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真の「正義」への理解

2011.02.26

今日は取材と講演が重なり、1日中、バタバタした。昼間は、南青山での昭和18年学徒出陣組の海軍14期生たちの会合に参加させてもらって取材をし、それが終わってから千葉県流山市に講演に行った。

最近、講演テーマが多岐にわたっているので、時々、困ることがある。スポーツ物の講演を希望される時もあれば、司法関係のもの、あるいは歴史関係のものもある。今日は、プロ野球界の伝説の打撃コーチ・高畠導宏さんの話と、元北支那方面軍司令官の根本博中将などの話をさせてもらった。

さまざまなテーマでお話をさせてもらうと、聴いてくれている人たちの反応がそれぞれ違うので興味深い。いろいろなことを知りたいという知的好奇心のある人が日本中どこにもいることを感じる機会が増えている。

今日の話で言いたかったのは、世の中の表面的な「正義」に惑わされず、真の意味の「正義」を理解して欲しいということだ。そのために、さまざまな事例を出して話をさせてもらった。

本日、『WiLL』4月号が発売になった。作家の大下英治さんと麻生幾さんと私の3人の座談会が掲載されている。テーマは、「週刊誌に未来はあるか」。3人とも週刊文春や週刊新潮にいた元記者である。

お二人と話し合いながら、「建て前を知るなら新聞、本音を知りたいなら週刊誌」と言われた雑誌全盛の時代を思い浮かべた。かつては、告発型ジャーナリズムの最高峰にいた私の古巣(週刊新潮)も今では見る影もない。

そのことを指摘されて座談会では私も言葉が詰まった。寂しさが募る今日この頃だ。

カテゴリ: 随感

「原稿600枚」無事脱稿

2011.02.25

本日、原稿600枚を脱稿した。苦戦がつづき、予定より5日ほど遅れての仕上がりだ。まだ発行日は正式決定していないが、おそらく4月になるだろう。

アメリカのカリフォルニア州やミシシッピ州……、あるいは国内でも関東、関西、四国、九州など、広範囲な取材を展開した末の脱稿なので、感慨深いものがある。

今回は、日系二世としてアメリカのサクラメントに生まれ、最後は250キロ爆弾を抱いた零戦でアメリカ艦船に特攻していった青年の物語だ。

ノンフィクションは、ただ“事実”のみに向かって掘り進めるものである。小説が「創る」作業なら、ノンフィクションは「掘る」作業にほかならない。

アメリカ南部、あるいは西海岸など、さまざまな場所で「真実」を求めて掘りつづけた私の挑戦も、今日の脱稿でひとまず終わった。

どの時代の人であろうと、毅然と、そして潔く生きた人々の姿には心が揺り動かされる。時間や空間を超えた感動がそこにはあるからだ。これからもそういう対象を一人でも多く、掘りあてたいと思う。

カテゴリ: 随感

テレビマンの勇気と気概

2011.02.17

今日は、平成22年度文化庁「芸術祭」大賞受賞のWOWOWドラマ「なぜ君は絶望と闘えたのか」受賞のお祝いパーティーが溜池のANAインターコンチネンタルホテルであった。

私も原作者としてパーティーに参加し、祝辞を述べさせてもらった。会場には、WOWOWの和崎信哉社長をはじめ制作スタッフ、さらには石橋冠監督、俳優の江口洋介さん、小澤征悦さん、眞島秀和さん、徳井優さん、市毛良枝さん、角替和枝さん……等々、この作品を生みだした俳優・女優陣も勢揃いしていた。

内輪の会だけに、そこは限定された“空間”で、それだからこそアットホームで和気藹々としたパーティーとなった。私は石橋冠監督のあとで原作者としてお祝いを述べさせてもらった。

私が言いたかったのは、このドラマを制作した人々の「勇気」と「気概」についてである。妻と子を失った光市母子殺害事件の被害者・本村洋さんの絶望から這い上がる9年間を描いた拙著「なぜ君は絶望と闘えたのか」は、日本の社会に渦巻く“偽善”という名の敵と戦った青年の物語でもある。

それを描こうとすれば、タブーそのものにもぶつかる。映像の人間がそのタブーを打ち破れるとは、実は私は思っていなかった。地上波のある局からは「事件自体が係争中なので最高裁が終わってから放映させて欲しい」という要望をされ、私が断わった経緯もある。

