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大勝でも台湾「蔡英文」新総統が歩む“茨の道”

2016.01.17

一夜が明け、昨夜の興奮が嘘だったかのように台北は静かな「雨の休日」を迎えている。先週から台湾総統選の取材に来ている私は、つい10時間ほど前までの“地響き”のような熱狂と興奮が「ひょっとして夢だったのではないか」という錯覚に陥ってしまった。

行政院や立法院など、台湾政府の中心組織が集中するエリアに近い北平東路の民進党本部は、投票が締め切られる午後4時前頃から、続々と詰めかけた支持者たちによって、うねりを伴った凄まじい熱気に包まれていた。

交通を完全にシャットアウトし、本部前のステージに設(しつら)えられたオーロラビジョンに開票速報が映し出されると、群衆の大歓声がその度に湧き起こった。記者会見を終えて、蔡英文新総統(59)がステージに上がったのは、午後9時を過ぎてからだっただろうか。

「この(選挙)結果は世界に台湾の自由と民主を示した」。彼女がそう語ると群衆の興奮は最高潮に達した。予想された勝利だったとはいえ、689万票という大量得票と、国民党の朱立倫候補(54)に300万票以上の差(朱氏が獲得したのは381万票)をつけるという圧勝に、現場のボルテージは上がりつづけた。

「新しい未来、新しい台湾」
「ありがとう台湾人、ありがとう台湾人!」

オーロラビジョンに映る言葉が、喜びの大きさを表わしていた。たしかに、この結果は、測り知れないものがある、と私は思った。

国民党の馬英九政権が2期8年にわたって押し進めた中国との接近政策は、昨年11月、習近平―馬英九という初の中台首脳会談となり、「ひとつの中国」をお互い認め合う事態に至っていた。

中国に併呑される危機感が台湾全土を覆った中、有権者がどんな判断を下すか、世界中の関心が選挙に集まった、と言っていいだろう。

しかし、中国との急接近策ではなく、「現状維持」を訴え、台湾人のアイデンティティを前面に打ち出した蔡女史が、「史上最大の勝利」を得たのである。

一昨年3月、馬英九総統が進めた中台間の「サービス分野の市場開放」をおこなうサービス貿易協定に反発した若者が立法院を占拠した「ひまわり運動」をきっかけに、反国民党の空気が台湾の主流となっていた。そして、その半年後の2014年11月、統一地方選で民進党は圧勝し、馬政権は事実上のレームダック状態となっていた。

それは、今回の総統選と同時におこなわれた立法院選挙でも、過半数を遥かに超える68議席(過半数は57議席)を得たことでもわかる。まさに“うねり”のような民意が示されたのである。しかし、これほどの大衆の支持を基盤とするとはいえ、民進党政権がこれから歩むのは、“茨(いばら)の道”であることは間違いない。

露骨な中国の干渉と闘わなければならない蔡英文政権は、今や貿易の40%を中国に依存するようになった台湾経済の舵(かじ)取りの手腕が問われる。中国からやって来る年間400万人もの観光客が、これから中国政府の締めつけによってどうなるのかが、まず注目される。

民進党が党の綱領に掲げる台湾の「独立」は、実行の素振りを見せたら中国が2005年に制定した「反国家分裂法」適用への格好の口実になるだろう。

今回の取材で、多くの有権者が「今回勝っても、結局、いつかは中国に併呑される」という悲観的な予想を私に語ってくれた。低迷する経済と、大きくなる一方の台湾人のアイデンティへの意識が強く私の印象に残った。また「アメリカと日本が頼りです」と悲痛な思いを伝えてくれた人も少なくなかった。

台湾併呑を目指す中国と、それに真っ向から対決する政権の誕生で、日本の“生命線”である台湾海峡の波はますます高くなる。西太平洋の支配を目指す中国にとって、台湾併呑は既定路線であることは言うまでもない。台湾と台湾海峡へのそれぞれの思惑が交錯する「日・米・中」3か国の今後の出方が注目だ。

アメリカによる「航行の自由作戦」で、米中が南沙諸島で一触即発の状態にあるのは周知だが、すでに昨年末、アメリカはフリゲート艦2隻を含む18億3000万ドル(約2240億円)相当もの台湾への武器売却を決定している。

中国への刺激を回避するために台湾への武器売却をストップさせていたアメリカが「4年ぶり」に売却を再開したことで、「台湾関係法」に基づき、アメリカは“台湾を守る意志”を明確に中国に示したとも言える。

それらの事情や、台湾人の本音、あるいは今回の選挙の裏舞台については、複数の雑誌から原稿を依頼されているので、そこで詳しく書かせてもらうつもりだ。

いずれにせよ、茨の道を歩む蔡英文女史をどこまで支えることができるか――それはアメリカと日本の「覚悟」と「決意」が問われるものでもある。

中国の動向が、さまざまな意味で世界の懸念となっている中、大海に漕ぎ出す蔡英文新政権の行方について、私たち日本人が無関心でいることは許されない。

日本は果たして台湾をどう支援していくのだろうか。一転して静かな雨の休日となった台北で、私はそんなことを考えていた。

カテゴリ: 台湾

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