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激動の2012年への惜別

2012.12.31

今年もあと数時間となった。家族と一緒に大晦日の今日、大掃除に追われた。年末ぎりぎりまで忘年会がつづき、肝心の新年を迎える準備がなかなかできなかったのだ。

それにしても、さまざまなことがあった1年だった。民主党政権の迷走がつづき、日本の国際的な地位はさらに低下し、震災からの復興も進まず、景気は低迷した。

12月の総選挙では、その民主党が大惨敗を喫した。自公政権の復活という“かつての枠組み”で安倍政権が生まれ、日本は新たな道を模索することになったのである。

私個人は、今年、単行本2冊と文庫本1冊を出させてもらった。思い出深いのは、『太平洋戦争 最後の証言』シリーズが完結したことだ。小学館から、第1部「零戦・特攻編」、第2部「陸軍玉砕編」、第3部「大和沈没編」を刊行し、大正生まれの90歳を前後するご高齢の元兵士たちを全国津々浦々に訪ねる長い旅が終わった。

この数年の間に、太平洋戦争の最前線で戦ったおよそ140名もの老兵たちとお会いした。一人一人の証言が、家族と祖国への愛に溢れ、感動的なものだった。ジャーナリズムの一員として、ひとつの使命を果たせたと思うと同時に、人間の素晴らしさに触れて、自分自身を大きく成長させていただいた。

文庫本では、WOWOWの「ドラマWスペシャル」で放映された『尾根のかなたに 父と息子の日航機墜落事故』(小学館文庫)を上梓した。あの日航機墜落事故を「父と息子」の観点から見直し、哀しみのどん底から這い上がっていく家族の感動と勇気の物語を描かせてもらった。WOWOWのドラマも素晴らしい内容で、多くの視聴者から反響を寄せられたと聞き、私も嬉しくなった。

今年最後の作品は、『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)だった。あの未曾有の原発事故の現場で闘い抜いた人々の姿を描かせてもらった。現在ベストセラーとなっており、多くの読者から反響をいただき、書かせてもらった甲斐があったと心から思う。

今年も本当に多くの方々に取材協力をいただいた。毅然とした日本人像を描くために、来年もさまざまな方のご好意に甘えることになるだろう。

来年もすで出版予定が続々と決まっている。できるだけ、多くの方にお会いし、埋もれている感動の実話を掘り起こしていきたい。本年もありがとうございました。来年も共にがんばりましょう!

カテゴリ: 随感

年末に届いた2つの記事

2012.12.30

激動の2012年も今日を入れて2日だけになった。さまざまなことがあった年だった。この年末に、私のもとに郵送されてきた2つの記事がある。

拙著『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)の書評記事である。掲載されたのは、『中国新聞』と『都市問題』という媒体だ。これまでもこの本は、素晴らしい書評記事をいくつか書いてもらっている。だが、送ってもらったこの2つの記事を読んだ時、どうしてもブログで書かせてもらいたくなった。

私が拙著で描かせてもらったのは、死と向き合った極限の場面で見せた無名の人たちの真実の「姿」と「心」だった。そのために多くの方々とお会いし、その時の行動と思いを聞かせてもらった。

ある人は、「死」が待っているかもしれない原子炉建屋への突入の恐怖を語り、ある人は、愛する家族に別れの言葉を伝えることができないまま突入する苦悩を口にした。

そこには、極限の場に身を置いた者だけが語ることのできる事実があった。発売後、1か月。さまざまな反響が届いている。最も多いのは、「こんな事実があったとは知らなかった」「現場で奮闘した人たちの家族と故郷への思いに感動した」というものだった。

送られてきた中国新聞の書評記事は、ノンフィクション作家の本岡典子さんが書いてくれたものだ。その中に、「原発の“真実”に震撼し、修羅の現場で闘った無名の人々の姿に感情を揺さぶられる。今日の私たちの暮らしはそこに立脚しているからだ」という部分があった。

ああ、命をかけて闘った人々のことをそう捉えてくれた方がいる、そのことを知って、私は本を書かせてもらった甲斐があったと思う。今の生活が、彼らの勇気と覚悟がなかったら成立していないことを考えてくれている人がいることを、事故現場に踏みとどまって奮闘した人たちに是非、読んで欲しいと思った。

