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パフォーマンスではなく実績を

2011.11.27

いま大阪にいる。今日は大阪在住の作家・百田尚樹さんと対談をさせていただいた。あと十日ほどで「真珠湾70周年」の日を迎えるということで、100万部のベストセラーとなった『永遠の0(ゼロ)』の著者である百田さんと、戦争をはじめ、さまざまな話をさせてもらった。

私より3つ年上の百田さんは、戦争についても多くの秘話をご存じなので、大変、おもしろい対談になった。私にとっては、今後の作品を書く上でも参考になる話が多かった。詳細は、対談を掲載する雑誌が発売になる時にお知らせさせていただきたいと思う。

さて、大阪では、橋下徹・前知事が大阪市長選に圧勝し、府知事選も橋下氏が率いる「大阪維新の会」の松井一郎幹事長が当選し、「大阪都構想」なるものが動き出した。かつて横山ノックを知事に押し上げた大阪の人々なので、「まあ、おもしろそうだから一度やってみなさい」ということなのだろう。

梅田を歩いていたら、テレビ局がさっそく道行く市民に感想を聞いている場面に出くわした。年齢の高い人よりも若い人が橋下氏の勝利を歓迎している様子だった。

久しぶりに梅田を歩いて、梅田界隈の激変ぶりを改めて感じた。駅北側には、ノースゲートビルディング、駅の南側には、サウスゲートビルディングがそそり立ち、大阪の玄関である梅田がすっかりサマ変わりしている。

大都市の変貌といえば、名古屋の駅周辺の再開発(高層ビル化)も目を見張る。両都市とも駅周辺だけが発展している点が共通している。そして、それぞれ大阪では橋下徹氏、名古屋では河村たかし氏というパフォーマンスが得意な政治家が実権を握っているところも似ている。

パフォーマンスのうまい大都市の首長がマスコミで大きく取り上げられるのも時代の流れなのだろうが、言い換えれば、それだけ国会議員に対する国民の失望が深まっている証拠でもある。

日曜日ということもあって梅田の人出は、東京でいえば新宿並みの多さだったが、この大阪の人々の熱気と期待が“失望”に変わらないように、橋下氏には、パフォーマンスではなく、大いに実績を挙げていただきたいものだ。

カテゴリ: 随感

NHK・BS「シリーズ辛亥革命100年」の迫力

2011.11.24

本日、やっと初校ゲラを出版社に戻し、少しだけ息をついた。私はもともと徹夜には強く、少々締切がつづいても身体にこたえることはなかったが、最近はかなりきつくなった。あまり無理をしないように、と思いながら、どうしても「追い込まれないとエンジンがかからない」ので、いつも同じことを繰り返している。

締切の綱渡りをしているうちに太平洋戦争関係の著作も、随分多くなった。12月に出す本で、今年だけで4冊目(1冊は文庫)になる。書きたいことが沢山あるので、それでも自分としてはまだまだ物足りない気がする。

さて、締切に追われて見逃していたが、今日は、録ってあったNHK・BSの「シリーズ辛亥革命100年」のDVDをゆっくり観た。今週月曜(21日)から水曜(23日)まで3回にわたって夜10時から放映されたそれぞれ1時間半というドキュメンタリー番組である。

私は、第1回を録りそこねたが、2回目、3回目は録画して、今夜、観させてもらったのだ。いずれも力作だった。第2回の「ラストエンペラー 真実の溥儀」は、満洲国の侍従武官長だった工藤忠と、関東軍の吉岡安直少佐という溥儀が信頼を置いた「二人の日本人」を登場させて、満洲国皇帝、愛新覚羅溥儀の新しい人物像を描いていた。

第3回の「蔣介石 秘められた対日戦略」も、スタンフォード大学で公開されている「蔣介石日記」と、ゆかりの人々の証言を軸に実写フィルムを交えながら蔣介石の本質に迫り、秘話を次々と紹介していた。いずれも、番組の途中で席を立てないほどの面白さだった。

