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岩屋毅防衛相を「罷免」せよ

2019.02.24

国民は、唖然としたのではないか。2月23日、岩屋毅防衛相が、東南アジア諸国連合(ASEAN)の拡大国防相会議(ADMMプラス)の事務レベル会合に合わせ、4月29日から韓国・釜山沖で行われる海上共同訓練に「海上自衛隊が参加する」と表明したのだ。

前日の22日、韓国国防省は、「日本の海上自衛隊は参加しない」とすでに発表しており、それを否定する形で、日本が「参加表明」したのである。

驚くべきは、その先だ。報道によれば、岩屋氏は記者団に対して「釜山への入港は見送るが、あとのプログラムはすべて参加する。適宜適切に判断しつつ日韓の防衛協力も進めていきたい」と語ったのである。

咄嗟に私は、ある都々逸(どどいつ)の一節を思い出した。「踏まれても 蹴られても ついていきます 下駄の雪」である。

日本は、ことここに至っても、「ああ、そんなに参加したいのか。よしよし」と韓国に頭を撫でてもらって「参加させてもらう」方針を選択したのだ。ああ、またかと、呆れたのは私だけではないだろう。

「“真の日韓関係”は、これでまた遠ざかる」――私の思いをひと言で表現するなら、それだ。済州島で開かれた国際観艦式で、韓国が海上自衛隊の護衛艦に対して旭日旗(自衛艦旗)を掲げないよう求めたため、護衛艦の派遣を中止したのは、昨年10月だ。しかし、韓国は一向に反省もせず、逆に12月にはレーダー照射事件を引き起こした。

そんな姿勢の韓国に、今度は日本が「参加させてください」とすり寄ったのである。レーダー照射事件では、自衛隊員が「命の危機」に晒され、その後、反省するどころか韓国は開き直って「威嚇飛行に対して謝罪しろ」などと理不尽な要求を続けている。

いくら今回の海上共同訓練が重要だったとしても、逆に参加することで生じるマイナスを考えたら、もはや、防衛省に「まともな思考」を期待することが無駄であることがわかる。

日本と韓国は、激動する東アジア情勢からも、“真の同盟国”でなければならない。だが、「踏まれても 蹴られても ついていきます 下駄の雪」というやり方では、それが逆に「遠ざかってしまう」ことが、なぜわからないのだろうか。

当欄で何度も書いているとおり、歴史上、中国の代々の王朝を宗主国として、その属国として生きてきた朝鮮半島の人々には、強いものにはひれ伏し、弱いものには居丈高になる「事大主義」が染みついている。

そのため、韓国は“強い国”であるアメリカや中国に対しては、「節度」と「敬意」をもって接している。しかし、日本に対しては、「節度」と「敬意」を払わず、「何をやってもいい」と舐め切っている。事大主義の国なので、常に“弱腰”で“情けない”日本には当然の姿勢だろう。

その国に対して、今回の参加表明は「絶対にしてはならないこと」なのである。仮にアメリカから「日本も参加して欲しい」という要請があったとしても、きちんと不参加の理由を説明して理解してもらわなければならないのではないか。

私は、「日王(注=日本の「天皇」)は慰安婦の手をとって心から謝罪しろ」という先のムン・ヒサン国会議長の言葉も、「日本に対しては何をやってもいい」と舐め切った「事大主義」に起因するものだと思っている。

旭日旗問題、そしてレーダー照射事件以来、私は、軍の留学生交換停止、同じ階級による交流・会談の停止、Gソミア(日韓軍事情報包括保護協定)の自動更新の停止……等々に踏み切り、日本が毅然とした姿勢を示すようあらゆる機会を通じて訴えてきた。

韓国に自分たちが「日・米・韓」という自由主義陣営におり、同盟関係にあるという重要性を理解してもらうためだ。しかし、防衛省、すなわち安倍政権は違った。逆に韓国に対して誤ったメッセージを送ってしまったのだ。