もう一つは、公益財団法人が出している『都市問題』という雑誌だ。その中の書評ページに拙著が取り上げられていた。そこには、こう書かれていた。

「本書は原発の是非には触れていないし、吉田所長の英雄譚でもない。ここでわれわれが知るのは、あのとき遠巻きの映像の中に見ていた建屋内で、“自分が全うすべき責務”を果たし続けた普通の人々の姿である。」

「被曝の可能性も事態の深刻さも承知の上で、暗闇の原発内部に突入する彼らを突き動かしたものは、使命感であり郷土愛である。しかもそれは理屈ではない。70名以上の証言から浮かび上がってくるのは、“原発とは”“災害とは”といったことを超越したところにある、人はどう生きるのか、という人間の姿である。」

私は、この文章を何度も何度も読み返した。あの最悪の事故の中で見せてくれたのは、「普通の人々」が見せた「人はどう生きるのか」という「人間の姿」だった――私は、しみじみとしたこの文章に感じ入った。

私は、今年もさまざまな人々にお話を聞かせてもらった。ノンフィクション作品が事実に到達するまでには、さまざまな苦労がある。徹夜つづきで執筆する時も同様だ。しかし、「真実」が持つ力を私は信じている。この年末になって、私は素晴らしいプレゼントをもらった気がした。

カテゴリ: 随感

不動心「松井秀喜」引退に思う

2012.12.28

松井秀喜選手(38)が引退表明した。通算20年の現役生活に本日、ピリオドを打ったのである。ニュース映像を見ながら、さまざまな思いがこみ上げた。

どんな名選手であろうと、必ず迎える「その時」を、松井はニューヨークで迎えた。巨人、ヤンキースなど、5球団で20年。怪物もついに「バットを置く」のである。

私は、今年7月26日のブログで、「松井よ、日本に帰って来い」と書いた。かつて選手生活の晩年を巨人で過ごしたメジャーの名選手レジー・スミスを例にとり、松井選手に「日本球界復帰を」と願うファンの気持ちを代弁させてもらったのだ。

しかし、ファンの声も虚しく松井は引退の道を選んだ。それもまた、松井らしい。今日の会見で私が最も心を揺さぶられたのは、自分は「命がけでプレー」をしたというくだりだった。

そう、松井は「命がけ」でプレーした野球選手だった。松井は、1992年夏の甲子園で明徳義塾の河野和洋投手に5敬遠されて悲劇のヒーローとなり、そのままスターへの道を歩んだ。

この5敬遠の物語は、拙著『あの一瞬 アスリートはなぜ奇跡を起こすのか』(新潮社)に書かせてもらった。あれから20年経った今、その松井がバットを置くのである。

彼の野球人生は、実は茨(いばら)の道だった。松井には、バッターとして致命的な「膝が硬い」という欠点があったからだ。私は、プロではそこを突かれて、松井が大成できないかもしれない、とさえ思っていた。

しかし、入団3年目に、松井はその欠点を克服していた。私は、なぜ彼が変わったのか、そのことが長い間、不思議でならなかった。彼にそのことを聞けたのは、2007年1月のことだった。

当時、週刊新潮のデスクだった私は、松井選手にそのことを問うた。彼は、これを克服した入団2年が過ぎたオフシーズンのことを語り、「それ以後、それまでの自分とは、まったく違ったものになった」と表現した。

「膝元もそうですが、身体に近いコースを徹底的に攻められました。肘(ひじ)が畳めないとか、インサイドアウトのスイングとか、そんなことだけではなく、当時の僕は、バットの軌道がワンパターンだった。これは、腕がどうというより、身体全体にかかわることです。当時、そのことを考えて寝つけなかったり、いろいろ悩みました。夜中にガバッと飛び起きて、バットスイングを繰り返し、どうすればこの欠点が克服できるのか、と考えたことを思い出します」

そして、日々の練習では、「身体に当たるようなボールを打つ練習」までおこない、「そのイメージをしたスイングをつづけた」というのである。そういう“極端な練習”を反復してやった結果、苦手だった膝元を突く球も打てるようになったというのである。

バッターは3割打てば、強打者だ。つまり7割は打ち取られる。「僕は、この7割の失敗をずっと生かそうとしてきました。失敗をどう生かすか、あるいはどう活用するかによって“次への一歩”として大きく差が出てくるものだと思います」

