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「日本を貶める朝日新聞」は生き残れない

2014.08.31

いよいよ読売新聞も共同通信も“参戦”してきた。私は昨日の読売新聞、そして共同通信の配信記事を掲載した本日の地方紙の各紙を見て、いったい朝日新聞はどんな対応をとるのだろうか、と思った。

読売新聞も共同通信も、産経新聞につづいて「吉田調書(聴取結果書)」を入手し、「吉田調書の全容が明らかになった」として、大展開したのである。特に、読売新聞の報道量は凄まじいものだった。各面で、朝日新聞の「吉田調書報道」が誤報であることを繰り返して伝える紙面となっていたからだ。

1面トップでは、〈福島第一 吉田調書 「全面撤退」強く否定 「第二原発へ退避正しい」〉、2面で〈朝日報道 吉田調書と食い違い〉、3面では〈退避 命令違反なし〉、社会面トップの39面では、〈「命賭けて作業した」 吉田調書「逃亡報道悔しい」第一原発所員語る〉という記事を掲げたのだ。

つまり、産経新聞と同じく読売新聞も、吉田調書の“現物”を読んだ上で、朝日新聞の「吉田調書報道」を全面否定し、糾弾したのである。産経新聞につづき、これほどライバル社が同業他社の記事を“全否定”する事例は珍しい。朝日の手法に対して、同業者として、そして同じジャーナリストとして、“怒り”が抑えられなかったのだろう、と思う。

そして、共同通信の中身も痛烈だ。こちらも、吉田調書を入手し、〈吉田氏は聴取に、命令違反があったとの認識は示していない〉〈2Fまで退避させようとバスを手配した〉と、朝日の報道内容を全面否定した。

しかも、共同通信には、当時、免震棟内の緊急時対策本部で総務班長を務めた男性社員(46)が、退避前夜の3月14日、2号機の危機的状況を目の当たりにした吉田氏の命令で自分が避難先を探したと明らかにした上で、「第2原発に退避することは前夜のうちに決まっていた。吉田所長も理解していた。“命令違反”と書かれているが、それはいったい何だという感じです」と証言している。

この共同通信の記事は、今朝の地方紙を中心に一斉に掲載されている。私はこれらの報道をある種の感慨をもって見つめている。朝日新聞が5月20日から始めた「所長命令に違反して現場の9割の所員が撤退した」というキャンペーン記事に対して、私がブログで異を唱えたのは、5月末のことだった。

吉田所長以下、福島第一原発(1F)の事故現場で闘った多くの人々を取材していた私は、朝日新聞の報道が「虚偽」であることがすぐにわかったからだ。日本が有史以来、最大の危機に陥った2011年3月15日朝、福島第一原発の免震重要棟にいた女性社員を含む約700人の内、9割の所員が所長命令に「従って」、福島第二原発(2F)に「退避した」ことを私は知っていた。それが、たった一つの「厳然たる事実」である。

拙著『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日―』の中でも、そのことは詳細に記述している。退避に先立つ3時間以上前(3月15日午前3時過ぎ)には、東電本店から「退避の手順」として、「健常者は2Fの体育館へ」「けが人は2Fのビジターへ」と具体的な退避先の建物も決められ、1Fに伝えられていた。退避する時は、「2Fへ」というのは、吉田所長以下、全員の共通認識だったのだ。

大きな爆発音が轟き、2号機の圧力抑制室(サプチャン)の圧力がゼロになった午前6時過ぎ、吉田所長は「各班は最少人数を除いて退避!」と叫んでいる。免震重要棟にいた女性社員を含むおよそ650人が、この吉田所長の命令に従ってバス5台と自家用車に分乗して、あらかじめ決められていた通り、「2Fに向かった」のである。

しかし、これが午前5時36分に東電本店に乗り込んだ菅首相の「逃げて見たって逃げ切れないぞ」「東電は100パーセント潰れる!」という大演説の直後だっただけに、吉田所長は、全体に流れるテレビ会議の発言では、菅首相がテレビ会議の映像を見ていることを前提に慎重な発言を繰り返している。