今回の参加表明で、韓国はホッとしただろう。そして、日本へのこれまでのやり方が「正しかった」ことを再認識した。今後、ますますエスカレートするだろうし、それは、同時に「真の日韓関係」が遠のいたということでもある。

私は、日本国民も、きちんと意思表示をしなければならないと思う。それは「岩屋防衛大臣の罷免」要求である。

国民は、レーダー照射事件以来、この人の毅然とした態度や表情を一度でも見たことがあるだろうか。フラフラとしてぺーパーに目を落とし、自分の言葉で物事の本質を語ることもできず、多くの国民がニュース映像を見ながら「この人は大丈夫か?」と心配してきたのではないだろうか。

この御仁が、韓国に対して今回のような誤ったメッセージを出すのは、おそらく“時間の問題”だったに違いない。そして、同時に海上幕僚長出身の河野克俊・統合幕僚長の責任も重い。なぜ大臣に韓国への「毅然とした姿勢」を促せないのか。

韓国は、日本にとって安全保障上、重要な存在である。だからこそ、いま、「舐められてはいけない」のだ。果たして「多国間訓練への不参加は日本にもプラスではない」などと、生ぬるいことを言っている場合なのか。日本が舐められたままの状況で、本当に両国の同盟が盤石になると思っているのだろうか。

今回の参加表明で、これまでと同様、韓国は「日本には何をやってもいい」と意を強くしただろう。幾度も書いてきたように、それは「真の日韓の未来」にマイナスになることである。

制裁を受けるべきなのは、果たして「韓国」なのか、それとも「安倍政権」なのか。韓国に毅然としたメッセージも発せられず、それと逆のことしかできない政府に対して、国民が「愛想を尽かせる時期」が着実に迫っている。

カテゴリ: 国際, 政治

韓国への「制裁発動」の機は熟した

2019.02.22

今日は、「竹島の日」である。韓国では「独島(注=竹島の韓国での呼称)は我々の領土だ」として日本の大使館や総領事館の前で「公館の安寧の妨害、威厳の侵害を防止する」ことを定めたウィーン条約に違反するナショナリズム剥(む)き出しの抗議デモがおこなわれている。

3月1日には、「3・1運動100周年」があるので、いよいよ、彼らの“いつもの”非礼な行動もクライマックスを迎える。しかし、これまで何度も書いてきたように、それは「日韓の真の未来」のためには、大きなチャンスなのである。

満を持した韓国への「制裁発動」の最大の好機ということだ。ポイントは、いわゆる“徴用工”判決の犠牲者である新日鉄住金の資産売却が「現実になった時」にある。国際法を無視し、外国の企業の資産を勝手に売ってしまうのだから、それを許す国は、もはや「法治国家」とは言えない。

20日の衆院予算委員会で河野太郎外相は、“徴用工”裁判の原告側代理人が15日、都内の新日鉄住金本社前で、すでに差し押さえている韓国内の同社資産を「売却、現金化の手続きを始める」と宣言したことを受け、「万が一の時には、さまざまな対抗策を発動する用意がある」と語った。

「やっとここまで来たか」と感慨深い国民は少なくないだろう。実現すれば、いよいよ韓国との本気の闘いが始まるからだ。それは「日韓の真の未来」のためには、絶対通らなければならない「道」なのである。

“徴用工”判決や慰安婦「癒し財団」の解散、レーダー照射事件……そして、韓国の三権の長である文喜相(ムン・ヒサン)国会議長の天皇への非礼発言など、もはや、日本が韓国と「正常な関係」を維持できる状態でないことは間違いない。

そもそも天皇が、なぜ韓国の慰安婦の手を取って謝罪しなければいけないのか、私には理由がわからない。慰安婦は、たしかに薄幸な女性たちである。だが、彼女たちはあの貧困の時代に、高額の報酬と引きかえに「身を売っていた」人たちである。

