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「飢餓の北朝鮮」と究極の瀬戸際外交

2013.01.31

吉と出るか凶と出るか――。若き指導者にとっては、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負なのだろう。金正恩・朝鮮労働党第一書記が「3回目」の核実験を予告していることについて、さまざまな動きが起こっている。

本日、日米韓の3か国の防衛当局の局長級会合が東京で開かれ、「もし北朝鮮が核実験に踏み切れば、北朝鮮はその“結果”に対して責任を負うことになる」という共同声明が発表されたのもそうだ。

「やれるものなら、やってみろ」と、3か国の防衛当局者が面子をかけて北朝鮮に警告したわけである。だが、金正恩も必死だ。そんな脅しに屈するはずもなく、着々と核実験の準備を進めている。

無謀とも言えるその実験強行の背景を考えるために不可欠なニュースが今週、MSN産経ニュースで流れていた。「飢餓地獄の北朝鮮で人肉食相次ぐ 親が子を釜ゆで 金正恩体制下で大量餓死発生」と題された内部レポートだ。

アジアプレスの石丸次郎氏が率いる取材チームの調べで分かったこととして、北朝鮮の黄海南道と黄海北道で昨春以来、「数万人」規模の餓死者が発生していると報じたのだ。

「数万人規模」という餓死者の数も衝撃なら、私は、その「場所」に驚いた。黄海南道と黄海北道といえば、38度線を境にして韓国と国境を接する地である。つまり、北朝鮮の中では、韓国の繁栄と飽食の町・ソウルから最も近い地方なのである。

石丸氏らは今回キャッチした実態を報告書にまとめて国連に提出するそうだが、その中身は、凄まじいの一語だ。飢餓でおかしくなった親が子を釜ゆでして食べ、捕まったケースや、また親子殺人、人肉密売の実態なども明らかにするという。

長く北朝鮮報道にかかわる石丸氏らの取得した情報は、過酷な北朝鮮人民の姿を映し出している。極めて取材が困難な北朝鮮だけに、クロスチェックなどが容易にはおこなえない事情を加味しても、貴重なものだと思う。

北朝鮮の飢餓の実態を見る時、忘れてはならないキーワードは「軍による収奪」と「人肉食」である。言うまでもないが、北朝鮮の基本は「先軍思想」だ。すべてにおいて軍事が優先され、社会主義建設の主力は朝鮮人民軍である、という揺るぎない思想が北朝鮮にはある。

つまり、本来は、「人民」は飢えても、「軍」が飢えることはない国なのである。だが、その軍が平壌市民への配給用の「首都米」まで強奪し、地方幹部や警察なども人民から組織的に食糧を収奪、さらには、軍を維持するための軍糧米の名目で、収穫前に軍が田畑に入って刈り取ってしまうケースも相次いでいるという。

黄海道では5、6年前から軍による収奪が続いているというから、よほどの事態である。演説等で「人民の生活向上」を宣言していた金正恩にとっては、その地位を危ぶませる極めて深刻なありさまと言える。

昨年来、金正恩を国家の領袖としてデビューさせるために疲弊した人民の姿が思い浮かぶ。だが、金正恩が核実験をチラつかせ、それを土壇場で回避して食糧支援を勝ち取るという目論見は、残念ながら成功の見込みは薄い。

父親(金正日)が何度も使ってきた手法がいつまでも通じるはずはない。当ブログでも以前、書いたように、昨年12月、「射程1万キロ」の長距離弾道ミサイルを発射し、実験を成功させた時から、もはやアメリカは北朝鮮を「許す」はずはないのである。

核実験が終われば、核弾頭の小型化と起爆装置の開発へ「待ったなし」の段階に入る。それが成功した時には、もはやアメリカも含めて世界のどの国も、北朝鮮に「ものを言う」ことはできなくなるのである。その意味で、飢餓状態に対して3か国が「チャンス」と踏んでいることは間違いない。

私は、今日の日米韓の防衛当局の局長級会合の裏で、「何が合意されたか」という点に大いに興味がある。今の状況で、実務者のトップに近い連中が集まれば、3か国で当然、不測の事態に備えた“役まわり”を決めたはずである。

集団的自衛権が行使できない日本は、アメリカの足手まといになるのがせいぜいかもしれない。しかし、それでもなんらかの役割を日本が果たし、北朝鮮が核ミサイルを完成させるまでに“決着”をつけなくてはならないのである。

金正恩が政治の表舞台に顔を出してから1年。いよいよご祝儀相場も終了した今、究極の瀬戸際外交に挑む金正恩の表情と姿が、なぜか寂しそうに、そして自信なさげに見えるのは、私だけだろうか。

カテゴリ: 北朝鮮

工夫や研究を怠る日本のスポーツ指導者たち

2013.01.30

体罰問題が、ついにナショナルチームにも波及した。昨年のロンドン五輪の女子柔道に出場したトップ選手を含む15人が、強化合宿などで園田隆二監督(39)やコーチによって、暴力やパワハラを受けていたと告発したのである。

