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「日本の司法」は大丈夫なのか

2013.03.14

日本の「司法」、いや「裁判官」というのは大丈夫なのだろうか。そんな話を今日はしてみたい。本日、日本のノンフィクション界にとって、極めて興味深い判決があったからだ。

これは、私自身にかかわるものだが、非常に「大きな意味」を持っているので、かいつまんで説明させていただきたい。

知的財産権(知的所有権)という概念が広がって久しい。これは、知的創造活動によって生み出されたものを、創作した人の「財産として保護する権利」である。

たとえば、私が本を書いたとしたら、その作品は「私」の財産として保護され、勝手に流用されたり、他人のものとして盗まれたりすることがあってはならない。いわゆる知的財産権の中の「著作権」として守られる。

すでに20冊を超えるノンフィクション作品を上梓している私にとっては、作品を守ってくれる「著作権」とは、実にありがたいものである。

しかし、その著作権保護が「ありがたい」どころか、いわば行き過ぎた「保護過剰主義」によって、現場にいる私のようなジャーナリストやノンフィクション界にとって、「大きな障害」になり、ひいては「言論・表現の自由」を守るべき司法が、その「最大の敵」となっているという話である。

ありがたい権利であるはずのものが、ジャーナリズムの世界に、逆に「襲ってくる」という、極めて不思議な話の経緯はこうだ。

私は日航機墜落事故から25年が経った2010年夏、『風にそよぐ墓標 父と息子の日航機墜落事故』(集英社)というノンフィクションを上梓した。これは、1985年8月に起こった日航機墜落事故の6遺族の「その後の四半世紀」を追った作品だ。

この本は、それぞれのご家族を取り上げた全6章から成っている。これまでにはなかった「父と息子」にスポットをあてたもので、あの悲劇を乗り越えた家族の感動の物語としてノンフィクションで描かせてもらったものである。

私はノンフィクション作家であり、いうまでもなく作品はすべてノンフィクションである。つまり、私の作品には、フィクション(虚構)がない。記述は「事実」に基づいており、そのため、取材が「すべて」である。

私は、本書に登場する6家族の方々に、直接、私自身が取材に伺い、絶望から這い上がってきた四半世紀に及ぶ「勇気」と「感動」の物語をお聞きし、すべてを実名で描かせてもらった。

ご本人たちの了解を得て、取材させてもらい、日記や手記があるならそれを提供してもらい、「事実」と異ならないように気をつけて原稿を書かせていただいたのである。

一家の大黒柱を失うという絶望から這い上がった6家族の物語は感動的で、発売と同時に大きな反響を呼び、これをもとにドラマ化された作品(WOWOW特別ドラマ「尾根のかなたに」)は、2012年度の「芸術祭」優秀賞を受賞している。

しかし、私は、この作品の第3章に登場するご遺族、池田知加恵(いけだ・ちかえ)さんという80歳になる女性から「著作権侵害」で訴えられた。「門田は自分の作品である『雪解けの尾根』(ほおずき書籍)の著作権を侵害した」というのである。

池田知加恵さんは、日航機墜落事故で亡くなったご主人を持つ未亡人である。私は、「父と息子」をテーマにしていたため、あらかじめこの知加恵さんのご子息に10時間近い取材をさせてもらっている。そして、その上で、母親である知加恵さんご本人にも別の日に4時間半にわたって、さらに取材をさせていただいた。

その取材の折、知加恵さんは17年前に出したという事故の時の自身の体験をまとめた当該の『雪解けの尾根』という手記本をわざわざ「門田隆将様 感謝をこめて 池田知加恵」とサインして私に提供してくれた。

この時、事故から25年も経過しており、ご高齢だったこともあり、ご本人が「私にとっては、この本を書いた時が“記憶の期限”でした」と仰られたので、私の取材は、提供されたこの本に添って「事実確認」をする形でおこなわれた。

ご高齢の方への取材というのは、こういう方法は珍しいものではない。私は戦争関連をはじめ、多くのノンフィクション作品を上梓しているが、たとえば太平洋戦争の最前線で戦った元兵士に取材する際は、自分が若い時に戦友会誌などに書いた回想録を提供され、それをもとに「記憶を喚起」してもらいながら取材させていただくことが多い。

より正確に事実を書いて欲しい、というのは誰にも共通のものであり、私は池田知加恵さんにも長時間にわたって、この本に基づいて記憶を喚起してもらいながら、取材をさせていただいたのである。

