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「上海万博」とは日本人にとって何なのか

2010.04.30

明日、上海万博が開幕する。40年前の大阪万博を思い起こさせる“昇龍”の大デモンストレーションとなるビッグイベントである。

人民元切り上げが噂される中、中国がどこまで経済規模を拡大させるか、世界中が注目している。人民元が切り上げになっても、輸出企業が当初打撃を受けるくらいで、おそらく中国はすぐにこれを克服するだろう。

その背景にあるのは、中国の恐るべき「内需」だ。小さい時には“小皇帝”と呼ばれた「80后(バーリンホゥ)」と呼ばれる30歳までの若者世代が、自信と購買力を兼ね備え、猛然と社会の中心になりつつある。

いや40代も、50代も、巨大な購買層を構築している。「80后(バーリンホゥ)」とは、言葉通り、1980年代生まれの若者を指すが、おもしろいのは、この同じ世代の日本の若者は、バブル崩壊以後の「ロストジェネレーション」と呼ばれる人たちであることだ。

両者は、活気と情熱、自信がまるで違う。この世代の日本の若者に「気概が感じられない」と思う人は少なくないだろう。

「世界二位ではいけないのですか?」という蓮舫参議院議員の言葉に代表されるように、トップを目指したり、がむしゃらに進むことがむしろ“悪”とさえされる日本。中国には、そんなこととは無縁のバイタリティに溢れた若者が満ちているのだ。

若者に活気のある国は伸び、それが感じられない国は衰退する。私が最初に中国を訪れたのは、今から30年近い前の1982年のことだ。まさに「80后(バーリンホゥ)」が生まれ始めた頃である。

当時の「人民公社」に見学に行った時、私たち訪問者に愛想笑いを浮かべながら、活気のかけらもなかった中国の若者の姿が思い出される。まだ改革開放路線が定着していなかった時期で、中国の若者には気迫も気概も感じられなかった。文化大革命の後遺症はそこまで大きかったのである。

しかし、この30年の間に日本と中国は完全に“逆転”してしまった。このまま日本の若者に気迫と気概が生まれて来ないなら、日本は中国に膝を屈する21世紀を歩むしかない。

上海万博は、中国のデモンストレーションの場ではない。再びアジアを牽引するため、「日本人」が負けず魂を奮い起こさせる貴重な誓いの場であるべきなのである。

カテゴリ: 中国, 随感

柔道界に“新星登場”は本当か

2010.04.29

全日本柔道選手権は、2年ぶり2度目の出場の25歳の高橋和彦(新日鉄)が、初優勝を飾った。

準々決勝で3度の優勝経験を持つ鈴木桂治、準決勝では前年優勝の穴井隆将を破っての堂々たる初制覇だ。

日本代表の篠原信一監督は優勝にもかかわらず、「国際ルールの対外国人の試合では、投げ捨てと見られて反則に取られることもある」と、高橋の試合ぶりに注文をつけた。

昨年につづく“新星登場”というのは、言いかえれば、それだけ柔道界に「絶対的な存在がいない」ことを意味する。

昨年、私は『新潮45』の連載で、「山下泰裕vs遠藤純男」の因縁のライバル関係をルポさせてもらったことがある。

山下と遠藤が鎬を削ったあの時代、間違いなく世界の柔道界は日本の選手が引っ張っていた。ライバルを倒すために、徹底的に身体をいじめ抜き、相手の弱点を研究し尽くし、それぞれが技を磨いた。

その結果、重量級で世界ナンバー・ワンも、ツーも、そしてスリーもすべて日本選手だった。層の厚さこそが日本柔道界の強みだったのだ。

しかし、今日の全日本柔道選手権は、日本柔道界のレベルの低下を見る者に印象づけた。あらゆる面で“二流”になりつつある日本を、お家芸・柔道だけは打破して欲しいと思っていたが、それは叶わぬ夢に終わった。

カテゴリ: 柔道

小沢氏vs検察、最後に笑うのはどっちか

2010.04.27

民主党の小沢一郎幹事長による土地購入をめぐる政治資金規正法違反事件は、本日、検察審査会によって「起訴相当」という判断が出た。

元会計事務担当で衆院議員の石川知裕被告らとの共謀を認め、「関与」が認定されたわけである。

検察審査会は、昨日、鳩山首相の母親からの隠れ献金&脱税事件を「不起訴相当」としていただけに、2日続けて「不起訴相当」が出れば、検察審査会の存在意義そのものが問われるところだった。その意味では、“予想通り”の結果と言っていいかもしれない。

そして、これまた“予想通り”小沢氏は、世間の反応など「どこ吹く風」で幹事長職に居座った。小沢氏がここまで幹事長職に固執するには理由がある。

ひと言でいえば、「検察との闘い」だ。小沢vs検察の闘いは、目下、佳境を迎えている。今回の「起訴相当」の判断を俟(ま)つまでもなく、小沢氏は政治資金規正法違反だけでなく、政党交付金の私物化疑惑をはじめ、自らの意産構築のためにおこなったさまざまな疑惑が存在する。

