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福岡から延岡へ

2011.04.30

本日、テレビ西日本の情報番組「土曜NEWSファイルCUBE」で拙著『蒼海に消ゆ』が20分あまりにわたって取り上げられた。

松藤大治・海軍少尉のありしの日の姿が写真と共に描かれ、感動の内容になっていた。スタジオに生出演していた私も、短時間でこれだけのものをつくりあげたテレビ西日本に唸らされた。

放映後、西日本新聞からも取材を受け、地元福岡の糸島高校(当時は糸島中学)出身の松藤少尉への関心の高さが伺えた。私は、その足で福岡を離れ、日豊本線で宮崎の延岡までやって来た。さすがにゴールデンウィークとあって汽車は満席で、切符の確保が大変だった。

明日は、延岡在住の元特攻隊員に取材させてもらうつもりだ。時間との戦いになっている太平洋戦争の戦士たちの証言を、少しでも多く聞きとらせてもらいたいと思っている。明日、お会いする方も80代後半の年齢である。貴重な証言をできるだけ聞き漏らすまいと思う。

延岡と言えば、私の前著『この命、義に捧ぐ』の根本博中将が台湾に向かって26トンの漁船に乗って出航した地でもある。そういう意味では、私にはさまざまな面で思い出深い地だ。

地方には多くの秘話が眠っている。それらを歴史の闇に埋もらせることなく、ひとつひとつを丹念に掘り起こしていきたいと、心より願っている。

カテゴリ: 歴史

テレビ西日本が取り上げる『蒼海に消ゆ』

2011.04.29

いま福岡にいる。明日(土)のテレビ西日本の「土曜NEWSファイルCUBE」(午前10時25分~11時45分)にスタジオ出演するためである。

新刊『蒼海に消ゆ』が発売になって4日。カリフォルニアの州都・サクラメントで生まれ育った日系アメリカ人・松藤大治(まつふじ・おおじ)海軍少尉が零戦に乗って祖国アメリカの艦船に特攻して戦死するまでの23年の生涯を辿ったノンフィクションである。

15歳の時に父母の祖国・日本にやって来た松藤さんは、福岡・糸島の糸島中等学校(現・糸島高校)の2年に編入し(当時の中等学校は5年制)、剣道部に入部して猛稽古に励んだ青年だった。

短かかった松藤少尉の青春の中で、昭和11年から15年までの4年間を過ごした地、それが福岡の糸島である。この作品では、糸島時代の松藤少尉の姿に多くのページを費やしている。

これに注目してくれたのが、福岡の代表的テレビ局であるテレビ西日本である。同局が祖国アメリカへ特攻するという数奇な運命を辿った松藤青年の生涯を取り上げてくれることになったのである。

時代の波に呑み込まれ、東京商科大学(現・一橋大学)2年の時に学徒出陣で海軍に入隊し、特攻隊への道を歩む松藤さんの生涯を、まず地元のテレビ局が注目してくれたことに泉下の松藤さんも喜んでおられるだろう。

松藤さんが地元糸島から出征していったのは昭和18年12月のこと。それから70年近くが経過して、松藤さんの姿が地元で蘇(よみがえ)るのである。テレビ西日本の放映エリアの方は、是非、松藤少尉の毅然とした生きざまをご覧になってください。

カテゴリ: マスコミ

ノンフィクション『蒼海に消ゆ』(集英社)発売

2011.04.26

本日、拙著『蒼海に消ゆ 祖国アメリカへ特攻した海軍少尉「松藤大治」の生涯』が集英社から発売になった。特攻で散った日系2世・松藤大治海軍少尉の数奇な運命を辿り、「日本人とは何か」を問うノンフィクションである。

松藤少尉は、1921年にカリフォルニア州サクラメントに生まれ、15歳までここで育った日系アメリカ人だ。やがて父母の祖国・日本に帰り、福岡の糸島中学から東京商科大学(現在の一橋大学)に進んだ秀才だった。

剣道の達人として、あるいはトランペットの名手として青春を謳歌していた彼の夢は、日本とアメリカの間を結ぶ「外交官」になることだった。だが、時代の波濤(はとう)に呑み込まれていった松藤は、昭和18年10月、学徒出陣によって帝国海軍へと入隊するのである。

