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なぜ『マッサン』はこれほどの反響を呼んだのか

2015.03.28

本日の放映で、話題を呼んだNHKの朝の連続ドラマ『マッサン』が終了した。毎朝、胸が熱くなるシーンが必ず登場する稀有(けう)な朝ドラだった。私は、このドラマを第1回から最終回まで、すべて観た。

もちろん、長期出張や海外取材で観えない時もあったが、予約した毎回録画で必ず、あとで観るようにした。私は、第1回を観た時、いや、テーマソングの「麦の唄」が流れてきた時に、この番組の成功を確信した。

私は、歌詞を聴きながら、番組が始まる前に、あの時代の人々が辿った苦難の道と毅然とした生きざまを思い浮かべた。戦争で多くの命が失われたこの世代は、まさに歌詞の中に出てくるように「嵐吹く大地」に立ち、「嵐吹く時代」を生きた人々だったからだ。

シンガーソングライターの中島みゆきさんは、短いこの歌詞とメロディーに見事に、そのことを込めていた。その世代の生きざまが、彼らにとっては、気の遠くなるような2014年から2015年という時代に「描かれた」のだ。私は、この「麦の唄」を聴き、第1回を観て以降、連続録画の予約で、すべてを観ることに決めたのである。

「人生はアドベンチャー」という信念で、愛する夫と共に異国で生きることを選んだエリー。毎回、支え合うことの大切さを教えてくれるドラマ展開は、竹鶴政孝とリタというニッカウヰスキー創業者夫妻の実際の物語をもとにしているだけに、圧倒的な説得力と感動があった。

それは、事実を基にしたドラマ、つまり真実の物語であり、言ってみれば、“ノンフィクション・ドラマ”だった。私は、中盤で展開された大阪での物語も、お節介で人情味あふれる関西の人々のエリーとの泣き笑い劇を、毎回、楽しませてもらった。

舞台を北海道・余市に移しても、感動と笑いはつづいた。どんなことがあっても挫けないマッサンとエリーに、視聴者は溜息を吐(つ)きつづけたのではないか。どうして、挫けないのか。なぜ、それでも前進するのか、と。

私は、戦争ノンフィクションをはじめ、明治や大正生まれの人々の姿を数多く描かせてもらっている。今年は、「戦後70周年」ということもあって、そのうち5冊が一挙に文庫化されることになっている。

私がそれらの取材を通じて知っているのは、まさに「どうして、挫けないのか。なぜ、それでも前進するのか」ということだ。当時の日本人は、明らかに今の日本人とは「違う」のである。

特高(特別高等警察)に目をつけられ、スパイ容疑までかけられるエリーと、必死にそれを守り、支えるマッサンと周囲の人々の温かさも、胸に染みる描き方だった。まさに「嵐吹く時代」であり、エリーだけでなく、日本人すべてが苦難の中で、もがきつづけた時代だった。

娘・エマが想いを寄せていた一馬(かずま)が出征し、のちに戦死。その一馬が遺したモルト(原酒)が、戦後、苦境に陥った会社を救うことになる場面もまた、感動の展開だった。

「どんなことがあってもあきらめない」――それこそが、物造りに邁進する者の誇りであり、同時に明治、大正生まれの人々の真骨頂である。その毅然とした生き方を毎朝、ドラマを通じて現代の日本人は「教えてもらった」のではないだろうか。古き、よき日本人とは何か、を。

エリー役を演じたシャーロット・ケイト・フォックスさんが日本語もわからない中で必死に演技する姿は、実在したリタ夫人が経験したさまざまな苦労と重なり、また彼女の独特の魅力もあって、日本中の視聴者の心を捉えた。

ドラマの最後は、エリーが遺したマッサンへの手紙だった。「私の夢はマッサンでした」と始まる手紙は、いかにエリーが夫を愛し、感謝し、心から支えようとしてきたかをわからせてくれるものだった。マッサンは、残された夫を気遣いながら「1日に1度思い出してください。夜、寝る時におやすみと言ってください。私はいつもそばにいます」とつづく、そのエリーの手紙を読む。その時、目からも鼻からも、“涙”が出てくるマッサン役の玉山鉄二さんの迫真の演技に、観る者は釘づけになったのではないだろうか。

玉山さんには、拙著『尾根のかなたに』が原作のWOWOWドラマ(「尾根のかなたに」※芸術祭ドラマ部門優秀賞受賞)にも、かつて出演してもらったことがある。今回の連続ドラマでは、演技派として完全に地歩を固めた玉山さんの一挙手一投足に、本当に目を吸い寄せられた。今後は、玉山さんには「日本」だけでなく、是非「世界」に活躍の場を広げていって欲しいと思う。

私は、テレビもクオリティーの時代を迎えていると思う。民放のドラマは、ここのところ低視聴率に喘いでいる。必死に視聴者に迎合しようとはしているが、それがいとも簡単に跳ね返されることの連続だ。

原因は何だろうか。私は、ドラマも「真実の時代」、そして「クオリティーの時代」を迎えているのではないか、と思う。先日、放送90周年を迎えて『紅白が生まれた日』というドラマがNHKで放映されていた。昭和20年12月31日に、紅白の第一回が放送されるまでの人間ドラマを描いたものである。

実際の話をフィクション化した作品だが、恋人や家族を戦争で失った『リンゴの唄』の並木路子の苦悩をはじめ、真実のストーリーにはやはり説得力があり、感動があった。沈黙の末に並木路子が「きっとどこかで(家族や、最愛の人が)聴いていてくれている……そう願って唄います」と呟いて歌い始める場面が圧巻だった。