検察は、威信にかけてこれを摘発したい。だが、小沢氏は、ここに検事総長への「民間人登用」というウルトラCを用いることで、検察の方針そのものを変えようと目論んでいる。

その闘いの期限は、6月16日だ。なぜなら6月17日が来ると、次期検事総長の大林宏東京高検検事長が63歳の定年を迎え、検事総長になることなく「退官」を余儀なくされるからである。

その時点で、検事総長の「民間人登用」が正式決定するわけだ。小沢氏の意向を受けて、検事総長になりたい御仁は目白押し。自薦他薦で、小沢氏のもとには数々の“検事総長候補者”の情報が集まっていると聞く。

小沢氏が枕を高くして眠るには、自分の息のかかった検事総長を誕生させるしかない。そのために彼は必死なのだ。

しかし、今日の検察審査会の結果は、小沢氏の動きを牽制する効能がある。小沢氏の露骨過ぎる工作は今後、大反発を食らうことになるからだ。

小沢vs検察は、第二幕に突入した。このまま検察が“音なし”の構えを続ければ、今度は検察が国民の支持を失うだろう。すなわち両者とも「剣が峰に立たされた」わけである。

小沢氏と検察、最後に笑うのはどっちか。興味は尽きないが、いま時点で言えることは、民主党政権がそれでも「小沢氏の首に鈴をつけられない」ことで、国民の失望感は極限まで達する、ということである。

鳩山内閣の支持率は、遠からず10%を切ることになるだろう。参院選は、管総理で闘うのか、それとも岡田総理か。こっちも目が離せない。

カテゴリ: 司法, 政治

壮絶な男たちのドラマ

2010.04.26

本日、拙著「この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」が発売になった。朝、新聞を開くと、全5の広告が目に飛び込んできた。

2年間に3度の海外取材を経て出来上がったノンフィクションだけに感慨深い。主役の根本博将軍は、私のテーマである“毅然とした日本人像”という点で、最もふさわしい人物だと思う。

終戦時に受けた恩義を返すために、命を捨てて小さな漁船で密航してまで台湾を助けに行ったその行動は、“義”を重んじるかつての日本人の姿を彷彿させるものである。

本書には、2つのヤマ場がある。ひとつは、終戦時、根本将軍が駐蒙軍司令官として、大本営からの武装解除命令を拒否し、殺到するソ連軍と戦い抜いて内蒙古在留の4万もの邦人の「奇跡の脱出」を成功させるところだ。

それは、武装解除を受け入れ、全満州でソ連軍によって居留邦人が掠奪、レイプ、虐殺……というあらゆる苦難に遭遇した関東軍のそれとは対照的な行動だった。

そして、もうひとつは、その時、邦人を守ることに協力してくれた蒋介石と国府軍が4年後、国共内戦に敗れ、金門島まで追い込まれたまさにその時、26トンの小さな漁船に乗って、これを助けにいったことである。

数々の作戦を立案し、金門島の激戦で勝利に貢献した根本将軍の功績は、長く秘されたままで歴史の闇の中に埋もれていた。それは、大陸から移って来た外省人が本省人(台湾人)を支配するという複雑な政治情勢ゆえの現象といえる。

しかし、多くの取材協力者のお力によって今回、私なりに“謎”を解明することができた。台湾と台湾海峡がなぜ今も存在しているのか。そして、そこに命を捨てることを恐れず、「義」のために生きた日本人がどうかかわったのか。

国境を越えてひとつの目的に向かって突っ走っていった人たちの壮絶なドラマに、取材の過程で私自身が何度も身体が震えるような感動を覚えた。

私は、歴史、事件、スポーツ、司法……さまざまなジャンルのノンフィクションを発表しているので、こんな質問をされることがよくある。「作品のジャンルがこれほど多岐にわたっているのはなぜですか?」。

その時、私はいつもこう答えている。「私は、“毅然とした日本人像”を描くことが最大のテーマ。その対象の人物がそれぞれ異なるジャンルにいるだけのことです」と。

今日から大阪に出張だ。毅然とした生き方をされている人たちにお会いすることは、いつも心が洗われる。次作にもご期待ください。

カテゴリ: 歴史, 随感

好投手激突の大学野球

2010.04.24

今日は、東京六大学の前半のヤマ場、明治対早稲田の一戦があった。明治は野村、早稲田は斎藤の両エースが先発したが、野村のストレートの切れと落差のある変化球が、斎藤の出来を遥かに上回っていた。

まだ勝ち星のない斎藤は、今日も球に伸びがなかった。ストレートは、そこそこの球速が出てはいるものの、打者の手元に来てからの伸びがないため、得意の落ちるボールで打者を幻惑できないのである。