もっとも彼女たちが文書で告発していたのは、昨年末のこと。これが今になって明らかになったのは、桜宮高校の体罰事件が社会問題化したのを受けてのことだろう。

それにしても、日本代表クラスになっても、暴力を振るわれながら“指導”を受けていた事実は、日本のスポーツ界の実態をよく表している。

言うまでもなく、技量、精神力ともに際立った人間でなければ、ナショナルチームの一員にはなれない。厳しい精進を積んだ者だけにしか、その地位は与えられない。しかし、それでも選手たちは指導者たちの「暴力」を受けなければならないのである。

報道によれば、平手や竹刀での殴打、暴言、さらには、ケガをしている選手に対して試合出場を強要するなどの行為があったという。長く精進をつづけてきた選手たちが「告発」という手段をとらなければならないほど「思い詰めていたこと」が事態の重さを示している。

そして、同時に判明したのは、園田監督との間に少なくとも“信頼関係”がなくなっていたという事実である。完全に指導者失格である。

しかし、それでも園田監督の処分は、文書による「戒告」だそうだ。大甘の処分というほかない。告発を受けても事態を隠蔽していた全柔連には、「自らを律する」ということがないのである。

昨年、自殺した桜宮高校のバスケット部主将は、「今日もいっぱい殴られた。三十発か四十発……」という言葉を残して、自らの命を絶った。これは、暴力によってしか指導ができない体罰顧問に対する痛烈な抗議の死だったと言える。

その望み通り、当事者たちは最大の打撃を受けた。私は、長く日本のスポーツ界でつづいてきた「暴力で選手を鍛えていく手法」がいかに時代遅れのものであるか、なぜ気がつかないのか、と歯がゆくてならない。

この軍隊式の訓練法は、精神面を鍛えるために有効とされ、日本のスポーツ界では、「あたりまえ」の指導だった。園田監督自身も、そういう中で育ち、自分も指導者になった時、それに陥った。

スポーツの世界は、技術とパワーだけでなく、気迫、精神力、粘り、根性……といったものが勝敗を分ける要素となる。野球で言えば、“球際の強さ”だ。これを身につけさせるために、指導者らは、選手たちを追い込み、鉄拳を振るうのである。

そして、日本のスポーツ界では、それが選手への愛情があれば「許される」という甘えによって温存されてきた。しかし、無抵抗な選手たちを殴ることによってしか“土壇場で発揮する力”を身につけさせられないとしたら、そんなレベルの指導者は、さっさとその世界から去る方がいい。

そんな指導者は、技術的にも日進月歩の発展を遂げている世界のスポーツの中で、後れをとっていることは明らかだからだ。

工夫や研究を怠り、驕りによって旧態依然の方法にしがみつく指導者たちを一掃し、ほかの方法で選手を高い次元に引き上げようと悪戦苦闘する指導者を、選手たちは待ち望んでいる。私たちは、選手たちと共に悩み、歩んでいこうとする、そういう指導者を応援していきたい。

カテゴリ: スポーツ

日本が命運を握る「中国」の環境破壊

2013.01.29

中国人民が“中流化”したら地球の環境は破壊される――。90年代、私はあるエンジニアからそう予言されたことがある。

中国の人々が「貧困であること」が世界(もしくは地球)にとって最も幸せだ、とそのエンジニアは私に滔々と語った。今日の北京からのニュースを見ながら、私は彼の話を思い出した。

猛烈なモータリゼーションのただ中で、渋滞した車が排気ガスを思いっきり吐き出し、空は工場群が噴き上げる煤煙に覆われた北京。航空便は次々と欠航となり、工場も臨時休業。市民は外出を控え、天安門にかかる毛沢東の巨大な肖像画も天安門広場からうっすらとしか見られない有り様だ。

北京市民の間には、「北京咳(ぺきんぜき)」と呼ばれる疾患が流行しているのも当然だろう。日本が高度経済成長期、克服するのに悪戦苦闘した四大公害病のひとつ「四日市ぜんそく」に似た呼吸器系の障害は、これから中国の人たちを直撃するだろう。

首都・北京がこれなら、重慶などは、もはや筆舌に尽しがたい状態に違いない。報道によれば、世界の大気汚染の10大都市のうち、中国の都市が7か所を占めているという。

石炭を燃料とする火力発電への依存度が極めて高い中国では、急膨張する自動車市場や規制のない工場群のスモッグも相俟って、すでに大気汚染は「限界」まで達しているのだ。

1982年2月から4月にかけて、私は中国・北京で1か月半ほど暮らしたことがある。今から31年も前のことだ。あの頃は、北京市民の主な移動手段は「自転車」だった。

それでも、乾燥して埃(ほこり)っぽい北京の街を歩くと、鼻の中はすぐ真っ黒になり、痰もからんでどこにでも、痰を吐きたくなった。あの頃、どの建物に入っても廊下には痰壺が置いてあった。

もともとそんなところに、重度の大気汚染が襲ったのである。それは、人間が長く生存できるような環境ではない。問題は、それを改善させる力が習近平政権にあるか、という点だ。中国にとっては、経済成長と環境破壊はセットである。あの国では、環境破壊なくして経済成長は存在しない。