貧困ゆえに、あるいはさまざまな事情で、当時の上等兵の給料の30倍という驚くような高額の報酬を得て、身を売っていた人たちだ。

朝日新聞が書き立て、韓国が躍った「日本軍や日本の官憲による“嫌がる婦女子”の強制連行」という話は、とっくに破綻している。高額報酬を謳(うた)った新聞広告に応募した女性たちは、実際に、各地の方面軍司令官の給与を遥かに超える収入を得た。

つまり、彼女たちを「強制連行」しなければならない理由など、どこにも存在しなかった。それぞれの事情で春を鬻(ひさ)ぐ商売についていた彼女たちの「なに」に対して天皇は「手を取って謝罪」しなければならないのだろうか。

しかも、日本は人道的見地から彼女たちに何度も手を差しのべてきた。それは、朝鮮半島出身の労働者たちに対するものも含め、ほかの敗戦国とは比較にならないほどの手厚いものだったと言えるだろう。

2015年12月の慰安婦問題「日韓合意」の前にもアジア女性基金を立ち上げ、慰安婦たちに償い金を支払い、橋本(龍)、小渕、森、小泉という4人の首相がお詫びの手紙も併せて送っている。

何度も何度も、日本は「これで解決する」という韓国側に乗せられ、謝罪をくり返してきた。今回は、その末の天皇への非礼な謝罪要求だったのである。国民ももはや看過することはできないだろう。

そして、いよいよ差し押さえられた新日鉄住金の資産に対する「売却手続き」が始まる。どこにも非がなく、真面目に、そして、まっとうに企業活動をつづけている新日鉄住金に対して、そのようなことをおこなう国を放置するわけにはいかない。

ついに機は熟したのだ。対抗策として、韓国製品の関税引き上げなどが取り沙汰されているが、私は、今こそ「伝家の宝刀」を抜く時だと思う。

それは、「外為法16条」の適用対象国に「韓国を指定」することだ。つまり、韓国への送金を政府の「許可制」とするのである。

すでに北朝鮮にはこれが適用されている。日本の企業の資産を不法に侵す韓国に対しても、北朝鮮と同様、外為法16条の適用をおこなうべきである。「日本企業を守るため」のものなので、それは、政府としても当然の措置と言える。

この制裁は、韓国にとって致命傷となる。韓国経済はおそらく一気に沈むだろう。「許可制」とは、日本政府がその国への送金を「嫌がっている」という意味である。企業はこの手続きの煩雑(はんざつ)さと、政府の意向を感じとって、韓国から距離を取らざるを得なくなる。

狙いはそこにある。日本企業が韓国から引きはじめたら、脆弱な韓国経済はあっという間に破綻する。文在寅政権がとった2年連続の「最低賃金の引き上げ」策は、韓国企業に最低賃金の30%アップという大変な負担をもたらしている。

韓国企業は、“雇い止め”という対抗策を講じるほかなく、韓国の若年層は、現在、失業率が実に「10%以上」となり、もがき苦しんでいる。経済音痴の文大統領には、最低賃金の「大幅アップ」が失業率の増大をもたらすという経済原理が理解できないのである。

韓国の若者には「日本企業への就職」が最大の願望となっているが、そこにも制裁を課す必要がある。いくら人手不足であろうと、日本企業は、これを受け入れてはならない。ここでぐっと我慢しなければならないのだ。

経済産業省は、各業界に「韓国からの就職希望者を採用しないように」と“内部通達”して、敢然とした姿勢を示せばいいのである。あっという間に韓国は社会不安に陥るだろう。

たった二つの制裁で、韓国は事実上、破綻する。当然、文政権は倒れるだろう。しかし、文政権が倒れても、日本は制裁を緩めてはならない。

毅然とした姿勢を示すのは、むしろ「それから」だ。なぜ韓国は、歴史の「真実」に目を向けないのか――日本側のこの言い分を伝えるのは、「それから」なのだ。

日本は朝鮮半島の発展に長年、寄与し、今の豊かな社会の礎を築いたし、女性を“姓奴隷”にするようなこともやっていない。その歴史の真実を韓国民にわかってもらうチャンスが、その時、「初めてやって来る」のである。