プロに進めば、あの落ちる球は悉く見極められるだろうから、斎藤は苦しい。試練である。それに比べ、野村が真っ向から投げ込むストレートやスライダーは凄みがあった。

そのままプロ級だ。伸びを持つ投手と持たない投手の決定的な差が、今日は出たようだ。

今週は、もう一人、プロの注目を集めるピッチャーが神宮に登場した。東都大学の中大・澤村である。常時150キロを超えるストレートを投げ込む大学球界ナンバー・ワンの本格派だが、その澤村にしても伸びを欠くと、立正大におもしろいように痛打された。

初戦では、イチ、ニ、サンという具合に、ストレートにうまくタイミングを合わされ、澤村は、わずか3回で降板。だが、翌々日に今度は、きちんと“修正”し、立正を被安打4に封じ込んだ。

昨秋の明治神宮大会で日本一になった立正大学相手だけに、今年のドラフトの目玉・澤村の実力がタダものではないことが、この一戦を見るだけでわかった。

斎藤の投球にキレが出ないままシーズンが進むのか、プロのスカウトも注目している。斎藤は、初戦の立教戦で、あまり右ひざを曲げない新しいフォームを試していたが、途中ですぐにもとのフォームに戻している。

試行錯誤を繰り返しているようだが、今は斎藤君にとって、4年の春季リーグだ。集大成ともいえるシーズンを迎えているだけに、少し寂しい。

全日本大学選手権にどのピッチャーが駒を進めるのか、今から楽しみである。今年ほど大学球界に好投手が集(つど)う年は珍しい。斎藤君の奮起を期待したい。

カテゴリ: 野球

産経新聞が「根本博」の功績を紹介

2010.04.23

今日の産経新聞(23日付)の朝刊に、26日に発売になる私の新刊に関する記事が掲載された。3面の総合面に「台湾存立の戦いで勝利導く 根本元中将の功績 国防部が公式認定」というタイトルで、全6段の大きさで報じたのだ。

26面の第2社会面にも、「蔣介石と根本元中将 花瓶に込められた友情」と題して、蔣介石が根本に贈った花瓶のことが写真付きで報じられていた。新聞としては、異例の扱いである。

これまで、公式には認められていなかった根本博・元陸軍中将(北支那方面軍司令官)の金門戦争への功績。拙著「この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」(集英社)の中で記述した昨年10月の金門島での“ある場面”に産経新聞が注目したのだ。

私はこの時、台湾・国防部の黄奕炳常務次長(陸軍中将)が、「わが国が一番苦しい時に日本の友人、根本さまたちにしていただいたことは永遠に忘れません。わが国には『雪中に炭を送る』という言葉があります。一番困ったときに根本さまたちはそれをやってくれたのです」と語る場面に同席した。

60年間にわたって秘され、歴史の彼方に追いやられていた事実が浮かび上がった瞬間だった。真実とは、往々にして闇に埋もれたまま浮上しないものだが、根本中将の功績は、60年という気の遠くなるような歳月を経て、ついに明らかになったのである。

黄常務次長のこの発言を受けたのは、第7代台湾総督、明石元二郎の孫の元紹氏、根本将軍の通訳を務めた吉村是二の長男、勝行氏の二人だ。彼らは、根本将軍密航と金門戦争にかかわった人間のご子息であり、国防部は二人に公式に根本将軍の功績に対して謝意を伝えたのだ。

真実に迫ろうという意欲が衰えない限り、歴史の謎は必ず最後に微笑みかけてくれる。私はこれまでの経験から、そのことを知っている。

そこにこそ、ノンフィクション作品の醍醐味がある。

本日、私は、次の作品の取材資料を求めて、何人かの関係者とお会いした。こちらは、まだ光明がまったく見えてこない。

しかし、最後にはやはり“勝利の女神”が微笑んでくれるに違いない。そう信じて、ひたすら前進、いや、ひたすら取材していくしかない。私はそう思っている。

信念のある人間がこの世に存在するかぎり、埋もれた感動のドラマは数限りなく存在する。一つでも多く、それらを掘り起こしたい。

カテゴリ: 歴史, 随感

台湾と台湾海峡は誰によって守られたのか

2010.04.20

本日、集英社で来週月曜日に発売になる新刊の発送準備をおこなった。「この命、義に捧ぐ――台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」である。

取材からずっと同行してくれた集英社インターナショナルの高田功・編集企画部編集長と一緒だ。取材協力者だけで70人以上いるが、一人一人にお礼の手紙を書き、一冊一冊にサインをさせてもらった。

取材に苦労しただけに感慨もひとしおだ。高田さんは、汗を拭きながら私がサインした本に落款(ハンコ)を捺して作業を手伝ってくれた。

それにしても、よくこの歴史の謎を解明するためにここまで付き合ってくれたものだと思う。3度の海外取材と、日本全国への取材。ノンフィクション冬の時代に、これほど集英社が社を挙げて支援してくれたことに感謝の言葉もない。

