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「昭和」と共に歩んだ野球人の大往生

2012.06.10

今朝、ひとりの野球人が亡くなった。大正3(1914)年1月生まれで、今年98歳となっていた元学習院大学野球部監督の島津雅男さんである。

つい2か月あまり前の3月下旬、島津さんを囲む会に行った時のことをブログ(3月28日付)に書かせてもらったばかりだった。拙著『甲子園の奇跡』(講談社文庫)、そして『神宮の奇跡』(講談社)、両方の主役の一人である。

3月にお会いした時、島津さんから励ましのお言葉をいただいたが、私にとって、それが最後のメッセージになってしまった。島津さんはその後、5月下旬に軽い脳梗塞で倒れたが、意識もはっきりしており、私はお元気に復活されると思っていた。しかし、一昨日に容体が急変し、文字通りの大往生を遂げられた。

島津さんは満洲事変が起こる1か月前の昭和6(1931)年夏の甲子園に、早稲田実業のエース、4番、主将として出場して中京商業に敗れ、いまだに破られない甲子園3連覇という大記録の“最初の1勝”を献上した。

その後、島津さんは早稲田大学に進んで早慶戦で活躍し、社会人野球の東京鉄道局野球部でも勇名を馳せた。東京鉄道局野球部時代には、発足して間もない巨人軍との試合で、あの沢村栄治とも対戦し、痛烈なヒットを放っている。昭和33年には、学習院大学野球部を監督として率いて、東都大学1部リーグでの“奇跡の優勝”を果たした。

温厚な人柄で慕われ、多くの弟子を育てた島津さんは、いわば日本野球の歴史の証言者だった。いや、野球にかぎらず、昭和11年に陸軍に入隊して二・二六事件に遭遇し、南京攻略戦にも参加した島津・陸軍大尉の人生は“激動の昭和史”そのものだったと言えるだろう。

東京鉄道局野球部時代のチームメイトである前川八郎さん(投手・巨人軍)も一昨年、98歳を目前に死去された。二人はお互いを懐かしみ、「是非、会いたい」と仰っていたが、ご高齢で足が弱っていたこともあり、お二人に頼まれていた私は、ついに二人の面会を実現できないままに終わってしまった。

草創期の巨人軍のことを詳しく教えていただいた前川さんと、学生野球、そして社会人野球で活躍して戦前の野球のことを語り尽くしてくれた島津さんのお二人を、私は両方失ってしまった。

貴重な歴史の証人を失ったことは、言うまでもなく野球界にとって大きな損失である。日本を根底から支えた大正生まれの男たちがいよいよ少なくなってきたことを感じる。多くの業績を遺された島津さんのご冥福を心からお祈りしたい。

カテゴリ: 野球