抜群の成績で零戦パイロットとなった松藤は、「日本は戦争に負ける。だが、俺は日本の後輩のために死ぬんだ」という言葉を残して昭和20年4月6日、沖縄を取り囲むアメリカ艦船に零戦で特攻していく。

アメリカのミシシッピ州やカリフォルニア州、あるいは日本の北海道から九州まで松藤さんを知る関係者を60人以上訪ね歩き、私は最後に松藤さんの思いにようやく辿り着いた気がします。運命に翻弄されながらも、毅然と生きた松藤さんの生涯は、現代の日本と日本人に何を問いかけてくるのでしょうか。

歴史ノンフィクションならではの真実の迫力をお楽しみください。

カテゴリ: 歴史

東北「3県」知事の大失敗

2011.04.23

「あーあ」。思わず溜息が出てしまった。本日、東日本大震災の復興計画を策定するための首相の私的諮問機関「東日本大震災復興構想会議」に東北3県の知事が出席し、意見を述べたニュースが流れていた。しかし、3県の知事の主張はてんでバラバラだった。

それぞれの県が事情が異なるのは百も承知で言うのだが、こういう時こそ足並みを揃え、被災地3県でスクラムを組んで、復興への主張をしていくべきではなかっただろうか。

宮城県の村井嘉浩知事は、津波で被害を受けた沿岸地域を対象に「東日本復興特区」をつくること、そして、復興財源として国民が幅広く負担する「災害対策税」の創設を提言した。だが、岩手県の達増拓也知事は、復興財源に充てるための増税は、日本経済に悪影響を与えるとして「反対」の考えを示し、福島県の佐藤雄平知事は、原子力災害の危機が進行中であり、復興よりも原子力事故を収束させることが先決だと主張した。

期間限定で「災害対策税」を創設するなら、国民の中で反対する人は少ないだろう。しかし、小沢チルドレンの一人だった岩手県・達増知事は、親分の小沢一郎氏の主張通り、増税反対論を展開し、宮城県の村井知事の主張を“つぶした”のである。

たった「3県」の知事が自分たちの意見をまとめることさえできず、「これほど主張がバラバラなら、復興対策がまとまらないのも仕方がない」という印象を国民に与えてしまったのである。

国民の力も借りて、期間限定で復興への資金をつくり、地域を活性化させるのは有効な手段である。しかし、外交官出身の“小沢学校優等生”達増岩手県知事は、宮城県の村井構想を正面切ってつぶしにかかったのだ。

驚きである。3県が同床異夢なら、国民も一丸となって復興へ協力する意欲を削がれるだろう。残念なニュースに接して、私は思わず溜息がもれてしまった。

カテゴリ: 地震

内閣不信任案は“現実”となるのか

2011.04.21

いよいよ大震災から6週間が経過する。菅政権の「何も進まない」震災対策は、今日の日経新聞でもすっぱ抜かれていた。それによれば、「復興基本法案」は月内提出を断念し、GW明けに先送りする方針を政府・民主党が決めたというのである。

政府・民主党と言っても、国民が呆れている通り、素人集団の政党であり、「何もできない」ことは、あらかじめ予想されていた。だが、そのお粗末さは、多くの国民の予想を遥かに超えたものだったと言える。

瓦礫の下から国民の命を救い出せなかったばかりか、津波で沖に流された人も救えず、さらには、震災1か月を経て、初めて仮設住宅の建設に向かって「国が動き出した」ことからも、それはわかる。

不自由な避難所生活を余儀なくされた被災者たちの惨状を思えば、震災から1か月も経てば、普通は仮設住宅がほとんど出来上がっていなければおかしい。実質、今も世界第2位の経済大国である日本が、仮設住宅を1か月経って「計画を始める」というのは、滑稽譚以外のなにものでもない。

自治体からは、「国がまったく機能していない。誰にどんな要求を持っていけばいいのかさえ不明だ。今の政府は単なる烏合の衆」という嘆きが聞こえて来る。

地方の怒りは、やっと菅首相が福島第一原発周辺の住民らの避難所を訪れたこの日、住民の間から湧き起こった声に集約されている。福島県田村市内の体育館を訪れた菅首相に対して、避難民たちは「早くうちへ帰らせてくれ!」「(首相はここから)もう帰るんですか!」という怒号を浴びせたのである。