私は、大学生の時に溥儀の弟である愛新覚羅溥傑氏を北京の護国寺街に訪ね、以来、親しくしていただいた。わが家の床の間には、その頃、溥傑氏がわざわざ書いてくれた掛け軸が今も掛かっている。

また、20代だった1987年、私は台北の北投というところに“軟禁”されていた張学良の屋敷を訪ねたこともある。いきなり外国のジャーナリストである私が訪ねてきたことで、張学良を軟禁していた国家安全局の警備担当者が慌て、ちょっとしたトラブルになった。結局、ご本人の張学良には会えなかったが、その軟禁生活の過酷さを垣間見ることができた。

NHKの今回の番組には、過去、私がそうして会ったり、あるいは会おうとした“歴史上の人物”が実写フィルムで、あるいは写真で、次々と登場した。私が知らず知らず、身を乗り出して番組に“没入”していたのも当然かもしれない。

歴史の当事者に直接、話を伺うことができた時の喜びは何物にも代えがたい。時の経過と共に、そういう当事者が少なくなってくるのは、仕方がない。だが、まだまだ掘り起こせる真実は数かぎりなく存在する。今年も残り少なくなりつつある。しかし、一人でも多くの証言者にお会いし、歴史の真実を後世に伝えていきたいと思う。

カテゴリ: 歴史

それでも「前進」をやめなかった男たち

2011.11.21

ゲラの校了作業に追われている。12月に出版する『太平洋戦争 最後の証言』の第2部「陸軍玉砕編」のゲラである。

昨日は、その本に登場する玉砕の島・サイパンから生還した元戦車隊の兵士、大阪在住の下田四郎さん(88)が、わざわざ事務所を訪ねてくれた。

上京されたついでに、ご子息とお孫さんを連れて西新宿の事務所に寄ってくれたのである。下田さんの奮戦ぶりと、いかにその生還が「奇跡であったか」は、拙稿の第4章で詳述させてもらった。

この夏、長時間にわたって取材に答えてくれた下田さんは、実年齢より10歳以上は若々しい。全滅した戦車隊で生き残ることの難しさは、12月半ばに出版される本書を読んで是非、知っていただければ、と思う。

今日は、その本の装幀(カバー)ができ上がり、編集者がわざわざ持ってきてくれた。本を出版するまでに一番うれしい時とは、やはり本の装幀ができて、実際に書店に並ぶシーンが思い浮かぶ段階かもしれない。

今日も明日も徹夜になりそうだが、拙稿に対して、今日は専門家のご意見も伺うことができて、大変有意義な1日だった。

それにしても、過酷で悲惨だった元兵士たちの体験は、凄まじいの一語に尽きる。しかし、それでもなお“前進”をやめなかった大正生まれの男たちの毅然とした生きざまに、是非、ご注目いただければ、と思う。

カテゴリ: 歴史

“投高打低”を抜け出せ

2011.11.20

日本シリーズは、第7戦をソフトバンクが3対0で中日を制し、日本一となった。戦力的な点から言えば、ソフトバンクは日本一になって当然のチームだったが、これでやっと8年ぶりに“悲願”が達成された。

今頃は、きっと中洲あたりが大変な熱気に包まれているだろう。私自身も、取材その他で福岡にはよく行くので、天神や中洲で今晩ばかりは一緒に飲んでみたくなった。

それにしても、今年も日本シリーズは見応えがあった。両チームとも圧倒的な投手力を誇るチームだけに、シリーズ前から投手陣同士の我慢比べになると思っていたが、予想以上にピッチャーが目立ったシリーズだったと言える。

これはプロ野球に限らず、大学野球などにも言えるが、日本の野球は、ここ10年、完全に“投高打低” になっている。キレのあるスライダーやカットボールを駆使する好投手が140キロ台後半の伸びのあるストレートまで投げ込んでくるので、バッターが対応できないのである。

今日も1点を争うゲームになるとは思ったが、秋山監督の采配にこの試合も首を傾げるシーンがあったのは事実だ。1対0で迎えた3回裏、無死満塁で1番川崎が四球を選び、押し出しで2対0とソフトバンクが中日を突き放した時、左対左で中日・小林(正)投手とソフトバンク2番の本多が対戦した。

