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台北の夜と自公政権の退場

2009.08.31

予想通り、自公政権の退場が決まった。民主党は308議席という絶対安定多数を獲得し、自民党は半減以下の119議席、公明党は選挙区で1議席も獲得できず、21議席と惨敗した。

取材のために台北にやって来た私は、打ち合わせの宴会が終わって以降、ホテルの衛星放送にかじりついた。

次々に落選する自公の大物議員。小選挙区制の怖さをまざまざと見せつける。外国メディアも「人々の積もり積もった不満が津波のごとく押し寄せた」「野党の圧倒的勝利。日本にとって歴史的瞬間」と、この衝撃的な選挙結果を伝えた。

しかし、地滑り的な民主党の勝利を見ながら、多くの有権者はわずか4年前には逆の光景があったことを思い出しただろう。300という絶対安定多数の議席が、1回の選挙で簡単に“攻守交代”してしまう怖さ。敗北した自公両党だけではなく、呆然自失に陥った政界関係者は少なくない。

民主党政権の前途は「多難」だ。「やらせるだけやらせればいい。4年後に改めて判断すればいいのだから」と、有権者の冷ややかな声が衛星放送で紹介されていたが、国民の気持ちはまさにこれだろう。政権担当能力が民主党にあるのかどうか、国民はまだ疑問符をつけている。

政治資金疑惑を抱えたままの鳩山代表や小沢一郎氏、日教組教育復活を期す輿石東氏など、圧勝を喜ぶ民主党幹部たちの面々を見て、不安な気持ちを抱いたのは私だけだろうか。

「政権誕生は失望の始まり」である。友愛政治という国際政治の現実とは程遠い感覚をお持ちの鳩山さんが、野党となった自民党の攻撃にこれから何度も立ち往生する光景が見られるだろう。

鳩山新首相は、国会で「理想と現実の違い」を野党から教えてもらう日々がスタートする。今後の4年間、それは国民にとって失望の連続になるに違いない。

しかし、それでも「官僚の言いなり」だった自公政権に比べればまだましかもしれない。国民の一人として、今回の国民の判断が正しかったのかどうか、静かに見守りたい。

「小泉チルドレン」から「小沢ガールズ」へ。日本の政治は、新時代に入った。

カテゴリ: 政治

東京が「人類史上3番目の被爆都市」にならないために

2009.08.29

民主党の“地滑り的大勝”となる「8・30投票」を翌日に控えて、麻生さんと鳩山さんの最後の訴えは、共に池袋の西口と東口となった。

新宿の私の事務所からも、池袋の上空を飛び交うマスコミのヘリコプターがよく見えた。夜のニュースでは、両党党首の演説と聴衆のようすが上空から捉えられていた。

私は明日、成田から台北に飛ぶため、歴史的な政権交代のシーンを東京で見ることはできない。台北のホテルで、衛星放送でそのシーンを見るのも、それはそれでいいのかも知れない。

しかし、新宿から池袋の上空を眺めながら、「東京が人類史上3番目の被爆都市」にならないことを祈らずにはいられなかった。

「友愛政治」を掲げる鳩山民主党が、平和ボケした外交を展開することを誰より望んでいるのは、北朝鮮と中国である。政権発足前から中国に膝を屈している鳩山さんが、両国に毅然とした態度を示すことができるなどと考える向きは極めて少ないだろう。

拉致問題に冷ややかな民主党は、北朝鮮に対して“対話路線”を選択する可能性が高い。昨夏、生命の危機に瀕した金正日総書記が年明け以降、性急に「核開発」に驀進しているのは周知の通りだ。それは残り少なくなった自分の生命との、いわばデットヒートである。

テポドンが東京に照準を合わせ、猛然たる勢いで核弾頭の小型化と起爆装置の開発に向かって突き進んでいる今、われわれは「人類史上3番目の被爆都市」にならないために、何をなすべきかじっくりと考えなければならない。

国民として、財源なきバラまき政策を喜んでいる場合ではない。飛び交うヘリコプターを遠くに眺めながら、国家の安全保障問題こそ「次の国会」で最大テーマになって欲しいと心から願った。

カテゴリ: 国際, 政治

永田町の“戦後”が終わった

2009.08.28

結局、麻生さんって何だったのだろうか。

今週は、目前に迫った総選挙の予想獲得議席数がマスコミの間を飛び交った。「民主300、自民80」――それは衝撃的な数字で、“地殻変動”“民主党の地滑り的大勝利”“自民党保守政治の崩壊”……等々、どんな言葉をもってしても表現できないほどの「日本にとって」大変革を表わすものだった。