手間ひまをかければかけるだけ、この手の“積み上げ型ノンフィクション”は深みと厚みが増していく。そのことを今回は改めて実感した。

「台湾」と「台湾海峡」はなぜ今も存在し、誰によって守られたのか。

「義」を返すために命を捨てることも厭わなかった男の凄まじい生涯。現代史の謎に挑んだノンフィクションを近くお届けできることが嬉しい。

カテゴリ: 歴史, 随感

「なぜ君は絶望と闘えたのか」

2010.04.18

昨日、北九州で講演があった。テーマは、「なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日」である。光市母子殺害事件を描いた私のノンフィクション作品の題名そのままの講演だった。

旧知の佐木隆三先生が「北九州文学館」の館長をされており、そこの主催だ。講演のあとには、佐木先生と私の対談もあった。

犯罪被害者の絶望。想像はできても、その重さや深さは誰にもわからない。この難問に対する考えと、司法を変えた男としての本村さんについて、話をさせてもらった。

夜、本村さん本人が光市から駆けつけてくれた。会うのは2年ぶりである。遅くまで飲みながらさまざまなことを話し合った。本村さんと私が最初に会ったのは、ここ北九州である。

1999年8月11日、山口地裁での初公判を終えて故郷・北九州へ帰ってきた本村さんに、私は初めてインタビューをさせてもらった。以来、11年。よくもこれほど長い付き合いをしてくれたものだと思う

11年前には学生のようだった本村さんが、今は会社でも重要なポジションにいるだろうことは、あの頃とはまるで違う落ち着きぶりや雰囲気でわかる。時の流れを感じる。

一夜明けて、今日は、弥生さんと夕夏ちゃんのお墓参りもさせてもらった。久しぶりに本村さんのご両親ともお会いできた。

「なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日」が発売になって2年。現在、20刷で、ドラマ化の話もある。

真実の重みと絶望から這い上がる人間の強さを、多くの方に知って欲しい、と心から思う。

カテゴリ: 事件, 随感

異常気象の年は……

2010.04.17

寒い。とにかく寒い。

いったいどうなったのだろうか。まるで真冬である。夜、渋谷で用事があり、帰りにウオーキングもかねて明治通り沿いを歩いてみた。

みぞれまじりではないか、と思われる冷たい雨が降り注ぎ、通りはほとんど誰も歩いていない。今朝方には降雪があったそうだ。41年ぶりという観測史上最も遅い降雪の記録である。

今年はまったくどうかしている。花冷えどころか、“厳寒”だ。

こういう異常気象の年は、政治・経済など、さまざまな分野で混乱が起こるものだ。すでに鳩山政権のベクトルは瓦解の兆しを見せているが、波乱の年になることは間違いない。

経済で言えば、中国の人民元引き上げ問題が気にかかる。リーマン・ショック以降、陰りを見せない中国の経済成長によって世界経済は支えられてきた。

不当に“安い”人民元が、中国が「世界に商品を提供」できる根源となり、それが世界経済を牽引してきたのは事実だ。

しかし、オバマ大統領から露骨な「人民元切り上げ」の要請を受けた以上、いつ人民元が切り上げられるか、世界のエコノミストたちの関心の中心となった。日本が1985年のプラザ合意で経験した円高不況が思い出される。

今日は、北九州で講演があり、飛行機で飛ぶ。夜もその流れで会合だ。今日のテーマはまったく違うものだが、夜の会合では、そんな話題も出てきそうだ。

今日は久しぶりに会う約束の人がいる。地方の講演は、そういうところが楽しみだ。明日のブログでは、そんな話も書いてみたい。

カテゴリ: 随感

「亡国の小沢一郎」の迫力

2010.04.15

今日発売の週刊新潮に、「亡国の小沢一郎」の短期集中連載第1回が掲載されていた。証言者は「元筆頭秘書」である

第1回は「小沢一郎が倒れた朝」。1991年6月、小沢氏が心筋梗塞で倒れた時のことが克明に綴られている。

そのほかにも、小沢氏の傲慢ぶりや、泥酔のさま、麻雀のために国会を欠席する様子などが、元側近ならではのビビッドな表現で活写されている。

久々に読みごたえのある政治記事である。今後、核心の胆沢ダムの「天の声」問題や政治資金を利用しての私産構築の問題に話は及んでいくだろう。国民の税金である政党交付金がどこに消え、どう小沢氏の私有財産へと変貌していったのか。そこが是非、読みたいところだ。

綻びがあっちこっちから出始めた小沢氏。この人が幹事長職にとどまっている限り、民主党は有権者からソッポを向かれ続けるだろう。

小沢氏の居座りを最も喜んでいるのは、自民党だ。失点合戦の行き着いた先には、7月の参院選がある。早くも民主党の過半数割れが取り沙汰され始めた。

その前に、鳩山首相の米軍普天間基地移設問題での政権放り投げもありうる状況だ。支持率が危険水域に入って来た以上、何かのスキャンダルで一気に政権が瓦解する可能性もある。

