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歴史の“バトン”をつなぎたい

2011.03.28

今朝は、8時50分の鹿児島・鴨池発の垂水(たるみず)行きフェリーに乗って鹿屋(かのや)に向かった。桜島を横目に、錦江湾(鹿児島湾)をフェリーで大隅半島に渡るのは、私も初めてである。

垂水港からバスに乗り換え、大隅半島の真ん中に位置する旧海軍の鹿屋航空基地を目指した。バスで四十分ほどを走ると、「航空隊前」というバス停があった。そこで降りると、目の前は自衛隊の鹿屋航空基地だ。

先の大戦の末期、多くの特攻隊員がこの基地から飛び立ち、開聞岳を通って沖縄へと出撃していった。航空特攻によって戦死した特攻隊員は、海軍だけで、2526名を数える。今は自衛隊が使うこの鹿屋航空基地の史料館には、その2526名の記録をはじめ、多くの特攻関連史料が残っている。

今年、戦争関連の単行本を何冊か出版する予定の私は、今日は史料館の佐藤福男さんのご協力を得て、多くの史料確認をさせてもらい、さらに貴重な証言も得ることができた。また地元の獣医師で、特攻関連の脚本などを書いておられる劇団「かんな」顧問の四元順一さんの案内で、鹿屋市内をまわり、有意義な取材をさせてもらった。

これらの取材結果は、遠からず本としてお目にかけることができると思う。太平洋戦争開戦70周年の今年、さまざまな面で“時間の猶予”がないことをつくづく感じる。

最近、私はご高齢の証言者とお会いして、貴重なお話をいただく度に、歴史の“バトン”を託されているような気がする。その役割をなんとか少しでも果たしていければ、と願う。

カテゴリ: 歴史

比島戦没者慰霊祭にて

2011.03.27

今日は、鹿児島・指宿の花瀬望比公園で行われた第45回比島戦没者慰霊祭に参加した。鹿児島から南へ約50キロ、開聞岳の麓に広がる海岸線の中に花瀬望比公園はある。

47万6千人という比島方面の戦死者を偲び、フィリピンの最北端から1900キロというこの海岸に45年前、同公園が設立された。

昨年、文藝春秋の連載「九十歳の兵士たち」の取材でお世話になったルソン戦線の生き残り、地頭所貞(じとうしょ・さだむ)さんは、私が取材させていただいた3か月後に亡くなられた(享年88)。

文字通り、それが地頭所さんの“最後の証言”となった。あの時、長時間にわたって地頭所さんは日米の正規軍が激突したフィリピン戦線の凄まじさを目の前で再現してくれた。

今日はその時の取材でもお世話になった地頭所さんの夫人・ミツエさんと会場でお会いし、さまざまなお話を伺った。

地頭所さんは「来年はもう来られないかもしれないから」と昨年の慰霊祭で死を予期していたかのようにフィリピンから持ち帰った石を遺族の方々に手渡したという。

戦後66年。直接証言者の生命の灯が次々と消えつつあることを実感した一日だった。明日は、海軍の特攻基地の最前線となった鹿屋に向かう。

カテゴリ: 歴史

見ごたえあった優勝候補「日大三vs明徳義塾」の激闘

2011.03.25

今日の甲子園の優勝候補同士の激突「日大三vs明徳義塾」の試合は見ごたえがあった。おそらく今大会屈指の試合ということになるのではないだろうか。

共に甲子園で優勝経験を持つ高校球界の名将・小倉全由(日大三)と馬淵史郎(明徳義塾)両監督の対決でもあっただけに試合は終始、緊張感に包まれた。

結局、勝敗を分けたのは、球運と微妙な采配の差だった。147キロの吉永健太朗投手に、明徳はしぶとく食い下がった。徹底した自慢の選球眼を駆使して、吉永を追い込み、一時は4対1と3点差をつけた。

だが、昨年、春の決勝で興南に延長戦の末に勝てる試合を落としている小倉監督の優勝への執念は並々ならぬものがあった。明徳のエース・尾松義生の武器である落ちるスライダー、スクリューボールの制球が悪く、微妙に内側に入って来たところを日大三打線が見逃さなかった。

中盤以降、日大三がこれらの球を狙い撃ちに来ているのに、馬淵監督は、尾松にストレート主体のピッチングへとチェンジさせることができなかった。その微妙な采配の差が、5対6という最後の「1点差」に現われた。

明徳にとって痛かったのは、6回のピンチランナーの起用である。タイムリーを打った5番バッターになぜか代走を送ってしまったのだ。まだ中盤である。5番に代走を送ったそのツケは8回に現れた。

日大三が守備の乱れで崩れそうになった時、チャンスでめぐってきたその代走選手の「初めての打席」で、スクイズを失敗(キャッチャーフライ)して、好機を逸してしまったのである。

