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民主党は参院選後「存在」できるのか

2013.06.26

今日は宇都宮で講演があり、午後、帰京したら、参院本会議で安倍首相の問責決議を民主、みんな、共産など野党の賛成多数で可決したというニュースが流れていた。これによって、電力会社の発電と送電部門を分社化する「発送電の分離」などを盛り込んだ電気事業法や生活保護法の改正案を含め、重要法案が軒並み廃案になったそうだ。

電気事業法は、民主党が今国会で成立させることで合意し、衆院から参院に送られてきた法案である。そのほかにも、日本版NSC(国家安全保障会議)を創設するための法案や、在外邦人の「緊急時陸上輸送」を可能とする自衛隊法改正案も、成立はならなかった。

夕方から安倍首相の記者会見があるそうだが、この衆参“ねじれ現象”の解消が、国民にとって大きな関心事、そして参院選の「最大の争点」として浮上したことを感じるニュースだった。

私は最近、「政権担当能力」ということをよく考える。私が子どもの頃、自民党と社会党の対立構造である“55年体制”が長くつづいた。その頃、自民党は社会党を念頭に「野党には政権担当能力がない」と選挙のたびに主張し、政治の「安定」ということを盛んに強調していた。

日曜日の朝のNHKの国会討論会を父親と毎週のように観ていた早熟系の子どもだった私は、その度に、「政権担当能力って何だ。やらせてみた方が面白いじゃないか」などと思っていたものだ。

その後、細川政権なども誕生して、土井たか子氏が衆院議長になるなど、“野党系”の政権というのがどういうものか、味わうこともできた。だが、今回の民主党政権の「3年3か月」は、本当の意味で「政権担当能力」というものを考えさせてくれた日々だったと思う。

いつも書いているように国家というものは、国民の生命・財産、そして領土を守るために存在する。国家の領袖とは、国民に対するその使命を「背負う者」である。しかし、民主党政権には、その根本がなかったことは、多くの国民が感じた通りだと思う。

大震災や原発事故への対応だけでなく、中国や韓国に対する卑屈な姿勢も、国家というものの「存在意義」を理解していなかったことに由来していたように思う。

今日、土壇場で、安倍首相への問責決議に同調して民主党が重要法案を葬り去ったというニュースに接して、「ああ、やっぱり」と、私は一人で合点してしまった。

政権担当能力とは、文字通り「政権」を取った時に現われるものだが、実は、そうではなく、野党の時にも、見ることができるものではないかと思う。国民の生活にかかわる法案すら葬り去ることを良しとする民主党。彼らが今日見せた方針転換は、「ああ、やっぱりこの党はこの程度か……」と思わせるに十分だったのではないだろうか。

フラフラしながら、すべてその時の風まかせで、国民の生活さえ念頭に置いていない政党――衆参の“ねじれ現象”がいかに国民にとって、マイナスとなるか、今日はじっくり「国民に見せてくれた」ということではないだろうか。

私は、3日前のブログにも、あまりにも一つの党が大きな勢力を持ちすぎることへの懸念を“大政翼賛時代”という言葉を用いて書かせてもらった。だが、それは、「衆参がねじれ現象のままでいい」という意味ではない。

今日、私は民主党が土壇場で問責決議を可決させたことで、来たるべき参院選の国民の審判は、民主党に「より厳しい結果になる」だろうことを感じた。

有権者の審判とは怖いものである。民主党は、参院選で今回の都議選をさらに上まわるような“潰滅的打撃”を受けるような気がする。果たして民主党は、参院選後も「存在」できるのだろうか。そんなことを考えながら、安倍首相の問責決議可決のニュースを私は見ていた。

カテゴリ: 政治

「維新」を失墜させた“石原発言”とは何だったのか

2013.06.24

今日も一日、次の作品の取材に明け暮れた。締切が近づいているのに、まだ取材が連日つづいている。夕方やっと事務所に戻ってきたら、驚くべきニュースが流れていた。都議選の敗北を受けて、「維新の会」の共同代表である橋下徹氏と石原慎太郎氏が電話で話し合い、「力を合わせて参院選を戦おう」と確認し合ったというニュースである。

「えっ?」と思ったのは私だけではないだろう。石原氏が共同通信のインタビューに答えて、橋下氏の従軍慰安婦発言について、「大迷惑だ」「弁護士の限界だ」「言わなくてもいいことを言って、タブーに触れたわけだから、いまさら強弁してもしょうがない」……等々と、大批判を展開したのは、つい18日のことである。

都議選の投開票のわずか5日前に、党の共同代表同士が「意思疎通ができなくなっている」ことを満天下に晒して、その党が選挙に勝てるはずはない。これを受けて、橋下氏は翌19日に「都議選敗北なら(共同代表の)辞任もあり得る」という考えを明らかにせざるを得なかったのは記憶に新しい。

選挙の結果は、案の定、厳しいものだった。維新の会は改選前の「3議席」を「2議席」に減らした。しかし、前述のように、今日、両共同代表は電話会談をおこない、「参院選は頑張ろう」ということで一致したのである。そして、橋下氏は大阪市役所で記者団を前に、「もう一度チャンスを与えてほしい。参院選で全国民からしっかりと審判を受けたい」と表明した。

