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「通化事件」と風化する歴史

2012.02.03

今日2月3日は、昭和21年に起こった「通化事件」の66回目の記念日である。この事件は、国共内戦が進行する中、中国共産軍(八路軍)に占領された旧満洲・通化省通化市で勃発した八路軍に対する日本人居留民の蜂起と、その後に起こった共産軍による日本人虐殺事件である。

八路軍の圧政に立ちあがった日本人から数多くの犠牲者が生まれ、その数は二千とも三千とも言われるが、今もって正確にはわからない。

私の伯父がこの通化事件の犠牲者だったので、幼い頃から私は父や伯母たちからこの事件のことを聞いていた。通化事件の犠牲者には、遺体も遺品もなく、蜂起に失敗した日本人たちは狭い穴倉に押し込まれて圧死したり、処刑や暴行によって命を落としていったのだ。

そして遺体は凍りついた渾江という大河の氷を割って流されていった。私は今から28年前(昭和59年)の2月に零下20度という厳寒の早暁、まだ未開放地区だった通化に人民服姿で潜入し、伯父の死んだ場所の「石」を持ち帰ったことがある。

通化で命を落とした伯父の墓には、遺骨もなんの遺品も入っていなかったからだ。私にその通化事件の実態や関係者の連絡先を教えてくれた女流作家の松原一枝さんも昨年1月末に95歳で亡くなった。

多くの真実が歴史の彼方に消えようとしている。ここのところ、私は4月刊行予定の『太平洋戦争 最後の証言』完結編の「大和沈没編」執筆で徹夜がつづいているが、最近、貴重な歴史の証言を後世に残す意味を考えることが多くなった。

今日、事務所には千客万来だったが、その中で2月20日に迫った光市母子殺害事件の最高裁判決についての事前取材で訪れた報道記者もいた。拙著『なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日』(新潮文庫)に関して、いくつかの質問を受けた。

多くの事件が歴史の彼方に消えていく。風化に耐えながらも、次第に闇に呑み込まれていくのが、さまざまな事象の運命に違いない。しかし、それらをできるだけ後世に活字で残すことが私たちの使命でもある。その意味を考えながら、今晩も原稿に向かっている。

カテゴリ: 事件, 歴史