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毅然と生きた福島の人々

2012.11.29

今日は、内外情勢調査会の講演で福島県のいわきに来ている。今年、いったい何度、いわきに来ただろうか、と思う。

拙著『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)の「取材拠点」になったのは、このいわき市だった。

福島第一原発の吉田昌郎前所長とは東京でお会いしたが、吉田氏の部下たちには、ほとんどいわきを拠点に福島県内で取材させてもらった。すっかり馴染みの地である。

昨年3月、日本が危うく「三分割」されるという絶望的な状況で、凄まじい闘いを展開したのは、素朴な福島の浜通りの方々だった。私の取材にも、「あたりまえのことをしただけ」と、言葉少ない人がほとんどだった。

しかし、「家族」のため、「郷里福島」のために、暴走しようとするプラントと命をかけて闘いつづけた人々の姿に、私は何度も心を揺さぶられた。

力及ばず福島県内に大きな被害がもたらされた。その影響は、いつ果てるともなく現在もつづいている。避難を余儀なくされ、人生そのものが変わってしまった方も多い。そんな中で闘いつづけた無名の人々の姿を私は詳しく書かせてもらった。

今日の講演では、この原発事故のことと、私が2年前に出した『この命、義に捧ぐ』(集英社)の主役、根本博・陸軍中将のことを両方、話をさせてもらった。根本中将も福島出身の方だからだ。

毅然とした生き方を貫いた根本中将の姿が、私には、今回の事故の際、原子炉建屋に何度も命をかけて突入していった人々の姿と重なって見えた。

あの最悪の原発事故の中で、日本を救ったのは「福島の人々」だったことを忘れてはならないと思う。しかし、その人々が、今も自分がどこに勤めているか、知られないように生活しているのは事実だ。

東電に勤務していることが知られたら、非難に晒され、家族に迷惑がかかるという危惧は今もつづいている。あの事故を引き起こしたのが「東電」ならば、“日本三分割”という岐路にそれを土壇場で止めたのは、その東電の「現場の人々」だった。

東電への“怒り”と共に、現場への“感謝”は、同時代に生きる人間として、忘れてはならないもののように思う。

カテゴリ: 原発

“リセット有権者”が問われるもの

2012.11.27

いよいよ仁義なき戦いである。本日、滋賀県の嘉田由紀子知事(62)が新党「日本未来の党」を結成し、原発を段階的に削減する「卒原発」など「六つ」の主要政策をぶち上げ、新たな「第三極」を結集することになった。

「脱原発」の次は「卒原発」で、いずれにしても、原発反対の勢力を糾合しようとする各政党の思惑と意図が交錯した一日だった。そこに合わせたかのように本日、九州電力が原発の稼働停止で火力発電用燃料費が増大したため「業績が悪化」したとして、値上げ申請をおこなった。

実に10%近い値上げである。生産コストを直撃される中小の製造業は大打撃だ。これに東北電力や四国電力がつづき、今週、相次いで電力料金の値上げが発表されるのだそうだ。いよいよ「原発ゼロ」の負担増を国民に見せつけてくるわけである。

「原発」が選挙の大きな争点に浮上している中、各政党と電力事業者の凄まじい闘いが始まったことになる。電力値上げによって、日本の産業の空洞化が加速することへの懸念を印象づけようとする電力側と、とにかく脱原発で票を集めようとする政党の熾烈な戦いにほかならない。

私は、福島原発事故の真実を追ったノンフィクション『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)を上梓したばかりなので、この鍔(つば)迫(ぜ)り合いを興味深く見ている。

ニュースを見ながら、私は、この選挙で問われているのは「何か」ということを考えた。前々回の2005年の総選挙では、自民党に296もの議席を与えて“小泉チルドレン”を大量に生み出し、前回の2009年の総選挙では、民主党に308という空前の議席を与えて“小沢ガールズ”が大量に誕生した。

いずれも、われわれ国民の選択によるものである。そして、今回の総選挙では、早くも民主党が「100議席を割り込む」惨敗を喫すると予想されている。

いわゆる小選挙区制の“振り子現象”だが、これらは、有権者が単に前政権への“負の評価”をくり返していることを意味している。私は、今回の選挙で問われているのは、日本国民の「見識」ではないか、と思う。

