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問われるNHKの見識

2010.06.29

今、ワールドカップ決勝トーナメント・日本vsパラグアイの前半が終わった。0対0。予想通り、固いディフェンスを誇る両チームだけに1点勝負となった。

執念と天運のあるチームが勝つだろう。いずれにせよ明日の報道は、この試合一色に違いない。そこで、ここでは大相撲のことを書いてみたい。

今日はTBSの報道番組「Nスタ」のコメンテーターとして出演していたが、大相撲の野球賭博に関する調査委員会の処分を聞いて驚いた。親方衆の「謹慎」処分の甘さは絶句ものだ。名古屋場所で謹慎の親方衆が宿舎や稽古の土俵にやってくるのは「自由」なのだそうだ。

要は、本場所の会場に行きさえしなければ、OKだという。調査委員会とは言いながら、メンバーはほとんど身内の理事で、申し訳程度に外部から委員を招いたに過ぎない。そんな委員会が弾き出した大甘の処分によって名古屋場所は開催されることになったのだ。

そして、その発表の記者会見に臨んだ武蔵川理事長の態度。「おい、そこ。もう(会見を)しないぞ!」とカメラマンを叱りつける態度に、国民は唖然としたに違いない。

その態度には、反省のかけらもない。財団法人・日本相撲協会の理事長が、野球賭博という大スキャンダルに対する調査委員会の結果を発表する時に、しかも、自ら謹慎処分を受けているというのに、報道陣に「おい!」である。

5月下旬にこのスキャンダルを週刊新潮が報じた際、琴光喜はもちろん親方衆も「完全否定」を貫いた。そして、やって来たことと言えば、雑誌メディアの取材拒否である。そんな異常な状態が1か月も続き、ついに日本雑誌協会は相撲協会に抗議書を出している。

つまり、武蔵川理事長をはじめ協会幹部は「報道されて事実が明るみになり、仕方なく対応している」だけなのである。

昭和40年代、暴力団との関係を途絶させるためにプロ野球界も芸能界も七転八倒した。黒い霧事件では、才能のある選手たちが球界を去っていった。

砂かぶり席が暴力団に流れていたスキャンダルを追いかけるように明るみに出た今回の野球賭博事件。親方衆の関与も次々明らかになる中で、NHKが大相撲を放映したら、今度は国民がNHKを許さないだろう。

40年前、暴力団との関係が明るみに出たあの美空ひばりを紅白歌合戦から締めだしたのは、まさにNHKだった。その毅然とした姿勢が、芸能界の暴力団汚染をストップさせる大きな要因となった。

休場力士と謹慎親方だらけの暴力団汚染の土俵を放映することは、公共放送として決して許されない。そもそも泉下の美空ひばりが「なぜ私だけが?」と怒るに違いない。“なれあい”と“なし崩し”のケジメなき決着を国民は許してはならないのだ。

カテゴリ: サッカー, 相撲

参院選も佳境に入った

2010.06.28

世の中はワールドカップ一色のようだが、参院選も実はヒートアップしている。毎回、参院選の前が来ると雨後のタケノコのごとく、新しい政党が生まれたり、タレント擁立が話題になったりする。今回も例外ではない。

しかし、以前のブログにも書いたが、今回の参院選の意味は大きい。衆院で圧倒的な勢力を誇る民主党が今回の参院選で勝利すれば、国会運営は何の問題もなくなる。好きなだけ「法案を成立」させることができるようになるのである。

しかし、過半数を制することができなければ、逆に衆参のねじれ現象が生じる。菅政権は、妥協の中でしか法案を成立させることができなくなるわけである。

先日、私の事務所からほど近い新宿西口で「たちあがれ日本」と「民主党」が“激突”していた。先週の木曜日(24日)のことである。

あらかじめ許可をとって演説をおこなっていた石原慎太郎、与謝野馨、中畑清の各氏らを尻目に、民主党の比例代表候補の白真勲氏の選挙カーが現われ、大音量で演説をスタートさせ、その上、“白真勲コール”まで始まったのだ。

小田急百貨店前と京王百貨店前での演説合戦である。与謝野氏が白氏の宣伝カーのところに行き、「公党間の約束で決めた場所に入って来るな」と抗議すると、「公道で演説をやってどこが悪い!」と拒絶し、対立はますますエスカレート。怒った石原氏が演説の途中で、「日本人ならルールを守れ!」と白氏の選挙カーに向かって叫ぶ騒動となった。

いま新宿は、いつ行っても選挙カーの大音響の只中にある。混沌とした政治情勢は、ここを歩くだけで、ひと目でわかる。以前は敵陣営の選挙カーを見ると、「ご健闘を祈っております」とひと声かけて走り去り、少なくともそこに割り込んで演説をおこなうことなどなかった。

しかし、今は違う。国会の中であろうと外であろうと、ルールなど二の次だ。あれだけ強行採決を批判してきた民主党が、今では強行採決はお手のものだ。

こういう意識の議員ばかりの中で、単独独裁政権の怖さをつくづく感じる。鳩山前首相は「日本列島は日本人だけのものではない」と言ってのけて、人々を唖然とさせたものが、イラ菅と言われる菅首相が、もし、衆参ともに単独で圧倒的勢力を得た場合、国会はどんな事態になるのだろうか。

菅首相は先日の衆院本会議で、過去に北朝鮮による拉致事件の実行犯、辛光朱(シンガンス)元死刑囚の嘆願書に署名したことについて謝罪した。「彼の名が入っていたことを確かめずに署名したことに反省している」と述べたのだ。

これはあまり大きくは報道されなかったが、菅首相の基本姿勢を見る点で参考にはなる。中国や北朝鮮への基本的な立ち位置を見ていると、大いに心配になるのは私だけだろうか。

それを意識してかどうか、サミットの席上、菅首相は、中国の胡錦濤国家主席に北朝鮮への強硬姿勢を迫った。もしこれが本気なら「その意気やよし」だが、実際には心もとない。

民主党が単独政権を樹立した場合、外国人参政権問題をはじめ、懸案事項が一気に動き出すのは確実だ。悪名高い人権擁護法案という名の言論圧殺法案も再び動き出しかねない。取り調べの“全面可視化”も一気に実現に向かうだろう。

