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海洋国家としての「覇権」

2010.09.29

今日は次作の打ち合わせで午前中に日本橋へ、午後からはラジオ出演があり、夕方は中国の友人が訪ねてくるので、事務所に戻ってきた。

中国の友人との話題は、当然、今回の日本政府の失態についてだったが、彼は中国人だけに「中国は今回、本気でやってないよ。本当に怒ったら、こんなものでは済まない」と言う。

というのも、「尖閣に向かおうという活動家たちの船の出航を、当局はストップしている」とのことで、さらには、中国国内で「日本に対する活動家による抗議デモのようすを一切、中国のメディアに報じさせていない」のだそうだ。

しかし、中国にとって今回のことはかなり本気だったと私には思える。西沙諸島や南沙諸島でのベトナムやフィリピンとのトラブルなど、中国の海洋進出の“本気度”はかなりのものだ。日本にどういう態度を示せば「どうなるか」ということを、今回、中国は見事に見極めることができたのである。

今年は“海洋国家”としての中国にとっては、「特別の年」であることを知る人は少ない。世界で初めて「大航海」をやってのけたのは、宦官でもあった明代の鄭和という武将である。

彼は、長さ120メートルはあろうかという巨大な木造船に乗って中国を出発し、アフリカ東海岸にまで大航海をおこなっている。ヨーロッパが大航海時代を迎える70年も前のことである。

ビタミン不足で脚気になるのを防ぐために、船の上で農作物をつくりながら、航海をおこなったと伝えられる。そのために農民まで乗りこませて、万単位の人間が参加する大船団での航海だったのだ。

その鄭和の大航海以来、今年はちょうど「600年」の記念の年なのである。再び中国が海洋国家として世界に冠たる存在になるかどうかの「節目の年」とも言える。

中国が軍事上、対米防衛線として規定している「第一次列島線」「第二次列島線」は、逆に言えば、中国海軍がいかに外洋へと展開しにくい致命的な地理的なハンディを背負っているかを表わしている。

さまざまな面で中国の“海の覇権主義”が表面化してきている。それは鄭和の大航海という記念の年に中国が海洋国家として覇権を求め、「生まれ変わる」という宣言でもある。

カテゴリ: 中国

中国共産党「謀略工作」の歴史

2010.09.26

衝撃の中国船船長の釈放から3日。さすがに中国のその後の反応を見て民主党の面々も「しまった」と思っている向きが多いらしい。理想論だけでコトが進むと思っている“お子ちゃま政党”には珍しいことだ。

問題の幕引きどころか、謝罪と賠償を要求するという出方に政府首脳はショックを受けているのだそうだ。しかし、中国が、船長釈放という“外交的勝利”を国の内外にアピール&利用しないはずはなく、熾烈な外交の世界を“性善説”で捉えている民主党のお子ちゃま議員たちに「せめて国際政治の基本を知っておきなさい」と言いたくもなる。

それにしても思い出すのは、昨年12月、国家元首でも首相でもない、中国の習近平を宮内庁内部の取り決めである「1か月ルール」まで破って天皇に会見させた小沢一郎氏のことである。

その直前に、小沢氏は、「長城計画」と称して民主党の国会議員団およそ143人を含む600人を引き連れて訪中し、一人一人の民主党議員が胡錦禱国家主席に握手をしてもらい、記念写真を撮らせてもらったのである。

中国共産党の謀略工作については、これまでも当ブログで何度も取り上げてきた。社会党や共産党といった野党にしかパイプを持たなかった中国は今から50年以上前、「このままではまずい」と自民党幹部への接触・工作をスタートさせた。

分析の結果、自民党の当時の有力者・松村謙三を“落とす”ことに狙いを定めた中国共産党は、松村を徹底的に調べ上げ、松村が「蘭の花」に目がないことに注目し、わざわざ中国に蘭の協会を立ち上げて訪日団を組織、松村への接触をはかったのである。

以後、蘭のプレゼントや人的交流によって松村を親中派に仕立て上げていった中国共産党は、これを突破口に自民党の中枢に工作の手を伸ばしていった。

旧田中派(竹下派)は完全に中国の工作対象となり、若き日の小沢一郎氏も親分の田中角栄の下で、しっかりと中国にパイプを築き、「資格のない中国の要人」でも、ごり押しで天皇にまで会見させるぐらい中国のために「ひた走る」政治家となったのである。

日本の領土の「主権を放棄」した民主党政権は歴史に汚点を残したが、さて、これから尖閣が自分たちの領土であることを既成事実化させるために、中国はさまざまな方策をとってくるだろう。

謝罪・賠償要求もその一つだが、中国漁船が尖閣周辺に跋扈し、やがては韓国が竹島(独島)を勝手に事実上の“領有”をしているように、中国も「強硬手段に出てくる」ことはほぼ間違いない。

可哀相なのは、尖閣周辺で中国にいつ拿捕されるかわからなくなった沖縄の漁民たちである。自国の領土・領海内であるにもかかわらず、命がけで漁をおこなわなければならなくなったのだ。