驚いたのは、有権者だろう。二人の代表の間に亀裂が生じ、党がバラバラになろうというところに、わざわざ票を入れる人などいるはずがない。それは維新の会の都議選での「票数」と「獲得議席」にそのまま現われた。しかし、選挙が終わったら、二人は「ともに頑張ろう」と確認し合ったというのである。

落選した維新の会の都議選候補者たちも、きっと信じられない思いに違いない。あの石原発言は何だったのか、と。選挙終盤に、維新の会の不協和音をわざわざ「有権者に知らせること」が目的だったのか。あるいは、ほかの党に「勝ちを譲る」ために、最初から自分の党を「犠牲にする」作戦だったのか。一体、なんのための石原発言だったのか、さっぱりわからないのではないだろうか。

おそらくこれが巷間、囁かれている“暴走老人”ということなのだろう。自分の発言がどういう影響を及ぼすか、そのことすら考察できないレベルになってきていることを感じる。

おそらく、維新の会では、誰も石原氏に忠告やサジェスションができる人がいないのだろう。土壇場で代表が何を言い出すかわからない党とは、実に不幸というほかない。参院選で、維新の会がかつての勢いを取り戻すことは極めて困難になったのではないだろうか。

さて、事務所に帰って来たら、もうひとつニュースが私を待っていた。こちらは嬉しいニュースである。拙著『死の淵を見た男 吉田昌男と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)が、今年度上半期のアマゾンのノンフィクション部門で売り上げ「第1位」になったというニュースが担当編集者から届いたのだ。

日本の書籍の売り上げでかなりの部分を占めつつあるアマゾンは、今後ますますシェアを伸ばすことが予想されている。書店が少ない地方や、あるいは近くに書店があっても規模の面で、読みたい本が置いていないところは多い。

アマゾンは、そういう読者のニーズに応える貴重なインターネット上の通販サイトである。そこで、今年上半期のノンフィクション部門のランキングが「1位」になったというのは光栄だ。改めていうまでもないが、この作品は、福島第一原発事故の極限の状況の中で、吉田昌男所長のもと、家族と故郷、そして日本を「死の淵」から救った福島・浜通りの人々の姿を描いたものである。

この本を上梓した時、私は何人もの方から「勇気がありますね」と言われた。同じノンフィクションの世界にいるライターからも言われた。それは、「これほどの“東電バッシング”の中で、よく本を出せましたね」ということだった。

私は、逆に不思議に思ったものだ。放射能汚染の原子炉建屋の中に何度も何度も突入し、日本を救った福島・浜通りの男たちの姿をありのまま描くことに、どうして「勇気」がいるのか、わからなかったのである。

反原発でも、原発推進でもない私は、純粋に「事実」でしか、物事を見ない。これまでのブログでも書いてきたように、従軍慰安婦問題など、歴史的な問題でも同じだ。日本のメディアには、「イデオロギーでしか物事を捉えることのできない人」が多いが、私はそうならないように、いつも自分を戒めてきた。

そんな思いと立場で書いた作品が、アマゾンのノンフィクション・ランキングでトップになったということは、少なくとも読者は、そんなイデオロギーなどで「物事を見ていないこと」を示している。私は、少し嬉しくなった。

いま締切に追われている作品も、執筆が佳境に入っている。まだまだ仕上がりまでには時間がかかりそうだが、この作品でも毅然とした日本人の姿を描きたいと思っている。是非、ご期待いただきたい。

カテゴリ: マスコミ, 政治

日本はこのまま「大政翼賛」時代に進むのか

2013.06.23

「これでは、大政翼賛時代の到来だ……」。あまりの自民党の圧勝ぶりにそんな声さえ飛んでいる。参院選の前哨戦となった注目の都議選は、立候補した自民党の「59人」が全員当選するという前代未聞の結果となった。

同じく全員当選した公明党の23議席を加えて、自公で82議席の獲得である。全127議席の64・5%にあたる。驚異的な数字というほかない。

前回2009年7月の都議選では、民主党が42選挙区のうち38選挙区でトップ当選し、230万票を獲得した。「54」という圧倒的な議席を得たその民主党が、今回は3分の1以下のわずか「15議席」に留まったのである。

興味深いのは今回、民主党の支持層が、「共産党に流れたこと」である。民主党支持者の中には、コアな革新支持層が少なくない。彼らは、槍(やり)が降っても自民党には投票しない。しかし、受け皿がないため、共産党がその票を獲得し、改選前の8議席から倍増以上の「17議席」という躍進につながったのである。

雪崩を打つとは、このことだろう。半年前の総選挙で圧勝した自民党の勢いは衰えず、前回の選挙と逆の結果を出す、選挙特有の“振り子現象”さえ、まったく見られない。私は、あらためて有権者の民主党への“怒りの大きさ”を感じる。

中国や韓国に対する異常な弱腰外交、経済や金融面の無策、果ては、国民の「命」さえ守ることができなかった稚拙な大震災や原発事故への対応などに対して、有権者は民主党に「愛想尽かし」というより、今も「怒り」が抑えられないのだろう。