朝日新聞は、吉田調書の一部を取りだして「所長命令に違反して所員の9割が撤退した」と報じ、吉田所長の本当の命令は「1F構内か、その近辺にとどまることだった」と書いたのだ。

しかし、現場を少しでも取材したことがあるジャーナリストなら、これがいかに非常識であるかは、即座にわかる。なぜなら、1Fの中で最も安全な場所は、彼らがいる「免震重要棟」である。そこから出て、その約650名は、いったい構内のどこに行けばいいというのだろうか。放射性物質大量放出の危機に、防護マスクも圧倒的に不足している中で、どこかの“木陰”にでも「隠れていろ」という命令を吉田所長が出したとでもいうのだろうか。

朝日新聞は、一連のキャンペーン記事の中で、世界から称賛されたあの“フクシマ・フィフティー”も、福島原発に留まったのは、所員9割が所長命令に違反して2Fに撤退してしまった「結果に過ぎない」とまで書いたのである。

朝日の思惑通り、外国のメディアは朝日の報道を受けて、「パニックに陥った原発所員の9割が命令に背いて逃げ去った」「これは、“日本版セウォル号事件”だ」と大々的に報じたのは周知の通りだ。

しかし、各メディアが入手した「吉田調書」には、朝日が書いた「命令違反で所員の9割が撤退した」との吉田証言は存在しなかった。

吉田所長をはじめ、現場の人間に大勢取材している私は、現場の真実を知っている。だからこそ、朝日の第一報があった時、「ああ、いつものやり方だ」と、即座に理解できた。

それは、政治家や官僚などのちょっとした発言の「言葉尻」を捉えて中国や韓国の要人に“ご注進”し、それを打ち返して「大問題」にしていく、いわゆる“ご注進ジャーナリズム”を得意としてきたメディアならではの「手法」だと思ったのである。

朝日新聞が「吉田調書」の中の一部分の言葉尻を捉えて、事実とは真逆のことを報じてきた――そのことは、私にかぎらず、あの事故現場を取材してきたジャーナリストたちには、すぐにわかったのである。

私は、朝日の記事を全面否定する今回の報道が福島第一の現場に食い込んでいるメディアによるものであることに注目している。彼らには、当初から朝日の報道が虚偽であることはわかっていたが、吉田調書の現物を入手できていないために、これまでそれを「否定する報道」ができなかっただけなのである。

だが、政府が吉田調書の公開を決めたことにより、ついにこれを各メディアが入手し始めた。それは、そのまま朝日の誤報を白日の下に晒す結果につながったのである。

私が5月末にブログで意見を発表後、週刊誌、写真誌、月刊誌、インターネットテレビ、新聞が次々と私の論評を取り上げてくれた。そして、ついに先日の産経新聞につづいて読売新聞、そして共同通信も吉田調書を手に入れ、朝日新聞のその報道を全面否定したのである。それは、私が声を上げて、わずか「3か月後」のことだった。

私は、何十年か後になってこの「吉田調書」が公開された時、初めて朝日新聞の“誤報事件”が明らかになるだろう、と思っていた。しかし、何十年か経ってからでは、言うまでもなく意味はない。だから、正直言えば、ある種の“虚しさ”を覚えつつ、私は一連の論評を発表していた。

つまり、「吉田調書」の事実を捻じ曲げて、現場の職員、つまり「日本人を貶めた」朝日新聞の手法が、白日の下に晒されることなど「まずないのではないか」と思っていたのだ。

しかし、従軍慰安婦の検証記事を朝日新聞が発表(8月5、6日)以降、事態は急変した。慰安婦狩りの証言記事を撤回するまでに32年かかったとはいえ、正式に朝日は慰安婦狩りの証言記事を撤回した。

そこから、この「吉田調書問題」も、急展開してきたのだ。まず産経新聞、そして読売新聞、そして配信を始めた共同通信を含めたメディアは、実際に吉田調書の“現物”を手に入れて、堂々と朝日の「誤報」を取り上げ始めたのだ。