一度譲歩したら外交は「つけこまれる」だけである。それは国際社会の「常識」でもある。そんなことも知らない政党に「政権を任せている」日本国民は自らの愚かさを反省するしかない。しかし、だからといってこれに代わるべき政権もなく、日本人の不幸はまさにそこにある、と言える。

あっちこっちの国と“領土問題”を抱え、常に既成事実化によって“領土拡大”をはかる中国の戦略にまんまとしてやられた菅政権。支持率の急落は必至で、いよいよ国会の論戦でも立ち往生させられることが確実だ。

いかに今の政権を担っている政府要人たちのレベルが低いか、論戦の答弁を通じて国民は、肝に銘じるべきだろう。

カテゴリ: 中国, 政治

特別ドラマ「なぜ君は絶望と闘えたのか」の放映

2010.09.25

本日午後9時からWOWOWでドラマWスペシャル「なぜ君は絶望と闘えたのか」(前編)が江口洋介の主演で放映された。

1999年4月14日、妻・弥生さん(23)と生後11カ月の夕夏ちゃんを18歳の少年に殺された「光市母子殺害事件」の遺族・本村洋さんの9年間の闘いを描いた拙著「なぜ君は絶望と闘えたのか」(新潮文庫)にフィクションを交えてドラマ化したものである。

リアルな映像を前に、私が本村さんと初めて会った1999年のことを思い出した。本村さんは、硬直した司法の世界に敢然と挑み、ついには山のように動かなかった司法の世界を突き動かした。

その折々の本村さんの苦悩をドラマを観ながら思い浮かべた。自殺さえ何度も考えた本村さんの“苦悩の9年間”のほんの一端を紹介させてもらったに過ぎないノンフィクション作品が、これほど多くの方に観てもらえたことに感慨が込み上げた。

一度だけ撮影現場に見学に行かせてもらったが、石橋冠監督をはじめスタッフの努力と熱意に心を揺り動かされた。

明日(26日)は午前11時半から「前編」の再放送があり、午後9時から「後編」が放映される。映像化が難しいこのノンフィクション作品を見事に芸術性と迫力のあるドラマにしたスタッフの手腕に敬意を表したい。

カテゴリ: テレビ

毅然と生きよ、日本人

2010.09.24

2日続けての徹夜で、文藝春秋の短期集中連載「九十歳の兵士たち」第2回を今朝、書き上げた。午後遅く目を覚ましたら、「中国船船長、処分保留で釈放」のニュースが流れてきた。

驚愕のニュースだ。いくら“市民運動家政権”であっても、日本の固有の領土である尖閣諸島の海域を侵犯し、海上保安庁の巡視船に衝突してきて公務執行妨害を働いた中国船の船長を「無罪放免」したというのだから、これに目を剥かない国民は少ないだろう。

国家の領袖は、国民の生命と財産、そして領土を守るのが使命だ。民主党政権は、その最大使命を“放棄”したことになる。

徹夜疲れも吹っ飛んでしまった。昨年、民主党が政権を握った時、私は「日本という国家の根幹をどこまで揺るがすか」について、ブログで何度も書かせてもらった。

今回の出来事はその懸念通り、日本という国が国家のテイを成していないことを全世界に示した。今後、尖閣周辺海域は、中国漁船が大手を振って闊歩することになる。「圧力をかければ日本はすぐに引く」という前例をつくってしまったからだ。

もともと菅政権は、仙石由人官房長官など“反日日本人”が政権の中枢を抑えている。中国・韓国といった隣国の方が「自国より好きな人々」である。

しかし、主権が侵害されても毅然とした姿勢が貫けない国は、もはや国家とは言えない。長く指摘されてきた日本の“中国の属国化”が、ついに現実の姿として浮かび上がってきたのである。

それにしても、中国人船長を釈放した那覇地検の緊急記者会見には、呆れてしまった。「今後の日中関係を考慮し、捜査を続けることは相当でないと判断した」と、鈴木亨・次席検事が言ってのけたのだ。

おいおい、検察庁というのは、いつから“外交を配慮する役所”になったのだ? お前たちは法を厳正に執行するために権力を賦与された捜査機関ではなかったのか? この驚天動地のコメントは、検察にとって現在注目を浴びている村木厚子冤罪事件の「フロッピー改竄問題」より、よほど罪が重い。

何から何まで狂ってしまった日本。おそらく今回も仙石官房長官の“暴走”の可能性が強いが、それは、おいおい明らかになっていくだろう。

折しも“飢餓の戦場”で命を散らしていった太平洋戦争下の若者の無念について「記事」を書き上げたばかりの日に飛び込んできた驚愕ニュース。このまま「日本が日本でなくなる日」を待つのはあまりにつらい。

毅然と生きよ、日本人。

カテゴリ: 中国, 政治

主任検事「電撃逮捕」の意味

2010.09.21

障害者団体向け割引郵便制度をめぐってニセの証明書が発行された「郵便不正事件」で、証拠品として押収したフロッピーディスクを改竄(かいざん)していたとして、最高検は今夜、証拠隠滅容疑で、大阪地検特捜部の前田恒彦主任検事を電撃逮捕した。

