせいだ」と反省する応援部員たち。

汗を迸らせながら、叫び、泣き、走る姿に、圧倒される。しかし、観ているとやはりハッとさせられるものがある。人間ここまで“バカになりきれるものか”ということだ。

理不尽を絵に描いたような上意下達の、いや、徒弟制度以下の奴隷制のような中で、ひたすら、礼儀と上下関係を重んじ、真正面から勝利を信じ、見返りを何ひとつ求めず、大の男が、ただひたむきに応援に没頭するのである。

ひとつのものにここまで賭けることのできる青春群像。言い訳や甘えの中に逃避し、閉じこもる若者ばかりになってきた現代の世相とのあまりの乖離(かいり)ぶりに、ふと、考えさせられてしまった。妙に彼らの必死さが、清々しく感じられてしまったのだ。

ひとつのことに打ち込み、突き進むパワー。ひょっとしたら、今の日本の若者に最も欠けているのは、“バカになりきること”なのではないか。そんなことを考えさせてもらった。

さて、明日から北陸出張(石川)だ。「新潮45」のスポーツドキュメン「あの一瞬」の取材だ。こちらも、若者に負けてはいられない。ひたすら「突き進む」だけである。

カテゴリ: 随感

浮き足だつ「永田町」

2009.06.27

昨夜は、弁護士の伊達俊二氏と月刊誌の女性編集者と3人で、秋葉原の四川料理屋で食事した。

伊達弁護士は、裁判員裁判の第1号として8月初めに開かれる足立区隣人殺人事件の担当弁護士だ。久しぶりに会った伊達弁護士は、準備に忙殺されてか、いささか疲労気味だったが、それでも途中からいつもの意気軒高ぶりを発揮し、大いに飲んだ。

裁判員制度の意義と問題点をめぐって、さまざまな話が出たが、こういうプロに裁判員裁判の「第1号」がまわってきたことは喜ぶべきことだろう。ガチガチの反対派ではなく、かといって推進派でもなかった伊達弁護士だけに、「第1号裁判」を終えて、どんな感想を持つのか、今から楽しみだ。

さて、永田町では、いよいよ麻生降ろしが本格化している。対抗する麻生官邸も自民党三役の交代人事で求心力復活を目論むなど、あの手この手だ。だが、もはや何をやっても麻生氏が政権を維持することは無理だ。

7月5日の静岡知事選、12日の東京都議選。この結果次第で麻生首相は、一気に求心力を消失する。そうなれば、解散を打つどころか、自民党総裁選を前倒しする意見に押され、麻生首相は惨めな末路を迎えることになる。

つまり、その前に解散を打つしかないところまで追い込まれているのだ。本日、テレビ出演した民主党の岡田克也幹事長は、「7月2日解散、8月2日投票の可能性が高まってきた」と発言している。このまま麻生首相が解散権まで縛られて、「座して死を待つ道」を選ぶかどうかを考えた場合、おそらく静岡知事選のまえに解散に踏み切らざるを得ないだろう、という予測だ。

政敵にまで求心力消失を心配されているわけである。麻生氏にとっては、いわば“破れかぶれ解散”だ。

政権が崩壊する時というのは、こんなものだ。「あの時、こうしておれば……」と、後年ふりかえったら、麻生氏は自らの失態の連続に歯嚙みするに違いない。最大のものは、このブログでも指摘してきた“木の葉が沈み、石が浮く”ほどの愚かな選択だった西川日本郵政社長の続投劇だ。

いずれにせよ、“敵失合戦”の末の不毛な政権選択をこの夏、国民は行わなければならない。鳩山由紀夫民主党代表にも、哲学、識見、政権担当能力、いずれも疑問符がつくだけに、有権者は頭が痛い。

カテゴリ: 司法, 政治

どこまで続く“敵失合戦”

2009.06.25

いよいよ“敵失合戦”も大詰めだ。

日本郵政の西川善文社長を「続投」させたことで、致命的な支持率急落を招いた麻生首相。今度は、民主党の鳩山由紀夫代表の政治資金収支報告書に疑惑がゾロゾロ……。“故人”が献金していたり、名前を使われた人が「献金をした覚えはない」と明言したり、攻守ところを変えている。

与党サイドが「鳩山代表は、献金虚偽記載について国民に説明すべきだ」と追及すれば、民主党側は、7月1日に予定されていた党首討論を拒否する、というピリピリぶりである。

当の鳩山代表が、「大変ご迷惑を掛けてしまい、おわびを申し上げる」と陳謝したまではよかったが、「実務担当の秘書の行為とは分かったが、正確を期さなければならず、調査している」と述べ、例によって「秘書が、秘書が」で責任逃れする構図だ。

麻生、小沢、鳩山……政界の主役たちはいずれも自民党の人間たちだけに、いくら清潔を装っても叩けばホコリはいくらでも出てくるだろう。

しかし、敵失だけで選挙の勝敗が左右されるのは勘弁して欲しい。内外にこれだけ多くの問題が山積されているというのに、ただの失策で「支持率が乱高下」するなら、国民のレベルもその程度、ということになる。

果たして今回の総選挙は、正々堂々、政策で勝負が決まる選挙となるのだろうか。郵政の問題もさることながら、外交、すなわち国家戦略についての姿勢こそ、国民に信を問うて欲しい。

「日本列島は日本人だけの所有物ではない」――鳩山氏のあの仰天発言には、一体どういう真意があったのだろうか。まさか鳩山代表が大好きな中国人こそ「日本列島の所有者だ」などと言いたかったのではあるまいか。

相手の批判に汲々とするより、政治家としての信念と国家観を明らかにして欲しい。そして拉致問題を含む北朝鮮問題等、これからどう対処していくつもりなのか、それを国民の前で語っていただきたい。

解散の時期が近づいていることを本日の記者会見で語った麻生首相。いよいよ総選挙は近い。

今年は例年以上に熱い夏になりそうだ。

カテゴリ: 政治

「書くこと」の喜び

2009.06.24

昨夜はあるパーティーに出席させてもらった。「母(があ)やん」を処女出版した川奈凛子さんの出版記念の宴だ。

日本橋の高層ビルのパーティー会場には、紳士淑女(?)が多数集まっていた。川奈さんは、小生の大学の先輩でもある元特捜検事の妹さんだ。丸山さんというその特捜検事は、のちに弁護士となり、バブル紳士華やかなりし時に、弁護士として辣腕を振るった。

