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ある台湾の老人の死

2013.09.23

一昨日、台湾で一人の老人が亡くなられた。台湾苗栗県在住の劉維添(りゅう・いてん)さん91歳である。劉さんは、拙著『太平洋戦争 最後の証言』の第二部「陸軍玉砕編」の第6章「20万人戦死“ルソン島”の殺戮現場」に登場いただいた方である。

昭和20年2月、フィリピンの首都・マニラに突入してきた米軍を日本の海軍陸戦隊を中心とする「マニラ海軍防衛隊(通称・マ海防)」が迎え撃った。その時、台湾からマニラの治安維持のために入っていた海軍巡査隊の一員だった劉さんたちも戦いに参加した。

劉さんたちの隊長は、日本人の廣枝音右衛門(ひろえだ・おとえもん)警部である。いよいよ部隊が全滅の危機に瀕した2月23日、自決を決意した廣枝隊長は、劉さんたち台湾青年に、こう命令した。

「いいか、お前たちは生きろ。お前たちは台湾人だ。故郷にはお前たちの帰りを待っているお父さんやお母さん、家族がいる。俺は日本人だ。俺だけが責任をとればいい。どんなことをしても、お前たちは絶対に生きて台湾に帰るんだ」

そう命令すると、廣枝隊長は台湾青年に形見の軍刀を渡し、拳銃で自決を遂げた。享年40だった。「どんなことをしても生きて台湾に帰れ」という廣枝隊長の命令によって、劉さんたちはその日の夕刻、米軍に投降する。

生きて虜囚(りょしゅう)の辱めを受けず――というのは、マニラ海軍防衛隊でも厳しく実践されていて、台湾からの巡査隊といえども同じだ。しかし、次々と自決する人間が増えていく中、廣枝隊長の命令を受けていた劉さんたち台湾の巡査隊は自決を思いとどまり、辛うじて故郷・台湾に帰ることができたのである。

太平洋戦争の日米両軍の激突で最も戦死者が出たのは、言うまでもなくフィリピン(比島)での戦いである。日本軍はルソン島やレイテ島など激戦地を中心に、陸海あわせて実に49万8000人もの戦死者を出している。

比島の敗北によって完全に制空権、制海権を失った日本は、石油をはじめとする南方の資源が届かなくなり、戦略上でも、完全に敗戦が決定づけられるのである。

劉さんたちは、戦後、国民党統治下の台湾で、つまり、外省人(がいしょうじん)による厳しい弾圧の中で、秘かに日本人である廣枝隊長の大きな位牌をつくり、供養を続けてきた。やがてそれは慰霊祭に発展し、苗栗県にある獅頭山(しとうざん)という霊山で、今も続けられているのである。

毎年、9月21日には、獅頭山「権化堂」で廣枝隊長の慰霊祭がおこなわれる。しかし、昨年、90歳となった劉さんは、慰霊祭当日に軽い心臓発作を起こして初めて欠席した。そして今年は、慰霊祭当日の未明についに亡くなられたのである。

私は台湾在住のジャーナリスト片倉佳史さんと、劉さんから慰霊祭の実行を引き継いでいる台北在住の日本人実業家・渡邊崇之さんから相次いで劉さんの訃報を伝えられた。

日本語が堪能で、話す時にいつも笑顔を忘れなかった柔和な劉老人の顔を私は思い浮かべた。そして、劉さんが縷々(るる)語ってくれた廣枝隊長の姿を思い出した。

劉さんが語る廣枝隊長は、実に生き生きとしていた。部下の台湾青年を可愛がり、いつも彼らの「命」を最優先する命令を出した。ぎりぎりの戦いの中で心が揺さぶられる行動と言葉を遺したのが、廣枝隊長だった。

私の前に、劉さんはその廣枝隊長の姿を鮮やかに描き出してくれた。だが、その劉さんが亡くなったことで、ついに廣枝隊長を直接、知る人はこの世から「いなくなってしまった」のである。

時間の経過と共に「真実」は歴史の霧の彼方に消えていく。ノンフィクションの世界にいる私は、そのことで時に無力感に襲われることがある。

私は、今日の昼、静岡護国神社での陸軍・独立歩兵第13聯隊の慰霊祭に参加していた。昭和19年8月にマニラを目指して東シナ海を航行中、台湾とフィリピンの間の“魔のバシー海峡”で聯隊の大半を輸送船ごと失った悲劇の部隊である。

今日の慰霊祭の後、私は、その悲劇の聯隊で漂流の末、“奇跡の生還”を遂げた92歳の老人へのインタビューを長時間にわたってさせてもらった。やはり、それは長い時間がもたらす“風化”に抗(あらが)うかのような貴重な証言の連続だった。一語一語、聞き落とさないように私は長時間、メモをとった。

劉さんが亡くなり、ひとつの歴史が消えた。だが、まだ書き残せる歴史もある。明日以降も貴重な証言をとる作業はつづく。それは、「時間」と「根気」との闘いでもある。誰かがやらなければならないものなら、私も少しでもその作業のお手伝いをしたい。

カテゴリ: 歴史

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