「甲子園初戦19連勝」というとてつもない記録を持つ馬淵監督。監督になって甲子園の初戦で「負けたことがなかった」馬淵監督にしては、首を傾げる采配だった。

初めての初戦敗北。しかし、これが因縁というものだろうか。今から24年前の1987年、明徳は馬淵監督がまだコーチだった頃、一度だけチームとして初戦敗北を喫したことがある。その時の相手が関東一高で、監督はのちの日大三の監督となる小倉全由その人だった。

明徳を破った24年前の関東一高は、そのまま下手投げの平子投手と大型捕手・三輪のバッテリーを軸に勝ち進み、準優勝を遂げている。甲子園とは、いつもながら不思議な因縁に驚かされる場所なのである。

苦戦の末の初戦勝利で、大会の興味が圧倒的優勝候補・日大三を「次に追い詰める」のはどこか、というものに移ってきた。

カテゴリ: 野球

秋葉原事件の「判決」を見て

2011.03.24

注目の秋葉原無差別殺傷事件で本日、元派遣社員の加藤智大(ともひろ)被告(28)に予想通り、死刑判決が下った。

2008年6月8日午後0時半ごろ、秋葉原の歩行者天国の交差点にトラックで“突入”して3人を死亡させ、さらにはナイフで12人を次々と刺し、そのうちの4人、計7人を死亡させたのである。

まったく罪もない人たちがこの事件で多数殺され、さらに深刻な後遺症を負ったのだ。絶望の底に叩き落とされ、今も立ち直れない家族は少なくない。

東京地裁の村山浩昭裁判長は「人間性の感じられない残虐な犯行で日本全体を震撼させた。被告の危険な性格や行動は根深く、更生は著しく困難」と断じた。

もともと私は、この事件は加藤の“道連れ自殺”だと思っている。世の中に嫌気がさし、自殺する人間は「年間3万人」を超えるが、その中には自分が一人で死ぬのではなく「他人も巻き込んで死にたい」という輩が稀にいる。

事件の一報を聞いた時、私はそう直感した。彼らの決まり文句は、「(殺す相手は)誰でもよかった」というものである。彼らは善良な罪もない人々を巻き添えにして「死ぬ」、つまり「死刑になる」のが目的だから始末が悪い。

世の中から逃げてばかりいる若者の中には、この手の人間は多い。だから他人事とは思えず、加藤は彼らから「神」と崇められ、ネット上のヒーローとなったのである。

今回の裁判の争点は責任能力の有無に尽きていた。しかし、弁護側が「被告には事件の記憶がほとんどなく、何らかの精神疾患があった可能性がある」と主張したものの説得力はまるでなく、これはほとんど顧みられなかった。

加藤の責任能力が完全に認められたのは当然だろう。事件直前に職場で作業着がなくなり、「職を失う」と動揺したことが事件の契機であり、村山裁判長は「家族、友人、仕事を失い、強い孤独感を感じたことが背景にある」と認定したのである。

極めて身勝手で残忍な犯行だが、加藤の“巻き添え自殺”願望はこの判決で一歩「進む」ことになる。加藤には大いに自身の心の内面を語ってもらい、コトここに及んでじたばたするのではなく、堂々と「罪を償って欲しい」と思う。被害者の無念、遺族の哀しみを癒すことは、それ以外では「なかなかできない」のだから。

カテゴリ: 事件

波乱含み「明日開幕」の選抜甲子園

2011.03.22

大震災をものともせず、明日(23日)、第83回選抜高校野球大会が開幕する。16年前、阪神淡路大震災からわずか2か月余で開催されたことを思い出す。

あの時は、大会直前に地下鉄サリン事件まで勃発し、オウム事件に世間の耳目が集中した中での開幕だった。震災も甲子園のある関西地区を直撃したものだっただけに今回以上に開催が危ぶまれたが、「球児のために」という関係者の熱意が大会開催の原動力となった。

あの大会は、復興工事の邪魔にならないよう応援バスの乗り入れや、応援時の楽器演奏も自粛して大会が運営されたことを思い出す。

こういう天変地異があった時は、大会もまた“波乱”に見舞われるものだ。強豪校が目白押しの中、優勝したのは、大会前には誰の下馬評にも上がらなかった香川の初出場校・観音寺中央高校だった。

今回も番狂わせが続出しそうな雰囲気がある。圧倒的優勝候補と言われた昨年の明治神宮大会の覇者・日大三高が、初戦から明徳義塾と激突するなど、勝ち抜ける保証はどこにもない。大会ナンバーワンでプロ垂涎の147キロ投手・日大三高の吉永健太朗投手が、これまたプロ注目の4番北川倫太郎を中心としたしぶとい明徳義塾打線にどう対するのか見ものだ。