「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」に煽られて、慰安婦問題で虚偽の事実を信じ込まされてきたことに気づいてもらえばいいのだ。毅然と“伝家の宝刀”を抜き、韓国に、日本に対してもアメリカや中国に対するのと同様の「節度」と「敬意」を持ってもらえばいいのである。

しかし、日本には、日韓議員連盟や媚韓メディアが多数存在する。制裁をストップさせようと、さまざまな工作と攻撃が波状的に「安倍政権を襲う」だろう。

その時に、国民がいかに「韓国への制裁」を支えるか。ポイントはそこにある。腰砕けに終わって、また韓国に舐められたまま、日本は不条理な行動を受けつづけるのか。それとも、敢然と制裁を続けるのか。国民の支持次第である。

韓国民が、自由主義国の一員として日・米・韓の同盟が最も大切であることを知るのは、日本の制裁による「痛み」と「苦しみ」、そして日本人の「怒りの根源」が身に染みてからのことである。

それこそが、「真の日韓関係」の第一歩なのだ。逆に、韓国への制裁をここで発動できず、国民から「なにもできない安倍政権」という叱声を受けるなら、亥年選挙の2019年は、安倍首相にとって間違いなく“痛恨の年”となるだろう。

カテゴリ: 国際, 政治

「子供の命」を守れない安倍政権

2019.02.07

ただ虚しさに包まれて、この文章を綴っている。1月24日、千葉県野田市の小学4年、栗原心愛(みあ)ちゃん(10)が自宅で父親・栗原勇一郎(41)に殺された事件は、単なる「虐待死事件」ではない。行政の不作為によって発生した殺人事件である。

わかりやすく言えば、安倍晋三首相、加藤勝信・前厚労相、森田健作・千葉県知事らによる「怠慢」と「不作為」がもたらした事件だと、私は思っている。

「きょうよりか あしたはもっともっと できるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください」――悲痛な文章を残して昨年3月に殺害された東京・目黒区の船戸結愛ちゃん(5つ)の事件を思い出して欲しい。

私は、あの時も「NPO法人シンクキッズ 子ども虐待・性犯罪をなくす会」代表理事の後藤啓二弁護士と共に「虐待案件の警察との全件情報共有」を訴えた。

新聞や月刊誌、テレビ等々で、そのことを訴え、講演などでも折に触れて、この虐待問題を取り上げさせてもらった。しかし、安倍首相をはじめ、自治体の長も、高知、大分、広島、岡山、茨城、愛知、埼玉、岐阜、群馬、大阪、岩手、神奈川の12府県を除いて、いまだに警察との全件情報共有は実現していない。今回の千葉県の森田健作知事も、これを“拒否”しつづけている一人である。

学校のアンケート調査に「お父さんにぼう力を受けています。先生、 どうにかできませんか」と書いてSOSを発していた心愛ちゃんは、虐待をおこなっている当の父親にその文章を見せられ、虐待の中、息絶えた。

2017年には、地元千葉の「要保護児童対策地域協議会」のリストにも載っていたのに、大人たちは心愛ちゃんの「生」へ、誰も手を差しのべなかった。そして、最後まで警察との「情報共有はなされなかった」のである。

こういう鬼畜のごとき人間は、何千人、何万人の中には、必ず存在している。行政をはじめ、私たち大人は、こういう悪鬼が「存在していることを前提に」子供たちの命を守らなければならない。

しかし、安倍首相も、加藤前厚労相も、森田健作千葉県知事も、もちろん、東京都の小池百合子知事も、「虐待案件の警察との全件情報共有」に背を向けてきた。つまり、大人に裏切られて結愛ちゃんも、心愛ちゃんも「死んでいった」のだ。