日本が公害を克服するまでには長い年月と多くの被害者を必要とした。だが、中国の場合、汚染のケタが違うし、人の命の重さも違う。経済成長を犠牲にしてまで公害を克服できる「力」と「意志」がそもそも中国の指導者たちには存在しないのだ。

しかし、それが可能な技術を持っている国が日本である。日本が七転八倒しながら、かつて獲得した「環境に優しい技術力」は、日本に異常な憎悪をぶつけてくる中国を「助けることができる」唯一のものかもしれない。

言い換えれば、中国の命運を握っているのは、やはり「日本」だということである。日本は、この「環境に優しい技術力」を安売りするのではなく、戦略的に使って欲しいものだと思う。

今週発売の週刊現代が、「中国に買われていたニッポン企業 驚きの50社 その実名」というスクープ記事を掲載していた。中国の命運を握っている日本の技術力と、その技術力を力(マネー)で奪取しようとする中国企業の実態を暴いたものだ。

すでに、日中の戦争は、中国にとっては「日本の技術力をどう奪取するか」にあり、日本にとっては、「技術力をどう守り、どう戦略的に使えるか」という段階に至っている。

尖閣にかぎらず、あらゆるジャンルで日中の“戦争”は佳境に入っているのである。北京からの「環境破壊」のニュースを見ながら、私はそんなことを考えていた。

カテゴリ: 中国

駆け込み退職問題が問う「職への誇り」

2013.01.23

昨日は、午後、ニッポン放送の「上柳昌彦のごごばん!」に出演し、アルジェリア人質事件のことや桜宮高校の体罰自殺、あるいは拙著『死の淵を見た男』のことについて、かなり長時間、話をさせてもらった。

これまで何度もゲスト出演させてもらっているが、いつもながらの軽妙な上柳さんのトークに私も気持ちよく話をさせていただいた。

その時のニュースにも出ていたが、自治体職員の退職手当引き下げを盛り込んだ改正条例施行を前にして、全国で地方公務員の「駆け込み退職」が相次いでいることが、今日はさらに波紋を広げた。

教師や警察官などが3月末まで勤務して退職した場合は、1月いっぱいで辞めた場合に比べて、その間の給料を差し引いても、100万円から150万円も受け取る額が「低くなる」のだそうだ。

そのため、多くの地方公務員が「退職を急いでいる」のだが、この珍現象は、改正条例の施行時期を間違えただけで、担当者の見通しの悪さは、責められてしかるべきだろう。

しかし、全国でここまで駆け込み退職が増えていることにある種の感慨が湧くのも事実だ。3月まで一生懸命働いて、それでも100万から150万も受け取り額が減るのなら、それを防ぐために、退職の道を選ぶのは人間の意識として当然だと思う。

これまで働きに働きづめの生活を送ってきた教師や警察官たちが、今月末に退職して、その余裕のできた金額で残りの日々を海外旅行でも楽しむなり、あるいは家のローンの返済にあてるなり、さまざまなことをしていけばいいと思う。

しかし、今日、埼玉県の上田清司知事が嘆いていたように、「個人の自由とはいえ、やはり、せめて学級担任を持っている方々には、(年度末まで)頑張って欲しかった」というのも、多くの納税者の本音だろう。

埼玉県では、3月末で定年退職する公立校の教職員のうち、110人が、1月中の退職を希望しているのだという。その中には、30人のクラス担任も含まれているそうで、生徒たちは学期途中で「先生を失う」ことになる。

6年生の場合は、2か月後に、卒業式を控えている。その時、担任の先生は「いない」。理由は、退職金減への対抗手段である“駆け込み退職”だ。これには、卒業する子供たちに「大人の現実」を教える教育効果もあれば、同時に「金がすべてなのか」という失望を与える弊害もあるだろう。

私は、今の教育の現状を見れば、致し方ないと思う。「仰げば尊し」が似合った先生方は、昭和40年代、あるいは50年代までに、日本の教育現場から去っていったように思う。

あの頃、日本中の教育現場を席捲した日教組の先生たちは、自らを「労働者」と位置づけ、教壇をなくして生徒と同じ“高さ”に立った。「師」であることを放棄した労働者(教員)に親たちは尊敬の念を抱かなくなり、その結果、教師に文句ばかりをぶつける“モンスター・ペアレント”を生んでいった。

そして労働者である教員たちは、さまざまな政治闘争の最前線に立ち、「平等」をなにより大切にして教育水準を“低き”に合わせ、世界トップを誇った日本の教育レベルをあっという間に急落させ、先進国の中でも最低ランクにした。

そして、とうとう“ゆとり教育”なるものまで生み、甘えや癒しばかりを求める若者たちが増えていった。その教員たちが退職を前にした時、退職手当引き下げを盛り込んだ改正条例が目の前に現れたのである。

