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「努力」と「試行錯誤」は無駄にならない

2013.08.19

熱戦がつづく甲子園にいる。今日8月19日は、力のこもったベスト8の闘いが繰り広げられた。4試合すべてが「1点差」という手に汗握る連続だった。そんな中、本日、甲子園を去った選手の中に私が注目していたピッチャーがいる。

明徳義塾の岸潤一郎投手(2年)だ。昨年、明徳史上初めて1年生で「4番」に座り、背番号「9」ながらも、ピッチャーとしてもマウンドに立った選手である。昨年はまだ高校生というより、中学生に近い顔で明徳の中軸に座り、さらにマウンドでも闘志あふれる姿を見せていたので、非常に印象に残っていた。

体格も170センチそこそこで、昨年は、“引っ張り”のバッティングだけだった。私がインタビューの時に、「もう少し、バットを押し込んで右中間を狙うバッティングをしたら?」と聞いたら、「僕には、そんな器用な打撃はできません」と言ってのけた少年だった。

昨年準決勝で大阪桐蔭の藤浪晋太郎投手に0対4のシャットアウト負けを喫し、岸君たちは高知へ帰っていった。そして、1年後、岸君は再び甲子園に現われた。今度は、背番号「1」をつけての登場である。

1年経って、岸君はエース番号をつけ、身長も175センチになり、そして同じ4番バッターとして甲子園に戻ってきた。初戦(2回戦)では、大会ナンバー1の評価を受けていた防御率0.45の瀬戸内高校のエース、山岡泰輔投手との投げ合いを2対1で制し、次戦(3回戦)では、森友哉、近田拓矢という超高校級のスラッガー2人を擁する優勝候補の最右翼・大阪桐蔭と激突。森・近田を見事に封じて5対1で下し、「明徳義塾の岸」を全国の高校野球ファンに知らしめた。

しかし、ここに来るまでの1年、岸投手は苦闘の連続だった。秋季四国大会の予選で、無名の高知南に敗れて春の甲子園を棒に振り、冬場の地獄の猛練習に耐え抜いた。しかし、それでも、今春以降も、もがけばもがくほど、調子はどん底に陥っていった。

春以降、球速は120キロ台まで落ち、馬淵史郎監督は岸にサイドスローへの転向を命じた。オーバースローの岸がサイドに転向したということは、少なからず四国の高校球界に衝撃を与えた。

だが、岸君はそれでも調子を上げることができなかった。それは、のたうちまわっている、という表現がぴったりだろう。岸君は、5月から6月にかけてサイドスローで練習試合を投げつづけた。6月16日に明徳グラウンドでおこなわれた大阪桐蔭との試合でも、ガンガン打たれて9対3で完敗。「夏」への展望はまったく見えてこなかった。

しかし、6月末に突然、オーバースローに戻した岸投手は、同じ2年生のライバル済美の安楽智大投手相手に好投、練習試合とはいえ、5対1で宿敵を倒した。

進むべき「道」が見えず、暗中模索をつづけた岸投手が、オーバーからサイドへ、そして再びオーバーへ、と試行錯誤を繰り返し、ついに“立ち直り”のきっかけを掴んだのである。

そして、翌7月には、激戦の高知大会を勝ち抜き、決勝戦で春の選抜甲子園のベスト4・高知高校を2対1で押し切り、甲子園への切符を勝ち取ったのだ。

1打同点、そして逆転のピンチを凌いで甲子園出場を決めた時、岸投手は、人目をはばからず泣き続けた。その姿をテレビ中継のカメラはずっと追っていた。上級生である3年生や同僚の2年生たちに次々と肩を抱かれても、岸の涙は止まらなかった。

もがき続けたこの1年間の苦悩がその姿に現われていたのである。今日、日大山形戦を前にして、私は岸君にインタビューで話を聞いた。

私が聞きたかったのは、あのサイドスローへの転向が「今」に役立ったか否か、ということである。私の問いに、岸投手は「はい、内角を恐れることなく突けるようになりました」とはっきりと答えた。

「どういうこと?」と私。「はい、サイドスローになって、僕は内角を思いっきり突くようになりました。サイドスローはそれが持ち味ですから。オーバースローの時には、僕は内角への恐怖心があって、それを突けませんでした。でも、サイドからオーバースローに戻した時、その内角への恐怖心が消えていたんです」。

「じゃあ、サイドスローに変えたことは、無駄ではなかったの?」と聞くと、岸君は「そうです」と言った。のたうちまわり、悪戦苦闘した“あの時期”が「無駄ではなかった」と岸君は言うのである。

私はまだ17歳のこの少年が、たった1年で経験したことの大きさと共に、人生のうちにわずか2年半しか許されないこの高校野球という“勝負の世界”の凄さを一瞬、垣間見た思いがした。

今日、その岸君は、ベスト8で日大山形と対戦し、8回表に痛打されて3対4で逆転負けを喫した。試合後、「また課題ができたね」と聞くと、岸君は「はい、左右をもっともっと生かして、打者を揺さぶられる投球を身につけたいと思います」と、きっぱりと言った。その岸君の目には、甲子園を決めた時のような涙は見られなかった。

「僕には、そんな器用なバッティングはできません」と言い放った1年前と、ひとつひとつの質問に自分の分析を加えながら、的確に答えるようになったこの夏。これから1年間、また岸君は地獄のような冬場の猛練習を耐えて、大きく成長するだろう。

私は自分が高校生の時に、たった1年でこんなに成長したことがあっただろうか、と考えた。それは岸君たちのような“努力”を、自分にはとてもできなかった、という意味でもある。

努力を忘れず、試行錯誤を繰り返し、それでも高校生の時は、「頑張ること」ができる。それが若さというものである。去っていく岸君のうしろ姿を見ながら、「来年もこの甲子園に帰ってきて、これから1年の努力の凄さを見せてくれ」と私は祈らずにはいられなかった。

高校野球の魅力って何? 高校野球のノンフィクション作品も書いている私は、そんなことをよく聞かれる。私は、人生の中で「16歳から18歳まで」しか許されない限定の期間に、「いかに人間が心身ともに成長できるか」、そして「努力が決して無駄にならないこと」を教えてくれるところではないか、と思っている。

カテゴリ: 野球

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