私が出版社勤務の頃から丸山弁護士と川奈さんには大変お世話になった。お二人は、私のことを独身だと思い込んでいたようで、若い時に、お二人に「お見合い」をさせられたこともある。私は結婚指輪というものが嫌いで、それをつけたことがないので、おっちょこちょいのお二人は小生を独り身と誤解して、お見合いの場を設定してくれたのだ。

そうとは知らずレストランに行ってみると、そこには妙齢の某大手新聞社の女性記者が来ていた。話がなんとなくおかしいので、これは見合いなのではないか、と思って、あとで「オレ、既婚で子供もいるんだけど……」とお二人に言って大笑いになった。ちなみに私にとっては、それが生涯たった1度のお見合い体験だった。

その丸山弁護士も何年か前に病気で亡くなった。東京女子医大に見舞いに行った時の寂しそうな丸山弁護士の表情が忘れられない。

川奈さんは赤坂で「川奈」という小料理屋をやるようになり、そこにもよくお邪魔した。川奈さんには二人の娘さんがいて、この美女二人が店を手伝っていたものだから、店は大いに繁盛していた。パーティー会場で久しぶりにお会いしたが、相変わらずの美しさだった。

川奈さんがその店をたたんでまで賭けた処女作である。是非、多くの人に読んで欲しいと思う。パーティーで私はスピーチをさせられたが、そこで「デビュー作の大切さ」を言わせてもらった。

私は、処女作の「裁判官が日本を滅ぼす」も、出版社独立後第1作目となった「なぜ君は絶望と闘えたのか-本村洋の3300日」も、幸いにマスコミが取り上げてくれたおかげで話題となり、うまく“離陸”することができた。離陸さえできれば、あとはなんとかなるものだ。

自分が書いた本ができ上がることぐらい嬉しいことはない。その喜びとやり甲斐は、経験したものにしか、わかってもらえないと思う。

川奈さんは今回、その素晴らしさを知ってしまった。この魅力に取り憑かれて、きっとひたすら「書きつづける」だろう。努力と精進で、素晴らしい作品を次々生み出していって欲しいと思う。

カテゴリ: 随感

「本格派投手」ずらり勢揃い

2009.06.23

日米大学野球(7月12日~)のメンバーが発表になった。

メンバーを一見、すぐに思ったのは、「投高打低」ということである。いまのアマチュア球界を象徴する現象が、この全日本チームにも起きていることを感じる。

アマチュアに限らず、日本の野球レベルは、完全に投高打低だ。先のWBCでもわかったように、日本のピッチャーのコントロールとキレのある投球は、どの国の投手陣をも凌駕していた。美しい理想的なフォームで平然と威力ある球を投げ込み、しかもスタミナも抜群。あれほど完成された投手陣は、世界の驚異だった。

今回の日米大学野球の全日本メンバーも同じだ。いや、これほど有力な「右の本格派」が一同に揃ったことは、今年37回目を数える大会でも珍しい。法政の江川卓と駒澤の森繁和、日大の佐藤義則らが顔を揃えた昭和51年の日米大学野球が思い出されるが、今回の二神一人(法政・4年)、斎藤佑樹(早稲田・3年)、大石達也(早稲田・3年)、澤村拓一(中央・3年)、野村祐輔(明治・2年)、東浜巨(亜細亜・1年)も、江川・森に比べれば小粒だが、それぞれの球の威力はなかなかどうして素晴らしい。

選ばれたメンバーは、いずれも140キロ台後半(中には150キロ台も)のスピードボールとキレのあるスライダーを武器にしている。彼ら右の投手陣に加えて、左では、乾真大(東洋・3年)と中後悠平(近畿・2年)も選ばれている。乾は先発か抑え、中後はワンポイントか抑え要員として選ばれたと思われる。

私は、将来日本を背負って立つピッチャーにとって、この日米大学野球に出場することがいかに大きいことかを感じている。

先に挙げた江川、森、佐藤といった本格派投手は、この日米大学野球で全米打線の厳しい洗礼を浴びている。アメリカの選手は、スピードボールに絶対的な自信を持ち、しかも手が長く、思いっきり踏み込んでくるので、少々外角に外した球も平気で長打を放ってくる。

むしろ弱点は、内角高めだ。ここを勇気をもって突いていけばかなり抑えられるが、周知のようにこれは少し甘くなればホームランボールになるという危険性がある。江川、森といった剛球投手ですら、簡単にホームランを打たれたシーンを思い出す。

いかにこういった強打者たちのタイミングを外すか。バレーボールで言う“一人時間差”、すなわちタイミングの外し方を会得したピッチャーだけが、上(プロ)でも「一流として通用する」ようになるのである。そのための大切な登竜門がこの日米大学野球なのだ。

さて、それを会得するのは、この本格派ピッチャーたちの中で誰だろうか、と思う。日米大学野球を観る上で別の意味の楽しみがそこにある。

カテゴリ: 野球

苦悩深まる国民

2009.06.22

政府は本日、日本郵政の西川善文社長の続投を決めた。「かんぽの宿」譲渡問題の責任をめぐる混迷で「西川続投に固執」した麻生首相の最終的な決定だった。

西川社長ご本人も責任を認識しているらしく、自らに「報酬を3カ月間30%返上」の処分を課したそうだ。

しかし、もはや国民にとっては「あっ、そう?」というぐらいの反応ではないか。すでに麻生政権は「終わっているから」だ。問題勃発以来、何度もこのブログで指摘してきたように、麻生首相は、「“西川”守って“政権”滅ぶ」という愚かな選択をしてしまった。国民は、あとは何をやろうと「勝手にやってくれ」という気持ちでなのではないか。

麻生内閣の支持率は鳩山総務相更迭以来、朝日新聞が8ポイント急落の19%(不支持は65%)、読売が6ポイント下落の22%、毎日新聞は5ポイント減の19%(不支持は60%)、共同通信は8・7ポイント急落の17・5%(不支持は70・6%)……といった具合に、軒並み大変な落ち込みを示している。

西松事件で小沢一郎氏の秘書が逮捕され、一気に回復していた麻生内閣の支持率は、再び「選挙での敗北必至」ラインまで落ちてしまったのだ。

自分たちのクビがいよいよ危うくなった自民党議員たちの間に、「総裁選前倒し論」が急浮上したのも無理はない。このままでは、彼らは座して死を待つしかない。国会議員の座からすべり落ちれば“タダの人”になる彼らは、急落した各社の内閣支持率を見て蒼ざめ、うろたえているのである。

それにしても、国民財産を売っ払って“利権に群がる企業グループ”と共に甘い汁を吸おうとした西川社長を助け、よりによってそれにストップをかけようとした鳩山大臣の方を更迭するとは誰も予想しなかったに違いない。