それは、「今頃来てなんだ」という被災者たちの怒りの深さを象徴するシーンだった。「全力を尽くします」としか言えないこの国家の領袖は、前述のように「復興基本法案」すらいまだに国会に提出できないのである。

いま内閣不信任案の衆院提出が政局の鍵を握っていることは周知の通りだ。不信任案が可決されるには、過半数(239議席)が必要だが、民主党会派(306議席)からは、80人ほどの“造反”が必要になる。

80議席という数字は、「とても無理」と思う向きは少なくないだろう。しかし、何が起こるのか「一寸先は闇」というのが政界の常識だ。不信任案可決で“解散総選挙”となった場合、造反した議員たちも再び赤絨毯を踏むことができないことも彼らはわかっている。

その彼らの受け皿をどうするのか、そこが提示された時に、内閣不信任案は一挙に現実のものとして動き出すのである。内閣不信任案提出は、そのまま政界再編を意味する。どこがイニシアティブを握るのか、予断は許さない。

政府の体たらくを横目に、永田町は思惑と打算が入り乱れた政界再編策が今日もあちこちの会合で話し合われている。

カテゴリ: 政治

強運の斎藤、プロ初勝利

2011.04.17

注目の斎藤佑樹のデビュー戦が札幌ドームであった。千葉ロッテとの戦いである。斎藤の持つ強運が遺憾なく発揮された試合だった。

以前から当ブログでも書いてきた通り、斎藤がプロで通用できるかどうかは、ストライクからボールになる“落ちる球”をバッターに振ってもらえるかどうかにある。この落ちる球をじっくり見極めたら、斎藤は投球の“幅”がなくなり、プロでは痛打される。

そのためには、ストレートにこれまでとは一段上のキレがなければならなかった。結論から言えば、斎藤にはプロで通用するストレートのキレがまだ備わっていない。しかし、それでも打線の援護で、5回終了降板で、4失点ながら勝ち投手となった。まさに強運の持ち主である。

私は、斎藤が千葉ロッテの井口、福浦、サブローといった、いぶし銀のバッターたちをどう牛耳るか注目していた。千葉ロッテは西岡剛がメジャーに抜けたあとが大きく、トップを岡田幸文が打つという迫力にかける打線となっている。

その岡田が初回、斎藤の落ちるボール球を振って三振し、斎藤は波に乗るかと思われた。しかし、セカンドのエラーでランナーが出た一死一塁で、井口に右中間にホームランを打たれ、斎藤は早くもプロの洗礼を浴びた。

この打席、斎藤は井口に対してホームランされた球以外は素晴らしい球を投げた。1球目の外角のスライダー、2球目の落ちるスライダー、3球目の外角スライダーともキレがあり、井口も手が出なかった。しかし、4球目のやや甘くなった外角ストレートを右中間に運ばれた。

プロの一流の打者には、甘い球が「1球も許されない」現実を斎藤は思い知ったに違いない。しかし、それ以後は、斎藤が持ち味の粘りの投球を展開し、千葉ロッテの打線を幻惑した。5回2死から内野のエラーをきっかけに2点を失うが、千葉ロッテの先発・大嶺とはまるで違う「打たれても、それでも粘る」という斎藤の特徴が発揮され、プロ初勝利を挙げたのである。

斎藤は、まだまだプロで通用するキレのあるストレートを身につけていないので、今後、苦戦が続くだろう。しかし、斎藤の女房役(キャッチャー)に、東洋大学出身の大野奨太がいることが大きい。

学生時代から全日本でバッテリーを組んだ二人。抜群のインサイドワークを誇る大野の存在は、斎藤にとって最大の武器と言える。今後も大野が斎藤得意の粘りの投球を引き出して、相手打者を幻惑させるに違いない。

早稲田大学の同僚だった広島カープの福井優也も本日、巨人相手に7回2失点で初勝利。大物新人たちが、“貫録”のデビューを果たしている。プロ野球が、いよいよおもしろくなってきた。

