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朝日新聞「3度の転機」と生き残りへの「道」

2014.09.26

日本人にとって非常に不思議な存在である「朝日新聞」への非難が収まらない。中国と韓国の主張と一体化し、ひたすら日本人を貶めて来た同紙に、国民の怒りが一気に噴出しているように思える。

現在、世界から「性奴隷(sex slaves)を弄んだ民族」として日本が糾弾されているのが、朝日新聞の報道によるものであることは、これまで再三再四、書いてきた通りだ。

それが朝日新聞による「強制連行」報道に端を発しており、しかも、その「強制連行」が歴史上の「真実ではない」のだから、事情を知る日本人には、悔しく、情けなく、本当にやるせない思いだろう。今日は、少し違った視点でこの問題を書いてみたい。

9月11日におこなわれた朝日新聞の木村伊量社長の記者会見は、世のビジネスマンたちにとって「非常に興味深いものだった」という。それは、企業体としての朝日新聞社が「いかに危機管理能力が決定的に欠如していたか」を明確に表わすものだったからだそうだ。

メーカーに勤めているビジネスマンたちによって、特に関心が注がれたようだ。それは、その会社の「商品」に対する企業トップの認識という点である。

メーカーに勤務するビジネスマンたちは、まず第一に自社が売る商品を徹底的に自分なりに「分析」し、頭の中にすべてを「叩き込むこと」から始める。商品を売り込む場合でも、またクレームが来た場合でも、どんな時でも「商品」それ自体のありようが最も重要なものだからだ。

では、新聞社というのは、いったいどんな“商品”を売っているのだろうか。言うまでもないが、新聞社が消費者(購読者)に売っているのは新聞という名の「紙」である。だが、何も書いていない白い紙を売ろうとしても、誰も買ってはくれない。

新聞社は、その白い紙に「情報」と「論評」という付加価値を付けた活字を印刷することによって、その紙を読者に販売している。つまり新聞社の商品とは、紙面に掲載されている記事の中にある「情報」と「論評」にある。これこそが、新聞社が売る商品の「根幹」を成すものである。

今回の「吉田調書」問題を例にとってみよう。朝日新聞は政府事故調による吉田調書(聴取結果書)を「独占入手した」として、デジタル版まで動員した大キャンペーンを5月20日に始めた。その大々的な記事に対して、「これは誤報である」と私が最初にブログに書いたのは、5月31日のことだ。

朝日新聞にとっては、私は一介のライターに過ぎないかもしれない。しかし、私は、故・吉田昌郎所長をはじめ数多くの現場の人間を取材して『死の淵を見た男』というノンフィクションを書いた人間である。その人間が記事を「誤報だ」と申し立ててきたわけである。

つまり、新聞社にとって、消費者に売る「商品の根幹」であるスクープ記事に「クレームが飛んで来た」のである。これは、普通の企業にとっては、大変な事態だと思う。例えば、自動車メーカーに、「エンジンに欠陥がある」という指摘が、専門家から突きつけられたとしたらどうだろうか。

まともな自動車メーカーなら、大急ぎで対応にあたり、必死で検証し、事態の収拾をはかろうとするだろう。しかし、朝日新聞は違った。私が、ブログのあと、週刊ポストに「朝日新聞“吉田調書”スクープは従軍慰安婦虚報と同じだ」と書くと、これに「言論」で反論するのではなく、「法的措置を検討する」という信じがたい抗議書を送りつけてきた。

その企業が売っている商品の根幹にかかわる指摘を、「黙れ、黙らんとお白洲に引っ張り出すぞ」という“脅し”で応じたことになる。私は、言論機関として「自由な言論」を封じるこのやり方に呆れる前に、朝日新聞に企業体としての「危機管理」がまったくなっていないことを知った。

世のビジネスマンも、そのことに注目したという。自社の商品の“根幹”にクレームが来たら、これは大変な事態であり、これをどう収拾するかは、頭を悩ませる重大案件である。しかし、朝日は、これを弾圧によって抑え込もうとしたのである。