私がさせてもらったこの松井選手へのインタビューは、今でも彼の著書『不動心』を出版した新潮社のホームページに出ている。あの時、私には、松井が「大選手」である意味が、少しだけわかった気がした。松井は、まぎれもなく“努力”と“執念”の人だった。

一方、松井を甲子園で5敬遠した明徳義塾の河野和洋選手のことも、私は今年の5月7日付のブログに書いている。「たかが野球、されど野球 松井5敬遠から20年」というものだ。

大学で野球を教える河野君とは、今も時々、話すことがあるが、二人の人生については、折に触れて、今後も紹介する機会があるだろう。今は、「ご苦労さん、これからが本当の人生の勝負だ」という言葉を松井君にはかけてあげたい。長い間、お疲れさまでした。

カテゴリ: 野球

木枯らしの東京・永田町にて

2012.12.27

いよいよ明日の御用納めから「9連休」という“大型連休”に突入する。東京は年末の独特の慌ただしさに包まれている。そんな中、私は今日も来年出版するノンフィクション作品の取材に追われた。

本来は今年中に上梓する予定の作品だったが、『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)の出版が先行したため、完成が遅れに遅れているものだ。

より深い内容にするために、この年末年始も断続的に取材をおこなうことになっている。今日も永田町を歩いたが、安倍晋三政権の船出があり、民主党も海江田万里体制となり、未来の党は早くも分裂……等々、栄枯盛衰は世の習いとはいえ、今の永田町ほど厳しい木枯らしが吹きつけている地はほかにない。

昨日の国会召集までに落選議員たちの引っ越しは終わっていたが、いよいよ新しい政治が始まったことを実感する。安倍体制がスタートしても、株価の上昇と円安が止まらない。安倍政権への市場の期待がいかに大きいかを物語っている。

それと共に出て来るのは、「あの民主党政権は何だったのか」という思いである。すでに衆院で57議席しか保有していない政党に過ぎないが、民主党の代表になったのが、小選挙区で落選した海江田万里・元経産大臣だったことにこの党の絶望的な状況が表われている。

海江田氏は、昨年7月の衆院経済産業委員会で突然、涙を見せたことがある。菅首相との対立が取沙汰される中での涙は波紋を呼んだ。私はあの時、ああ、海江田氏に原発事故で過剰介入を繰り返す菅首相を止めることはとても無理だったなあ、と思ったものだ。

翌日、涙の理由を記者に問われた海江田氏は、「尋常でない状況が続いていますので……」と釈明した。そのことを菅首相の夫人、伸子さんに「泣くような人に大臣には任せられない」と批判されたことを思い出す。

私は、今でも原発事故の際の官邸の罪は重いと思う。「パニックを回避するために」事故の実態を隠し、過少な発表しかおこなわず、さらには約100億円もの費用が投入されてできたSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)をまったく生かそうともせず、国民の信頼を失いつづけたのだ。

内閣の一員として、また原発の事業者を監督する立場にある経産大臣として、海江田氏は、本気で被災地の人々の命を「救おうとしていたのか」という疑問を抱くのである。

現場介入を繰り返す菅首相を身体を張って止めることができなかったことを噛みしめながら、海江田氏には、民主党の再生を命をかけてお願いしたい。それこそがあの時の償いになるのではないだろうか。

そして、安倍政権には、本来の役割を見失ったその民主党政権の轍(てつ)は絶対に踏まないで欲しい。内外に山積する課題をこなしつつ、国民の生命と領土を毅然と守って欲しいと願う。

カテゴリ: 政治

日本への「警戒感」が日本を救う

2012.12.24

激動の2012年もあと1週間で終わる。今日の東京は晴れわたり、爽やかな冬の冷気の中でクリスマス・イブを迎えた。

今日のニュースの中で興味深かったのは、北朝鮮の朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」が、安倍政権について、「日本を軍国主義の道へ追い込んでいる勢力」と断じ、「彼らが日本国民の多くの支持を集めたのは懸念される」と報じたというものだった。

核実験と大陸間弾道ミサイルの開発に余念のない北朝鮮が、すでに安倍政権への警戒感を報じた中国、韓国のメディアと同じ懸念を“表明”したことになる。これまで民主党政権下の日本を舐めに舐めていた彼らが、一斉に似たような報道をおこなったことは感慨深い。