国民は民主党の単独過半数を望むのか望まないのか。自分たちの一票が、実は今後の日本にとって、とてつもなく大きいことを認識しなければならない、と思う。

連日連夜、目にクマをつくってワールドカップだけに一喜一憂している場合ではないのである。

カテゴリ: 政治, 随感

どん底を見た「強さ」

2010.06.25

大方の予想を覆して、サッカーワールドカップの日本代表が決勝トーナメントへ進出した。本田や遠藤、松井、阿部、闘莉王、中沢らの必死のプレーに胸を熱くした。

しかし、岡田監督への礼賛が次々と湧き起こっているのには違和感を覚える。チームを崩壊寸前まで追い込み、「辞任は冗談」発言でファンはおろか、選手たちをも絶句させたのは、わずか1か月前である。

国民を失望させつづけた岡田監督によって、ファンが「誰も期待しない」というところまで追い込まれた日本代表の選手たち。そこから「なにくそ」と立ち上がったのは選手たち自身であり、岡田監督の功績でも何でもない。

Twitterや2チャンネルでは、「みんなで謝ろう!」「罵倒してすいませんでした。逆境のリーダーとして付いていきます」などと、例によってお詫びメッセージが殺到しているという。

チームがバラバラになって以降、闘莉王、中沢らベテランがどん底から這い上がるべく必死の努力を続けたさまが、今大会の試合ぶりからもよくわかる。

また、通訳もトレーナーも連れず、武者修行によって自らの肉体と精神を鍛え上げてきた本田圭祐のような選手が脚光を浴びるのは素晴らしい、と思う。スポーツを目指す子供たちに大きな勇気を与えるだろう。

日本代表が活躍できているのは、あの“どん底”を知ったからこそ、と改めて思う。韓国に0対2で敗れ、「辞任は冗談」発言でチームを崩壊せしめた指揮官。そして、それからわずか1か月で、屈辱をバネにチームをまとめ上げたベテランたち。

最後にはチームが崩壊してしまったフランスと、それはあまりに対極の現象だった。この稀有な復活劇を成し遂げた闘莉王、中沢らベテランたちに、私は大いに拍手を送りたい。

カテゴリ: サッカー, 随感

今回の参院選はおもしろい

2010.06.24

本日、参院選が公示され、17日間の選挙戦がスタートした。私の事務所がある新宿では、朝からヘリコプターの音が絶え間なく聞こえていた。

新宿の東口・西口には選挙戦スタートと共に党首クラスが姿を現すのが常だ。今日もそれを上空から映すためにマスコミのヘリが殺到したのだろう。

私は今回の参院選はおもしろいと思う。国政選挙が公示、あるいは告示される時には、通常はその選挙戦の予想は「大体ついている」ものである。

しかし、今回の参院選は普段と違って予測が難しい。鳩山前政権が国民の失望を極限まで浴びて退陣した後、菅政権は、見事にバトンタッチに成功した。

国民が支持する「反小沢」という絶対的なカードを前面に押し出し、支持率をV字回復させたのである。

しかし、そこまではよかったが、有権者もいざ現実に戻ると、民主党政権がこの9か月でやってきた数々の失態が改めて想起されたに違いない。そもそも政治とカネの問題は、なにひとつ解決していない。そんな中で、「このまま菅政権を支持していいのか」という思いが多くの有権者に頭をもたげてくるのは不思議でも何でもない。

内閣支持率がわずか1週間で10%近く下落しているのがおもしろい。国家の根幹を揺るがす施策を次々と打ち出した民主党政権が、菅内閣でその傾向を強めることは確実だ。しかも、就任直後の支持率の“ご祝儀相場”は終わったばかり。あとはどっちに振れるか、である。

これからの17日間次第で、勝敗はどうにでも転がる。特に小沢前幹事長によって立てられた民主党の“二人区”は、共倒れが続出するだろう。私は、与党の過半数確保は、至難の業と見る。

予測が難しい国政選挙ほどエキサイティングなものはない。国民が右に動くか左に動くか。今回の選挙には、私の知り合いも多数出馬している。しばらくは、選挙戦の動向から目を離せない。

カテゴリ: 政治, 随感

アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか

2010.06.23

今日は、青山のフランス料理屋で昨年4月から今年4月まで1年にわたって「新潮45」に連載した「スポーツドキュメント あの一瞬」の打ち上げをマラソンの瀬古利彦さんと柔道の山下泰裕さんにしてもらった。

モスクワ五輪がボイコットされた時、「柔道の山下、マラソンの瀬古」両氏は世界に君臨した“王者”だった。ボイコットがなければ、高い確率で二人は、モスクワの空に日の丸を高く掲げただろう。

ボイコットから30年以上が過ぎ去ったが、あの時の悔しさは、私にも忘れられない。モスクワに賭けたお二人にとっては、人生を左右する大きな出来事だった。

「あの一瞬」は7月に単行本となって新潮社から発売される。アスリートたちの心の葛藤と、気迫と闘志の物語である。これまでになかったスポーツノンフィクションに挑戦したつもりである。

二人の絶えることのない前向きな話に、時間が経つのを忘れてしまった。「あの一瞬 アスリートはなぜ奇跡を起こすのか」――スポーツファンだけでなく、全ノンフィクションファンに手にとってもらえれば、と思う。


7月場所開催など論外

2010.06.21

底知れぬ広がりを見せている相撲界の暴力団汚染は、国民を唖然とさせている。言うまでもないが、相撲協会とは、相撲に関する伝統文化を保持するために設立された文部科学省所管の「特例財団法人」である。

国技である相撲道を「研究」し、相撲の技術を「練磨」し、その指導普及を図り、相撲道の維持発展と「国民の心身の向上」に寄与することを目的とする、と定められた法人だ。だが、昨今の相撲協会を見て、その目的が「果たされている」と考えている国民はどのくらいいるだろうか。

力士間の八百長疑惑から始まって、時津風部屋での“しごき”死亡事件、朝青龍の数々の不祥事、現役力士による大麻事件、さらにはドーピング騒動、暴力団への砂かぶり席横流し事件……等々、今回の野球賭博事件の発覚を俟つまでもなく、すでにこの協会が「公益」をはかるような団体でなくなっていることは誰の目にも明らかだ。

日本人同士のなれあいの中で生きてきた相撲界が、いつの間にか外国人力士に席捲され、しかも、水をあけられた日本人力士は“小遣い稼ぎ”に狂奔し、暴力団が胴元の野球賭博に手を出していたというのである。