世論調査の結果を受けて、民主党は高揚感と緊張感に包まれている。もはや政権交代どころではない。民主党独裁政権の誕生である。

小選挙区制の怖さをこれほど物語るものはない。1993年にカナダ下院選挙で起こった出来事が思い起こされる。政権与党だったカナダの保守党は、この時、完全小選挙区制によって151議席から149議席減らして、わずか「2議席」となった。

現職のジム・キャンベル首相まで落選し、事実上、保守党は“消滅”。しかし、この時、保守党の得票率は16%もあり、最低でも40~50議席獲得してもおかしくない数字だった。完全小選挙区制のために、政敵・自由党の地滑り的勝利の波に吞み込まれたのである。

日本では、4年前の小泉郵政選挙で300議席を超えた自民党が激減し、逆に民主党が300議席を獲得するというのだ。2009年8月30日という日は、「死に票」の多さと、独裁政権をつくり上げるという意味で、この選挙制度の怖さをまざまざと歴史に刻みつける日になるだろう。

鳩山由紀夫、小沢一郎、菅直人、岡田克也、輿石東など民主党幹部は、「世論調査結果に惑わされることなく、現実の勝利を掴め」と題する檄文を全候補に配布している。政権交代どころか独裁政権樹立に対する高揚感が民主党本部のある三宅坂周辺に漂っているのだ。

特に、首相直属機関として新設する民主党の目玉「国家戦略局」発足の準備に大わらわだそうだ。鳩山、小沢両氏の「政治とカネ」の問題が未決着のまま、すでに「新政権」は事実上、動き出しているわけである。

一方、この1年間、麻生首相の「やってきたこと」を改めて想起せざるを得ない。当ブログでも指摘しつづけたように「西川守って、政権滅ぶ」(6月16日付ブログ)という愚かな選択の結果を、麻生首相は国民からやっと突きつけられるわけである。

昨日、私は期日前投票に行ってきた。投票日に海外取材(台湾&金門島)に出かけるためである。日本にとって歴史的な日を、私は海外の衛星放送で見届けることになる。

保守政治家として「麻生首相が靖国神社に参拝して、民主党との違いを際立たせる」という戦略が永田町周辺には7月から飛び交っていたが、麻生首相は、それさえ実行に移せなかった。この“お坊ちゃん政治家”と、良し悪しは別にして土壇場で自らの意思に基づき、賛否両論巻き込むような行動を敢然ととった小泉さんとの違いは、どこから来るものだったのだろうか。

いずれにしても、麻生さんが、戦後の保守政治を支えてきた本来の自民党支持者たちの「雪崩をうつ」ような自民党離れを惹起し、そして自民党を崩壊に導いたのである。後世の歴史家は、この愚かな政治家のことをどう評価するのだろうか。

私は、期日前投票で「民主党」とも、もちろん「自民党」とも書けなかった。民主党の地滑り的な圧勝で「日本がどうなるか」という不安と、保守支持層に胡坐をかき、いつまで経っても変革を成し遂げることができなかった自民党への憤懣。投票用紙を前に立ち尽くした私のような有権者が、あさって投票日には全国で続出することだろう。

選挙結果を受けて、自民党が離合集散を始めることは確実だ。その意味で、やっと「永田町の“戦後”は終わった」のである。

カテゴリ: 政治

「日本一」に賭けた熱きラガーマンたち

2009.08.25

昨日、手に汗握る甲子園の決勝戦を見た私は、今日午前中に神戸で大八木淳史さん、午後には平尾誠二さんにお会いした。「新潮45」のスポーツドキュメント「あの一瞬」の取材である。

往年のラグビーファンならこの二人の名前を忘れることはあるまい。大学史上最強チームと言われた同志社大学のスタープレーヤーにして、のちの神戸製鋼7連覇の立役者だ。

40代後半を迎えた二人は今も若々しく、とても実年齢どおりには見えない。二人が昭和58年から60年にかけて、新日鉄釜石に挑んだ「3年間」を詳しく取材させてもらった。

人生とは不思議なものだ。新日鉄釜石にもし勝っていたら、自分たちの人生は変わっていた、と二人は同じことを口にした。二人は、日本一を実現していたら、「日本」にはいなかったかもしれないという。その心理は、トッププレーヤーとして「最強王者・新日鉄釜石」に挑みつづけたあの熾烈な戦いを知らなければ、到底理解できないだろう。

森、松尾、洞口、瀬川、千田、谷藤、金野……鉄の軍団を支えた懐かしいラガーマンたちの名前が取材の間、飛び交った。日本一に賭けた熱き男たちの戦いのウラにあった秘話。「新潮45」のスポーツドキュメント「あの一瞬」でご期待ください。

カテゴリ: ラグビー

一球の重み

2009.08.24

異常な興奮が甲子園全体を包み込んでいた。九回二死から始まった日大文理の反撃は、新潟の球児たちの気迫と観客の雄叫びが共鳴しあい、巨大な竜巻がグラウンドで舞っているような錯覚さえ感じさせた。