今日のNHKの報道では、労働新聞は、「アジアの人民は、強い警戒心を持って日本の政治動向を注視している」と強調したそうだ。私は、このニュースを聞きながら、アジアの大国のひとつである日本が、やっと「対等」に周辺諸国との緊張関係を持つことができるようになるかもしれない、と思った。

竹島や国後島に韓国やロシアの大統領の踏み込みを許しながら、それでも独立国家としての怒りさえ示すことができなかった民主党時代が終焉を迎え、新しい安倍政権がこれまでとは違う「警戒すべき相手」であることを周辺諸国が「吐露している」のである。

私は国際社会の冷徹な現実を感じると共に、対応を誤れば、安倍政権が短命に終わる可能性も否定できないように思う。わずか8カ月で国政選挙(参院選)を迎える安倍新首相は、組閣自体が「勝負」である。

前回、「お友達内閣」と非難された安倍氏が同じ轍を踏むとは思えないが、毎回、サプライズを忘れなかったあの小泉政権のような国民を惹(ひ)きつけるセンスも必要だろう。それと共に、コトに当たる時の対応の柔軟さも新政権には要求される。

おそらく来年の参院選が終わるまで、安倍首相は靖国参拝など、中国、韓国との対決姿勢は“封印”するに違いない。だが、それも中国が、尖閣への領海・領空侵犯の常態化から「次」に何かに踏み込めば、すべてが一変する。

安倍政権が“弱腰”と見られたら、今回の総選挙で得た有権者の支持は急速に失われるし、一方、すでに「国防軍」という文言がひとり歩きしているだけに、単なる強硬策でも支持が失われる。

3年3か月に及ぶ失望の民主党政権の後、安倍政権は周辺国との緊張関係を築くことにすでに成功している。彼らが表明する「警戒」こそ、日本の存在意義を表わしている。東南アジアの各国が、民主主義を重んじる秩序の国・日本にアジアの盟主たる役割を果たして欲しいと願っているからだ。

戦後日本を支配してきた「空想的平和主義」。そのぬるま湯を国際社会の現実が突き破ってきた今、安倍政権への懸念を周辺国が表明していることは、むしろ喜ばしいと言えるだろう。

日本を取り巻く環境が緊張感を増して来れば来るほど安倍政権の意義と手腕が問われる。これまで当ブログで何度も書いてきたように、真の友好とは、一方的な譲歩からは生まれない。中国や韓国とお互いを尊重するような関係になるには、日本国民が「空想的平和主義」に訣別できるかどうかにも、かかっているように思う。

来たるべき2013年は、「空想」と「現実」の激しい鬩(せめ)ぎ合いの年になるだろう。周辺国の安倍新政権への警戒表明の報道を見ながら、私はクリスマスの夜、そんなことを考えていた。

カテゴリ: 政治

安倍政権はどこで「失望」に転じるのか

2012.12.17

凄まじい大惨敗だった。民主党は前回の総選挙で獲得した308議席から今回、57議席へと激減し、史上例を見ないおよそ「5分の4」の議席を失うという敗北を喫した。

当ブログでも指摘してきた“リセット有権者”の厳しい審判は、予想以上のものだったことになる。現職閣僚8人が落選したこの選挙を、民主党の候補者たちは、「おまえたちの話など聞きたくない、さっさと消えろ、という“壁”を有権者との間に感じた」と表現する。

それほどの激しい反発を受けたのだから、3年3か月前に国民から受けた「期待」の大きさと、同時にそれを裏切った「失望」の大きさが窺える。

リセット有権者の傾向から見れば、「次」は、逆風を自民党が受ける番である。意地悪な見方かもしれないが、安倍政権への国民の期待がどこで「失望」に転じるのかと、私はどうしても考えてしまう。

私は、そのポイントは「2つ」あると思う。一つは、外交だ。中国・韓国のマスコミが本日、一斉に「タカ派安倍政権の復活」「日本右傾化の危機」と報じた。

だが、私は、これは日本にとって悪いことではない、と思う。中国や韓国の新聞が警戒感を強めているというのは、久しぶりに日本の“怖さ”を彼らが感じているということでもあるからだ。

