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「真の友好」を遠ざけた舛添都知事の「屈服外交」

2014.07.27

これで韓国との「真の友好」は遠のいたなあ、とつくづく思う。舛添要一・東京都知事が韓国の朴槿惠(パク・クネ)大統領と青瓦台で会い、まるで朝貢外交でやってきた使節のようにぺこぺこと頭を下げるようすが日本と韓国で一斉に報じられた。韓国国民の溜飲を大いに下げさせたこの「舛添外交」によって、日本と韓国の「真の友好」は、確実に遠ざかったと思う。

今、韓国に対して最もやってはならないこと――それを舛添氏は「やってのけた」のである。これまで、当ブログで何度も指摘してきたように、本当に韓国との「真の友好」を目指すなら、少なくとも韓国の国民に、「歴史の真実」を知ってもらう必要がある。そして、いったい日本人がなぜ「従軍慰安婦問題」で怒っているのか、そこに韓国に目を向けさせることが重要だった。

しかし、そのことについて全く触れないまま、舛添氏はソウル大学の講演でも「90%以上の東京都民は韓国が好きなのに、一部がヘイトスピーチをして全体を悪くしている」などと誤ったメッセージを伝えてしまった。

世界各地で従軍慰安婦像を建て、さまざまな議会で日本非難の決議をおこない、日本を貶める行動を世界中で展開している韓国に、のこのこと出かけて行き、逆にあちこちで“お赦し”を乞うてまわったのだ。やるべきことが全く逆である。いま韓国が世界中でやっていることに対して、「皆さん、日本人は怒っていないですよ」と容認のメッセージを与えたようなものではないだろうか。

朴大統領との会談で、その舛添氏は、次のような“お言葉”を頂戴したそうだ。「一部政治家の言動で両国関係に難しさが出ているが、正しい歴史認識を共有しつつ、関係を安定的に発展できるよう努力をお願いする」「慰安婦問題は両国関係だけではなく、普遍的な人権に対する問題。真摯な努力で解決できる」

この「正しい歴史認識」と「慰安婦問題」について、舛添氏はどんな返答をしたのだろうか。そもそも、この問題に、どのくらいの認識を持って会談に臨んだのだろうか。

一方の朴大統領にとっては、これほどありがたいことはなかっただろう。セウォル号事件以来、政権の求心力を失い、国民の失望の連続にあった時に東京都知事がわざわざ「頭を下げにやって来た」のだから、「ああ、大統領もやるじゃないか」と韓国国民に映り、彼女の窮地を救う一助となったのは間違いない。

では、これが日本と韓国との友好につながるのだろうか。答えは“ノー”である。従軍慰安婦問題で謂われなき非難を浴びているのは日本である。韓国の誤った認識と主張によって、日本は「拉致」「監禁」「強姦」国家であるという糾弾を受けている。従軍慰安婦像なるものが世界中に建ち、この問題を世界の記憶遺産にしようという中国と足並みをそろえて、日本人を侮蔑し続けている。

間違っていることをやっている側に、やられている側が「私たちは怒っていません」と伝えてしまったのだから、これからますます彼らの日本非難は強くなるに違いない。自信を持って、さらに糾弾に拍車がかかるだろう。

日本の言っていることに少しでも耳を傾けさせるためには、韓国との間に「距離を置くこと」が最も重要な、まさにその時に、それと真逆なことを舛添氏はやってしまったのである。「真の友好」が遠のいたという所以(ゆえん)だ。

言うまでもないが、従軍慰安婦問題は、1991年8月、朝日新聞によって火をつけられたものだ。朝鮮人従軍慰安婦を「“女子挺身隊”の名において戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた」存在として、クローズアップさせたのである。

それが完全な誤報だったことは、その後の検証で次々と明らかになった。女子挺身隊とは、戦時中の14歳以上25歳以下の女子の勤労奉仕団体である。それを慰安婦と混同し、さらに、その後、20年以上経っても記事が示すような「強制連行」の事実は出て来なかったのだ。

しかも、記事を書いた当の朝日新聞記者の妻が韓国人で、義母は当時の慰安婦訴訟の原告団幹部であったことまで明らかになる。しかし、韓国国内で従軍慰安婦の問題が燎原の火のごとく広がり、「女子挺身隊」といえば日本軍の慰安婦であり、彼女たちは「性奴隷(sex slaves)」であったとされ、完全に日韓の関係は破壊されていくのである。