朝日新聞がいかに「誤報」をおこなったか、意図的な編集はどうおこなわれたか。ここに国民の関心が集まることは、実に貴重なことだと思う。私は、これは朝日新聞の“終わりの始まり”だと思っている。

それは、近く政府から公表される「吉田調書」によって、国民自ら、朝日新聞の「日本を貶める手法」を確認することができるからだ。「なぜこの調書で、あんな“真逆の記事”ができるのか」。それを国民は自ら、その目で判断できるのである。

私は、朝日新聞から抗議書を送付され、「法的措置」を講じることを検討する、という脅しの文句を伝えられている身だ。それは、言論機関とは到底思えない“圧力団体”の手法でもある。その当の朝日新聞が、どんな“意図的な編集”をおこなっているか、国民が自分の目で確かめればいいのではないか、と思う。

自らは現場で命をかけて奮闘した人々の「名誉と信用」を傷つけたことを恬(てん)として恥じず、それに批判の論評を掲げたジャーナリストに対しては、法的措置をちらつかせる抗議書を送りつける――私は、朝日新聞に対して、もはや言うべき言葉はない。

私の論評に対して、「朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損しており、到底看過できません」という抗議書を送りつけた朝日新聞は、それよりも明確な“完全否定”をおこなった読売新聞と共同通信に対して、どんな抗議書を送るのか、私はまずそこに注目したい。

しかし、「真実はひとつ」しかない以上、朝日新聞がどんなに抗(あらが)っても、いくら弁明しても、吉田調書報道の正当性を主張するのは、もはや無理だと私は思う。

私はコメントを求められたために、吉田調書の全文を読ませてもらったが、先日の産経新聞、今日の読売新聞と共同通信は、「吉田調書」の真実を客観的に報じている。それが私の率直な感想である。

「朝日新聞以外のメディア」は、読者に吉田調書の内容を「正確に伝えている」ので、朝日の“現場の人間”を貶める意図的な「編集とその手法」は、これから徹底的に分析されていくに違いない。

しかし、一度失われた名誉を回復するのは、難しい。世界中に流布された「現場の人間は逃げた」という内容は、なかなか払拭(ふっしょく)されないだろう。それは、従軍慰安婦報道と同じだ。日韓関係を徹底的に破壊し、世界のあちこちに従軍慰安婦像が建つような事態をもたらした朝日新聞の従軍慰安婦報道と同じく、失われた日本人の信用は、容易に回復されないだろう、と思う。

今週、朝日に広告掲載を拒否された『週刊文春』の記事の中に国際ジャーナリストの古森義久氏が、こうコメントしていた。「彼ら(筆者注=朝日新聞のこと)は日本という国家が嫌いなんですよ。日本は弱ければ弱いほどいい、という中国共産党と同じ発想。自らが信じる政治的なイデオロギーに合ったものしか選ばないから、結果的に間違えてしまう。それが朝日の体質なんでしょう」

また、『週刊現代』には、元朝日新聞記者の本郷美則氏の「朝日、特に社会部系は左傾した偏向報道を続けてきたが、それももう限界だろう。ニューメディアの普及により情報伝播は民主化され、旧メディアが民衆を操作する時代は終わったのだ」という意見も紹介されていた。

私も両氏と同意見である。私は反原発でも、原発推進の立場でも、どちらでもない。なぜなら、両方の意見に「一理がある」からだ。しかし、反原発という強固な主張を持つ朝日新聞が、その“イデオロギー”に基づいて、事実を捻じ曲げてまで「吉田調書」を偏向報道したことは、朝日にとって致命的だと私は思う。

それは、慰安婦報道と同じく、意図的に「日本を貶める」ことを前提としていることが国民の前に明らかになるからだ。私は、もはや朝日新聞が日本で「生き残る」ことは無理だと思う。それが、私が「朝日新聞の終わりの始まり」と思う所以である。