そこには、「アメ=与えられるもの」が足らないから切って捨てる、あるいは、「期待したものが来ない」、さらには「飽きた」から、引きずりおろすという実に身勝手な投票行動しか見えてこないのである。

それは、ゲームで言う「リセット」である。世界の指導者たちから「日本の首相はころころ変わるから、名前を覚えても仕方がない」と言われるほど、国家の領袖の首を短期間で変えてしまうのが今の日本人だ。

その底流にあるのは、「自分が何かをおこなう」のではなく、国や自治体に「何かをやってもらう」という他人任せの“甘えの構造”ではないだろうか。

平成が始まるまで、日本を牽引(けんいん)したのは、戦争世代と言われる「大正生まれ」の人々だった。同世代の7人に1人が戦死した彼ら大正世代は、戦後の復興どころか、世界から“20世紀の奇跡”とまで称賛された「高度経済成長」を成し遂げた。

エコノミック・アニマルと揶揄(やゆ)されようと、ひたすら前進をつづけ、休むことなく「他人のために生きた」のが、彼ら大正世代である。

彼らは、働けばその先に幸せがあると信じ、黙々と「家族」と「郷土」、そして「国」のために働きつづけた。彼らの選択肢に、今のような「何を与えてくれるか」というものは少なかったように思う。それは、彼らが明治生まれの両親から「恥を知りなさい」という教えを受けていたからかもしれない。

しかし、そのために自民党独裁政治の硬直化を生んだことも事実である。だが、少なくともゲームをリセットするかのような常軌を逸した極端な“振り子現象”とは無縁だった。すなわち「リセット有権者」の数は極めて少なかったのである。

今、日本人は岐路に立っている。それは、本来の「恥を知る日本人」に戻ることができるかどうかの岐路ではないかと、私は思う。決して「他人任せ」ではなく、進むべき道を自ら切り開いた大正世代のような「かつての日本人」に戻れるかどうかの岐路である。

私は、公示前に合従連衡をくり返す政党の姿と、「何を与えてくれるか」という“アメ”の発想しかない国民の姿を見ながら、今回の選挙が「本来の日本人」を取り戻す“第一歩”になって欲しいと祈らずにはいられなかった。

カテゴリ: 政治

「福島第一原発事故」とは何だったのか

2012.11.24

いよいよ各政党、各候補者がこの連休、“戦闘状態”に入った。全国あちこちで各党の党首や候補者たちの叫び声が響きわたっている。

多くの争点が浮上しているこの総選挙で、さらに絞れば、「消費税増税」「TPP」「原発」「外交政策」が四大争点なのだそうである。これらをめぐって史上最多の政党が乱立し、有権者の判断を仰ぐことになる。

そんな中、本日、拙著『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)が発売になった。「原発」に対するスタンスは、たしかに国民にとって投票を決定づける大きな要素である。

解散総選挙のまさにその時期と拙著の出版が重なったことに、私は運命的なものも感じている。10月には出したいと思っていたが、取材の継続やさまざまな事情によって出版が遅れに遅れ、この時期になってしまった。

本は、題名でもわかるように福島第一原発所長として事故の最前線で指揮を執った吉田昌郎氏とその部下たちを中心に、菅直人首相、班目春樹・原子力安全委員会委員長、自衛隊、政治家、官僚、地元の人々……等々、90名以上の実名証言をもとにノンフィクション作品として描かせてもらったものだ。

外国メディアによって“フクシマ・フィフティ”と呼ばれ、原発に残って事故の最前線で闘った人たちの実名証言は、言うまでもなく初めてである。

私が吉田前所長とお会いしたのは、今年の7月はじめのことだ。私は、吉田さんと会うために事故以来、1年以上にわたってあらゆるルートを通じてアプローチをつづけた。もちろん、東電広報部に取材申し込みもしたが、各報道機関や、多くのジャーナリストから取材申請が殺到していたので、全く何の音沙汰もなかった。