だが、実際には、彼女たちは当時の兵士の給料の30倍という「月収300圓」を保証されて慰安婦となった人々だ。貧困の時代の薄幸な女性たちだが、新聞広告で募集された収入は今に換算すると年収4000万円を遥かに超える金額となる。

その額を保証されて春を鬻(ひさ)ぐ商売についた人々が、「日本軍や日本の官憲によって強制連行された」、すなわち「拉致」「監禁」「強姦」の被害者とされているのである。

そんな虚偽が韓国国内では堂々と罷り通り、それが今では韓国の運動によって世界中で流布されている。そのことに舛添氏はどんな考えを持っているのだろうか。

ちなみに、慰安婦を「性奴隷とした」のは、当の韓国であったことが明らかにされつつある。当ブログでも書いた、6月25日に韓国政府を相手どってソウル地裁で起こされた訴訟のことだ。かつて米軍を相手に商売をおこなっていた慰安婦122人が韓国政府を相手取って、1人あたり1000万ウォン(およそ100万円)の損害賠償を求める集団訴訟を起こしたのだ。

彼女たちは韓国政府に管理された、駐留米軍相手の「洋公主」(ヤンコンジュ)と呼ばれた慰安婦たちである。韓国軍と国連軍が運営した「慰安所」の存在は有名だが、朝鮮戦争時には、私娼窟から女性たちを連行し、それを「第五種補給品」と呼んで最前線までドラム缶に女性を一人ずつ押し込んでトラックに積んで運んだことも暴露されている。

皮肉なことに、慰安婦の強制連行は「日本」ではなく「韓国」だったことが、やっと歴史的な事実として出てきたのである。もし、「女性を性奴隷にした」と呼ぶなら、それは韓国自身の問題というべきだろう。

私は、そのことを彼(か)の国と同じレベルに立ち、あれこれあげつらって声高に叫ぶ必要はないと思う。それは日本人には相応(ふさわ)しくない。しかし、少なくとも歴史の真実を捻じ曲げてまで世界中で日本人を糾弾する人々に対しては、静かな怒りを持っておくべきだと思う。

そして日本人は、国際的な舞台で、韓国の異常な日本攻撃にも、毅然として、堂々と反論していって欲しいと思う。私は、謂われなき中傷によって、海外で日本の子供たちがイジメられたり、唾を吐かれたりしている現状に、少しでも一石を投じて欲しいと思う。

舛添氏の今回の行動に、毅然たるものは何も感じられなかった。それほど韓国を訪問したいなら、毅然として覚悟を決めて行って欲しい。1300万都民どころか、日本中を失望させたこの“屈服外交”は、日韓の「真の友好」を遠ざけ、長く歴史に汚点を残すことになったことだけは間違いない。

カテゴリ: 国際, 歴史

共同通信が決着させた朝日新聞「吉田調書」誤報事件

2014.07.25

どうやら朝日新聞の「吉田調書」の“誤報事件”も決着がついたようだ。共同通信の連載記事『全電源喪失の記憶~証言福島第一原発~』が、ようやく問題の「2011年3月15日朝」の場面に辿りつき、その時のようすが克明に描写されたのである。

地方紙を中心に連載されているこの記事は、今年3月に始まり、現在、70回以上に達している。異例の長期連載と言っていいだろう。連載は、これまで第1章「3・11」、第2章「1号機爆発」、第3章「制御不能」、第4章「東電の敗北」とつづき、そして今の第5章は「命」と銘打たれている。7月に入って、この第5章がやっと始まり、地方紙およそ30社がこれを掲載している。。

そこでは、3月15日早朝、東電本店に乗り込んだ菅首相が「撤退したら東電は100パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ!」と演説する場面がまず描写されている。拙著『死の淵を見た男~吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日~』のヤマ場でもあり、朝日新聞が「所員の9割が所長命令に違反して撤退した」と、報じた“あの日”のことである。

私は、この2011年3月15日は、日本が有史以来、最大の存続の危機に陥った日だったと思っている。共同通信は、長期にわたった取材によって、この日の福島第一原発の内部を克明に記している。多くの場面が、拙著とも重なっているので、私は興味深く読ませてもらった。

