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オウム死刑囚「7人執行」で法務省は「何を隠した」のか

2018.07.06

「慎重にも慎重な検討を重ねたうえで(死刑を)命令した」。7月6日午後0時45分、法務省で記者会見した上川陽子法相は、麻原彰晃をはじめとする7人のオウム死刑囚の刑を執行したことに対して、そう述べた。

私にとっては、驚くべきコメントだった。それは、上川法相が「慎重にも慎重な検討を重ねた」とは、とても思えなかったからだ。7人の中には「事実認定がまだ決着がついていない」死刑囚もいたからである。

“アーナンダ”こと井上嘉浩死刑囚(48)である。私は、会見を聞きながら、「あなたは、ただ法務当局が上げてきた書類に判を捺(お)しただけでしょ?」と呟くしかなかった。

記者会見の冒頭、上川法相は7人の氏名を読み上げ、13におよぶ事件の概要を説明し、「過去に例を見ない、今後二度と起きてはならない凶悪な事件は社会を震撼させ、世界にも衝撃を与えた」「教団は、とめどない暴走を進め、犯行に及んだ」「被害者の苦しみは想像を絶するものがある」と述べた。

おっしゃるとおりである。しかし、その“先”はどうなのか。上川法相は、本当に一人一人に対して「慎重にも慎重な検討を重ねた」というのか。ならば、なぜ「7人」なのか。

井上嘉浩死刑囚は、オウム事件の計「13人」の死刑確定者の中で、一審で「無期懲役」、二審で「死刑」と、唯一、判断が分かれた者である。4年3か月に及んだ一審で、井上弘通裁判長は、彼に「無期懲役」を言い渡している。

井上が、地下鉄サリン事件では「連絡調整役」、あるいは「後方支援」にとどまり、假谷さん拉致事件では「逮捕監禁」にとどまることが一審では認定されていた。

しかし、二審では、新たな証拠も出ないまま、地下鉄サリン事件で井上は「総合調整役」であり、假谷さん拉致事件では「逮捕監禁致死」にあたるとして一審判決を覆し、死刑判決を下したのだ。

一審と二審、果たしてどちらが正しいのか。それはジャーナリズムとしても実に興味深い問題である。私は、一審と二審の判決文を読み比べてみたが、説得力は圧倒的に一審がまさっていた。

最高裁で上告棄却により井上の死刑が確定したあと登場したのが刑事弁護で著名な伊達俊二弁護士(東京第二弁護士会所属)である。伊達弁護士は、裁判員裁判第1号事件を手がけたことでも知られている。

一審と二審の判決文を読み込んだ伊達弁護士は、すぐに二審以降の事実認定がおかしいことに気づいている。そして、井上の弁護人に選任されて、「確定判決の事実認定はおかしい」と再審請求をおこなったのである。

なんということはない。伊達弁護士が気づいたのは、1995年3月1日が「大雪」だったことだ。前日、假谷さんを拉致したオウムは、その日のうちに假谷さんを上九一色村のサティアンに運び込むことに成功する。

井上は、このとき假谷さんを拉致した車に置いてきぼりを食い、遅れて上九一色村に帰ったが、すぐ東京にとって返した。しかし、そこで雪が降り始めるのだ。

検察側の事件の立証は、假谷さんにチオペンタールを打ちつづけた中川智正死刑囚(55)の証言に基づいている。東京にいた井上は、中川から電話を受け、ある信者を上九一色村に連れてくるよう命令されている。

問題は、その電話の時間だ。中川は、「井上に電話をかけにいったのは午前11時前で、その目を離した15分ほどの間に假谷さんが死亡していた」と証言した。假谷さんの偶然の死を強調するために、死亡時間をそう語ったのだ。

しかし、井上の証言は異なる。「中川さんからの電話は午前8時台のもので、だから信者を呼び出して合流し、午後に上九一色村に戻ることができた。ものすごい渋滞だったので中央高速を使わず、東名高速を使って行った」と証言したのだ。もし、午前11時前に電話を受けていたら、とても大雪の中、上九一色村に戻れるはずがなかった。

検察も弁護人も、あの日が「大雪」であり、中央高速道も渋滞で車がほとんど動かなかったことを「見逃して」おり、井上証言のほうが正しかったことが「説得力を持つ可能性」があった。