6点を追う九回二死無走者。四球と2本の長打で2点を返し、さらに攻撃の手を緩めない日大文理。これが本当に新潟のチームか。そんな思いが頭をよぎった。ベンチ前で投球練習をしていた日大文理のエース伊藤君は「何だか不思議な光景を見ているようでした」と語った。

10対9。かろうじて7度目の全国制覇を果たした中京大中京は、満州事変よりも前の昭和6年8月に、吉田―桜井のバッテリーで「初出場初優勝」を成し遂げた中京商業のことである。吉田投手以降も怪腕・野口二郎をはじめ、多くの名選手を生んできた高校球界最高の伝統校だ。

この伝統校のマウンドを任された堂林投手も、日大文理の怒涛の攻撃の前にはなす術がなかった。最後は痛烈なサードライナーでゲームセットになったものの、球場は万雷の拍手に包まれ、この試合の主役が負けた日大文理の側であったことを示していた。

惜しむらくは、日大文理・伊藤投手が6回裏二死満塁のピンチで中京の4番・堂林に投じた2球目のスライダーである。ここで得意のチェンジアップを投げるべきところを、伊藤はスライダーを投じ、走者一掃の二塁打をレフト線に打たれてしまったのだ。それまで伊藤君はいざという時、必ずチェンジアップを投じ、おもしろいようにピンチで三振を奪っていた。

試合後、私は伊藤投手にこう聞いた。「君のあのチェンジアップは、まるで“魔球”だ。あの球を、あそこで堂林君に使うつもりはなかったのか」、と。伊藤君は、「使うつもりはあった」と答えた。しかし、伊藤君はこれを“追い込んでから”使いたかったのである。

たしかに追い込んでから使いたいだろう。あの魔球が追い込まれてから来れば、バッターは十中八、九、「三振」に違いない。しかし、その前に、伊藤君は打たれてしまった。「強打者を追い込むまでが君の課題だね」と問うと、伊藤君は「はい。その通りです」ときっぱり言った。

「追い込んでからの決め球と、追い込むまでのボール」。この両方を会得した時、伊藤君はさらに“とてつもない”ピッチャーになるだろう。

紙一重。まさに紙一重の差だった。勝負の神様は、興奮の坩堝と化した甲子園で、両チームに平等に微笑みかけた。しかし、“一球の差”が天と地ほどの違いがある両チームの「運命」を分かったのである。

カテゴリ: 野球

甲子園に響いた「菊池雄星」のすすり泣き

2009.08.23

甲子園のインタビュー通路に花巻東の菊池雄星投手のすすり泣きだけが響いていた。止めようとしてもどうしても止まらない涙が頬を伝っていた。

それでも矢継ぎ早に飛ぶ質問に誠実に応えようとする菊池君。さまざまな思いがこみ上げ、言葉にならない様子が痛々しく、彼の素朴で誠実な人柄をさらに際立たせていた。幾重にも取り囲んだ報道陣が、この今大会最大のスターの涙を凝視していた。

「もう一生野球ができなくなってもいいと思いました。仲間に申し訳なくて……」。そう言うと、菊池君の目からまた涙が溢れ出た。将来が嘱望されるこの154㌔左腕は、やがて日本の野球界を背負って立つ可能性を秘めている。しかし、その本人が「「一生野球ができなくなってもいい」とまで思い詰めていたのである。

疲労困憊の上にケガで背中と腰を痛め、とてもピッチングができる状態ではない。しかし、昨夜は「どうか僕に投げさせてください」と祈りながら、ボールを握りしめて寝たという。その責任感と闘志は、一体どこから生まれたものだろうか。

傍らで佐々木洋監督が、「うちのモットーは“全力疾走”と“カバーリング”です。よく最後までみんながこれを貫いてくれました」と、これまた大きな目に涙を浮かべながら語った。

全力疾走とカバーリング。この指導法にこそ、菊池君をはじめ花巻東ナインの責任感と闘志の秘密がある。彼らの野球が高校野球ファンの心を捉えたのも、まさにここにポイントがあるのではないか。アウトとかセーフといったの“結果”ではない。花巻東の選手たちは、どんな場面でもこれを実践していた。たとえば「一塁を駆け抜ける」というあたりまえの行為が花巻東の選手たちは明らかにほかのチームと違っていた。

彼らは、1塁ベースを「まっすぐ駆け抜ける」のである。そう、ライトへつづくライン上を花巻東の選手たちは、全力疾走でまっすぐ駆け抜けていった。ふつうのチームは、一塁ベースを過ぎて右に曲がっていく。しかし、彼らはとにかく“まっすぐ”駆け抜ける。そうでない時はヘッドスライディングだ。