ここは一気に勝負をかける意味で野球の専門家は、「右の代打」と思ったはずだ。本多の腰を引く打法では、左対左で外角に逃げていくスライダー系の球には、とても対応できないからだ。

最低でも犠牲フライは欲しいこの場面では、当然、カブレラをはじめ右の代打陣が並ぶソフトバンクなら、ピンチヒッターを出してくると多くのファンが思ったのではないか。しかし、秋山監督は、そのまま本多に打たせ、本多はバットにはかろうじて当てたものの、キャッチャーフライに終わった。

結局、次の3番内川、4番小久保ともに浅い外野フライを打ち上げて得点にはならなかった。1番川崎の押し出し四球のあとの無死満塁で、追加点が「1点」もとれなかったのだ。この1点のために、あとで逆転を許し、「日本一」を逃したら、ソフトバンク・ファンは辛いだろうな、と私はそのシーンを見て考えていた。

幸いにソフトバンク投手陣は、中日につけ入るスキを与えず完封したので、その心配は杞憂に終わったが、秋山監督には、大きな課題が残ったのではないだろうか。

しかし、それにしても、悲願の優勝を遂げた秋山監督やナインの涙は感動的だった。内川をはじめ、涙、涙、涙の選手ばかりで、秋山監督も涙をこらえながらの優勝インタビューとなった。いかに彼らがこの勝負にかけていたかを物語るシーンであり、この場面を見た他球団の選手たちは、「よし来年は俺たちが……」と決意を新たにしたのではないだろうか。

試合後、ソフトバンクの孫正義オーナーがグラウンドまで降りてきて喜んでいたが、野球を知らない老人がすべてを牛耳っている彼(か)の球団の重苦しさとは違い、チーム全体に爽やかな空気を感じたのは、私だけではなかっただろうと思う。

即戦力の呼び声が高い東洋大学の藤岡貴裕投手がパ・リーグ(千葉ロッテ)に参入する来季は、パ・リーグはますます熱くなるだろう。来年のパを制するのはどこか。今から楽しみである。それと共に、キレのあるスライダーやカットボールに対応できる一流のバッターがどんどん生まれていって欲しいと野球ファンの一人として思う。

カテゴリ: 野球

“虎”を野に放った巨人軍

2011.11.19

渡辺恒雄氏は、まんまと清武英利球団代表の戦略に嵌(は)まった――。清武氏の昨夜の解任報道を受けて、私はそう思った。とても正当な解任理由とはいえないものを掲げて「清武解任」に踏み切った巨人軍は、これから大きな代償を支払わなければならないに違いない。

実は、11月11日の突然の清武氏の告発会見は、用意周到なものだった。それは「自分を解任させるためのもの」と言ってもよかっただろう。

詳細は省くが、渡辺氏のやり方を許せなかった清武氏はあの時、抗議の退任をすることで記者会見を決意した。しかし、それでは自分が退任しても「何事もなかった」かのように事態が収束してしまうことを清武氏は懸念したのである。

渡辺氏のやり方を告発するには、ただ自分が退任会見をするだけでなく、問題の所在を詳細に説明し、さらには、相手に自分を解任させ、裁判闘争やジャーナリズムを通じて戦いをおこなう必要があった。

それは、読売新聞社会部で敏腕記者として鳴らした清武氏らしい発想だったと言えるだろう。これから「野に放たれた虎」となった清武氏が告発していく内容に興味は尽きない。

清武手記がどこから出版されるのか。そこで明らかにされる驚愕の内容はどんなものなのか。私は、その中身に大いに注目している。

今晩は、日本シリーズ第6戦が福岡ドームでおこなわれる。日本一を決める試合に勝るとも劣らず、清武氏の咆哮(ほうこう)の方が気にかかる向きは多いに違いない。

カテゴリ: 野球

死力を尽くした采配を

2011.11.16

昨夜、出張先の山口県から帰京した。山口県の周南市(徳山)では、光市母子殺害事件の被害者遺族、本村洋さんと久しぶりに会って、夜おそくまで飲んだ。事件が起こった1999年以来、おつき合いをさせてもらっているので、本村さんとはもう「12年」になる。