しかし、今年の選抜甲子園ほど全国の強豪校が勢揃いしたことは記憶にない。ざっと挙げただけでも日大三、浦和学院、横浜、東海大相模、大垣日大、天理、履正社、智弁和歌山、報徳学園、関西、明徳義塾、九州国際大付、鹿児島実……など、パワーのあるチームがこれでもか、と出場している。

“春は投手力”というのが定説だが、今年は強力打線を売り物にする強豪校・伝統校が多いだけに派手な打ち合いが大会を圧倒するに違いない。

強豪対決をはじめ、好カードは目白押し。大震災の沈滞を一気に吹き飛ばす球児の頑張りを期待したい。

カテゴリ: 野球

日本人にとって「恥」とは

2011.03.19

19日夜、福島原発の放水作業で命をかけて作業をおこなった東京消防庁の会見がおこなわれ、幹部の一人は、涙で言葉を詰まらせた。家族と悲壮な覚悟で別れてこの作業へ向かった隊員たちそれぞれの姿を思い浮かべたのである。

自衛隊や警察など、職務と使命に忠実であろうとする日本人の姿が感動を呼んでいる。自らリーダーシップが発揮できず、ついには自民党の谷垣禎一総裁にまで入閣を持ちかけるという一種の“錯乱状態”を呈している菅首相に比べ、この9日間で見せた彼らの献身的な姿は世界中の驚嘆のマトだ。

同時に被災者の耐え抜く姿もまた、多くの国で感動を呼んでいる。大災害とは、イコール「略奪」を意味することは世界の常識だ。だが、かの阪神淡路大震災の時も、新潟地震でも、そして今回の東北関東大震災でも、日本でどんな大災害が起ころうと、略奪など無秩序な行為は一切生まれない。

秩序と規律、そしてなにより正義を愛する国民性がこういう時こそ発揮されるのである。それは日本人の道徳観、つまり長い時間をかけて日本人が築き上げてきたモラルにほかならない。

アメリカの文化人類学者、ルース・ベネディクトは、著書『菊と刀』の中で日本人の行動規範には「恥」があると書いた。

恥こそ日本人の行動を規定するものである、と。取り乱したり、秩序を崩したり、盗みをおこなったり、人から指弾を受けることをするのは、日本人にとって「恥」なのである。

耐えることを遺伝子に刷り込まれたがごとく、日本人はこれからも我慢しつづけ、そしてこの大災害を克服していくだろう。つくづく素晴らしい人たちだと思う。

カテゴリ: 地震

ついに機能不全を露呈した首相官邸

2011.03.17

迷走を続ける菅直人首相は、本日、官房副長官に仙谷由人民主党代表代行を起用し、大震災の被災者支援に関する態勢を“強化”するのだそうだ。

「自衛隊は暴力装置」と発言し、全共闘時代から自衛隊の存在そのものを忌み嫌ってきたあの人物が官邸に戻ってくるのである。そもそも参院での問責決議を受け、この1月に仙谷氏は官邸を去ったばかりである。

皇居で夜おこなわれた認証式の後、仙谷氏は記者団に対して「まずは燃料、食料の物流を改善したい」と語ったそうだ。そんなあたりまえのことを、震災後7日目に、しかも問責決議を受けて辞めた人物を引っ張り出さなければこの政権は「できない」のである。

たとえ「暴力装置」と呼ばれようと、黙々と活動を続け、福島原発でも決死の作業を続ける自衛隊員たちには頭が下がる。警察も消防も、いずれも決死の覚悟で活動を続けている。また福島原発の現場の作業員たちの復旧活動への執念も凄まじいものだ。

しかし、官邸はどうか。政府与党の亀井静香・国民新党代表でさえ、船頭だけが多く、会議、会議の連続の馬鹿らしさを「やりたけりゃ(会議を)やればいいが、むしろ弊害だ。船頭多くして船、山に登るだな」と嘆いたほどだ。この亀井氏の発言ほど、機能不全に陥った首相官邸の様子を端的に表すものはない。

雪が降り積もった被災地では、ついに助け出されることがないまま絶命した犠牲者と、せっかく避難しながら低体温症で生命の危機に瀕している被災者があとを絶たない。

天災から転じて完全に「人災」と化したこの大震災に、果たして終息への希望が見える日は来るのだろうか。

カテゴリ: 地震

菅首相の“驚愕”の発言

2011.03.16

「最悪の事態になった時は、東日本がつぶれることも想定しなければならない」。菅直人首相が16日夜、首相官邸で会った笹森清内閣特別顧問にこう語ったという。

産経新聞の報道によれば、菅首相は「僕はものすごく原子力に詳しいんだ」と専門家を自任しているそうで、笹森氏は「この問題に詳しいので、余計に危機感を持って対応してほしいということで東電に乗り込んだ」と続けたという。