どんな場面でも全力疾走で、かつ、まっすぐ駆け抜けていけば、その気迫がやがて相手を圧するようになる。それが野球というスポーツが持つ特性でもある。がむしゃらに、ただひたむきに「勝利」を目指して執念を燃やすチーム。それが花巻東だった。

菊池君一人に頼るのではない。花巻東はもう一つの柱である“カバーリング”も実践していた。仲間の失敗やエラーを全員でカバーする。それが花巻東のモットーだった。

しかし、最後の最後に身体がいうことをきかず、エースとして仲間の期待に応えることができなかった菊池君は「仲間に申し訳ない」をインタビューの間、何度も繰り返した。私が佐々木監督に、「これほどのチームを今後またつくり上げるのは佐々木さんの人生の中でも“至難の技”になりますね」と聞くと、「でも、また岩手の子どもたちと一緒に(今回成し遂げられなかった)日本一をいつの日か実現したいと思います」ときっぱりと語ってくれた。指導者として、あらゆる力を発揮した佐々木監督らしい言葉だった。

涼風残して花巻東去る――。岩手の野球少年たちは、今日、間違いなく甲子園の貴重な「歴史」となった。


カテゴリ: 野球

満身創痍の「花巻東」快進撃

2009.08.21

明豊との死闘を制した花巻東が準決勝へコマを進めた。したたかさと粘り、勝負強さを併せ持った両チームの激闘は、久しぶりに高校野球の原点を思い出させてくれる好試合だった。

昨日、東北高校との“みちのく決戦”を制した花巻東の佐々木洋監督に私は試合後、甲子園のインタビュー通路である質問をした。「一番なら一番、二番なら二番、九番なら九番、と花巻東の選手は、それぞれの打順やポジションによって、それぞれ自分がやるべき役割を個人個人がしっかり把握し、その通りの“仕事”を果たしている。これは、普段から、そういう認識をさせた上で練習させているのか」と。

佐々木監督は、「もちろんです」とほほ笑み、155センチの小柄な二番バッター佐藤涼平君の例を出してこう語った。「“君には大振りは必要ない。ピッチャーに球を一球でも多く投げさせ、粘って、出塁をすること。それが君の役割だ”と普段から話して、それを理解させた上で野球をやらせています」。野球を知り尽くした指導者ならではの発言だった。

その「野球を知り尽くした監督」らしい策を今日、佐々木監督に土壇場で見せてもらった。菊池雄星君の負傷退場で、サードの猿川君が途中からマウンドに上がり、しぶとい明豊に逆転された花巻東は、2点差の最終回、執念の反撃に出た。

連続ヒットで無死1、3塁のチャンスを掴んだ花巻東は、点差が「2点」だけに1塁ランナーをどうしても2塁に進めたい。ここで花巻東は1球目におもしろい策を見せた。

5番横倉は初球のスライダーをスクイズに出た。いや、その構えをして「空振り」したのだ。一塁ランナーは当然スタートしており、二塁を陥れる。しかし、三塁ランナーは動かない。キャッチャーは「スクイズの失敗」と見てとって、すぐ三塁ランナーを見たが、そもそもこれは「1塁ランナーを2塁に進める」ための花巻東のトリックプレーだったのだ。

悠々、無死2、3塁にした花巻東は、その横倉がセンターに鮮やかなライナーのヒットを放って、2者を迎え入れ、一挙に同点とした。

したたかな攻め、と言えばまさにそうだが、野球を知り尽くしていなければとてもできないプレーだった。

延長10回、花巻東は1死1塁から小柄な2番佐藤涼平君が送りバント。佐藤君はファーストで明豊2塁手と交錯、転倒し、担架で運ばれた。2塁ベース上には、佐藤君が身体を賭して送ったランナーが残った。

次の3番ショート川村君は、担架で運ばれる佐藤君を見ながら、「初球から行く」ことを忘れていなかった。145キロのストレートをセンター前に運び、見事決勝点をあげたのだ。死闘の末の決勝点だった。

勝つことへの執念を忘れない岩手の野球少年たちが優れた指導者の下、甲子園で暴れまくっている。ケガ人続出でまさに満身創痍。頼りの菊池君も疲労とケガで最悪のコンディションだ。

だが、このチームは「何か」を持っている。大詰めを迎えつつある甲子園で、いよいよ花巻東から目を離せなくなってきた。


カテゴリ: 野球

国共内戦に身を投じた陸軍中将

2009.08.19

今日は来週末から出発する「台湾取材」の準備に明け暮れた。

昭和24年、GHQの統治下にあった日本から脱出し、「義」と「恩」のために一命を賭して台湾に密航し、激戦の国共内戦の中に身を投じた陸軍中将の物語である。

それを描くために、ここのところ関係者への取材を断続的におこなっている。今日は、その陸軍中将と台湾密航を共にした「側近」であり、同時に「通訳」であった人物のご子息に実に10時間にわたってインタビューさせていただいた。