国会議員の先生方も、今年のゴールデンウィークは外遊にうつつを抜かす「時」ではなさそうだ。

カテゴリ: マスコミ, 政治

ついに“危険水域”の混沌政権

2010.04.12

世論調査の結果が興味深い。最新のANNの世論調査で、鳩山内閣の支持率がついに28・5%となり、3割を切った。完全に危険水域である。

調査は10日(土)と11日(日)の2日間おこなわれたもので、鳩山内閣の支持率が今回も下げ止まらなかったことを示し、さらには、「夏の参議院選挙でどちらに勝ってほしいか」という質問に対しては、初めて「自民党中心の野党」とする人が「民主党中心の与党」とする人を上回ったという。

いよいよ来たか、という感じである。鳩山首相が自ら期限とした5月末までに米軍の普天間基地移転問題が決着するとも思えないだけに、政権投げ出しの危機さえ取り沙汰されている。

小沢問題やバラ撒き予算への批判なども抱え、民主党の右往左往ぶりはますます深まっている。しかし、民主党離れの層を自民党が吸収できているわけでもなく、ここへ来て「みんなの党」が支持率を5・6%に伸ばし、公明党の3・0%、共産党1・9%、社民党1・6%、国民新党0・4%をはるかに上まわっているというから、おもしろい。

ブームを狙った「たちあがれ日本」は1・6%にとどまり、スタートダッシュに完全に失敗した。 「総理大臣として最もふさわしい人」については、自民党の舛添前厚生労働大臣が鳩山首相を抜いて初めて1位になったというのも注目される。

まさに混沌である。これだけのチャンスをもらいながら、支持率上昇につなげられない谷垣禎一自民党総裁の不人気は深刻だ。育ちの良さと地味さが、“乱世”には向かないのだろう。宗教政党の公明党と共同歩調をとっていることも有権者の広範な支持を得られない理由とも思われる。

このままのペースでいけば、鳩山政権の支持率が20%を切るのもそう遠いことではない。以前のブログでも書いたように、参院選に向けて、これから各政党が次々と独自色を打ち出してくる。与党内でも、普天間基地移転問題で一気に憤懣が爆発するだろう。

さしずめゴールデンウィークは、嵐の前の静けさである。永田町から、ますます目が離せない。

カテゴリ: 政治, 随感

東京六大学の開幕

2010.04.10

今日、東京六大学が開幕した。花冷えの日が続いていた東京は、気温が20・2度まで上昇し、汗ばむほどの陽気となった。朝夕は、コートさえ必要だった昨日までが嘘のような五月初旬の気候である。

私は今日、神宮球場の一塁側スタンドにいた。早稲田を今年卒業した面々と早稲田対立教の一戦を観るためである。今日のスタンドには、NHKに入った高屋敷仁君や電通に入社した武石周人君、野村証券に入社した小松優介君など、卒業したばかりの野球部OBがずらりと顔を揃えていた。

「開幕のせいなのか、動きが硬いですね」とは、隣に座っている小松君の言だ。試合前の早稲田側のフィールディングが妙にぎこちなく、“先輩”の厳しい目は、フィールド内の後輩たちの細かな動作に心配気に注がれていた。

初回から140㌔台後半の速球をびしびし決めた斎藤投手も、5回にコントロールミスの一球を立教の4番・岡崎君にレフト中段に放り込まれた。

まだ、試合勘が戻らず、甘さを感じさせる投球だった。だが、試合は、3対2で早稲田のサヨナラ勝ち。ストッパーとして出てきた大石投手の150キロ台連発のストレートと共に球場は大いに湧いた。

スタンドには、この3月末まで早稲田実業で野球部のコーチをしていた旧知の江口昇さんもいた。見れば、隣に早稲田実業の和泉実監督もいる。

久しぶりだったので、試合を観戦しながらお二人といろいろ話をさせてもらった。「教え子の活躍を見に来た」と仰る二人が羨ましい。やはり球場に来た“野球人”はそれだけで生き生きしているように見えた。

江口さんは今年72歳だが、とてもそんな歳には見えない。白髪の老人たちが数多くいるネット裏の方角を見ながら、江口さんは「私なんか神宮へ来たら、まだまだ“小僧”ですよ」と笑いながら言っていた。

