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“時間の流れ”の速さ

2011.01.31

早くも今日で「1月」が終わる。2011年が明けたかと思うと、あっという間に駆け足で日数が重ねられている感じがする。

私個人で言えば、4月刊行予定の単行本「600枚」の原稿がまだまだメドが立たず、苦戦が続いている。そんな中、札幌で証券マンとして活躍する早稲田大学野球部OBが今日、事務所を訪ねてきてくれた。

昨年、新潮社から上梓した「あの一瞬―アスリートはなぜ奇跡を起こすのか」の冒頭部分に登場する若者である。社会人1年生だけに、厳しい試練に遭っているとは思うが、そんな苦労をおクビにも出さないところが、さすがスポーツマンである。札幌での生活や証券界の現状について、いろいろ話してくれた。

やっと今日から1週間の休みをとれたので、千歳から羽田へ、そして故郷の信州に帰る途中で新宿で降りて事務所を訪ねてきてくれた。ありがたい限りである。爽やかな好青年だけに、これからじわりと組織の中でも力を発揮していくだろう。

一方、間もなく春節(旧正月)が始まる台湾からは、親しい友人からメールが来た。春節とは、中国も台湾も、すべての機能がストップになるほどの“1年最大”のビッグイベントである。

台湾の友人からのメールによれば、今日、台北の交通機関に乗ると、スーツケースを引っ張って歩く人の姿がやたら目についたという。台北駅から故郷に帰省する人たちや、台湾桃園空港から海外旅行に行く人たち、もう1つは、市内の松山空港から中国か日本へと遊びに行く人たちだそうだ。

旧正月を祝う方が伝統的とはいえ、ここのところ、台湾では「新正月」を正月とする風潮が次第に強くなっているそうだ。そのため、「年明け」から「旧正月」までの約1か月は、新年が明けたようで、明けていない落ち着かない気分が続くのだという。そんな中途半端な気持ちも、間もなく始まる旧正月で一掃されるのである。

今年のお正月にまとまった休みもとれず、今になって休みをもらって故郷信州に向かう途中で顔を見せてくれた早稲田野球部OBのフレッシュマンの背中を見送りながら、私は、2011年の“時間の流れ”の速さを改めて感じていた。


カテゴリ: 随感

栄冠をもたらした「長友」の驚異的スタミナ

2011.01.30

日本中が昨夜のアジアカップ優勝に湧いた。夜中、私も締切に追われながら、サッカーの決勝戦「日本vs豪州」に目を吸い寄せられた。

これまでのジャパンには見られなかった“得点力”を引っさげ、苦戦しながらも、決勝まで進出してきた日本。絶体絶命のピンチをスーパーセーブを連発して救ったGK川島永嗣をはじめ、一段と成長した選手たちの姿を見せてもらった。

延長戦の末の決勝点、左サイドバック長友佑都がフリーになっていたゴール前の李忠成に上げたセンタリングには、日本中が「あっ」と声を挙げたに違いない。

あれほどの絶妙なセンタリングは、めったに見えるものではない。試合がどれだけ長引こうと、まったく衰えを知らない長友の驚異的なスタミナとスピードが生んだ“歴史的な”センタリングだった。

相手ディフェンダーをスピードで振り切り、しかも正確なセンタリングを長友が上げたあの瞬間、往年の名選手・杉山隆一の姿が二重映しになったのは私だけだろうか。

世界最速と謳われたかつての左ウィング・杉山のプレーは、絶対的なFW釜本邦茂との名コンビで、ついにはメキシコ五輪での銅メダルという快挙をたぐり寄せた。だが、今回の長友のプレーは、その杉山にも引けをとらない迫力と価値があったと言える。

スピードと正確さを生かしたプレーは、日本を牽引する本田圭祐も同じだが、いずれも、とてつもないスタミナが求められる。日頃の精進がなければ、とてもこのスタミナは維持できない。その意味で、この栄冠は選手たちの努力によってのみ「可能だった」ものと言える。

長く日本の欠点と言われつづけた決定力不足を、ザック・ジャパンは短期間で見事に克服した。ディフェンスでは「これからの課題」がいくつか見つかったものの、このスピードとスタミナを基本とするジャパンの攻撃力は、これから世界の脅威となっていくだろう。

指導者が変われば、ここまで変わるのか、というのが現在のザック・ジャパンである。致命的な欠点を克服しつつあるジャパンには、“何か”を予感させる雰囲気が漂い始めている。

いずれにせよ、サッカーファンからソッポを向かれ、サッカー雑誌やTV視聴率も低迷を続けた岡田ジャパンの悪夢を、サッカー界が払拭しつつあるのは間違いない。

カテゴリ: サッカー

暗澹たる「菅」「与謝野」発言

2011.01.28

今日の朝刊各紙は、米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が日本国債格下げに踏み切ったことに対して、菅直人首相が「いま初めて聞いた。本会議から出てきたばかりで、ちょっとそういうことに疎いので、改めてにさせてほしい」と語ったことを一斉に論評している。