「ああ、あの時と同じだ」と、私は17年前の事件を思い起こした。1993年、ゼネコン汚職で静岡地検浜松支部から東京地検特捜部にやって来た応援検事が、贈賄側の会社幹部から供述をとるために、取り調べの間中、壁に向かって長時間立たせたり、平手で数十発殴ったり、あるいは足蹴にしたりして、暴行の限りを尽くした事件である。

机の上に置いていた捜査資料に「血が飛び散る」という常軌を逸した取り調べをおこなったこの検事は、週刊新潮でその実態が暴露されるや、特別公務員暴行陵虐致傷罪によって、電光石火の「逮捕」となった。

メンツを極めて重んじる検察の体質が成せるワザだが、これにはほかにも思惑がある。断乎たる検察の姿勢を示すことで国民に「これは特異な人間による特異な犯罪である」という認識を植えつけるのである。つまり、事件が「個人の資質に帰するもの」であることを広く印象づけることにより、検察本体への打撃を小さくするのだ。

今回もむろん同様だ。世間に検察の腐敗を糾弾する声が満ちる前に、毅然として「身内を逮捕」したポーズを示し、その批判をかわそうというわけだ。

しかし、ここで個人の問題として今回の事件が「収束すること」は果たしていいことなのだろうか。

以前のブログで私は特捜部の捜査を「パーツ捜査」と評した。検察では、あらかじめ上層部が描いていた“筋読み”や“見立て”通りの供述をとってくる捜査検事が優秀とされ、出世が約束されていくという基本的な体質がある。

つまりパーツ(部分)しか与えられていないのに、参考人を脅し、恐怖を植えつけて無理にでも「供述をとってくる」人間こそ、検察は持て囃してきたのである。

その検察の姿勢こそ問題の本質なのに、そこがウヤムヤにされれば、今回の事件の教訓も、また将来に「何も残されない」ことになるだろう。

問われているのは、検察の能力の劣化と体質そのものである。公判検事の質の低下も各方面で取り沙汰されているが、検察が抜本的な出直しをするには、徹底的な教育によって捜査検事の“質の向上”をはかるしかない。

こつこつとした地動な教育と、現場で叩き上げていく経験の重要性を、検察はもう一度問い直さなければならないのである。

今日のTBSのNスタで、私は“上”ばかりを目指す検事たちの「出世」志向の体質と、捜査検事としての使命感とモラルの崩壊について、コメントさせてもらった。

検察が、驕りを排して、抜本的な出直しができるかどうか。今晩の電光石火の逮捕劇が、逆にそれを遠去けるものにならないことを祈るばかりだ。

カテゴリ: 司法

集まることによって“何か”が生まれる

2010.09.19

今日は3連休の中日だ。締切の合間を縫って、大学時代のサークルの集まりに顔を出した。

中央大学の「グループH」というサークルのOB会である。中央大学の職員だった小谷哲也さんがマスコミ・ジャーナリズムを目指す学生のために50年前に設立したサークルである。

70代の後半を迎えた小谷さんを囲んでテレビ局や出版社の現役幹部たち……等々が集まり、およそ4時間にわたってワイワイガヤガヤとやらせてもらった。

今日の集まりは、「ゲゲゲの女房」のヒット作を生みだしたこのサークル出身の編集者の「50万部突破」記念と、拙著「この命、義に捧ぐ」の第19回山本七平賞受賞の2つが“酒の肴”だった。しかし、会の目的は、あくまで「小谷さんを囲んで話をする」というものである。

小谷さんのまわりに集まった弟子たちの頭がすっかり白くなっているのは、このサークルの伝統の重さを表わしている。

小谷さんが中央大学を辞めて以来、現役の学生との接触がなくなってしまったが、マスコミ・ジャーナリズムの間で、これだけ強い勢力と結束を誇っている大学のサークルというのは類を見ない。

私自身も、ノンフィクション作品を取材執筆するにあたって、どれだけサークルの先輩たちに協力を仰いでいるか知れない。私が学生時代から、小谷さんの口癖は「とにかく集まることだ。集まることによってそこから“何か”が生まれる」というものだった。

今日の集まりが、また次の作品を生みだすヒントになり、さらには私自身が諸先輩や仲間、後輩たちの役に立てることがあれば、と思う。

80近い歳となってしまった小谷さんと、それを囲む弟子たちの姿を見ながら、「集まることによって“何か”が生まれる」という言葉を、しみじみ噛みしめた1日だった。

カテゴリ: 随感

尖閣問題で何が問われているか

2010.09.17

菅内閣が発足した。さっそく尖閣問題が菅内閣の前途に暗雲を漂わせている。謝罪外交を得意とする民主党政権が、国際社会の「現実」を突きつけられる意味で、中国の強硬姿勢は民主党にとっていい試練だろう。