国民の生命・財産・領土を守ることもできなかった民主党政権への怒りが、昨年の衆院選だけでなく今回の都議選も席捲(せっけん)したように思う。もはや民主党は、その「存在意義」を議論しなければならない段階に来ており、参院選も無惨な結果が待っているのではないだろうか。

昨日のブログで「注目」と書いた「みんなの党」と「維新の会」は、圧倒的な自民党の勝利に「吹き飛ばされた」感がある。それぞれ「7議席」と「2議席」に留まり、自民党の「59議席」に比して、あまりにも大きな開きがある。これは、両党のこれまでの第三極の構築戦略が「失敗した」ことを明確に告げている。

1か月後の参院選でも、「第三極の構築」は極めて難しいだろう。「維新の会」と「みんなの党」が袂を分かった以上、巨大な自民党の前に存在感は示しにくい。まさに自民党による“大政翼賛時代”の到来である。

株式市場と外国為替市場の乱高下にもかかわらず、盤石だった与党体制――憲法改正に向けて安倍首相は、自信を深めたに違いない。「第三極」に陰りが見えてきた中、政界は、「新しい時代を迎えた」のである。

自民党による独裁体制ではなく、健全な第三極の成長を望んでいた私には、なんとも心配な結果でもある。参院選も、このまま自民党が“独走”するのだろうか。

民主党政権のあまりに愚かな「3年3か月」は今、自民党への過剰な期待を呼び起こしている。それが当然だと思う一方、民主党が、とてつもないツケをわれわれ国民に「残した」ことをつくづく感じるのである。

カテゴリ: 政治

都議選の注目は「維新の会」と「みんなの党」

2013.06.22

明日は、都議選の投開票日である。私の事務所がある新宿界隈は、選挙戦最終日となった今日、一日中、候補者の絶叫が響いていた。国政選挙に次ぐものとして、都議選は毎回それなりの注目を浴びるが、候補者の必死さは国政選挙に劣らない。

だが、やはり国政選挙並みの注目度とはいかず、いつも投票率は“いまひとつ”だ。そのため、組織票を持つ政党が順当に議席を確保するのが常で、おのずと「一般の関心も乏しくなる」という悪循環になっている。

私は、今回の都議選は、「維新の会」と「みんなの党」に注目している。「維新の会」は、橋下徹・大阪市長による従軍慰安婦発言の影響をどう受け、そのことで袂(たもと)を分かった「みんなの党」が有権者のどんな審判を受けるのか、ということである。

私は、政治とはつくづく怖いものだと思う。従軍慰安婦問題に関して「(歴史的事実と)違うことは違うと言わなければならない」と、大筋で正しいことを言ったにもかかわらず、橋下氏は大バッシングを受け、ついには、都議選で敗北したなら「維新の会の共同代表を降りる」というところまで追い込まれた。

一方、橋下氏の従軍慰安婦発言に対してすぐ大批判を展開し、選挙協力まで解消した「みんなの党」の渡辺喜美代表も、これが功を奏したかと思えば、そうでもなさそうだ。

時事通信の世論調査で、従軍慰安婦発言前の4月には、維新の会とみんなの党の支持率は、共に「1・5%」で同率だったが、発言後のこの6月には、維新が「1・7%」と0・2ポイント上げたのに対して、みんなは、逆に0・2ポイント下げて「1・3%」となっている。

時事通信の世論調査は、1975年以来、38年間も毎月おこなわれている継続性と信頼性に定評があるものだ。内閣支持率と政党支持率の推移を見るためには、日本で最も参考になる調査である。このほかの種々の世論調査でも、維新の会よりみんなの党の苦戦ぶりが表われているのは興味深い。

私も、みんなの党に少々失望した一人だ。橋下氏の従軍慰安婦発言に対して、渡辺氏が、歴史的な見解を述べることもせず、ただ世論に迎合する形でしか橋下発言を批判しなかったからである。さらに言えば、それにもかかわらず、一挙に「選挙協力の解消」まで持っていったことだ。

渡辺氏と江田憲司・幹事長との確執もかなりのところまで来ているようだが、世論に迎合する姿勢を見せた段階で、みんなの党のイメージは大きな打撃を受けたのではないだろうか。

みんなの党への有権者の期待は、「公務員改革」や「行財政改革」であり、さらに言えば、「健全な第三勢力の構築」だった。決して、「世論に迎合すること」ではなかったはずである。

しかし、次第に結党の時の清新さを失い、ここのところ他党への批判と、渡辺氏の党代表としての「権力」への執着が目立ちすぎているように思う。維新の会との選挙協力の解消は、その象徴的なものだった。

明日の都議選は、組織票のない維新の会とみんなの党にとって、有権者の「期待」と「失望」が、そのまま票として「現われる」ものだろう。つまり、明日は、浮動層取り込みを狙って発足した両党の「今後」を左右する選挙になることは間違いない。

橋下氏が果たして、共同代表に留まるのか、そして渡辺代表は、党内の不協和音を鎮めることができるのか。私は、選挙結果によって渡辺氏がこのまま党内で求心力を失っていく可能性もあると見ている。

