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またもドラマを生んだ因縁のドラフト会議

2011.10.27

これまで数多くのドラマを生んできたプロ野球ドラフト会議は、今年も感動的だった。なんといっても大学球界ナンバーワン左腕、東洋大の藤岡貴裕の「千葉ロッテ獲得」が決まった瞬間、藤岡の大きな目から溢れ出た涙が印象的だった。

千葉ロッテに1位指名されてうれし涙を流した大物選手は、私にも記憶がない。藤岡の涙は、それほど珍しいものだった。「(千葉ロッテは)最初に1位指名を言ってくれた球団だったので、嬉しくて涙が出た」と藤岡は会見で語った。

私はその感激の表情を見ながら、今から20年以上前、1990年のドラフト会議を思い出した。それは、最強の大学リーグと言われる東都大学で、通算394奪三振を記録した小池秀郎投手(亜細亜大学)に実に「8球団」が競合した年だった。

小池は、左腕から繰り出す力のある速球と“魔球”とも称された独特のフォークが武器で、即戦力の呼び声が高く、高い評価はどの球団も同じだった。そして、8球団の中で交渉権を獲得したのは、ロッテだった。

だが、小池は、ドラフト前から「西武、ヤクルト、巨人以外ならプロ入り拒否」を表明し、その言葉通り、ドラフト後、ロッテへの入団を断わって社会人の松下電器に入った。その後、故障した小池は、2年後のドラフトでは、近鉄しか指名せず、結局、プロで通算51勝を挙げるにとどまった。

しかし、今日、藤岡は「(千葉ロッテは)最初に1位指名を言ってくれた球団」だったことを語り、そして感激の涙を流したのである。ドラフト前に「12球団どこでもOKです」と言っていた藤岡の発言も相俟って、今日のドラフト会議に“爽やかさ”を感じたのは、私だけだろうか。

多くのスカウトたちが鎬を削るプロ野球界で、これほど義理固く、しかも情に厚いスターはめったにいるものではない。藤岡の涙を見た千葉ロッテのスカウトは「スカウト冥利に尽きる」だろう。

明暗を分けたのは、相思相愛の巨人に入れなかった東海大学の菅野智之である。巨人の原監督の甥であり、巨人の単独指名が予想されたが、日本ハムが土壇場で名乗りを上げ、結局、巨人との競合の末に菅野の交渉権を獲得した。

巨人は、2006年に日本ハムに指名されながら、“浪人”させてまで入団させた長野久義と同じく、菅野に日本ハムへの入団を拒否させる作戦に出るだろう。しかし、ここで菅野がその巨人の“説得”に負けたら、プロでの大成はなくなるだろう。

小池の例を見るまでもなく、野手に比べて選手寿命の短いピッチャーは、大学生の場合、社会人を経由した段階で成功する確率が著しく低下する。アスリートとして“旬の時期”をみすみす逃すのだから、あたりまえである。

いま多くの素質ある選手が各球団に分散し、おもしろい野球が全国のフランチャイズで展開されている。すでに巨人の試合も、地上波で見えることは少なくなり、BSでも地域に密着した地方球団の放映の方が圧倒的に多く、読売巨人軍の時代はすでに終焉していることを感じる。

菅野は巨人に固執する必要などまったくない。ダルビッシュ有をはじめ多くの名投手を育ててきた日本ハムにこそ、彼の大きく伸びる要素がある。「藤岡」を見習い、そして自分の右腕1本で、菅野が自らの「未来」を切り開くことを祈りたい。

カテゴリ: 野球