国民の意識や気持ちが読めない“お坊ちゃん育ち”と言われればそれまでだが、とにかくその政治センスのなさ、浅慮、先の読めなさは、筆舌に尽くしがたい。政治家失格といってもいいだろう。

あの更迭劇は、それほど「あり得ない選択」だった。しかし、ここまで民主党の勝利が確実視されてくると、心配になるのは鳩山由紀夫民主党代表が首班指名された「あと」のことである。

友愛政治などとノー天気なことを言っている鳩山氏に北朝鮮軍部の暴発による国家的危機が生じた時、果たして国民の生命・財産を守るという使命が果たせるのだろうか。その能力があるのかどうか、そして国家の領袖としての使命を理解しているのかどうか……等々、はなはだ心もとない。

中国に靡(なび)く媚中派議員の代表格でもある鳩山代表。得意の「日本列島は日本人だけのものではない」という友愛の理論に基づき、日本列島は「中国人のもの」などと言われた日には目も当てられない。

いや、尖閣問題や竹島問題がニッチもサッチもいかなくなった時、あの目の焦点の定まらないニコニコ顔で、中国や韓国の要人と交渉して欲しくないと思う。かつて“宇宙人”と称された御仁に日本の舵取りを任せなくてはならないとは、国民も辛い。

選挙の季節を迎え、レベルの低い争いを目の当たりにする国民の側に、むしろ苦悩が深まっている。

カテゴリ: 政治

昭和の大横綱・大鵬

2009.06.21

昨日は、元横綱・大鵬(本名・納谷幸喜、相撲博物館第5代館長)とお会いし、およそ3時間にわたって取材させてもらった。

ライバルの柏戸と共に「柏鵬(はくほう)時代」を築き、歴代ナンバー・ワンの優勝32回をはじめ、6連覇2回、45連勝などを記録した「昭和の大横綱」である。

引退後の36歳の時に脳梗塞で倒れながら、厳しいリハビリで復活して相撲協会の要職を歴任、協会を定年後も、昨年12月まで相撲博物館の館長を務めた。

歴代1位の勝率を誇った安定した相撲ぶりが “巨人、大鵬、卵焼き”と称され、その圧倒的な強さは、高度経済成長をヒタ走ったパワー溢れる1960年代の日本を象徴するものだった。

私が子どもの時から「大鵬が負ける場面」に出くわすことはほとんどないようなケタ違いの強さを発揮していた。ご本人によると、父親は白系ロシア人で、戦後苦労を重ねたが、16歳の時に飛び込んだ角界で猛稽古を繰り返し、やがて「朝起きるたびに強くなっている」と言われるようになったという。天才とは柏戸の方で、自分は努力型だった、とも述懐する。

インタビューの終わり際に、「相撲の真髄とは?」と、私が質問を投げかけると、ニヤリと笑って「どこまでいけばそれを“会得”できるのか。もうこれでいい、というのは相撲にはありませんよ。死ぬまで“勉強”なんです」と語ってくれた。左半身は今も不自由だが、まだまだ意気軒昂だ。

インタビューをもとに近くノンフィクションを書く予定なので、乞うご期待。


カテゴリ: 相撲

「講師を囲む会」と締め切り

2009.06.19

今日は、月刊誌の締め切りと明治大学での基礎マスコミ講座の「講師を囲む会」の予定が重なった。

締切の合間に抜け出して、午後6時半に御茶ノ水の明治大学リバティタワー23階の会場に着くと、講師陣およそ10名と、基礎マスコミ講座の学生たち約100名がひしめいていた。立食形式のパーティーである。

講師であるマスコミ各社の第一線ジャーナリストたちに挨拶する間もなく、私はスピーチに「指名」されてしまった。

大慌てで壇上に上がり、スピーチした。昨年のこの会では、私は25年間勤めた出版社から独立したばかりだった。もう10年近く講師をさせてもらっているが、やはり違う立場での講義は新鮮だった。

年々、学生たちの実力も意識も充実してきているように感じるのは気のせいだろうか。私は、講演でたまに地方に行くが、その地に必ずこの明治の基礎マスOBがいる。そこでよもやま話をしたり、飲みに行くこともある。この講座がマスコミにしっかり根を張り、大きなネットワークになっていることを感じることが多くなった。

人脈がいかに大切か、そして、そういう交友の中からこそ「スクープが生まれていく」ことを話させてもらった。また、物事の「本質」を見る眼の大切さを大学時代に学んでいって欲しいという私の希望も言わせてもらった。

スピーチのあと、心配していた学生が無事、就職が決まったことがわかった。なかなかやり手の女子学生だ。男子学生より、女子学生の方が何事にも積極的だが、彼女はなかなか就職が決まらなかった。「先週、やっと希望のところに内定が出ました」と報告を受け、ホッとした。

そのあと私のまわりに来た学生の中には今年1年生になったばかりの女子学生もいた。高校生といってもおかしくない。聞くと、まだ18歳だという。

大学というのは学問をするところだけではない。学外の経験こそ、人間を鍛えてくれる。特にマスコミに入るには優等生でいる必要はない。これからのキャンパスライフで、大いに経験し、大いに議論していって欲しいと思う。

この中から、希望通りマスコミの門を叩く人間がどのくらい出るのか、楽しみだ。もちろん講師として、微力ながらそのために「役に立つ」講義をさせてもらうつもりである。

がんばれ明治の学生たち!

カテゴリ: 随感

風雲急を告げる「北朝鮮」

2009.06.18

「国連制裁で事態が悪化した場合、北朝鮮は報復として韓国ではなく日本か在日米軍基地を攻撃するだろう」

軍事専門家の間では、ごく一般的で「常識」ともされる意見だが、これがアメリカ下院外交員会の公聴会で北朝鮮問題の専門家が発言したとしたら、いかがだろうか。

さすがに平和ボケを指摘される日本人も驚くのではないか。本日、北朝鮮の暴発が刻一刻と近づいている中、アメリカの国際政策センターで朝鮮半島問題研究者のセリグ・ハリソン氏が、公聴会(6月17日)でそう証言したことを共同電が報じた。

中国紙が金正日総書記の三男、正雲(ジョンウン)が「後継者に決まったようだ」と報じたり、「金総書記の健康状態にすでに非常に大きな問題が発生している」と憶測記事が出たりと、ここのところ北朝鮮内部で「何かが起こっている」ことは間違いない。しかし、現時点では、その「何か」が誰にもわかっていない。