假谷さん事件は、一貫して午前11時前後の「死亡」であり、それが「中川が井上に電話した時間」をもとに弾き出されていた。しかし、事実については井上の側に分があった。

井上は、サティアンに到着した際、中川から「どうせ(假谷さんを)ポアさせることになると思っていたので、この際、殺害できる薬物の効果を確かめてみようと思った。めったにできることではないので、薬物を打ったら假谷さんが急に光り出して亡くなってしまった」と聞いたことを証言する。一方、中川はこの井上証言を真っ向から否定する。

假谷さんの死は、果たして「逮捕監禁致死」なのか、それとも「殺人」によるものなのか。これは、事件の真相解明のみならず、井上の量刑に大きく影響する問題であり、伊達弁護士は、事実関係を正面から争う再審請求を、当の井上を説得してまで今年3月14日におこなったのである。

この異例の再審請求は、東京高裁を揺り動かした。5月8日には、早くも伊達弁護士が東京高裁に呼び出され、実際に進行協議が始まったのだ。そして、今週の7月3日には二度目の協議がおこなわれた。

二度目の協議では、「ならば、中川と井上との間の交信記録(電話の受発信記録)を今月中に検察に提出させましょう」ということが決まったのである。そして、次回期日は「8月6日」に定められた。

この交信記録が証拠提出されれば、これまで中川証言に拠って立っていた假谷さんの「逮捕監禁致死」が、当の中川の「殺人罪」へと変わっていく可能性も出てきたのだ。だが、それが検察にとって“不都合なもの”であることは言うまでもない。

上川法相によって、井上も中川も両方、死刑が執行されるのは、その高裁での協議のわずか「3日後」のことだ。真相解明への東京高裁の動きは完全に無視され、上川法相は「問答無用」という判を捺したのである。

伊達弁護士はこう語る。「今月公開される交信記録とは、假谷さん事件における中川元信者の証言を覆す重要な証拠でした。しかし、その前にいきなり二人の死刑を同時に執行してしまったために、假谷さん事件の真相が解明されなくなりました」

さらにこの判断の問題点をこう指摘した。「再審請求中の死刑確定者に対する死刑執行は、刑の確定者に対する再審請求権を奪うものであり、また本来、死刑にされなくともよい者までも国家が死に至らせることにもなります。今回の死刑執行は、国際的にも非難は免れません。私は、井上嘉浩氏のご遺族と協議し、今後も再審請求をつづける所存です」

伊達弁護士の「本来、死刑にされなくともよい者までも国家が死に至らせる」という意味をどう考えるべきだろうか。刑事裁判とは、細かな事実認定が「命」であることは言うまでもない。これが蔑(ないがし)ろにされれば、司法への「国民の信頼」が成り立つはずがないからだ。

たしかに井上は、オウム犯罪に数多くかかわっていた。しかし、その一方で「殺人」をことごとく「避けて」いたことが一審で明らかになっている。なぜか井上は、直接、手を下す犯罪からは「逃げている」ことを伊達弁護士は指摘する。

オウム犯罪の死刑執行は当然であろうと思う。だが、事実認定に関する主張がまだつづいているその時に、いや、検察にとって極めて不都合な新証拠が開示されるその時に、有無を言わせず「刑を執行する」のは、果たして法治国家として許されることなのだろうか。

先の会見で上川法相は、記者から井上の再審請求中での執行を問われ、一瞬、戸惑った上でこう答えている。「個々の死刑執行の判断に関わることなので、お答えについては差し控えます」。

さらに上川法相は、こう述べている。「私としては、鏡を磨いて磨いて磨いて磨いて、という心構えで、慎重にも慎重な検討を重ねたうえで死刑執行命令を発しました。判断する上では、さまざまな時代の中のことも、そして、これからのことも、ともに考えながら、慎重の上に慎重に、重ねて申し上げますが、鏡を磨いて、磨いて、磨いて磨き切る気持ちで、判断いたしました」と。

本当に上川法相が「鏡を磨いて、磨いて、磨いて磨き切る気持ち」で死刑執行の判を捺したのなら、この人は法務当局の掌(てのひら)で、ただ“踊るだけの人”なのだろう。

カテゴリ: 事件, 司法

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