70歳を超えてもまだ“小僧”とは、さすが早稲田野球部、伝統校である。脈々と受け継がれてきた「伝統」の重みを感じさせてもらった。

ひと振りに賭け、一投に思いを託してきた選手たちのドラマ。今年も楽しませてくれそうだ。

カテゴリ: 野球, 随感

メキシコ戦士と岡田ジャパンの違い

2010.04.09

月刊誌「新潮45」に連載している「スポーツドキュメント“あの一瞬”」の最終回を今朝方、出稿した。

最終回のテーマは、サッカーである。前編、後編に分けて、メキシコ五輪での日本チームの奇跡(銅メダル)がなぜ起こったのか、描かせてもらった。

この取材で、疲労困憊の中、日本チームがあそこまでなぜ頑張れたのか、おぼろげながらわかってきた。

死力を尽くした選手たちは、自分たちを支えてくれたファン、なかでも「子供たち」に「ぶざまな姿は見せられない」と思い、ピッチに立ちつづけていた。

メキシコ五輪出場を決めたアジア予選最終日の時のビクトリー・ラン――グラウンドになだれ込んで一緒に走り、共に胴上げをしてくれた子供たちのために選手たちは「戦い抜いた」のである。

折しも岡田ジャパンの不甲斐な戦いぶりに日本中で非難が高まっている。セルビア相手に0対3の完敗。選手の気持ちもバラバラ、戦略もバラバラ、これほどチームを崩壊させて「勝ち抜ける」ほどW杯は甘くない。

98年のフランスでのW杯。三浦カズをメンバーから外し、城のワントップで大会に臨むという「岡田采配」は、サッカーファンを絶句させたものだ。成田に帰国の際、城に対してサッカーファンから“水”が掛けられたことを思い出す。

それほどの手腕のなさを発揮した岡田監督をオシムの代わりに再び抜擢した早稲田の先輩、川淵氏は、今の日本代表の状態をどう見ているのだろうか。

「岡田ジャパン」となって以降、サッカー雑誌の販売部数は激減し、テレビの視聴率も真っ逆さまに落ちてしまった。サッカーファンには、岡田監督誕生の時点で、今日の事態はとうに予想がついていたのである。

当然のことが当然のごとく起こっている現状。手腕も素地もない人間に一国の代表監督を任せて雪崩のごとき“サッカー離れ”を引き起こした責任は、かぎりなく重い。

カテゴリ: サッカー

世界の70%を占める「死刑大国・中国」

2010.04.06

ついに日本人の「死刑」が執行された。8日にも次の執行が待っているというから恐ろしい。

ほんの2年前まで中国では「銃殺刑」が一般的だった。しかし、公開処刑の模様や銃殺刑で死んだ人の遺体映像がネットに流れるなどしたため、状況が変わった。

「残酷だ」という非難が高まって最近は薬物注射が一般的になりつつあるのだ。本日、執行された日本人も薬物注射によるものとされている。

中国は、自国民には厳しいが、外国人には寛大な扱いをおこなってきた国だ。法令違反についてもそうで、国外追放などの手法を用いることによって、在留する外国人に一種の安心感をもたらしていた。

しかし、昨年12月の英国人と今回の日本人への「死刑執行」で、その方針はまったくなくなったことが証明された。

中国は、現在、世界の死刑執行数の7割を占める「死刑大国」である。2008年の数字では、全世界で執行された2390人の内、1718人(約72%)が、中国におけるものだそうだ。

その国が、自国民だけでなく、外国人にも容赦をしなくなった。今回のことをきっかけにこれから外国人の摘発や逮捕が増えてくることが予想される。死刑も相次ぐに違いない。

しかし、死刑に至るまでが「不透明であること」が私には釈然としない。昨日のブログでも書いたように原則、裁判が報道陣に公開されないために、法廷で「何がおこなわれているのか」、何も見えてこないのだ。

そんな中で中国の法廷では、「死刑」があたりまえのように言い渡されている。そこが問題なのである。

これは中国が外国に媚を売らなくてよくなったことを表わしている。経済の成長によって中国のパワーは目に見えて大きくなっている。それがこんな形でも現われてきたのである。

人権がないがしろにされている国が、「俺は俺の道を行く」と強大化していくことは、実に恐ろしい。中国への旅行や企業進出は、これから日本人も覚悟を決めて行くべきなのだろう。

日本をはじめ先進資本主義国とは全く異なる価値基準を持つ一党独裁の国。日本人はそのことを再認識するべきなのである。

カテゴリ: 中国

邦人「死刑」問題をどう考えるか

2010.04.05

中国で日本人の「死刑執行」が迫っている。

中国の裁判所は、原則非公開だ。死刑を命じられた法廷が一体どんなものだったのか、日本を含めほとんどの報道機関は何も知らない。

非公開の法廷ほど怖いものはない。何が基準となり、何が証拠になったか、何もわからないからだ。

その意味で、今回の「死刑」は、大きな意味を持っている。日本人の多くが大いに釈然としないものを感じているのは当然だろう。

かくいう私も、一昨年6月に日本の地裁にあたる大連市の「中級人民法院」で死刑判決を言い渡され、当該の日本人が「控訴」した時、理由として挙げられたものがずっと気にかかっていた。

それは、控訴理由の中に、取り調べ通訳は正式な「通訳資格」がなく、記録は証拠にできないという主張と、自分は他人から指示された「補助的な役割」だったのにどうしてここまで刑が重いのか、という主張をしている点だ。