財務大臣までやった政治家が「この問題は疎いので……」と言ってのけたことは確かに驚きだが、民主党の政治家のレベルの低さを知らされるのは今に始まったことではない。

昨年5月、当時の鳩山由紀夫首相は普天間基地問題の渦中、記者団に「海兵隊が抑止力として沖縄に存在しなければならないとは(これまで)思っていなかった。学べば学ぶほど海兵隊が抑止力を維持していることが分かった」と述べて国民を唖然とさせた。

国民の生命・財産、そして領土を守るべき国家の最高責任者が、沖縄での在日米軍の抑止力について「知らなかった」ことを吐露したのだから、国民が目を剝いたのも当然である。おそらく鳩山さんも、菅さんも、国家の領袖とは「何のために存在しているのか」という根本問題を意識しないまま、その地位に就いているレベルなのだろう。

しかし、「この問題は疎い」と語った菅首相より、私が驚いたのは、その夜のBSフジの番組に出演した与謝野馨経済財政担当大臣が、「格下げは増税を早くやりなさいという催促だ」と言ってのけたことである。

これまた唖然、茫然である。S&P社が国債の格付けを下げた理由は、発表されている通り、「民主党政権には債務問題に対する一貫した戦略が欠けており、大規模な財政再建策がとられない限り、日本の財政赤字は今後も悪化していく」ことにある。つまり、民主党政権に財政再建策が存在しないことへの痛烈な非難でもあるのだ。

民主党の大きな支持基盤のひとつに「連合」がある。労働組合だ。彼らは言うまでもなく雇用確保と賃下げに反対する巨大圧力であり、そのために民主党政権には“小さな政府”をつくることは不可能で、行財政改革への道を突き進めない「致命的欠陥」が存在する。

S&P社が「日本の財政赤字は今後も悪化していく」と指摘する理由は、まさにその根本姿勢を見てのことだ。98年当時の橋本龍太郎首相が「火だるまとなって行財政改革をおこなう」といい、さらには小泉純一郎首相が「赤字国債の新規発行額は絶対に30兆円を超えさせない」と宣言した時代は、少なくとも、日本政府が財政再建への意欲と基本姿勢を持っていることを国際社会は認識していたことになる。

だが、民主党政権にはその姿勢は見えず、歳出が抑えられる気配もなく史上最高額の予算を組み、さらに消費税増税への道を突き進もうとしているのである。格付け会社はそこをきちんと“判定”しただけのことである。

与謝野大臣の詭弁である「増税への催促」発言は、まことにデタラメなものというほかない。今後、別の格付け会社であるムーディーズ社などへも格下げの動きは広がっていくだろう。ますます日本の信用は地に墜ちていく。

いよいよ沈没のスピードを日本は速めているのである。一刻も早い解散・総選挙が待たれる。日本が完全に「沈没」してからでは、もう遅いのである。

カテゴリ: 政治, 経済

「歴史」から何を学ぶか

2011.01.27

室蘭と苫小牧での講演を終えて、3日ぶりに夜、東京へ戻ってきた。零下の北海道に比べ、やはり東京は温かい。

それにしても、北海道は路面が凍結しているので、革靴では歩きにくかった。昨夜も、転倒しないように“恐る恐る”苫小牧の夜の街を歩いた。

しかし、私の事務所がある新宿は、1年365日“不夜城”だが、それがいかに特殊であるかが、地方へ行けばよくわかる。雪国へ行くと夜10時を過ぎれば、開いている店はほとんどない。いや雪国に限らず、夜中まで店が開いている地方都市はほとんどない。東京の方が“異常”なのである。

今回の講演では、「歴史に学ぶ~日本人の生きざまとは~」というテーマで話をさせてもらった。拙著「この命、義に捧ぐ」の主人公・根本博陸軍中将の「義」に捧げた人生をはじめ、日本男児として凄まじい生き方をした人物を何人か取り上げさせてもらった。

「日本と日本人はこのままでいいのか」。地方に講演に行くたびに、そういう懸念を口にする人と出会うことが多い。そんな時、「義」のために命さえ投げ出そうとした先人たちの行動を知って欲しいといつも思う。

「義」とは紀元前400年、中国の戦国時代に墨子が説いた概念の中にある。少なくとも二千数百年の歴史を持つものである。なぜ今の世にこそ「義」が必要なのか。多くの方に、拙著をひもといていただければ、と願う。


カテゴリ: 歴史

社会全体で“兆候”を見逃すな

2011.01.25

今日はTBSのNスタに出演した後、夜のANA便で北海道へやって来た。明日・明後日と、北海道で講演がある。降り立った新千歳空港はさすがにひんやりしていたが、これでもまだ今日は温かい方だそうだ。

ホテルに入ってテレビをつけたら、サッカーの日韓戦が始まった。注目の一戦である。旧チームに比べてディフェンス力はやや劣っているものの、日本の攻撃力は明らかに凄みを増している。ザッケローニ・ジャパンの「これから」が楽しみだ。