両党の動向によっては、漁夫の利を得る形で、民主党がかなりの議席を確保できる、という見方も出ている。選挙、そして政治というのは、本当に恐ろしいと思う。まさに、一寸先は闇である。明日の結果を待ちたい。

カテゴリ: 政治

勝敗を分けた「一瞬」の判断

2013.06.16

今週は、甲府、青森、六ヶ所、呉、今治と、列島縦断で講演がつづいた。著書に絡んで太平洋戦争のことや、原発のことを講演させてもらっている。

今日はやっと帰京して、そのまま全日本大学野球選手権の決勝戦を観るために神宮球場に駆けつけた。私は、昭和50年代前半からこの大会をウォッチしている。今年は出張つづきで「観戦は無理か」とも思ったが、ぎりぎり決勝の亜細亜大学対上武大学の試合時間に間に合った。

予想通り、試合は手に汗握る熱戦となった。優勝候補の明治大学を準決勝で破った上武大学が初回に先制したが、すぐに亜細亜大学がその裏、逆転。さらに追加点を挙げて3対1リードで6回表を迎える。ここで、亜細亜に痛恨の采配ミスが出た。投手交代のミスである。

亜細亜の生田勉監督は、この回、四球、ヒットなどで1点差に詰め寄られ、なおも1死2、3塁の場面で、力投していた先発・山崎康晃をあきらめ、小柄な168センチの左腕・諏訪洸投手を起用した。相手打線に左が「2人」つづくので、まずは妥当な左腕起用だったかもしれない。

私は、諏訪投手を初めて見た。大会の公式ガイドブックを見ると、1年生である。決勝戦のこんなピンチの場面で起用されたところを見ると、生田監督の信頼は相当厚いようだ。

しかし、マウンドに上がった諏訪投手は、スパイクで盛んにマウンドを掘り、落ち着かない。投げるまでに、マウンドを気にして時間をかけて“掘る”タイプは、往々にして「コントロールに自信がない」か、あるいは「決め球を持たない」投手が多い。

諏訪投手は、後者だった。やっとマウンドを自分の気に入ったようにならしてピッチング練習を終えた彼は、ポン、ポンと2つ続けてストライクをとった。変化球とストレートだったように思うが、出てきていきなり2ストライクをとるところは、並の1年生ではない。「度胸はある」ように見えた。

しかし、小柄だけにスピードは今ひとつである。それだけに打者に「じっくり見極められる」と、きついタイプだ。ここで彼の致命的な欠陥が出た。「決め球」がないのである。

そのため、バッターは2ストライクをとられていても、次の“誘いのボール”に手を出さない。結局、打ち取れないままフルカウントになった。そして、そこから2球ファウルされると、8球目を打者の腰に当てて「デットボール」にしてしまったのである。

私は、「ああ、決め球のないピッチャーはつらい」と思った。1死満塁である。ここで、上武ベンチが動いた。上武の谷口英規監督は、代打に右の清水和馬(4年)を告げた。この時点で諏訪投手の続投は「ない」と私には思えた。

左打者に代えて右の清水である。決め球がないため、有利なはずの左打者ですら打ち取れなかった諏訪投手に、さらに「右の代打」を抑え込めというのは酷だ。しかも、1年生投手である。確率的に見れば、打ち取れる可能性は決して高いとは言えないだろう。

しかし、生田監督は「続投」を命じた。諏訪投手の球威では、右バッターの“内側”を突くのは難しいだろうな、と思いながら見ていたら、やはり亜細亜バッテリーは「外」勝負である。

こうなると、相手打者の“打ち急ぎ”もしくは“打ち損じ”が頼りという「他人任せ」になる。しかし、先の打者の対応を見て、「落ちついて球を見極めればいい」と、清水は思っていたに違いない。

1-1の3球目、真ん中低めのチェンジアップ気味の球を清水が狙い澄ましたようにバットを一閃した。打球は、一直線に無人のレフトスタンド中段へ。

逆転の満塁ホームランである。歓喜の1塁側・上武応援団と、沈黙と茫然の3塁側・亜細亜応援団。6対3、大逆転である。明暗を分けた一瞬だった。

なぜ決め球を持っていない1年生投手をここで起用し、左を抑えることに失敗したにもかかわらず、続投させたのか。亜細亜のファンの多くはそう思ったに違いない。

試合後、上武の谷口監督は、「あそこは、代打は清水しかないと思っていました。4年になって、この春のシーズンに初めてヒットを打った男です。しかし、日頃(の努力)を見ていたら、こいつしかいない、こいつが駄目ならあきらめがつく、と思って起用しました」と語った。

その後、亜細亜は身長186センチのプロ注目の4年生エース、九里亜蓮(くり・あれん)が登板し、以後の上武打線を完璧に抑え込んだ。それだけに、一層、投手交代のタイミングを誤ったことに、悔いが残っただろう。

決め球のない1年生に頼った亜細亜・生田監督と、日頃の努力から4年生のこいつしかいない、と考えた上武の谷口監督――二人の監督の采配の差が、完全に「明暗を分けた」のである。

上武の谷口監督は、高校時代(浦和学院)は、ピッチャーで甲子園ベスト4、肩を壊して内野手転向の後も、社会人として都市対抗優勝と首位打者獲得、さらには「橋戸賞」を受賞するなど、知る人ぞ知る名プレーヤーだった。