私は、吉田さんの生い立ちや学校時代の友人や恩師など、さまざまなアプローチをつづけ、10本以上のルートを探ったが、最後に吉田さん本人に辿りついたのは、意外な「ルート」だった。

協力者にご迷惑がかかるので、それについては触れないが、やっと事故後1年4か月を経て、私は吉田さんとお会いすることができた。昨年12月に福島第一原発所長から退く原因になった食道癌は、すでに今年2月に手術を終えていたが、痩(や)せて所長時代とはすっかり面(おも)変わりした姿に私は衝撃を受けた。

2度目の取材となった7月中旬には、すこし頬がふくらみ、体調が回復していることが私にもわかったが、それでも、所長時代の姿には程遠かった。そして、3度目の取材の直前に、吉田さんは脳内出血を起こし、ふたたび長期入院を余儀なくされたのである。

その後、2回の開頭手術、そしてカテーテル手術も1回おこなうなど、吉田さんは現在も厳しい病状と闘っている。しかし、私は吉田さんへの取材を端緒に、多くの部下たちに直接取材をおこなうことができた。

私が知りたかったのは、考えられうる最悪の事態の中で、現場がどう動き、何を感じ、どう闘ったのかという「人としての姿」だった。

あの全電源喪失、注水不能、線量増加、そして水素爆発……という絶望的な状況の中で、命をかけて原子炉建屋に突入していったのは、どんな人々なのか。また、どんな思いで死の恐怖を克服したのか。私はその「人としての姿」を知りたかったのである。

極限の場面では、人間は、強さと弱さを両方、曝け出す。日頃は目立たない人が土壇場で驚くような力を発揮したり、逆に普段は立派なことを口にする人間が、いざという時に情けない姿を露呈したりする。ぎりぎりの場面では、人間とは、もともと持ったその人の“本来の姿”がむき出しになるものだ。

私は、それぞれの人たちがさまざまな葛藤の末に、「家族」や「故郷」を背負って事故に立ち向かい、その中で、想像を超えたドラマが数多くあったことを、取材を通じて知った。

原子力安全委員会委員長だった班目春樹氏は、「あの時、日本は“三分割”されるところだった」と語ってくれた。すなわち、日本は、致命的な打撃を受けた「東北・関東」と、それ以外の「北海道」と「西日本」に三分割される、ということである。そして、吉田前所長本人は、事故の規模を「チェルノブイリ事故の10倍になる」というぎりぎりだったことを詳しく語ってくれた。

事故は、福島県とその周辺に大きな被害をもたらした。しかし、それでも「日本三分割」という最悪の事態になることは土壇場で阻止された。その闘いを展開した現場の人々の凄まじい執念と、制御不能に陥った時の原子力の怖さ――取材の間中、私はそのことを考えつづけた。

吉田さんは脳内出血で倒れる前、しみじみとこう語ってくれた。「もうだめだと思った時、私は、自分と一緒に“死んでくれる”部下たちの顔を思い浮かべました。頭の中では、死なしたらかわいそうだ、と思っているんですが、だけど、どうしようもねぇよな、と。一人一人、顔を思い浮かべて、それ以外の人間は、もうここ(福島第一原発)から出てもらおうと思ったんですよ」

それは、いよいよ2号機が「最期の時」を迎えようとした2011年3月15日明け方のことである。気迫と闘志で暴走しようとする原子炉と闘いつづけた吉田所長ら“フクシマ・フィフティ”たちの姿を想像しながら、私は、「首都東京」を含めた今の生活が彼らの「執念」と、事故の中で信じられないような幸運がもたらした「奇跡」によって成り立っていることを感じざるを得なかった。