自分の身だけを安全に置き、挑戦する姿勢を失った局に、日本の司法を変革させた青年の真の姿を描くことはできないと思ったからだ。結局、当初から熱心に誘ってくれたWOWOWがドラマ権を獲得し、素晴らしい作品をつくってくれた。

今回の芸術祭参加作品には、「龍馬伝」や「坂の上の雲」など、大作がずらりと顔を揃えていた。そんな中で圧倒的票数を集めてこの作品が芸術祭大賞を受賞したのには、私は大きな理由があると思っている。

それは、この事件のテレビの取り上げ方に対して、BPO意見書という実に恣意的で偽善に富んだ意見書が出され、テレビ業界がこれにヒレ伏していた中で、WOWOWが“GOサイン”を出したことである。

それは、安全地帯から物をつくり、論評し、事足れりとする今のテレビ業界への痛烈な挑戦でもあったと思う。その勇気とテレビマンとしての気概を私は今回のドラマができ上がる過程で見させてもらった。

長く活字ジャーナリズムに身を置く私にとって、今回のWOWOWの姿勢にテレビ業界の未来に一筋の光明を見た思いがした。その正直な気持ちをスピーチで言わせてもらった。

今日はこの難しい題材を映像化してくれた石橋監督とも話をさせてもらった。日本のテレビドラマを確実に変えつつある名監督である。石橋さんには、ますます日本のテレビ業界を叱咤してもらい、さらなる名作を生みだして欲しいと思う。

スタッフの皆さん、おめでとうございます。そして原作者として最高の名誉をいただけたこと、本当にありがとうございました。

カテゴリ: テレビ

第26回正論大賞パーティー

2011.02.16

今日は櫻井よしこさんの第26回正論大賞の受賞パーティーが赤坂プリンスホテルであり、出かけてきた。さすが櫻井さんの受賞パーティーだけに、日本の言論人が勢揃いした感があった。

あでやかな着物姿で現われた櫻井さんのまわりには人の輪ができて、なかなかご本人に近づくことができなかった。待ちに待って、やっとほんの数秒間、ひと言だけお祝いを言わせてもらった。

小生の3年前の独立パーティーの時も、また先日の「山本七平賞」受賞のパーティーの時も、心のこもったスピーチをしていただいた櫻井さんである。多くの人が櫻井さんの「言論」だけでなく、「人柄」に惹きつけられてこの場に集まったことが会場の雰囲気からもよくわかった。

佐瀬昌盛さんをはじめ、久しぶりにお会いする方も多く、屋山太郎さんにはご夫妻にお会いすることができた。フジテレビの豊田皓社長、太田英昭専務とも随分久しぶりだった。さすが日本を代表するパーティーである。

私の週刊新潮時代の部下も何人も来ていた。本来なら二次会、三次会と流れるところだが、連日徹夜状態で、今晩も徹夜が控えている私は一次会で失礼させてもらった。

いよいよ4月刊行の単行本執筆も大詰めが来ている。軸のぶれない櫻井さんが旺盛な執筆活動をつづけている中、後輩の私が遅れをとるわけにはいかない。櫻井さんに一歩でも近づけるように、埋もれた歴史の発掘と日本人の生きざまを、独自の視点でこれからもしっかり描いていきたい。

カテゴリ: 随感

降り積もる雪を見ながら

2011.02.14

東京は、しんしんと雪が降っている。午後9時過ぎから積もり始めた雪は、時間が経つにつれ、厚みを増している。いま私は事務所の窓から一面、銀世界になった新宿の街を見つめている。

4月刊行予定の単行本原稿もやっと終わりに近づいている。分量的には、7割から8割といったところか。運命に抗(あらが)うことなく、淡々と生き、淡々と死んでいった一橋大学出身の海軍学徒兵の物語である。

今日もこのまま徹夜で原稿を書くことになるだろう。アメリカに生まれた日系二世でありながら、零戦で沖縄を取り囲むアメリカの機動部隊に敢然と特攻して行ったこの若者が「最後に見た光景」は何だったのだろうか。

私は、23歳で死んだこの若者の戦友たちを訪ね歩きながら、人間の運命の不思議さを改めて感じている。私が今回描くのは海軍少尉(死後、2階級特進で海軍大尉)だが、当時の若者の「死」と向き合った日常はやはり飽食の時代の現代からは想像もできない。