長年、相撲を欠かさず観戦し、土俵に一喜一憂している年老いた生粋の相撲ファンを私は数多く知っている。その人たちの失望はいかばかりだろうか。

報道陣に気色ばむ武蔵川理事長の愚かな姿や右往左往する協会幹部たちの姿は、もはや滑稽ですらある。臭いものに蓋をして生き残りをはかり、自分たちの利益を今後も確保しようとする協会幹部たちに“ノー”を突きつけるのは、われわれ国民の側である。

信賞必罰の毅然とした姿勢を貫けなければ、日本人そのものの質が問われる。7月場所開催など、もはや論外というほかない。

カテゴリ: 相撲, 随感

信じられない「2つの事件」

2010.06.19

信じられない事件(あえて「事故」とは言わない)があるものである。昨日、浜名湖で起こったボート転覆事件で、女子中学生が亡くなったのは、「あり得ない出来事」と言える。

湖面に白波が立ち、強い雨風が吹いていた悪天候の中で、教諭と生徒だけを乗せて、湖面に漕ぎだし、転覆し、死者が出たのである。

私は1984年4月に山梨県の山中湖で、新人歓迎合宿に来ていた東大生6人の乗るボートが転覆し、5人が死亡した事故を取材したことがある。しかし、あの時は、漕ぎだしていった本人たちにも責任があった。

しかし、今回の死亡事件は、被害者となった中学生には何の責任も落ち度もない。大人たちの常識の欠如と危機管理のなさが引き起こした事件である。

悪天候の中で、まったく素人の教諭と生徒だけが湖面に漕ぎだすとは、自殺行為に等しい。静岡県教育員会によると、転覆したボートには、専門家である青年の家の職員も乗っておらず、大人は教諭2人のみで、無線で指導を受けながら訓練していた、という。

これだけの大人がいて、雨と強風の中、生徒たちは“決死の訓練”に出て行かされたのである。無線で、「ひどい船酔いでこれ以上漕げない」と連絡があり、モーターボートで曳航されている途中に転覆し、亡くなった女子中学生はひっくり返ったボートの中に閉じ込められた形になり、溺れ死んだと思われる。

何から何まで信じられない事件である。報道によれば、この女子中学生を救出するのに「約2時間半もかかった」という。ボートの下に潜り込んでしまった人を助けるのにこれほどの時間がかかるわけがない。

これは転覆事故という事態に遭遇しながら、乗船していた生徒の人数を把握できなかったことを意味している。悪天候の中を漕ぎだし、指導員もおらず、さらには転覆後も生徒の人数さえ把握できなかったこと……数々の大失態が積み重なって、将来ある中学生の命が失われたのである。

静岡県警はきちんとした捜査をおこない、責任の所在を明らかにし、 検察は起訴すべき人間をきちんと起訴して、裁判の中でこの事件がなぜ引き起こされたかを明確にしていく必要がある。そうでなければ、理不尽な死を余儀なくされた女子中学生の魂が浮かばれない。

一方、果てしない広がりを見せている大相撲の野球賭博汚染には、言うべき言葉が見つからない。日本人力士が外国人力士に相撲で圧倒されている中、その日本人力士を代表するべき立場にある大関・琴光喜らが、野球賭博にうつつを抜かしていたのである。

しごきによる“殺人”がおこなわれた時津風部屋をはじめ、この広がりがどこまでいくのか想像もつかない。ただ言えるのは、外国人力士がほとんど関与しておらず、汚染が「日本人力士が中心になっている」ということである。

相撲で圧倒される日本人力士が、それを悔しがってひたすら「精進する」方向に向かうのではなく、暴力団が胴元となった野球賭博で小遣いを稼ごうということに向かっていたのである。巨額のお金が取り引きされていたことに驚くのではなく、そこまで力士たちの精神が腐っていることを、私たちは認識すべきなのべきである。

「国技」と言われる日本の相撲は、一度、解体して出直すしか道はない。もはや理事長以下、協会幹部を力士出身者が占めること自体が許されないだろう。

カテゴリ: 事件, 随感

特攻と「生と死」

2010.06.16

今日は、鹿児島中央駅から朝7時51分発の列車に飛び乗った。まわりは、高校生たちばかりだ。通学列車である。これに乗って、薩摩半島の突端にある開聞(かいもん)へ向かう。

指宿の次の山川駅が列車の終点だった。仕方なく、そこでタクシーをチャーターし、開聞の海岸線にある「花瀬望比(はなせぼうひ)公園」へ向かった。

太平洋戦争で日米の陸軍の正規軍同士が激しい戦いを繰り広げたフィリピン。ルソン島・レイテ島などで日本軍は四十万人以上の戦死・戦病死者を出して、敗北した。

その犠牲者を追悼する地が花瀬望比公園である。はるかフィリピンの方角を望む母子の像や、兵士たちの像が立っている。

真っ青な太平洋の海原と薩摩富士と呼ばれる開聞岳がマッチし、爽やかさと厳かさを併せ持った公園だった。

この夏から始める某月刊誌の連載の取材で、太平洋戦争のゆかりの地を訪ね、90歳を前後する生還者たちに話を伺っている。

鹿児島は、ルソン・レイテ両島で死闘を展開した陸軍の第71連隊があった地であり、また沖縄戦で特攻していった戦闘機乗りたちが根城にした飛行場が、いくつも存在する。要するに、太平洋戦争で多くの犠牲者を出したのが、ここ薩摩なのである。

幕末、西南戦争、日清・日露戦争、そして日中戦争から太平洋戦争へ。それぞれの戦争で、薩摩はいつも先頭で戦い、多くの犠牲者を出してきた「歴史」を持っている。つまり、戦争を描く時に必ず訪れておかなければならないのが薩摩なのである。

私は開聞のあと、知覧に向かった。知覧では特攻ミュージアムに赴き、19歳、20歳で死んでいった特攻隊員たちの遺書や寄せ書きを見た。特攻という手段は、美化されがちだが、これほど理不尽な戦闘手段が美化されるべきではない、と私は思う。