カテゴリ: 野球

“復興需要”ではなく“負のスパイラル”へ

2011.04.16

日本が果てしない“負のスパイラル”へ向かっていることが、ほぼ確実になってきた。大震災からの復興に対する莫大な費用を、逆に企業の活性化や雇用の増進へとつなぐことが、危機をチャンスに変える日本経済の大きな鍵だった。

もともと日本は、国の借金が累計で1000兆円を超え、国民一人あたりの借金が700万円近くに達する国である。税収の4分の1がその借金の利息で消える国だ。これを経済復興、すなわちマイナスではなくプラスの方にどう向かわせるかが重要なポイントだったのである。

しかし、国民の生命を瓦礫の下から救いだせなかった菅政権に、そもそもそんな高尚なことを期待しても、無理だったのだろう。今や復興経済への夢は閉ざされたという観が強い。

その原因として、菅政権のみならず、さまざまな政治家や政党から、経済縮小への道が指し示されていることが挙げられる。一例を挙げれば、いま話題となっている自動販売機の撤去論議である。石原都知事や民主党都連などから、消費電力を少しでも減らすために、「自動販売機などやめちまえ」の声が上がっているのだ。

石原都知事の言を借りれば、「こんなに自動販売機がある都市は世界にどこにもない」ということになる。たしかに、それはそうだろうと思う。東京以上に夜、女性が安全、かつ自由に歩ける街は、世界中どこを探してもない。

たとえ夜中であろうと通りには自動販売機の灯りがあり、飲み物がある。無駄な電気消費と言われようが、これは東京(日本の各都市という意味でもいい)でしか「できないもの」なのである。

言うまでもなく、この自動販売機で生計を成り立てている人は少なくない。自販機業界や飲料業界、あるいは場所を貸すことによって収入を得ている一般国民らがそうだ。彼らの生計は、世界一安全な都市「東京」という特性の上に成り立っているのである。

その意味で「こんなに自動販売機がある都市は世界にどこにもない」という石原発言はまったく“正しい”し、それは言い換えれば「東京ほど自動販売機が安心して置ける街は、世界中にほかにない」ということでもあるだろう。

自販機が成り立つ大きな理由のひとつに日本人のモラルと秩序を重んじる国民性も考えられる。たとえば自販機でも置こうものならすぐにバールでこじ開けられ、カネを盗られてしまう都市は多く、そもそも外国では自販機そのものが「成り立たない」のである。

私が1982年に初めて中国へ行った時、北京の街角に置かれている公衆電話がすべて壊されているのを見て驚いたことがある。向こうではカネの入ったものは、こじ開けられて中のカネを盗まれる方が“常識”なのだ。

モラルを重んじる日本人の中でしか通用しない業界、それが自販機業界だろうと思う。しかし、その自販機までこの大震災の電力不足のあおりで“撤去”される崖っ淵に立たされたのである。自販機がターゲットになれば、次は、街の広告塔や看板が電気を灯すこともいけなくなり、それは果てしなく“負のスパイラル”に進んでいくことになる。そんなことで日本経済は復興できるのだろうか、と正直、思う。

ほかにも最近、おかしいと感じるものがある。「買いだめはやめよう」という広告やわけ知り顔の評論家たちのご意見である。私はこれにも首を傾げている一人だ。

「買いだめはやめよう」というのは簡単だが、今回の大震災を目の当たりにして、よくそんな綺麗事が言えるものだと、正直思ってしまうのである。

今回、これまでのブログでも書き続けた通り、国は国民の命を救えなかった。72時間以内に瓦礫の下から国民の命を救い出せなかったばかりか、津波で沖に流されていった人々の命も救うことができなかった。それどころか、やっとの思いで避難所に身を寄せた被災者たちに、何週間も、水も医薬品も食糧も供給することができなかった。

つまり国は、「国民のために何もできなかった」のである。最初の3日間(72時間)を自分たちの力で生き抜けばなんとかなる、というサバイバルの鉄則は見事に裏切られ、国はそれを過ぎても決して「国民を救えない」ことが証明されたのである。