「ご子息」といっても今年76歳になる方だ。「中途半端に取材をされては困る」というご好意に甘えて、納得がいくまで質問をさせてもらった。午後1時にスタートした取材は、気がつくと午後11時をまわっていた。

途中、寿司までとってもらってご自宅で60年以上昔の話を延々と教えていただいた。「このまま歴史を風化させてはならない」という被取材者の気迫を感じる「10時間」だった。

埋もれたままにしておくには、あまりに惜しい物語がこの日本にはいくらでも残っている。芯を失った日本人。毅然としたかつての日本人の物語をどうか多くの人に知って欲しいと思う。そして、挫けそうになった時の「勇気」の元にしていただきたいと思う。

すべては来週末からの「台湾取材」にかかっている。乞うご期待!

カテゴリ: 歴史, 歴史

天下分け目の「総選挙」公示

2009.08.18

総選挙が公示になった。天下分け目の8・30総選挙である。

よほどのチョンボがない限り、大方の予想通り、民主党の圧勝に終わりそうだ。民主が「絶対安定多数」を確保し、参院と併せ「民主独裁政権」の樹立である。

そこでこの民主独裁政権の誕生によって、一体だれが笑うのか考えてみた。

日教組を代表とする労働組合や市民運動家、母子家庭、犯罪者、日弁連、朝日新聞……等々、喜ぶ面々はさまざま考えられるが、なんといっても最も喜ぶのは「中国と韓国」だろう。

靖国参拝で目くじらを立てることもなくなるだろうし、中国や韓国が「正しい」とする歴史認識こそ至上の真理とばかり、全面的に“迎合”してくるに違いない。要するに、日本が「国家」としての主張をしてくることが激減するわけである。

鳩山新総理にとっては「友愛」こそ最も崇高な理想なのだから、世界で最も「うるさい」国である中国や韓国の言うことに逆らうことなどあり得ない。

「日本列島は日本人だけのものじゃない」。これは、今年、鳩山氏が言い放った仰天発言の一つだ。

民主独裁政権の誕生によって、コアな日本人にとって“失われた4年間”が始まる。

カテゴリ: 政治

気骨の判決

2009.08.17

昨夜のNHKドラマ「気骨の判決」はおもしろかった。吉田久という実在の裁判官が太平洋戦争下、大政翼賛選挙で、さまざまな圧力をはね返して“選挙無効”の判決を下すまでを描いたドラマだった。

これは新潮新書の「気骨の判決」という本を原案にしている。著者は、NHKの清永聡記者。歴史に埋もれていた裁判を掘り起こして「現代」にその意味を問うた労作だった。

しかし、この番組宣伝にもドラマのモトとなった本のことは一切紹介されず、実際の番組でもエンドロールに、わずか一行、「原案」として紹介されたに過ぎなかった。あまりにエンドロールが画面に流れるスピードが速かったため、ほとんどの視聴者が、本の題名すらわからなかったのではないか。

一つのネタが掘り起こされ、それが一冊の本となるまでには多くの壁を乗り越え、膨大な労力を費やさなければならない。しかし、ドラマ化やドキュメンタリー化する制作者側には、そのことに対する意識や敬意が感じられない場合が多い。

今回もその典型だった。自分たちスタッフの名前だけは目立つように配し、もとになった本が軽視される傾向はマスコミの「良心」としていかがなものかと思う。

ドラマが“力作”だっただけに、そのことが余計惜しまれる。

カテゴリ: マスコミ, 司法, 歴史

38年ぶり「同窓会」

2009.08.16

昨日は小学校卒業以来の“初めて”の同窓会があった。50歳の大台を迎えたかつての悪童、悪女(?)たちが高知県安芸市の山登家旅館に集まり、時が過ぎるのを忘れて酒を酌み交わした。

白髪が目立つものもいれば、すっかり禿げ上がったのもいる。歳を感じさせない若さを発散するパワーの持ち主もいる。38年という年月が乾杯の瞬間に一気に吹き飛んだ。

わざわざ金沢から駆けつけてきた友人は、その昔、喧嘩が一番強かった。多くの武勇伝を持つ男だ。一つ一つのエピソードに笑いと懐かしさが込み上げた。

“美女軍団”とも時を忘れて話し込んでしまった。さすがに小学校の時とは印象が変わり、かつて抱いていたイメージとの乖離に、驚かされる場面もあった。

昨日は64回目の終戦記念日。靖国参拝、戦没者追悼式典など、歴史を振り返り、先人の犠牲のもとに現在の繁栄が成り立っていることに日本人が思いを馳せる日でもある。戦没者追悼式典に出席された天皇陛下もさすがにお歳を感じさせる足取りが目についた。