昨年出版した「康子十九歳 戦渦の日記」(文藝春秋)で私は書いたが、この本の主役・粟屋康子さんは当時、「特攻に行く人は誇りです。でも、それを強いるのは国の恥です」と、ズバリ語っている。「特攻はあくまで目的であって、手段であってはならないと思うの」とも康子さんは特攻を志願しようとする若者に対して語っている。

私は、特攻で死んでいった若者に深い敬意を払う人間だが、それでも、この「特攻という手段」を敢えてとった軍の上層部たち、すなわち「軍官僚たち」に怒りを覚えずにはいられない。

月曜日(14日)に鹿児島市内でお会いした元零戦の搭乗員(海軍)は、こんな秘話を明かしてくれた。過去に1日の空戦で実に敵機「13機を撃墜」したことがある歴戦の飛行士が仲間への特攻命令に対して、こう怒ったというのだ。「なぜ爆弾をハンダづけするんだ! オレたちは一度だけでなく、何度でも出撃して敵船を沈めてやる。こんな(一度だけの攻撃で終わるという)無駄なことをさせるな!」と。

知覧から出撃していった陸軍の特攻隊員たちは、そういう反抗もないまま黙々と“任務”を遂行していったという。特攻ミュージアムの中に飾られている出撃直前の底抜けに明るい若者たちの笑顔を見て、改めて人間にとって「生と死とは何か」ということを考えさせられた。

カテゴリ: 歴史, 随感

いよいよ「真価」が問われる

2010.06.14

出張先の鹿児島でサッカーの日本vsカメルーン戦をテレビ観戦している。岡田監督への反発からチームがまとまり、開き直った日本が1対0でカメルーンを破った。

フィジカルな強さを発揮するカメルーンに闘志を剝き出しにしてぶつかっていく日本選手たち。しばらく勝ち星のなかった日本が、執念で勝利をもぎとった。

「(監督を)投げ出すことは絶対にない」「(進退伺いは)冗談だった」。先月25日、韓国戦に惨敗後、そう言って日本中のサッカーファンを絶句させた岡田監督が、この勝利に最も胸を撫で下ろしたことだろう。

一昨日の当ブログで「日本に失望以外の何がもたらされるだろうか」と書いたが、チームの団結があの岡田監督の“無責任発言”以来、逆に高まってきたようだ。土壇場まで追い詰められた逆境でこそ、チームワークが培われたのだろうか。

「いい準備をしてきた。それに神様がご褒美をくれたということだろう」と試合後、本田圭佑は語ったが、オランダやロシアで武者修行をつづける男らしいコメントだった。そのオランダとの対決で、いよいよ「本田の真価が問われる」わけである。

さて、ここ鹿児島で、今日は85歳の零戦の元パイロットにお会いした。尽きることのない元パイロットのお話は、夕食を挟んで8時間もつづいた。

話の濃さもさることながら、次々と具体的なエピソードが飛び出す元パイロットのお元気さに舌を巻いた。太平洋戦争の元戦士たちの貴重な証言は、いずれご紹介できると思う。

カテゴリ: サッカー, 歴史

菅首相が枕を高くして眠るには……

2010.06.13

仕事の合間を縫ってなんとか全日本大学野球選手権の決勝戦を観に行って来た。最初にこの大会を見たのは1979年だったから、すでに30年以上も観つづけていることになる。

今年の決勝戦、東洋大学(東都大学連盟)対東海大学(首都大学連盟)の激突は、例年にも増して好投手の対決となった。

昨日のブログでも書いたように東洋の本格派左腕・藤岡と東海の150㌔右腕・菅野という来秋のドラフトの目玉“3年生エース”の対決となった。

しかし、昨日の慶応大学戦で17奪三振の菅野は連投となり、一方、藤岡は中1日の休養を得ている。「その差が出る」と予想したが、案の定、菅野は日頃の剛腕が影をひそめ、一方、藤岡は快速球とスライダーを自在に操り、強打の東海大打線を翻弄した。

試合展開を追いながら、絶対にミスを見せない東都のチームの強さを改めて感じた。東海大学は首都大学リーグで無敵の10戦全勝。しかし、東洋は中央の澤村投手に2敗を喫するなど、このシーズンで「3敗」しての逆転優勝だった。

つまり、東洋は苦戦の中から這い上がってきており、一方、東海は強豪チームとの競り合いが少なかった。野球というのは、そういう凌ぎ合いの経験の有無が勝敗を分けるスポーツである。東洋の喫した「3敗」こそ、両者の“力の差”となるわけである。

終わってみたら強豪に揉まれた末に全日本選手権に出場してきた東洋に、やはり1日の長があった。結果は5対0。その差は、東都と首都という2つのリーグ戦の切磋琢磨のレベルの差であったと思う。これで23回目の最多の優勝を記録した東都。秋の明治神宮大会、そして来年の全日本に向けて、ほかのリーグの奮起を望みたい。

さて、話題は変わるが、政界では、菅内閣の“反小沢”の姿勢がますます鮮明になっている。当ブログでもずっと指摘しつづけてきた検事総長の民間登用が実現せず、大林宏・東京高検検事長の検事総長昇格が決まった。

民間登用と称して、自らの息のかかった弁護士を検事総長に就けようとした小沢氏の望みはついに叶えられなかった。検察は、これによって対小沢戦争で“息を吹き返した”のである。

菅首相が枕を高くして眠るには、小沢氏の政治権力が完全に「失われること」にある。検察はそのことをよく知っている。つまり、再び小沢vs検察の仁義なき戦いが始まるのである。興味は尽きない。

カテゴリ: 司法, 野球

「W杯開幕」にもかかわらず……

2010.06.12

ワールドカップが開幕したにもかかわらず、日本はどうにも盛り上がっていない。岡田武史監督のやって来たことへの不満がサッカーファンに重く、深く沈澱し、4年に1回のお祭りであるにもかかわらず、心から日本を応援できないのである。

コトここに至って、本田圭佑を急造のワン・トップにして直前の練習試合に臨んだ岡田監督。これに絶句したファンは少なくないだろう。

今から12年前のフランスW杯で、岡田監督はチームの精神的支柱でもあったFW三浦カズを最終段階で落選させてプライドをズタズタにした。その上で、城彰二のワントップに固執して「惨敗した」ことが昨日のことのように思い出される。

