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世界の脅威「中国」とどう対峙すべきなのか

2014.04.24

さまざまな意味で、2014年4月24日は歴史的な一日だったと思う。私は東京・内幸町の飯野ビルで講演があり、朝9時過ぎには霞が関界隈にいた。オバマ大統領来日の影響で車が都心に流れ込むのが規制されたのか、霞が関の通りは閑散としていた。

しかし、講演が終わって午後、タクシーで虎の門から溜池を抜けようとした時、渋滞に巻き込まれてしまった。ちょうどオバマ一行の移動に遭遇したらしい。先を急いでいたので、10分ほど停められた後、大渋滞の中からUターンして別のルートをとった。オバマ来日の余波を私自身も受けてしまった。

今日の日米首脳会談は、さまざまな意味で歴史に残るものだったと言える。日本側が目指した「尖閣防衛」をめぐる日米同盟のアピール、一方、アメリカが目指した関税の完全撤廃によるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)をめぐる交渉の妥結――両国の思惑が激突し、関係の深さと同時に溝の深さも明らかになった一日だった。

夜11時半を過ぎてもTPPをめぐる交渉の歩み寄りは見られず、現時点で日米共同声明発表の目処は立っていない。「もう一度この担当大臣をやりたいか、と言われればやりたくない」。記者団に囲まれた甘利明・TPP担当相は険しい表情のまま、そう語った。

その発言を受けて記者たちは笑ったが、甘利大臣本人はまったく笑っていなかったのが印象的だ。いかにギリギリの交渉をおこなっているかが垣間見えた一瞬だった。歴史に残る凄まじい攻防である。

しかし、今日のオバマ・安倍の共同記者会見は見応えがあった。日本側にとって、焦点だったのは、言うまでもなく「尖閣問題」である。虎視眈々と尖閣奪取を目指す中国に、オバマがどんなメッセージを発するのか、注目が集まっていた。

「日本の施政下にある尖閣諸島も含めて、日米安保条約の適用対象となる」。安倍首相の期待通り、オバマは記者会見でそう明言した。これまでアメリカ政府の高官から同様の発言は何度もあった。だが、大統領の口から直接、「尖閣」が名指しされた上で、同盟国として「これを守る」という発言はかつてなかった。その意味は、測り知れないほど大きい。

今後、アメリカ政府へのチャイナ・ロビーたちの激しい活動があっても、この「明言」、すなわち「基本方針」を覆すのは、相当困難だろう。折しも今日、第二次世界大戦中の中国企業の損失の賠償として、上海海事法院(裁判所)に船舶を差し押さえられていた商船三井が同法院に40億円の「供託金を支払った」ことが明らかになった。

言うまでもなく、1972年の日中共同声明で日本に対する戦争賠償の請求は放棄されている。その国家間の約束を覆して、中国は法治国家とは程遠い行動に出ていた。5日前、この差し押さえのニュースに接した私は、「これは事実上の日本に対する中国の“宣戦布告”だ」と思った。

もちろん、武力行使という意味の「宣戦布告」ではなく、経済的、社会的な国家としての総合的な「宣戦布告」という意味である。

当ブログでは、中国人民との真の意味の友好を築くために、今は「臥薪嘗胆」の時期であり、中国との「距離を置く必要性」を繰り返し書いてきた。それは、日本が目指すべきは、中国共産党独裁政権との“友好”ではなく、その独裁政権に弾圧され、喘いでいる中国人民との“友好と連携”であるという意味である。

対中ODAの中で「有償資金協力」を3兆円もおこない、「技術協力」によってひたすら中国国内のインフラ整備に力を尽くしてきた日本。文化大革命で荒れ果て、後進国のひとつとしてのたうちまわっていた中国を日本は必死で援助しつづけた。

その日本に「お前たちの役割はもう終わった」とばかりに、中国は日中共同声明を反故(ほご)にして各企業別“戦時賠償”取り立て作戦まで展開し始めたのである。

“人治国家”である中国の共産党独裁政権に、道理は通じない。中国国内の人権活動家や民主運動家への厳しい弾圧でわかるように、それと同じ理不尽極まりない「対日弾圧」に中国は出てきたのである。広い意味での「日本への宣戦布告」と呼ぶ所以(ゆえん)だ。

菅官房長官は「日中共同声明で示された国交正常化の精神を根底から揺るがすものだ」と差し押さえを非難したが、この日本への「宣戦布告」から僅か5日後に、オバマ大統領が記者会見で「尖閣は日米安保条約の適用対象であり、昔も今も変わらない」と言明したのである。

情けないことだが、日本にとって、これほどありがたいことはなかった。海洋進出とアジアどころか世界の覇権を目指す中国に対して、アメリカの軍事力の傘の下でなければ、日本は「尖閣」という自国の領土を守ることが難しいからだ。