中国がチベット族やウィグル族に対して長い間繰り返してきた虐殺などの人権侵害行為を見るまでもなく、中国の覇権主義が21世紀の国際社会にとって極めて大きな不安定要因になることは多くの専門家の間で一致している。

中国の果てしない領土的欲望は、どこまで拡大・膨張を遂げていくか、誰にもわからない。しかし、歴史認識問題でひたすら譲歩をつづけてきた日本は、国内に中国の利益のために動く、多くの媚中派の議員や官僚を抱えているのも事実だ。

彼らがマスコミに譲歩を促し、不勉強なジャーナリストたちが中国の微笑外交に騙され、翻弄されてきた歴史がある。

幸いに国土交通相から外相に横滑りした前原誠司氏は、民主党の中にあっては対中国強硬派の一人である。いわば日米同盟の信奉者だ。

民主党政権発足以来、日米関係は冷え込んでいる。しかし、民主党内部で、前原氏はアメリカ政府と気脈を通じている数少ない政治家だ。

「大事なことは日本の国益や主権に添って淡々と、そして厳正に対処すること」と、即座にコメントした前原新外相なら、少なくとも最初から「中国に譲歩」する側にはまわらないだろう。

前原氏は京都大学法学部時代に国際政治学者の高坂正尭ゼミで学び、その後、松下政経塾に進んでいる。国際社会の現実や汚さについては、さんざん勉強してきた学徒である。その点では、前原氏の「外相」横滑りは、菅氏の言う“適材適所”と言えるかもしれない。

日本の国旗を焼き、日本人学校のガラスを投石で割る中国の下品さに日本人は「怯んで」はならない。「淡々と、そして厳正に」を常に外交の中心に据えて毅然とした対処を菅内閣には望みたい。

市民運動家の総理と松下政経塾出身の外相――一見、相容れない二人だが、この際、毅然とした姿勢を貫こうとする前原氏に、大いなるリーダーシップを期待したい。

カテゴリ: 中国

イチロー「大記録」への道

2010.09.15

夜遅く、福岡から帰京した。5日間にわたる滞在で、福岡在住の知人・友人たちにも連絡できないほど取材に明け暮れた。

帰ってくると、東京はぐっと涼しくなっていた。雨まじりで、すっかり秋の気配を漂わせていた。一向に気温が下がらない福岡の暑さと対照的だった。

マスコミの関心は菅内閣の改造問題に移っている。しかし、そんなことより、私はイチローの動向が気になって仕方がない。ご存じ、イチローは今、10年連続の200本安打に「あと11本」まで迫っている。

“前人未到”などと言うはやさしいが、近代ベースボールがスタートして以来、これほどの安打製造機が日米で存在しなかったことは間違いない。

ピッチャーに球種がストレートとカーブしかなかった20世紀初頭は、グランドもぼこぼこだった。イレギュラー・ヒットが数多く出たその時代にジョージ・シスラーがつくった257本のシーズン通算最多安打をイチローは2004年に破った。

イチローが、「史上最高の打者」であることにクレームをつける人はいないだろう。バットコントロール、足の速さ、スイングスピードなど、あらゆる点で傑出しているイチロー。「10年連続」の200本安打というのは、メジャーリーグが続くかぎり「破られないだろう」という大記録である。

なんとか達成して欲しいと思う。日本人がメジャーに燦然と輝く大記録を持つことが感動的だ。私は、かねてイチローが持つ262本のメジャー最多安打を破る可能性があるのはヤクルトの青木宣親選手だけだと思っている。

しかし、その青木がメジャーに行ったとしてもさすがに「10年連続200本安打」を達成することは無理だろう。

それほどこの記録は難しい。いつケガが襲うかもしれない中で、イチローは節制を忘れず、ひたすら記録に向かって突き進んできた。「あと11本」――なんとかこの大記録を達成して欲しいと願う。

日本人がベースボールの歴史の上で「頂点に立つ」ことを多くのファンが見守っている。

カテゴリ: 野球

人材なき「代表選」の不毛な決着

2010.09.14

日本の国家の領袖を決める民主党代表選が終わった。「菅vs小沢」という不毛な戦いは、結局、菅氏の勝利で終わった。結局、国会議員票でも菅が小沢を上回り、検察の捜査が身辺に迫る「小沢一郎の逆襲」はならなかった。

市民運動家の総理が、政界の壊し屋を「破った」のである。これによってわずか3か月でまたも総理を変えるという「世界に恥を晒す事態」だけは免れた。

しかし、老いた市民運動家に国民が期待できるものは、ほとんどない。早くも為替市場で円高がさらに進み、市場はこの老いた市民運動家にNOを突きつけている。

国民は今後、失望とあきらめの時期を過ごすことになるだろう。私は民主党政権が生まれた時から、「どこまで日本の根幹が揺らぐか」に注目してきたが、菅政権によってこれからさらにその傾向が強まる。