カテゴリ: マスコミ, 原発

日本人にとって「朝日新聞」とは

2014.08.20

もうここまで来ると「日本人にとって朝日新聞とは?」ということを真剣に考えなければならないのではないだろうか、と思う。一昨日から産経新聞が報じている「吉田調書」(聴取結果書)の真実は、多くの国民に衝撃を与えたのではないだろうか。

私は、産経新聞にコメントを求められ、吉田調書の全文を読んだ。そして、「朝日はなぜ事実を曲げてまで日本人を貶めたいのか」という文章を産経新聞に寄稿した。すると、朝日新聞から「名誉と信用を傷つけられた」として、抗議を受けている。

私は正直、そのことにも、呆れている。朝日新聞は5月20日付紙面で、「吉田調書入手」と銘打ち、「福島第一原発から職員の9割が所長命令に違反して撤退した」と、大キャンペーンを始めた。

その記事によって、世界のメディアが「日本人も原発の現場から所長命令に背いて逃げていた」「これは“第二のセウォル号事件”だ」と報じ、現場で命をかけて事故と闘った人々の名誉と信用は傷つけられた。

朝日新聞が報道機関として本当に「名誉と信用を傷つけられた」というのなら、紙面で堂々と反論すればいい。そして、命をかけた現場の人々の名誉と信用を自分たちが「傷つけていないこと」を、きちんと論評すればいいのである。

これまで何度も書いているので詳細は省くが、朝日が報じる2011年3月15日の朝、福島第一原発(1F)の免震重要棟には、総務、人事、広報など、事故に対応する「現場の人間」ではない“非戦闘員”も含む700名ほどの職員がいた。その中には、女性職員も少なくなかった。事態が悪化する中で、彼ら彼女らをどう1Fから退避させるか――吉田昌郎所長はそのことに頭を悩ませた。

700名もの人間がとる食事の量や、水も流れない中での排泄物の処理……等々、1Fで最も安全な免震重要棟はその時、とても多数の人間が居つづけられる状態ではなくなっていた。1Fのトップである吉田所長は、2F(福島第二原発)への退避について、2Fの増田尚宏所長と協議をおこない、その結果、2Fは、「体育館で受け入れること」を決めている。

そんな交渉を前日からおこない、その末に3月15日朝6時過ぎに、大きな衝撃音が響き、2号機の圧力抑制室(サプチャン)の圧力が「ゼロになった」のである。それは放射性物質大量放出の危機にほかならなかった。もはや、彼ら彼女らを免震重要棟に留まらせていることはできなかった。

「各班は、最少人数を残して退避!」と吉田所長は叫び、のちに“フクシマ・フィフティ”と呼ばれる人々(実際には69名)を除いて、吉田所長の“命令通り”職員は2Fに退避したのである。

こうして女性職員を含む多くの職員が、バスと自家用車を連ねて2Fへと一斉に移動した。しかし、これを朝日新聞は“所長命令に違反して撤退した”と書いたのである。

この場面は、私が吉田所長以下、90名近い現場の人たちに取材して書いた拙著『死の淵を見た男』のヤマ場でもある。私は、この事態になる直前、「一緒に死んでくれる人間の顔を思い浮かべていた」と、1Fに残ってもらう人間を“選別”する吉田所長の思いと姿を、当の吉田さん自身から詳細に聞いている。

私は、吉田さんの証言を聞きながら、「今の世にこれほど“生と死”をかけた壮絶な場面があるのか」と思い、そのシーンを忠実に描写させてもらった。

しかし、朝日新聞は、あの壮絶な場面を世界中のメディアが「所長命令に違反して現場から逃げ出した」と報じるようなシーンにしてしまったのである。

吉田調書には、吉田さんが「関係ない人間(門田注=その時、1Fに残っていた現場以外の多くの職員たち)は退避させますからということを言っただけです」「2Fまで退避させようとバスを手配したんです」「バスで退避させました。2Fの方に」とくり返し述べている場面が出てくる。

そして、「本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです」と、危機的な状況で現場に向かっていく職員たちを吉田氏が何度も褒めたたえる場面が出てくる。そこには、「自分の命令に違反して、部下たちは2Fに撤退した」などという証言は出てこない。

