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永田町で教訓を「生かす者」「殺す者」

2014.10.20

「なんのための改造だったの?」。永田町では、そんな声が飛び交っている。改造前には、辞任が取り沙汰されるような閣僚スキャンダルは出なかったのに、満を持したはずの内閣改造をおこなった直後、次々とスキャンダルが噴き出した。

目玉だった女性閣僚のうち、小渕優子経済産業相と松島みどり法相の二人が「一緒に辞任する」というのだから、大変な事態である。

先週から今週にかけて、辞任劇に至る永田町の動きは興味深かった。選挙区内の祭りで配られた「うちわ」をめぐって松島みどり法相が窮地に追い込まれていくのに対して、最初に追及した民主党の蓮舫議員も、「うちわ」のようなものを「配っていた」と反撃を食らうなど、低レベルな議論が飛び交う様相を呈していたからだ。

さらに週刊新潮の報道から発した小渕優子経済産業相の案件の方は、「呆れてものも言えない」というのが多くの国民の本音ではないだろうか。

いまどき、これほど「露骨」で、しかも「わかりやすい」不明朗な資金処理をやっていたこと自体に国民は驚いたに違いない。今まで問題にならなかったことの方が不思議なぐらいのお粗末な資金処理である。

女性総理候補のトップといってもよかった小渕氏は、大きな打撃を受けた。私は、これまで繰り返されてきた政治資金問題、いわゆる“政治とカネ”の問題で、過去の事件による教訓が「まったく生かされていないこと」に最も驚いた。

記者会見で小渕氏は、「私自身がわからないことが多過ぎる」「信頼するスタッフのもとでおカネの管理をしていただいたが、その監督責任が十分ではなかった」「すべて私が甘かった」と思わず吐露した。

後援会の誰かに“食いもの”にされたのか、あるいは、自分が全く知らないところで“何かが起こっていたのか”――いずれにせよ、小渕氏の政治家としての資質の問題だろう。

過去の教訓を「生かす」か「殺す」か。それで運命が大きく変わってくるのは永田町に限らず、一般社会の常識である。私はその意味で、小渕氏の失態に同情の余地はなく、さらに言えば、この脇の甘さで“国家の領袖”を目指すのは、とても無理だと感じざるを得なかった。

私は、大臣就任時、各メディアのインタビューに対して能面のような表情で答える小渕氏のようすを見て、「あれ?」と思った。小渕氏の人間的な魅力がまったく出ていないように思えたのである。

だんだん自民党内で地歩を固めるにつれ、逆に「表情」を失い、「能面」のようになってしまったのだろうか。失言を恐れて機械的なやりとりになっていったのかもしれないが、もしそうなら、政治家としての限界だろう。ご本人の「実力」と政治的な「地位」、それに周囲の「期待の大きさ」との間に、だんだんと「乖離(かいり)が生じていたのではないか」と推察する。

「二人を任命したのは私であり、責任は私にあります。こうした事態になったことに国民に深くお詫び申し上げます。しかし、政治の遅滞は許されません」と語った安倍首相も悔しさが隠せなかった。まさに「なぜ?」という思いだろう。

私は一方で、永田町の動きの中で過去の教訓を“プラス”にする側のことも印象に残った。ほかならぬ北朝鮮による「拉致被害者家族会」のことだ。

またしても「家族会」によって政府は「交渉とは何か」の基本を教えてもらっているような気がする。先週の10月16日夜、家族会が「安否に関する報告が聞ける段階まで派遣は待つべきだ」とする申入書を政府に提出した。

この申入書は、東京で開かれた集会の中で山谷えり子・拉致問題担当大臣に家族会から直接、手渡された。私も、このニュースに接してハッとした。そして、「さすがだなあ」と唸ってしまった。

「(拉致問題は)完全に決着している」。家族会が重視したのは、今月、ニューヨークで北朝鮮外務省の高官が、この発言をおこなったことだった。このひと言で、「北朝鮮の拉致問題に対する態度が変わりつつある」ことに家族会は気づいたのである。

叔父の張成沢を無惨にも粛清したことにより、頼るべき中国からソッポを向かれた金正恩・朝鮮労働党第一書記は、経済破綻の立て直しを日本からの「巨額の援助」に頼ろうと方針転換した。そこで出てきたのが、拉致被害者の「全面的な再調査」だった。

両国の間で合意されたこの「再調査」は、いかに北朝鮮が追い詰められているか、を表わすものでもあった。しかし、今月のニューヨークでの北朝鮮高官の発言は、家族会にとって「その方針は果たして堅持されているのか」という疑念を生じさせるものだったわけである。

さっそく、「いまピョンヤンにのこのこ出かけていったら、相手のペースに乗せられる」と懸念を持った家族会には、「さすが」というほかない。長年、北朝鮮と対峙している家族会にとっては、北朝鮮の考えることは「手に取るようにわかる」に違いない。

私は「無法国家との交渉とは何か」を家族会が教えてくれているような気がする。いや、「外交とは何か」という根本を教えてくれているのかもしれない。なぜなら、家族会は「調査結果の提出期限」を決め、それが守られない場合は「協議を白紙に戻すことも検討すべきだ」と主張しているからだ。

一刻も早く拉致されている肉親を取り戻したい家族会が、相手のやり方を熟知しているがゆえに、逆に「相手のペースに乗ってはならない」と必死で堪(こら)えているさまが浮かび上がる。

断腸の思いで今回の申入書が出されたことを想像すると胸が痛む。そして、集会で家族会代表の飯塚繁雄さんが語った以下の言葉も印象深かった。

「今、ピョンヤンに行くのは拙速だ。単に“来い”というだけで、日本側が乗り込んでいくのはリスクがある。それでも総理の判断で行くのであれば、担当者1人か2人で行き、情報を“持ち帰るだけ”にしていただきたい」

外交における交渉とは、「力と力」、「駆引きと駆引き」の勝負である。相手の要求通り、北朝鮮に、ただ行けば、相手のペースに乗り、家族会が指摘するように、相手のつくった土俵に上がることになってしまう。

秋から冬に向かえば、北朝鮮は今年も“飢餓の季節”を迎える。「引き伸ばしによる援助の先取り」で人道的支援を勝ち取ろうとする北朝鮮の目論見は、家族会の苦渋の申し入れによって風前の灯になったと言えるだろう。

本日、政府は、日本人拉致被害者の再調査について、伊原純一・外務省アジア大洋州局長ら交渉当事者を訪朝させることを正式決定する方針を固めたが、家族会の申入書によって、伊原局長への安倍首相の指示は、事前とは「決定的に違うもの」になるだろう。

「(拉致問題は)完全に決着している」という北朝鮮の揺さぶりが勝つのか、家族会が言うように「調査結果の提出期限を決め、それが守られない場合は協議を白紙に戻すべき」との主張が勝つのか。

秋が深まり、寒さが増していく中で始まった「北朝鮮」と「家族会」との我慢比べ――正義が勝つことを私は、信じたい。

カテゴリ: 北朝鮮, 政治

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