国がそんなお粗末な実態を満天下に晒しておきながら、「買いだめはやめよう」などと言っていること自体を滑稽に思うのは私だけだろうか。「買いだめはやめよう」というのは、「買いだめをしなくても大丈夫。国民の命は国が守ります」という前提があってこそ、初めて成り立つものだからである。

本末転倒のスローガンが罷り通り、“なんでも自粛”の負のスパイラルはだんだんと勢いを増している。復興需要へ向かうどころか、底なしの泥沼に日本は陥ってきたのである。この負のスパイラルで真っ先に影響を受けるのは、雇用だ。そして新卒者の就職率も目に見えて下落していくことになるだろう。

日本は復興需要をチャンスにするどころか、縮小経済に向かって凄まじい勢いで落ち込んでいるのである。世界に冠たる経済大国が、福島原発の事故を5週間が経過しても「抑え込むこともできない」というお粗末な事実と共に、ただただ唖然とする事態が目の前で進行している。

カテゴリ: 政治, 経済

大物新人デビューと『甲子園の奇跡』発売

2011.04.15

大物新人がついにデビューした。巨人軍のドラフト1位、沢村拓一(中大出)である。キレのある球をコーナーにびしびしと決め、プロのバッターが振り遅れるようなスピードとキレが、公式戦で初めて実証された。

6回まで広島を零封していた沢村は、7回に内野の守備の乱れからつけこまれ、2失点。力みから高めにボールがやや浮いたところを見逃さない広島の上位打線はさすがだった。

沢村は、ここで降板したが、内野が足を引っぱらなければ、あのまま完投していたに違いない。勝敗はつかなかったものの、圧巻の大物デビューと言える。

沢村は、大学時代も味方の貧打と守備の乱れに泣かされ続けた悲運のピッチャーだ。しかし、7回が来ても150㌔台のストレートを投げる驚異のスタミナは他球団の恐怖と警戒感をさらに呼びそうだ。

今日のピッチングで、沢村が先発ローテーション3本柱の一角を占めるのは間違いない。すでに楽天の田中将大と同じスピードとキレを持つこのピッチャーが、どこまでプロで勝ち星を挙げていくか、興味深い。

日本ハム斎藤佑樹の先発デビューも間もなくだが、ここへ来て大物ルーキーたちも明暗が分かれつつある。西武のルーキー大石達也投手が右肩の違和感を訴え、1軍の出場登録が抹消されることになったのである。

開幕1軍入りしながら、まだ抑えどころか、中継ぎにも登板しておらず、「大石はどうした?」という声がファンの間から上がっていた折も折だった。

右肩の痛みは、速球派の大石にとって持病だ。登板が過多になれば大石にはこの持病が出てくる。おそらく緊張感でキャンプから力みが入り、知らず知らずに肩の違和感が増幅されていたに違いない。

ここで無理をさせずに出場登録を即座に抹消するあたりが、西武らしい。天の恵みともいうべきこの“休暇”を大石は大いに利用して再びデビューの日に望んで欲しい。

大震災への対応という点で、ほかの競技スポーツからは遅れた感があるプロ野球だが、人気や関心度では、現時点でも誰もが認める国民的スポーツNO.1である。

斎藤のデビューでプロ野球への注目度はさらに高まる。斎藤が最初からプロの洗礼を受けるのか、それとも持って生まれた強運を発揮して、いきなり初勝利を挙げるのか。大震災一辺倒だった報道が変わっていくきっかけになるかもしれない。

折しも本日、講談社文庫から拙著『甲子園の奇跡―斎藤佑樹と早実百年物語』が発売となった。4年前に『ハンカチ王子と老エース』として産声を上げた単行本が改題・加筆のうえ生まれ変わったのである。

野球にかけた男たちの熱い思いを是非、お読みください。

カテゴリ: 野球

“レベル7”が示すものは何か

2011.04.12

ついに「レベル7」だそうである。たった今(12日午前)流れてきたニュースによれば、福島第1原子力発電所の事故で、政府は国際的な基準に基づく事故の評価を最悪の「レベル7」に引き上げることを決めたそうだ。理由は、「広い範囲で人の健康や環境に影響を及ぼす大量の放射性物質が放出されている」。