今日、TBSのスタジオ入りした時、山口県宇部市の小2女児(8)が顔や首などを16か所も切られて重傷を負った昨日の事件で「容疑者が事情聴取されている」との情報が走り、バタバタしていた。

私の出演中の夕方5時台には、まだ容疑者は逮捕されていなかったが、北海道に着いた午後8時台には、すでに逮捕のニュースが流れていた。

23歳の容疑者は「人を刺したり切りつけたりしていません」と犯行を否認しているそうだが、恐怖のどん底にあった地元の人は、まずはホッと胸を撫で下ろしているだろう。

スタジオでもコメントさせてもらったが、こういう犯罪には“予兆”がある場合が多い。それを「地域社会が見逃さないこと」がこの手の犯罪を防ぐための大きなポイントだ。それが、神戸の酒鬼薔薇事件をはじめ、これまでの「大事件」が残してきた教訓だ。

「事前に犯罪の兆候をキャッチする」などと言うと、よく「監視社会になってしまう」あるいは「人権侵害につながる」などと、日本では、自称“人権派”の人々が本末転倒のことを言い始めるのが常である。

しかし、社会全体で守らなければならないのは、平穏に暮らす人々の「犯罪被害者にならない権利」である。そして、同時に犯罪予備軍にも「犯罪者にならない権利」がある。

双方が不幸になるそういう事態を「社会全体で防ぐこと」がなにより大切であることを忘れてはならない。


カテゴリ: 事件

惜しまれる「あすの会・岡村勲代表幹事」の勇退

2011.01.23

本日、千代田区北の丸公園の科学技術館サイエンスホールで開かれた「あすの会(全国犯罪被害者の会)」の第11回大会で、同会が発足以来“代表幹事”を務めた岡村勲弁護士(81)がその地位を退いた。

岡村氏がこの11年間で果たした社会的功績の大きさを思うと、どんな賞賛と感謝の言葉も色褪せてしまうのではないだろうか。

1997年10月、山一証券の顧問をしていた岡村弁護士は“逆恨み”した山一の債権者によって妻が殺害され、犯罪被害者となった。絶望と無力感に苛まれた岡村氏は生きる気力を失った。

その岡村弁護士に、何の権利もない日本の犯罪被害者の実態を訴え、活動を勧めたのが大阪の林良平氏である。彼もまた看護婦だった妻が何者かに刺されて重い後遺症を負った犯罪被害者の一人だった。

林氏の熱心な呼びかけに応じて、光市母子殺害事件の被害者・本村洋氏(当時23歳)もはるばる山口から上京し、東京・丸の内の岡村弁護士の事務所に数人の犯罪被害者が集まった。それが、「あすの会」発足のもとになる会合だった。1999年10月のことだ。

以来、11年余。それまで法廷で何の権利もなく、被害者の遺影さえ持ち込むことも許されなかった“虫ケラ同然”の犯罪被害者たちの声が、やがて政府や世論を突き動かしていくのである。

本村氏の活動をはじめ、世論を揺り動かしていく「あすの会」のようすは拙著「なぜ君は絶望と闘えたのか」(新潮社)で詳しく記述させてもらった。旧知の岡村弁護士にはこの時にもひと方ならぬお世話になり、今も時々、取材や執筆の際に参考意見をいただいている。

あすの会は、2004年12月には、早くも「犯罪被害者等基本法」を成立させ、その3年後には「被害者参加制度」を盛り込んだ刑事訴訟法改正を現実のものとした。また2009年には、殺人事件等の「公訴時効」廃止の要望書を政府に提出して、これまた実現させた。

それらは、人権と言えば「犯罪者の権利」としか捉えていなかった大手マスコミの記者たちの目を開かせ、世の中の流れを完全に変える出来事だったと言える。その意味で、私は、「あすの会」の活動とは、“うわべの正義”を真の正義だと誤解して来た戦後ジャーナリズムへの痛烈なアンチ・テーゼであったと思う。

私は、岡村弁護士ら「あすの会」と、北朝鮮拉致を訴え続けた「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)」の2つの会が戦後ジャーナリズムに与えた衝撃と影響ははかり知れないと思っている。その歴史的意義については、また稿を改めて書かせてもらう機会もあるだろうと思う。

本日、退任の挨拶に立った岡村氏は、今朝、亡き妻の遺影に「仇は討ったよ」と報告したことを明かした。私は、その瞬間、岡村氏の目に熱いものがこみ上げたのを見逃さなかった。