駆け込み退職に走る教員が全国であとを絶たないというニュースに、私は、これこそ歴史の必然だと感じた。「師」であることを拒否してきた学校の先生方が、教職への「誇り」を選ぶか、それとも「お金」を選ぶか。その答えは、すでに「出ていた」のだと思う。

だが、私は、教育現場にいる素晴らしい先生も少なからず知っている。教職に誇りを持ち、何人もの問題児を立ち直らせた先生だ。そういうプロフェッショナルな先生もまた、教育現場の根底を支えている。

私の子どもが通った小学校にいたそんな立派な先生のことを思い浮かべながら、私は、このニュースをきっかけに「職への誇り」について、あらためて考えさせられている。

カテゴリ: 教育

遠くになった「巨人・大鵬・佐藤栄作」の時代

2013.01.20

昨日亡くなった第48代横綱・大鵬は、私たち昭和30年代生まれの人間にとって特別な存在だった。史上最多の幕内優勝32回を誇り、柏戸と「柏鵬時代」を築いた大鵬は、日本の「高度経済成長」を象徴する人物だった。

よく私たちの世代の人気を独占した有り様が「巨人・大鵬・卵焼き」という表現で紹介される。しかし、これを「人気」ではなく「君臨」という観点で見直せば、私たちの世代は「巨人・大鵬・佐藤栄作」だったと思う。

高度経済成長のあの時代、子どもだった私たちは、野球は「巨人」であり、相撲は「大鵬」であり、総理大臣と言えば「佐藤栄作」の中で育った。

私自身は、あまりに大鵬が圧倒的な強さを発揮していたために、北葉山や佐田の山、そして玉乃島(のちの玉の海)を応援していた。しかし、あの時の憎たらしいほどの大鵬の強さは、驀進する「成長時代の日本」をまさに象徴していたと思う。

そして、総理大臣の佐藤栄作は、子どもの目から見たら“悪役”そのものだった。それでも今から見れば、いくら憎まれようと自信とパワーに溢れた政治家であったことは間違いないだろう。

「総理大臣」というのは、佐藤栄作の固有名詞のように思っていた私たちにとって、佐藤が総理の座を降りる時のことは忘れられない。

長く記者クラブと対立していた佐藤は、新聞記者たちを退席させ、テレビカメラだけに向かって退任会見をおこなった。総理大臣と言えば佐藤栄作だった私たちにとって、その光景を見た時の驚きと衝撃は忘れることができない。

王、長嶋を擁して9連覇を成し遂げた巨人の強さも他を圧していた。日本にとって、あれほどの「成長と安定の時代」は、もはや考えられない。

私はそんな時代のヒーローだった大鵬を、拙著『あの一瞬 アスリートはなぜ奇跡を起こすのか』(新潮社)の中で取り上げさせてもらったことがある。

舞台は、柏戸と大鵬が激突した昭和38年9月場所の歴史的な「全勝対決」である。私は、68歳になっていた大鵬親方に長時間取材に応じていただいた。

柏鵬時代とは言っても、実質的には「大鵬時代」だったあの時、史上初の6連覇を達成した大鵬と、横綱になって一度も優勝できず、休場がつづいていた柏戸。引退の瀬戸際に立たされていたその柏戸が休場明けにもかかわらず、大鵬との千秋楽での全勝対決まで突っ走ったのだ。

柏戸はこの時、大鵬を押し出しで破って全勝優勝を遂げ、見事な復活を果たした。「昭和最高の決戦」と呼ばれた有名な一番である。しかし、この時の一番が「八百長ではなかったか」という中傷が飛び交う騒動となり、ふたりはその渦の中に巻き込まれた。

私はこの対決の秘話を柏戸が全勝優勝に至る長期休場の間に過ごした那須塩原での「リハビリ生活」と地元の人々との「交流」に焦点を当てて、前述の『あの一瞬』の中で描かせてもらった。

取材のために貴重な時間を割いてくれた大鵬親方は、当時「引退」の瀬戸際に追い込まれていたライバル柏戸の姿と苦悩について、私に話してくれた。

それまではライバル同士で、ほとんどまともに口をきいたこともなかった二人は、この全勝対決以降、「欠かせない友となった」と、大鵬親方は語ってくれた。

場所が終わって数日後、協会から八百長騒動のためのヒアリングを受けた二人は、その帰り、たまたま同じ車に二人だけで乗ったという。その時、大鵬は柏戸に「いろいろつらかったね。優勝おめでとう」と声をかけたそうだ。その時、柏戸は「う、う、うん」と言ったまま、ボロボロと涙を流した。

そのまま車の中で、ぐーっと泣くライバルの姿を目にあたりにした大鵬は、「ああ、この人はなんて純情でまっすぐな人なんだ」と思い、それ以降、「おい」「おまえ」と呼び合う心を許す友になったというのである。

そして、平成8年12月、58歳という若さで急逝した柏戸の訃報を受けて駆けつけた大鵬親方は、「おい、何してるんだ。起きろよ。なに寝てるんだ!」と、目を瞑ったままのライバルに向かって叫んだそうだ。大鵬親方は、その時の気持ちも私に淡々と伝えてくれた。