吉田調書とは、いかに事態を収束させようと、現場で働く浜通りの人々、すなわち故郷、ひいては日本を救おうと頑張った人たちのようすが「よくわかる内容」だったのである。それは、私が予想した通りのものだった。

私は、「日本人にとって“朝日新聞”とは何だろう?」と、しみじみ考えている。従軍慰安婦の強制連行問題でも、朝日新聞は「私は済州島で慰安婦狩りをした」と言う自称・山口県労務報国会下関支部動員部長の吉田清治氏の話を流布しつづけた。


32年間もその報道を訂正しなかった朝日新聞が、さる8月5日、この一連の記事を突然、撤回したのは周知の通りだ。しかし、世界中で「性奴隷(sex slaves)を弄んだ日本人」と喧伝され、日韓関係も完全に「破壊」された今となっては、その撤回も虚しい。

朝日新聞とは、日本人にとって何なのだろうか。今、そのことを多くの国民が「わがこと」として考える必要があると、日本人の一人として心から思う。

カテゴリ: マスコミ

従軍慰安婦「記事取り消し」でも開き直った朝日新聞

2014.08.05

本日(8月5日)紙面で朝日新聞が、突如、従軍慰安婦の大特集を組んだ。しかし、まるで子どものようなひとりよがりの記事に、私は絶句してしまった。“僕だけじゃないもん!”――そんな駄々っ子のような理屈に、言葉を失った読者は多いのではないだろうか。

「この記事は、本当に朝日が従軍慰安婦報道を反省し、撤回したものなのか」。私は、本日の朝日新聞の大特集を読みすすめながら、そう思った。「これは、逆に火に油をそそぐものかもしれない」と。

従軍慰安婦問題とは、朝日新聞が一貫して報じてきた「強制連行問題」にある。あの貧困の時代、さまざまな事情で、春を鬻(ひさ)ぐ商売についていた薄幸な女性たちが数多く存在した。そういう商売が「公娼制度」として現に認められていた、今とは全く異なる時代のことである。

彼女たちは当時の兵士の給料の30倍という「月収300圓」を保証されて慰安婦となった女性たちである。新聞に大々的に業者による「慰安婦募集」の広告が打たれ、その末に集まった女性たちだ。なかには親に売り飛ばされた女性もいただろう。彼女たちの不幸な身の上には、大いに同情しなければならないと思う。

だが、これが、無理やり日本軍、あるいは日本の官憲によって「強制連行された」となれば、まったく様相は異なる。それを主張してきたのが、ほかならぬ朝日新聞である。

「強制連行」とは、すなわち、従軍慰安婦たちは日本によって「拉致」「監禁」「強姦」された被害者だった、という意味である。意思に反して連行されたのなら「拉致」であり、無理やり慰安所に閉じ込められたのなら「監禁」であり、望まない性交渉を強いられたのなら、それは「強姦」であるからだ。

現在、韓国が主張し、世界中に広まっている日本による「従軍慰安婦=性奴隷(sex slaves)」という論拠は、まさにそこにある。その結果、今や世界各地に日本糾弾のための「慰安婦像」が建ち、さまざまな議会で日本非難の決議がなされ、日本の若者の国際進出に対する大きな「障壁」となっているのは、周知の通りだ。

言いかえれば、韓国と歩を一にして、「日本を貶めつづけた」存在が朝日新聞にほかならない。私はそのことに対して、どの程度の真摯な反省が記述されているのか、今日の記事を読みすすめた。まず第1面に〈編集担当 杉浦信之〉という署名で書かれた〈慰安婦問題の本質 直視を〉と冠する記事には、こう書かれている。

〈私たちは元慰安婦の証言や数少ない資料をもとに記事を書き続けました。そうして報じた記事の一部に、事実関係の誤りがあったことが分かりました。問題の全体像がわからない段階で起きた誤りですが、裏付け取材が不十分だった点は反省します〉

私は、これは朝日新聞が真摯な反省をするのかと思い、期待した。しかし、それはすぐに失望に転じた。それは、次のくだりである。信じられない朝日独特の論理がそこには展開されていた。