東京電力福島第1原発の事故をめぐって首相の焦りが頂点に達していることを示すエピソードだが、それにしても、発言のあまりにレベルの低さに言葉もない。

一国の総理が、「東日本がつぶれる」などという言葉を発し、それが国民の前に明らかにされること事態がそもそも驚きだ。この言葉が、外資の“日本売り”を加速させる発言であることをおそらく総理は想定もしていなのだろう。

さらに菅首相は、東電の対応について「そういうこと(最悪の事態)に対する危機感が非常に薄い」と批判したという。

「最悪の事態に対する危機感が薄い」というその言葉、国民はそのまま菅首相に返したいに違いない。震災が起こって遂に「6日目」を迎えたというのに、まだ水・食料・医薬品・燃料という基本物資が被災地に届かず、被災者の中から“低体温症”という名の凍死者が出始めている。

そんな事態に立ち至っても、菅総理は、一向に「自分がやるべきこと」がおわかりではないらしい。延命すべきでなかった政権によって、ますます国民の生命が喪われていくことが、悔しくてならない。

カテゴリ: 地震

「天災」に端を発した未曾有の「人災」

2011.03.15

東電のお粗末な福島原発事故で不思議に思うことがある。原子炉を事故から守るためのバックアップ設備(冷却用の設備等)が「津波によって水没した」という点である。

たしかに巨大な津波に原発のバックアップ設備が水没しては、次から次に深刻な事態が惹起されている理由が頷ける。しかし、福島原発は、太平洋に面し、もともと地震と津波に対して最も警戒して造られた施設である。

そのバックアップ施設が「津波によって水没した」というのはどういうことだろうか。地震前の写真を見ても、巨大な津波に対応できるような高い堤防も見当たらず、通常の津波しか想定していないような造りである。

日本は今、チェルノブイリ事故に次ぐ深刻な事態の瀬戸際に立っている。国際原子力事象評価尺度(INES)では、原発事故はレベル0から7までの8段階で表されることになっている。

「レベル7」とは、いうまでもなく1986年の旧ソ連チェルノブイリで起こった原発事故である「深刻な事故」を指し、79年のアメリカ・スリーマイル島の原発事故はそれより2段階下の「レベル5」で、今回の福島原発事故は、それを上まわる「レベル6」なのだそうだ。

そんな日本の国そのものを破壊しかねない原発事故が、言葉は悪いがこの程度の「想定外」の事態によって引き起こされたのである。

バックアップ設備の水没や燃料切れによって、注水活動がストップするという事態には呆れ果てるが、「計画停電」という名の「無計画停電」によって世間の非難を浴びている東京電力という会社の実情を見ると、果たしてそもそも国民の生活と安全を任せられるだけの能力が存在したのか、という根本的な問題にもいき当たる。

地震そのものには「大暴落」に至らなかった世界の株式市場も、さすがにこの福島原発事故には大きく反応し、世界経済は同時株安の様相を見せ始めている。東電という会社のお粗末さが、平成の世界恐慌の引き金を引いたのかもしれない。

いまだに空輸による被災者への物資供給もできない日本政府のお粗末さと共に、これは長く歴史に刻まれる汚点となるに違いない。現地の報道陣からは、今晩あたりから「避難した人々の中から凍死者が出るのではないか」という懸念の声も上がっている。

「天災」に端を発した未曾有の「人災」が進行しているのである。

カテゴリ: 地震

震災4日目の信じられないニュース

2011.03.14

本日(3月14日)、震災4日目を迎えた。避難所や個別の家々で不自由な避難生活をしている人々の報道機関によるインタビューを聞いて、驚くばかりだ。

「水と食料と医薬品」。人々が要求するものがまだそういう生命を維持するための基本的なものばかりなのである。4日目を迎えても、政府は、まだ「そのことができていないこと」をどう考えているのだろうか。

現場は、離島でも僻地でもない。本州の「東北地方」である。震災から4日経っても、これを供給できない「政府」というのはいったい何なのだろうか。われわれ国民は、この政府に、なんのために納税義務を果たしてきたのだろうか。

昨日のブログでも書いた通り、すでに救命に必須である「72時間以内」の救出を“戦力の逐次投入”によって失った菅政権は、次に避難した人々への物資の供給さえ、ろくにできていないのである。

震災の場合、陸路が遮断されるため、空路での輸送しかこの緊急事態に対応できる手段はない。しかし、物資を運んで現地に“投下”するヘリの姿は一向に映し出されない。供給されるべき水と食料と医薬品が決定的に不足していることがよくわかる。

「史上最大の大震災」などという言葉に騙されてはならない。その後、進行している事態は、現政権の不作為、あるいは無能による「人災」と言える。

なぜならば、リーダーシップが発揮できていないことがその最大の原因だからだ。食糧の在庫を持つ企業、医薬品の在庫を持つ企業、毛布や紙おむつなどの在庫を持つ企業……緊急事態には、そういう在庫を持つ企業の協力が不可欠であり、それらを「いち早く拠出させることができる力」を持つのは、国家の領袖をおいてほかにない。