中国が「第一列島線(九州から沖縄・台湾・フィリピンを結ぶ線:First island chain)」を突破し、太平洋の西半分を支配しようとする剥(む)き出しの悲願を隠さなくなった今、日本は日米同盟、そして南シナ海で中国から同様の圧迫を受けているフィリピンやベトナムとの連携が不可欠だ。

日本にとって、今日の日米首脳会談の歴史的な意味づけは、中国が“世界の脅威”であることが内外に示されたことにある。その中国と今後、どう対峙していくのか、それがアジアの安定にどれだけ大切なことなのか、そのことが広く「宣言された」ということだろう。

集団的自衛権の議論もこれから加速するに違いない。尖閣周辺で航行中の日米の艦船が中国によって攻撃され、そのうち例えばアメリカの艦船が被害を負った時、日本が「俺は知らないよ」と言って、そこから離脱するわけにはいくまい。そんなことをすれば、たちまち日米同盟は破綻する。

しかし、中東やアフリカでアメリカがなんらかの攻撃を受けた時、「同盟国が攻撃を受けたから」と、その攻撃相手を叩くために日本から艦船や航空機が遠く中東やアフリカまで「攻撃に向かう」というのはおかしい。

集団的自衛権が難しいのは、アメリカの戦争に日本が「巻き込まれてしまう」という恐れがあるからである。石破茂幹事長をはじめ、自民党の多くは「集団的自衛権の行使には、国会の承認が必要だから心配にはあたらない」という立場のようだが、それでも、懸念は払拭されない。

焦点は、集団的自衛権の問題において「エリア限定」を組み込んでいけるか、という点に尽きるのではないだろうか。前述のように尖閣周辺でアメリカの艦船が攻撃され、傷ついた時に日本が“知らぬ顔”はできない。それと同時に、日本がアメリカと「世界の各地で」同じ行動をとることができないというのも当然なのである。

国民はそのことに悩んでいる。妥協点は、集団的自衛権行使の前提となる「同盟国が攻撃を受けた場所」をいかに「エリア限定」できるかにあるような気がする。そのエリアを日本の国土から「何カイリ以内」と設定するのか、それとも「東シナ海全体」、あるいは「西太平洋全体」という具合に広い範囲を設定するのか……等々、そういう議論が必要になってくるのではないだろうか。

日米首脳によって、事実上、中国が世界の脅威であることが宣言された今日以降、日本人にはある種の「覚悟」が求められるだろう。それは、中国と毅然と「距離を置く」ことができるかどうかの「覚悟」である。

それは、中国を取り巻く国との関係を強化することによって、中国の巨大市場からできるだけ早く離脱することを意味する。それは、つらく苦しい道だが、日本が本気で中国から距離を置いた時、初めて中国側からアプローチの要請が届くだろう。中国は、面子(めんつ)より実利を重んじる国であり、そのとき初めて、向こうから「すり寄ってくる」ということである。

友好国としてお互い尊重し合える関係を持てるのは、それからだ。その時まで毅然とした対中姿勢が続けられるか、私たち日本人の「覚悟」が求められているのである。今日2014年4月24日は、そんなさまざまなことを考えさせてくれた“歴史的な一日”だった。

カテゴリ: 中国, 国際

名実ともに「空想的平和主義」の時代は終わった

2014.04.09

いよいよ日本と中国との鬩(せめ)ぎ合いが、国際社会の大きな焦点となってきた。訪中したアメリカのヘーゲル国防長官が4月8日、記者会見で述べた中身が要因だ。

ヘーゲル氏は、尖閣諸島(中国名:釣魚島)について「日米安全保障条約に基づく防衛義務を果たす」と明言した上で、昨年11月に中国が尖閣諸島の上空を含む東シナ海に広範囲にわたって“防空識別圏”を設定したことに言及し、「どの国も防空識別圏を設定する権利はある。だが、事前協議なしに一方的に設定すれば、緊張や誤解を招き、衝突を誘発する」と痛烈に非難した。

このヘーゲル発言にほっと胸を撫で下ろした日本人は少なくないだろう。虎視眈々と尖閣奪取を目論む中国に、「アメリカは(中国の尖閣奪取を)黙っちゃ見ていないよ」と、はっきり言明してくれたのである。

これに対して、中国の常万全・国防相は「領土問題で、われわれは妥協や譲歩、そして取り引きは一切しない。もちろん、わずかな領土侵犯も許さない。中国は日本とトラブルを起こすつもりはないが、領土を守る必要があればトラブルが起きることを恐れない」と語ったのである。