38年ぶりの同窓会に集った我々など、まだまだ「若僧」に過ぎない。私たちの世代にこそ、「歴史を語り継ぐ」役割が課せられている。そんなことをしみじみ感じさせられた一日だった。

カテゴリ: 随感

監督に「魔」が差す時

2009.08.12

熱戦がつづく甲子園。“一発勝負”ならではのドラマが次々と生まれている。今日の長崎日大(長崎)vs花巻東(岩手)、昨日の高知(高知)vs如水館(広島)は、ともに「監督の采配」という点で、実に興味深い一戦だった。

監督に“魔が差す時”があることを二つの試合は物語っている。昨日は、2日つづけて雨で途中中止となった高知(高知)vs如水館(広島)の決着が「3日目」でやっとついた。

9対3と最後は大差がついたが、実力は伯仲。如水館の名将・迫田監督が“魔が差した”場面は、高知が3対2、1点差で迎えた7回表だ。

1死1、3塁のチャンスに高知の打者は5番ピッチャー・左バッターの公文。ここで迫田監督は、ここまでなんとか踏ん張っていた二番手の西見投手に「敬遠」を命じた。1塁が空いているわけではない。1死1、3塁である。この段階での敬遠は極めて珍しい。

1死満塁としたところで、迫田監督はピッチャーを交代させた。左の2年生投手、池内君がマウンドに上がったのだ。

「なぜ?」と思った人は少なくあるまい。どうせ交代させるなら、なぜバッター公文の場面で登板させなかったのか。終盤7回、緊迫の1点差の満塁の場面での登板より、同じ敬遠策をとるにしろ、ずっとリスクは少ない。そう思って観ていたら、池内君はやはりフォアボールを与えてしまい、押し出しになってしまう。池内君は次のバッターにもボールが先行して途中で交代。急遽、登板を命じられた1年生左腕の浜田君もそのまま押し出し四球を与え、致命的とも言える2点を献上してしまった。

さらに浜田君は、高知打線の積極打法で痛打を浴び、さらに3点を追加されてしまった。勝負あり。「まさか」の投手交代が如水館の決定的な敗因になってしまった。

今日の注目の一戦、長崎日大vs花巻東でも監督の投手交代に疑問符がつく場面があった。4対2長崎日大リードで迎えた7回裏、花巻東の150㌔左腕・菊池雄星君がノーアウト1塁からセーフティバントを敢行。執念で無死1、2塁のチャンスを掴み取った。

ここまで渾身の力を込めて花巻東打線を抑え込んでいた長崎日大の大瀬良投手は、春の選抜優勝投手の青峰の今村君に風貌や球の威力が極めて似ている有望投手だ。ここで花巻東は送りバントで1死2、3塁の絶好のチャンスを掴む。

しかし、長崎日大の金城監督は、力投の大瀬良君を突然引っ込めた。花巻東打線が、大瀬良君のスライダーと速球にバットが合わず、攻略に苦戦しているまさに「その時」に、である。

花巻東打線は、控え投手の変わりバナの初球スライダーを叩き、1点を挙げ、3対4の1点差に迫った。ここで、花巻東は1、3塁の場面で1塁ランナーを走らせ、キャッチャーが2塁に送球するや否や、3塁ランナー菊池君が一挙にホームを陥れた。ダブルスチールである。

好投の大瀬良君を引っ込めた時、これまた「あっ、まずい!」と思ったファンは少なくないだろう。やってはならない「投手交代」であることは試合の流れから明らかだった。大瀬良君への花巻東打線の苦手意識はかなり重症だっただけに惜しまれる。

いくら“名将”であっても、甲子園の檜舞台では、監督に「魔が差す時」もやってくる。それを選手たちが個々の力で克服できるか否か。甲子園で勝ち抜くためには、実力だけでなく「運」も必要なのである。

カテゴリ: 野球

甲子園の開幕

2009.08.08

いよいよ第91回全国高等学校野球選手権大会が開幕した。

開幕ゲームは、常総学院(茨城)対九州国際大付(福岡)だ。強力打線を誇る両校は、常総が“木内マジック”の木内幸男、九州国際大付がダルビッシュを育て東北高校を全国準優勝に導いた若生正廣という共に甲子園常連監督が率いる強豪だ。

結果は4点を先制された九州国際大付が3回と4回に打線を爆発させ、投手力に懸念のあった常総を8対4で下した。

第2試合も明豊(大分)が興南(沖縄)に3点の先行を許しながら、終わってみれば4対3で9回サヨナラ勝ち。春選抜で富山商業から19三振を奪いながら延長戦の末、サヨナラ負けした左の本格派・興南の島袋洋奨投手がまたしてもサヨナラで苦杯を舐めた。