そんな中で、ハリソン氏が下院公聴会という公の場で、「金総書記の健康状態悪化後、反日感情が強く、国粋主義的で、海外経験のない若手将校らが政権内で立場を強めた」とも指摘したのだ。

少なくとも、北朝鮮軍部の暴発という危機が高まっていることが推測される。

幸いに北は、まだ「核弾頭の小型化」と「起爆装置の開発」には成功していないと見られている。ということは、まだ東京が「人類史上3発目の原爆」を落とされる可能性は低いのかもしれない。しかし、それも「現時点では」という条件つきである。

ハリソン氏は公聴会でこうも語ったという。「北朝鮮の若手将校らは、自分たちの軍事力を非現実的なほど高く評価しており、北の高官はそのことに対して憂慮を深めている」と。いつの時代も、どこの国にも暴発する軍人というのはいるらしい。

日本人の太平(泰平)の眠りを覚ます「北の暴発」は果たしてあるのだろうか。いずれにせよ米の北朝鮮問題の第一人者が発した「警告」を聞き流すことは許されない。

カテゴリ: 北朝鮮

浮上した総選挙「もう一つの焦点」

2009.06.17

麻生首相と民主党の鳩山代表による2回目の党首討論が本日、行われた。

日本郵政の西川善文社長の続投問題で、鳩山氏が「間違った方の首を切ったのではないか」と追及すると、麻生首相は、「(日本郵政は)業務改善命令に従って対応されると思うので、改善状況を見て判断したい」と答えた。鳩山氏は「(私たちが)政権を獲得した場合は、西川社長には辞めてもらう」と応じ、この問題を来たるべき総選挙の争点の一つとすることを明らかにした。

熱烈な保守支持層は、今回の麻生氏の失態に「あーあ」という声を上げている。昨日のブログにも書いたように「“西川”守って“政権”滅ぶ」という愚かな選択を麻生氏がやってしまったのが残念でならないのだろう。

最近、次のノンフィクション作品の関係で、軍事の専門家や関係者にお会いすることが多い。彼らは今回の出来事が残念でならない。日本の原子力発電所の攻撃さえ仄めかしている北朝鮮。“偉大なる指導者同志”の暴走によって、文字通り日本に国家的危機が近づいている折も折である。彼らは、「国家の安全保障」という概念が欠落した鳩山氏を首班とする政権が誕生したら背筋が寒くなる、と事態を憂えている。

たしかにこれは恐ろしい。しかし、同時に、麻生首相ほど政治センスのない人間をトップに戴いて、「選挙に勝てる」と思う方もおかしい。

なぜ国民はここまで呆れたのか。

麻生さんはおわかりでないので、少し、説明をさせていただきたい。当ブログでは最もわかりやすい例として、「1万円」で売却された直後に「6000万円」で転売された「かんぽの宿 鳥取岩井」のことを指摘したが、実は、これまで西川社長は、「かんぽの宿」問題以外にも、国会で「なぜあなたは日本郵政社長にふさわしくないか」という点について繰り返し追及されてきた経緯がある。

You tube(ユーチューブ)には、国会で追及される西川氏の姿がアップされており、今でも見えるようになっている。そこには、なぜ西川氏が国民の財産の上に立脚した“民間企業”のトップにふさわしくないか、明らかにされている。

西川氏は、出身母体の三井住友銀行から「チーム西川」と呼ばれる子飼いを引き連れて日本郵政社長となった。そこで何が起こったか。

「わずか0・2%のシェアしかなかった」三井住友カードが、郵貯銀行のカードの委託先に選ばれたのだ。そして、その選定の中心人物が「チーム西川」の重要メンバーである元三井住友カードの副社長だったのである。そして、その「チーム西川」のメンバーは、三井住友銀行の社宅に「住んだまま」、これをおこなっていた。

このことは、国会で厳しく追及されている。要するに、西川氏をトップとする三井住友銀行の面々が、「さあ、日本郵政で思いっきり儲けましょう!」と乗り込んできて、その通り、やりたい放題やってきたわけである。

郵政資産叩き売りの過程で、オリックスや旧リクルートコスモスをはじめ、「チーム西川」に贔屓(ひいき)にしてもらった企業グループが存在するが、その細かなことを指摘することが当ブログの目的ではない。

要するに、「国民の生命・財産」を守るべき一国の総理が、「国民の財産にハイエナのごとく蝟集(いしゅう)した」面々を許容したばかりか、今後もその体制を続けさせ、不正に蓋をしようとしているのである。

つまり、麻生首相は一国のリーダーとしての使命を「放棄した」ことになる。

本日、鳩山氏が政権獲得の暁には「西川氏の続投を認めない」ことを明言したのは、興味深い。もし政権が変わって「チーム西川」が追放されれば、一連の問題で特別背任に問われる可能性さえ出てきたのだ。強制捜査に発展する可能性を誰も否定できないだろう。

国民財産に舌なめずりしながら近づき、これを思いっきり貪り食った連中に「司直の手が伸びる」こともあり得るというわけである。

総選挙での「有権者の判断」にもう一つの焦点が浮上したことは間違いない。

カテゴリ: 政治

「西川」守って「政権」滅ぶ

2009.06.16

今日は、東京は小雨が降ったり止んだりの梅雨空だった。今にも泣き出しそうな空を窓から眺めながら、午後、調布市内のファミリーレストランで87歳になる旧軍の元陸軍大尉に取材をさせてもらった。

話は、戦争中のユダヤ問題から2・26事件、陸軍中野学校の諜報戦、終戦時の北海道防衛戦、さらには、軍事顧問団「白団」による台湾支援の歴史に至るまで、多岐にわたった。実年齢より10歳は若く見える元陸軍大尉の知的欲求心の旺盛さと記憶の確かさに、驚きの連続だった。

11月発刊予定の歴史ノンフィクション取材の一つだったが、目的の人物を探し出すことの難しさを改めて痛感した。戦後すでに64年もの年月が経っている。なにより厳しいのは「時間の壁」である。

会いたい人がすでに鬼籍に入っている場合が多く、「最後の課題」を突破できないことがいかに多いことか。これは、ノンフィクション作品の宿命でもある。しかし、そんなことでへこたれるわけにはいかない。ひたすら“前進”あるのみである。

ところで、ここのところブログで指摘しつづけている日本郵政の西川善文社長の続投問題だが、今日はおもしろい出来事があったそうだ。本日、佐藤勉総務相と会談した西川社長が帰りに記者団に囲まれたのだが、この時、記者を怒鳴りつけたという。取り囲まれて記者から辞任の可能性について質問された時、逆上したというのである。