民主党政権下の3年3か月、日米同盟にヒビを入れ、さらに領土を守るという気概さえ内外に示せなかった日本は、外国から舐められ、韓国とロシアの大統領による日本固有の領土への踏み込みを許し、さらには尖閣の海域への中国船による侵犯の常態化を招いた。

その上、反日デモによって日本企業は襲撃され、略奪まで受けるという重大な事態に見舞われたのである。国際社会では一度弱みを見せたら、際限なくつけ込まれていくのは常識だ。舐められるだけ舐められた民主党政権下の日本は、中国・韓国にとっては、実に“なぶりやすい国”だったのである。

だが、自民圧勝の選挙結果は、その中国と韓国に大きな衝撃をもたらした。私が驚いたのは、中国が、2006年に当時の安倍首相と胡錦濤主席が確認し合った「戦略的互恵関係」を再び持ち出してきたというニュースだ。

自分より「下」にしか見ていなかった日本が、安倍自民党が圧勝、新政権が発足するとわかった途端、いきなり危機感と警戒感を強めてきたのである。さらには、かつて合意した「戦略的互恵関係」まで持ち出し、これからは仲よくやっていこうぜ、と思えるサインまで送ってきたのである。

安倍首相が、堂々と日本の主張を両国に伝えていけるかどうか。それは「期待」であると同時に、仮にできなければ「失望」をもたらす。どれほどひどいことをされても、ひたすら「友好」しか言えなかった民主党政権の轍(てつ)をもし踏むなら、安倍政権はたちまち国民の非難と失望の対象となるだろう。

安倍政権は、堂々と日本の立場と主張を国際社会に訴え、中国や韓国に直接突きつけられる政権でなければならない。民主党の退場によって、もう“譲歩の時代”は終わったのである。そのことを期待されて誕生したことを安倍氏は忘れてはならないと思う。

もう「1つ」は、「公務員改革」と「行政改革」である。私は、安倍氏とみんなの党の渡辺喜美氏の関係に注目している。安倍内閣で規制改革の内閣府特命担当大臣となった渡辺氏は、行政改革と公務員改革に真っ正面から取り組んだ過去がある。

霞が関をすべて敵にまわしても、当時の安倍首相と渡辺大臣はひたすら改革に突き進んだ。だが、巨大な存在である霞が関官僚の抵抗を受け、ついに参院選の敗北を受けた安倍内閣の退陣によって二人の改革は、“志なかば”で潰(つい)えたのである。

その時、渡辺喜美氏の頬を無念の涙がひと筋流れたことを私は覚えている。その無念は、やがて「みんなの党」をつくる原動力となり、それから6年を経た現在、同党は衆院選で「18議席」を有する立派な政党となった。

安倍氏と渡辺氏は、その意味で、二人だけにしかわからない「言語」を持っている関係と言える。それは、絶対に公務員改革と行政改革を成し遂げるという“悲願”に基づく言語にほかならない。

いまだに「官僚統制国家」を突き崩せないでいる日本を立て直す二人の政治家といえば、安倍氏と渡辺氏である。その二人に、6年ぶりに悲願達成のチャンスが再び現れたのである。私はその点で二人に大いに期待している。

では、この2つの重要ポイントで、安倍政権が、ことなかれ主義を貫き、何もできなかった場合はどうだろうか。その時、安倍政権に対する国民の信頼は音を立てて崩れ去るに違いない。今回の民主党の惨敗は、明日は“わが身”である。

衆院で3分の2という議席を獲得して颯爽と再登場する安倍新首相。国民は、もう綺麗ごとの政治は望んではいない。安倍氏には、民主党の3年3か月への国民の怒りを掬い上げ、本音と覚悟で日本を毅然とした国家として生まれ変わらせて欲しいと心から思う。

カテゴリ: 政治

師走選挙「29年前」の記憶

2012.12.15

いよいよ投開票が明日に迫った。突然の野田首相の解散宣言から1か月。ついに国民の審判が下されるのである。師走の日本列島を騒がせた衆院選は、泣いても笑っても、今日一日で終わる。