また当時のGHQが、あらゆる面に、いかに「指導」という名の介入をおこなっていたかが、目の当たりにできるドラマでもあった。「戦後日本」がどういうかたちでスタートしたのかも、よくわからせてくれる内容だった。

真実とクオリティー――今後の映像が抱えるキーワードは、これなのではないだろうかと思う。そういえば、封切以来、満員をつづけているハリウッド映画『アメリカン・スナイパー』も、原作はイラク戦争に4度も従軍し、160人を狙撃したクリス・カイル兵曹長の自伝『ネイビー・シールズ最強の狙撃手』を基にしたクリント・イーストウッド監督作品である。

ラストシーンでは、実際のクリス・カイルの葬送の記録映像が流されるという「真実」をもとにしたものだ。アメリカでも、そして日本でも、記録的な興行収入になっているこの映画が観る者の心を捉えるのは、そこに「真実」があるからではないだろうか。

私は、『マッサン』の最終回を観ながら、さまざまなことを考えさせられた。真実とクオリティーの時代、そして毅然と生きた人間の姿――私も、そんな人物や出来事の「真実」をノンフィクション作品として、これからも生み出していきたいと思う。

カテゴリ: テレビ

「真実」だけが持つ感動とは

2012.10.17

締切に追われ、ブログをなかなか更新できなかった。連日の徹夜で昼か夜かもわからない生活がつづいている。WOWOWが、拙著『尾根のかなたに』(小学館文庫)を2週連続(前・後編)でドラマ化してくれたことへの感想も書けないままだった。

主演・伊勢谷友介をはじめ、玉山鉄二、松坂桃李、緒方直人、萩原聖人、石田ゆり子、広末涼子、貫地谷しほり……等々、オールスターキャストで挑んでくれたWOWOWのスペシャル・ドラマは、やはり圧巻だった。

この作品は、俳優・女優陣の充実ぶりだけでなく、監督には若松節朗氏、脚本には岡田惠和氏が起用されるという本当の意味での豪華キャストだったと思う。これだけのスタッフを揃えてくれたWOWOWの敏腕プロデューサー岡野真紀子さんに感謝すると共に、この作品で描かれたのが、日航機事故の“真実の物語”であることが私には嬉しかった。

ドラマでは上杉家となっていたが、これは実際には「谷口家」であり、峰岸家は「河原家」、小倉家は「前田家」である。ノンフィクション作品である拙著には、実名でそれぞれが登場する。そして、ドラマで描かれたエピソードやシーンは、ほぼ原作に沿ってくれている。

私がこの作品で描きたかったのは、日航遺族が絶望から這い上がる25年間の息子たちの物語である。父を亡くした息子たちが、四半世紀を経て自らも父親となった時、果たして、彼らは子どもたちに何を伝えるのだろうか。

哀しみの極致にいた息子たちの不屈の物語によって、私は人生に悩み、挫けそうになった人々が、少しでも勇気と希望を持ってくれるのではないかと思った。その思いで、事故で父親を失った息子たちを全国に訪ね歩いて本書を執筆した。

私がノンフィクション作品にこだわるのは、真実こそ人の心を揺り動かすと考えているからである。私は最近、ノンフィクション作品とドラマのコラボレーションを考えることがよくある。

隠された真実を活字で掘り起こし、そして映像で描く。これが実現すれば、より多くの方々に勇気と感動を抱いてもらえるようになる。そのことの貴重さをこのドラマは私に教えてくれた。心からスタッフの皆さんにお礼を言わせて欲しいと思う。

カテゴリ: テレビ

見応えがあったNHK『未解決事件2 オウム真理教』

2012.05.28

昨日のNHKスペシャル『未解決事件2 オウム真理教』は久々に見応えのある番組だった。前日に放映されたドラマは、BSでも事前放映されたものだったが、私は、息を詰めて今日のインタビュー構成のスペシャル番組に見入った。

警察庁元警備局長・菅沼清高氏と元刑事局長・垣見隆氏という当時の警察庁の大幹部まで登場し、悔恨の弁を引き出していた。あのオウムのスポークスマンだった上祐史浩が、オウムが熊本(波野村)にいた90年代初めから武器開発に着手していた事実を証言したのも驚いた。

オウム事件のあった95年、私は週刊新潮デスクとして取材と執筆の最前線にいた。刑事部・公安部の捜査官を含め、沢山の方々に協力をいただき、多くの記事を書いた。

その中で、私は、警察首脳のハラひとつで、“別件”でオウムに踏み込み、「次の事件」を未然に防ぐことができた事実を当時から痛感していた。番組で、地下鉄サリン事件が起きてから踏み込んだことを悔やむ垣見隆・元刑事局長の苦渋の表情が印象的だった。

それと共に、垣見氏よりも最高責任者であった国松孝次・警察庁長官と井上幸彦・警視総監の“不作為の罪”が、この番組であらためて明らかになった、と私は思う。

私は、彼ら警察最高首脳が、多くの“別件”を持ちながら2月28日に拉致された目黒公証人役場の假谷清志事務長の命を“見殺し”にし、そのために「地下鉄サリン事件」という未曾有の悲劇を呼び込んだと考えている。この番組はそのことがよくわかる内容だった。

いま私は、これよりも古い、戦後のある大きな事件で、いかに警察首脳と現場の捜査官が国民の生命を守ろうとして奮闘したかを次のノンフィクション作品のひとつとして取材している。自らの使命に忠実だったかつての警察官僚、捜査官の凄まじい物語をお届けできる日を楽しみにしている。

カテゴリ: テレビ, 事件

“淘汰の時代”を迎えたテレビ業界

2011.10.03

すっかり涼しくなった。涼しいというより肌寒いと表現した方がいいかもしれない。旭川では早くも初雪が降ったそうだ。今日の東京は、秋らしく空気も澄んで新宿の事務所から秩父山系や群馬の山々まではっきり見えた。