これを詳細に報じた産経新聞ネットによると、記者が「続投の意向に変わりはないか」と質問すると、西川氏は無言で、さらに質問をつづける記者に「けじめはつけます」と答えた。「もう一度聞くが、辞任ということも含めてか。けじめとは?」と食い下がる記者。西川氏が少しうつむいたので、記者が「うなずかれたということでいいか」と確認すると、突然、質問したその記者をにらみつけ、「失礼なことをいうな! 何がうなずいたんだ!」と、怒声を浴びせたのである。

激怒したままエレベーターに消える西川氏と唖然とする報道陣。いかに彼が精神的に追いつめられているかを象徴するシーンだった。

これほど国民の「ノー」が突きつけられ、もはや西川氏が社長の地位にとどまることなど、考えられないのに、ご苦労さまなことである。しかし、小泉・竹中連合の引き留め工作で、辞任以外の「減俸などの自己処分」で世論の動向を見極める可能性があるが、すでに国民的には完全に決着がついていると言えるだろう。

残ったのは、麻生政権が「西川守って政権滅ぶ」というトンでもないことをやってしまったという「現実」だけである。

カテゴリ: 政治

“改革”とは何だろう

2009.06.15

なぜ国民は怒らないんだろう。不思議に思っていたら、そうではなかった。国民はやはり「怒っていた」のだ。これを報じる側のマスコミの方がおかしかったことが、やっと明らかになってきた。

毎日新聞が今回の鳩山更迭劇のあと6月13、14日に実施した全国世論調査で、麻生内閣の支持率が前回調査から5ポイントも急落し、19%になったことを伝えている。

日本郵政の西川善文社長の進退問題で鳩山邦夫前総務相を更迭した麻生首相の判断について、「評価しない」という回答が67%を占め、「評価する」は22%にとどまったというのである。

およそ7割の人が麻生首相の判断が間違いであると認識していたのである。その数字を見て、私は少しホッとした。なぜ国民はこの問題に怒らないんだろう、と不可思議でならなかったからだ。

いうまでもなく郵政民営化は、これを争点に総選挙までおこなわれ、国民注視の中でおこなわれたものだった。しかし、今年になって次々と明らかになった事態は国民を絶句させた。公正におこなわれるべきその「財産の処分」が不透明としかいいようがなかったのである。

典型的なのが「かんぽの宿」売却問題だ。総額で約2400億円もの巨額の建設費をかけた施設を、20分の1にも満たない約109億円で売り飛ばそうとしていたのだ。

もっともわかりやすい例が、「かんぽの宿 鳥取岩井」の売却劇である。「レッドスロープ」なる東京の不動産会社に「1万円」で売却されたこの施設は、直後に福祉法人に「6000万円」で転売され、現在、改装されて老人ホームとして立派に運営されている。

この「1万円売却」「6000万円転売」を知った関係者は「いったい背後に何があったのか」と仰天した。マスコミがその不動産会社の住所に行ってみると、そこは幽霊会社で、しかも、設立間もない会社だったからである。

そもそもそんな会社が入札に参加できること自体がおかしな話で、国民の“最後の財産”ともいうべき郵政資産にハゲタカたちがあの手この手で近寄り、貪り食っていた図が、はからずも国民の前に露わになってしまったのである。

この問題の解明は、実はストップしたままだ。社長である西川氏がそのまま居座っているからである。彼がいなくなれば、その過程でおこなわれていたことが白日の下に晒される可能性がある。彼らにとっては、「それはどうしても避けなければならない」ことだろう。

そこに、万難を排しても「西川社長が続投する」必要性があった。小泉・竹中連合も必死だ。彼らは、「郵政民営化に逆行してはいけない。改革を断行しよう」と、得意の論理のすりかえで対抗し始めた。それに「乗った」のがマスコミである。

「西川続投」と「郵政改革」はなんの関係もない。西川社長でなければ郵政改革はできないのか、という話だからだ。そんなバカなことはない。これは国民の財産が「不正に」売っ払われることを許すか許さないか、という極めて単純な問題であり、こういう不正が明らかになった上に、なお社長の地位に居座ることを許すか許さないか、という日本人の「けじめ」と「倫理」の問題なのである。

呆れ果てた麻生首相の決断に国民は「怒っていた」。おかげで「西川続投」を当然と捉えていたマスコミの論調も今日あたりから変わり始めている。

問題の核心にやっと気づき始めたのだろう。本質を見抜けないマスコミ・ジャーナリズムより、国民の方がよほど鋭敏な感覚を持っている。

「“改革”とは何だろう」と、つくづく思う。

今の日本は、「カラスが鳴かない日はあっても、政治家が“改革”を叫ばない日はない」と言われる。私は、“改革”を叫ぶ人間に対しては、まずウラに何があるのかを考えてみることにしている。利権であったり、私欲であったり、今の日本で、「改革」を声高に叫ぶ人間には、なにか別の目的がある例があまりに多いからだ。

物事の本質を見ようとする目。なにより大切なのはその姿勢だ。“混迷”としか表現しようのない価値観の乱れの波間を彷徨っている日本で、今、国民のより透徹した目が求められている。

カテゴリ: 政治, 随感

法政大学の復活

2009.06.14

全日本大学野球選手権は、法政大学が優勝した。

低迷をつづけてきた法政が6季ぶりに東京六大学の春のリーグ戦で優勝したと思ったら、その勢いを駆って全日本大学野球選手権を実に14年ぶりに制したのだ。史上最多「8度目」の優勝である。

低迷に対する非難と、選手たちの離反という厳しい環境のなかで「更迭論」さえ囁かれていた金光興二監督にとって、これほど嬉しいことはないだろう。

広島商業時代は1番ショートで主将として全国制覇を果たし、法政大学でも江川、植松、島本ら錚々たる“花の48年組”を主将としてリードし、法政4連覇の黄金期をつくりあげた。

その栄光の球歴に「傷がついた」とさえ言われた低迷ぶりだったが、今回の優勝で雑音は振り払われるだろう。本来の力ではナンバー・ワンの早稲田、エース野村を擁して黄金時代の実力を取り戻しつつある明治、そして日本一をもぎとった法政。ここのところ東都に差をつけられていた六大学に、活気が戻ってきたようで頼もしい。

ところで、優勝候補ナンバー・ワンの東洋大学の敗戦は意外だった。対創価大戦のエース乾の思いもよらぬ序盤の乱調。4点のアヘッドが最後まで響いてしまった。07年秋からつづく東洋の全国大会連覇の記録はこれで「4」でストップした。一発勝負のトーナメント戦は、やはり怖い。