あの時、カズがいなくなった時点で、呂比須ワグナーをFWの柱に据えるのかと思ったら、岡田監督は城のワントップに固執し、惨めな敗北を喫するのである。

問題なのは、本田の急造FWが成功するかしないか、ではない。コトここに至って、FWという最も「点を取る」役割を背負わされた選手がいまだに確定せず、絶対的な得点パターンのフォーメーションがつくり上げられていないことにある。

こんな状態でW杯に臨まなければならない日本チームの“不幸”の責任は、すべて、早稲田の後輩であり、古河電工の後輩である岡田監督を代表監督に押し上げた川淵三郎・元日本サッカー協会会長にある。今回のW杯で、日本代表に“失望”以外の何がもたらされるだろうか。

一方、以下は野球の話である。全日本大学野球選手権がいよいよ大詰めの準決勝を迎え、本日、東海大学の菅野智之投手が格の違いを見せつけ、慶応大学を一蹴した。

この東海大学(首都大学)と慶応大学(東京六大学)の激突は注目された。しかし、菅野は慶応打線につけ入るスキを与えず、17奪三振、4安打完封で慶応を切って取った。

戦前の予想通りの結果と言える。食らいつくバッティングを身上とする慶応の粘りの打撃もまったく150キロを超す菅野のキレのあるストレートには通じなかった。

東海大学は明日、東都の覇者・東洋大学との決勝戦に臨む。しかし、さすがに相手が東洋となると“キツい”のではないか。菅野の連投は厳しい上、東洋には1日休んだ本格左腕・藤岡貴裕が控えている。共に来年のドラフト1位が確実視される絶対的な3年生エースである。

東都の強さが、鎬を削る入れ替え戦にあるのは野球界で広く知られている。昨秋の明治神宮野球大会で日本一になった東都の立正大学は今週、入れ替え戦で青山学院大学に敗れ、2部に転落した。

立正大学は「日本一」の立役者で絶対的なエースである南昌輝投手を擁しているが、それでも日本一から、いきなり「2部落ち」なのである。これが東都大学というリーグの怖いところだ。

明日の決勝戦、順当なら東都の覇者・東洋大学が一枚上だと見る。さて、どうなるか。

カテゴリ: サッカー, 野球

ドラマ史に残る感動の作品に

2010.06.11

今日は、この秋に放送されるドラマの陣中見舞いに調布の日活撮影所に行って来た。

まだ情報解禁を許されていないので、私のどの作品のドラマ化かは残念ながら書けない。しかし、今日の撮影現場を見て、素晴らしい作品になることを確信した。

張りつめた空気の中、俳優や女優が真剣な眼差しで食い入るようにモニターを見入っていた。主役の江口洋介さんをはじめ、今日来ていた小澤征悦さん、眞島秀和さん、市毛良枝さんなどが収録に入ると、スタジオ全体に緊張感が漂った。

ヘビースモーカーの石橋冠監督のメリハリのある声がスタジオ内に響き、スタッフがきびきび動く姿が印象的だった。

家族の愛情と司法の正義、そして毅然とした日本人の生きざまがこのドラマの主題である。“役づくり”に入る役者さんたちに、「プロフェッショナル」という言葉を思い浮かべた。

我々の取材現場が「真剣勝負」なら撮影現場も同じだ。ドラマ史に残る感動の作品に仕上がって欲しい、と願う。

カテゴリ: 随感

なぜ「義」が注目されるのか

2010.06.09

4月末に発売された拙著「この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」(集英社)の4刷目が本日、決まった。発売40日足らずで、もう3万部を突破した。

好調な売れ行きで、あちこちで「どこへ行けば手に入るんだ?」という嬉しい問い合わせが続いている。今の世に「義」をテーマにしたことに対して、当初“時代遅れ”のように感じた人もいるかもしれないが、私はまったく違う考えを持っている。

「義」とは、いうまでもなく恩義の「義」であり、義理の「義」である。その昔、日本人は「義」のためには、命を捨てることを厭わない人たちが少なくなかった。「義を返す」ことを、日本人はそれほど大切にしていた。

本書の主役、根本博・陸軍中将は脈々とつづく、そういう日本人の一人である。古(いにしえ)の人たちは、きっと命よりも大事なものを求めていたのだろう、と思うが、ほんの60年前に見事な生きざまを見せた根本氏もその一人だったのだ。

根本中将は、一部の研究者の間では、それなりにネームバリューがあったが、一般的にはほとんど無名だった。それは、日本の戦後ジャーナリズムが物事を類型化し、レッテル貼りをおこない、軍人イコール悪という固定した価値観をつくり上げ、そこから一歩も出ようとしなかったことと無縁ではないと思う。

今回、取材をしてみて「根本博」という人物は、そんな戦後のジャーナリズムがひと括りで論じることのできる単純な存在ではなかったと思う。彼は、陸軍内にあって、中国のことが「好きで好きでたまらない」という極めて特異な“支那派”だったのだ。

根本氏ほど中国人と交流を持った“支那派”は少ない。本当の意味での「五族協和」を実現しようとする根本たちは、陸軍内ではおそらく少数派だったと思われる。

私は、この作品を書くにあたり、「風景」を大事にした。いや、この作品に限らず、私の作品を読んでくれる方はお気づきだと思うが、風景、すなわち情景を私はいつも最重視している。

私の取材に同行してくれた方が仰るのは、細かくしつこいぐらいに私が「情景」を聞くので、「呆れてしまう」ということだ。

ノンフィクションがおもしろくない、とよく言われる。しかし、そんなことはない。現実にこれほど凄まじい人間の生きざまがあるのに、小説の方がノンフィクションよりすごいはずはないと私は思っている。

それは、ノンフィクションの書き手が、自分の思い入れの「殻(から)」に閉じ籠もり、書き手が自己満足しただけの作品ばかりが世に出ていることに原因があるのではないか、と思う。実際に今も、そういう作品ばかりをノンフィクション界がもてはやそうとする傾向がある。

私は今回の作品を書くにあたり、根本氏が遺した手記の描写に感嘆した。原稿用紙に換算すれば、数百枚ではとてもきかないほどの手記を根本氏は遺している。この中身が実に素晴らしい。昨年、文藝春秋から出した「康子十九歳 戦渦の日記」の粟屋康子さんの日記もそうだ。