父親・栗原勇一郎は、児相や教育委員会という大人たちが威圧を感じ、恐怖を感じるほどの虐待男である。しかも、その間に「結愛ちゃん殺害事件」も起きている。それでも、児相や教育委員会は、警察にこの案件を通報さえしなかった。もし、「全件情報共有」の制度が実施されていたら、警察は心愛ちゃんのことを「把握していた」ことになる。

もちろん、警察が情報を知っていたとしても、必ず「子供の命が救える」というわけではない。しかし、救える可能性が増えることは疑いがない。児相の職員には、また教育委員会の人間には、「身体を張って」子供の命を守ることができる職員、あるいは、そのことに使命感と意欲を持つ職員がどのくらいいるのだろうか。

申し訳ないが、私は児相の職員が「子供の命を守ることができる」とは思っていない。なかには、そういう人もいるだろうが、あくまでそれは「例外」であろうと思う。それは、「遺伝子の違い」による。

私は昨年7月6日、後藤弁護士と共に櫻井よしこ氏の「言論テレビ」に出演し、安倍首相と当時の加藤勝信厚労相に「虐待案件の警察との全件情報共有」を訴えた。その時、私は警察と児相との“遺伝子の違い”を語らせてもらった。

警察は「命を守る」遺伝子を持つ組織であり、児相は、「親子関係、あるいは家族関係を守る」という遺伝子を持つ組織である、と。両者は、何から何まで違うのである。これは、全国に先がけて児相と警察との虐待情報の全件共有を実施した高知県の児相の担当者から取材で聞いた話である。

栗原のような凶悪な殺人者であろうと敢然と立ち向かえるのは、「命を守る」警察である。私は、昨年、月刊『Hanada』8月号の「現場をゆく」に、結愛ちゃん殺害事件を受けて、こう書かせてもらった。

〈そもそも児相と警察とでは「遺伝子」が異なる。警察は「命」を守る組織であり、児相とは「親子や家庭」を守る、つまり、親子関係などを「修復する」組織である。
 児相への虐待相談件数が10年で3倍、約12万件にまで急増する中、圧倒的に人員が不足し、「命を守る」という遺伝子が希薄な児相に、なぜいつまでも虐待案件を「抱え込ませる」のだろうか。
 品川児相が、品川、目黒、大田の三区を管轄するように、そのエリアは広大で、全国どの地域でも、目は全くと言っていいほど「届いていない」のが現状だ。それでも児相は「増員」を要求するだけで、警察との全件情報共有に否定的だ。
 しかし、住民にとって最も身近な存在である近くの交番のお巡りさんが、毎日のように「結愛ちゃん元気ですか」「結愛ちゃんの顔を見せて下さい」と訪問してくれるようになったら、虐待死は、どのくらい防がれるだろうか。
 少なくとも、児相が抱え込んでいる現状よりも、救われる命が一つでも二つでも増えるのは間違いない。
 児相の言い分にばかり耳を傾ける自治体の首長を含む政治家たちの危機意識の欠如が、今も“明日の結愛ちゃん”を生み続けている。行政の目が届かない中で、ただ虐待死を待つ子供たちが哀れでならない〉

まさに〈政治家たちの危機意識の欠如〉が哀れな“明日の結愛ちゃん”である「栗原心愛ちゃんを生んだ」のである。安倍首相が、全国の自治体に向けて「あらゆる行政機関で虐待情報の全件共有を実施せよ」と号令を発すればいいだけの話なのに、しかし、首相はそれを「しない」のだ。