内閣支持率は、ほぼ右下がりで低下していくだろう。今回、怨念を残した民主党の亀裂が何をきっかけに爆発し、分裂につながるか。いよいよ注目される。

内閣支持率の低下が「引き金」になることは間違いない。みんなの党を巻き込んで、まず政界再編に動こうとする勢力がどこか。代表選が終わって、永田町は新ラウンドに突入した。

カテゴリ: 政治

いよいよ明日「菅vs小沢」の最終決着

2010.09.13

夜、知り合いの民主党の国会議員から電話があり、まだ「小沢か」「菅か」で悩んでいるとのことだった。

正直、仰天した。この20年以上にわたって、ワガママと独善と、有無を言わせぬ強権体質で国民を呆れさせてきた小沢氏に対して、まだその議員が「期待を抱いている」こと自体に驚いたのだ。

たしかに菅直人氏に総理の資質があるとは、とても思えない。しかし、ここまで不透明な個人資産構築をおこない、子どもじみた国連至上主義に固執し、さらには中国への土下座外交をおこなう小沢氏に、まだ“幻想”を抱いている政治家がいること自体に呆れかえってしまった。

民主党が政権をとっている以上、こうしたレベルの低い代表選になるのは当然だったかもしれない。私は、民主党を単なる“書生の集まり”としか見ていないが、それにしても、土壇場でまだ小沢支持がこれほど存在することには、もはや言葉がない。

小沢氏の個人資産構築の“闇”に斬り込むことができなかった検察の不甲斐なさを国民は嘆くしかないのである。ころころ変わる日本の総理大臣が、よりによって最後に“だだっこ政治家”の小沢一郎になったら、日本人の民度を世界は一体どう見るのだろうか。

結果的に細川内閣を瓦解させた夜中の国民福祉税構想。あの時の悪夢が蘇ってくるのは私だけではあるまい。

常に仲間を切り捨て、自身も多くの仲間の離反のために頂点に上り詰めることができなかった小沢一郎氏。さすがに“書生たち”を騙すことぐらいは、朝飯前らしい。

“だだっこ政治家”小沢一郎の乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負の結果は、いよいよ明日明らかになる。

カテゴリ: 政治

自責の念を抱き続ける元兵士たち

2010.09.12

「生き永らえたことが、申し訳ない」「私は死ぬべきだった」――本日、福岡県下でお会いできた88歳の「戦艦大和」乗り組みの元海軍中尉は、取材の中で何度もそう繰り返した。

高射砲の分隊長だったこの元中尉の部下は、全部で106名。その内、生き残ったのは元中尉を含めてわずか7名に過ぎなかった。部下たちを死なせて自分が生き永らえたことが、申し訳ないと言うのだ。

大和沈没の渦に巻き込まれ、息絶える寸前で浮かび上がった海面。重油の海からの生還は、88歳になる現在まで元中尉の心から自責の念を消すことはないのである。

あの日、起こったことのすべてを伝えてくれようとする元中尉。“死”を覚悟して自分たちにまっすぐ突っ込んで来る米軍の艦爆機や雷撃機を「敵ながらあっぱれだった」と元中尉は振り返った。

自分の指揮塔の下に250キロ爆弾が命中し、同じ場にいた自分以外の4人の部下が即死した瞬間を語る元中尉は、何度も「部下に申し訳ない」を繰り返した。

10人に1人も生還できなかった極限の戦場。戦艦大和の最期は、太平洋戦争が終わる象徴的出来事でもあった。

生還者の証言には、肉体が飛び散るその瞬間の生々しさがある。人間である以上、“生と死”に対して感慨を抱くのは当然だ。しかし、多くの生還者が自分が生き残ったことに自責の念を抱きつづけていることは、やはり私にとって衝撃だった。

近く取材の成果を詳しく雑誌で報告したい。

カテゴリ: 歴史

歴史の証言は「待ったなし」

2010.09.11

今日、福岡県の糸島市にやって来た。早朝のANA便に乗り、福岡空港に降り立った私は、佐賀県の唐津へと通じるJR筑肥線に乗って、かつて“伊都の国”と呼ばれた田園風景が広がる地に初めて足を踏み入れた。

目的は、この地で暮らし、昭和20年4月6日に沖縄への特攻で23歳という若い命を散らした零戦パイロットの元海軍少尉の生涯を辿るためである。

ゆかりの人を訪ね、その人物の足跡を追う作業は、いつものノンフィクション取材と変わらない。しかし、証言してくれる相手の記憶力や思いの深さによって、そこで描かれる人物はいかようにも変わっていく。

65年という気の遠くなる年月は、やはり人間の記憶を風化させ、ディテールを削ぎ落としていく。しかし、記憶は薄らいでも、それでも“思い”は消えない。今日、糸島でお会いした81歳の老女は、従兄弟だった元海軍少尉の生前の姿を私にしっかりと伝えてくれた。

明日は、同じ福岡県内で、戦艦大和の生き残り乗組員にお会いすることになっている。歴史の証言は「待ったなし」である。

お会いできる日にお会いする。私のモットーのひとつである。「取材に悔いを残さない」というのも、これまた私のモットーのひとつだ。時間との戦いである“全国行脚”は、明日もつづく。