岡村弁護士、本当に長い間、お疲れ様でした。代表幹事をたとえ退いても、顧問の立場で、これからもどんどんと後輩を引っ張ってやってください。

それが、うわべだけの正義に毒された日本のマスコミ人たちの目をも「開かせ続ける」ことを、私は信じて疑わない。

カテゴリ: 事件, 随感

日本の根幹はどこまで揺らぐのか

2011.01.22

昨日のブログで、江田五月法相の死刑発言について言及した。日本の法務行政のトップである法務大臣として、いかに“驚愕の発言”であったかは、おわかりいただけると思う。

民主党政権が発足して以降、法務大臣としては江田氏が4人目だ。千葉景子、柳田稔、仙谷由人、江田五月というお歴々である。いずれも、とても「法相適任」とは言い難い人物ばかりだ。

ここで思い出されるのが、辛光洙(シンガンス)元死刑囚の署名嘆願問題である。北朝鮮による日本人拉致事件の被害者・原敕晁さん(行方不明時43歳)を拉致した元工作員、辛光洙らを、当時の社民党の土井たか子党首と民主党の菅直人前幹事長らが韓国政府に釈放要求した事実は、のちに国会でも大問題となったのでご記憶の向きも多いと思う。

実は、江田法相は、その釈放要求嘆願書に署名した人物である。千葉景子氏もそうだった。要するに菅直人首相と彼らは、辛光洙釈放嘆願書の“署名仲間”であり、死刑の問題でも考え方を一にする人々なのだ。それだけに菅首相にとっては、江田法相は「期待の人物」なのだろう。

しかし、日本人を拉致した元死刑囚の釈放を要求したり、現実に存在する日本の死刑制度を「もともと人間は、いつかは命を失う存在だ。そう(執行を)急ぐことはないじゃないか」、あるいは、「(いったん執行すると)取り返しがつかない。制度としてあることが世界中の状況からみていいのかどうかも考える時期に来ている気がする」と言ってのける感覚は、少なくとも法務行政のトップにふさわしい人物とは思えない。

週明けから始まる国会論戦。さまざまな火種を抱えて、菅政権は通常国会に突入する。野党は、消費税アップと政治家としての出処進退に絡めて与謝野氏をターゲットに、あるいは問題発言の江田氏らを取り上げ、追及の矢面に立たせるだろう。

日本の根幹は、この政権によってどこまで揺らいでいくのだろう。そんな漠たる不安を抱く人が多くなっている。まだ2011年は始まったばかりなのに、暗澹たる思いの中で、多くの有権者が「早期の解散総選挙を」と、願い始めている。

カテゴリ: 政治

法務大臣の仰天発言

2011.01.21

江田五月法相が本日の閣議後の記者会見で、日本の死刑制度について「(いったん執行すると)取り返しがつかない。制度としてあることが世界中の状況からみていいのかどうかも考える時期に来ている気がする」と発言したそうだ。

そのニュースを見ながら、わが目と耳を疑った。法の番人であり、執行者でもある日本の法務大臣が、「(いったん執行すると)取り返しがつかない」という発言をして、死刑制度への疑問を投げかけたのである。

江田法相は、菅改造内閣が発足した夜(14日)にも、「死刑というのはいろんな欠陥を抱えた刑罰だ。国民世論や世界の流れも考え、政治家として判断すべきものだ」という発言をしている。

この人は、どのくらい死刑制度というものを知り、当事者や被害者の実態を知った上でこんな発言をしているのか、ふと知りたくなった。少なくとも、法を執行する責任者が軽々に語れる言葉ではない。

私がそう思ったのは、同じ内閣発足後の会見で、こんな発言も江田法相がしていたからだ。「もともと人間はいつかは命を失う存在だ。そう(執行を)急ぐことはないじゃないかという気はする」――。

この発言の“軽さ”は、なんなのだろうか。「そう(執行を)急ぐことはないじゃないか」という発言には、何の罪もない家族を惨殺され、日々、絶望と地獄の中を彷徨(さまよ)っている犯罪被害者遺族たちへの人間的な思いがいささかも感じられない。

私は、どうしてもこれまで会って来た多くの犯罪被害者遺族の顔を思い出してしまう。おそらく江田法相には「被害者の苦しみや無念の声が届いたこともないだろうし、それを知ろうとする感性もないのではないか」と思う。

死刑という制度がなぜ存在しているのか。人間の命の尊さをとことん追及した上で、この制度の中で苦悩し、それを勝ち取った人たちの物語を、私は「なぜ君は絶望と闘えたのか-本村洋の3300日」(新潮社)で著した。

拙著を原作とするWOWOWのドラマWスペシャル「なぜ君は絶望と闘えたのか」(主演・江口洋介)は、昨年12月、2010年度文化庁芸術祭のテレビドラマ部門の大賞を受賞した。

折しも、明日(22日)、芸術祭大賞の受賞を記念して、同作(前・後編)が再放送される。愛する家族を奪われた人間がいかに苦悩し、絶望の中にいるのか、その実態も知った上で、法の執行者としてさまざまなことを考えて欲しい。