大きな選挙の争点となった原発問題。あの事故の「真実」を一人でも多くの人に知って欲しいと思う。

カテゴリ: 原発

もう“化けの皮”が剥がれた「第三極」

2012.11.17

私は、衆院が解散され、慌ただしく動く昨日の政界のニュースを「なんでこんなことをしたんだろう?」と首を傾げながら見ていた。例の「第三極」について、である。

私も多くの有権者と同じく、既存の政党には、どこに対しても不満を持っており、それなりに「第三極」には期待を抱いていた。

しかし、昨日から今日のニュースを見ていると、石原慎太郎氏は、結党したばかりの「太陽の党」を解党して、「日本維新の会」に合流することを「決めた」というのである。

「ウソだろ」「なぜ?」と思い、私は正直、失望した。これまで「日本維新の会」に尻っ尾を振りつづける政治家たちと、「石原氏も同じだったのか」と。

それぞれがそれぞれの理念・政策を掲げて選挙を戦い、国民の審判が下ったあと、政策に従って連合を組むなど、大同団結を果たせばよかったはずである。政策も理念も違うもの同士が、ただ選挙に「勝つ」ために一緒になるのは「野合」にほかならない。

しかも、すでに“化けの皮”が剥がれかかっている日本維新の会に、必死で擦(す)り寄るのは、失望と落胆以外のなにものでもない。今回の石原氏らの慌てぶりを見ると、自分の意志を直前まで隠し、電撃的な解散に打って出た野田首相の戦略が「功を奏した」と言えるのかもしれない。

消費税増税、TPPへの参加・不参加、脱原発、憲法改正、対中国政策……等々、国民の投票を決定づける「選択肢」は、多岐にわたる。太陽の党は、そもそも「原発推進」の立場で、維新は「脱原発」だ。TPPに関しても、太陽は「反対」で、維新は「参加」の立場だ。真逆である。

しかも、石原氏は、前日に河村たかし名古屋市長が率いる「減税日本」との合流を会見で発表したばかりである。そのことを「忘れた」かのように、翌日、日本維新の会の橋下氏のもとに走ったことで、国民の期待は「失望」へと変わっていったのではないだろうか。

政治家とは、一瞬、一瞬の判断が「勝負」を分ける世界である。その意味で、政治の世界は、アスリートたちが極限まで鍛え上げた肉体で勝負をつけるスポーツの世界とも似ている。石原氏は、その第一段階で、致命的な失敗を犯したと思う。

彼らがやるべきことは、それぞれの選挙区での「協力」であったはずだ。「この選挙区では遠慮する」「ここでは応援してくれ」「この選挙区では、協力してこの人物を推そう」と、個別の協力をおこなうことは、何もおかしくない。

だが、政党として「すべてが一緒になる」などというのは、まさに「野合」以外のなにものでもない。そもそも立候補を目指して地道に選挙運動をつづけてきた候補者たちはどうなるのか。それぞれの選挙区で活動をしてきた多くの候補者が、“梯子(はしご)”を外されることになるだろう。

政策や理念も異なり、それと同時に、極めて“我(が)”の強い石原慎太郎氏と橋下徹氏の二人が、同じ政党の中で、どのくらい辛抱しながら相手を尊重していくことができるのだろうか。

太陽の党、日本維新の会などが、それぞれの強い地域で議席を獲得して、選挙後、政策ごとに協力していく民主主義の基本とも言えるダイナミックな政治を夢見ていた私は、昨日から今日にかけて、大いに落胆してしまった。

「第三極」とは、そういう国民連合ともいうべきものだと私は勝手に思っていた。これで、今回の選挙の争点のひとつに「“野合”に対するスタンス」というものが浮上した。選挙期間中、そのことへの「批判」をことあるごとに、私たちは聞くことになるだろう。

それは、「ああ、石原さん、あなたもか」ということである。混沌とした政界の情勢は、期待、落胆、失望……の間を揺れ動きながら、これから「1か月」に及ぶ壮絶な闘いに突入した。

カテゴリ: 政治

土壇場で発揮する「人間力」を見るために

2012.11.15

昨日は、明治神宮野球大会の最終日だった。高校の部の決勝戦、仙台育英(東北地区代表)対関西(中国地区代表)は、勝負の怖さを見せつける試合だった。

3塁手の1塁への送球ミスをきっかけに3回裏無死満塁となった好機に登場した仙台育英の4番・主将の上林誠知君が、ツー・ナッシングに追い込まれながら、そこから際どい球を3球、見逃した。どれも、追い込まれているなら打者としては「手が出る球」だった。

