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国連でやっと主張された「慰安婦強制連行」の真実

2016.02.17

ああ、やっとここまで来たのか。そんな思いがする。今朝の産経新聞が1面トップで〈慰安婦問題 強制連行説は「捏造」 「20万人、朝日が混同」 政府、国連委で説明〉と報じた。

日本が国連欧州本部で開かれた女子差別撤廃委員会の対日審査で、慰安婦問題に関する事実関係を説明したのである。外務省の杉山晋輔・外務審議官が「強制連行を裏付ける資料がなかったこと」を説明し、強制連行説は故・吉田清治氏による「捏造であった」こと、さらには、朝日新聞が吉田氏の本を大きく報じたことが「国際社会に大きな影響を与えた」ことを指摘したのだ。

日本政府が国連の場で、こうした事実関係を説明するのは言うまでもなく「初めて」のことだ。私は、まだまだ不十分とはいえ、政府、というより外務省の姿勢が変わらざるを得なくなってきたことを、感慨をもって見つめている。「ああ、やっと時代が変わってきた」と。

一方的に糾弾されるばかりで、歴史の真実を歪められてきた日本と日本人が、どう「本当の事実と向き合っていくか」という時代が来つつあるのではないだろうか。

これまで当欄で何度も書いてきたように、従軍慰安婦問題とは、朝日新聞が一貫して報じてきた「強制連行」問題にある。あの貧困の時代、さまざまな事情で、春を鬻(ひさ)ぐ商売についていた薄幸な女性たちが、数多く存在した。

「公娼制度」として、そういう商売が認められていたあの時代に、そんな幸せ薄い生涯を送った女性が多かったことは、歴史に銘記しなければならない「事実」である。

当時、朝鮮の新聞には、大々的に業者による「慰安婦募集」の広告が打たれ、彼女たちは当時の兵士の給料の30倍という「月収300圓」を保証されて慰安婦となっていった。なかには親に売り飛ばされた女性もいただろう。彼女たちの不幸な身の上には、大いに同情しなければならない。「歴史に銘記しなければいけない」という理由は、まさにそこにある。

しかし、これが、無理やり日本軍、あるいは日本の官憲によって「強制連行されたものだ」と喧伝し、世界中に広めた日本のメディアがあった。朝日新聞である。同紙の一連の報道によって、慰安婦強制連行問題は、日本を窮地に追い込むアイテムとなった。

慰安婦の「強制連行」とは、「拉致」「監禁」「強姦」のことである。意思に反して連行されたのなら「拉致」であり、無理やり慰安所に閉じ込められたのなら「監禁」であり、望まない性交渉を強いられたのなら「強姦」だからだ。それを日本が「国家としておこなった」という虚偽が朝日新聞によって世界中にばら撒かれたのだ。

現在、韓国が主張し、世界中に広まっている日本による「従軍慰安婦=性奴隷(sex slaves)」という論拠は、ここに根ざしている。今や世界各地に日本糾弾のための「慰安婦像」が建ち、さまざまな議会で日本非難の決議がなされ、日本の若者の国際進出に対する大きな「障害」となっているのは、周知の通りだ。

しかし、日本が国家として「強制連行した慰安婦」という虚偽に対して、やっと今回、日本政府が国連欧州本部「女子差別撤廃委員会」の対日審査で、初めて「反論した」のである。

私は、「違うこと」を「違う」と言うことができなかった時代を、本当に不幸に思う。いまだにドリーマーでありつづける日本のマスコミが、インターネットの普及によって、真実と向き合わなければならなくなったことを感じる。ついには慰安婦の強制連行を喧伝しつづけた朝日新聞の立場が崩れていったことを、本当に「時代の流れだなあ」と感じるのである。

日本を貶めることに邁進している人々が「歴史修正主義」なる言葉を用いて、盛んに論評をしているのを最近、よく目にする。歴史に重要なのは「真実」だけであり、「歴史修正主義」などという観念論ではなく、慰安婦の強制連行説について、本当に真実を論評して欲しいと思う。

しかし、今日の朝日新聞を読むと、この外務省による“初の反論”も、第2社会面に〈慰安婦問題「不可逆的に解決」 国連委で日本強調〉という小さな記事でしか報じられていなかった。

もちろん、全45行にしか過ぎないその小さな記事の中には、朝日新聞が過去におこなったこと、そしてそのためにこれほどの「日本への不利益」がもたらされたことなどには、一切触れられていない。

私は、今も朝日新聞に“洗脳”されつづける読者が数多くいることを不思議に思う。どうして、そこまで「日本を貶めつづけたいのか」、本当に「なぜなのですか」と聞いてみたい。

歴史上で日本は、数々の過ちを犯している。しかし、それは日本だけではなく、世界中が帝国主義、植民地主義に覆われていたあの時代そのものを把握した上で、考えていかなければならない。そうしなければ、何が真実なのかを見誤ってしまうだろう。

1970年代に、全共闘世代を中心に持て囃された「反日亡国論」。その残滓を今も消し去れないでいる日本の大手マスコミとジャーナリズム。その“負の遺産”を日本のマスコミが拭い去ることができるのは、一体いつのことだろうか、と思う。

今回の国連の場でも、中国から1993年に慰安婦の強制性を認めた「河野談話」をもとに、日本の主張に対して「受け入れられない」という激しい反発があったという。それぞれの国家の思惑が激突する「歴史の真実」をめぐる闘いは、やっと「緒についた」ばかりだ。

真実に対して「謙虚であること」が最も重要であることは言うまでもない。そして、それを毅然として主張しつづけることの困難さも、私たちは理解しなければいけない。

日本には、不幸にして“うしろから弾を撃ってくる「内なる敵」”が数多く存在している。しかし、“情報ビッグバン”というべきインターネット時代に、やっと多くの人々が真実に目覚めつつある。是非、この流れを大切にしてもらいたいと、心から願う。

カテゴリ: 歴史

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