その大鵬親方も、72歳でライバルのあとを追った。2度の6連覇を含む最多の32回優勝。史上最強横綱と言えば必ず「大鵬」と挙げられる昭和の大横綱が死去し、日本が最も活気に溢れていた頃の牽引者がまたひとり去ったのである。

豊かさの向こうに幸せがあると信じて疑わなかった「巨人・大鵬・佐藤栄作」の時代が、近頃、妙になつかしい。

カテゴリ: 相撲

野球界プロ・アマ“雪解け”が示唆するもの

2013.01.19

元プロ野球の選手が学生野球の指導者になるための規定などを話し合う「学生野球資格に関する協議会」が17日開かれ、プロとアマがそれぞれ設ける研修を経て承認されれば、指揮を執ることができる案がアマ側から示された。

高校野球で教師などの「2年在職」が条件だった野球部監督へのハードルが一気に下げられるわけで、野球界への朗報となった。

私は、NHK土曜ドラマ「フルスイング」のもとになった『甲子園への遺言』(講談社文庫)で、プロ野球コーチから高校野球の監督になるべく高校教師への道を選び、「2年在職」の間に膵臓がんで世を去った高畠導宏さんの生涯を描かせてもらっただけに、感慨はひとしおだ。

高畠さんは、「教師2年在職」という条件のために、ついに高校野球の監督になるという夢を実現することができなかった。今回の改革が現実となれば、いま東大野球部のコーチにも乗り出している桑田真澄氏や、メジャーを引退したばかりの松井秀喜氏ら、かつての甲子園のスターたちにも「高校野球監督」の道が開かれることになる。

プロ・アマ交流の断絶のきっかけとなったのは、1961年に勃発した「柳川事件」だ。それまでのプロ・アマ協定をプロ側が破棄し、中日ドラゴンズが日本生命の柳川福三外野手を引き抜いたことから始まった。その断絶から実に50年余を経て、ついにこの事態を脱するわけである。

しかし、この事件を克服するために、これほどの年月を要したことに対して、改めて溜息が出てくる。指導を受けたい「選手たちのため」ではなく、大人たちの「面子(めんつ)のため」に、長くさまざまな可能性が摘まれてきたことが私には残念でならない。

なにより喜んでいるのが、高校野球の監督就任直前に世を去った“プロ野球伝説の打撃コーチ”高畠さんだろう。きっと泉下でこの朗報に破顔一笑しているに違いない。

今回の案では、まず、プロ側が研修の場を設置し、この研修を修了した者が、続いて学生野球側が設ける研修を受講し、その後、学生野球協会への申請を経て「資格が認められる」というものである。

すでに大学や社会人では元プロ野球選手の指導が緩和されつつある。しかし、異常なまでにプロ排斥意識が強かった高校野球界にとっては、大きな変革となる。

さっそくプロ側は、「今年のオフには実現できるというスピード感を持ってやりたい」と歓迎しており、あっという間に長年の野球界の障壁が“消えていく”ことになるだろう。

私は、これもWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)効果のひとつではないか、と思っている。日本の野球選手が日の丸を背負って世界と戦う中、最高の技術を持った人々の指導を日本のアマ球界が拒否していることの愚かさを、多くの関係者が感じていたことは間違いない。

さまざまなものを吸収できる最も大切な時期を迎えた高校球児が、その指導を受けられないという弊害は測り知れないものだった。野球関係者がそれを打破するために走り出したのは、やはり日本を背負って戦う選手たちの勇姿をWBCを通じて多くの人たちが目の当たりにしたからではないか、と思う。

球児のために何が最も必要で、それが野球界全体、ひいては国そのものの「力」を引き上げることに繋がることを、広い視野で見てみた結果ではなかったかと思う。

安倍政権の重要政策のひとつである「規制緩和」も、是非、掛け声倒れに終わらないようして欲しいものである。成長や発展を阻害する障壁や規制が、日本にはあまりに多すぎる。頑迷固陋の象徴ともいうべきだったアマ球界さえ、今回、「球児のため」に大きな一歩を踏み出したのである。

日本という国が純粋に新たな成長時代を迎えるために、さまざまなジャンルで意識改革が必要だと思う。検討と同時に、「すぐ実行」というぐらいの精神で、各分野のリーダーたちには、大改革をお願いしたい。

カテゴリ: 野球

原発事故と福島の人々

2013.01.15

昨日は、大雪で東京が大混乱となったあおりをもろに受けてしまった。本日昼に松江での講演があったため、昨日、空路で松江入りする予定だったのだ。

しかし、乗るはずの飛行機が雪のため欠航。そのニュースを品川で知った私は、そのまま新幹線にチケットを代えて陸路で松江入りしようと思った。だが、品川駅構内は、同じようにチケット変更の客でごったがえし、すでに長蛇の列となっていた。

窓口に1時間近く並び、やっと岡山までの新幹線と、そこから松江に向かう「特急やくも」のチケットを確保した。そして新幹線のホームに行こうとしたら、突然、広島に住んでいる友人にうしろから声をかけられた。