この主張が妥当かどうかは私にはわからない。判断に値する情報すらないからだ。だが、そこにこそ問題の本質がある。

非公開でおこなわれる裁判が果たして有効なのか。その原点を今回の問題は示している。覚醒剤の密輸――たしかに大変な問題であり、犯罪である。

しかし、これに、「主犯」として関わったのか、それとも「従犯」なのか。ひょっとして、自分が知らない内に荷物に覚醒剤をすべり込まされて結果的に「犯罪者」となってしまったのか、何もわからない。それだけで、「死刑に値する犯罪だった」のかどうか、一般的な判断が何もできないのである。

この死刑執行の通告が、例の毒入りギョーザ事件の「犯人逮捕」通告の翌日におこなわれたことも私には違和感がある。

中国は、毒入りギョーザ事件の「犯人逮捕」の時、「お前たち日本人だって、犯罪を起こしているじゃないか」ということを言いたかったことは間違いない。私には、中国側の意図とまさしく軌を一にして、この通告がおこなわれたことが釈然としないのだ。

他国への内政干渉はもちろん許されない。中国は多くの内政干渉をわが国に対してしているが、日本は“近代法治国家”である以上、それができないのはもちろんだ。

しかし、「法治」という点でも、そして人間の生命という「最大の人権」に関しても、中国がわが国とは、まったく異なる基準と感覚を持つ国であることをわれわれ日本人は肝に銘じなければならない。

自らは日本だけでなく、さまざまな周辺諸国に政治干渉を平気でやってのけながら、自分たちへの批判は許さない――こういう人権感覚を持つ国に、膝を屈して謁見外交を繰り返す日本の政治家たちの情けなさを国民は今こそ再認識するべきだろう。

さまざまなことを教えてくれる邦人「死刑」問題である。もしこのまま死刑が執行されれば、日本人は中国への意識を根本的に変えなければならないことだけは確かだ。

カテゴリ: 中国

“失点合戦”の行き着く先

2010.04.04

東京は桜満開。自宅近くの新宿では、公園や川沿いに植えられた桜が、どの樹も咲き誇っている。

あっちこっちで花見の席が設けられ、昼間からほろ酔いの人たちが千鳥足で歩いていた。神田川沿いは特に人が出ている。いかにも日本らしい、一年で最もウキウキする季節である。

しかし、今朝の「フジテレビ新報道2001」を見て、ウキウキ気分など吹っ飛んだ政治家が少なくなかったのではないか。

同番組が実施した世論調査で、今年7月の参院選で「どの党の候補に投票したいですか」という質問に民主党と自民党が全く並んだ(18・6%)ことが報じられていた。

また、鳩山内閣を「支持しない」は61・4%で、「支持する」の31・4%のおよそ2倍になっていた。

政権発足「半年」で、鳩山政権は国民の失望を増幅させ続け、ついに自民党に並ばれてしまい、70%近かった内閣支持率も半減してしまったのだ。

しかし、周知の通り、一方の自民党も失点つづきで、民主党を一向に追い込めていない。ただ民主党が“自壊”しているのが実情なのである。

今の政界は相手の失点だけで支持率が増減するという情けない状態がつづいている。この傾向は何も今に始まったことではないが、私は賛否両論があった「子ども手当て」は民主党の致命傷となる可能性を秘めている、と見ている。

「実際に子ども手当て支給が始まれば、絶対に喜ばれる」と踏んだ民主党の考えは甘い。在留外国人の母国にいる子どもにまで「手当てを出す」というバカげたばら撒き政策が、国民の怒りを買わないはずがない、と思う。

税収が「37兆」しかないのに、国債費という名の借金返済が「44兆」になってしまった日本。そんな破綻状態の中、外国人に向かって税金をバラ撒く政府に、有権者の支持がどのくらい繋ぎとめられるだろうか。

失策つづきで何をやっても嘲笑される状態の民主党と、国民の願望をまったく受け入れられず、低迷に喘ぐ自民党――失点合戦のいきつく「先」を思うと、頭が痛い。

カテゴリ: 政治

高校野球と永田町

2010.04.03

ついに興南の島袋投手が全国の頂点に立った。昨年春と夏に共にサヨナラ負けを喫して「1勝が遠い」と涙した島袋君が、今度は決勝のマウンドで歓喜を全身で表わした。

終わってみれば、延長12回で10対5の5点差。しかし、紫紺の優勝旗は日大三に渡っていてもおかしくなかった。いや、私は途中から日大三の方が「優勝するだろう」と思っていた。

理由は、6回裏の日大三の同点の場面にある。逆転されていた日大三は、8番大塚が島袋の外角高めのストレートを右中間スタンドに放り込み、1点差に。そのあと9番の鈴木がライト前にポテンヒットを放ち、それがライト線に転がる間に一挙に三塁まで進んだ。