事件当時、23歳だった本村さんも35歳。日本の「司法」を変えた本村さんの闘いについては、拙著『なぜ君は絶望と闘えたのか』で詳述させてもらっているので、是非、こちらを読んでいただければ、と思う。

来年2012年は、光市母子殺害事件の最高裁での審理や、裁判員制度の見直しがある年だ。裁判員制度開始から3年目にあたる2012年5月21日から裁判員制度の見直し作業が開始されるのだ。

多くの被害者やご遺族の無念の思いが積み重なって、日本の刑事裁判における官僚裁判官制度が「裁判員制度」に移行した経緯がある。言うまでもなく、本村さんも私も、せっかくできた裁判員制度を守っていかなければならないと思っている。夜おそくまで、そんな話をしながら、徳山の美味しい酒と肴に舌鼓を打った。

私は、山口県(岩国と周南)に出張に行く前にテレビ局の取材を受けていた。例の読売巨人軍の清武英利代表の告発に関するインタビューである。14日(月)朝の「モーニングバード」と15日(火)夕方の「スーパーJチャンネル」という番組だった。いずれもテレビ朝日である。

東京に帰ってきてから、録画していたその番組を見たが、いずれも清武氏に好意的な番組構成になっていた。その流れの上で私のインタビューが使われていたので、ほっとした。覚悟の告発をした清武氏の勇気と野球を愛する気持ちを考えると、私は彼を古くから知っているだけに、少しでも応援をしてあげたいと思う。

野球の番外編はともかく、今日の日本シリーズ第4戦もなかなか見応えがあった。今日もソフトバンクが2対1で勝ち、2勝2敗のタイに持ち込んだ。しかし、ソフトバンクが勝ったからといって、秋山監督の采配には、私は合点がいかない部分があった。

ソフトバンクが2対1で迎えた8回表の1死1塁の場面である。左の三瀬投手からしぶとく1番・川崎がワンアウトからレフト前ヒットを放ってチャンスをつくった時、私は左対左となる2番本多に送りバンドをさせて3番内川のタイムリーを期待するものとばかり思っていた。

しかし、本多はバンドのそぶりもなく、そのままセンターフライに倒れ、川崎を2塁に進塁させることもできなかった。次の内川は代わった浅尾投手から期待通り、レフト前ヒットを放ったが、2塁にランナーを進めていなかったために、ソフトバンクが得点を挙げることはできなかった。

「2対1」と「3対1」とは、相手に与えるプレッシャーは天と地ほども違う。しかし、秋山采配では、その「1点」に対する執着が感じられないのである。その点で、中日の落合監督の采配の方が緻密であり、さまざまな場面で相手に嫌がる作戦を取り得ている。

野球とは、いかに「相手が嫌がる作戦」を取り得るかが勝敗を分けるスポーツだ。秋山采配には、残念ながら日本シリーズのこの4試合でそのことを感じることができなかった。過去、短期決戦で負けつづけたソフトバンクの理由がそこにあるように思う。

明日の試合で勝った方が、日本シリーズ優勝に王手をかける。残りの試合では、「1点」を大切にする両監督の死力を尽くした采配を是非、見てみたいものだ。

カテゴリ: 司法, 野球

プロ野球“2つの戦い”の行方

2011.11.13

プロ野球日本シリーズは、昨夜に引き続き、中日が延長戦を制して連勝、2勝0敗とした。ソフトバンクは、完全に継投に失敗し、秋山采配に「疑問符」がついた形で連敗を喫してしまった。

今日の勝敗のポイントは、8回、9回の2イニングをぴしゃりと中日打線を封じたファルケンボーグに代えて、秋山監督が延長10回に「馬原を投入したこと」にあった。

身長2メートル、体重100キロを超えるファルケンボーグの150キロ前後のストレートとカットボール、そしてキレのあるカーブに中日打線は完全に沈黙していた。ファルケンボーグの攻略は容易なことではない、と思って観ていたら、秋山監督は10回表にそのファルケンボーグを自ら引っ込め、前日にも救援に失敗している馬原を登板させたのである。