激烈な菅首相の演説のあとの衝撃音、2号機のサプチャン(圧力抑制室)の圧力がゼロになる場面、そして吉田所長が職員の「退避」を決断し、福島第二原発へと退避させる場面……等々、息を呑む場面が連続して描写されている。

拙著と同じく、記事はすべて実名証言に基づいている。私は、生前の吉田氏から、この時のことを直接、聞いているので、共同通信が「3・15」をどう書くのか、連載の途中から注目していた。そして、それは予想以上の克明さだった。

〈全員が凍り付いた。圧力容器からの蒸気を冷やす圧力抑制室の気密性がなくなり、高濃度の放射性物質を含んだ蒸気が環境に大量放出される。もう第1原発構内どころか、周辺地域にすら安全な場所はなくなる。最も恐れていた事態だった。
 稲垣が吉田に進言した。
「サプチャンに大穴が開いたと思います。とんでもない量の放射性物質が出てきますよ」
「退避させるぞ」
 吉田は即決した。テレビ会議のマイクのスイッチを入れ、本店に退避を申し出た。必要のない大勢の社員たちをいつ退避させるか吉田はずっとタイミングを計ってきたのだ。今がその時だった。
 ところが約220キロ離れた東京の本店の反応は鈍かった。制御室にある圧力計が故障したのではないかと言う。吉田がキレた。
「そんなこと言ったって、線量が上がってきて、こんな状態で全員いたら、おかしいだろっ!」〉

共同通信のこの詳細な描写に、私は『死の淵を見た男』を取材した当時のことを思い出した。時に涙し、時には震えながら、あの自らの「生」と「死」をかけた闘いの場面を述懐するプラントエンジニアたちの姿を思い出したのだ。

記事は、南に約12キロの位置にある退避先の福島第二原発(2F)の安全を確かめるため、風向きをまず見させてから職員を退避させる吉田所長の姿が描かれている。そして、総務班長はこう指示する。

〈「皆さん、速やかに退避してください。最終目的地は2Fです。免震重要棟近くの路上にバスがあります。とにかく乗れるだけ乗ってください。まず正門の先で線量を測ります。とどまれなければ2Fに行きます」。総務班長はこの後、第2原発に「そちらに行くことになります」と電話を入れた〉

「2Fへの退避ですよ」と仮眠中に叩き起こされ、2Fへ向かった者や、逆に2Fへの退避を命じられても「残ります」と言い張って、命令をきかなかった者、あるいは、2Fへの退避を決めたエンジニアが、「最後に子どもの顔が浮かんだんです。子どものためにも今は死ねないな、と思いました。正直、うしろめたさはありましたが……」と、自らの葛藤を吐露する場面など、長期にわたる取材の深さを感じさせてくれる描写だった。

私は、この記事の中で、「俺は、残る。君は出なさい」「絶対、外で会いましょうね」「分かった」「約束ですよ」……当直長からの退避命令に、そんなやりとりの末に2Fへ去っていく若手プラントエンジニアの証言が印象に残った。

また、退避しながら免震棟を振り返り、「あの中にはまだ人がいる」と涙が止まらなかった人、あるいは2Fの体育館に全員が無事到着したことが報告されると、「おぉ、そうか」と吉田所長が安堵した声で答える場面などが、興味深かった。

これが、朝日新聞が「9割が所長命令に違反して逃げた」と報じる、まさにその場面である。私は、あまりの違いに言葉も出ない。

『死の淵を見た男』の取材で100名近い関係者の実名証言を得ている私は、NHKの「NHKスペシャル班」も相当、現場への取材を展開し、深く食い込んでいることを知っている。

そして、共同通信の現場への食い込み方は、やはり活字媒体ならでは、の思いが強い。しかし、朝日新聞だけは、現場取材の痕跡がない。「ひょっとして朝日は現場に取材もしないまま、あの記事を書いたのではないか」と、どうしても疑ってしまうのである。

現場を取材する他紙の記者たちの中にも、今は、あの時の“現場の真実”を知っている記者たちが多くなってきた。彼らは、今回の朝日の「吉田調書」キャンペーンには、実に冷ややかだった。そこには、裏取りが不完全なまま「9割の人間が逃げた」と書いてしまう同業者に対する諦めと怒りがあるように私には思えた。