言うまでもなく、「レベル7」は、旧ソ連で1986年に起きたチェルノブイリ原発事故と同じ「最悪」の評価であり、それと同等の大量の放射性物質が放出されているというのである。報道によれば、原子力安全委員会が「最大で1時間当たり1万テラベクレル(1テラベクレル=1兆ベクレル)の放射性物質が、数時間にわたり放出された」と試算したという。

これを聞いて、国民はどう思うだろうか。この1か月間、目を凝らして福島原発事故の動向を注視してきた国民は、「最大で1時間当たり1万テラベクレル(1テラベクレル=1兆ベクレル)の放射性物質が数時間にわたり放出された」ことなど、1度も聞いたことがない。

この1か月、繰り返されたのは、「人体に影響はない」と、国民に安心を求める官房長官や原子力安全・保安院などの会見だけである。だが、実際には、外部への放射性物質の放出量が数万テラベクレル以上というチェルノブイリ原発事故と「同等のこと」が起こっていたのである。

私は、このニュースを見て、「あとどれほどのことが隠されているのだろうか」と思う。事故直後から、東京在住の外国人や外国関連企業に勤める人は、血相を変えて東京から脱出していった。

知り合いは、「最低、2週間は東京を脱出する」と言って家族を連れて関西へ旅立った。彼らは、日本政府や東電の発表を最初から信用していなかった。「コトを矮小化し、真実を覆い隠す」のが得意な日本の政治家や官僚、ホワイトカラーたちの日頃の姿を知っているからである。

つくづく思うのは、この1か月間、現場に命をかけて突入していったブルーカラーの男たちに比べ、ただ右往左往するだけで何もできなかった“ホワイトカラー”たちの情けなさについて、である。

この事故で明らかになったのは、自分たちの仕事と使命に忠実な命をかけたブルーカラーの男たちの毅然とした姿と、逆に東電幹部らホワイトカラーたちの信念も責任感もない愚かで情けない姿だったように思う。

私たち国民は、政府や東電が言う「想定外」という言葉に騙されてはいけない。これほどの海岸線に原子力発電所を建てながら、実は、チリ津波にしか対応できないような数字をもとに「堤防がつくられていた」という事実である。

チリ地震は、遥か太平洋の彼方(かなた)で起こる地震だ。自分の目の前でそれが起こった場合に「備える」こともできない原子力施設が何十年も存続していた事実に、私は背筋が寒くなる。

東北電力の女川原発は今回の地震で被害を受けながらも、逆に地元住民の避難所として利用されている。福島原発と女川原発という地震被害地域にあったこの「2つの原発」の現在の姿は、今回の事故が実は「天災ではなく人災であった」ことを全世界に示している。

カテゴリ: 地震

「菅では選挙は戦えない」という悲鳴

2011.04.10

震災から1か月。本日おこなわれた第17回統一地方選前半戦の投票結果が次々と明らかになっている。民主党の惨敗――予想されたこととはいえ、菅政権の前に、その厳しい現実が立ちはだかってきた。

この1か月、国家の領袖としての役割をなにひとつ果たせず、天災に端を発した“人災”の元凶となりつづけた菅首相への非難は、そのまま今日の投票結果につながった。

ここ数日、この1か月間の官邸の動きを新聞各紙が分析していた。なかでも本日付の産経新聞はもっとも詳細な検証記事を掲げていた。官邸の中で、ただ、うろたえ、怒鳴り散らし、やがて誰も首相執務室に訪ねて来なくなるサマが細かく描写されていた。

当ブログでも指摘しつづけた通り、大震災の時にやらなければならないことは決まっている。国民の生命を守るために「72時間以内」にやらなければならないこと、それらを菅内閣はなにひとつできなかった。

非常事態宣言もないまま、食糧・水・医薬品の確保、寸断されたライフラインの一刻も早い回復、空輸を軸にする被災者への物資供給……等々、なにも実現しないまま「時間だけ」が費やされていったのだ。

今日の選挙で、民・自対決の3知事選で民主党はすべて敗れた。微かに残っていた菅首相の求心力は完全に消え失せた。明日以降、菅降ろしに、拍車がかかっていくだろう。あとは、「誰が首相の首に鈴をつけるか」だが、それさえ、民主党には“人材”がいない。