是非、江田法相もご覧になって「何か」を感じていただきたく思う。

カテゴリ: 司法

ご遺族から受けた励ましの言葉

2011.01.20

ここのところ取材と執筆が立て込んでいる。昨日は、締切と取材を両方こなし、夜は新年会に参加させてもらった。また今日は、母校・中大の出身者でつくる「出版白門会」の新年会に講演で呼ばれ、夜はまた執筆に戻って、徹夜状態になりつつある。

年末年始は何かと会合に呼ばれることが多い。作家やジャーナリストも一種の“客商売”なので、招待されればできるだけ顔を出すようにしている。

だが、サラリーマンではないだけに、執筆の時間から遠去かると、今度は本業が疎(おろそ)かになるので、その兼ね合いが難しい。来週も地方講演が入っているが、本業への影響をできるだけ少なくしたい。

本日、昨年の取材でお世話になった戦艦大和の元乗組員(90)が亡くなったという知らせをご家族からいただいた。

昨年10月にお聞きした証言が、文字通り“最後の証言”となった。息子さんよりも年下である私に戦艦大和の最期のようすを生き生きと再現してくれたありし日の姿が思い出される。

さまざまな貴重な証言が時間の壁の向こうに埋もれつつあることを実感する。時間は待ってはくれない。ご家族にお悔やみを言わせてもらった私は、逆に、ご家族から励ましの言葉を受けた。これからも(歴史の)真実をきちんと残していって欲しい、と。

その思いに、ジャーナリストとしてなんとしても応えたい。

カテゴリ: 歴史, 随感

“蝋人形”となった菅首相

2011.01.17

わずか7か月間で「3度」の組閣をやってのけた菅首相。しかし、反小沢の姿勢を鮮明に打ち出したことにより、50%前後の支持率を叩き出した前2回の組閣に比べ、今回の各メディアの支持率は、いきなり「危険水域からのスタート」となった。

危険水域とは、政界で20%台の支持率を指す。週末におこなわれた世論調査で、毎日新聞29%、産経新聞&フジテレビ28・3%、日本テレビ30・5%……等々、発足直後の支持率が、最初からほとんど“危険水域”であったことに官邸は衝撃を受けたに違いない。

これから国会論議が始まって、野党の追及が急になっていくと、支持率は下降の一途を辿っていくだろう。こうなると閣僚のスキャンダルひとつで政権は立ちいかなくなる。これまで多くの政権が辿った道を菅内閣も歩もうとしているのだ。

国民の信任を失った政権はみじめだ。野党側の次の“伝家の宝刀”は、参院での菅首相自身の問責決議である。ひとつの失態で、これを国会に提出する大義名分が野党側には出て来る。その時、問責決議が可決されたらどうなるだろうか。

参院で野党が審議拒否に入り、空転した国会で与野党の“我慢比べ”が始まるのである。国民世論の動向をどう見極めるか難しいが、統一地方選の行方もあって、一気に政変が生じる可能性がある。

政権を追い詰め、解散総選挙に持ち込めるかどうかは、野党の側にどれだけの手練(てだれ)がいるかにかかっている。

「もはや何をやっても無駄」。それが、多くの国民の菅政権に対する正直な気持ちではないだろうか。「解散総選挙」を国民自身が望んでいるのは明らかで、菅政権の“明日なき戦い”がこれから繰り広げられるのである。

記者会見での菅首相の表情を見ながら私は思った。まるで蝋人形だ、と。意欲や覇気といった人間としての感情がオモテに出て来ない「蝋人形」のように私には見えた。

かつて会合で話した時の菅氏には、少なくとも人間としての生気が感じられた。今はまるでない。単に市民運動家に過ぎなかった若者が、国家の領袖として一国を率いていくことにそもそも無理があったのだと思う。

解散総選挙こそ、「人」としての「菅直人」を救う唯一の道だと思うのだが……。

カテゴリ: 政治

菅改造内閣への失望

2011.01.14

溜息だけである。たったいま発足した菅改造内閣の顔ぶれを見て、「この人(菅首相)は一体、何がやりたくて総理になったのだろうか」と思った国民は少なくないだろう。

目新しい(?)のは、昨春、月刊誌で自民党の執行部批判をブチ上げて党を離党(のち除名)し、「たちあがれ日本」の共同代表となった与謝野馨氏が、今度はポストに釣られてその「たちあがれ日本」を離党して「経済財政・社会保障・税一体改革担当相」として入閣したことである。

氏の猟官活動の絶妙さはかねて定評がある。だが、エリートして生まれ育ち、常に日の当たるところだけを歩いて、地動な下積み生活ができないという致命的な欠陥を持つこの政治家を「わざわざ入閣させる」ところが菅首相の特異な“政治センス”と言える。

なぜ、こんな“火種”を敢えて抱えるのか。国民は素朴にそう首を傾げている。民主党批判を繰り広げて先の参院選を戦い、思想もイデオロギーも民主党とはまるで異なる与謝野氏が、来たるべき通常国会では、この支離滅裂な行動に対する質問の集中砲火を浴びることは確実だ。