アマチュア球界では、選手としても監督としても、「勝負のアヤを知る」数少ない人材と言えるだろう。その監督の期待に応えて、今大会で準々決勝を除く4試合を完投した上武の左腕エース・横田哲投手は見事だったというほかない。決してスピードはないが、要所で必ず投げ込んでくるチェンジアップは、「わかっていても打てない」ものだった。

圧巻は、9回裏、亜細亜の代打の切り札、池知佑也をクイック投法で三振にとった場面だろう。チェンジアップ、カーブ、スライダーなど、さまざまな球種で幻惑を続けてきた横田投手は、最終回に代打で出てきた池知を追い込むと、ゆっくりとしたモーションで投球に入り、そこからいきなりクイック投法で内角を突き、三振に仕留めたのだ。

驚きの表情で三振に倒れた池知の表情が、なにより横田の凄さを物語っていた。そのあと横田は、一塁塁審のミスジャッジをきっかけに2点を失って「1点差」とされたものの、最後は鬼の形相で、亜細亜の主将・嶺井博希をライトフライに打ち取り、6対5で初優勝を遂げたのである。

私は歓喜を爆発させる上武大学の選手たちを見ながら、昨秋の明治神宮大会を思い出した。昨秋、桐蔭横浜大学の小野和博投手が、やはり東都大学の覇者・亜細亜、そして東京六大学の法政を両方なで斬りして初優勝を果たしている。

今回の全日本選手権では、上武の横田投手がまた両リーグの覇者を「ねじ伏せた」わけである。桐蔭横浜大学の方は今大会、準々決勝で亜細亜大学と戦い、延長10回タイブレークの末に敗れたものの、力量的には東都と“互角以上”の闘いを昨秋の明治神宮大会につづいて見せてくれた。

地方リーグから勝ち上がってきたチームが、六大学と東都の覇者を打ち破るシーンは、野球の醍醐味を改めて感じさせてくれる。力量や素質がたとえ劣っていても、野球とは、努力と工夫次第で、いくらでも戦えるスポーツであることを教えてくれるからである。

試合後のインタビューで、「いろんなことを思い出して……OBの顔も思い出して……ほんと、嬉しいですね」と、谷口監督は涙声になった。そして、万感を込めて、こうつけ加えた。「今日は、(これから)いろんなOBと思い出話をさせてください」と。

大学野球のメッカ・神宮球場から遠く離れた地方で、こつこつと努力と精進を重ねる指導者や選手たち。それは、その努力と執念の一端を窺わせる“味のある”インタビューだった。

そのほかの地方リーグにも、上武大学や桐蔭横浜大学のようなチームがこれからも次々と現われるだろう。ますます彼らの切磋琢磨に期待したいと思う。

カテゴリ: 野球

習近平が漏らした「失言」の意味

2013.06.13

青森で2か所、拙著『死の淵を見た男―吉田昌男と福島第一原発の五〇〇日』に絡んで講演をさせてもらった。あの最悪の事故の中で発揮された知られざる“現場力”について、である。今回は、実際にさまざまな「現場」で働く方々を前にしての講演だったので、やり甲斐があった。

出張つづきで、なかなかブログまで手がまわらない。6月7日におこなわれたアメリカのオバマ大統領と中国の習近平国家主席との会談の中身が次第に明らかになってきたので、今日はそのことへの感想を少し書いてみたい。

各メディアの特派員にとって、この首脳会談の真相を報じることの重大さは言うまでもない。ここ数日、面白い報道が次々と出ていた。なかでも、習近平主席がオバマ大統領に対して、(尖閣は)「中国の領土であり、核心的利益である」と伝えた、というニュースが印象深い。

私は、以前にも安倍首相の中国包囲網外交(「自由と繁栄の弧」に基づく外交)について、日中が新時代を迎えたことを評価するブログを書かせてもらった。私は、日本が中国の「人民」との友好はあり得ても、中国共産党「独裁政権」と真の友好を結ぶことはできないと思っている。

それは、中国の覇権主義と日本の平和外交との共存は根本的にあり得ず、いくら表面的に友好を装ったとしても、いつかは「破綻する」ことがわかっているからである。

中国人民の多くは、共産党独裁政権の下で苦しみ、もがいている。しかし、日本のメディアは、「人民」に目を向けず、「中国共産党」との連携こそが友好であると勘違いしてきた。それは今もつづいている。

しかし、今回の米中首脳会談の中身が明らかになるにつれ、その根本的な誤りを日本のメディアは思い知ったのではないだろうか。習主席はオバマ大統領に(尖閣は)「中国の領土であり、核心的利益である」と伝えただけでなく、「太平洋には、両国(※中国とアメリカ)を受け入れる十分な空間がある」と語りかけたそうだ。

太平洋には、多くの国が面している。そこではさまざまな生産・経済活動がおこなわれており、独自の文化や自然が存在する。しかし、習国家主席は、その太平洋を「俺とお前で、分け合っていこうぜ」と、オバマ大統領に持ちかけたわけである。