浮足だった興南ナインの虚を突いて、日大三の小倉監督は1番小林に初球スクイズを命じた。ピッチャーとサードの間に転がったボールを島袋は一塁に投げることもできず、同点となった。

エラーが続出し、大味なゲームになりかけた中で、優勝への執念を見せた智将・小倉監督らしい同点劇だった。

直後の7回表、興南は無死二塁のチャンスに、三番の安打製造機・我如古が、一、二塁側に転がすこともできず、レフトフライ。ランナーを進められなかったために結局、興南は無得点に終わる。

当たっている我如古でも、興南は敢えて三塁へ進ませるための送りバントか、最低でも一、二塁間に転がす指示をしなければならなかった。しかし、我如古は身体が開いたレフト方向へのスイングを繰り返して、レフトフライに終わってしまうのだ。

この攻防と両ベンチの采配を見る限り、「1点」にこだわる意識は、興南の我喜屋監督より日大三の小倉監督の方が明らかに勝(まさ)っていた。

この時までにすでに5失策を記録していた興南に「勝利は薄い」という気が私はした。興南のサード我如古は、いわゆるイップス状態を呈し、一塁への送球に支障を来たしていた。それも日大三の優勝と思った理由の一つだった。

しかし、勝負とはおもしろいものである。いや“恐ろしい”と表現をした方がいいかもしれない。延長12回表、その日大三に2つの失策が飛び出して一挙5点が興南に入り、勝負は決まった。

結局、味方の反撃を我慢に我慢を重ねてひたすら待ちつづけた島袋の粘りと執念に、勝利の女神が最後に微笑んだのである。苦しかった昨年の春・夏のマウンドを思うと、島袋には万感の思いがこみ上げたに違いない。

今年の選抜甲子園は、終盤、強豪同士の激突が繰り返され、久しぶりに手に汗を握った大会だった。夏の甲子園が、今から楽しみだ。

一方、甲子園から遠く離れた「永田町」では今日も激震がつづいている。

報道が先んじていた形だった与謝野馨・元財務相が本日、自民党に離党届を出し、「与謝野・平沼新党」発足に向かって正式に走り始めた。

混迷する政界にあって、「自民でも民主でもない」有権者を取り込むために“第三極”の存在が待たれていたが、果たしてこの新党はそれを吸収できるだろうか。

私見を言わせてもらえば、その可能性は極めて小さいだろう、と思う。与党民主党が失点を繰り返す中、与謝野氏が分裂の引き金を引く大義名分がないのだ。ただ「総理になりたくて」離党を強行したようにしか国民には見えないのではないだろうか。

おそらく与謝野離党に促されて、ほかの“第三極”予備軍も一挙に動き出すに違いない。“第三極”が乱立すればするだけ与党民主党にはありがたい。それらが参院選用の“泡沫政党”という存在にとどまる可能性が高くなるからだ。

そうなるのか、ならないのか。小泉郵政選挙の折、自民党で“信念”を貫いた平沼赳夫が新党には参加する。策士でもある平沼氏の戦略が、大いに注目される。

カテゴリ: 政治, 野球

伯仲した決勝戦を

2010.04.02

今日はプライベートでは息子の大学の入学式があり、夜は、高校の先輩であり、ノンフィクションの世界の先輩でもある塩田潮さんのパーティーがあるなど、腰を落ち着ける暇がなかった。

塩田さんのパーティーには出版界や新聞の世界などの旧知の人が多く、会場でいろいろと話し込んだ。中には20年ぶりぐらいに会った人もいた。

私がサラリーマンの世界に終止符を打って、独立したのは2年前。この2年間で文庫も含めると5冊出版させてもらった。しかし、今日の塩田さんのパーティーは、なんと「50冊」の出版記念というものだった。

今月下旬に出るものでやっと「10冊目」になる私にとって、塩田さんの精力的な執筆活動は驚異である。しかも、政治と歴史に特化し、今も取材対象者に直接取材をつづける塩田さんの姿勢には頭が下がる。いつかは追いつきたいものである。

さて、明日はいよいよ甲子園の決勝。興南と日大三の強豪対決となった。あれだけ「1勝」が遠かった興南の島袋投手が、初の「1勝」を挙げると、一挙に頂点が見えるところまで駆け上がってきたのだ。

173センチとは思えないほど大きく見える島袋君は、左腕から繰り出す剛速球とスライダー、そしてトルネード投法が特徴だ。文句なく大会ナンバーワン左腕だ。

これに、常にフルスイングを続ける日大三の“けれん味にない積極バッティング”がどこまで通用するか。驚異の打線を持つ日大三は、小倉全由監督の指示で、早いカウントから積極的に打ってくるだろう。

フルスイングとおっつける打法が共存する日大三打線。興南・島袋が序盤を無失点で切り抜ければ、俄然有利になる。1回から3回までの両監督の采配が興味深い。

久しぶりに強豪対決の伯仲した決勝戦を見られそうだ。

カテゴリ: 野球, 随感