普通の企業なら怖くてできないような対応をとった朝日新聞は、そればかりか、当該の週刊ポストが発売になった翌日、第二社会面に私と週刊ポストに対して「事実無根」の抗議書を送ったことを発表したのである。

その後のことは、これまでも書いてきた通りなので繰り返さない。ただ、この対応によって、大きな世間の関心事となった「吉田調書」問題は、私を駆り立てた。以降、私は各メディアをレクチャーして廻り、必要なら取材先を紹介するなどの行動に出た。

そして、8月末までに、朝日を除く全新聞が「これは誤報である」という朝日包囲網を敷くことになる。9月11日の記者会見は、朝日が「やってはいけないこと」を繰り返してきた結果だと、私は思う。

さて、今回の問題での朝日の粛清人事は凄まじいものだった。木村社長が「道筋がついた後の辞任」を示唆し、編集担当の杉浦信之・取締役編集担当、市川速水・ゼネラルマネジャー兼東京本社報道局長、渡辺勉・ゼネラルエディター兼東京本社編成局長、市川誠一・東京本社特別報道部長を解任するというのである。

これほどの更迭をおこなった限りは、朝日新聞が「生まれ変わることができるのかどうか」がポイントになる。しかし、私は、それは望み薄だと思う。ただ、今回の出来事は、朝日新聞が創刊以来、「3度目の危機」であることは間違いないだろう。

朝日新聞の最初の危機は、1918(大正8)年に起こった「白虹(はっこう)事件」である。当時、朝日新聞は、大正デモクラシーの風に乗って、デモクラシー礼讃の記事を盛んに書いていた。しかし、米騒動による寺内正毅内閣への批判が巻き起こった時に、朝日新聞は「白虹日を貫けり」と書いた。

「白い虹」というのは、秦の時代、刺客・荊軻(けいか)が始皇帝への暗殺を企てた時に現われた自然現象とされる。「帝」に危害を加え、「内乱」のきっかけになるような不吉な兆候のことだ。

朝日新聞は、これで帝の暗殺と、内乱を煽っていると右翼に糾弾され、大規模な不買運動につながっていく。さらに、当時の村山龍平社長の人力車が右翼に襲撃され、村山社長が全裸にされて電柱に縛りつけられるという事件に発展する。村山社長の首には「国賊村山龍平」と書いた札がぶらさげられていたという。

この事件をきっかけに、村山社長と編集幹部の総退陣がおこなわれた。そして、編集方針も一変する。それまで大正デモクラシーを讃えていた記事から、それとは距離を置いたものとなり、紙面が右傾化していくのである。

そして、朝日はその後、どの社よりも極端な軍国主義礼賛の新聞社として変貌を遂げていく。戦時中はもちろんだが、すでに敗戦の情報をキャッチしていたはずの昭和20年8月14日の社説でさえ、中身は凄まじい。

「一億の信念の凝り固まった火の玉を消すことはできない。敵の謀略が激しければ激しいほど、その報復の大きいことを知るべきのみである」。

これほどの煽動的な記事を書いていた朝日新聞が、それまでの路線を一気に転換するのは、同年10月24日のことだ。「戦争責任明確化 民主主義体制実現」と1面で宣言し、村山長挙社長以下、取締役が総退陣し、社説で「自らの旧殻を破砕するは、同胞の間になお遺存する数多の残滓の破砕への序曲をなすものである」と言ってのけたのである。

「白虹事件」で右翼新聞になり、今度は占領軍(GHQ)路線に乗って、過去の日本を徹底的に弾劾する路線を基本とするべく「宣言」をおこなったのだ。そして、それが、現在の「日本」そのものを貶める路線の原型となり、そして朝日新聞の明確な特徴となっていく。

これが全盛を迎えたのは、一九七〇年代である。全共闘世代、すなわち団塊の世代に朝日の主張は広範な支持を獲得し、それが「自分たちの主張は素晴らしい」「自分たちのイデオロギーこそ戦後日本の象徴である」との錯覚を生んでいった。

やがて、自分たちの主張やイデオロギーに沿って、情報を都合よく“加工”して、どんどん大衆に下げ渡していくという手法が確立する。これを私は「朝日的手法」と呼んでいる。朝日の記者はそれに慣れ、麻痺し、慰安婦の強制連行報道や、今回の吉田調書の誤報事件へと発展していったと、私は思う。