真っ先に「非常事態の宣言」によって、「1人」でも多くの国民の命を救うことに国民と企業に徹底させることが必須なのである。そこにこそ国のトップの「国民の生命財産を守る」という絶対使命の意味がある。しかし、当ブログで繰り返し書いてきたように菅政権には、やはりとても無理だったのだ。

信じられないニュースといえば、福島原発でのお粗末な事態もそうだ。「史上最大の大震災」のせいにしているが、福島原発があった場所は、震度6だった。震度が7だったのは宮城県栗原市のことだ。

震度6で、しかも津波対策も二重三重にとっていながら、今回のようなメルトダウンの事態を招いたことを東電はどう考えているのだろうか。

すでに海外メディアは、阪神淡路大震災の時と同様に、被災者の整然とした行動と、我慢・忍耐の立派さに驚嘆の声を上げている。

黙々と救出活動をつづける自衛隊員や警察、消防、自治体の人々の立派さに頭が下がるだけに、政府の情けなさが余計、際立つのである。

カテゴリ: 地震

リーダーシップ欠如の悲劇

2011.03.13

やはり当初から懸念していた通りの事態が進行している。国家の領袖のリーダーシップの欠如による被害拡大である。

大震災が生じた時は、やらなければならないことは決まっている。(1)まず瓦礫の下に埋まっている国民を1人でも多く救出する。(2)避難した人々への水と食料の供給。(3)けが人や人工透析患者等への医療行為の確保。以上の3点が緊急処置の必須事項である。

陸路が寸断されている場合は、これらを空輸でおこなって対処するしかない。いずれにしても、主力は自衛隊や警察組織、消防組織などによるものである。

それは、国家の領袖による「瓦礫の下にいる国民を一刻も早く、一人でも多く、救出しろ。そのために国家の全機能を集中する!」という力強い宣言によって初めて総力を挙げた救出劇が可能になる。

今日で地震後3日目を迎え、その第1段階の時期が過ぎた。救命率が一気に下がる72時間以内という「救出時間が過ぎた」のである。しかし、この3日間で、国民はそんな菅首相の力強いメッセージと指示を耳にしただろうか。

相変わらずの他人任せで、国民の前に国家の領袖としてのリーダーシップはついに見えて来なかった。極寒の夜を「2日」も経て、瓦礫の下で虫の息で救出を待っていた多くの人命はすでに失われただろう。

瓦礫の下で救出を待つ人に何ができるか、国民の生命財産を守るために自分が何をすべきか……そういうことを日頃考えたこともないリーダーに、もともと「何かを期待する」方が無理だったかもしれない。

呆れたのは、今日(13日)午前中の防衛省災害対策本部での北沢俊美防衛相の発言だ。それによれば、「総理から(自衛隊の)災害派遣態勢を10万人を目標に強化してくれとの指示があった」そうだ。

初日が2万人、2日目に5万人、3日目の今日は10万人の“災害派遣態勢”を指示したのだそうだ。私はそのニュースを聞いて、呆れてモノも言えなかった。これは、戦略上もっとも忌むべきものとされる“戦力の逐次投入”にほかならない。

10万人の“災害派遣態勢”を菅首相が指示したのは、すでに被災者の救命率が急速に下がる「72時間」が迫ってからだったわけである。危機意識が決定的に欠如した首相をトップに戴く日本国民の不幸がそこにはある。

いま(午後6時)流れてきたニュースでは、辻元清美衆院議員を災害ボランティア担当の首相補佐官に起用し、蓮舫行政刷新相に節電啓発担当を兼務させることが決まったのだそうだ。菅首相が思いつくのは、せいぜい「その程度のこと」なのである。

ボロボロになりながら、必死の救出活動を続ける現地の自衛隊員たちに感謝の気持ちが湧き起こると共に、村山富一・菅直人という「国のリーダーとは何をするために存在するのか」という根本を知らない国家の領袖の時に限ってこういう大災害が生じることに“運命的なもの”を感じるのは私だけだろうか。

カテゴリ: 地震

総力を挙げて瓦礫の下にいる人を……

2011.03.12

福島原発1号機のメルトダウンは、危機一髪のところで最悪の事態を避けられそうになっている(夜11時段階)。しかし、原発の怖さを国民の前に曝け出したことは間違いない。

テロと地震は、原発にとって2大懸念材料だ。いくら「大丈夫」と説明されても、テロと巨大地震にはひとたまりもないのではないか、と心配されていた通りの危機的状況だった。

日本で現在稼動中の約40基の原発は、「ミサイルで攻撃された場合」どうなるのかというのが国家危機管理の上で大きな課題だった。

原発という便利なものと引き換えに、われわれ日本人は大きな「リスクを背負っていること」を認識しなければならない。今回の地震の教訓として、原発の安全性に対する国民的議論をもう一度やり直す必要があることを痛感させられた。