法政のエース、二神一人投手は最高殊勲選手賞と最優秀投手賞を独占した。これで秋のドラフトでは契約金1億円を確保したのは間違いない。高知高校時代は明徳義塾の厚い壁に阻まれ、3年時に出場を辞退した明徳義塾に代わって甲子園に代理出場したものの、初戦で日大三高に敗れ、脚光を浴びることはなかった。

この時の明徳義塾のエースが松下健太(早稲田)であり、4番が中田亮二(亜細亜)である。3人とも今秋のドラフトでプロに指名されるか否か、興味深い。

高校、大学、プロと、ライバル関係がつづいていく例は少なくない。スポーツ観戦の欠かせない見どころである。

カテゴリ: 野球

「木の葉が沈み、石が浮く」

2009.06.13

今日の読売新聞の記事はおもしろかった。麻生首相は当初、西川善文・日本郵政社長の方を交代させるつもりだったが、小泉元首相と竹中元総務相コンビの巻き返しを受けて「西川続投」に傾き、それが鳩山更迭につながったというのだ。

この記事が本当なら、いかにも麻生氏らしくて笑える。昨日のブログでも書いたように今回の出来事は多くの自民党支持者を失望させた。

この問題は難しくともなんともない。むしろ単純な構図といえる。「かんぽの宿」売却問題で露わになった経済界による「国民財産乗っ取り」の野望――そのことに異を唱えた鳩山氏とそれを推進した西川社長。この二人が対立したのは当たり前のことである。

小泉・竹中コンビが必死で西川続投にこだわったというのは、よほど西川社長に辞めてもらっては困る事情が存在したのだろう。「かんぽの宿」のオリックスへの一括譲渡問題や、二百数十兆円にも及ぶ郵便貯金の行方について……郵政民営化では、これまで財界や外国資本も入り乱れ、さまざまな思惑と利害が交錯してきた経緯がある。

その「利権調整役」兼「実行部隊長」だった西川氏に辞められては、あとからあとから「不正が露見」する可能性も否定できない。それを避けたい人たちが必死になって「西川続投」にこだわったのだろう。

しかし、私が不思議なのは、自分たちの財産が財界にいいように叩き売られようとした国民の側に、大した怒りもないことである。鳩山更迭をむしろ当然のように受け止めた国民のなんと多いことか。これが、アメリカならとっくに西川社長はクビで、6000分の1で売却された「かんぽの宿」など、さしずめ西川氏の個人資産の拠出による「買い戻し」が要求されるだろう。

そもそも、「かんぽの宿」があれほど問題になった時点で、社長の地位に居座ることなどできるはずがなかったのだ。不祥事の責任をとるのは、そもそも「上に立つ者の務め」であり、今回のように会社に多大な損害を与え、特別背任の疑いさえ生じてくる事態では尚更だ。

しかし、麻生首相は「木の葉が沈み、石が浮く」ような常識外のことをやってしまった。これは、もはや政治家としてのセンスの問題である。政権担当能力の決定的欠如というほかない。

麻生自民党vs鳩山民主党。まるで「失点合戦」ともいうべき低レベルな戦いに「審判を下す」のは、国民もつらい。

来るべき総選挙は、ひょっとして史上屈指の「低調なもの」になるかもしれない。

カテゴリ: 政治

「けじめ」なき国の奇妙な更迭劇

2009.06.12

いよいよ麻生政権の迷走がどうにもならないところまでやってきた。鳩山邦夫総務相がさきほど辞任したというニュースが伝わってきた。事実上の更迭である。

無理が通れば道理が引っ込む、というが、麻生政権には道理も見識も何もないらしい。「かんぽの宿」売却問題で、国民の財産を二束三文で売っ払おうとした西川善文・日本郵政社長が居座り、その続投にストップをかけようとした鳩山大臣が逆に更迭されてしまったのである。

ここのところ、ブログでも何度か指摘している通り、鳩山大臣がストップをかけなければ、国民の財産である「かんぽの宿」は、例えば「6000分の1の価格」で特定業者に売り払われたばかりか、さらに濡れ手で粟の「莫大な利益」が業者に転がり、国民は「財産を失う」ところだったのである。

この問題の最高責任者である西川社長はてっきり、「国民に多大な損害を与えたことは私の不徳の致すところ。責任を取らせていただく」と言うのかと思っていたら、あの問題が勃発して何か月も居座った上、あろうことか「続投する」というのである。

しかし、国民の側もおもしろい。「呆れてモノも言えない」と怒るかと思ったら、6日前のブログでも書いたように、マスコミも含めなぜか「鳩山大臣の暴走」というのが大半の受け止め方だったのだ。

5月19日のブログでも指摘したが、西川氏は、“法皇”堀田庄三や“天皇”磯田一郎が君臨した「住友銀行」の出身だ。権力者が「けじめなき長期政権」を築くのがお家芸の会社である。

ゴネてゴネてゴネまくり、地位にしがみつくのは西川氏の得意とするところだ。これで、ハゲタカのごとき特定業者たちが再び「笑いが止まらない」時代がやってくる。

報道によれば、官邸サイドは、西川氏の鳩山氏に対する謝罪で「手打ち」を図ろうとしていたそうだが、「西川氏が謝るべきは国民に対してであり、私に対してではない」と、鳩山氏はこれを一蹴したという。

鳩山氏は辞任に際し、記者団に「世の中、正しいことが通らない時があるんだな、今はそういう思い。今の政治は正しいことを言っても認められないこともある。潔さが大事」と語ったそうだが、けじめなきこの国の将来が危ぶまれる。

カテゴリ: 政治

取り調べ「可視化」への疑問

2009.06.11

「足利事件」で釈放された菅家利和さん(62)が、取り調べの全過程の録画・録音(可視化)の必要性を訴えている。

今回の件では、またしても栃木県警か、という思いを抱いた人は少なくないだろう。何度も助け出すチャンスがありながら、警察に見殺しにされ惨殺された栃木リンチ殺人事件の被害者・須藤正和さん(当時19歳)のことを思い出した人もいるに違いない。

今度は、何回か引き返すチャンスがあったにもかかわらず、ひたすら“無実の人間”である菅家さんを牢獄へと追い込んだのである。栃木県警の思い込みの激しさ、杜撰な捜査手法、あやふやな証拠さえ吟味できない官僚裁判官……など、この事件は多くの問題点を浮かび上がらせてくれた。

今回の大失態にかかわった警察、検察、裁判官――それぞれに国民は怒りを感じている。しかし、今回のことをきっかけに「取り調べの可視化」まで実現しようというのはいかがなものだろうか。

民主党の法務部門会議が本日、菅家さんを衆院議員会館に招いたそうだ。そして、取り調べの全過程を録画・録音する必要性を訴えた菅家さんの話に熱心に耳を傾けたという。

弁護士でもある民主党の細川律夫議員は「冤罪の起きない仕組みを作ることが我々の使命」と述べた。まことに立派な考えで私にも異論はない。

だが、「可視化実現」に熱心な細川議員に聞きたい。テレビのように「カメラがまわっているところ」で、果たして被疑者の口から「真実」を引っ張り出す取り調べというのはできるものでしょうか?