カテゴリ: 歴史

村木元局長「無罪判決」に思う

2010.09.10

村木判決の衝撃が今日は司法の世界を終日、揺るがせた。障害者団体割引制度を悪用した郵便不正事件で、偽証明書の作成を部下に指示したとして虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた村木厚子・厚生労働省元局長(54)=起訴休職中=。

本日、大阪地裁で横田信之裁判長は「村木被告が作成を指示したとは認められない」として、無罪(求刑・懲役1年6月)を言い渡した。「局長が関与した厚労省の組織的犯罪」とした検察側の構図は完全に否定されたのである。

「調書は検察のでっちあげ」――次々と公判で捜査段階の調書が否定され、異例の展開を辿った裁判は、ついに「無罪」という一審判決に辿り着いたのである。

今日、テレビを見ていると、こういう事態を二度と招かないために「取り調べの可視化」の必要性を唱える弁護士が何人も意見を披歴していた。

だが、待って欲しい。大阪地検特捜部の「杜撰な捜査」と、取り調べの「可視化」を同列に論ずる弁護士たちの意見に騙されてはいけない。

取り調べとは、テレビのインタビューではない。「あなたは人を殺しましたか?」と聞かれて、それを犯人が認めるほど取り調べとは「簡単なもの」ではない。

捜査官は自らの全人格をぶつけて犯人の心を揺さぶり、魂に訴えかけて自供を引き出していく。これまで多くの“落とし”の刑事がいたのと同じく、検事の中にも多くの人情派が存在し、数々の殺人事件や疑獄を炙り出してきた歴史がある。

今回の杜撰な検察の捜査は、徹底的な内部調査が必要だ。なぜ、誰が、これほどの無理な構図を描いたのか。

私は検察の特捜捜査をかねて“パーツ捜査”と呼んでいる。検察官にとって憧れの職場である東京と大阪の地検特捜部。多くの検事がここで「一度はやらせて欲しい」と考えている。

しかし、与えられるのは、大きな疑惑の中の“パーツ”(部分)の捜査に過ぎない。全体像を把握することなく、パーツを与えられ、そこに検察幹部が思い描く構図通りの供述を引き出した者のみが優秀とされ、捜査検事としての出世が約束されていく。

司法試験に合格し、エリート意識が極めて強い検察官は、“パーツ捜査”にもかかわらず、上層部の評価を得ようと必死で“上”が望む供述を得ようとするのである。つまり、被疑者をなだめ、すかし、さらには脅しによって“パーツ捜査”を完成させようとするのである。

今回の捜査の問題点は、まさにそれが典型的に出たことにある。徹底的な調査と再発防止が必要であることは言うまでもない。一方で、東京地検特捜部は小沢一郎の元秘書3人を政治資金規正法の虚偽記載容疑で逮捕しながら、肝心の小沢逮捕に踏み切れず、検察審査会に「起訴相当」の刃を突き付けられているのは周知の通りだ。

大権力には尻っ尾を巻き、中央省庁の局長クラスが相手なら、崩れることを承知でも「無理な構図」を描き出したのである。

この検察の大失態を理由に、またぞろ「取り調べの可視化」を主張する人たちの勢いが増すかと思うと、私は暗澹(あんたん)たる思いになる。

取り調べがビデオの監視のもとに行われ、取り調べが形骸化して真犯人が取り逃がされ、大変な損害を被るのは、平穏に暮らす我々国民であることを忘れてはならない。

村木局長の冤罪を示す判決が出たことにホッとしながらも、今後の犯罪捜査や取り調べに“可視化の流れ”が定着することに、私は大きな不安を感じている。

カテゴリ: 事件, 司法

明日発売の「Voice」と「文藝春秋」

2010.09.09

明日10日発売の「Voice」(10月号・PHP研究所)が6ページにわたって私のインタビュー記事を掲載してくれている。「この命、義に捧ぐ」の取材秘話と、“冬の時代”と言われるノンフィクションの現状に対する見解を聞かれて、さまざまな見地から話をさせてもらったものだ。

私の取りとめのない話を、見事な構成力で的確にまとめてくれている。ちょうど「この命、義に捧ぐ」が第19回山本七平賞を受賞したので、このインタビュー記事自体が絶好のタイミングとなった。

今のノンフィクション界は、作者の思い入ればかりが前面に出た「俺が……」「俺が……」という作品や、あるいは自分自身の特殊な個人体験を書いた作品ばかりが幅を利かし、いわゆる“一人称ノンフィクション”こそが「正しい」と誤解されている。

しかし、言うまでもなく、そんな作者の「思い入れ」ばかりが詰まった作品に読者はついて来ない。なぜならノンフィクション作品の主役というのは、取り上げられた「人物」であり「出来事」だからだ。読者はそこにこそ興味を抱き、そして「本を手にとってくれている」ことを、私たち書き手は忘れるべきではないのである。