いずれも、当時の情景がそのまま浮かぶ文章が遺されている。当時の人々の教養の深さもさることながら、その表現力には感心させられた。

私は、遺された手記に新たな「取材」を加え、淡々と“風景”を描写することだけを旨とした。その時に、自分自身の思い入れはできるかぎり排除した。なぜなら、それは読者に感じてもらうことであり、そこに作者が「分け入るべきではない」と思うからである。

ノンフィクションはおもしろい。それは実際の人間の生きざまがそれほど素晴らしいからだ、と私は思う。ノンフィクションに携わる人間として、できるだけ多くの読者にそのことを知ってもらい、作品から「勇気」や「生きざま」を感じとってもらえれば、作者としてこれほど嬉しいことはない。

カテゴリ: 随感

「奇兵隊vs壊し屋」の行方

2010.06.08

丹波&城崎の取材を終えて本日、帰京した。城崎では、取材先でお話を長時間伺わせていただいた上に、夜、地元料理もご馳走になり、美味しいお酒も堪能させてもらった。

文豪・志賀直哉が愛した城崎温泉の湯にもつかり、すっかり旅の疲れと汚れを落とさせてもらった。お礼の言葉もない。

取材の成果は、夏に出版するノンフィクションの中で詳しく書かせていただく予定だ。

さて、夕方帰京すると、菅内閣発足のニュースで東京は持ちきりだった。見事、支持率をV字回復させた菅氏の手腕は、市民運動家からスタートしたとはいえ、数々の修羅場をくぐり抜けてきた経験に裏打ちされた“何か”を感じさせる。

哲学、思想、知識、いずれも極めて乏しかった前首相に比べ、国民はある種の頼もしさを感じているのだろう。60%になんなんとする支持率は、それへの期待感と言える。

しかし、1年以内で総理が変わるという“失点合戦”の様相を呈している日本の政界で、菅体制が1年以上続く保証はどこにもない。

懸念材料の最大のものは、「次」を狙うリーダーがいつ小沢グループと手を結ぶか、にある。幸いに岡田克也、前原誠司両氏など、「次」のリーダーたちは今のところ、悉く閣内に取り込まれている。

菅氏による「小沢グループの孤立化」という戦略が徹底されているだけに、この不安がかなりの部分小さくなっているのは事実だ。

しかし、“壊し屋”の異名をとり、怨念をいつまでも忘れない特異な人間である小沢氏は、党を“割る”ことも視野に入れているだろう。すなわち中間勢力や、自民党の一部と連携することなど、これからは小沢氏も倒閣戦略を「なんでもあり」で立ててくるに違いない。

その時、自民党の中のどのぐらいの勢力を連れてくることができるのか、彼の手腕が問われる。その前に検察の動き次第で彼は窮地に陥る可能性もあり、予断は許さない。その点では菅内閣が総力を挙げて検察に小沢捜査を「貫徹させる」かもしれない。興味は尽きないのである。

いずれにせよ、すべては国民の支持率次第。そのことをよく知っている菅首相が果たして次々とどんな支持率アップ策を打ち出してくるのも注目される。

菅首相は、自らの内閣を高杉晋作の「奇兵隊」になぞらえていたが、哀れな末路を辿った奇兵隊と、早世した高杉の二の舞にならないよう祈るばかりだ。

カテゴリ: 政治, 随感

丹波の山あいの町にて

2010.06.06

丹波の山南町(さんなんちょう)という山あいの町にやって来た。イノシシと松茸が名物の兵庫の山の中である。明日は、日本海側の城崎温泉まで足を延ばす。

今年は、日航機墜落事故から四半世紀(25年)という節目の年である。その関係で今、さまざまなご遺族とお会いしている。

今日もあの時、凄まじい経験をしたご遺族にお会いした。明日の城崎温泉でも、一人お会いする予定だ。

これまで活字になったことがない痛烈な家族愛と使命感の物語に、私自身がここのところ感動を新たにしている。ノンフィクション作品として近くお目にかけることができるようになれば幸いだ。

さて、政界では、週明けから菅新体制が話題を独占する。菅体制のサプライズは、“反小沢”の民主党7奉行が、揃って重要な役職を占めることにあった。

菅氏は、民主党の人気凋落の元凶でありつづけた「小沢一郎」という人物をターゲットにすることによって、逆にV字型の人気回復を策したのだ。

菅氏の戦略は見事に功を奏した。マスコミの世論調査は、60%という支持率になって現われつつある。

直前の鳩山内閣の支持率が20%を切っていたことを思えば、そこまで民主党の足枷(あしかせ)になっていた「小沢一郎」という存在に改めて溜息が出る。

小沢氏は、これから自らの生き残りをかけて「対菅直人」、そして「対検察」という戦争に臨むことになる。

“怨念”をエネルギー源にしてこの20年間、政界に陰に陽に影響力を及ぼしてきた小沢氏。これからの「お手並み拝見」と言いたいところだが、なにかここへ来て哀れささえ漂い始めている。

息を吹き返した検察の対小沢戦争の行方が注目される。

カテゴリ: 政治, 随感

新政権のキーワード

2010.06.05

次第に全貌が見えてきた菅直人新首相の体制が興味深い。キーワードが“反小沢”であることが明白になっているが、これが半端なものではないのだ。

旧鳩山体制の車の両輪が、小沢一郎氏(小沢グループ約120人~150名)と輿石東氏(旧社会党系の横路グループ約30人)だとすると、菅体制は、「反小沢グループ」の集合体である。

官房長官に仙石由人氏、党幹事長に枝野幸男ら、出て来る名のキーワードは、すべて“反小沢”。これを政権の求心力にしようというわけである。

永田町では、プロ筋から「さすが、菅だ」という声が上がっている。約420名の民主党国会議員の内、これまで反流派はわずか100名に過ぎなかったが、今度は、逆に小沢グループそのものが非主流に追いやられたのだ。

菅首相の考えは明快だ。150人近い小沢グループが“単独で”非主流派となる限り、「怖くない」というのが、基本的な考え方なのだ。車の両輪どころか、車輪も車体もすべて「反小沢」でつくりあげれば、最大派閥の小沢グループといえども、菅は「怖くない」のである。

ここに2つのポイントがある。1つは、「反小沢」を強烈に打ち出すことによって、世論調査で小沢の辞任を求めた80%の人々を支持者として取り込み、かつ、仮に今度の検察審査会でまたも「起訴相当」の結論が出ようと、政権への打撃を最小限に食い止めることができることである。