その取材時間は、ご自宅にお邪魔していた4時間半のうち実に3時間半に及んだ。途中、知加恵さんは、「このことは本に書いてなかったかしら?」「そうそう、それ書いているでしょ」と何度も仰り、そのたびに本の中の当該の箇所を探すことが度々あった。

前述の通り、虚構が許されないノンフィクション作品とは、作家が想像によって「創作」することは許されない。小説との決定的な違いがそこにある。つまり、ノンフィクションはその性格上、「本人証言」と「日記・手記の発掘」というものが極めて重要な意味を持つ。

拙著のテーマは、「父と息子」であったため、知加恵さんはサイド(脇)の登場人物である。だが、私は提供された手記本をもとに、丹念にご本人に事実関係の確認をさせてもらい、この著書が「事実を記したもので間違いない」ものであることを確認し、長時間にわたった取材を終わらせてもらった。

取材の際、知加恵さんは著書だけでなく、事故に関連してご自身が登場したニュースやワイドショーのDVDを提供してくれたり、取材後も自分の発言の訂正部分を手紙で書いて寄越してくれたり、積極的に取材にご協力をいただいた。

私は、ご自宅をお暇(いとま)する時も、「大変ありがとうございました。今日の取材と、このご本に添って、事実を間違えないようにきちんと書かせてもらいます」と約束し、その言葉通り、事実関係に間違いのないように原稿を書かせてもらった。そして、巻末には、「参考文献」として『雪解けの尾根』を明記させてもらったのである。

つまり、私は「本人に直接会って」、「手記本を提供され」、記憶が曖昧になっていた本人に「記憶を喚起してもらいながら、その手記本をもとに事実確認取材をおこない」、巻末に「参考文献と明記」して、当該の第3章を書かせてもらったことになる。

しかし、『風にそよぐ墓標』を発刊後、知加恵さんは「著作権侵害だ」と訴えてきたのである。私は、およそ30年にわたって記事や本を書く仕事をしているが、このようなことは無論、初めてであり、驚きを禁じ得なかった。

長くジャーナリズムの世界に身を置いている私は、著作権とは、「事実」ではなく「表現」を侵した場合は許されないことを知っている。そのため、細心の注意を払って「事実」だけを描写し、同一の文章はひとつとしてない。

しかし、この訴訟が不思議だったのは、訴訟が起こる4か月も前に、まだ当事者以外の誰も知らない段階で、朝日新聞によって大報道されたことだ。同紙は社会面で五段も使って、「日航機事故遺族、作家提訴の構え」という見出しを掲げ、「(両者の)記述が類似している」と大々的に報じたのである。

つまり、訴訟は朝日新聞が「先行する形」で起こされた。同紙は、今回のように本人から直接、手記本を提供され、それをもとに本人に事実確認の取材をおこない、巻末に参考文献と明記しても、それでも「著作権侵害だ」と言いたいようだ。

当事者に取材し、記憶が薄れているその方が書かれた手記本をもとに「記憶を喚起」してもらいながら事実確認取材をしたのだから、「事実がひとつ」である以上、記述が似ていなければ、それは「事実ではない」ということになる。

私は、これが著作権侵害にあたるなら、日本のノンフィクションは、もはや「事実そのものを描けなくなる」と思っている。つまり日本でノンフィクションは「成り立たなくなる」のである。

ノンフィクションは、前述のように作家の想像による創作は許されず、さらに言えば、もし書いてある中身に「事実誤認」があれば、名誉毀損で訴えられるという宿命がある。つまり、あたりまえのことだが、ノンフィクションは「事実」にどこまでも「忠実」でなければならないのである。

そのためにジャーナリストは、足を運んで当事者に会って話を伺い、日記や手記があればそれを提供してもらい、関係者にも取材し、できるだけ「真実」に近づこうとする。

事実が「ひとつ」である以上、ノンフィクション作品は取材が深まれば深まるほど、その「たったひとつしかない真実」に近づくことができる。そこにノンフィクションの価値があると私は思っている。

私はこのことをわかってもらうために取材時のICレコーダーの録音やご本人から提供された品々をすべて証拠として法廷に提出した。

しかし、今日の判決は、池田知加恵さんの「著作権侵害」の訴えを認め、私に著作権侵害額として「2万8560円」、慰謝料を「50万円」、弁護士費用「5万2856円」という計「58万1416円」の支払いと書籍の「廃棄」を命じたのである。