すなわち、尖閣はあくまで「中国の固有の領土」であり、「一歩も譲らない」との宣言である。報道によれば、この記者会見の前におこなわれた両者の会談は激烈なものだったようだ。

ヘーゲル国防長官に対して、常国防相は領土主権を「核心的利益」と主張し、「中国側からは挑発しない。しかし、必要ならば武力で領土を守る準備はできている」と、“恫喝”を忘れなかったというのである。

そして、東シナ海での日本、あるいは南シナ海でのフィリピンなどの動きを非難し、アメリカによる台湾への武器売却まで厳しく批判したという。つまり中国は、領土・領海に対する野心を、もはや「隠さなくなっている」のである。

尖閣をめぐる日中両国の紛争が、世界の“ビッグ2”アメリカと中国との激突に繋がるかもしれないという懸念によって、この問題が国際社会の大きな「焦点」に浮上したのは当然だろう。

私は、二つの超大国が、“日本をめぐって”激しく応酬していることを肝心の日本人はどう見ているのだろうかと、思う。一般のアメリカ人にとっては、極東の一地域で“日本のために”アメリカの若者の血が流されることを良し、とする人は少ないに違いない。

それでも、「アメリカは日米安保条約に基づき日本を守る」と宣言してくれている。この明確なアメリカの立場表明によって、中国が尖閣に対して露骨な動きをすることが難しくなったのは確かである。

それは、ヒラリー・クリントン国務長官が「日本の施政権を損なおうとする行為」に反対を表明し、中国の動きを牽制した昨年1月につづく、痛烈なるアメリカの意思表示だった。当ブログで何度も指摘してきた中国による「闇夜に乗じての尖閣上陸」と「建造物の建設」という“既成事実化”の戦略が「足踏み」したのは間違いない。

しかし、ワシントンで活発化する中国ロビーの動きと、大量保有する米国債の“人質作戦”が中国に功を奏し、尖閣が将来、日米安保条約第5条の「適用対象外」とされる可能性もまた否定できない。

日本は、その時の対応をきちんと考えておかなければならない。日本には、中国の代弁者である“親中派”のメディアや評論家が圧倒的に多い。彼らは“親中”を“親中国共産党政権”と勘違いしている人たちである。

言論や思想の自由を許さず、中国人民の人権を犯しつづけている中国共産党独裁政権のシンパを“親中派”として仰ぎつづけている日本のメディアの滑稽さに、アメリカ政府も気づいている。

そんな日本が、それでも、アメリカの若者たちが血を流してまで守る価値があるものかどうか、ひとたび尖閣紛争が起こった時は、きっとアメリカでも議論になるに違いない。

私たち日本人は、単なる中国共産党の代弁者に成り果てたメディアや言論人の言うことををきちんと見極め、自分たちの生命・財産、そして領土を守るために、毅然と対応してくれる人々を心から応援すべきだろうと思う。

3日前(4月6日)、アメリカの「ボイス・オブ・アメリカ」の中国語版サイトが注目すべき記事を掲載している。この記事の中で、アメリカのアジア太平洋外交を研究する香港大学のレイエス客員教授が、「東シナ海の小さな島(※尖閣のこと)をめぐる海洋領土紛争はより一層リスクが高まっている」と指摘しているのだそうだ。

その中で、レイエス教授は「ロシアのクリミア併合のような事態はアジアでも十分考えられる」と語り、もし本当に日本と中国が軍事衝突した場合、「アメリカは、日本が希望するように日本を支持できるのかどうか」と、疑念を呈したという。

ウクライナの危機が、クリミア半島から今度は国土の東部全域に広がる中、東アジアで同じことが起こらない保証はどこにもない。いや、現実に「アメリカは果たして日本を守れるのか」「クリミアのようになってからでは遅い」という懸念が湧き起こっているのである。

中国の台頭は、戦後日本を支配してきた「空想的平和主義」の時代の終焉を示している。「ヘーゲル国防長官vs常国防相」の昨日の激論は、平和ボケした日本人にそのことを告げている。そして同時に、覇権主義を剥(む)き出しにする中国と向き合う本当の「覚悟」を、私たちに求めているのではないだろうか。

カテゴリ: 中国, 国際

「戦争」に思いを馳せる季節

2014.04.06

私にとって4月の桜の季節は、1年のうちで8月と共に「歴史」に思いを馳せる時期でもある。今から69年前、1945(昭和20)年4月は、日本にとって危急存亡の時だった。そして、多くの青年が若き命を散らした。

硫黄島が陥落し、いよいよ沖縄に米軍が上陸を開始したのは、昭和20年4月1日である。この時期、沖縄を取り囲む米機動部隊に対して、日本の航空特攻が熾烈さを増していた。「沖縄を助けなければ」と多くの若者が東シナ海で、あるいはその上空で命を散らしたのである。