ぴくりとも動かない4番の姿を見て、私は打者として上林君の豊かな将来性を見た。そして、フルカウントから狙いすましたようにセンター右に痛烈なタイムリーヒットを放って2者を迎え入れた。

ここで試合は一気に決した。動揺した関西のエース児山祐人投手は崩れて、つるべ打ち状態となり、この回、仙台育英が一挙9点を奪った。

試合後、私が上林君に聞いてみたら、「ツーナッシングからの三つの球は、どれもボールひとつ、ふたつ、外れていました。僕は、選球眼には自信があるんです。一打席目に見逃し三振になりましたが、あれも外れていました」と、はっきりと語ってくれた。

上林君は、「僕は“変化球待ち”のストレート対応です」とも語っていた。変化球待ちのタイミングで、ストレートに対応できる打者はプロでもそういるものではない。イチローを含め、数えるほどしかいない。

上林君は、高校生の段階でそれに対応するスイング・スピードを、すでに持っているのである。前日の準決勝・北照(北海道代表)戦では、勝負を決定づける満塁本塁打を放つなど、この身長184センチ、77キロの大型スラッガーの実力はかなりのものだ。頼もしいバッターが現れたものだと思う。

大学の部の決勝戦も見応えがあった。前日、東都の雄・亜細亜大学を2対0で下した桐蔭横浜大学が、東京六大学の覇者・法政大学を1対0で下して、初優勝を飾った。

キレのあるストレートとスライダーで相手打線を封じ込む横浜DeNAの2位指名、法政・三嶋一輝投手から6回裏に167センチ64キロの小柄な2番バッター、山中雄士朗二塁手が、この試合唯一とも言える“失投”をライトスタンドに叩き込み、1対0で決着をつけたのである。

私は、勝負を決するその場面と共に、7回表に法政が二死満塁と攻め立て、カウントがノー・スリーになった場面を切り抜けた桐蔭横浜大学のエース小野和博投手の「精神力」にほとほと感心した。

追い詰められた土壇場で、小野投手は、快速球でずばり2つ続けてストライクをとった。さらに3球目も臆することなく投げ込んでライトフライに討ち取り、“絶体絶命のピンチ”を切り抜けたのである。

強心臓と言えば、その通りだが、スリー・ボールから3つ続けて素晴らしいボールを投げ込む“球際の強さ”に、野球の神髄とは「勝負強さ」と「精神力」にあることを改めて教えられた。

土壇場で発揮する精神力――それは、果たして生まれ持ったものなのか、それとも繰り返される厳しい練習で培われるものなのか。選ばれた若者たちが発揮する「人間力」を見るために、私は、また来年も野球場に「足を運ぶ」だろう。

カテゴリ: 野球

“ドジョウ”にもなれなかった野田“カマキリ”政権の末路

2012.11.14

ついに地獄への「扉」が開いた。よく「進むも地獄、残るも地獄」と言うが、民主党の場合は、それもない。すべてが地獄である。

「16日に解散しましょう! やりましょう!」。本日、安倍晋三・自民党総裁との党首討論で唐突にそう宣言した野田首相の表情を見て、私は、哀れさを感じた。消費税増税法案を“財務省のドン”勝栄二郎(かつ・えいじろう)事務次官の意向に沿って成立させるべく、すべてを擲(なげう)った野田首相の惨めな最期である。

私は、その表情を見ながら、「この人が本当にやりたかったのは何だったのだろうか」と改めて考えてみた。総理の座を手に入れるために、勝次官以下の財務省ネットワークをフル稼働させた野田氏は結局、財務省の悲願である消費税増税法案を通すためだけに存在し、勝次官が勇退したあとは、ただジリ貧の哀れな姿を国民に晒しただけだった、と思う。

野田さんご当人は、自分を「ドジョウ」と表現したが、私は、彼は「カマキリ」だったと思う。カマキリの雄(オス)は、交尾を終え、自分の役割が終わると、メスに捕食されると言われる。