つまり、日本の知財裁判所では、当事者に会い、ご本人から本を提供され、それをもとに事実確認をする形で取材が進んだものでも、本人があとになって「利用を許諾していない」と言い出せば、それが「認められる」のである。

わずか「2万8560円」の著作権侵害額しか認めなかった裁判所が、それでも、「50万円」の慰謝料を持ってきて、さらに書籍の「廃棄」を命じるあたり、裁判所の私に対する姿勢が窺えて実に興味深い。

この判決が正しいなら、私は取材の時に「利用してはいけないもの」をご本人から提供され、それをもとに必死でご本人から「事実確認の取材をおこなった」ことになる。

逆に言えば、池田知加恵さんは私に「利用してはいけないもの」を「サイン入りで提供」し、そこに書かれている事実は「書いてはいけないもの」であり、私が事実を忠実に描写すると、「これは私の本に書かれていることですから、著作権侵害です」と、私を訴えることができ、そして、知財の裁判官は、「その主張が正しい」というお墨付きを与えたのである。

少々不謹慎ではあるが、私は、この「不思議な判決」の第一報を受けて、驚きを通り越して、笑いがこみ上げてきてしまった。

それは、今から10年も前に私は新潮社から『裁判官が日本を滅ぼす』というノンフィクションを出しているからでもある。私は、当時から日本の官僚裁判官の“常識の欠如”について、厳しい指摘をおこなってきたジャーナリストなのだ。

判決を下した東京地裁民事47部の高野輝久裁判長は、長野高校から東大法学部に進んで裁判官となった司法エリートである。しかし、この人は、おそらく官僚裁判官として“優秀”ではあるが、ジャーナリズムの役割やノンフィクションとは何か、ということを考察する能力が「欠如」した方なのではないか、と思う。

私は、今回の高野判決を受けて「国民の健全な社会常識」という言葉を思い出した。ほかならぬ「裁判員制度導入」を決定づけた司法制度改革審議会の最終意見書の中にある文言である。

2001年6月、同審議会の最終意見書は多くの提言をおこなったが、その中で現在の裁判員制度のもとになる「一般の国民が、裁判の過程に参加し、裁判内容に国民の健全な社会常識を反映する」という一文があった。

「裁判の内容」に「国民の健全な社会常識」を「反映」するということは、逆に言えば、日本の裁判には、それまでいかに「健全な社会常識」がなかったかを示している。

幸いに、これによって重大な刑事裁判には、国民に多大な負担をかけながらも「裁判員制度」が導入されて、それまでの常識が欠如した判決が次第に是正されつつある。

しかし、裁判員制度が導入されたのは、その一部の刑事裁判だけだ。膨大な数の民事裁判には、裁判員として国民は参加できないのである。つまり、民事裁判において、裁判官の常識は「問われないまま」現在に至っている。

私は、以前から民事裁判にも裁判員制度を導入すべきだと思っていた。だが、膨大な数の民事裁判にいちいち国民を参加させるわけにはいかない。現実的には不可能だ。

しかし、今回の高野判決を見たら、私は「それでも民事裁判に裁判員制度導入を」と思ってしまう。少なくとも「知財裁判所」には、なんとしても「国民の健全な常識」を生かす裁判員制度を導入して欲しいと思う。

戦後、日本人がやっと獲得した言論・表現の自由には、長い苦難の歴史がある。多大な犠牲の上に獲得した「言論・表現の自由」という民主主義の根幹が官僚裁判官たちによる締めつけで、“風前の灯”となっている。

「知的財産権ブーム」の中で、ジャーナリズムの役割や意義を忖度(そんたく)しないまま、言論・表現の範囲がどんどん狭められているのである。少なくとも今日の高野判決は、事実上、ノンフィクションが「日本では成立しなくなる」という意味で「歴史に残るもの」であると思う。

今後、どうやってジャーナリズムは「事実」というものを描写すればいいのだろうか。『裁判官が日本を滅ぼす』の著者でもある私が、予想通り、「ノンフィクションを滅ぼす判決」を出してくれた高野裁判長に「この判決を通じて」出会えたのは、むしろ喜ばしいことかもしれない。

“暴走”する知財裁判官と今後、徹底的に闘っていくことが、私の新たなライフワークとなったのである。

カテゴリ: 司法, 池田家との訴訟

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