馬原は、2アウトをとりながら内野安打で1番荒木を出塁させると、どうしても打ち取らなければならない2番の井端を四球で出し、わざわざ最も怖い3番森野とスコアリングポジションにランナーを置いて対決することになる。

ここで森野がレフト前に痛烈なタイムリーヒットを放って、延長戦に決着をつけた。相手が嫌がる采配をするのが野球では勝利への近道だが、残念ながら秋山監督は、この1、2戦でそれができなかったことになる。2連敗で敵地・名古屋に乗りこむソフトバンクは、非常に厳しいシリーズとなった。

さて、その日本シリーズよりエキサイティングな状態になっているのが、例の清武英利球団代表の告発会見から始まった巨人軍の内紛である。

予想通り、読売グループのドン・渡辺恒雄氏の反撃が始まり、前日の清武氏の声明を「悪質なデマゴギーである」「今後の(清武氏への)対応は、本人の反省次第であり、現時点ではただちに処分を求めるつもりはありません」とする談話を発表した。

渡辺氏は、グループ内の人事権を握っている絶対的な人物だけに、告発をおこなった清武氏の旗色は悪い。しかし、世間では、敢えて“負け”を覚悟しながら告発をおこなった清武氏に対する応援の声が圧倒的だ。

8年前に原辰徳氏が巨人の監督から無念の辞任をさせられた時、「読売グループ内の人事異動だ」と言ってのけ、多くのファンの巨人離れを生んだ渡辺氏が、またしてもファン離れを加速させる原因となっているのは、まことに残念というほかない。

読売新聞社会部で敏腕ぶりを発揮した清武氏は、社会部記者独特の強い正義感を持つ人物だ。今回は、渡辺氏のワンマン体質に我慢を重ねてきた清武氏の堪忍袋の緒がついに切れた形の告発だったが、いずれにしても野球というものをほとんど知らない一人の老人に、現場がここまで翻弄されるサマは、見ていて気持ちのいいものではない。

清武氏は、社会人野球の廃部や休部が相次ぐ中で、「野球の裾野を狭めてはいけない」という強い信念で「育成選手制度」を創設し、その理念通り、山口鉄也投手や松本哲也外野手などを生んだ功績を持つ。

さらには、巨人の選手たちに、ファンサービスの必要性を説き、これを怠ったら罰走や2軍落ちさえ示唆し、「ファンあっての巨人軍」という意識を徹底させたのも清武氏である。

視聴率が落ち、地上波で巨人戦の中継が極めて少なくなっている現状で、アイディアマンでもある清武氏には、野球の人気向上と球界の浄化に対して、これからも力を尽くして欲しいものである。サラリーマン社会では、なかなか上司に直言することは難しいが、それを敢えておこなった清武氏の踏ん張りに期待を込めて、今後の推移を見守りたい。

カテゴリ: 野球

泣くな清武、“背広の番長”の本領発揮に期待

2011.11.11

「いかにも清武氏らしい」。いま流れている巨人軍の清武英利球団代表の午後2時からの会見のニュースを見て私はそう思った。同じジャーナリスト仲間として、清武氏が読売新聞社会部で国税担当記者だった頃から私は彼のことをよく知っている。

清武氏は今日、涙ながらの会見をおこない、読売グループのドン・渡辺恒雄会長のことを名指しして、「ツルの一声で(人事を)決めてしまうなど、球団を私物化するようなことがあっていいものか」と痛烈な批判を展開した。

いうまでもなく、絶対的な読売グループのドンであるナベツネこと渡辺氏に対して、内部から批判をおこなうことなど、タブー中のタブーである。それを敢えておこなったところが清武氏らしい。

昨年4月、あの木村拓也コーチの急逝で号泣した清武氏は、情が厚く、涙もろいことで知られている。今日の会見中、感情が高ぶって涙を拭ったあたりも、いかにも清武氏らしかった。