衣(ころも)の袖(そで)から鎧(よろい)が見えたとは、まさにこのことだろう。そもそも中国は、まだ鄧小平時代の1980年代、日本の九州を起点に、沖縄から台湾、フィリピン、ボルネオ島に至るまでの「第一列島線」を対米防衛ラインとして位置づけた歴史がある。

以来、30年余が経過し、中国は今、これを「対米防衛ライン」にするどころか、そのアメリカに対して、「太平洋の分割」を持ちかけたわけである。自信に溢れた中国は、自ら設定した対米防衛ラインを遥かに凌駕して広大な太平洋の「分割」を提案し、中国とアメリカの二大「超大国時代」の到来を宣言したことになる。

これは、習近平による「自信の発言」であり、同時に「失言」ではないか、とも思える。太平洋、すなわち世界の覇権に向かって突き進んでいく「戦略」が透けて見えてしまうようなことを国家主席が「口に出してしまった」のである。

私は、習近平体制が発足してまだ間もないこの時期に、早くも自分からアメリカに出向いていって、こんなことを言わなければならなかった理由をつい考えてしまう。

そこには、着々と構築される安倍首相主導の対中包囲網への焦りが窺えないだろうか。安倍首相が、ロシアのプーチン大統領、そしてインドのシン首相とまで信頼関係を築いたとされることで、中国がさすがに「焦りを見せ始めた」のである。

今年2月に訪米し、オバマ大統領との首脳会談を早々に実現した安倍首相は、着々と中国包囲網外交を進めてきた。これがボディブローのように中国に効き始め、中国の首脳が直接、訪米しなければいけなくなったと見るべきだろう。

今日(13日)、オバマ大統領との電話会談で、中米首脳会談の中身について聞いた安倍首相は、「(日本からの)中国との対話のドアは、いつでも開いている」とオバマ大統領に伝えたそうだ。中国に対して「私たちと対話したいなら、どうぞ」ということである。

安倍首相が、ワシントンの「戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies)」で、「中国の挑戦を私たちは容認することはできない。わが国の決意に関し、どの国も判断ミスをするべきではない」と強い調子で演説したのは、つい4か月前のことである。

「歴史問題」さえ持ち出せば、必ず日本はひれ伏すと思っていた中国は、日本に実に「厄介な政権」ができてしまったものだと考えているだろう。それが、今回の習国家主席によるアメリカへの「あなたの領域は侵さないから、ひとつよろしく頼む」「太平洋を分け合おう」という意味の唖然とするような発言に繋がったのではないだろうか。

しかし同時に、これは、「われわれが尖閣で何をしようとアメリカは手を出すな」と宣言したに等しいものでもある。すなわち、アメリカに対して、日本との共同防衛を謳った日米安全保障条約第五条の発動は「勘弁してよ」ということである。

これから、中国によるオバマ政権へのロビー活動はますます盛んになるだろう。以前にも書いたように、それは“中国系アメリカ人”によっておこなわれる。アメリカ人となった中国系の人たちが、これからホワイトハウスにどのくらい強力な影響を及ぼすようになるだろうか、と思うと恐ろしい。

文字通り、尖閣で「何が起こってもおかしくない時代」が到来したことを感じる。私たちも、危機感と問題意識を持って、東シナ海での中国の動向を見守っていかなければならない。

カテゴリ: 中国

「常識」の通じない裁判はなぜ続くのか

2013.06.07

「常識」とはなんだろう、と思うことがある。大学生の頃は、「大人って、なんて頭が固いんだ」と、大人たちの常識について首を傾げることが多かった。しかし、自分が社会人となってだんだん経験を積んでくると、次第に大人の常識がわかってくるようになる。

そして、時とともに、その常識も形を変えてくる。しかし、そんな社会人としての常識と無縁な中で暮らし、年月が経過するにつれ、さらにその「常識」と乖離(かいり)していく人たちがいる。日本の法廷を牛耳っている官僚裁判官たちだ。

私は、1980年代の前半から記者として取材しているので、もう30年以上もジャーナリズムの世界にいることになる。当時、法廷では司法記者クラブに所属した記者でなければ、メモをとることができなかった。傍聴席でどうメモをしようが自由な「今」しか知らない人は、驚くに違いない。

メモをする権利は、いうまでもなく言論・表現の自由の「もと」になるものである。メモをする自由がなければ、記述が不正確になり、言論・表現の自由が大きな制約を受ける。当時、雑誌記者だった私は、仕方がないので、わざわざ事前に日本雑誌協会を通じて法廷取材の申請をし、司法記者としての「席」を確保してからメモをとった。

憲法にも保障されている国民の知る権利、そして言論・表現の自由のもとになる「筆記の自由」さえ日本の法廷にはなかったのである。

私は、若い頃、そのことを不思議に思った。法を守るべき裁判官が、国の最高法規である憲法の基本理念を蔑(ないがし)ろにしていることに対して、である。

しかし、気の遠くなるような年月、日本の法廷を支配してきたこの悪弊は、当時、同じように法廷取材をしていたローレンス・レぺタという一人のアメリカ青年によって突き崩された。