もう1つは、膨れ上がった小沢グループに「小沢に代わるリーダー」、つまり「次」がいないため、小沢自身の政治生命が危うくなった段階で、このグループは草刈り場となり、一気に叩きつぶせるというプロらしい“読み”である。

これまで、候補者に対する公認権を手離さないことで大量の“小沢チルデレン”をつくってきた小沢氏だが、周知のように彼らの実態はほとんどが政治のイロハも知らないような素人集団だ。

これからは、人事から干され、政党交付金を自由に使えなくなった小沢氏からの資金提供もやがて途絶えがちになるだろう。そうなれば、彼ら小沢チルデレンの結束は揺らいでいく。菅首相はそこを見越しているのだ。

小沢グループを人事で優遇するから「小沢氏の影響」を排除できないわけで、これを完全にやめれば、小沢グループの影響が弱まるだけでなく、このグループに所属するメリットそのものがなくなり、揺さぶりがいくらでもかけられるのだ。

つまり菅首相は国民に必ず支持されるであろう“反小沢”で正面突破と政権の浮揚をはかり、求心力を自ら作り上げたのである。

小沢氏が今後やることは目に見えている。他のグループのリーダーを担ぐことで、そのグループとの連携をはかり、民主党国会議員の過半数を制しようとするだろう。

だが、人事で干されれば、それも容易ではなくなる。結局、9月の代表選ではせいぜい田中真紀子を代表候補として擁立するぐらいで終わるだろう。それも、小沢氏が数々の疑惑によって身柄を捜査当局に「抑えられていない」ことが前提だが……。

菅vs小沢。並び立つことのできない両雄の激突は、この新政権最大の“呼び物”になるに違いない。それにしてもかつての田中派がそうであったように、膨れ上がり過ぎた派閥は「自壊」するしかなく、その意味でまさに“歴史は繰り返す”のである。

カテゴリ: 政治, 随感

いよいよ参院選へ

2010.06.04

たった今、民主党の新代表が決まった。菅直人氏が樽床伸二氏を「291票対129票」で破って当選を果たした。

勝敗については予想通りの結果だが、樽床氏が3ケタの票数を獲得したことは、菅氏への無言の圧力になったと言えるだろう。

小沢グループが土壇場で存在感を誇示するために「樽床支持」にまわった、という情報が流れた。結果は、樽床氏が129票を獲得した。小沢グループの票が相当数、樽床氏に流れたことを表わしている。

当選直後の演説で菅氏は、「樽床さんに入れた方も、私に入れてくれた方も、これからは一致団結して戦っていきたい。ここで、ノーサイドの宣言をさせていただきたいと思いますが、いかがでしょうか」と問いかけた。会場には「おう」という声が上がった。

これは、小沢グループへの菅氏の痛烈な問いかけでもある。党内最大派閥で120人とも150人とも言われる小沢グループを“敵”にまわしては「政権を安定させることはできない」という菅氏の悲鳴に近い願望でもある。

新政権誕生によって、いよいよ待ったなしの参院選突入である。そんな中、旧知の弁護士、後藤啓二氏から携帯に電話が入った。「私、選挙に出ることになりまして……」。不意なひと言にびっくりした。

慌てて彼のホームページ( http://www.law-goto.com/ )を見てみたら、確かに出ている。後藤弁護士は、元警察官僚で、退官後、弁護士に転じ、犯罪被害者の権利拡大のために邁進してきた人物である。私とは、犯罪被害者のシンポジウムで共にパネラーを務めたこともある。

私は、これまで「裁判官が日本を滅ぼす」「なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日」「激突!裁判員制度 井上薫vs門田隆将」など、司法と犯罪被害者に関わる著作を発表しているため、後藤弁護士とは接点が少なくない。

後藤氏自身も「なぜ被害者より加害者を助けるのか」「日本の治安」など、私と同じジャンルの著作を持つ。昨年の後藤氏の出版パーティーにも出席させてもらったが、会場には、奥さんと、まだ赤ちゃんのお嬢ちゃんの姿もあった。

私は「平穏に暮らす人々をいかに守るか」ということが、国家にとって最も大切なことだと思っている。この時の後藤ファミリーのようすを見て、彼が犯罪被害者の支援を懸命におこなっている理由が何となくわかったような気がした。

「どこ(の政党)からですか?」と私が問うと、「みんなの党です」とのこと。比例からの出馬だそうだが、菅新首相の誕生で参院選の様相は一変している。

支持率を伸ばしている「みんなの党」といえども、赤絨毯(じゅうたん)への道は平坦ではないだろう。世間の片隅で泣いている犯罪被害者のために後藤氏がいかなる闘いを展開するのか見守りたい。

カテゴリ: 政治, 随感

政界の激動を横目に

2010.06.03

今日は、政界の激動を横目に、新宿でコアな野球人たちの集まり「甲子園会」の飲み会が久しぶりにあった。

昭和50年夏の甲子園で大活躍した上尾高校の4番で元巨人の中村昭氏(現・ジャイアンツアカデミーコーチ)や、スポーツジャーナリストの佐野正幸さん、瀬川ふみ子さん、そして現役の明治大学野球部の面々まで、異色の野球人たちが揃った。

「龍馬伝」人気にあやかったのか、近く「長宗我部」という新刊を出す元共同通信の長宗我部友親さんまで飛び入り参加し、ソムリエ日本一の濱田知佐さんらも加わり、わいわいガヤガヤと3時間にわたって楽しく飲んだ。

話題は、「野球」から「歴史」まで広範囲にわたったが、かくいう私も、1か月前に「この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」(集英社)を出したばかり。幸いにすでに3刷となり、順調に部数を伸ばしている。

来月(7月)には、「新潮45」に1年間連載したスポーツドキュメント「あの一瞬」を大幅に加筆したスポーツノンフィクションも出るので、大いに宣伝をさせてもらった。

政界の激動は、菅直人・新首相の誕生で収まりそうだが、“鳩山後継”を強調する菅直人氏が、民主党の子供じみた“幻想的政策”をどこまで現実へと修正できるのか、注目だ。

幸いに社民党の連立離脱で、足枷(あしかせ)が一つ取れたことは事実。しかし、市民運動家出身の菅氏が、先祖がえりをするなら、この国の悲劇は「鳩山後」も続くことになる。