驚く私に、彼は疲れた表情で、「2時間も広島行きの飛行機の中にいて、それから欠航になってしまった。今やっと品川まで戻ってきて新幹線のチケットを確保したんだ」と言った。搭乗して2時間も経ってから欠航とは、お気の毒というほかない。

羽田に行く前に欠航を知った私は、まだ幸運だったかもしれない。しかし、結局、私が目的の松江に着いたのは、夜11時を過ぎていた。

欠航によって、本来の到着時間からすると「6時間」もロスしたことになる。雪の時にいつも思うことだが、首都・東京は、雪国の人が聞いたら笑い出すような脆弱さを持っているのである。

さて、本日の講演のテーマは、その首都・東京を壊滅の危機に陥れた「3・11福島第一原発事故」である。先月上梓したばかりの拙著『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)を踏まえ、あの未曾有の事故のことを振り返らせてもらった。

外部電源も内部電源も、さらに言えば、内部の交流電源も直流電源も津波によって失い、原子炉冷却の手段を失った福島第一原発の現場が、その絶望的な状況で、どう闘ったのか。私は、その話をさせてもらった。

何度も何度も原子炉建屋に突入し、家族と故郷を守るために闘い抜いたのは、地元福島の人々である。「海を使って、原子炉を冷却する」という吉田昌郎所長の方針で、線量が増加する中、原子炉に至る水の注入ラインをつくったり、消防車を繋いで海からの水を原子炉に入れようとした現場の執念は、凄まじいのものだった。

それらは、すべて自らの「命」をかけたものである。避難対象「5000万人」、避難の範囲「半径250キロ」という、まさに“日本三分割”の危機の中で、彼らは「死の淵」から日本を蘇らせた。未曾有の事態を生んだのが東電なら、その最悪の事態を土壇場で防いだのも東電(しかし、こちらは現場の人々)だったのである。

福島に多くの放射能被害をもたらしながら、それでも格納容器爆発という最悪の事態だけは回避した現場の男たち。今日、話をさせてもらいながら、私は、「あの時、原場で闘ったのが福島の人々でなかったら、果たして、事故をあそこで食い止めることができたのだろうか」と、改めて思った。

折しも、NHKの大河ドラマ『八重の桜』が順調なスタートを切った。新島八重という女性の生涯を中心に、福島の人々の姿を描いていく作品だ。私は、興味津々で第1回と第2回を観させてもらった。

土壇場で発揮する福島の人々の責任感や根性、気迫、そして使命感に、私はいつも感心する。3年前に私は、『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社)という作品でも、福島県出身の根本博という人物を描かせてもらっている。

なぜ、彼らはそこまで踏ん張れるのか、なぜ土壇場で命をかけた闘いに彼らは自ら進んで挑むことができるのか。そして、それは福島という「土壌」と「人」だからこそ、成せることなのだろうか。

その秘密を、私自身が是非、知りたいと思っている。NHK大河ドラマは、1年かけてそれを描いてくれるに違いない。近代史の中で、さまざまな悲劇に遭遇してきた福島の人々――彼らの真実の物語に多くの日本人が真摯に耳を傾けて欲しいと思う。

カテゴリ: 原発

中国と台湾「2つのデモ」が示すもの

2013.01.14

中国広東省の地元紙、『南方週末』の記事が当局に改竄された事件で、中国、台湾双方でさまざまな現象が生じている。異常さを浮き彫りにしたのは、言うまでもなく中国だ。

当局への抗議デモが抑え込まれたり、このニュースを伝えるNHK海外放送のニュース番組が中断させられて画面が真っ黒になったり、あるいは、『南方週末』支持を表明した台湾の女優が北京で予定していた出版記念サイン会が中止にされたり……と、異常事態がつづいている。

一方、昨日のNHKニュースが、台湾でも約7万人(警察発表)が参加したデモが台北の中心部であったことを報じていた。こちらは、大陸とは違って、報道の自由がまだ存在しているだけに、興味深いデモとなった。

それは、最近、進んでいる中国関係企業による台湾のメディア買収に対する抗議デモだったそうだ。台湾の最大野党・民進党が呼びかけ、中国での言論の自由封殺への危機感から、予想以上に盛り上がったものだったという。

デモ参加者の声として、「経済も言論も、中国の顔色を窺うようになっており、恐ろしく思っている」、あるいは「中国にメディアコントロールされている香港のようになってしまわないか心配だ」というものが紹介されていた。

中国共産党のメディア支配、すなわち言論弾圧が海を越えて台湾に波及する懸念を台湾の人たちが持っていることがわかる貴重なニュースだった。

今回の一連の騒動は、スタートしたばかりの習近平体制、そして共産党独裁の実態を全世界に知らしめる絶好のニュースとなったのは間違いない。世界第二位の経済力を誇るまでに急成長した中国が、先進国とは全く異なる価値観の中に「ありつづけており」、そしてこれからも「ありつづける」ということを日本のメディアも、きちんと認識するべきだろうと思う。