先週公開された映画「太平洋の奇跡―フォックスと呼ばれた男」は、玉砕の島・サイパンで生き抜いた陸軍大尉を描いた作品だ。聞けば、興行成績も順調だそうだ。これは、今の若者が極限状態にいた当時の若者の生き方に関心を持ち始めている証左でもある。

私たちは、いま存在している空間と、歴史という時間軸のちょうどクロスした場所で生きている。空間も、時間軸も、いずれも大切なことに変わりない。現在の日本をつくる礎となった人々を忘れてしまっては、未来というものが決して豊かなものにならないことは言うまでもない。

降り積もる雪を見ながら、多くの貴重な人材を失っていった太平洋戦争という人類の悲劇の意味を私は考えている。

カテゴリ: 歴史, 随感

「春」への道、遠し

2011.02.11

今日は徹夜の合間を縫って大阪に講演にやって来た。日本会議大阪の招きだった。今日の講演テーマは、「毅然たる日本人たれ――御成婚と学習院の奇跡――」である。

2008年出版の「神宮の奇跡」(講談社)で描かせてもらった昭和33年に神宮球場と皇室で起こった「2つの奇跡」についての講演である。建国記念日に相応しいテーマだったかもしれない。

毅然と生きた日本人の姿を描くことを大きなテーマにしている私にとって、最近、歴史関係の講演依頼が多い。

その際、直接、さまざまな人と話し合う機会があると、現在の政権に対する国民の怒りが、マグマのように噴き出し始めていることを感じる。

せっかく関西に来たので、明日も、兵庫県下で87歳の元特攻隊員にお会いして取材させてもらうことになっている。一人ひとりが語ってくれる貴重な歴史証言を、私はひと言も聞き漏らすまいという気持ちで拝聴している。

明日は日本中が大雪だそうだ。「春」への道も、私の「脱稿」への道も、まだまだ遠く険しい。

カテゴリ: 歴史

徹夜の執筆つづく

2011.02.08

4月出版予定の単行本執筆が佳境に入っている。連日徹夜が続いているが、まだまだ仕上げまでは遠い。おそらく今晩も徹夜になるだろう。

そんな中で、昨日は某雑誌が企画した座談会に出席。座談会のメンバーは、作家の大下英治さん、麻生幾さん、そして私の3人だ。内容は雑誌が発売になるまで伏せさせていただくが、大下さんも、麻生さんも大変闊達、かつ雄弁にお話をされていた。

二人は週刊文春出身で、私は週刊新潮の出身である。その三人が集まったら、大体どういう座談会になったかは想像がつくかもしれない。

今日は、執筆の合間に松戸で講演会があり、そちらにも出かけてきた。テーマは「裁判員制度はなぜ必要なのか」というもので、いかに官僚裁判官によって日本の法廷が“セレモニー化”され、とんでもないものになってきたかを述べさせてもらった。

いつの世でも「正義を貫く」ことは簡単ではない。しかし、正義も、それを守る気概も、すべてを失った日本の官僚裁判官たちが、裁判員制度の導入がなければ「目が覚めなかった」ことは確かだろう。

これまでの著作で、私はそのことを書き続けているので、関心がある方は、是非、私の司法関係の著作をお読みいただきたいと思う。

わかりやすい例も最近あった。週刊現代の大相撲八百長告発記事は昨年10月、大相撲協会に対する名誉棄損が認定され、最高裁が「損害賠償3960万円」という史上最高額の賠償を確定させたばかりだ。

つまり、司法はつい3か月前に「大相撲に八百長はない」ことを高らかに宣言し、メディアを断罪し、真実を完全に「見誤った」のである。4000万円近い賠償をメディアに科し、言論の自由という民主主義の根幹を揺るがせつづける日本の官僚裁判官たちの姿がそこにはある。その判決にかかわった官僚裁判官たちに、今回発覚した大相撲の八百長問題をどう思うのか、是非聞いてみたいものだ。

通常国会での質疑のことなど、ブログに書きたいことは沢山あるが、とにかくしばらくは徹夜での原稿執筆が続くので、機会を改めさせていただきたく思う。

カテゴリ: 司法, 随感

「一つの時代」の終焉

2011.02.05

今日は、いつも飲み会に参加させてもらっている「甲子園会」というコアな野球人たちの集まりで、私の「山本七平賞」受賞のお祝いをしていただけるというので銀座まで出かけてきた。