今回の“告発”は、直接的には、コーチ人事にかかわることだが、積もり積もった清武氏による覚悟の告発であることは間違いない。

会見で明らかにされたのは、巨人軍が岡崎郁ヘッドコーチの留任を決め、渡辺会長に報告し、了承を得ていたが、2日前の11月9日に急に渡辺氏が「ヘッドコーチには江川卓氏(元巨人、野球評論家)を起用する」という人事を独断で決定してしまったのだという。

これに対して「球団の私物化」という激しい言葉を用いて、清武代表が批判したのである。会見で「プロ野球界におけるオーナーやGM制度をないがしろにしている」とまで言ってのけただけに、これはもうグループのドン・渡辺氏との全面戦争である。

清武氏は、中部読売新聞の社会部長から東京本社に戻ってきて、本人にとっては不本意だったと思うが、2004年6月、運動部長となった。その直後に起こったのが、明治大学のエース・一場靖弘投手(現・ヤクルト)の裏金供与事件である。

この事件の責任をとって渡辺氏はオーナーを退き、巨人軍の上層部は人事が一新された。その時に“抜擢”され、球団代表に就いたのが、運動部長になったばかりの清武氏だった。

巨人軍代表となった清武氏は、“背広の番長”と称されるほど、やり手ぶりを発揮し、巨人を5位から4位、そして優勝へと引き上げ、さらには3連覇を成し遂げるという手腕を見せた。2009年には、宿願の日本一にも輝いている。

社会部記者時代のやり手ぶりと同じく、低迷していた巨人軍を一気に復活させた立役者の一人だ。一方、つい先日のドラフト会議では、相思相愛だった東海大学の菅野智之投手のハズレくじを引くなど、ご愛嬌ぶりを発揮するところも「清武氏ならでは」だった。

だが、今回の波紋の大きさは、これまで清武氏がやってきたこととスケールが違う。渡辺氏の“老害”ぶりには、多くの関係者が頭を悩ませてきたが、誰もその告発をおこなえた人はいなかった。

渡辺氏は、政界でも4年前、かの福田康夫首相(当時)と小沢一郎・民主党代表(当時)を動かして「大連立」を実現させようとして政界を大激震させたこともある。

まさにキングメーカー気どりで、森嘉朗元総理に「あんたは派内の調整だけやればいい」と連絡して福田政権をつくり、さらには民主党の小沢代表にも因果を含めて自民党と民主党の「大連立」を実現しようとしたのである。

これに“乗った”小沢氏は、党内の反発を受けて代表辞任を表明したが、2日後には記者会見を開き、一転、代表の続投を表明している。この時、小沢氏は、記者会見で涙を流した。今日の清武氏の涙の会見を見て、私は、あの時の小沢氏の会見を思いだした。

85歳になっても権力に固執する人間のために、どれだけ第一線の現場が翻弄されるかが、よくわかるシーンだった。今日の清武氏の会見は、その意味で古くて新しい“人間の引き際”というものを考えさせてくれるものだった。泣くな清武、“背広の番長”の本領を発揮せよ、と是非、応援したい。

カテゴリ: 野球

TPP“秋の陣”に思う

2011.11.09

秋が深まっている。そろそろコートを着る人が出てきてもおかしくない。北海道や東北では朝夕、ストーブが欠かせなくなっているそうだ。しかし永田町&霞が関は、今日、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)問題で1日中、緊張感と熱気が満ちていた。

ここのところ、連日、永田町では「いつか見た光景」が続いている。米価闘争の時にハチ巻きをした陳情団が議員会館を取り囲む、あの「かつての風景」である。

昨日、両国国技館で開いた反対集会などは、巨大集票マシーンでもある全中(全国農業協同組合中央会)が、自分たちの主張を“力”で実現するために全国動員をかけた時代そのままだった。いかにこの組織が圧力団体そのものだったかがよくわかる。