気候だけでなく、10月に入ってさまざまなものが変化を見せている。もちろん衣替えの季節だけに、町を歩くサラリーマンや学生の姿が、白から黒っぽい色に変わった。

そんな中でも、これから“激変”が予想されるのが、テレビ業界ではないだろうか。10月は、改編の時期にあたるため、いつものようにさまざまな番組が衣替えしているが、今ほどテレビが「変革」を自覚させられた時はないような気がする。

7月にアナログ放送が終わってデジタル放送へと完全移行したこともあり、視聴者の意識にも大きな変化が起こっている。視聴者が自分たちで好みのチャンネルを「より積極的に」選択するようになったのである。

そんな時期に合わせて、10月1日からWOWOWが衛星チャンネルで3つの放送を始めた。ドラマなどのチャンネル、映画専門チャンネル、スポーツやライブの中継チャンネルという3つである。

新たな“開局”キャンペーンで福山雅治を起用して話題になっただけにご存知の向きは多いだろうが、私のまわりにもWOWOWなどの衛星チャンネルに期待する人が驚くほどいる。

私は、拙著『なぜ君は絶望と闘えたのか』がWOWOWでドラマ化され、2010年度の芸術祭大賞を受賞したのをきっかけにWOWOWと契約して、このチャンネルを観るようになった。

WOWOWには、CMがない。契約者の視聴料だけで成り立っているため、さまざまなタブーに挑戦していくことができる。拙著のドラマ化もそのひとつだったが、テレビドラマ史上に残る名作『空飛ぶタイヤ』も大企業のCMに頼らない同局だからこそ制作できたものだろう。

そのかわり番組の質が落ちれば、視聴者にソッポを向かれる危機もはらんでいる。切磋琢磨こそ同局の生きる道なのである。WOWOWで制作されるドラマがいずれも映画並み、いやそれ以上の迫力を持っている理由がそこにある。

既存の地上波の番組は今、お笑い芸人やタレントを起用した安上がりの“字幕つきトークバラエティ番組”に席捲されている。私は、こうした危機感のない民放各局の安易な番組づくりは、やがて視聴者に背を向かれるだろう、と思う。

新聞、出版など活字業界の前途が危ぶまれるようになって久しい。しかし、テレビ業界も“淘汰の時代”を迎えていることを感じる。さまざまなことを考えさせてくれる今年のテレビ改編期である。

カテゴリ: テレビ

テレビマンの勇気と気概

2011.02.17

今日は、平成22年度文化庁「芸術祭」大賞受賞のWOWOWドラマ「なぜ君は絶望と闘えたのか」受賞のお祝いパーティーが溜池のANAインターコンチネンタルホテルであった。

私も原作者としてパーティーに参加し、祝辞を述べさせてもらった。会場には、WOWOWの和崎信哉社長をはじめ制作スタッフ、さらには石橋冠監督、俳優の江口洋介さん、小澤征悦さん、眞島秀和さん、徳井優さん、市毛良枝さん、角替和枝さん……等々、この作品を生みだした俳優・女優陣も勢揃いしていた。

内輪の会だけに、そこは限定された“空間”で、それだからこそアットホームで和気藹々としたパーティーとなった。私は石橋冠監督のあとで原作者としてお祝いを述べさせてもらった。

私が言いたかったのは、このドラマを制作した人々の「勇気」と「気概」についてである。妻と子を失った光市母子殺害事件の被害者・本村洋さんの絶望から這い上がる9年間を描いた拙著「なぜ君は絶望と闘えたのか」は、日本の社会に渦巻く“偽善”という名の敵と戦った青年の物語でもある。

それを描こうとすれば、タブーそのものにもぶつかる。映像の人間がそのタブーを打ち破れるとは、実は私は思っていなかった。地上波のある局からは「事件自体が係争中なので最高裁が終わってから放映させて欲しい」という要望をされ、私が断わった経緯もある。

自分の身だけを安全に置き、挑戦する姿勢を失った局に、日本の司法を変革させた青年の真の姿を描くことはできないと思ったからだ。結局、当初から熱心に誘ってくれたWOWOWがドラマ権を獲得し、素晴らしい作品をつくってくれた。

今回の芸術祭参加作品には、「龍馬伝」や「坂の上の雲」など、大作がずらりと顔を揃えていた。そんな中で圧倒的票数を集めてこの作品が芸術祭大賞を受賞したのには、私は大きな理由があると思っている。

それは、この事件のテレビの取り上げ方に対して、BPO意見書という実に恣意的で偽善に富んだ意見書が出され、テレビ業界がこれにヒレ伏していた中で、WOWOWが“GOサイン”を出したことである。

それは、安全地帯から物をつくり、論評し、事足れりとする今のテレビ業界への痛烈な挑戦でもあったと思う。その勇気とテレビマンとしての気概を私は今回のドラマができ上がる過程で見させてもらった。

長く活字ジャーナリズムに身を置く私にとって、今回のWOWOWの姿勢にテレビ業界の未来に一筋の光明を見た思いがした。その正直な気持ちをスピーチで言わせてもらった。

今日はこの難しい題材を映像化してくれた石橋監督とも話をさせてもらった。日本のテレビドラマを確実に変えつつある名監督である。石橋さんには、ますます日本のテレビ業界を叱咤してもらい、さらなる名作を生みだして欲しいと思う。

スタッフの皆さん、おめでとうございます。そして原作者として最高の名誉をいただけたこと、本当にありがとうございました。

カテゴリ: テレビ

文化庁芸術祭「ドラマ部門」大賞を受賞

2010.12.21

WOWOWのドラマWスペシャル「なぜ君は絶望と闘えたのか」(主演・江口洋介)が今年度の文化庁芸術祭のドラマ部門の大賞を受賞した。参加作品にはNHKの「龍馬伝」や「坂の上の雲」をはじめ、各局自慢の力作がずらりと顔を揃えた中での受賞である。