「1勝が遠いです」と島袋君は試合後、語っていたが、彼はまだ2年生。この春と夏の敗北の経験を来年に生かして欲しいものである。「1勝」さえすれば一気に頂点に駆け上がる力を持つ投手だけに、彼のこれからの“精進の日々”が注目される。今日のサヨナラヒットになったボールがなぜ「バットに合わされた」のか。そこを島袋君には考え抜いて欲しい。

大学野球やプロ野球など、“上”の世界で活躍できる投手は、「ここで三振を取らなければならない」という場面で三振に持って行く配球力と勝負球を必ず持っている。島袋君に欠けているのは、そこだ。それを考えて自分の肉体をいじめ抜き、来年、ひと回りもふた回りも大きくなって甲子園に帰ってきて欲しいと思う。

第3試合は、予選を逆転逆転の連続で勝ち抜き、“ミラクル八千代”と呼ばれた八千代東(千葉)が優勝候補の一角・西条(愛媛)に挑んだ。しかし、さすがの八千代東も、プロ注目の西条・秋山投手を捉えきれず、惜しくも2対3と敗れ去った。

大会初日から、これほど興味深い試合が連続するのは珍しく、3試合とも期待通りの熱戦だった。明日も第1試合から名将・迫田監督が率いる如水館(広島)に、明徳義塾を破って勢いに乗る高知(高知)が激突するなど、熱戦が予想される。

炎天下で繰り広げられる妥協なき勝負の世界。改装された甲子園で生まれる数々のドラマの予感に胸が高鳴る。

カテゴリ: 野球

原爆記念日に想う

2009.08.07

今日は、早朝からニッポン放送「上柳昌彦のお早うGoodDay!」にゲスト出演した。裁判員裁判第1号の判決を受けて、4日前に続いての出演である。

昨日は、原爆記念日でもあり、また裁判員裁判第1号の判決の日でもあり、意義深い1日だった。拙著「康子十九歳 戦渦の日記」(文藝春秋)もフジテレビの「ザ・ノンフィクション」で取り上げてくれたこともあり、原爆記念日と相俟って反響が大きくなっている。本日、文藝春秋から重版の朗報も届いた。

一発の原爆が生んだ悲劇を康子さんの日記は克明に記している。粟屋家を襲った64年前の悲劇と、戦時下の青春群像を描かせたもらった私は、この日をいつもの年以上に厳粛な気持ちで迎えたのである。

64回目の原爆記念日は、日本の司法にとっても画期的な1日でもあった。国民注視の中で裁判員裁判で判決が出たのだ。検察側の懲役16年に対して判決は「懲役15年」。これまでの官僚裁判官制度ならば、「求刑の8掛け」というのが相場であり、懲役12年か13年という判決が下されていたに違いない。

しかし、新しい裁判員裁判では、日本の司法の悪弊であるこの“相場主義”が見事に打破されたといえる。正義を見失った日本の官僚裁判官に対して痛烈なアンチテーゼとも言えるこの制度。生まれたばかりのこの制度を国民が今後どう生かしていくのか、注目したい。

今日は、午後、「新潮45」の連載「スポーツドキュメント“あの一瞬”」の取材で那須塩原温泉まで行ってきた。昭和38年9月場所の大鵬vs柏戸全勝対決の秘話を取材するためである。

和泉屋旅館の田代社長には、本日、随分お世話になった。この日の取材で得られた知られざるエピソードを是非「新潮45」誌上でご紹介したい。

明日からいよいよ甲子園開幕。今年はどんなドラマが生まれるのか、グランドを凝視していきたい。


カテゴリ: 司法, 随感

兜町風雲録と甲子園

2009.08.06

昨日、ある人物のお見舞いに行ってきた。昭和14年に野村證券に入り、のちに系列の証券会社に移り、戦前・戦中・戦後の70年間、兜町一筋で生きた88歳の老証券マンのお見舞いだ。6月上旬に脳内出血で倒れ、間もなく2か月になる。

やっと面会ができるようになったので、彼の後輩の証券マン(といっても70歳を超えている)と一緒に大田区池上の総合病院に伺った。

私は、この人が見てきた「兜町70年」を近い将来、書かせてもらうつもりでいる。笑いあり、涙あり、悲劇あり……兜町の戦前戦後史は、日本経済の発展と混迷をそのまま表わしている。残念ながら、言葉を発するところまでは回復していなかったが、こちらの言うことはすべてわかっていて、表情もあった。是非とも回復を願いたい。

すでに取材はかなり進んでいる。一証券マンの目を通した兜町風雲録。ご期待いただきたい。

一緒に見舞いに行ったベテラン証券マン二人と五反田で一杯飲ったあと、夜7時半からは新宿で「甲子園会」というコアな野球人の宴に参加。幹事の宮本さん(羽田空港勤務)の人柄で繋がっている集まりだ。