なぜノンフィクションが読者からソッポを向かれてしまったのか。長くこの世界にいる私なりの分析をさせてもらった。

有望な若い書き手も出始めているだけに、早く業界全体が“一人称ノンフィクション”のくびきから逃れ、広範な読者を再び獲得できる“三人称ノンフィクション”への道を模索して欲しいものだと思う。もちろん、そのためには、徹底した取材力が要求されるが、そこにこそ、「やり甲斐が生まれる」のではないだろうか。

明日は「文藝春秋」10月号も発売になる。太平洋戦争“生還者”の証言の「短期集中連載」も同号から始まる。第1回は、零戦の元パイロットや特攻で生き残った稀有な証言者たちが次々と登場する。長期間にわたって私自身が全国を飛び歩き、集めてきた貴重な証言の数々である。

九死に一生を得るどころか、「奇跡」としか言いようのない状況の中で生還してきた老兵たちは、私たち後輩たちにどんな証言を残してくれるのか。ご注目ください。

カテゴリ: マスコミ, 随感

お笑い民主党代表選

2010.09.06

各種の報道を見ていると、「菅vs小沢」の民主党代表選は、どちらが勝つか予断を許さず、拮抗しているそうだ。元秘書が3人も刑事責任を問われ、検察審査会に「起訴相当」とされ、さらに政治資金をもとにしたと思われる「個人名義」の資産がごろごろ出て来たカネまみれの政治家に、「日本の将来を託そう」という人が、少なくとも民主党支持者の半分はいるそうな。

お笑いである。ジャーナリストの櫻井よしこさんは、この二人の対決を「資質のない人(菅)」と「資格のない人(小沢)」の戦いと喝破したが、言い得て妙である。民主党という、「現実」がまるでわかっていない書生のような政党に政権を任せている以上、今回のような事態が惹起(じゃっき)されることは、ある程度予想はついていた。

しかし、本来なら刑事責任を問われるべき人を、すき好んで一国の総理に押し上げようと人がこれほどいることに、多くの見識ある日本人は唖然としている違いない。

昨日もテレビに映っていた代表選の街頭演説に苦笑いした人は少なくないだろう。「小沢!小沢!」の大コールで、菅の演説には拍手も起こらない。サクラを大動員するにしても、ここまでやれば逆効果である。

しかし、小沢政治というのは、ここにこそ本質がある。「加減というものを知らない」のである。「中国にヒレ伏す」と言えば、中国に大訪問団を組織して乗り込み、あたかも臣下であるかのごとく拝謁外交を展開し、胡錦涛国家主席に1人10秒で記念写真を撮ってもらうまで「へり下る」のが小沢一郎という政治家である。

そこまで徹底してやれる政治家はたしかに日本にも少ない。「加減を知らない」とは、すなわち「恥を知らない」ということである。異常なスピードの小沢氏の「個人資産の構築」にも、そのことは十二分に現われている。

そんな御仁が日本国の総理に就く事態が、現に「あり得る」というのである。私は、代表選のニュース映像を見ながら、この際、小沢総理誕生でもいいではないか、と思い始めた。

陶酔感に満ちた書生の集まりに過ぎない民主党という政党の実態を広く国民に知らしめるために、「小沢政権を誕生」させ、そして民主党が崩壊する方が、長い目で見た場合、日本国民にとっていいのではないか、とも思うのである。

この際、皮肉を込めてエールを送ろう。小沢、ガンバレ、と。

カテゴリ: 政治, 随感

ニューギニア戦線の生き残り

2010.09.05

今日は、昨日につづいて山形県の太平洋戦争“生き残り兵士”にお会いしてきた。ニューギニア戦線から九死に一生を得て生き残った人物である。

共に90歳の老兵二人に対して、上山温泉での都合4時間の取材だった。無惨な戦場で命を落としていった戦友たちと、それを見送りながら自分は飢餓とマラリアの中で生き抜いた驚異的な生命力――。

生き残ったのは「運命」と口を揃える老兵たちの思いは、近く月刊誌誌上で始まる連載で細かく描写させてもらうつもりだ。

埋もれた歴史にどれだけ光を充てられるか、私自身のジャーナリストとしての「使命」も問われている。

カテゴリ: 歴史

熾烈なる沖縄戦

2010.09.04

今日は、はるばる山形県最上郡戸沢村という場所に旧日本陸軍第24師団歩兵第32連隊で沖縄戦を戦った92歳の生き残り兵士に取材に来た。

昭和20年4月から始まった日米両軍の沖縄での激突は、多くの若き命を奪っていった。当時26歳だったこの元兵士も艦砲射撃で瀕死の重傷を負った。すぐ隣にいた部下二人は即死、自身も左顔面、左手、左臀部、大腿部などに大火傷を負いながら、なんとか命だけは繋いだ。