それにしても、今回の被災者への救援体制は阪神淡路大震災の時と比べ、かなり見劣りしている。大都市圏(大阪)のすぐ間近で起こった16年前の震災と簡単には比較できないものの、2日目の夜を迎えたというのに、瓦礫の下にいると思われる人々の救出や、救援所で助けを待つ人々への物資の補給は決定的に不足している。

「自衛隊の災害派遣を5万人体制で」と今日になって発表していた菅首相のピント外れのコメントには呆れた。もし言うなら「自衛隊20万の総力を挙げて瓦礫の下にいる国民を1人でも多く救出する」というものだろう。

9・11テロの時も、ロス地震の時も、現地にいち早く乗り込み、救援活動者たちと肩を組んで彼らと共に闘う姿勢を示した彼(か)の国の大統領とはあまりに違いすぎる。

昨日から今日にかけては、空挺部隊にしろ何にしろ、被災地へ一人でも多くの自衛隊員を送り込む時期だったが「5万人体制で」と数を限定したコメントをするあたりが菅首相らしい。

地震が南下しつつある。東京が最悪の事態を迎えたら、世界経済そのものを直撃するだろう。その悪夢だけは避けたい。

カテゴリ: 地震

大地震で何が問われるか

2011.03.11

観測史上最大という「M8・8」の大地震の衝撃が凄まじい。西新宿の高層ビルの27階にある当事務所も大きく揺れた。固定しているはずの本棚まで倒れたので、相当な揺れだった。

次々と被害の拡大が明らかになっている。あの16年前の阪神淡路大震災の時は、村山富一内閣だった。国民の生命・財産を守るという基本さえ知らなかったこの内閣のために初動が遅れ、多くの犠牲者が生まれたことを思い出す。

私自身も週刊新潮のデスクとして記者と共に神戸に入り、その被害の大きさを目の当たりにした。震度が6あるいは7になると、もはや一般の民家が無事でいることができないことをあの時、痛感した。自転車を西宮北口駅で組み立てて神戸入りしたが、交通機関がまるで役に立たないことも知った。

それにしても今日、JR東日本が早々と交通機関の責任を放棄したのには驚いた。輸送の大動脈である同線が、ほかの私鉄や地下鉄が復旧していく中、「本日中の復旧はない」と、どこよりも早く発表し、多くの帰宅難民発生の原因となった。

いかに危機管理と社会的使命に対する意識が欠如しているかがわかる。かの太平洋戦争の折、焼け野原となった日本列島で、省線(のちのJR)の列車が鉄道マンの意地と使命感によっていち早く動かされ、多くの戦争罹災者の生きる希望となったのとは大きな違いだ。

鉄道マンとは何か、プロとは何か、ということを高給取りのJRマンたちには噛みしめて欲しいものである。

それにしても、いまテレビに映し出されている気仙沼の状況は痛まし過ぎる。街全体が火災に包まれ、暗闇の上空からの映像でも、どこにいても命が助からない状況であることがわかる。なんとか被害者が一人でも少ないことを祈りたい。

外国の救援隊もどんどん要請すべきだ。一人でも多くの人間を助けるためには、できるだけ救援隊を受け入れるべきだろう。当事者能力のない菅内閣だが、村山内閣の二の舞だけは避けて欲しい。

カテゴリ: 地震

隠しても隠しても“本音”は出る

2011.03.10

末期の政権とは、まことに哀れなものだ。国民の支持を失って以降の民主党政権に「これでもか」というほど不祥事が続出している。

しかし、その不祥事を、いちいちあげつらっても、もはや虚しいだけだ。極めつきは、菅首相の側近・土肥隆一氏が竹島の領有権主張をやめるよう日本政府に求める「日韓キリスト教議員連盟」の共同宣言に署名したことである。

ご本人は今日の記者会見で、衆院の政倫審会長と党の常任幹事会議長の辞任を表明したが、呆れたのは会見で本人が言ってのけた「国家を背負う意識はあまりなかった。(領有権への言及に)おやっと思ったが“待ってくれ”と言うのはやめた。不注意だった」という釈明である。

竹島を不法占拠した上に、島に建物まで建てて領有を既成事実化してきた韓国の共同宣言に署名した土肥氏が、会見では一転、「竹島は日本固有の領土に(韓国が)黙って入ってきた。不法占拠だ」と言い出したのである。

もはや政治家というより“大人”のレベルではない、単なるお子ちゃまと言った方がいいかもしれない。もともと菅首相自体が市民運動家であり、仙谷由人氏ら韓国贔屓の“反日日本人”たちが集まってつくった政権である。