そのニュース映像を見るたびに、国民は、菅改造内閣への不快感や嫌悪感を増幅させていくだろう。また、自民党や「たちあがれ日本」のかつての仲間に怨念しか残していない与謝野氏の存在は、今後の国会運営でも障害になっていくに違いない。

彼を入閣させていいことなど「どこを探してもない」はずなのに、もはや菅首相には、そういう判断も見通しもないようだ。

同じ選挙区である東京1区で激しい戦いを演じて来た海江田万里氏(経済産業相)と与謝野氏が同一内閣の経済閣僚として名を連ねるなど、一体誰が予想できただろうか。

私自身が東京1区の有権者の一人である。この茶番劇に「おいおい、どうなってるんだ?」と、零(こぼ)したくもなる。

発言するたびに国民の失望をもたらして来た仙谷官房長官をやっと官邸から外すことができたものの、「党代表代行」での処遇によって、仙谷氏の菅首相への影響力行使は今後も続くことがわかった。

どこを向いても真っ暗闇。政治センスが全く欠如した菅第2次改造内閣の顔ぶれを見ながら、ただただ溜息だけが漏れるのである。

カテゴリ: 政治

ただ憎しみを晒し合った議員たち

2011.01.13

昨日の両院議員総会、今日の党大会での民主党議員たちの醜態は、さすがに見るのが辛くなるほどだった。多くの国民も同じ思いだっただろう。

そこでぶつけられたのは「政策」や「理念」などではない。同じ政党の人間同士が、ただ「憎しみ」を晒し合ったのだ。

当ブログでこれまで書いてきたように、もともと民主党とは書生のような人間が集まった政党である。理論も現実も二の次だ。そんな青臭い人間が集まって、自公政権への批判票を糾合して絶対安定多数の議席を獲得し、政権を「掌握」した。

しかし、その後の1年数か月、国民は「まさかここまで……」というほど低レベルの政治を見せられ続けた。昨日・今日の民主党議員同士の罵声は、そのまま国民の憤激の大きさを物語っている。

議員たちの怒りの根源は、もはや“(菅首相の)発信不足だった”とか、“マニフェスト違反”だとか、そんなレベルのものではない。「目の前でパンフレットを破られた」「唾を吐きかけられた」という悲鳴にも似た若手議員の叫びはすべて菅執行部によって無視されたが、声を上げた民主党議員にとっては、ただ敗北確実の自分の選挙が「待っているだけ」なのである。

このまま総選挙に突入すれば、1993年に行われれたカナダの下院選で、与党進歩保守党が169議席中、実に167議席を失い、わずか2議席しか獲得できなかった恐ろしい事態さえ想起される。

それでも明日、菅首相は内閣改造をおこなって“求心力の回復”を目指すという。何をやっても嫌悪感しか持たれない菅内閣の下での統一地方選は、雪崩を打って「民主党惨敗劇」が展開されるに違いないのに……。

民主党政権にとって決定的だったのは、自らの主権を放棄してまで中国に阿(おもね)った、あの中国人船長の無定見な釈放劇にほかならない。

毅然とした姿勢も、誇りある国家の領袖としての姿も何も示せなかった菅首相が、あとは何を言っても無駄だ。日本の国内法を犯した中国人船長を釈放し、一方、領土・領海の最前線でどんな事態が進行しているのか国民の前に明らかにした海保職員が逆に「逮捕」されそうになったのである。

主権者である国民の“知る権利”を闇に葬ろうとした菅・仙谷由人らを国民は絶対に許しはしないだろう、と思う。明日の内閣改造以降、菅首相を取り巻く環境はいよいよ厳しいものになるに違いない。

たとえ“問題児”を官房長官から外しても、国民の怒りは収まるはずがないのである。

カテゴリ: 政治

中国人との談論風発

2011.01.11

今日は夕方、コメンテーターとしてテレビ出演(TBS「Nスタ」)したあと、古い中国人の友人が西新宿の事務所を訪ねて来てくれた。さっそく「新年会」となった。

談論風発で、時間が過ぎるのを忘れていると、気がついたら夜中になっていた。話は、中国現代史の秘話から日本のマスコミの現状に至るまで、さまざまな分野に及んだ。

先週発売になった「Voice」(2月号)の拙稿『根本博外伝』の取材でも彼にはお世話になった。中国現代史に関して“生き字引”ともいうべき古い友人だけに、途中から、大学で中国文学を学んでいる愚息まで新年会に参加。大いに盛り上がった。

中国人の本音は、本当に親しくならなければ聞くことはできない。そして、その本音を知ってこそ、さまざまな論評も説得力を持つようになる。

望むと望まないとにかかわらず、今年、ますます国際社会の注目を浴びるのが中国である。劉暁波の問題を語るまでもなく、自由と民主主義とは無縁の大国・中国が周辺諸国との軋轢をどこまで深め、それにどう対処していくのか。日本にとっても重い課題だ。