〈似たような誤りは当時、国内の他のメディアや韓国メディアの記事にもありました。こうした一部の不正確な報道が、慰安婦問題の理解を混乱させている、との指摘もあります。しかし、そのことを理由とした「慰安婦問題は捏造」という主張や「元慰安婦に謝る理由はない」といった議論には決して同意できません。
 被害者を「売春婦」などとおとしめることで自国の名誉を守ろうとする一部の論調が、日韓両国のナショナリズムを刺激し、問題をこじらせる原因を作っているからです。見たくない過去から目を背け、感情的対立をあおる内向きの言論が広がっていることを危惧します。
 戦時中、日本軍兵士らの性の相手を強いられた女性がいた事実を消すことはできません。慰安婦として自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたことが問題の本質なのです〉

「えっ? それはないだろう」。この言い分を読んで納得する人がどれだけいるだろうか。ここにこそ、朝日新聞特有の巧妙な論理の“すりかえ”がある。

彼女たちが薄幸な女性たちであることは、もとより当然のことである。貧困のために、心ならずも身を売らなければならなかった不幸な女性たちに、今も多くの人々が同情している。私もその一人だ。

しかし、朝日新聞は、彼女たちが自分たちの意思に反して無理やり「日本軍や日本の官憲」によって、「戦場に連行」された存在だった、としてきたのである。だからこそ、日本は「拉致」「監禁」「強姦」国家である、という汚名を着せられているのだ。

その根拠なき「強制連行」報道を反省すべき朝日新聞が、〈「慰安婦問題は捏造」という主張や「元慰安婦に謝る理由はない」といった議論には決して同意できません〉と、改めて主張したのである。

これは、一部勢力の過激な「従軍慰安婦論」を持ち出すことによって、自分自身を“善”なる立場に持ち上げて「擁護」し、自らの「正当性」を訴えているのだ。これは一体、何なのだろうか。

さらに、この記事は、問題の本質をこう捻じ曲げている。〈戦時中、日本軍兵士らの性の相手を強いられた女性がいた事実を消すことはできません。慰安婦として自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたことが問題の本質なのです〉

この手前勝手な論理に、私は言葉を失ってしまった。〈問題の本質〉とは、朝日新聞が“虚偽の証言者”を引っ張ってくることによって、歴史の真実を捻じ曲げ、従軍慰安婦のありもしない「強制連行問題」をつくり上げたことではなかったのだろうか。

そして、そのことによって、日本人が将来にわたって拭い難い汚名を着させられ、国際社会で「性奴隷を弄んだ日本人」として、謂われなき糾弾を受けていることではないのだろうか。

私が、「こんなひどい論理が許されるのだろうか」と思う所以である。私は記事を読みすすめた。1面で開き直りの宣言をおこなった朝日新聞は、今度は16面、17面をブチ抜いて、〈慰安婦問題 どう伝えたか 読者の疑問に答えます〉という記事を掲げている。

ここでは、5つの事象で、読者に対して「説明」をおこなっている。しかし、その5つの説明は、どれも納得しがたい論理が展開されている。特に驚くのは、肝心の「強制連行」に関するものだ。そこには、こう書かれている。

〈読者のみなさまへ 日本の植民地だった朝鮮や台湾では、軍の意向を受けた業者が「良い仕事がある」などとだまして多くの女性を集めることができ、軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は見つかっていません。一方、インドネシアなど日本軍の占領下にあった地域では、軍が現地の女性を無理やり連行したことを示す資料が確認されています。共通するのは、女性たちが本人の意に反して慰安婦にされる強制性があったことです〉

すなわち〈軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は見つかっていません〉と、このことでの誤りを認めたのかと思ったら、〈軍の意向を受けた業者が「良い仕事がある」などとだまして多くの女性を集めること〉ができた、さらに〈インドネシアなど日本軍の占領下にあった地域では、軍が現地の女性を無理やり連行したことを示す資料が確認されています〉と、逆に「強制連行はあった」という立場を鮮明にしたのである。

