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次の都知事には「本義に生きる人」を

2016.06.15

つくづく人間の器量とは、土壇場でこそ発揮されるものだと思う。舛添要一都知事の醜態は、人間として、リーダーとしての「行動」「考え方」「覚悟」、あるいは、「身の処し方」……など、あらゆることについての「教訓」を後世に残してくれた。

その意味では、舛添氏は、長く日本の歴史に「名を残した」ことになる。国民の怒りが尋常なものでないことを最後に知った与党の自民党と公明党の優柔不断さも見苦しいものだった。「引導を渡した」のは与党だったとはいえ、とても許されるべき感覚ではなかっただろう。都民による彼ら「自公への鉄槌(てっつい)」は、いつか必ず振り下ろされるべきだと私は思う。

それにしても、待機児童問題で悩む「新宿区の要請」を蹴って、旧都立「市ケ谷商業」の跡地を韓国学校の増設用地として貸し出すという舛添氏の方針が明らかになって以降、丸3か月も迷走した末の辞任劇に、私は、ある種の感慨を覚えている。

市ヶ谷商業跡地問題で、〈これは、ひょっとしたら、舛添要一都知事の“命取り”になるかもしれない。私はそう思っている。いや、そうすべきだと思う〉と、当ブログで書かせてもらったのは、ちょうど3か月前の3月17日だった。

以後の動きを私は、へえーっと溜息をつきながら、見させてもらった。都知事として呆れるようなケチな“醜聞”が次々と噴出して来た。そして、その疑惑解明の最大の功労者は、今回も週刊文春だった。またも“文春砲”の威力を見せられたのである。

先週号で「独走第6弾」となっていたが、まさに政党交付金という名の「税金」にたかる公私混同の政治家の姿について、実に細かく、丹念に、辛抱強く、報道してくれたと思う。それは、国民の税金で政治資金、すなわち政党交付金を賄うべきか否か、ということの是非まで問うものでもあっただろう。

物事の真相や疑問点への解明を週刊誌に“丸投げ”するマスコミばかりの中で、またひとつ週刊誌の役割を果たしてくれたのではないだろうか。

私事で恐縮だが、私は、人間の器量は、土壇場でこそ発揮され、ホンモノのリーダーとは、大きな使命、すなわち「本義」に忠実に生きる人たちであることを著わした『リーダーの本義』というビジネス書をちょうど上梓した。

これは、福島第一原発所長だった吉田昌郎氏や、終戦時、内蒙古の在留邦人の命を救い、戦後は「台湾」を救った根本博・陸軍中将、あるいは「義」のために闘い、悟りを得て「不識庵」と名乗った戦国最強武将・上杉謙信……等々、「本義」に生き、死んでいった多くのリーダーたちの姿を描かせてもらったものだ。

私は、この3か月間、この本の校了作業をしながら、舛添氏の醜態を見つづけた。都知事の本義とは何か――。私は、その意味では、舛添氏が、そのことをわかっているのか、あるいは、考えたことがあるのか、ということを、この3か月間、ずっと考えていたことになる。

都民の生命・財産を守るという最大の「本義」を忘れ、毎週末、都外の湯河原に公用車で通い、豪華外遊では都民の税金を惜しげもなく使い、生活費にさえ自身の身銭は切らず、ひたすら“税金”にたかり、待機老人や待機児童の問題など都の喫緊の課題への「視察」は一度もおこなわず、ひたすら趣味の美術館まわりを視察名目でやり続けた人物。

そんなリーダーが、すべてが明らかになっても、それでも開き直ろうとした姿は、日本人の美徳とされる「恥」の概念からも、本当に多くの教訓を私たちに与えてくれたと思う。

「私欲」のみで生きる人は世の中に多いので、それは責められるべきことでもない。しかし、1300万人の都民の生命と財産を守る「使命」のある都知事には、私は「本義」のために生きる人を選びたい。

カテゴリ: 政治

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