もっとわかりやすく言えば、被疑者というのは、マイクさえ向けたら、簡単に被疑事実を認めたり、否定したり、「真実」を語ってくれるものでしょうか? 取り調べというものは、それほど簡単なものなのでしょうか?

私は、取り調べというのは、捜査官と被疑者との「魂」と「魂」のぶつかり合いだと思っている。“泣き”もあれば、“怒り”もあるだろう。たしかなことは、捜査官がこれまで生きてきた全人生をぶつけて被疑者の魂を揺さぶり、説得しないことには、真実の告白は得られないということだ。真実を告白したら厳しい罪に問われる被疑者が「簡単に口を開くわけはない」という理屈は子どもにだってわかるだろう。

取材もある面、似ている。人を説得して、心の奥底にあるものを引っ張り出して真実を語ってもらうためには、取材者自身の「人生」が問われる。相手の魂を揺さぶらなければ、人は信頼もしてくれないし、真実も語ってくれないものだ。

「全人格」をかけて説得する大変な作業が「カメラの前でできる」と思っている民主党の人たちの感覚には首を傾げざるを得ない。可視化になれば、取り調べが形骸化していくのは確実だろう。そうなれば、「真犯人」を取り逃がし、「新たな被害者」が生まれる事態になることを民主党は考えたことがあるのだろうか。

守るべきものは何か。その根本を見失った議論になってはならない。

カテゴリ: 司法, 政治

奇妙なテレビ報道

2009.06.10

不思議な報道もあるものである。

例の西川善文・日本郵政社長の続投問題だ。ここのところのテレビ報道が実に奇妙なのである。鳩山総務相が西川社長の続投に“ノー”と言っているのは、あくまで西川氏が「かんぽの宿」売却問題の責任者として、「(続投は)いかがなものか」と指摘しているに過ぎない。

しかし、どのテレビ報道を見ても、「郵政民営化」の路線に反対し、ゴネているのが鳩山総務相であるという取り上げ方ばかりで、「かんぽの宿」問題を忘れ去っているかのようだ。

この報道の仕方は「ある一定の意図に基づくもの」というほかないだろう。4年前の郵政民営化選挙で当選してきた“小泉チルドレン”たちが「郵政民営化の意味をなくすような暴挙だ」と鳩山大臣を責めている映像が繰り返し流されていることからも、それは窺える。

有権者は、小泉チルドレンたちのこの言動をよく記憶しておくことだ。「かんぽの宿」という国民の財産を「6000分の1」というようなベラボーな価格で叩き売った会社の社長が、そのことに対する反省もなく、社長に居座ろうとしている。

それを支持する国会議員がいて、それが当たり前であるかのごとく報じるマスコミ。本質をどこかに置き忘れた報道は、あまりに罪深い。

カテゴリ: テレビ, 政治

政治の季節到来

2009.06.09

「新潮45」の連載締切と、7月に出版するノンフィクションの再校ゲラの返しが重なり、徹夜がつづいた。と、思っていたら、いよいよ全日本大学野球選手権が今日から始まった。

優勝候補の筆頭である東都5連覇の東洋大学に、東京六大学の覇者・法政大学、あるいは東海大学、近畿大学、東北福祉大学らが挑戦する興味深い大会だ。

プロ注目の乾、鹿沼という左右の二枚看板を要する東洋大学の優位は動かないだろう。しかし、久しぶりの出場となった法政大学も六大学の防御率1位・エース二神を擁して勢いに乗っている。どこまで優勝に絡んでくるか興味深い。

今日は、九州南部から東海にかけて早くも梅雨入りが発表された。鬱陶しい季節の到来だが、一方で永田町は完全に選挙態勢に入っている。千葉市長選が今週日曜(6月14日)に迫り、7月5日には静岡知事選、その翌週の7月12日には東京都議選が控えている。

地方選が終われば、待ったなしの「総選挙」だ。麻生首相は、鳩山民主党のアキレス腱とも言える安全保障問題で「攻め」の姿勢を見せ始めた。“偉大なる指導者同志”による核実験とテポドンの発射実験で、日本の安全はいまや風前の灯。さらにはソマリア沖の海賊対策問題もある。平和ボケした民主党で、「国民の生命と財産が守れるか」というわけだ。

国会での低レベルの党首討論より、やはり本音で有権者に訴える街頭演説の方がよほどおもしろい。マスコミも、党首たちのそうした本音の演説をできるだけ詳細に報じて欲しいものである。実は地方での党首演説こそ、政治の息づかいが伝わる最も貴重なものなのだ。

ジャーナリズムは、そのことを国民(有権者)に伝える使命をしっかり果たして欲しい。

カテゴリ: 政治, 野球

悪いのは鳩山大臣か?

2009.06.06

昨夜は、マスコミ関係者が集まって私を「励ます会」をやってくれた。といっても、私を酒の肴にして10人ほどが集まった単なる飲み会である。

店は、新宿2丁目にある奄美の焼酎の店。書籍編集者、雑誌編集者、ジャーナリスト、カメラマン、週刊誌記者、スポーツ紙記者……などが集まり、ガヤガヤと時を過ごした。それぞれが追っているネタがあり、話題もあっちへ行き、こっちへ行き、だった。やはり業界の飲み会は楽しいものだ。

2次会では、夜中2時まで飲んでいたが、そこで失礼した。ここのところ朝まで飲む機会が多く、さすがに疲労が蓄積している。月刊誌の締切を迎えているので、朝までというわけにはいかなかった。

それはそうと、鳩山邦夫総務相が「西川善文日本郵政社長の続投は認めない」と当然のことを言っても、党内にまで反発があるというから驚く。国民の財産が“ただ同然”で特定業者に売却されるという現代の官有物払下げ事件の責任者が、「責任をとる」どころか「続投」しようというのだから、呆れる。

ジャーナリズムもなぜか矛先は、鳩山大臣に向かっている。おいおい、あの「かんぽの宿」問題の時の怒りを忘れたのかい?