隠しても隠しても“本音”が出て来るのは当然で、政権末期ともなれば本来の主張が堰を切ったように溢れ出てくるのである。日本がこれ以上崩壊し尽くさない内に早くまともな政権に交代しないものか、と多くの国民が願うのも当然だろう。

それでも自公政権復活への国民の嫌悪感は根強く、いつまで経っても谷垣禎一自民党総裁への期待度は上がらない。むしろ、みんなの党の渡辺喜美代表への期待度が高まって来ているのも頷ける。

今日は、そのほかにも長良川連続リンチ殺人事件の3少年に対する最高裁の判決があった。人間としての憐憫の情がまるでない無惨で残酷なあの事件から17年もの日々が過ぎたのかと思うと私も感慨深い。

この事件は、私自身も取材にあたった経験があるが、死刑以外の選択肢はなかなか見つからないほど冷酷な犯罪だった。

たとえ少年であっても、その罪の重さを軽減させることはできない。人権という名のもとに“加害者の利益”だけが優遇された長い長い偽善社会が終わったことを象徴する判決だったとも言えるのではないか。

多くの犠牲を払ってきたが、次の被害者を出さないために社会が一致して少年犯罪に立ち向かう姿勢を示した判決だったなら、私は今日の最高裁の判断を大いに評価したい。

カテゴリ: 司法, 政治

刻々と迫る決断の「時」

2011.03.07

春どころか、今日の東京は「雪」である。寒風吹きすさぶ新宿の街をコートの襟を立てたサラリーマンたちが足早に通り過ぎて行く。どうやら昨年に引き続いて今年も“異常気象”が予想される風情である。

今日の未明に原稿を入稿して、昼近くに目を覚ましたら、外は銀世界だった。午後の冷たい雨で、うっすら積もっていた雪はなんとか消えたが、寒さは午後が来てもまったく変わらなかった。

それにしても、この寒さが誰よりも身に沁みているのは、菅直人首相に違いない。今日の新聞の一面には、「前原外相、辞任」という大見出しと、内閣支持率が政権発足後、最低になったことが同時に報じられていた。

誰が見ても、民心を失ったこの政権が立ちいかないことは明らかだ。それでも、菅首相はまだその座に固執し、醜態を晒そうとしている。

前原外相が、在日の支援者から年5万、計20万円政治献金されていたことがわかったから「辞任」というのも何ともヘンな話だ。

支援者に対して「あなたは日本人か?」といちいち聞くのも失礼だし、少なくとも、例えばココム違反の可能性がある在日外国企業から「それと知りながら政治献金を受け取ったもの」とはわけが違う。

だが、この素早い辞任判断は、前原氏が「次」を見越しておこなったことは確かだろう。一刻も早く責任をとり、禊を受ける形にして、泥船からいち早く“脱出”したわけである。

前原氏が民主党代表を辞任することになった5年前のニセ・メール事件の時の対処の仕方に比べれば、決断は「格段に早かった」と言える。

もはや閣僚も逃げはじめた菅政権に「明日がない」ことは言うまでもない。では、果たしていったい誰がこの暗愚の首相の首に鈴をつけるのだろうか。

予算関連法案がいっさい国会を通らないという異常事態が間近に迫っている今、国民の信頼を失った政権はすぐにでも退陣すべきだろう。

私は以前から菅首相に引導を渡すのは、伸子夫人しかいないと思っている。どうやら、「その時」が刻々と迫っていることは間違いなさそうだ。

カテゴリ: 政治

都知事の資格なし「松沢成文」

2011.03.05

松沢成文神奈川県知事が「神奈川県」を放り出して都知事選に出るというニュースを聞いて、多くの都民は、いや神奈川県民も、呆れ果てているに違いない。

自ら公約して神奈川の発展のために力を尽くすと言ってのけた人間が、今度は3期目の挑戦をやめて、「東京都知事になりたい」のだそうだ。

よほど2期の知事在任中に「神奈川県」は満足できる発展を遂げたのだろう。しかし、私はそれほどの発展を神奈川県が遂げたという話を寡聞にして知らない。

松沢知事といえば、県下全域の学校・病院・商店・官公庁施設などで「全面禁煙にした」ことぐらいしか、私は“功績(?)”を知らない。パフォーマンスには熱心だが、中身を伴わない知事という認識しかない人がほとんどだろう。

今日の報道によれば、松沢知事サイドは自らの後継に、柔道の山下泰裕氏(東海大学体育学部長)に出馬を打診したという。もし事実とすれば、ますます呆れ果てるというほかない。

山下氏が史上最強の柔道家であり、人格的にも極めて優れた人物であることに異論を持つ向きは少ないだろう。私も取材で山下氏に大変お世話になったことがある。ざっくばらんで、感性に富んだ中身の濃い話をしてもらって、随分、感心した覚えがある。