野戦病院での治療、そして米軍を避けての逃避行は、「乞食同然の姿で歩きとおした」ものだった。昭和20年6月23日、牛島満司令官の自決により、組織的抵抗が終わっても、沖縄守備隊によるゲリラ戦は散発的につづき、斬り込み隊による攻撃は、終戦まで延々と続いている。

洞窟で生き抜いたこの元兵士が故郷山形に帰りついたのは、昭和22年のことだ。今も当時のやけどや傷の跡が生々しいが、「この大けがのお蔭で自分は生き永らえた。私が野戦病院に収容された1週間後、部隊は数名を除いて全滅しました」という。

沖縄返還後、すぐに沖縄の戦場の慰霊の旅を始めた元兵士。今も死んでいく兵士たちの声が耳から離れないという。

明日は、同じ山形県の上山温泉で、ニューギニア戦線の生き残り兵士たちにお会いすることになっている。取材は時間との戦いだ。ここ山形でも貴重な歴史の証言をできるだけ多く集めて帰京したいと思う。

カテゴリ: 歴史, 随感

第19回「山本七平賞」の受賞

2010.09.02

本日、都下・府中市で講演を頼まれて、府中市内の企業経営者の皆さんを相手に講演をさせてもらった。テーマは、「マニュアルなき事態に指揮官はどう対処するか」である。副題には、「陸軍中将根本博の場合」と書いてあった。

発売以来、あっという間に7万部を超えた拙著『この命、義に捧ぐ―陸軍中将根本博の奇跡』(集英社)についての講演である。今年の終戦記念日には、フジテレビがドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」で大々的に拙著を取り上げてくれたので記憶に新しい人も少なくないと思う。

講演が終わって、切っていた携帯の電源を入れたら、留守電やメールに「『この命、義に捧ぐ』が第19回山本七平賞を受賞しました」という知らせが何本も入っていた。

ちょうど根本将軍の生きざまについて、そして彼のとった行動の歴史的意義について講演させてもらっている最中に、受賞が決まったことになる。

PHP研究所の主催するこの賞は、養老孟司東大名誉教授、中西輝政京大教授、渡部昇一上智大名誉教授ら、その世界の第一人者が選考委員に名前を連ねる権威ある賞として業界で知られている。

その賞をいただけたことは大変ありがたく、感慨深い。泉下の根本将軍もさぞ喜ばれているに違いない。これをきっかけに、さらに一人でも多くの日本人に、かつての毅然とした男たちの生きざまを知って欲しいと思う。


カテゴリ: 歴史, 随感

小沢一郎の失敗

2010.09.01

いよいよ民主党代表選だ。「小沢一郎は致命的な大失敗をした」と思いながら、私は両陣営の旗揚げのニュースを見た。

政治資金規正法の虚偽記載で三人の元秘書が逮捕され、検察審査会から「起訴相当」の刃を突きつけられている小沢氏。国民が、その小沢氏がついに自分自身が出馬するところまで追い込まれたことを「どう見ているか」は、マスコミ各社の世論調査の数字が物語っている。

これでは、単なる“ピエロ”である。小沢氏のかつての政治の師・田中角栄がそうであったように、“闇将軍”として政界の実権を握るのならわかる。しかし、これほどカネにまみれ、塀の内側にさえ落ちかねない人間が、自らステージの上にノコノコ上がってくるとは、いくらなんでも滑稽過ぎる。

誰かを擁立して“闇将軍”になるしか小沢氏には「道はなかった」のに、迫る司直の手を恐れ、自ら「権力者」になるしかなかったのである。しかし、田中真紀子など、誰もついてこないような人間しか小沢氏はコマを持ち得なかったのだ。

今日の小沢氏の旗揚げ式を見ていると、海江田万里氏や赤松前農相などの姿があった。万難を排して、そこに持っていくことができれば、ある意味、面白かったかもしれない。あるいは、地方票もある部分「取り込める」かもしれなかったからである。

しかし、国民の“常識”から外れたピエロの出馬で、勝利を勝ち取ることは到底無理になった。その意味で、“おだてられて”“木に登ってしまった”小沢氏は哀れというほかないだろう。

そんな永田町の喧噪をよそに、私は今日、浜松町で、マスコミ志望の大学生たちを相手に延々と講演をやっていた。朝10時から夕方6時過ぎまで丸1日、セミナーの講師を務めたのだ。文化放送キャリアパートナーズの主催である。

セミナーの内容は、マスコミが求める人材像の話から始まって、合格作文術、合格面接術……等々、多岐にわたった。さすがに1日中、立ちっ放しだと疲労も蓄積したが、マスコミに入ろうとする意欲ある大学生たちの熱心さにアト押しされて、楽しくやらせてもらった。

昔も今もマスコミに入るのは至難の業だ。文章講座も含めて、プロの指導を学生たちは待ち望んでいる。そのことを今日、ひしひしと感じた。聞けば、どこの大学でもジャーナリスト養成講座、面接・作文講座等々はあまり充実していないようだ。

長年にわたって培ってきたものを学生たちに伝えることができるのは、私の喜びのひとつでもある。

カテゴリ: マスコミ, 政治