財務省のドンの掌(てのひら)で踊りつづけ、結局、「最後の大物次官」「影の総理」と呼ばれた勝氏ほか、財務官僚の「初(う)い奴」でありつづけた野田さんは、その「役割」が終わった以上、あとは、「消え去るしかなかった」のである。

そして、私にはどうしてもこの人が「やりたかったこと」がわからない。政権を奪(と)るというのなら、政権を握ったあと「やりたいこと」があるはずである。ただ首相になりたいだけ、というのなら、これほど国民をバカにした話はない。

だが、今回の内閣に田中真紀子文科相や田中慶秋法相などを起用したことでもわかるように、野田さんは、いったいこんな閣僚たちで何をしたかったのだろうか、と思う。

「私は安全保障の素人」と言ってのける人や国会答弁すらまともにできない人を防衛大臣に起用したり、リンチ殺人事件の被害者の母親に対して「殺人者にも犯罪を犯す事情があったんだ」と発言して猛反発を食らった人物をわざわざ法務大臣に据えたり、おかしなことを数え出したらキリがない。

消費増税法案が8月上旬に成立し、頼りにする勝次官など財務官僚が離れたあとの野田政権の末路は、無残なものだった。支持率は下がり続けて20パーセントを切り、不支持率はついに60パーセントを超えた。


本日、最後の最後で声を張り上げて「16日解散」を宣言した野田首相。しかし、連立与党からも「子どもじみている」と呆れられた唐突な解散宣言は、おそらく野田首相ご本人や、鳩山由紀夫元首相、菅直人前首相らさえ「当落選上」に置くだろう。

彼ら大幹部たちはもちろん、歴史に残る惨敗を喫することが確実な民主党は、選挙後、政権の表舞台から消え、代わってあらたな政治勢力が誕生・台頭する。それは、すなわち「憲法改正」をも視野に入れた政治勢力である。

われわれ国民は、今回の選挙で民主党のような子どもじみた政治家、政党ではなく、日本の行く末を見据えた賢明な「選択」をしなければならない、と思う。それぞれの一票一票がこれほど大切な選挙は、めったにあるものではない。

カテゴリ: 政治

野球シーズンの終わりを告げる「明治神宮野球大会」

2012.11.12

今年の野球シーズンも、いよいよ終わりを迎えている。この時期、私が楽しみにしているのが明治神宮大会である。

高校では来年の選抜甲子園に出場が確実な各地区の優勝チーム10校が勢ぞろいした“プレ甲子園”であり、一方、大学では、東京六大学や東都大学リーグ、あるいは全国の大学リーグで優勝した上、地方予選を勝ち抜いた11チームが日本一を争う大会だ。

昨日の大会二日目は、ネット裏で中央大学の秋田秀幸監督や、高知高校の島田達二監督らと一緒に観戦した。今日の大会三日目も、今年のドラフト会議で指名されたピッチャーたちが続々登場するので、早々と神宮球場に行ってウォッチしてきた。

今日の圧巻は、なんといっても法政大学の三嶋一輝投手だった。横浜DeNAにドラフト2位で指名された三嶋は、三重中京大を相手に4安打、16奪三振を奪う快投を見せ、1対0で完封勝利を果たした。

初回から140キロ台後半の力強いストレートをコーナーにびしびしと決めた三嶋は、相手打線に全くつけ入るスキを与えなかった。ストレートは、なんとかバットに当てることができた三重中京大だったが、要所で投げ込んでくる三嶋のスライダー、特に縦のスライダーには、ミートすらできず、ただバットは空(くう)を切りつづけた。

さすが六大学の最多勝(4勝)、最優秀防御率(0・89)、ベストナインの3冠に輝いた好投手である。内外角によくコントロールされた150キロ近い威力あるストレートと、この切れ味抜群のスライダーは文句なくプロでも即戦力である。