各紙の報道で、師走の総選挙が「29年ぶり」であることを知った。1983(昭和58)年12月18日の中曽根政権下の“ロッキード禊(みそぎ)選挙”以来である。

大学を卒業してまだ間もない駆け出し記者だった私は、あの時、ロッキードの灰色高官と呼ばれた佐藤孝行・元総務庁長官の選挙の取材に函館に行っていた。

ロッキード事件が勃発した時に落選した佐藤氏は、その後、復活当選し、さらに次の選挙にも当選して、無類の地盤の強さを発揮していた。しかし、自身に収賄で懲役2年執行猶予3年の有罪判決が下り、その上、10月12日には田中角栄元首相にも有罪判決が下り、再び、落選の危機を迎えていた。

結果は、佐藤氏はトップ当選。注目のこの禊選挙で、同じくトップ当選した田中角栄氏と共に盤石の強さを見せつけたのである。当選後、記者団に囲まれた佐藤氏に、「これで禊は終わったと思いますか?」と質問をぶつけた時の彼の表情が忘れられない。

ぐっとこっちを睨みつけたまま、佐藤氏はひと言も発しなかった。それまでのにこやかな表情が一瞬でかき消え、「この野郎。マスコミに俺の気持ちがわかるか」という目で睨みつけてきたのである。

ひと言でも発したら、それを活字にされてしまう。言葉を発してたまるか、という強い意思が表われた顔と迫力は、29年経った今も私の脳裡に焼きついている。灰色高官と言われながら、地元で多くの支援者を持つ理由が一瞬でわかった気がした。

政治家の持つ執念と迫力を教えられたあの時から29年後、当時からは想像もできないさま変わりした選挙がおこなわれている。争点のひとつである原発問題をとってみても、「脱」か「卒」か「維持」か、キャッチフレーズのような言葉だけが飛び交い、現実的な議論が尽くされないまま、投票日を迎えようとしている。

私は、政治家の持つパワー、執念、思い入れ、そして有権者の熱気や期待……多くのものが当時とさま変わりしたことを感じている。今回の選挙は、3年余にわたる民主党政権の失政に対する国民の怒りが“爆発”したものとなるだろう。

ロッキード判決という大劣勢の中で当選した田中角栄や佐藤孝行という政治家は、中選挙区という制度と、利益誘導型の政治がすべてだった時代の申し子だったとも言える。

それゆえにトップ当選を果たせたが、では、国民の激しい怒りの中で劣勢が伝えられている民主党の議員たちはどうか。この国民の怒りをかいくぐって再び赤絨毯(じゅうたん)を踏むのは、容易なことではない。

もともとブームだけで当選した民主党の議員たちは、ことごとく消え去るだろう。地域に根ざし、政治家としての執念と迫力がある議員だけが残るに違いない。

私は、29年前と同じく期日前投票(当時は不在者投票)をすでに終わらせた。あの時に故・佐藤孝行が見せた迫力を思い出しながら、明日の投開票をじっくりウォッチさせてもらうつもりでいる。

カテゴリ: 政治

“終焉”に向かって踏み出した金正恩体制

2012.12.12

今頃、北朝鮮の若き指導者、金正恩(キム・ジョンウン)はさぞかし愉快に高笑いをしているだろう。韓国の大統領選まで「1週間」、日本の衆院選投開票まであと「4日」となった本日、「射程1万キロ」の長距離弾道ミサイルを発射し、実験を成功させたのだから無理もない。

今年4月に国際記者団を招いて大々的に発射をPRしながら実験に失敗し、大恥をかいてから8か月。強盛大国元年(2012年)も残りわずかになった今日、「ぎりぎり間に合った」のである。しかし、この実験成功は、金正恩体制の終焉に向かってカウントダウンが始まったものと思っていいだろう。

北朝鮮の場合、国家の存続と終焉は実に微妙なバランスの上にある。経済が疲弊し、地方では餓死者があとを絶たない北朝鮮にあって、食糧の確保は体制維持のためには欠かせないものだ。

だが、同時に、すでにあらゆる面で破綻状態にある北朝鮮は、国家として「健在であること」を人民に示しつづける必要もある。すなわち喉から手が出るほど欲しい食糧の援助と共に、たとえば長距離弾道ミサイルの発射に成功するといった“国威”を人民に示さなければならない宿命も背負っているのだ。

その国威発揚のための実験成功は、“敵国”であるアメリカにとって見過ごすことのできないものだ。今日の実験成功が明確に示していることと言えば、それは、北朝鮮の長距離弾道ミサイルの技術が、完全にアメリカ本土への「脅威となった」ことである。