昨年7月8日付の産経新聞(「新聞に喝!」欄)に私が書いたマスコミ批判の文章の一部も再掲させていただく。

〈私は、同様の事件はこれからも起こり続けると思っている。なぜなら「児相の職員を増やせ」「専門性のある職員をもっと」と、同じ意見が“いつものように”叫ばれるだけだからだ。
 新聞はなぜ問題の本質を突かないのだろうか。それは、「もはや児相には期待できない」ということだ。児童虐待防止法には、児相による自宅立ち入り調査も認められており、その際、警察の援助を求めることもできるようになっている。だが、児相はそれを活用しない。なぜか。
 それは職員の能力と意欲の問題であり、一方で「プライバシー侵害」やら「親の権利」を振りかざす“人権の壁”への恐れがあるからだ。子供を虐待死させるような親は、人権を盾に抵抗し、あらゆる言辞を弄して子供への面会を拒む。この壁を突破して子供の命を守るには、逆に、児相に「案件を抱え込ませてはならない」のである。
 警察を含むあらゆる行政組織が全情報を共有し、例えば“街の灯台”たる交番のお巡りさんが、絶えず訪問して子供の顔を確認するようなシステムを構築しなければならない。しかし現実には、児相や厚労省は、職員の増員を求めるのに必死で、虐待情報の共有に否定的だ。彼らにとっては、自らの権限拡大の方が大切なのだ。こうしたお役人の言い分に目を眩まされているのが、小池都知事であり、安倍首相にほかならない〉

 後藤弁護士からも、本日、怒りのメール・マガジンが届いた。この文章を読んで、鬼畜のような親の虐待を受けて必死で助けを呼んでいる子供たちのことをどう思うだろうか。少々長いが、ご本人の許可を得て全文を紹介させていただく。

〈千葉県野田市心愛さん虐待死事件が起こった際、「だから、一昨年9月に訪問してあれほどお願いしたじゃないか。それから何度も上司に会わせてほしいとお願いしたじゃないか」という千葉県に対する怒りと同様の怒りを厚労省と警察庁に感じました。

 私どもは、4年半前から、平成26年夏から、東京都葛飾区愛羅ちゃん虐待死事件という児童相談所と警察が情報共有さえしていれば確実に救うことのできた事件を機に、厚労省、警察庁に対して、児童相談所、市町村、警察との全件情報共有と連携しての活動を義務付ける法律を制定するよう署名活動を行い、厚労省、警察庁の幹部と何回も会って働きかけ、当時の世耕官房副長官に関係省庁副大臣会議も設置していただき、要望書も提出してきました。

 しかし、両省庁とも全くの拒否でしたので、国会議員にお願いしたところ、衆参の厚労委員会は、平成28年、29年と二度も、「漏れなく確実に共有」(参議院)「全件共有」(衆議院)を政府に検討を求める附帯決議を全会一致でつけてくれました。

 公明党の古屋範子議員や民主党(当時)の井坂信彦議員は全件共有の必要性を委員会で訴え塩崎大臣に厳しく問いただしていただきました。塩崎厚労大臣は「できる限りの共有をしなければならない」と答弁しているのです。

 それでも、厚労省、警察庁は応じないのです。そしてそのまま、昨年3月に東京都目黒区結愛ちゃん事件を引き起こしてしまったのです。私どもの要望を国が受け入れ、全件共有と連携しての活動を自治体に指示していれば、結愛ちゃんはあんなに残酷に虐待死させられることはありませんでした。

 しかし、これでようやく国も動くだろうと思い、私どもは、昨年6月に国に対する全件共有と連携しての活動を求める三度目の要望書を出し、両省庁に働きかけましたが、またまた拒否されました。これには唖然とし、このときはっきりと悟りました。厚労省、警察庁は、子どもを守る気がないのだなと。

 特に私の出身である警察庁がかくもやる気がないのには大いに落胆しました。警察庁が厚労省にやりましょうと言いさえすれば厚労省も反対できないのです。警察庁の最高幹部の意見の中には「下手に情報共有すると、知っていたとして責任を問われるじゃないか」というものもあり耳を疑いました。

 都道府県警察にも自治体に働きかけ全件共有と連携しての活動をするよう指示していないようです。むしろ逆の動きをしているのではと疑われる話もあり、一体全体今の警察庁の最高幹部は何を考えているのか、という思いです。