ここでいう〈インドネシア〉の事例というのは、スマランという場所で起きた日本軍によるオランダ女性に対する事件である。「強姦罪」等で首謀者が死刑になった恥ずべき性犯罪だが、この特定の犯罪をわざわざ持ち出してきて、これを朝日新聞は強制連行の“実例”としたわけである。

まさに開き直りである。結局、読みすすめていくと、朝日新聞は、韓国・済州島で「慰安婦狩りをした」という衝撃的な告白をおこなった自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長、吉田清治氏の発言を繰り返し報道したことに対してだけ〈虚偽だと判断し、記事を取り消します〉としたのである。

また、戦時中の勤労奉仕団体である「女子挺身隊」を、まったく関係のない慰安婦と混同して、記事を掲載したことに関しては、〈当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました〉と言い訳しながら、しぶしぶ間違いを認めている。

驚くのは、この検証記事のなかで、ほかの新聞も吉田清治氏の証言を取り上げていたと、わざわざ各新聞社の名前を挙げて、各紙の広報部のコメントまで掲載していることだ。まるで、“(悪いのは)僕だけじゃないもん!”と、駄々っ子がゴネているような理屈なのである。

さらに、朝日新聞は、元韓国人慰安婦、金学順氏の証言記事を書き、〈『女子挺身隊』の名で戦場に連行〉と、実際の金氏の経験とは異なった記事を書いた植村隆記者に関しては〈意図的な事実のねじ曲げなどはありません〉と擁護している。

記事を書いた植村記者の妻が韓国人で、義母は当時の慰安婦訴訟の原告団幹部だったことは、今では広く知られている。そのことに対して、朝日はこう弁明しているのだ。

〈91年8月の記事の取材のきっかけは、当時のソウル支局長からの情報提供でした。義母との縁戚関係を利用して特別な情報を得たことはありませんでした〉

ソウル支局長の情報提供によって、大阪からわざわざ植村記者が「ソウルに飛んだ」ということを信じる人が果たしてどれだけいるのだろうか。情報提供したのが〈ソウル支局長〉なら、なぜ本人か、あるいはソウル支局の部下たちが金学順氏を取材し、記事を執筆しないのだろうか。大阪から、わざわざ“海外出張”までさせて、取材・執筆させる理由はどこにあったのだろうか。

さらに言えば、植村記者は、なぜ金学順氏が妓生(キーセン)に売られていた話など、自らが主張したい「強制連行」に反する内容は書かなかったのだろうか。

私は、朝日新聞の今回の従軍慰安婦の検証記事は、完全に“開き直り”であり、今後も肝心要(かなめ)の従軍慰安婦の「強制連行」問題では「一歩も引かない」という宣言であると思う。

つまり、朝日新聞は、「日本が慰安婦を強制連行した」ということについては、まったく「譲っていない」のである。今日の記事で、従軍慰安婦問題が新たな段階に入ったことは間違いない。しかし、それは朝日新聞の“新たな闘い”の始まりに違いない。

すなわち、どう検証しても「虚偽証言」が動かない吉田清治氏についての記事は「撤回する」が、そのほかでは「闘う」ということにほかならない。

私は、不思議に思うことがある。それは、「朝日新聞は、どうしてここまで必死になって日本人を貶めたいのか」ということだ。歴史の真実を書くことはジャーナリズムの重要な使命であり、役割だ。しかし、朝日新聞は、「真実」が重要なのではなく、どんなことがあっても「日本は悪いんだ」と主張しつづけることの方が「根本にある」ような気がしてならない。

なぜ、事実を捻じ曲げてまで、朝日新聞はそこまで「日本人を貶めたい」のだろうか。私はそのことが不思議だし、そんな新聞を今も多くの日本人がありがたく購読していることもまた、不思議でならない。

従軍慰安婦問題で肝心要の「強制連行」を撤回しなかった朝日新聞――日本を貶めたいこのメディアへの風当たりは「一部記事の撤回」によって、今後、ますます激しくなっていくだろう。

カテゴリ: マスコミ, 歴史

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