この時期の日米両軍の攻防は、やはり日本の歴史がつづくかぎり、忘れてはならないものだろう。将来に対して多くの希望を持っていた若者が、家族と故郷を守るために、自らの命を捧げなければならなかったからだ。

子孫を残すこともできず、この世を去っていく「無念」と、諦(あきら)めなければならなかった将来への希望の「重さ」は、後世の私たちがいかに頭の中で想像しても、し尽くすことができるものではない。

文庫も含めると8冊の戦争ノンフィクションを上梓している私は、昨日の4月5日、戦艦大和に座乗して沖縄への水上特攻を敢行した故伊藤整一・第二艦隊司令長官の「墓前祭」に先立つ記念講演で、福岡の柳川に招かれた。

伊藤中将(死後、大将に昇進)生誕の地は、柳川市に隣接する旧三池郡高田町である。私は、長い間、伊藤長官のお墓参りをしたいと念願していた。

伊藤長官率いる第二艦隊は、この時、およそ4000名の兵たちが東シナ海の蒼い海に没した。戦艦大和の水上特攻への是非をめぐる議論は、いまだに多くの歴史研究家の間で戦わされている。しかし、一丸となってこれだけ多くの若者が沖縄を助けようと心をひとつにした事実は、日本の歴史がつづくかぎり消えない。

私は、その指揮官であった伊藤長官のお墓に手を合わせたいという思いを持っていたのである。講演に先立って、私はその念願をついに果たすことができた。たまたま地元にいた古くからの知人にお願いして、墓所に案内してもらったのだ。

伊藤長官の墓所への案内板もない中を、知人は、私を案内してくれた。小雨の中、やっと辿り着いた墓所には、昭和33年に建てられた記念碑と共に、伊藤長官の立派な墓石があった。

「ああ、やっと来ることができた」と私は思った。広島県呉市にある海軍墓地(長迫公園)には、戦艦大和の慰霊碑が建っている。何度もそこに行って手を合わせている私は、ついに伊藤長官の墓参の願いを叶えたのである。

映画『連合艦隊』では俳優の鶴田浩二が、『男たちの大和』では渡哲也が伊藤長官を演じている。妻と娘を愛した伊藤長官は、軍人としてだけでなく、家庭人としての優しさと、さらに部下への分け隔てのない接し方や、高潔な人柄が今も語り継がれている。家族に宛てた遺書の中で「大きくなったら、お母さんのような婦人になりなさい」と娘たちに語りかけた文面は、あまりに有名だ。

墓所の20坪近い広さといい、そこにあった慰霊碑といい、それは立派なものだった。だが、せっかくのこの墓所も、案内板も何もないため、地元の人でさえ、辿り着くのは極めて難しいだろうと思った。

案内してくれた知人は、「この墓所は、旧高田町(現・みやま市)の行政区ではなく、ぎりぎりで大牟田市の方に入っているんです。大牟田市の方はあまり伊藤中将への関心がないので、案内板も掲げられておらず、こんな有様です」と教えてくれた。案内板さえ出ていない理由はそういうことだったのか、と思った。

この時、沖縄を守った陸軍の牛島満・第32軍司令官も、同じように温厚で高潔な家庭人であり、さらには後進を数多く育てた教育者として知られる。

私は、先人の事績や思いが消えつつある現状を憂う一人である。それを残すために、今も新しい戦争ノンフィクションに挑んでいるが、時間の厚い壁に跳ね返されている。拙著『太平洋戦争 最後の証言』シリーズを取材していた数年前までとは、まったく状況が変わっていることを感じざるを得ない。

ここ数年、私は先の大戦の最前線で戦った大正生まれの元兵士を数多く見送った。大変お世話になった方で、いま現在、病床に伏している方も少なくない。

貴重な証言が消えつつある今、柳川での伊藤中将の墓前祭の講演を私はそんな思いでさせてもらった。断たれていった希望、消えていく命、若者の無念――当時の若者が置かれた状況と彼らが辿った運命を忘れないでいたい。そして、あの時代の毅然と生きた日本人の真実の姿を後世に伝えたいものである。

明日4月7日は、戦艦大和以下の第二艦隊が東シナ海に没し、伊藤整一中将ら約4000名の69回目の命日である。いよいよ来年は大和沈没「70周年」を迎える。

東京に帰ってきたら、雨で桜はかなり散ってしまっていた。桜の季節が終われば、東京は「夏」に向かって真っしぐらだ。環境破壊で、「春」と「秋」が消えつつある日本。たとえ気候は変わっても、先人が持っていた毅然とした気質だけは失いたくない。東京の夜桜を見ながら、私はそう思わずにはいられなかった。

カテゴリ: 歴史

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