すでにアルコールがかなり入っていたのに、また気分良く飲んでしまった。甲子園の組み合わせが決まった直後だけに、大いに盛り上がった。野球人と野球ファンの集まりは、いつ参加しても楽しい。

さて、今年の甲子園――帝京、花巻東、PL学園という3強に、興南 日大三、中京大中京、西条、智弁和歌山……といった強豪が絡んでくるだろう。一戦一戦、目が離せない。暑い暑い夏がスタートだ。

カテゴリ: 経済, 野球

テレビマンの熱気

2009.08.04

昨日、フジテレビで「ザ・ノンフィクション」の500回記念パーティーがあり、招待していただいた。会場には200人近いテレビマンたちが集まり、熱気で蒸せ返っていた。

2日(日)の500回記念番組では、拙著「康子十九歳 戦渦の日記」(文藝春秋)を取り上げてもらったばかりだ。「ザ・ノンフィクション」は、4年前に「甲子園への遺言―伝説の打撃コーチ高畠導宏」(講談社)も取り上げてくれた。これで、“高さん”こと高畠導宏さんが広く世間に認知され、その後、NHK土曜ドラマ「フルスイング」(高橋克実主演)につながっていった経緯がある。

この番組には「大変お世話になっている」という以上の「感謝」が私にはある。日曜日の昼に、硬派のジャーナリズム路線を貫く番組として500回を数えた「ザ・ノンフィクション」は、テレビマンたちの気概と良心によって支えられてきたものだと思う。

会場には旧知の番組チーフプロデューサー味谷和哉氏をはじめ、フジテレビの幹部や制作プロダクションの幹部たちがずらり顔を揃えていた。パーティーの途中で、味谷プロデューサーが突然、私をスピーチに指名した。

急な指名で少々戸惑ったが、私はこのテレビ界の良心とも言うべき番組への感謝と、今後の希望について述べさせてもらった。

私は日テレの「知っているつもり」やテレビ朝日の「驚きももの木20世紀」といった教養情報番組が今ではなくなってしまったことが残念でならない。「子どもに見せたいああいう番組を、是非、テレビに復活させて欲しい」「創意工夫によって数字(視聴率)もとれる番組になるはずだ。そのためにはどんな協力も惜しまない」とスピーチさせてもらった。

日本と日本人がここまで脆弱になり、“芯”が失われつつある現在、この手の番組の役割はますます大きくなっていると思う。教養、情報、面白さ、示唆深さ、毅然とした日本人像……すべてを織り込みながら、かつ数字もとれる番組。それにふさわしいテーマはいくらでもある。

テレビマンの熱気を肌で感じながら、そういう番組がひとつでも増えていくことを心から願った一夜だった。

カテゴリ: テレビ

いよいよ「裁判員裁判」が始まる

2009.08.02

明日3日から、いよいよ日本で初めての裁判員裁判がスタートする。

明治23年以来つづいてきた日本の「官僚裁判官制度」が変わる画期的な日である。第1号の対象となるのは、足立区の「隣人殺人事件」だ。担当弁護士は、私の友人でもある伊達俊二弁護士。中大法学部卒業の先輩であり、東京第二弁護士会の刑事弁護委員会委員長も務めたベテラン弁護士だ。

裁判員候補者は、明日午前中に東京地裁に“出頭”し、裁判員としての「選任手続き」を受けなければならない。70数名が選ばれており、その中から裁判員6名、補充員3名が選ばれる。検察側も弁護側もお互い4人づつを“拒否”できるが、あとは誰が選ばれるか全くわからない。そこから先は、「抽選」だというのだ。そこまで来ても裁判員候補者たちの運次第というシステムになっている。

この場に正当な理由なくして出頭しなかった場合、10万円の過料が科せられる。しかし、裁判員制度反対の人たちから「出頭の強制は憲法違反だ」という声も出ているので、10万円の罰金を科すことなど、とてもできないだろう。つまり、出頭しない人がたとえ多くても、裁判所は事実上、何もできないわけである。

これは、国民にとっては「出頭しない」という選択肢もあることを示している。そして、同時に「出頭しない人」があまりに多かった場合、この制度が「破綻する」ことも意味している。

私が「裁判官が日本を滅ぼす」(新潮文庫)、「激突!裁判員制度 井上薫vs門田隆将」(ワック)等で繰り返し述べてきたように、これは「国民一人一人が、日本の正義を官僚裁判官から取り戻せるかどうか」が問われるものである。

注目の裁判員裁判。全国で600を超える模擬裁判がおこなわれてきたが、いよいよ何もかも初めての「司法の大変革」が明日、まさにスタートするのである。


カテゴリ: 司法