レぺタ氏は法廷内のメモを禁止されたことに対して損害賠償を求め、最高裁まで闘った。裁判自体は敗訴するものの、この訴訟によって、ついに日本の法廷で傍聴人によるメモが許されるようになったのである。

あれは平成になった頃だったと思うが、昨日まで許されなかった法廷でのメモが、急に大丈夫になった時のことが忘れられない。傍聴人がメモをとっているのを発見したら、廷吏がたちまち近寄ってきて「退廷」を命じられた時代がいきなり「終わった」のである。

私も、いちいち日本雑誌協会を通じて記者席を確保する必要がなくなり、レぺタ氏の闘いの恩恵を受けた一人だった。私はその時、法というものの本質、ここで言えば、憲法が保障する国民の知る権利に応える「筆記の自由」への考察すらない日本の官僚裁判官の「正体」に対する目を見開かされた気がした。

私は、日本の官僚裁判官には、「法」以前に「常識」というものが備わっていないことに気がついた。それは、その後、長い記者生活の中で、理解しがたい“非常識判決”という形で私の目の前に「これでもか」と、現われた。

私のデビュー作は、今から10年前に上梓した『裁判官が日本を滅ぼす』である。長く持ちつづけた疑問をもとに、日本の法廷で罷(まか)り通っている非常識判決の「実例」と、それを下した官僚裁判官の「実名」を挙げてルポしたノンフィクションだ。

今日、書店に行ったら、この10年前に出した拙著を復刻し、さまざまなことを書き加えた『新版 裁判官が日本を滅ぼす』(WAC)が店頭に並んでいた。店員に聞くと、今日から並び始めたそうだ。

私の30年におよぶ記者生活で、いろんな分野が変貌を遂げていったが、司法の世界では、今も「えっ?」と思う出来事が多い。特に日本の官僚裁判官が下す判決には、一般の常識が「通じないもの」が少なくないのである。

青春を擲(なげう)って六法全書と格闘し、難関の司法試験を突破して司法の世界で生きる人間には、ほかの業界には見られない独特のプライドがある。「自分たちは、ほかの人とは違う」という一種の驕りから来るものだろう。

私は、これを臨床心理士、カウンセラーとして著名な和田迪子さん(『万能感とは何か』の著者)が指摘する精神医学上の「万能感(全能感 feeling of omnipotence)」によるものだと思っている。自分は偉い、自分はほかの人間とは違う、と思い込むエリートたちの「万能感」とは、実に厄介なものである。

彼らに「常識が通じない」という意味は、謙虚に世の中の出来事を見て、そこから何かを学ぼうとする姿勢がないところから来ているのだと思う。だから、法律の条文という「殻の中」から彼らは一歩も出てこられないのではないか、と思う。

案件をただ法律の条文に当てはめるだけなら、裁判官は「人間」がやらなくても「コンピューター」に任せればいい。これを人間がやらなければならない理由は、コンピューターでははかれない「人としての判断」が求められるからである。

だが、残念ながら、司法の世界でもエリートが集まる官僚裁判官たちが陥った“常識の欠如”は、今も国民に大きなマイナスをもたらしている。日本の官僚裁判官から「万能感」を取り去り、社会常識を身につけさせるのは容易なことではないだろう。

裁判員制度の導入によって、一部の刑事裁判には、司法制度改革審議会が提言した「裁判の内容に国民の健全な社会常識を反映させる」という方針が浸透しつつある。だが、民事をはじめ大多数の裁判には、それは無縁だ。これをなんとかしていかなければならないと思う。

私は、かつて司法のことで講演を頼まれることがよくあったが、最近は別のテーマが圧倒的に多い。今も大きな問題を抱えているこの司法の世界について、これからもさまざまな問題提起をしていきたいと思っている。

カテゴリ: 司法

「人権」について考える

2013.06.05

ここのところ出張と締切で、ブログの更新がままならない。書きたい話はいくらでもあるのだが、どうしても時間がなくて、日が経ってしまう。先日、私の母校の中央大学が絡んだ系列中学の不正入試問題について、卒業生の一人としてブログで感想を書かせてもらったら、驚くほどの反響があった。

ひとつのブログがきっかけで、中大関係者から数多くの情報提供をいただいた。この場を借りて、御礼を申し上げたい。その後の動きもあったので、この不正入試問題を「人権」という観点でもう一度、考えてみたいと思う。

「人権」とは、どんなことがあっても守っていかなければならない不可欠な権利であり、言うまでもなく人間にとって最も崇高な概念である。中国や北朝鮮をはじめ、今も世界の各地で人権が蹂躙(じゅうりん)され、多くの犠牲者が生まれているのは、周知の通りだ。

私は、「人権」というものについて、考えることが多い。それは、この最も崇高であるはずの「人権」が今の日本では「利用」され、「安売り」され、却って本当の「人権」が侵される事態が、私たちのまわりに非常に多くなっているからだ。

例えば、今回の不正入試事件の処理について、その典型が見てとれる。これは、先日のブログで書いた通り、昨年2月、当時の久野修慈・中大理事長(解任)が大学の有力OBの孫である受験生の「名前」と「受験番号」を系列の中央大学横浜山手中学校(現・中央大学付属横浜中学校)の校長(辞任)に伝え、校長は理事長の要請に、合格ラインを下回っていた受験生を「不正に合格させた」というものだ。