横浜DeNAは、中継ぎ、抑え、どちらでも使える有望なルーキーを獲得したものである。おそらく三嶋は来季の中畑DeNAで早々に頭角を現わすに違いない。

今日は、楽天がドラフト2位で指名した三重中京大の則本昂大投手も七回途中から5番手として登板した。こちらも、150キロ台のストレートを連発し、法政打線を手玉にとった。

試合後、則本投手は、「今日は身体も軽く、調子がよかった」と言っていただけに、途中登板ではなく、先発をさせて三嶋との迫力ある投手戦を観たかったと思う。則本を温存して7回まで登板させなかった三重中京大ベンチの疑問符がつく投手起用だった。

ナイターとなった今日の最後の試合では、亜細亜大学が登場し、ソフトバンクにドラフト1位指名された東浜巨投手が、これまた福岡大学を相手に、7連続を含む14奪三振、2安打、1四球の完封勝利(1対0)を挙げた。

終わってみると、東浜は、わずか108球の省エネ投球だった。通算22試合という大学球界の完封記録を持つ東浜らしい勝利だったが、私は、東浜の迫力のなさに少々、プロでの不安を感じた。

相手打線との力の差は歴然としていたが、東浜の球には、前の試合での法政の三嶋や三重中京大の則本のような迫力がなかった。危なげない完封劇とはいえ、「プロでどこまで通用するのか」という点においては、未知数に思えた。

東浜が必死の形相で相手打者と見(まみ)える姿を観てみたいものである。本人は、試合後、「まだ自分の狙ったボールが投げられていない」と告白していたが、私は、4年間、東浜の投球を見てきたので、上のレベルに行って、さらに新しい姿を見せてくれることに期待したい。

韓国でおこなわれていたアジアシリーズでは、巨人が台湾のラミゴに6対3で勝って優勝を飾り、今年の野球シーズンもいよいよ終わりを告げようとしている。神宮のスタンドも第4試合の終わり頃は、寒い風が随分身体に堪(こた)えるようになっていた。

師走まであと3週間もない。国会にも“解散風”が吹いている。さて、2012年の残りは、どんな波瀾の季節となるのか。さまざまな分野から目が離せない。

カテゴリ: 野球

田中真紀子氏の“暴走”をどう見るか

2012.11.08

私は、いま話題になっている田中真紀子文科相の新設大学認可問題を、ほかの人とはまったく違う見方で捉えている。

これは、いつもの真紀子氏の“暴走”であり、これまで彼女がやって来たことを考えれば、不思議でもなんでもない。検討を重ねてきた「認可」を土壇場でひっくり返せば、どういうハレーションが起こるか、それすら真紀子氏にはわかっていなかったのである。

日本は、競争社会であり、いくら大学が増えようと、採算がとれなければ消え去る運命が待っている。少子化時代を迎える中、校舎も建設し、教員も集め、一定の要件を整えた上で「認可」を求めてきたのなら、それは「やってみなさい」と言えばいい。

地方でも、注目を集めている秋田県の国際教養大学のように、ユニークな教育と方針で、成果を挙げている大学も現に存在する。そうではない大学は“少子化時代”を迎えて、淘汰されていくことは、誰にでもわかることだ。

その厳しい環境に漕ぎ出していくなら、「お手並み拝見」ということだろう。それを真紀子氏は、十分な調査もしないまま、いつものパフォーマンス程度の認識で、認可にストップをかけたのである。

今回の出来事で、唯一、確かなことは、われわれ国民が、その程度のことすらわからないレベルの文科大臣を抱えているということである。

しかし、この手のことで私は、もう驚きはしない。民主党政権で大臣になる人たちのレベル、いや民主党の人材そのものが「この程度のもの」であることが、この3年間、私たちには、いやというほど突きつけられてきたからだ。

そして、そんな政党に300を超える圧倒的多数の議席を与えて、こういう事態を迎えた責任は、われわれ国民の側にあるということである。

これまで何度も当ブログで書いてきたように、この党は、“お子ちゃま”の集まりである。なかには一定の哲学もあり、勉強もし、識見を持った人もいるかもしれないが、大半は、“お子ちゃま”である。