「菅では選挙は戦えない」という悲鳴が全国の民主党組織から湧き起こっている。統一地方選の「後半戦」でも、すでに民主党の惨敗は見えている。さまざまな菅降ろしの画策は永田町でおこなわれているが、どんな形でそれが実現するか、予断を許さない。

カテゴリ: 政治

熱意ある若者たち

2011.04.08

今日は、昼と夜、2回講演があった。昼は新宿ロータリークラブ、夜は表参道の「宣伝会議」だった。特に印象が深かったのは夜の方である。雑誌「宣伝会議」が主宰している編集者・ライター養成講座の特別講師だった。

実は夜の部は、1か月前に予定されていたものだった。あの大震災の当日である。首都圏の電車という電車が止まったあの日、講演は直前で中止になった。それから1か月が経過し、再び企画されたのである。

30年近い経験をもとに、さまざまな観点で話をさせてもらった。夜7時前から「2時間」という時間帯というのに、熱心な編集者・ライター志望の人たちが大教室に集まり、立錐の余地もなかったので、こちらも熱が入った。

編集者・ライターとしての根本と、物事の考え方、取材の方法など、少しでも参考になればと思って話をさせてもらった。2時間の話のあとも、個人的に質問する人が列となり、あまりの熱心さに驚いた。

大学でもジャーナリズム講座は時々、やらせてもらうが、熱心さが全然違っていた。意欲がある若者の多さに、なんだか安心した。質問の内容もバライティーに富んでいた。

若者にこの熱心さがある限り、日本は大丈夫だ。西新宿の事務所に帰りついたのは、結局、夜10時を過ぎていた。帰りのタクシーの中で、ちょっと若い人たちに頼もしさを感じた夜だった。

カテゴリ: マスコミ

間もなく震災発生から4週間

2011.04.04

間もなく震災発生から4週間を迎える。連日の報道を見て、国民はどんな感想を抱いているのだろうか。いまだに水も食糧も医薬品も行きわたらない被災地の現状を報じるニュースのことである。

このブログで震災発生当初から指摘し続けているように、「国民の生命を守る」という国家としての根本を知らない政権によって、悲劇はいま現在も果てしなく「広がり続けている」のである。

これが、同じ日本列島の「本州」の中で起こった震災なのか、と私はどうしても考えてしまう。今日のニュースでも、避難所で十分な薬もないまま、命を落としていく老人の姿が映し出されていた。世界に冠たる経済大国が、まもなく4週間が経とうというのに、避難所の被災民を“助けられない”のである。

私は現在発売中の月刊「WiLL」に、天災に端を発した菅政権の“人災”ぶりについて書かせてもらったが、こういう政権に国を任せている現実と、さらに言えば、そういう政権に任さざるを得ないほど国民にソッポを向かれた自公政権のひどさの両方に、つい思いを馳せてしまう。

それにしても、あまりに当事者能力を欠いた日本政府の実態を見て、2万人もの兵士を投入して、全面支援に乗り出してくれた米軍の“トモダチ作戦”には頭が下がる。

福島原発の事故にも、アメリカ政府は「事態収拾に全面協力する」と何度も伝えてくれたが、日本政府は、これを無視したと言われている。沖縄の普天間基地問題などで、日米関係を「戦後最悪」とまで言われる状態まで貶めた民主党政権だが、それでも、いざとなったら、米軍は2万人もの兵をフル稼働させてくれたのである。

一方、永田町では、またぞろ民・自大連立などという妖怪話が徘徊している。私はこの話を聞いて呆れてしまった。なぜなら、大連立などしなくても、被災地の復興と被災者の命を守る方法はいくらでもある。いや、それは、国家として「あたりまえのこと」をやればいいだけなのである。船頭をこれ以上多くして、いったい何をするつもりなのか。多くの国民が溜息をついている。

話は変わるが、昨日、選抜高校野球が終わった。強豪校相手に5試合45イニングを一人で投げ抜いて来た九州国際大付属の三好匠投手が最後に息切れしたのは残念だった。

蓄積した疲労で、三好本来のスライダーのコントロールも、ストレートのキレもなく、準決勝戦の日大三高戦で見せた威力あるボールがついに試合の間中、見られなかった。甲子園では「複数投手でなければ勝てない」という現実を改めて思い知らされた気がする。