だが、山下氏はあくまで柔道の道を極めた人間であり、知事という行政に関わることなどとは無縁の人物だ。

その山下氏に後継知事としての立候補を打診したことが報道通りならば、松沢という人物は「知事」という職を「その程度にしか見ていない」人物ということだろう。

世の中と有権者を舐めるのも大概にして欲しい、と思う人は多いだろう。私も、こんな人間に東京都知事になってもらうのは、ご免こうむりたい。こういう輩を「政治屋」というのだと、つくづく思う。

カテゴリ: 政治

一度の挫折ごときで悲観するな

2011.03.04

3日前のブログで“春近し”と書いたのに、春どころか真冬に逆戻りしたような気温がつづいている。こちらは、単行本の締切600枚を終わらせたが、同じ4月発売になる文庫の締切や、新聞原稿の締切に追われ、相変わらずの徹夜状態だ。

今夜、人と会うために久しぶりに新宿に出かけたが、街を歩く人たちは厚いコートとマフラーで寒さを完全シャットアウトしており、とても春などと言える風景ではなかった。

春を自ら「捨てた」といえば、京都大など4大学の入試問題がインターネット質問掲示板「ヤフー知恵袋」に投稿された事件で捕まった東北の浪人生は、まったくワリに合わないことをやったものである。

インターネットへの投稿は、誰がやったのか特定が可能だ。相当なリスクを犯しながら「勝負を賭けた」この受験生は、結局、その勝負に負けた。

不正をおこなってまで「栄冠」を勝ち取ろうとしたその精神が「敗北」をもたらしたのである。たしかに、公平であるはずの入試が不正入試やコネ入試で一部、侵されているのは常識だが、それだからといって「不正をやっていい」という理由にはならない。

今後、この浪人生がどんな人生を歩んでいくのかわからない。だが、「運が悪かった」とか「バレたのが残念」などと思っているとしたら、この青年の人生はずっと色褪せたままで終わってしまうだろう。

しかし、私は、この浪人生は、反省して出直すことさえできれば、今回のことを教訓にして、立派な人生を歩むことが可能ではないかと思う。

彼は“必死で”今回の行為をおこなった。ルールにのっとらなかったことは許されないが、その“懸命さ”において、いかに執念と熱意がある青年かということがわかる。

彼が自分のこの“必死さ”と“懸命さ”を、こつこつと努力する日本人特有の勤勉さに向けることができれば、たちまち頭角を現わしていくに違いない。青年というのは、向かうベクトルを少しだけ修正できれば、大きな能力を発揮できる可能性を秘めた存在だからだ。

今は将来のことなど考えられないかもしれない。しかし、「こつこつと努力する」方向にその能力を振り向け、将来、必ず大きな成果を勝ち取って欲しいと思う。

一度の挫折ごときで悲観することはない。反省するところは反省して、雄々しく「出直すこと」を切に願う。

カテゴリ: 事件

冷たい雨が降りつづく東京

2011.03.01

東京は1日、冷たい雨が降りつづいた。全国的に天気が悪かったようだ。先週末の温かさから一転、冬に逆戻りで、昨年につづく異常気象を予感させる気候だった。

今日は、「東京スカイツリー」が中国の「広州タワー」を抜いて自立式電波塔として世界一の高さになるというので、はるか新宿の事務所から東京スカイツリーを見ていたが、雨にけぶって先端の方はとても見えなかった。

夕方から、TBSのNスタに出演の日だったが、やはりこの話題が最初だった。それから、インターネットの投稿サイトへの入試問題漏洩事件がつづいた。

それにしても「時代は変わったものだ」と思う。昔は、不正入試といえば「替え玉受験」と相場は決まっていたが、今は、入試会場から直接、受験生が電波を飛ばして、回答を得るという“画期的(?)”な方法に変わったというのである。

私が高校時代に、ある有名女子大の入試で、娘に代わって高校で英語を教えている父親が替え玉として受験し、それがバレたことがあった。頭と顔をかつらで隠し、喉仏はタートルネックのセーターで隠したが、答案を書く時に「手」だけはさすがに隠せなかった。そのため、ごつごつして骨ばった手を隣の席で受験していた女子高生に気づかれ、発覚した事件である。

これは、私が高校時代の事件だったので鮮烈な印象を持っている。今日、その話でコメントしたら、堀尾キャスターをはじめ、みなさんが驚いたようすだった。

時代が変わるにつれ、不正入試の方法は変わってきたが、それにしても「不正」をしてでも大学へ入ろうという輩はいつまでも消えてなくならない。やはりこれが「人間の性(さが)」というものなのだろう。

今日から3月。入試のシーズンもいよいよ終わり、卒業式という“別れのシーズン”に入る。それが終われば、出会いの季節である4月だ。

夜まで冷たい雨が降りつづいている東京だが、なんとなくこの雨が上がったら、一気に温かくなりそうな気がする。いよいよ春近し、である。

カテゴリ: 随感

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