会場は、高知県アンテナショップ「まるごと高知」の2Fにある「おきゃく」だった。土佐高の私の後輩である濱田知佐さんがマネージャーをしているお店である。

40人ほどの飲み会で、およそ3時間にわたって楽しい交流の場となった。受賞のお祝いに「たこ焼き鉄板セット」まで頂戴したので、明日の徹夜からさっそく“夜食”に利用させてもらおうと思う。ありがとうございました。

それにしても、参加者にこれまでの私の作品を読んでくれていた人が驚くほど多く、感激した。私は、さまざまなジャンルでノンフィクション作品を発表しているが、個人的に話をさせてもらった人たちがそれぞれ異なる分野の私の本の感想を伝えてくれたので、大変な“励み”になった。

飲み会から帰ってきたら、連合赤軍事件の永田洋子が亡くなったという知らせが飛び込んできた。連合赤軍事件の主犯で、死刑確定囚である。ここ数年、脳腫瘍のために寝たきりの状態が続いていた。そのため、物理的に「死刑執行ができない」という状況だったのである。

長く栄養も呼吸も「機械によってなされていた」ので、おそらく衰弱死と思われる。死刑執行を待つ死刑囚を、日本政府が「機械をつけて延命処置を続けた」というのはなんとも皮肉というほかない。明日の朝刊は、きっと永田の訃報記事で埋められるだろう。

私は、連合赤軍事件と言うと、高木彬光著『神曲地獄篇』(光文社)の描写がいまだに忘れられない。推理小説家の高木氏が、突如、捜査資料をもとにしたノンフィクションのような作品を発表して世間を驚かせたものである。

そこで描かれた永田洋子の姿は、当時、中学生だった私にこの上ない衝撃を与えた。人間がここまで残酷になれるのかという部分と、女性の持つ狂気と弱さなどが詳しく描かれていた。それは、いま思えば、高木氏の筆力があって初めて可能なものだっただろう。

「一つの時代が終わった」。私に連絡をくれた永田洋子の弁護士はそう呟いた。たしかにそう思う。“全共闘政権”と揶揄されている現在の民主党政権は、近い将来、確実に“崩壊”する。これは、歴史的には「戦後長く続いた“イデオロギーの時代”が終焉する」ことを意味している。

そんな時に、学生運動が過激化の一途を辿ったあの狂気の時代を代表する一人がこの世を去ったのである。「一つの時代」は、たしかに終わったのである。

カテゴリ: 事件, 随感

反骨の女流作家の「死」

2011.02.04

昨2月3日は「通化事件」の65回目の記念日だった。通化事件と聞いて、すぐ答えられる人はよほどの満洲通である。

昭和21年2月3日、八路軍(中国共産党軍)に占領されたかつての満洲国・通化省の通化市でおこなわれた日本人の蜂起と、その後に惹起(じゃっき)された八路軍による日本人居留民に対する虐殺事件である。

犠牲者の数は2千人とも3千人とも言われるが、正確な数はいまだにわからない。無条件降伏と関東軍の崩壊によって治安と秩序が崩壊した満洲で、終戦後、多くの日本人居留民たちが集結してきたのが、朝鮮との国境・鴨緑江にほど近い東辺道と呼ばれた地域の中心都市・通化市だった。

ここでおこなわれた虐殺の実態や日本人居留民たちの蜂起の有様は長く秘密にされてきたが、これを「藤田大佐の最後」(文藝春秋)、「電灯が三回点滅した」(エイジ出版)という2冊の本によって全貌を明らかにしたのが松原一枝という女流作家である。

私はジャーナリストになったばかりの二十代前半、通化事件を調べていたことがきっかけで松原さんと知り合った。私の伯父は、この通化事件で命を落とした日本人の一人でもある。だが、ほかの犠牲者たちがそうであったように、遺体も遺品も何もなかった。

いかに苛烈な事件であったかが窺えるが、そのため、地元高知の伯父の墓には、「何も入っていない」という状態が戦後長く続いていた。謎の事件として歴史の彼方に追いやられていたこの事件は、前出の松原さんの著作2冊によって、全容がほぼ解明されたが、それでも墓には「何もなかった」のである。