前回のブログでも書いたように、朝日がもし、“ニューメディア時代”の本当の意味を理解していたら、ここまでの「失敗」はしなかったと思う。インターネットの普及によるニューメディア時代は、これまでの「情報」のあり方を決定的に変えていたからだ。

インターネットを通じて、誰もがさまざまな情報を取得することができ、さらに個人個人が情報を発信するブログやSNSなど、さまざまなツールを持つに至った。私は、これを“情報ビックバン”と名づけているが、かつては新聞に都合よく“加工”されて下げ渡されていた「情報」を検証する術(すべ)を持たなかった大衆が、それを個人個人ができるようになったのである。

朝日新聞は、そういう“時代の変化”を読むこともできず、全盛を誇った70年代の手法をそのまま踏襲し、今回、墓穴を掘ってしまったのである。

私は、創刊以来「3度目」の危機に朝日新聞がどう対処するかに注目している。このまま、「中国と韓国」の主張との“一体化”をつづけ、徐々に部数を減らしていくのか。それとも、新たな路線に転換するのか。

私は、いずれも茨(いばら)の道であろうと思う。生き残れるかどうかは、年内で「部数」激減に歯止めがかかるかどうか、である。すべては、朝日新聞を長年購読してきた読者の動向にかかっている。彼らの朝日離れが続くなら、朝日新聞は「3度目の危機」によって、ついに消え去ることになる。

カテゴリ: マスコミ

“情報ビッグバン”に敗れた朝日新聞

2014.09.13

朝日新聞は、“情報ビッグバン”に敗れた。私は、そう思っている。朝日新聞の木村伊量社長の記者会見、そして「吉田調書」誤報の検証記事を見ながら、私には、いくつもの感慨が湧き起こった。

朝日新聞の「9・11」は、日本のジャーナリズムにとって「歴史的な日」であり、「時代の転換点」として長く記憶されることになるだろう。

おそらく従軍慰安婦報道の一部撤回につづく今回の吉田調書の誤報事件は、朝日の致命傷になると私は思う。それは、朝日新聞はジャーナリズムとしても、そして企業体としても「生き残れない」という意味である。

それは、朝日新聞が今、糾弾されているのは、単に吉田調書に対する誤報ではなく、意図的に事実を捻じ曲げて報道するという“朝日的手法”にほかならないからだ。それが報道機関にとってあってはならないことであり、その正体が白日の下に晒された以上、すなわち、国民がそのことに気づいた以上、それは朝日新聞にとって「致命傷」である、ということだ。

自らのイデオロギーや主張に基づいて、それに都合のいい事実をピックアップし、真実とはかけ離れたものをあたかも真実であるかのように報道する――朝日新聞がこれまでつづけてきた、その「手法」と「姿勢」そのものが糾弾されているのである。

私は、すでに“朝日的手法”が通用しない時代が来ていることを、なぜ朝日新聞は気がつかなかったのか、と思う。情報を独占し、自らの主張、イデオロギーによってそれを加工し、大衆に下げ渡していくという手法が、もはや通じなくなっていることに、である。

今回、5月20日に朝日新聞が「命令違反による撤退」という吉田調書報道をおこなった後、私が5月末にまずブログで誤報を指摘し、次に『週刊ポスト』誌上でレポートとしてまとめ、写真誌『フラッシュ』のインタビューに応じるなど、問題提起をしていった。

私自身が驚くほど、それらはインターネットによって拡散され、大きな影響を及ぼしていった。そして以降、産経新聞、読売新聞、共同通信といったマスメディアが吉田調書を入手して検証するに至り、朝日の誤報の具体的な問題点が次々、浮き彫りにされていった。

これは、いったい何を意味しているのか。それは大新聞が情報を独占し、加工して下げ渡していく時代がとっくに終焉しているということである。インターネットの登場によるニューメディア時代は、マスコミが情報を独占する時代を、あっという間に「終わらせていた」のである。