昨年の大震災の時も、発表しなければならない原発の危機的状況を「パニックが起こるかもしれない」という理由で、それをストップした官房長官や、勝手に「現場からの全員撤退」と早とちりした大臣など、そもそも国家を運営したり、国民を率いていけるようなレベルの政治家たちの集団ではないのである。

私がいま思うことは、近づきつつある尖閣問題を端緒にする「日中紛争」ほか、多くの難題に、どうか、この“お子ちゃま集団”が関わることのないようにして欲しいということである。

彼らが、国の存亡をかけた「判断」を任せられる人たちでないことは、今回の真紀子大臣の暴走を見てもよくわかる。野田首相の任命責任が問われるような、現職閣僚による低レベルの騒動に国民はうんざりしている。

しかし、それは野田首相の危機管理のなさではなく、この政党には人材がいない、つまり単に“お子ちゃま”たちが集まった烏合の衆であるということが証明されているだけである。

まともな人材がいないから、真紀子氏のような人がまた大臣となり、そして、それが、呆れるような問題を引き起こしているだけのことなのである。

次の選挙で、歴史的惨敗を喫して政界の中心から去っていく人たちのレベルを表わす騒動として、今回の「真紀子文科相暴走事件」を冷静に見ればいいと私は思う。アメリカ大統領選挙も終わった。待たれるのは、日本の将来を決める「総選挙」である。

カテゴリ: 政治, 教育

母校・中央大学での講演で「思ったこと」

2012.11.03

今日は、母校・中央大学の学園祭(白門祭)に呼ばれて講演をさせてもらった。テーマは、光市母子殺害事件である。「法の限界を乗り越える」と題されたもので、「中央大学学術連盟法学会」による企画だった。

この講演をネタに、「久しぶりに母校に行って一杯飲もう」と、大学時代の仲間が集まってくれたので、お堅い講演だけでなく、楽しい一日となった。

実は近々、出版するノンフィクション作品の校了が迫っているため、それほど羽は伸ばせないが、講演のあと昔の仲間とアルコールが入れば、やはり時間が過ぎるのを忘れてしまった。

中央大学の法科大学院(ロースクール)は、今年、久々に東京大学の法科大学院を抑えて、今年度の司法試験合格者でトップに返り咲いたそうだ。合格者が202人と、全国のロースクールで唯一、200人以上の合格者を出したという。

私は来年、司法制度改革について総括する本を出版する予定になっているので、法科大学院の動向にも関心がある。

1999年7月に、時の小渕恵三首相によってスタートした司法制度改革論議からすでに13年。さまざまな変革をもたらしたこの制度改革には、私もいろいろな意見を持っているので、その本の中で詳しく述べたいと思う。

それにしても、中央大学の法科大学院を指揮していた福原紀彦教授が中央大学の学長・総長に就任して1年も経たない内に、さっそく司法試験トップの座を奪い返したというニュースを聞いて、驚くとともに頼もしく思った。

久しぶりに母校に帰って、その母校の奮闘ぶりを聞くというのは、やはり嬉しいものである。今日の学園祭の講演でも、「法の限界を乗り越える」というテーマを出してくるあたりが、なかなか「学術連盟法学会」も、しぶい気がする。

講演では、被害者遺族が抱える苦悩の深さや、日本の司法がいかに社会の常識から遊離していったか、私の経験を交えてその「背景」と「実態」を詳しく説明させてもらった。

この時期は、各大学が学園祭をおこない、それぞれにさまざまなシンポジウムをおこなっている。私は、昨年は、一橋大学に呼ばれて講演をさせてもらった。昨年のテーマは、「太平洋戦争」だった。

歴史や司法に現役の大学生が関心を持ってくれるのは、大変ありがたい。私は、その関連の書籍を沢山書いているので、若い人たちに是非、読んでもらいたいと思う。

若い人と心おきなく闊達な議論をさせてもらうと、次の著作へのヒントにもなる。学園祭のシーズンは、そういう意味で、私にとっては貴重な“充電”の時期でもある。さて、来年はどんなテーマで、どこの大学から講演依頼があるか、今から楽しみだ。

カテゴリ: 司法, 随感

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