安全保障問題をはじめ、市民運動家の理解を超える事態がアジアでは進行している。新首相には、毅然とした道を歩んで欲しい。

カテゴリ: 野球, 随感

新政権と検事総長人事

2010.06.02

鳩山総理の辞任は、車の両輪であった「小沢」「輿石」両者の“続投ノー”の意思表示があった以上、当然のことだった。

車は「車輪なし」では動けないのだから、これが外れた段階で、辞任せざるを得なかったわけである。しかし、昨日のブログでも書いたように、最後に「国民に信を問う」という鳩山氏自身が野党時代に広言してきたことも「実行できなかった」のはみじめこの上なかった。

小沢氏を“道連れ”にしたことだけが功績と言えるだろうが、この人の言うことはどこまでが本当か判断できないところがつらい。辞任は「決めていた」が、小沢さんに一緒に辞めてもらうために辞任が「1日遅れた」という説明は、果たしてどこまで信用できるのだろうか。

これまでさんざん嘘ばかりついてきた鳩山さんは、総理辞任後のぶら下がり会見でも、どこまで本当を語っているのか、記者たちも掴みかねている。つまり、鳩山さんは、最後まで“宇宙人”を貫いたわけである。私は、鳩山さんが民主党代表に就いた昨年5月16日付のブログでこう書いた。

「政治家はもともと“二枚舌”が武器かも知れないが、この人の場合は、その奥に、深みも思想も哲学も、何も感じさせないところに特徴がある。自分たちの当落を左右する代表選に、鳩山と岡田克也という“元代表”しか担ぎ出せない硬直した体質にこそ民主党の宿命と悲劇がある。鳩山代表の再登場に、自民党幹部たちの高笑いが聞こえてくる」と。

鳩山氏は、自分を担いでくれた小沢氏のあやつり人形となって総理の座は勝ち取った。しかし、能力も識見もない鳩山氏には、この9ヶ月間は針の筵(むしろ)だったに違いないと思う。

民主党内の情報を聞くかぎり、いよいよ菅直人時代が幕開けするようだ。良し悪しは別にして、菅氏は鳩山さんより「政策」や「信念」について、それなりのものを持った政治家であることは間違いない。

“イラカン”と称されるほど、短気でイライラするという欠点はあるものの、厚相時代に薬害エイズ問題で厚生官僚たちを唖然とさせた剛腕の持ち主である。鳩山氏のように「どうにでも操れる」政治家でないことは確かだ。

自民党幹部たちは菅氏を評して“過去の人”と揶揄しているが、これまでの高笑いは完全に消え去った。参院選が鳩山政権下でおこなわれれば「大勝」は見えていたのに、その空気は新政権発足でかき消されるからだ。

仮に菅政権が誕生するならば、さっそく彼は世間をあっと言わせる内閣を発足させるべく動くだろう。その目玉、すなわちサプライズが何になるのか予想もつかない。しかし、逆に斬新な内閣をスタートさせられなければ、新政権も短命で終わる。なぜなら参院選という国民の意思表示がすぐにあるからだ。

世間が期待するのは、新政権が「ツケを子孫に残す」ばら撒きをどこまでストップできるかである。さらに言えば、小沢氏の処遇だ。今回、権力の座を去ることに最後まで小沢氏が抵抗したのは、検察との闘いが存在するからにほかならない。

検事総長への民間人登用――すなわち自分の思い通りになる弁護士を検事総長に就かせ、対検察との戦争に最終決着をつけようとした小沢氏が、大林宏・現東京高検検事長の検事総長就任を「阻止できない」となると、検察は対小沢戦争で「息を吹き返す」ことになる。

今月63歳の定年の誕生日を控えていた大林氏は、「退任か」「検事総長就任か」の瀬戸際にいた。それだけに、今回の小沢幹事長の辞任劇はより一層意味を持つのである。

小沢氏の新たな疑惑摘発に特捜部が動けるか否か、という視点において、鳩山さんが小沢氏を道連れにしたのは極めて大きな意味をもつものだったと言える。

そして気になるのは朝鮮半島情勢だ。隣国の一触即発の事態に、日本も政治的空白は許されない。要は、新政権は難問山積なのだ。日本には、今こそ“剛腕総理”が求められている。


カテゴリ: 司法, 政治

じり貧で“退場”するぐらいなら

2010.06.01

鳩山総理の“抵抗”が続いている。すでに退陣への道筋はついているが、本人だけはどうしても諦めきれないのだ。最高権力者の座から降りることを自分に納得させることとは、それほど難しいのである。

自分を支えてきた小沢一郎幹事長と輿石東参議院幹事長の2人が見限っても、鳩山総理は首をタテに振らなかった。車の両輪を失っても、まだ走り続けようというわけだ。

権力の座にしがみつこうとするこの姿は、痛ましさを越えて滑稽だ。だが、悲鳴を上げる参院の候補者たちは、こんなボンボン政治家に付き合っていられるか、というのが本音だ。

あとは「(退陣は)時間の問題」と、街頭演説に必死に走りまわっている。“裸の王様”と化した鳩山総理は、惨めな最後に向けて突き進むだけなのである。

参院本会議での問責決議案は、提出されたらおそらく「成立」するだろう。誰も支えてくれない中で、鳩山総理は最高権力者の座がいかに脆くて孤独なものであるかを思い知るに違いない。

さて、参院選を乗り切れる民主党の新たな“顔”は誰だろうか。衆院での圧倒的な議席を誇る民主党は、7月の参院選を乗り切りさえすれば、盤石の政権を築くことができる。

その意味で「次の政権」こそ、民主党の真の本格政権と言えるかもしれない。次の政権の誕生を阻止したい鳩山総理が、唯一できることは“衆院解散&ダブル選挙”である。そういう姿勢を鳩山総理が見せた時、本当の意味で民主党内に激震が走るだろう。

昨年8月30日に怒濤の如く当選して来た民主党の新人たちは、ダブル選挙となれば軒並み議席を失うことになる。これこそ政界激震である。

鳩山さん、じり貧で“退場”するぐらいなら、最後にそれだけの開き直りを見せて欲しい。解散・ダブル選挙で、最後くらい世間をアッと言わせてくれ。

カテゴリ: 政治, 随感