ブッシュ大統領が、一般教書演説の中で反テロ対策の標的として、北朝鮮、イラク、イランを「悪の枢軸(axis of evil)」と名指しして非難したのは、今から10年前のことだ。おそらく当時の共和党の安全保障担当者は、10年後にまだ北朝鮮が“金王朝”のまま存続しているとは思っていなかったに違いない。

だが、10年後の今、ついに北朝鮮はアメリカ本土をも射程に収める長距離弾道ミサイルの実験を成功させたのである。ブッシュ大統領が懸念した「悪魔」がついにアメリカ東海岸への脅威となったのだ。

北朝鮮が核ミサイルを開発したら、いったいどうなるのか。さまざまな米朝交渉が核の脅威によって、アメリカの思い通りにはならない事態がくる。それは、核の脅威を前面に打ち出して、食糧支援をはじめ経済援助を勝ち取ろうとする北朝鮮の姿を映し出している。

核ミサイルを実用化するには、「核弾頭の小型化」と「起爆装置の開発」が不可欠だ。これが成功しなければ、弾道ミサイルを遠くまで飛ばすことができず、さらにたとえ着弾しても、核爆発を起こさないのである。

そして、この2つの開発は、これまで当ブログでも書いてきたように、簡単なものではない。長距離弾道ミサイルの発射を成功させるより遥かに高度な技術が必要だ。

逆にいえば、それまでが、アメリカに「残された時間」となった。世界の警察国家たるアメリカは、いよいよ自らの生存をかけて本気で北朝鮮と対峙しなければならなくなったのである。

アメリカは、日本のような“平和ボケ”した国とは違う。自らの安全を脅かす存在を許すような国ではない。これまでの経済制裁とはレベルの違う「制裁」に入るだろう。金正恩にとって強盛大国元年とは、国家滅亡への“カウントダウン”が始まった年となったのである。

カテゴリ: 北朝鮮

“レッテル選挙”の最終勝利者は誰か

2012.12.04

本日、いよいよ衆院選が公示され、小選挙区(300)、比例(180)あわせて480議席を1504人の候補者が競うことになった。

私は、小選挙区制度下の衆院選を秘かに「レッテル選挙」と呼んでいる。どの党、どの勢力が、争点を「レッテル化」できるかに“勝敗”がかかっている面が強いからだ。

前々回の2005年小泉郵政選挙では、「郵政民営化」への是非が問われ、前回2009年には、「政権交代」への是非が問われたことを国民は覚えているだろう。

争点はほかにもあったが、「郵政民営化」、あるいは「政権交代」というレッテルを貼ることに成功した側が選挙に勝利したのである。

これは、争点を「類型化」、あるいは「簡潔化」して、より単純な思考に有権者を追い込んだ側が「勝つ」という意味である。私は、このやり方に首を傾げている一人だが、それは有権者の側の問題なので仕方がない面もある。

たとえば今回、大きな争点となっているのが原発問題だ。脱原発、卒原発、原発容認……など、各政党がそれぞれの立場を鮮明にしているが、では、演説の中に原発ゼロによる“プラス面”と“マイナス面”をきちんと説明している党首はどれだけいるだろうか。

私は、あの事故のノンフィクション『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)を上梓したばかりなので、今日の各党首の第一声に「原発問題」が大きく取り上げられることに注目していた。

しかし、発言を分析してみると、有権者に原発のプラス、マイナス両面をきちんと提示できていた党首はいなかった。それどころか、そもそも原発事故の真相がどんなものだったのか、そのことを彼らは知っているのだろうか、と思った。

原発問題とは、単なる感情問題ではない。国民の生命にかかわる問題であり、環境問題でもあり、さらには電力値上げによる産業空洞化への懸念、あるいは安全保障上の問題など、さまざまなことを「包括」している国家の大問題だ。

だが、原発ゼロ、官僚政治打破を訴え、福島県の飯館村で遊説をスタートさせた日本未来の党の嘉田由紀子代表を筆頭に、それぞれがどれほど問題の本質を訴えかけることができていただろうか。

原発をゼロにしたら自分たちの生活や経済にどんな影響が出るのか、しかし、それでも今、ゼロにしなければ将来にどんな大きな禍根を残すのか。それを比較しながら、有権者に具体的に訴えかけがなければならないはずである。