私は、これを“情報ビッグバン”と呼んでいる。情報を発信するのは、マスコミに限らず、それぞれの個人個人、誰にでもでき、ブログやSNSといったニューメディアは、その大きな手段となっている。今回、私が最初に情報発信したのが、「ブログであった」ことでもわかる。

これらニューメディアが台頭する以前、大衆は情報を確かめる術(すべ)を持たなかった。しかし、今は違う。マスメディアが大衆を導く時代は終わり、逆に大衆によって監視され、検証される時代に入っているのだ。

しかし、朝日新聞は、驕りと偏見によって、そのことに気づこうともしなかった。だが、その代償はあまりに大きかった。私はこれから朝日新聞を待っている試練は、はかりしれないほど大きいと思う。それは、いよいよ“本丸”での闘いが、これからスタートするからだ。

本丸とは、いうまでもなく朝日新聞によって、引き起こされた従軍慰安婦の「強制連行」問題だ。中国や韓国の側に立って、日本と日本人をどうしても貶めたい朝日新聞は、1991年8月、1人の朝鮮人慰安婦の取材をすることに成功する。

それは15歳の時にキーセンに売られ、またその後も売られていく金学順さんという薄幸な女性だ。初めて証言する従軍慰安婦として、朝日新聞は彼女を大きく取り上げつづけた。

彼女は、朝日新聞によって、「女子挺身隊の名で戦場に連行された朝鮮人慰安婦」に仕立て上げられた。強制連行の被害者、すなわち、のちに「性奴隷(sex slaves)」と称される従軍慰安婦の典型例として、朝日は彼女を「利用していく」のである。

しかし、実際の彼女は、不幸にも身内によって、身を売られた女性だった。しかし、それでは「日本」を糾弾することができない朝日新聞は、彼女を強制連行された存在としてデッチ上げていくのである。

だが彼女は、自分が「売られていった過去」を隠していない。朝日の報道後、名乗り出た彼女は、記者会見でも、自分が40円で売られたことを堂々と語っている。そしてその後、日本政府に損害賠償請求をした訴状の中にも、はっきりとそのことを記述している。

しかし、朝日新聞は、それでも彼女を「強制連行の被害者」としたのである。1992年1月11日付朝刊で、朝日は従軍慰安婦のことを「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は8万とも20万ともいわれる」と書いている。“強制連行”という謂われなき濡れ衣を日本人にかぶせつづけたのである。

その結果、日本はどうなったのか。そして日韓関係はどうなったのか。国連の人権委員会によって、慰安婦への謝罪と賠償を勧告され、世界のあちこちに従軍慰安婦像が建ち、日本人が「性奴隷を弄んだ民族」として非難を浴び、そして決定的に日韓関係は破壊されてしまったのである。

朝日新聞が、さる8月5日、6日に検証記事によって撤回したのは、「済州島で慰安婦狩りをした」という自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長の吉田清治氏に関わる記事だけだった。

しかし、朝日新聞の罪は、吉田清治証言を報道したことよりも、前述の通り、日本軍、もしくは日本の官憲による「強制連行」をつくり上げ、拡大し、そして世界に広めていったことにある。

朝日の報道によって、日本人が被った「不利益」と、失われた「名誉と信用」は、到底、損害額としてはじき出せるようなレベルではない。すなわち、それは、戦後、ひたすら日本と日本人を貶めることに血道を上げてきた朝日新聞の“不断の努力”が実をむすんだ結果なのである。

果たして、朝日新聞の本当の姿が、今後、どれだけ国民の前に明らかになるだろうか。私はそこに注目している。そして、その解明が成された時、私は朝日新聞が「終焉を迎える」と思っている。

中国や韓国の報道機関ならいざ知らず、繰り返されてきた朝日新聞による「日本人を貶める」報道。それが今後、一生懸命、働き、真面目にこつこつ努力してきた大多数の日本人に、受け入れられるはずがない。

私は、「吉田調書」報道の謝罪会見を開いた「2014年9月11日」は、日本のジャーナリズムのターニング・ポイントであり、同時に朝日新聞にとっては、生き残りさえ難しい「致命傷」を負った日だったと思う。

カテゴリ: マスコミ

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