原作は、2008年7月に上梓した拙著「なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日」(新潮社)だ。言うまでもなく現在も係争中(被告側が最高裁に上告中)の「光市母子殺害事件」の9年間を描いたノンフィクション作品である。

被告側に21人もの大弁護団がついたり、マスコミ報道のあり方にBPO意見書が出されたり、あるいは死刑制度の是非をめぐって激しい議論が応酬されるなど、大きな社会現象を巻き起こした事件である。

原作には、江口洋介が演じることになる週刊誌デスクは登場しないが、石橋冠監督をはじめスタッフが、ここにデスクを登場させて江口洋介を起用するという脚本を考え、内幕モノのヒューマンストーリーとして描き出したのである。

でき上がったドラマを見た時、週刊誌デスク役の江口洋介さんと、被害者の夫を演じる眞島秀和さんの迫力ある演技に息を呑んだ。絶望の底から這い上がろうとする遺族の苦悩とそれを支える人々の温かさが画面からひしひしと伝わって来たのだ。

私は、広島拘置所にいる元少年には、今年だけで3回面会している。会うたびにさまざまなことを考えさせられている。ドラマを見ながら、多くの人を不幸にしてしまう殺人事件の惨(むご)さに改めて思いを馳せざるを得なかった。

困難なドラマ化に敢えて挑んだスタッフと、それに芸術祭の大賞という栄誉を与えた審査員たち。いやなニュースばかり続くこの年の瀬に、タブーをものともせずいい作品をつくろうとするテレビ界と、それを讃える温かい目に触れ、なんだか私の心もあたたかくなった。

カテゴリ: テレビ

龍馬を演じた「二人」の名優

2010.11.28

「龍馬伝」が今日で終わった。大業を成し遂げた坂本龍馬(福山雅治)が、盟友中岡慎太郎(上川隆也)と共に京都の近江屋で暗殺されるシーンである。それは、明治政府がスタートする「わずか2ヶ月前」のことだった。

私は、今日の最終回を観ながら、前回の昭和43年の大河ドラマ「竜馬がゆく」の最終回を思い出していた。まだ小学生だった私は、土佐の出身ということもあって家族全員で1年間1回も欠かさずこの大河ドラマ(演出・和田勉)を観た。

最終回を前に、いよいよ北大路欣也が演じる龍馬が暗殺される日が近づいてきたかと思うと、高知県人のわが家族は、だんだん最終回を観るのがつらくなっていった。しかし、「その日」はとうとうやって来た。

北大路“龍馬”が暗殺者に斬られ、「慎太郎、俺はもう駄目だ。脳をやられた」と、頭に手をあて、斬られた頭から脳漿が出ていることを確認する場面のリアルさは、子供ながらに息を呑んだものだ。

実は、龍馬暗殺のシーンは、中岡慎太郎が絶命するまでに詳しく証言を残しているので、ほぼ正確にその模様が現代まで伝わっている。今日の福山“龍馬”は、敢えて史実通りではない斬られ方だったと言える。

しかし、福山雅治も北大路欣也に劣らない名優になったと思う。今年の大河ドラマの前半、青臭い頃の龍馬を演じた福山雅治は、土佐弁もしっくり来ず、龍馬そのものを掴み切れていないようで「このままで大丈夫か」と思わせる演技の連続だった。

しかし、力強さを増していく龍馬を演じるようになった今年後半の福山は、押しも押されもしない「名優」へと成長していった。

龍馬は、人を包み込むような優しさと迫力、そして誰にも負けない説得力を持つ男だった。一介の脱藩浪士に過ぎない龍馬は、その天性の資質を駆使して、次々と大事を成し遂げて行くが、福山は、その本来の龍馬が持つ魅力を十二分に表現していた。

夏以降、放映された福山“龍馬”は、もはや誰も文句をつけられないものだった。いや誰もが「圧倒されて」その演技に見入ったのではないか。

日本の封建社会を終わらせ、近代国家の厚い扉をこじ開けた龍馬が駆け足でその波乱の生涯を閉じたのは、1867年12月10日のことである。

折しも今、東アジアは、“無法国家の台頭”に頭を悩ませている。一方、日本は、国の舵取りさえできないような頼りない“国家の領袖”を抱えて、相変わらず迷走が続いている。

今こそ龍馬のような大局観のある人物に出て来て欲しい、と国民の誰もが願っている。しかし、与野党を問わず、そういう資質のある政治家は一人として思い浮かばない。これこそ日本の不幸ではないだろうか。

カテゴリ: テレビ

尖閣ビデオ問題とNHK「龍馬伝」

2010.11.15

今、尖閣ビデオ問題の海保職員(43)が「逮捕されない」ことが決まったというニュースが流れている。

土壇場で「木の葉が沈んで石が浮く」本末転倒の事態は回避されたのである。当ブログでも散々書いて来たので繰り返さないが、本来の「法」というものが持つ「意味」や「軽重」をまったく考慮しないマスコミ報道が溢れる中、海保職員の逮捕という“最悪の事態”だけは免れたことになる。

この海保職員の逮捕を防いだのは、ほかならぬ「国民」である。

各種の世論調査で、ビデオは「公開されるべきだった」と答えた人が8割を超え、政府と捜査当局を驚愕させた。つまり、主権者たる国民が当該の海保職員の逮捕を「回避させた」のだ。