日本のメディアは、中国を過度に恐れ、自己規制をおこなうところが多い。テレビ局は特にそうだ。それは、取材の申請など、当局に便宜をはかってもらう時に許可が出なくなるなどの報復を受けるからだ。

そのため、メディアは中国報道には自然と気を遣うようになる。それが次第に中国寄りの報道、すなわち中国のご機嫌を窺うようなものになっていく。

日本のメディアの人たちには、顕著な特徴がある。その「中国寄りの報道」が、「中国人」にではなく、「中国共産党」に好意的なものになっていることに気づいていないことだ。

中国人の大半は、人権を圧迫し、言論や表現の自由もない監視社会をつくり上げている中国共産党「独裁」体制を支持してはいない。早く民主国家に生まれ変わることを望んでいる人が圧倒的に多い。

しかし、日本のメディアには、日中の国交が回復したあの当時の幻想をいまだに抱き、「中国人」ではなく、それを圧迫する「中国共産党」に利する報道をつづけている。

だが、今回のように、中国が民主国家とはかけ離れた国であることを気づかせてくれる騒動が、時々、現われることがある。人権圧迫の実態や今回のような言論・表現の自由が抑圧されるような「わかりやすい」事態が勃発した時だ。

こういう時にこそ、日本のメディアには、「中国共産党」ではなく、「中国の一般の人々」をあと押しする報道とは何か、に気づいて欲しいと思う。

日本の代表的なメディアであるNHKは、中国にかかわるNHKスペシャルなどの力作を放映してくれる貴重なテレビ局だが、これは前述の中国側による露骨な嫌がらせを受ける危険性を持っている。

そのため、今回のようなニュースに対しては、極めて“緊張”しながらの報道を余儀なくされる。NHKの報道を見ていると、今回の問題では「論評」を避け、できるだけ「事実」報道に徹しているように思う。

中東に端に発した2010年から11年にかけての「ジャスミン革命」も、中国ではまったく大きな波とならなかったように、今回の問題も、すぐに終息するだろう。

以前のブログにも書いたが、中国共産党の党員8000万人が、12億の人民を「監視」する体制が完璧にでき上がっている中国にあって、共産党独裁の支配体制を崩すのは、ほぼ「不可能」といっていい。

ジャーナリストが影響力のある「抗議集会」や「住民運動」をやろうものなら、それが体制に影響を及ぼすようなものである時は、すぐに弾圧されて、拘束と拷問が待っている。

ジャーナリスト個人に意見を求めても、「私には何も言えない」「関係がない」という答えしか、公(おおやけ)には言えないのである。監視社会の“網”にかかれば、たちまち、自分と家族の生活、すなわち人生そのものを棒に振ることになるのだから、当たり前である。

住民を監視する共産党の末端組織「居民委員会」をはじめ、どの組織、どの集合住宅(マンション)にも、共産党員が目を光らせている。危ない芽は、“出た途端に”摘まれるのである。

中国と台湾で起こった言論の自由を守るための、ふたつのデモを見ながら、つくづく民主主義を守る根幹が、「言論・表現の自由」にあることを感じる。日本にできることは何か、ということを考えた報道を是非、メディアには期待したい。

カテゴリ: 中国, 台湾

“世代間戦争”突入の2013年、安倍総理への注文

2013.01.05

新政権への期待が株価を押し上げ、円高にも歯止めがかかって、安倍総理の滑り出しは好調だ。だが、額賀特使の韓国派遣は、韓国が日韓犯罪人引き渡し条約に違反して靖国神社放火の中国人容疑者(38)を中国に送還したことで完全に面子(めんつ)を潰された形となった。

スタートしたばかりの安倍政権には、たとえ日本が「友好」を押し立てて韓国に擦り寄っても「恥」をかくだけだと教えられたと思えば、安い授業料だっただろう。日韓関係が性善説に基づいても「益がない」ことを安倍総理は肝に銘じて欲しいと思う。

今日は、日本の国力アップのために、まったく別の分野で安倍政権に注文をしてみたい。それは、若者の雇用、すなわち就職問題についてである。

日本は、いま団塊の世代の大量退職の真っ只中にある。今年4月からは、65歳まで働きたい希望者全員の継続雇用制度の導入を企業に義務づける「改正高年齢者雇用安定法」が施行される。段階的とはいえ、これで、実質、日本の定年は「65歳」となったわけである。

私は、この制度に半分賛成で、半分反対だ。昨今の60歳は、まだまだ“働き盛り”であり、かつての60歳とは異なる。これを活用しない手はない。私が“半分賛成”と思う所以(ゆえん)だ。

だが、これにはマイナス面もある。それは、企業の新規採用への圧迫という点である。文部科学省の学校基本調査によれば、2012年春の大学卒業者の中で、就職できた人の割合は、63・9%だったそうだ。

すなわち、大卒55万9030人のうち、就職したのは35万7285人で、派遣社員やアルバイトなど、安定的な就職を果たしていない数は、およそ12万8千人にのぼっているという。