それにしても、その三好を痛打し、ついには大会通算74安打113塁打という新記録を打ち立てた東海大相模打線のパワーには驚いた。往年の相模打線が完全復活したことを感じる。

今から36年前、巨人の現監督、原辰徳を3番に据え、佐藤功、森、津末、佐藤勉ら、ノンプロの打線かと見紛う力を引っさげて甲子園に現われた時を思い出した。

東海大相模の伝統の強打は健在だったのである。来た球を「強く叩く」という大原則を徹底的に貫いた相模打線の日頃の精進ぶりが思い浮かぶ。昨夏の決勝で、興南の島袋投手の軍門に降った悔しさを見事に晴らした“痛快な優勝”だった。

カテゴリ: 地震, 野球

「組織防衛」という絶対目的のために

2011.04.01

ここのところ締切続きでブログを書く時間がなかった。40時間起きっ放しで締切作業をおこなったが、さすがに身体にこたえた。

その間、原発関連や政治、司法問題などでブログに書きたいことが沢山あったのに、それができなかった。改めて本日のブログで書くつもりだったが、今日も驚きの新しいニュースが飛び込んできたので、結局、そっちの方を書かせてもらうことにする。

驚きのニュースとは、大相撲の八百長問題で、特別調査委員会(座長=伊藤滋・早稲田大特命教授)から関与を認定された23人の力士や親方に対する処分が「決定された」ことである。

関与を「否認した」力士19人に引退を勧告し、関与を認めて調査に協力した十両・千代白鵬ら3人は処分を軽減され出場停止2年となった。つまり完全なクロが「出場停止」だったのに、否認していた力士の方が「引退」という、より重い処分を食らったのである。

関与を否認した力士の中には、本当に“無実”だった者もいたかもしれない。しかし、特別調査委員会の調査がどのくらい信頼できるものだったかという大きな疑問を置き去りにしたまま、処分は強行されたのである。おそらく処分に不満な力士の中には、「処分不当」という訴えを起こしてくる者も出てくるだろう。

私は、この杜撰な、あえて“杜撰”と言わせてもらうが、この処分内容を聞いて、40年以上前に起こったプロ野球“黒い霧”事件を思い出した。

あの事件で球界を永久追放された池永正明投手(西鉄ライオンズ)のことである。あの時、将来は300勝投手、400勝投手と期待された若手の剛腕投手・池永は、八百長とは無関係でありながら、有無を言わせないプロ野球機構によって「永久追放」の処分が下された。

こういう時に、プロ野球機構や大相撲協会といった組織がまず最初に企図することは、「組織防衛」である。そのためには、個人を犠牲にすることなどは全く厭わないのである。

名投手・池永が球界を永久追放されたように、事実関係の細かな吟味をやったとはとても思えない形で、多くの力士が角界を去っていくとことになった。

角界に蔓延している八百長汚染は、徹底的に調査をやり出したら、角界全体が“崩壊”したに違いない。そのためには、大相撲協会にとって早期の幕引きが“何をおいても”必要だったのである。

大震災報道の真っ只中で、しかも新年度スタートの「4月1日」というさまざまなニュースが溢れている日(しかもエイプリル・フールである)を選んで処分を決定した大相撲協会の姑息さには声もない。

引退を強制された「否認」力士たちは、不満この上ないだろう。彼らはいかに八百長が角界に蔓延しているかを知っている。今後は自分たちが知っている角界の八百長汚染の実態を告発する力士も出て来るだろう。組織防衛だけを目的に突っ走った大相撲協会が、手痛いシッペ返しを食らうことも予想される。

この3月、本場所がなくても、国民は何も困らなかった。その実態を目の当たりにした協会の焦りが全面的に出た今日の処分決定だったと言える。一度失った信頼を、これから取り戻すことは容易なことではない。

角界の“八百長パンドラ”がすでに開いている以上、これから第2、第3弾の告発が生まれてくるのは間違いない。

カテゴリ: 相撲

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