今回の事柄は、マスコミに存在する“いつも通り”の問題点を浮き彫りにした。法律家の意見ばかりをもとに、各メディアは、国家公務員の守秘義務違反に「該当するか」「該当しないか」を連日報じつづけた。

そこには、「法」の持つ意味と軽重をまったく考慮に入れない素人集団としてのマスコミが陥りやすいワナがある。

カネの見返りに敵国に機密情報を漏洩させる国家公務員の事件と、今回のようなビデオ流出騒動との根本的な「差」が、マスコミには「比較・検討」ができないのである。

犯罪性が高く、悪意があるスパイ行為のような機密漏洩の犯罪は、守秘義務違反で摘発され、当事者の身柄は拘束される。そして、国民がその“犯罪”に対して怒ることはあっても、逮捕という捜査当局の“判断”に怒りが巻き起こった例を、私は寡聞にして知らない。

そこに、本来の国家公務員法の守秘義務規定が持つ意味がある。この法は、国家公務員の行動をがんじがらめにして、国民の「知る権利」を阻害するのが目的の法律ではなく、本来、秘匿しなければならない「国家機密を守る」ための法律なのである。

しかし、各メディアはこぞって法律家の見解をもとに、国家公務員の守秘義務規定にどう違反するのかを報じ、この海保職員の逮捕が当然という報道を繰り返した。法の持つ意味と軽重を考慮にまったく入れないのである。

「これは、(海保職員が)逮捕されるほどの“犯罪”なのでしょうか?」。国民の疑問を素直に表現するとそうなるだろう。国民は、今回の事件をあたかも殺人事件や詐欺事件といった重大犯罪同様に扱うメディアに呆れ、そして世論調査で「ビデオは公開すべきだった」「海保職員に寛大な処置を」という声が圧倒的多数を占めたのである。

私は海保職員が今回やった行為を奨励するつもりはないが、「この行為で逮捕するのはおかしい」という国民の素朴な感情には同調する。少なくとも「法」というものを“要件事実”のみでしか捉えられない法律家の考えに支配されたメディアより、よほど国民の方がコトの本質をわかっていたと思う。

折しも昨日、佳境を迎えたNHKの大河ドラマ「龍馬伝」が大政奉還の建白書をめぐる山内容堂と坂本龍馬、後藤象二郎の姿を描いていた。

建白書を書くように直訴し、「幕府も藩もなくなる世、つまり武士という身分さえもなくなる世の中」が来ることを語る龍馬に、容堂は「武士も大名もなくなった世に、いったい何が残るがじゃ?」と問いただす。

その時、龍馬から出た言葉は、「日本人です」というものだった。「異国と堂々と渡り合える“日本人”が残るがです」と。涙を流しながらそう語る龍馬に、容堂は圧倒され、「建白書」を書くことを決断する。

翌朝、「(わしが)武士の世を終わらせるかえ?」と後藤象二郎に向かって語りかける容堂の目には万感が籠もっていた。大河ドラマ渾身の場面である。

私は、「異国と堂々と渡り合える“日本人”が残るがです」と語る龍馬の言葉を聞きながら、堂々と渡り合うどころか、ひたすら彼(か)の国に阿(おもね)るどこかの政府首脳の誇りなき姿を思い浮かべた。

カテゴリ: テレビ, 事件

「ATP賞」授賞式で見た“テレビマンたち”の熱気

2010.10.29

今日は、取材と締切の合間を縫って、六本木ヒルズのハリウッドホールで開かれた第27回「ATP賞テレビグランプリ2010」の授賞式に顔を出してきた。

昨年8月にフジテレビの「ザ・ノンフィクション」で放映された「康子のバラ」がドキュメンタリー部門の「優秀賞」を受賞したからだ。

文藝春秋から昨年上梓した拙著『康子十九歳 戦渦の日記』をドキュメンタリー化してくれたフジTVとドキュメンタリージャパンの面々が表彰されるというので、彼らの“晴れ姿”を見に駆けつけたのだ。

会場は3Dによる実況生中継がおこなわれるなど、さすがテレビマンたちのイベントだけに華やか、かつ工夫が凝らされたものだった。

熱気がムンムンする中、表彰式は進み、やがて「康子のバラ」のスタッフが表彰された。太平洋戦争下の若者が、何を考え、どう生き、そして死んでいったか。60年以上を経た今も台湾で咲きつづける赤い可憐なバラが、「現代に語りかける意味」を問うた素晴らしいドキュメンタリー番組だった。

フジTVの味谷和哉、森憲一両プロデューサーやドキュメンタリージャパンの毛利匡、清水哲也両プロデューサーという、私にとって“戦友”とも言うべきスタッフがステージで表彰される姿は感動だった。

表彰後、私も記念撮影に入れてもらったが、テレビマンたちの圧倒的な熱気に嬉しくなってしまった。業界がより活性化し、お互いがお互いを高めるために、こうした賞がテレビ界で「27年」も続いていることが素晴らしい。

マスコミでは、出版界をはじめ、往々にしてお互いの足を引っ張り合う傾向が強い業界も少なくない。しかし、テレビ番組の制作環境が極めて悪化している中、「前を向いて」突っ走ろうというテレビマンたちの気概を私は肌で感じることができた。

私も負けてはいられない。すでに来年、出版する複数のノンフィクション作品の取材が次々と佳境に入ってきている。今日の会場でテレビマンたちから受けた刺激を胸に、私もさらに「突っ走っていく」つもりだ。

カテゴリ: テレビ

「なぜ君は絶望と闘えたのか」の月間ギャラクシー賞

2010.10.22

2010年9月の月間ギャラクシー賞(ドラマ部門)をWOWOWのドラマWスペシャル「なぜ君は絶望と闘えたのか」が受賞した。

光市母子殺害事件を描いた同名の拙著のドラマ化作品である。大きな話題を呼んだので観てくれた方も少なくないだろう。江口洋介、眞島秀和、小澤征悦、ミムラ、市毛良枝……らの熱演で、迫力と感動のドラマに仕上がっていたが、さっそく“最初の受賞”となった。