マスコミよ、筋を通せ。

カテゴリ: 随感

天安門事件「20周年」

2009.06.04

今日6月4日は、1989年に起こった天安門事件の20周年記念日だ。あの日からもう「20年」が経つのか、という感慨が湧く。

1989年、天安門事件が勃発する3か月前に、私は久しぶりに中国を訪れ、北京・武漢・上海で取材をしていた。張学良の半世紀を超える軟禁生活の謎を解くために、元国民軍(国民党軍)の上校(大佐)だった徐世江老人を武漢まで訪ねていき、また上海では、西安事変の際に、蒋介石を西安郊外の華清池で捕縛した孫銘九老人などを探し出して貴重な証言を得た。

この一連の取材旅行で驚いたことがあった。私自身その時、中国は4年ぶりの訪問だったと思うが、たった「4年」で中国があまりに“変貌”していたのだ。

何が変わっていたのか。

それは“モラルの崩壊”である。中国人同士のいがみあい、暴力的な言動、いらいらした人民のようすに、私はびっくりした。この7年前の1982年には、私は北京で1か月半暮らしたこともある。大学生の頃である。

年々、中国人は変わっていたものの、この89年はさすがに「これはひどい」と感じた。いきすぎた“拝金主義”によって、人民がどんどん荒廃している、と指摘する人もいた。確かに鄧小平の急速な改革開放路線によって、「赤い資本主義」に向かって、人民が目の色を変えて突き進んでいた。

中国人の価値観が“金儲け”だけに集約されていったその時期、落ち着きが失われ、殺伐とした空気が急速に中国全土を覆っていた。それは、まさに「モラルと秩序なき社会」だった。私は、変貌した中国を見て、帰国後、学生時代にお世話になった読売新聞の元北京支局長、星野享司氏(今年3月に亡くなられた)に「このままでは中国はやばいですよ」と、わざわざ報告に行ったほどだった。

そんな中、失脚していた胡耀邦・元総書記の死をきっかけに、学生たちが天安門広場を占拠し、政府に、そして社会に対して、アピールをおこない、それが天安門事件に発展していった。

私は、あの運動は、単なる「民主化」運動ではなかったと思う。秩序やモラルが失われた社会で、人間は生きていくことはできない。運動に参加した人たちには、激しい怒りがあった。もちろん人権無視の中国共産党独裁政権に対する怒りは大きかった。しかし、それ以上に、社会全体が秩序やモラルを失っていることに対する怒りがあり、そこから抜け出したいという願望が、あれほどの運動の盛り上がりにつながっていたと思う。

柴玲やウーアル・カイシといった民主化運動の先頭に立ったリーダーたちは、その後、どんな人生を送ったのだろうか。そしてあの時、「天安門広場では死者は出ていない」と勇気をもって証言した民主化運動のリーダーで、シンガーソングライター侯徳健はその後の20年を、どう生きてきたのだろうか。

さまざまなことに思いを馳せさせてくれる「20年目の記念日」だった。

カテゴリ: 国際, 歴史

学生の熱い視線

2009.06.02

昨日は、明治大学の基礎マスコミ研究室の講義に和泉校舎に行ってきた。あらかじめ与えられていたテーマは、「現在の出版事情について」だったが、ちょうど裁判員制度が始まったこともあって、まず司法問題から入った。

大教室はほぼ満杯。熱心な学生が多く、私の逆質問にも鋭い答えが返ってきた。「なぜ国民の手を借りなければならないほど司法は堕落したのか」ということを実例を挙げてわかりやすく講義すると、熱い視線と共に耳を傾けてくれた。

そのあと、出版事情や、ボーナスが何割もカットされている大手マスコミの現状を説明すると、ほとんどの学生がマスコミ志望だけに、これまた関心度は高かったと思う。

講義のあと、数人の学生と明大前の居酒屋へ。大新聞に無事、内定を出した4年の女子学生も加わって、ワイワイがやがやと、ひと時を過ごした。歴史からジャーナリズム、さらには男女問題まで、話はあっちこっちに飛んだ。やはり若い人と話すと新鮮だし、いろいろと書く上でためになる。

また本日は、一転、秋川まで「新潮45」のスポーツドキュメントの連載の取材で行ってきた。取材対象は、明治安田生命野球部の岡村憲二コーチである。明徳義塾から専修大学を経て明治生命に入社した岡村コーチは現役時代、力強さと左右に打ち分ける巧さを併せ持つ好打者だった。

岡村氏は、明徳の馬渕門下生である。明徳時代の地獄の猛練習や、野球に対する深い思いを聞かせてもらった。取材結果は近く、「新潮45」の連載で書かせてもらうつもりだ。

明日も取材が立て込んでいる。当分、息をつく暇はなさそうだ。

カテゴリ: 随感

犯罪被害者の人たちと会って……

2009.06.01

昨日は、NPO法人「ひょうご被害者支援センター」のシンポジウムに招かれた。基調講演として「被害者参加制度について考える」というテーマで1時間にわたって話をさせてもらった。親交のある神戸・酒鬼薔薇事件の被害者である淳くんのお父さん、土師(はせ)守さんから「どうしても頼む」と言われたものである。

当初、新型インフルエンザの影響で中止も懸念されていたが、兵庫県民会館11階の「パルテホール」の座席は、100人を超える人たちでほぼ満席になっていた。

私の基調講演のあと、「犯罪被害者の会(あすの会)」の顧問弁護団の一人である後藤啓二弁護士、同会幹事の林良平氏、関西テレビ記者の豊島学恵氏の4人でパネルディスカッションとなり、都合3時間、いろいろ話をさせてもらった。

国家、そして司法とは何を守るものなのか、という根本問題について、自分なりの意見を述べさせてもらった。集まってくれた人の中には実際に犯罪によって愛する肉親を失った人も少なくなく、共感していただけたことがシンポジウム後の懇親会でわかり、ほっとした。

本来の役割を放棄した司法、驕りと独善によって国民の信頼を失った官僚裁判官。私の主張していることは、一貫して変わっていないが、犯罪被害者、そしてその支援をしている人たちには、理解していただけたと思う。

深い哀しみを胸に私のジャーナリズム活動をあと押ししてくれる人たちと直接話をすることができ、また明日への勇気が湧いてきた1日だった。

カテゴリ: 司法