大卒10人のうち4人が就職できない時代に、国は企業に対して「定年を65歳まで延長して希望者への雇用継続を義務づける」方針を打ち出したのである。

企業に新規採用を「絞らせる」結果をもたらす、つまり、「壮年重視」「青年軽視」の方針を国が推進するわけだ。私は、このことが日本にとって、果たしていいことなのか、疑問に思っている。

60歳定年ならば、起業や再就職など、それから先に「何かをやろうとする人」もいるだろう。それは、社会全体に新たな活力を生む効果をもたらすに違いない。

しかし、長年勤務してきた会社に「継続して65歳まで安定して雇ってもらえる」なら、そんな冒険に出る人は少なくなる。しかも、その人たちが企業に留まっているために、新規採用枠は小さくなり、その分、新卒者の活躍の場は失われることになる。

私は、改正高年齢者雇用安定法が施行される今年4月以降、日本は事実上、“世代間戦争”に突入すると思っている。優遇される団塊の世代と、バブル崩壊以降の“失われた20年”の中で生まれ育ち、そのまま就職難の時代を生きる若者とのサバイバル戦争だ。

目下、優位に立っているのは、定年を迎えた団塊の世代だ。彼らは、太平洋戦争を最前線で戦った大正生まれの親を持ち、昭和30年代終わりから40年代という学生運動華やかなりし時代に青春を謳歌した人たちだ。

団塊の世代は、反権力の意識と同時に、人権などの「権利意識」が非常に強い人が多い。スケールメリットを享受し、大量退職の今、国が新たな救いの手を差し伸べてくれている。

一方、就職期を迎えた今の新卒者は、リーマンショック以後の不況や改正高年齢者雇用安定法による採用枠の減少という逆風の中にいる。その上、就職戦線が「大学3年」から始まるため、自分を磨く時間的な余裕もない大学生活を送っている。

私は、団塊の世代が大量に定年退職を迎える「2007年問題」がクローズアップされた10年近く前から、すでに今の状況を予想していた。早く若者の力を伸ばす方針を国がとらなければ、日本は“衰退の道”を辿る、と。

残念ながら、現状はその予想通りのものになっている。以前のブログにも書いたが、就職戦線スタートは大学4年秋に戻し、研究や留学をはじめ、人生唯一のモラトリアムを若者に大いに活用してもらう環境をつくってあげなければならないと思う。

人材だけでもってきた明治維新以降の日本。少子化が進む今こそ、若者の力を伸ばし、活力ある国にするために、さまざまな施策をとって欲しいと思う。他のアジア各国の後塵を拝することにならないよう安倍総理には、まず第一にこのことを注文したい。

カテゴリ: 政治, 教育

突風が予感させる「2013年」の波乱

2013.01.03

新年の箱根は、凄まじい風だった。強風というより突風である。1月2日、恒例の箱根駅伝は、最悪のコンディションの中でおこなわれた。

私は、昨年につづいて箱根湯本でランナーに声援を送った。箱根湯本駅では、「大涌谷のロープウエーが強風で運行を中止しています。芦ノ湖の遊覧船も、運行を見合わせています」というアナウンスが流れていた。

駅舎から一歩外に出ると、身体を吹き飛ばしそうな突風が吹いていた。たしかにこれでは、ロープウエーや遊覧船が運行を見合わせるのは無理もない。しかも向かい風だ。ランナーにとって、これ以上の過酷な試合環境はない。

人波の中、湯本駅から小田原方向に向かって1キロほど歩き、これから箱根の山に挑む選手に声援を送った。やがてトップ東洋、2位日体、3位早稲田をはじめ、次々と目の前をランナーが通過していった。

どの選手も、強風の中、山に挑むことへの不安と気負いを感じさせる表情だった。結果は、3年生ながら名門・日体大のキャプテンを務める服部翔大君が亡き父親との約束を果たす区間1位の力走を見せ、往路優勝を飾った。

悲劇は、伝統校・中大と新鋭・城西大を襲った。いずれも箱根山中で低体温症による脱水症状を起こして棄権。特に最多出場と最多優勝、最多の6連覇など、箱根駅伝の記録を独占している感がある名門・中央大学の4年・野脇勇志君が、ゴールまでわずか1・7キロ地点で意識を失い、中大史上初めて襷(たすき)が途切れるという悲劇に見舞われた。

勝負の過酷さを余すところなく伝えるシーンだった。本日、復路がおこなわれ、日体大が往路優勝の余勢をかって独走。実に30年ぶり、しかもシード権なしの予選出場校として、史上2校目の総合優勝という快挙を成し遂げた。

勝負の世界は、容赦がない。昨年、シード落ちとなった日体大が栄光を勝ち取り、最多優勝の伝統校・中大が初めての棄権という屈辱を味わう。強風の中、演じられたドラマは、波乱の2013年を予感させるかのようだ。

昨年12月の安倍政権発足からつづく円安ドル高の局面は、年明け後も変わらない。財政赤字に悩むアメリカにとっては、由々しき事態である。日米離間を狙う中国にとっては、興味深い事態だろう。さて、一体どんな1年になるのだろうか。今年もよろしくお願いします。

カテゴリ: スポーツ

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