大賞は、それぞれの月間ギャラクシー賞の中から選ばれるので、まず第一関門突破というところだろう。石橋冠監督ら実力派が勢揃いしてつくられたドラマだけに、それも当然かもしれない。

私は、この朗報も旅先で聞いたぐらいで、ここのところ連日、次作、次々作、またその次の作品の取材が重なり、腰の温まる暇がない。

毅然とした生きざまを示した日本人や、掘り起こすべき出来事は数多く存在するのに、それが歴史の闇の中に埋もれ、多くが風化しつつある。

書かなければならないネタは多いが、身ひとつのために、なかなか作品化ができないものもある。誇りを失い、政治も経済も混乱の波間を漂うだけになってしまった今の日本。それだからこそ、ノンフィクションの役割は貴重だ。

真実の声に耳を傾け、日本の将来の「糧(かて)」にする作業に対して、より多くの人に関わって欲しいと思う。そんな時に飛び込んできた「月間ギャラクシー賞受賞」の報に嬉しさがこみ上げてきた。

WOWOWをはじめ、スタッフの皆さん、おめでとうございます。難しい題材をドラマ化にこぎつけた皆さんのテレビ人としての「勇気」に心から敬意を表します。

カテゴリ: テレビ

「康子のバラ」がATP賞を受賞

2010.10.04

本日、一本の朗報が入った。映像制作プロダクション128社が加盟する「全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)」が選ぶ今年度のATP賞・ドキュメンタリー部門の優秀賞に、昨年夏フジテレビ「ザ・ノンフィクション」で放映された『康子のバラ』が選ばれたのだ。

拙著『康子十九歳 戦渦の日記』(文藝春秋)をドキュメンタリー化した作品である。同賞は、番組制作者たち当事者の選考で決まり、業界でも「権威」と「価値」が高い賞として知られている。

わざわざスタッフが台湾に飛び、今も連綿と咲きつづけている真っ赤なバラを映像に撮り、昭和20年11月にわずか十九歳でこの世を去った粟屋康子さんと彼女を取り巻く戦時下の青春群像を描きだしたものだ。

折しも、私は一昨日に宮城県の村田町、昨日は千葉の八千代台、今日は神奈川県三浦海岸の油壺で太平洋戦争“生還者”の証言を聞きつづけている。

時代の大きな流れの中で、どうにも逃れられない自らの「運命」に従った若者の姿に、私は時を越えて深い感慨を覚えている。過去の出来事や人々の生き方に、現代の人々が心を動かされることは素晴らしいことだと思う。

毅然と生きた日本人が年々少なくなっている今、こういう作品に権威ある賞が与えられることが嬉しい。制作にかかわったフジテレビとドキュメンタリー・ジャパンのスタッフの皆様、心よりお祝い申し上げます。

ちなみに明日(火)午後10時から、私はBSの「BSイレブン」の「インサイドアウト」にゲスト出演し、1時間にわたって「ノンフィクションと特捜検察」というテーマで話をさせてもらうことになっている。

お時間のある方は是非ご覧ください。

カテゴリ: テレビ

特別ドラマ「なぜ君は絶望と闘えたのか」の放映

2010.09.25

本日午後9時からWOWOWでドラマWスペシャル「なぜ君は絶望と闘えたのか」(前編)が江口洋介の主演で放映された。

1999年4月14日、妻・弥生さん(23)と生後11カ月の夕夏ちゃんを18歳の少年に殺された「光市母子殺害事件」の遺族・本村洋さんの9年間の闘いを描いた拙著「なぜ君は絶望と闘えたのか」(新潮文庫)にフィクションを交えてドラマ化したものである。

リアルな映像を前に、私が本村さんと初めて会った1999年のことを思い出した。本村さんは、硬直した司法の世界に敢然と挑み、ついには山のように動かなかった司法の世界を突き動かした。

その折々の本村さんの苦悩をドラマを観ながら思い浮かべた。自殺さえ何度も考えた本村さんの“苦悩の9年間”のほんの一端を紹介させてもらったに過ぎないノンフィクション作品が、これほど多くの方に観てもらえたことに感慨が込み上げた。

一度だけ撮影現場に見学に行かせてもらったが、石橋冠監督をはじめスタッフの努力と熱意に心を揺り動かされた。

明日(26日)は午前11時半から「前編」の再放送があり、午後9時から「後編」が放映される。映像化が難しいこのノンフィクション作品を見事に芸術性と迫力のあるドラマにしたスタッフの手腕に敬意を表したい。

カテゴリ: テレビ

真っ向から人生に挑む尊さ

2010.01.06

本日午後6時から、NHK BSハイビジョンでプロ野球界伝説の打撃コーチ・高畠導宏を描いたNHKドラマ「フルスイング」の第1回が再放送された。毎週水曜日の同じ時間帯に、同じチャンネルで2月10日(水)まで全6回で放映される。

原案となった拙著『甲子園への遺言』が発売になったのは、もう5年前である。「フルスイング」が土曜ドラマとして最初に放映されてからも2年が経つ。一昨年暮れにも再放送されているので、正確には今回の放映は「再々放送」ということになる。

これほどの時間が経ったのに、いまだにこの作品が愛されていることに感慨を覚える。改めてゆっくりドラマを観てみると、最初の放映の時、「14%」という土曜ドラマとしての最高視聴率を記録したのもわかるような気がする。