合格後、受験生側は入学手続きを済ませ、他校の受験を取りやめるなどしたが、約1か月後に「合格取り消し」を通知されたというのである。

内部告発によって、不正入試の実態を知り、合格取り消しを中学校長に働きかけたのは、中大の福原紀彦総長だ。不正合格を知った以上、総長が合格取り消しを働きかけたのは当然だった。

なぜなら、合格を取り消さなければ、公正であるはずの入学試験で「不正」がおこなわれ、それを学校側が「容認」したことになるからだ。

言うまでもないが、中央大学は国から補助金という形で、国民の巨額の税金を頂戴している教育機関である。その額は、年間およそ30億円だそうだ。

教育機関とは、入学試験において「公正さ」が求められ、また、学問の府としての「責務」を果たしていかなければならない。そのための援助を国民が貴重な税金の中からしてくれているのである。

中大では、理事長がその不正入試に「関与」しながら、総長がこれに気づいて「合格を取り消す」という教育機関としての“自浄能力”が土壇場で辛うじて発揮されたと言える。

これは、巨額の補助金を国民から戴いている中央大学にとって、まさに土壇場で“命”が救われたものと同じであったと思う。なぜなら、「理事長が不正入試に関与」し、それを知った「総長がこれを黙認」した場合、中央大学はその瞬間に、「不正入学を容認した教育機関」となるからだ。

公正であるべき入試に対して「不正を容認する教育機関」に対して、納税者の誰が自分たちの税金が支払われることを認めるだろうか。私も納税者の一人だが、少なくとも私は容認しない。

もし、この事実が発覚した場合、マスコミは「中央大学理事長が不正入試に関与。総長も不正を黙認」として大々的に報道するだろう。それは、教育機関として“致命的な結果”をもたらすものであることは言うまでもない。

だが、土壇場で福原総長は合格点に満たなかった当該生徒への合格を取り消し、教育機関としての「公正さ」を守った。しかし、昨日の新聞各紙によれば、中央大学では、この福原総長が、当該生徒の「人権を侵害した」と糾弾され、総長職の辞任に追い込まれたそうだ。

大学に設置された第三者委員会(委員長・宗像紀夫弁護士)は、(不正合格した)「児童の人権を深く傷つけた『きわめて重大な人権侵害事件』」と、福原総長の責任を指摘し、これに沿って学内で「総長辞任」を求める声に、ついに総長が抗しきれなかったのだそうだ。

象牙の塔とは、つくづく恐ろしいものである。土壇場で教育機関としての公正さを保ったことが、逆に不正合格者の「人権侵害」として、その職を追われる“もと”になったというのだから、世俗から離れた大学の中の論理というのは、理解しがたいものである。

当該の受験生に「非はない」という考え方に、私は、戦後日本が抱え込んできた「偽善」と、人権という言葉を出せば、たちまち思考停止してしまう滑稽な日本社会の有り様を見る思いがする。

大学の有力OBが、自分の孫である受験生の「名前」と「受験番号」を理事長に伝えた段階で、受験生本人がたとえ知らなくとも、受験生“サイド”に「非」は存在する。そこには、常識として、「孫をよろしく」という有力OBとしての暗黙の要求が存在するからだ。

そして当該の生徒は「合格点に足らなかった」のである。これがすべてである。この生徒が合格点さえとっていれば、大学全体、いや卒業生たちも含めて、これほど多くの人たちに不名誉な思いをさせる事件には発展していなかった。当該生徒はつらいだろうが、点数が足りていなかった以上、合格が取り消されるのは当然で、あとは、その有力OBの「家族の中での問題」である。

なぜこんなことになってしまったのか、それは家族で話し合うことであり、少なくとも「孫が人権侵害された」などというものではない。ただ、不正が発覚した以上、「教育機関として厳正な対処をおこなわざるを得なかった」というだけである。

「本人は知らなかったから非はない」「だから合格を取り消すのはおかしい」「ほかの学校を受けられなかったのは、1か月後に合格が取り消されたからだ」「これは人権侵害だ」……合格を取り消された生徒本人は、たしかに哀しかっただろう。しかし、これらの意見には、「人権」というものを取り違えた根本的な誤りがある。

もし、この合格が取り消されなかったら、人権を侵害されたのは、この不正合格者ではなく、それよりも上位の成績で不合格になった「ほかの受験生」であるはずだからだ。

その真の「人権」を言わず、当該の不正合格者の「人権」を主張する人たちは、人権の意味を取り違えている。それは、「甘え」といってもいいかもしれない。不正が発覚して、それが取り消されないほど世の中は甘くない。

私は、前述のように、不正を容認し、「不正入学には目をつぶれ」という結論を出すようなら、中央大学はまず補助金という名の国民の税金を返上すべきだと思う。

公正さを放棄し、「教育機関」としての根本を失い、堕落していく大学。私は、「人権」という本来、崇高な概念であるはずの言葉まで持ち出して、権力抗争に終始する母校の姿が、実に情けない。「人権」とは、真の意味で用いられるべきなのである。

カテゴリ: 教育

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