だが、朝日の報道の結果として残ったのは、「日本人も現場から“逃げて”いた」「日本版“セウォル号”事件」と外国メディアに大報道され、現場で闘った人々の名誉が汚され、日本人そのものが「貶められた」という厳然たる事実だけである。

従軍慰安婦報道をはじめ、日本と日本人を貶める報道をつづける朝日新聞にとっては、それはそれで「目的は達せられた」のかもしれない。しかし、自らのイデオロギーに固執し、そのためには世論を誘導することも、また真実とは真逆の記事を書いても良しとする姿勢には、同じジャーナリズムにいる人間にとって、どうしても納得ができない。

私は、朝日新聞には一刻も早く「吉田調書」の全文を公表して欲しい、と思う。そして、吉田所長と彼ら現場の人間を貶めるために、作為的な編集作業をおこなったのか否か――ジャーナリズムの検証を是非、受けて欲しい。私はそのことをまず、朝日新聞にお願いしたいのである。

カテゴリ: マスコミ, 原発

日本のメディア“偽善”と“すり替え”の罪

2014.07.10

昨日7月9日は、福島第一原発(1F)の元所長、吉田昌郎氏が亡くなって丸1年、すなわち「一周忌」だった。ちょうどこの日、『週刊朝日』の元編集長で、朝日新聞元編集委員でもある川村二郎さんと私との対談記事が『Voice』に掲載され、発売になった。

対談の中身は、例の「吉田調書」である。政府事故調によって28時間にわたって聴取され、記録されたという「吉田調書」なるものを朝日新聞が報道して、1か月半が経った。

それによって朝日新聞は「福島第一原発の所員の9割が所長命令に“背いて”福島第二に撤退した」という、事実とは真逆のことを書いた。私がこれに異を唱えて朝日との間で問題になっているのは当ブログでも書いてきた通りである。

この問題について、『Voice』誌に依頼され、私にとっては雑誌業界の大先輩である川村さんとの対談をさせてもらったのだ。題して、「吉田調書を公開せよ」。つまり、それは、「朝日新聞は責任をもって『吉田調書』の全文を公開せよ」という内容の対談となった。

私は、吉田さんや汚染された原子炉建屋に突入を繰り返した1Fのプラントエンジニアたち、あるいは当時の菅直人総理や班目春樹・原子力安全委員会委員長ら、100名近くの当事者を取材し、その実名証言をもとに『死の淵を見た男』を上梓した。2012年11月のことである。

私が描かせてもらった1Fのプラントエンジニアたちは、多くが地元・福島の浜通りの出身だった。つまり、地元の高校、工業高校、そして高専などの出身者である。

地震から5日目の3月15日、2号機の圧力が上昇して最大の危機を迎えた時、総務、人事、広報など、女性社員を含む多くの事務系職員たちを中心に、600名以上が吉田所長の命令によって福島第二原発(2F)に一時退避する。

この時、1Fには、彼らのような多くの“非戦闘員”たちが残っていたのである。フクシマ・フィフティ(実際には「69人」)を残したこの600人以上の退避を、朝日新聞は、所長命令に「背いて」、「9割」の人間が「撤退した」というのである。朝日の報道を受けて、外国メディアが、「日本人もあの現場から逃げ去っていた」と大々的に報じたのは、周知の通りだ。

私は、朝日新聞には、本当に『吉田調書』を公開して欲しい、と思う。菅直人政権下の政府事故調によって非公開とされた『吉田調書』。しかし、これほど真実とかけ離れたかたちで調書が朝日新聞に利用され、極限の現場で奮闘した吉田氏と部下たちが貶められた以上、このままであってはならないと思う。

朝日新聞の報道によって、現場の必死の闘いは、外国から「あざ笑われるようなもの」となった。貶められた1Fの現場の人間たちも、是非、朝日には「吉田調書」を公開してもらいたいだろう。何をもって自分たちが「所長命令に背いて逃げた」と言われなければならないのか。その根拠とは何なのか。そして朝日が伝えたい“現場の真実”とは一体、どんなものなのか。そのことを確かめたいに違いない。

実際に、私のもとにはそういう現場の声が多数、寄せられている。朝日新聞には「吉田調書」の全文公開をなんとしてもお願いしたいと思う。そして、いかに事実とは真逆のことを朝日が書いたのか、多方面のジャーナリズムの検証を受けて欲しいと思う。