『甲子園への遺言』も文庫を合わせると、今では20万部近い部数になっている。人生において、正面突破を目指すことの大切さをこのドラマは教えてくれる。

モデルになった“高さん”こと高畠導宏さんの生きざまが、いまだに悩みを持つ多くの若者に勇気をもたらしているのだと思う。甘えや癒しの中に逃げ込むことを“よし”とする昨今の風潮と、高さんの生き方は対極にある。60歳で癌で逝った高さんは、そのことの大切さを教えてくれる。

真っ向から人生に挑む尊さ。そのことを改めて感じた1時間だった。

カテゴリ: テレビ, 随感

「龍馬伝」に思う

2010.01.03

鳴り物入りの大河ドラマ「龍馬伝」を観た。岩崎弥太郎役の香川照之の熱演に圧倒された。坂本龍馬役の福山雅治もぎこちなさがあったが、なかなかいい味を出していた。「容疑者Xの献身」の福山雅治との違いに目を見張った。

制作が、拙著『甲子園への遺言』をドラマ化(土曜ドラマ『フルスイング』)してくれた鈴木圭プロデューサーだっただけに、特に力を入れて観させてもらった。ちょうど、『フルスイング』が来週からBSハイビジョンで6週間にわたって再放送されるのも何かの縁だろう。

『フルスイング』の時も思ったが、鈴木プロデューサーは第1回に“勝負をかける”制作者である。一気にスタートダッシュをかけて、その勢いで突っ走るのだ。

私は、大河ドラマで育った世代だ。子供の頃からNHKの大河ドラマで歴史を立体的に捉えさせてもらって育ってきた。大河ドラマ史上、「名作を3作挙げよ」と言われたら、私は、「太閤記」(昭和40年)、「竜馬がゆく」(昭和43年)、「天と地と」(昭和44年)という昭和40年代の3作品を迷わず挙げさせてもらう。

のちに話題作はいろいろあったが、大河ドラマが国民的人気を獲得した昭和40年代初期の作品が、やはり他の時代を圧していると思う。

しかし、今日の「龍馬伝」第1回はそれに匹敵する、いやそれ以上の作品になる可能性を感じさせるものだった。まるで映画のような迫力を感じさせる滑り出しである。「高知」の坂本龍馬と「安芸」の岩崎弥太郎が「近所」の幼なじみのような描き方をされていたのには驚いたが、それもご愛嬌だろう。

ここのところ民放を尻目にNHKのがんばりが目につくが、このドラマを機に、一気にその差が広がるかもしれない。これから「龍馬伝」がどんな展開を見せていくか、大いに楽しみである。

カテゴリ: テレビ, 随感

テレビマンの熱気

2009.08.04

昨日、フジテレビで「ザ・ノンフィクション」の500回記念パーティーがあり、招待していただいた。会場には200人近いテレビマンたちが集まり、熱気で蒸せ返っていた。

2日(日)の500回記念番組では、拙著「康子十九歳 戦渦の日記」(文藝春秋)を取り上げてもらったばかりだ。「ザ・ノンフィクション」は、4年前に「甲子園への遺言―伝説の打撃コーチ高畠導宏」(講談社)も取り上げてくれた。これで、“高さん”こと高畠導宏さんが広く世間に認知され、その後、NHK土曜ドラマ「フルスイング」(高橋克実主演)につながっていった経緯がある。

この番組には「大変お世話になっている」という以上の「感謝」が私にはある。日曜日の昼に、硬派のジャーナリズム路線を貫く番組として500回を数えた「ザ・ノンフィクション」は、テレビマンたちの気概と良心によって支えられてきたものだと思う。

会場には旧知の番組チーフプロデューサー味谷和哉氏をはじめ、フジテレビの幹部や制作プロダクションの幹部たちがずらり顔を揃えていた。パーティーの途中で、味谷プロデューサーが突然、私をスピーチに指名した。

急な指名で少々戸惑ったが、私はこのテレビ界の良心とも言うべき番組への感謝と、今後の希望について述べさせてもらった。

私は日テレの「知っているつもり」やテレビ朝日の「驚きももの木20世紀」といった教養情報番組が今ではなくなってしまったことが残念でならない。「子どもに見せたいああいう番組を、是非、テレビに復活させて欲しい」「創意工夫によって数字(視聴率)もとれる番組になるはずだ。そのためにはどんな協力も惜しまない」とスピーチさせてもらった。

日本と日本人がここまで脆弱になり、“芯”が失われつつある現在、この手の番組の役割はますます大きくなっていると思う。教養、情報、面白さ、示唆深さ、毅然とした日本人像……すべてを織り込みながら、かつ数字もとれる番組。それにふさわしいテーマはいくらでもある。

テレビマンの熱気を肌で感じながら、そういう番組がひとつでも増えていくことを心から願った一夜だった。

カテゴリ: テレビ

奇妙なテレビ報道

2009.06.10

不思議な報道もあるものである。

例の西川善文・日本郵政社長の続投問題だ。ここのところのテレビ報道が実に奇妙なのである。鳩山総務相が西川社長の続投に“ノー”と言っているのは、あくまで西川氏が「かんぽの宿」売却問題の責任者として、「(続投は)いかがなものか」と指摘しているに過ぎない。

しかし、どのテレビ報道を見ても、「郵政民営化」の路線に反対し、ゴネているのが鳩山総務相であるという取り上げ方ばかりで、「かんぽの宿」問題を忘れ去っているかのようだ。

この報道の仕方は「ある一定の意図に基づくもの」というほかないだろう。4年前の郵政民営化選挙で当選してきた“小泉チルドレン”たちが「郵政民営化の意味をなくすような暴挙だ」と鳩山大臣を責めている映像が繰り返し流されていることからも、それは窺える。