私は、通化事件の話を伺いに、当時、世田谷の梅ヶ丘に住んでおられた松原さん宅に何度もお邪魔した。個人的にも大変お世話になり、その後、私が結婚し、家庭を築いた後も、さまざまな面でサポートしていただいた。

旺盛な執筆意欲は衰えることなく、94歳となった昨年も新潮新書から「文士の私生活 昭和文壇交友録」を出版し、その2年前の92歳の時にも「幻の大連」を新潮新書から出版して話題になった。生涯、事実を徹底的に追及するジャーナリストでもあった女流作家だ。

松原さんは、ちょうど満95歳の誕生日となった1月31日に心不全により亡くなった。昨年暮れに病院に夫婦で見舞いに行かせてもらったのが最後になった。

亡くなった翌日、線香をあげさせてもらいに伺ったが、今にも起き出してきそうな様子で横たわっておられる姿を見て、生涯、文筆の道を貫いた「95年の人生」に思いを馳せた。

時代が移り、価値観も変貌し、それぞれの時代に迎合して右顧左眄しながら世の中を泳いでいくジャーナリストや作家は多い。そんな生き方とは無縁の女流作家の生涯だったと思う。

松原さんと知り合ったことをきっかけに、私は伯父の死の状況を事件の生き残りから探り出して「死んだ場所」を特定した。昭和59年2月、厳寒の早暁、25歳になっていた私は、当時まだ未開放地区だった通化市に人民服姿で潜入し、伯父の死んだ場所の「石」を持ち帰った。いま故郷土佐の伯父の墓に入っているのは、私がその時、日本に持ち帰ってきた通化の「石」だけである。

多くの悲劇を生んだあの戦争が遠くなりつつある。貴重な歴史の証言者が確実に喪われているのである。私が「立ち止まっている」わけにはいかない。そのことを思い起こさせてくれた反骨の女流作家の「死」だった。

カテゴリ: 歴史

司法やマスコミの責任はどうなるのか

2011.02.03

ここのところ単行本原稿の締切で連日、徹夜が続いており、ブログで書かなければならないことが多いのに、それをすることができない。

目下、野球賭博問題以上に大激震となっている角界の八百長問題。捜査当局によって炙り出されただけに、今回は、さすがに沈静化が難しい。

だが、古くて新しいこの問題に「やっと出たか」という専門家の方が多いだろう。星の貸し借り、いわゆる八百長相撲は、角界の常識だからである。7勝7敗で千秋楽を迎えた力士たちが、なぜあれほど「勝ち越す」ことができるのか。

巡業も同じ、本場所も同じ、飲みに行くのも同じという“互助会”組織にいる力士たちが、星の貸し借りをやっていることは、内部の人間なら誰でも知っている。これまで週刊誌が何度となく告発記事をやってきたが、相撲協会はその記事を訴え、裁判所は相撲協会に軍配を上げ、「八百長」を否定して来た。

古くは、元幕内力士の板井が告発した各界の“八百長システム”は実に衝撃的だった。八百長を取り仕切る仲介者、あるいは工作人は、各界隠語で“中盆”と称され、その具体的な告発の中身に多くのファンは息を呑んだ。

しかし今回、昨年からの野球賭博捜査の過程で、携帯電話の消去メールが“復元”されて「事実関係が明らかになる」という、今の時代ならでは発覚経緯が興味深い。

当初、放駒理事長(元大関魁傑)は「過去には一切なかったことで、新たに抱かれてしまった問題だと認識している」と語ったが、さすがに次々と明らかになる事実に「このままではまずい」と思ったのか、「私の認識はある意味(無気力相撲と八百長は)イコールだと思っている」と述べ、初めて公式に八百長の存在を認めるコメンを発した。

野球賭博の次は八百長。相撲を愛するファンを裏切った点で言えば、今回の発覚は各界にとって致命傷である。賭博汚染に八百長汚染。こんな団体に公益法人としての認可が果たして許されていいのかどうか、あるいは公共放送であるNHKが相撲中継を続けるのかどうかも含め、これからの展開が注目される。

それにしても、過去のジャーナリズムの告発を“なきもの”にし続けた司法やマスコミの責任はどうなるのだろうか。真実とは、タブーを恐れずに報道し続けた側が握っていることを改めて認識させてくれた出来事だったと言える。

カテゴリ: 相撲

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