この光景を見ながら、大規模化、もしくは効率化を果たせないまま続いてきた日本の農業の実態を私は改めて思い起こした。日本の農政とは、大規模化と効率化を果たすことによって農業だけで生計を立てていこうとするヤル気のある農業従事者ではなく、兼業農家を補助金漬けにして「競争力のない農家」をつくり続けてきた。

最近では、「半農半X」などという言葉まで生まれているそうだが、そういう農家を中心に、TPP反対の声が異常な熱気で湧き起こっているのだ。しかし、日本の農業がTPP参加で本当に崩壊してしまうのかというと、実はそうでもない。効率的な農業をおこないたいヤル気のある農家には、TPP参加を望む声が小さくないのだ。

ほとんど例外なく、将来的に物品の関税を100%撤廃するのが原則だというTPP。これは、日本にとって危機であると同時にチャンスでもある。少なくとも、日本がTPPに「不参加」で、韓国が「参加」だった場合は、世界の市場で日本の工業生産物が韓国の後塵を拝するようになるのは確実だ。

すなわち工業立国・日本が「敗北する」のである。すでに、カロリーベースで日本の総合食料自給率は40%に満たない。大豆を例にとればわかりやすいが、大豆の自給率は5%に過ぎず、国内の大豆では国民が食べる豆腐すら作れないのが実情だ。

もし、本気で日本の食料自給率を限りなく100パーセントに近づけたいなら、昔と同じように鎖国し、日本の国土を改めて「農業中心体制に変えていく」しかないだろう。

その是非は、それぞれの国民によって異なると思うが、少なくとも技術立国・日本の商品が、高い関税のせいで世界中からソッポを向かれるということになったら、それこそ日本の打撃ははかり知れない。永田町&霞が関の混乱ぶりを見ながら、私は今日、そんなことを考えていた。

カテゴリ: 農業

貴重な命はどう失われたのか

2011.11.07

本日、無事、原稿600枚を入稿した。最後は、徹夜、徹夜の連続だったが、なんとか終わった。『太平洋戦争 最後の証言』の第2部「陸軍玉砕編」である。今日の入稿で、12月中旬に発売されることが決まった。

今年の12月8日は、太平洋戦争開戦70周年だけに、第1部の「零戦・特攻編」と併せ、是非、読んでもらえれば、と思う。第2部で取り上げたのは、「ガダルカナル島」「ニューギニア」「インパール作戦」「サイパン島」「ルソン島」「レイテ島」「硫黄島」「沖縄」「占守島」という地獄の戦場を生き抜いた人々である。

奇跡の生還を遂げた90歳以上の元兵士を全国各地に訪ね、その証言によって「戦争とは何か」を描かせてもらった。本書に登場する直接の証言者だけでも30名を超える。いかに凄まじい戦いが展開され、そのためにどれほど多くの貴重な命が失われていったか、是非、本書で知っていただきたいと思う。

カテゴリ: 歴史

好天に恵まれた文化の日

2011.11.03

今日の文化の日は、全国的に好天に恵まれた。スポーツの秋だけにさまざまな行事がおこなわれた。そんな中、昨日、航空自衛隊幹部学校で講演があったため単行本の原稿の仕上がりが遅れ、今日は事務所から一歩も出ずに終日、執筆に追われた。

原稿はあと少しで仕上げるつもりだが、入稿が7日の月曜日に迫っているので油断はできない。史料のチェックをおこないながらの執筆になっているので、机のまわりは完全に史料で埋まってしまった。

この時期は、大学の文化祭のシーズンでもある。あさって土曜日には、一橋大学で講演をすることになっているので、また執筆に少々、合間ができそうだ。講演内容は、今年4月に出版した一橋大学(当時は東京商科大学)出身の零戦特攻隊員、松藤大治少尉の生涯を描いた『蒼海に消ゆ』について、である。

現代の若者は、当時の特攻隊員のことをどう思うのか、楽しみだ。大学生と現代史について議論するのは私にとっても大いに刺激になる。さまざまなことをブログに書きたいが、なかなか余裕がない。いい作品を仕上げることに今は没頭したい。

カテゴリ: 随感