アジアのみならず、世界中がそのことに注目している。本音と建前を使い分ける中国のしたたかさに今年も振り回される「1年」であってはならないと思う。

中国の友人との議論は、いつもエキサイティングだ。菅内閣にも、中国と本音をぶつけ合うことのできる「ルート」は、果たして存在するのだろうか。ふと、そんな不安が私の頭をよぎった。

カテゴリ: 中国

見ごたえのある決勝戦

2011.01.09

見ごたえのある決勝戦だった。本日、国立競技場でおこなわれたラグビー大学選手権決勝戦・早稲田大学vs帝京大学は、衰えを知らない両チームの闘志が最後まで迸った好試合だった。

最終スコア17対12。帝京は7割近いボール支配率で試合展開では圧倒した。しかし、早稲田は同校史上最高と言ってもいいほどのバックス陣を擁し、特にフルバック井口剛史などの “決定力”は、帝京のそれを遥かに上まわっていた。

では、勝敗を分けたのは何か。

試合後、帝京ラグビー部監督の岩出雅之氏が勝利監督インタビューで「選手に何と声をかけますか?」と促されて出た言葉が、すべてを物語っている。

「みんな、素晴らしいタックル、ありがとう!」。王者・早稲田に向かって試合中、繰り返された凄まじいタックルを真っ先に挙げて岩出監督はそう選手たちを讃えたのである。

史上最高の早稲田バックス陣を封じ込んだ帝京の猛タックルは、ラグビーの“原点”というものを改めて見せてくれたような気がする。

早稲田は、これで「野球・駅伝・ラグビー」という大学人気スポーツの「三冠日本一」は成らなかったが、来年もこれら大学スポーツが早稲田を中心に展開されることは間違いない。

いつもながら、次(来年)はどうなるか、を期待させる爽やかな決勝戦だった。アスリートたちよ、栄光目指して、これからも「前進」あるのみ。がんばれ!

カテゴリ: ラグビー

意気軒昂な老兵たち

2011.01.08

今日は、偕行社の賀詞交歓会に招待を受けたので行って来た。偕行社とは、陸軍士官学校出身者たちを中心とする集まりである。

昨年上梓した『この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社)では資料収集等で偕行社にお世話になったので、ご招待をいただいたのを機に取材時のお礼を言わせてもらうために参加した。

市ヶ谷の偕行社3階の会議室がぶち抜かれた会場に着くと、白髪の老人たちがすでに200人近く集まっていた。ほとんど80代以上の老兵たちで、私の前の席におられたのは、陸士53期で91歳の元陸軍少佐だった。

途中で私もスピーチをさせてもらって、会場をひと廻りしたが、昭和19年のインパール作戦に参加した中隊長クラスの方もおり、大いに参考になる話をいただいた。

お決まりの軍歌の合唱で会はお開きになったが、拙著を読んでくれていた方々が予想以上に多くて嬉しかった。「よく書いてくれた」「あれは、歴史の秘話だ」と、90歳前後の老兵たちに声をかけられ、自分の祖父に励まされているような気さえした。

昨年、文藝春秋に連載した「九十歳の兵士たち」の取材の時も感じたことだが、歳を感じさせないこの年代の老兵たちの志気には感心する。それぞれが驚くほど意気軒昂なのである。

大学でもたまに講義をしている私には、今の現役学生たちより、この場にいる老兵たちの方が余程パワーを持っていることを感じる。人間本来が持っているもともとの“迫力”や“気力”が違うのかもしれない。

今年も、彼ら大正世代の貴重な歴史証言にじっくり耳を傾ける1年になりそうだ。

カテゴリ: 歴史

日台友情の「花瓶」帰郷へ

2011.01.05

本日(5日)読売新聞朝刊の第3社会面に全6段で、「根本元中将に蔣介石贈呈 “日台友情の花瓶”帰郷へ」というスクープ記事が出た。

これは拙著『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社)で紹介した蔣介石が根本将軍に贈った「花瓶」についての最新情報である。

この国宝級の花瓶を根本家は60年余の間、大切に保管して来たが、これを台湾に「日台友情の証(あかし)」として返還することを決めたというのである。

読売の記事には、『昨年、刊行された門田隆将著「この命、義に捧ぐ」で花瓶の存在が明らかにされたことで、冨田さん(※筆者注=根本将軍の長女)は「日台間にこんな友情があったことを知って欲しい。頂いたものを返すのは失礼なので、永遠にお貸しします」と、帰郷させることを決断した』と書かれている。

拙著が明らかにさせてもらった事実により、“日台友情の証”が60年以上の年月を経て帰郷することになったのは実に感慨深い。歴史ノンフィクションに携わるジャーナリスト冥利に尽きる話である。

根本将軍の生きざまやこの花瓶の存在が両国の間で知られるのは、それが両国国民の永遠の友情を表すものになるからである。

花瓶の“(永遠の)帰郷”を英断された根本家の皆さんに敬意を表したい。


カテゴリ: 歴史

早稲田の強さだけが目立った

2011.01.04

今日から仕事始めである。まだ休暇中の会社も少なくないが、早くも今朝から通勤ラッシュが始まった。全国各地の大雪に対して、東京は例年以上に晴天に恵まれ、穏やかなお正月だった。