しかし、それを説明するのではなく、ただ「脱」だの「卒」だの「容認」だの、これをスローガンにして「類型化」、あるいは「簡潔化」して国民にただ訴えているとしたら、これほど国民をバカにした話はない。

原発に賛成か反対か、そこだけに今回の選挙を“レッテル化”できれば、おそらく「脱」なり「卒」なりを主張している側が勝利するだろう。

つまり、のちに今回の選挙が「脱原発選挙だった」と言われるようなものにできるならば、小沢一郎氏も「潜んでいる」日本未来の党などが勝利するということである。

“小泉チルドレン”の次は “小沢ガールズ”を大量に国会へ送り込んだ日本の有権者は、今回、果たしてどんな議員たちを誕生させるのだろうか。それは、レッテル化に弱い日本の有権者のレベルを問うものでもある。これからの12日間の選挙戦に注目したい。

カテゴリ: 政治

2013年「就職戦線スタート」にあたって

2012.12.01

今日から師走だ。いよいよ2012年も残すところひと月となった。全国各地で今日も党首たちは舌戦を繰り広げている。

そんな中、2013年の就職戦線が本日、スタートした。大学3年生たちの長い長い闘いが始まったのだ。正確には、今日は、インターネットでの採用受付やセミナー開催といった企業の広報活動の解禁日である。

土曜日だというのに、大学3年生たちは日付が変わる深夜0時から各企業のホームページにアクセスして、エントリー前の“プレエントリー”の登録に必死になった。

しかし、当然ながら、人気企業のホームページにはアクセスがしにくい状態がつづき、ほぼ徹夜でパソコン相手に登録をくり返したのだそうだ。

企業の合同説明会もいくつか開催され、立ち見が出るほどの混雑ぶりだったという。だが、有名大学には、企業の側から合同説明会を開くために赴くのだそうだ。

今週号の週刊文春には、「就活12・1スタート」にまつわる特集記事が掲載されていた。それによれば、大学によって明暗がくっきりと分かれているらしい。「企業の特定大学ターゲット化」によって、採用活動の対象とする大学が「絞られている」のだという。

ターゲット校を「10校」まで絞り込む企業が多く、その大学は、「東大、京大、東北大、九州大、北海道大、大阪大、名古屋大の旧帝大7校と、早大、慶大、上智の私立3校」だという。不特定多数の大学に門戸を広げるより、効率的に質の高い学生をゲットしようということらしい。

これら10校の有名大学には、企業の側から採用の学内説明会に出向く機会が設けられるそうで、就職戦線の第一歩から、ほかの大学との「差」がついていることになる。

1980年代前半にマスコミ就職戦線を戦った私たちの年代からすれば、上記の大学以外に多くの人材がいることもわかっている。が、それらを“発掘”するより、「効率的」に、「標準以上」の人材を得たいという企業側の論理が勝(まさ)っているということなのだろう。

私は、以前のブログでも書いたが、日本の再生のためには、就職制度の改革が「不可欠」であると思っている。日本の国際競争力が低下している原因のひとつに日本の大学生の「就職活動」の問題があると思うのだ。

大学3年から始まる日本の就職戦線こそ、今後の日本の“致命傷”となっていくことは間違いない。大学3年から就職戦線がスタートすれば、学生たちは言うまでもなく「それまでに」その準備を整えなければならない。

人間として「自分を磨く」ためには、さまざまな方法がある。留学や長期の海外滞在・旅行もそのひとつだ。若者が自分の視野を広げるために人生の唯一の「モラトリアム(猶予期間)」である「大学時代」を利用することは、社会全体で、バックアップしていかなければならないと思う。

しかし、日本では社会全体が逆にそのことを阻害しているのが現状だ。その最大のものが「就職時期」の問題なのである。そのために語学力や国際的なセンス獲得を求める日本の大学生も今後、ますます減少していくだろう。

それは、そのまま国力の衰退につながる。隣国の中国や韓国が欧米への留学生送り出しに力を注いでいるのに比べて、取り残された形の日本は将来、「人材枯渇」が大きな問題となる。

大学4年の「秋」に就職戦線をスタートさせるべく、政治はイニシアティブをとらなければならないが、各地で舌戦を展開する各党の代表にそれを口にする人はひとりもいない。なんとも寂しいかぎりである。

カテゴリ: 国際, 教育

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