発売になった同じ『Voice』誌には、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が〈『朝日』と中国から日本を守れ〉という記事を書いていた。私はこの記事に目を吸い寄せられた。

それは、櫻井氏が、日本がそこから守らなければならない「相手」として、「中国」だけでなく「朝日」も俎上に上げていたからだ。〈『朝日』と中国から日本を守れ〉――それは、実に強烈なタイトルだった。

櫻井氏はこう書いている。〈『朝日新聞』の特徴は、中国の特徴と似ています。多くの事例から『朝日』は「嘘をもって旨とする」メディアといわれても仕方がないでしょう〉、さらに〈歴史の事実を目の前に突き付けられても反省する気配のない『朝日新聞』の報道姿勢を見ると、「この人たちには名誉というものの価値がわからないのではないか」と疑わざるをえません〉。

厳しい論評だが、私もまったく同感である。櫻井氏も指摘する1991年8月の朝日新聞による報道に端を発した「従軍慰安婦問題」などは、その典型だろう。櫻井氏は、中国が嘘を連ねる背景を孫子の「兵は詭道(きどう)なり」の言葉を引いて説明している。

残念なことに、日本にはこの隣国の掌(てのひら)で踊るメディアは少なくない。日本のメディアが、なぜここまで日本を貶め、真実とは程遠い隣国の主張を代弁しつづけるのか、確かにそのあたりから説き起こすべきかもしれない。

私は最近の一部のメディアを見ていて、感じることがある。それは、「公平」や「中立」、あるいは「客観報道」というものから、完全にかけ離れた存在になっている、ということだ。

それは、あたかも「“活動家”が記事を書く」、すなわち真実はそっちのけで、自分の主張に都合のいいファクトを引っ張って来て、一定の活動家勢力の機関紙かのような内容になっている点である。「こんな新聞を毎朝読んでいたら、知らず知らずに洗脳されていくだろうなあ」と思わずにはいられないのである。

宗教的な事件が起こるたびに“マインドコントロール”という言葉がよく出てくるが、まさにそんなあからさまな紙面が毎朝、「当たり前」になっているのである。新聞メディアの部数低下の大きな原因は、読者の“愛想尽かし”にあるのではないかと、私は思う。

櫻井氏が指摘するように、「慰安婦問題」の検証は重要だと思う。この問題がもたらしたものは一体、何だろうか。朝日新聞の報道をきっかけに始まったこの問題で大騒ぎした人々は、今、満足しているのだろうか、と思う。日韓両国の間に残ったのは、根深い憎悪と怨念だけである。しかも、もはやそれは、修復不能かもしれない。

あの貧困の時代にさまざまな理由で春を鬻(ひさ)ぐ商売につかざるを得なかった薄幸な女性たち。喜んで色街(いろまち)で働く女性は当時とてなく、あの不幸な時代に“身売り”していった女性たちの気持ちを思うと胸がしめつけられる。

しかし、これは、その薄幸な女性たちが、「日本軍、もしくは日本の官憲によって戦場に強制連行されていった」という“虚偽”によって問題化され、そして国際化されていったものである。その中心にいたのは、あくまで「日本人」だったのだ。

日本と日本人を貶めたい彼(か)の国の人々と連携し、自分たち日本人を必死で貶めようとする「日本人の存在」が、この問題を大きくし、複雑化し、そして国際化させていったことを私たちは忘れるべきではないだろう。

あの時代の薄幸な女性たちの存在を私たちは、永遠に忘れてはいけない。しかし、その存在を「事実を捻じ曲げて」、日本の「強制連行問題」に巧妙にすり替えた「人々」とその「手法」もまた、私たちは絶対に忘れてはならない、と思う。

それは、日本の一部のメディアが得意とする“偽善”と“すり替え”によるものである。以前、当ブログでも書かせてもらった「マスコミ55年症候群」がそれだ。

私たち日本人は、「日本」と「日本人」を貶めようとする記者たちの巧妙な手法に、いつまでも騙されていてはならないだろう。櫻井氏のレポートを読みながら、私は、日本を救った男の一人・吉田昌郎さんの「一周忌」に、そんなことを考えていた。

カテゴリ: マスコミ, 原発

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