箱根駅伝やラグビーの大学選手権など、恒例の正月のスポーツ行事で圧倒的な力を発揮したのは、早稲田大学である。

箱根駅伝では、総合タイムが11時間を切るという史上最速の優勝で、山登りの神様・柏原竜二を擁した東洋大学を復路で振り切った。大会前から「陣容では早稲田がダントツ」との評判通り、出雲・全日本・箱根と大学3冠を見事に達成したのだ。

早稲田は、箱根駅伝で今年から黄金時代を築くだろう。層の厚さと個々人の持つタイムを見る限り、来年は今年以上の圧倒的な力を発揮するに違いない。

陸上は選手個々の持ちタイムで、大方の予想がつくスポーツである。今回、箱根駅伝で13回目の優勝を飾り、来年は中大が持つ最多優勝記録14回に挑む早稲田は、これからの数年で一気に優勝回数を積み上げてくるに違いない。

時折、予想を超えた番狂わせが起こるところがこのスポーツの持つ魅力であり、醍醐味なのだが、駅伝ファンはしばらくは早稲田の強さを堪能することになるだろう。

ラグビー大学選手権準決勝でも圧倒的な力の差を見せつけて明治を下した早稲田は、こちらも「優勝」が有力視されている。スタート当初は“所沢大学”とも称された「スポーツ科学部」の存在と、大学全体がアト押しする人材集めの熱心さが、ここへ来て他大学を「圧してきている」のである。

伝統の野球部は、今年、斎藤佑樹、大石達也、福井優也というドラフト1位トリオを生み、同一チームの投手陣としては“史上初の快挙”を成し遂げた。いずれにしても人材補強におくれをとる他大学の体育会を尻目に、大学スポーツ界の中心が「早稲田大学」となりつつあることは間違いない。

手を拱いて早稲田時代をただ見ているのか、それとも打倒早稲田にどこかが名乗りを挙げるのか。他大学の奮起に注目だ。

カテゴリ: スポーツ

幕が開いた激動の2011年

2011.01.01

激動の2011年(平成23年)が明けた。国際的にも、あるいは国内の財政事情を見ても、重大な「岐路」に立つ日本が再浮上のチャンスを掴むのか、それともこのまま沈没していくのか――この1年は後世から見れば、極めて重要な年だったことがわかるに違いない。

そんな1年の冒頭を飾る記事とはどんなものなのか。私は長くこの業界にいる人間の習性として、元旦の各紙のトップ記事をわくわくしながら見ることにしている。

しかし、かつては各紙が元旦スクープを狙って鎬(しのぎ)を削ったものだが、ここのところ記憶に残るような1面トップを掲げる新聞は、とんと見当たらない。

今日の各紙も“企画もの”を1面トップに持ってくる程度で、唯一、読売新聞だけが警視庁公安部の国際テロ関連の内部資料がインターネット上に流出した事件で、「流出2日前」にこのサイトの接続先を示すメールが捜査員らに送られていたことを報じた。

内部犯行であることを伝える記事で、それなりに取材した記者の苦労を窺わせる記事だったが、“元旦スクープ”と呼ぶにはパワー不足は否めない。

読売と言えば、今から16年前の1995年元旦、1面トップ記事として上九一色村のオウム真理教のサティアン周辺からサリン生成の際に出る成分の残留物が「検出された」という大スクープを放ったことを思い出す。

それは、前年に起きた松本サリン事件とオウム真理教を結びつける特ダネで、その年の話題を独占したオウム真理教事件に対する狼煙(のろし)を上げるものだった。

それは、まさに他紙を「アッと言わせた」ものだが、最近の新聞にそんな度肝を抜くスクープを期待するのは無理だろう。

例の尖閣ビデオ流出問題の際も、国家公務員法の「守秘義務」を理由に、映像を流出させた「海保職員の逮捕は当然」という論陣を張ったマスコミがいかに多かったことか。

公務員の守秘義務の壁を乗り越えて「国民の知る権利」に応える仕事(=ジャーナリズム)に就いていながら、その使命を自ら放棄したかのような論陣を張るマスコミに、そもそも情報源が信頼を置いてくれるはずもなく、そのため“スクープ”というもの自体が極めて少なくなっているのである。

マスコミに限らず日本人の“劣化”を最近、さまざまな場面で感じることがある。日本のジャーナリズムが本来の役割を果たせなくなった今、羅針盤を失った船のように日本は今年も大海を彷徨(さまよ)うことになるのだろうか。

特定の国や勢力に媚びへつらい、日本という国から道理と誇りを失わせることだけはやめて欲しいと思う。マスコミにとっては、この「1年」が自己規制と思考停止を乗り越える画期的な年であって欲しいと心から願いたい。

カテゴリ: 随感