 結局、昨年7月20日に出された政府の緊急対策では、児童相談所と警察との情報共有は一部に限定されてしまったのです。そして、今回の事件をまたまた防ぐことはできませんでした。

 厚労省と警察庁が4年半も前からの私どもの要望を、多くの方の署名を、繰り返される虐待死事件を真摯に受け止めていれば、結愛ちゃんも、心愛さんもかくも残酷に虐待死させられることはありませんでした。厚労省と警察庁の責任は誠に重大です。

 自治体のほうが、真摯に受け止めてくれています。都道府県警察は警察庁と異なり熱心で、私からの要望を拒否した本部長はいませんでした。私の同期、後輩ということもあるのかもしれませんが、みんな極めて熱心で、連携を渋る県を説得してくれた本部長や県の幹部の方も少なくありません。警察庁の消極姿勢にかかわらず、熱心に取り組んでいただいている後輩を含め都道府県警察の方には頭が下がる思いです。

 現場の危機感、悪化する一方の児童虐待、親が怖く、親とのトラブルを嫌い親に逆らわない児童相談所、子どもに傷があっても親が「子どもが勝手に転んだ」と虐待していないと言うとそれをうのみに「虐待でない」と処理してしまう児童相談所、面会拒否されたらあっさり引き下がる児童相談所、通報があれば48時間以内にいけばいいとのんびりした対応を続ける児童相談所、こんな児相に任せていると大変なことになるという危機感があるのです。

 自治体も、高知県、大分県、広島県は私どもの要望以前から全件共有と連携しての活動を実施していただき(岡山県もほぼ全件共有に近い取組です)、昨年以降、茨城、愛知、埼玉、岐阜、群馬、大阪、岩手、神奈川、名古屋の各自治体にも受け入れていただき、現在、横浜、川崎、相模原、横須賀、静岡などで基本的にご了解いただき前向きに準備をしていただいております。

 ただ、千葉県と東京都は何度ひどい虐待死事件を引き起こしても拒否の姿勢は変わりませんし、兵庫県、神戸市、香川県は副知事、市長、知事に直接面会してお願いしても拒否されてしまいました。福岡県、福岡市も知事、市長との面会をお願いしても応じていただけません。これらの自治体には、ご再考をお願いしておりますが、どういうご回答をいただけるかは分かりません。

 前向きな自治体が増えてきている一方で、いくらお願いしてもご理解いただけない自治体も少なくない現状では、国として直ちに昨年7月の全く不十分な政府の緊急対策を見直し、一部の案件の共有にとどまっているのを全件共有と連携しての活動を打ち出すことが必要です。

 これから、厚労省、警察庁、官邸、自民党、公明党をはじめ各政党に改めて働きかけてまいる所存ですが、役所の劣化が激しいといわれる昨今、政治、特に、官邸から、厚労省、警察庁に「担当省庁だろう! もっと責任感もって、ちゃんとやれよ! 連携ぐらいしろ! こんなことも指示しないとできないのか! ふざけんな!」くらいのご指示をいただくよう期待しております。

 このようなかくも長き政府、多くの自治体での無策は、中央省庁、自治体の不作為について幹部に責任を取らせる法制度がないことが原因と考えております。株式会社の役員に対する善管注意義務違反に対する損害賠償責任類似の制度を中央省庁や自治体の課長以上に課する制度が必要ではないかと痛感しており(ご参考拙著「子どもが守られる社会に」エピック社)、このような制度の整備についても働きかけてまいりたいと考えております〉

 以上、長くなったが、後藤弁護士の怒りのメール・マガジンを紹介させていただいた。厚労省幹部、あるいは、児相の幹部たちの言うことを鵜呑みにして「児相職員の増員」で虐待死を防げると思っている安倍首相や各都道府県の知事たちには、この際、死んだ心愛ちゃんの写真を前に、静かに自らの「不作為の罪」と向き合うようお勧めする。

カテゴリ: 事件, 政治

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