有権者は、小泉チルドレンたちのこの言動をよく記憶しておくことだ。「かんぽの宿」という国民の財産を「6000分の1」というようなベラボーな価格で叩き売った会社の社長が、そのことに対する反省もなく、社長に居座ろうとしている。

それを支持する国会議員がいて、それが当たり前であるかのごとく報じるマスコミ。本質をどこかに置き忘れた報道は、あまりに罪深い。

カテゴリ: テレビ, 政治

プロの仕事

2009.04.30

昨夜(4月29日)のNHK「知る楽・こだわり人物伝」のスタルヒン編「野球がパスポートだった」第1回への反響が多数寄せられた。

全国放送であるNHKのパワーを思い知らされた感じだ。日経新聞と産経新聞の「ラジオ・テレビ欄」でこの番組のことが紹介されていたせいもあるだろう。私が出演することをそこで知って、教育テレビとは思えないほど多くの知り合いが「チェック」を入れてくれていた。

伝説の大投手・ヴィクトル・スタルヒンの数奇な運命を番組スタッフとナビゲーター役の私とで、どのくらい伝えられるか――なにぶん全てが初めての経験なので難しかった。

しかし、稲塚秀孝ディレクターの獅子奮迅の活躍により、短い時間(25分)ながらも感動的な番組に仕上がっていた。第1回のヤマ場は、なんといっても旭川に残りたかった18歳のスタルヒン少年が“自分の意思に反して”東京へ連れ去られる場面である。

父親代わりだったスタルヒンの絵の師匠・高橋北修画伯のところに別れの挨拶に来たスタルヒンが、泣きながら自分のピッチング・フォームを高橋夫妻に見せて、旭川を去るシーンである。再現フィルムと心に沁み入る音楽が、その時の涙にくれた3人のようすをよく表わしていた。映像のプロの仕事を見せてもらった気がした。

私自身のナビゲーターぶりについては、肯定派・否定派、相半ばといったところか。「もう少し笑みをたたえてやれ」「表情が硬いんじゃないのか」と、友人・知人からさまざまなアドバイスをいただいた。まあ、この手のナビゲーター役は初めてだけに、まずは及第点ぎりぎりといったところか。

来週の第2回「大投手への道」も楽しみだ。稲塚ディレクター、次回も感動的な番組に仕上げてください。頼みます。


カテゴリ: テレビ

テレビはむつかしい

2009.04.28

明日は、偶然にも「NHK」と「チャンネル桜」に両方、出演することになった。といっても、すでに収録は終わっているので、どう編集されているかを観させてもらうだけである。

NHKは、これまでこのブログでも再三紹介させてもらったが、教育テレビの「こだわり人物伝 野球は僕のパスポート(ヴィクトル・スタルヒン)」のナビゲーター役である。

生まれてすぐ「ロシア革命」によって一家で放浪生活に入り、日本へ亡命し、貧困のなか野球と出会ったスタルヒン。この恐ろしいスピードボールを投げる少年の評判を聞きつけた巨人軍の創設者・正力松太郎の策謀により、日米野球に出場するために旭川から連れ去られた時、スタルヒンはまだ18歳だった。

職業野球が発足すると同時に、最年少投手としてマウンドに上がったスタルヒンは、戦時中、“敵性外国人”として球界から追放されるなど過酷な運命と闘いながら、昭和30年、ついに「日本初の300勝投手」となる。

しかし、そのわずか1年4か月後、現役を退いたばかりのスタルヒンは40歳の若さで交通事故死する。彼の生涯は、激動と波乱という言葉がぴったりである。

スタルヒンの生涯を是非紹介したいというスタッフの熱意がどう画面に出ているのか、楽しみである。尚、このスタルヒンの生涯については、来月18日発売の『新潮45』6月号に「日米野球の因縁と“怪物”スタルヒンの涙」というタイトルで私が寄稿する予定だ。こちらもお読みいただければ幸いである。

もうひとつの「チャンネル桜」は講談社から出版している拙著『神宮の奇跡』についてのインタビューだった。50年前、天皇家と神宮球場で同時に起こった二つの奇跡の物語を追ったノンフィクション作品である。

今上陛下にとっては、「ご成婚50周年」と「即位20周年」というちょうど記念の年であり、それが拙著を取り上げてくれた理由だそうだ。

キャスターの高森明勅、芳賀優子両氏のおかげであっという間に収録が終わった。軽快なテンポでいろいろと参考になった。

それにしても「書く」側の人間にとって、「カメラの前で話す」というのは予想以上に難しいことがよくわかった。講演とは全く異なるので、これから「一から修行しよう」と決意を新たにした貴重なテレビ経験だった。

カテゴリ: テレビ

テレビマンの気概

2009.04.15

今日は、テレビ尽くしの1日だった。午前中、「チャンネル桜」が拙著『神宮の奇跡』(講談社)を取り上げてくれるというので、ゲスト出演。午後からは、NHK『こだわり人物伝』のスタルヒン編の最終の撮影があり、水道橋の野球博物館へ。

夜は、民放キー局の某プロデューサーと制作プロダクションの某プロデューサーの3人で飲み会。場所は新橋の居酒屋、酒の肴は私が7月に出版する予定のノンフィクション作品である。3人の中年男が熱く企画を語り合っている姿を、隣で飲んでいたOLたちが不思議そうに見ていた。

議論沸騰はいつの時代も楽しい。「毅然とした日本人像」を描きたいという希望で3人の意見は一致した。彼らには、これからも良質の番組をつくり続けて欲しいと思う。もちろん、その「もと」となる私のノンフィクション作品も彼らの期待に応えるものでなければならない。「使命」と「責任」をひしひしと感じた1日だった。

カテゴリ: テレビ

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