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“世界恐慌”の元凶になりつつある日本

2011.12.28

いよいよ年の瀬だ。東京も慌ただしさを増している。私もそんな中、連日、忘年会が続いている。日頃から徹夜が日常化しているので、忘年会といっても“その日”に終わることはほとんどない。いつも午前様になってしまう。身体に悪いと思いながら、長い間、ずっとそんな「師走」が繰り返されている。

この年末、今年1年を振り返る報道番組が毎日のように放映されている。東日本大震災に襲われた今年、そのことが番組の中心となるのは当然だろう。菅内閣のヒドさは、このブログでも書いてきたので、改めて書くまでのことはないが、それを見ながら、私は「日本は一体どこまで彼らに壊されるのだろうか」と溜息が出た。

民主党が批判政党としての能力しかないことは、以前から承知していたが、国民もこれらの番組を見ながら「ここまでひどいのか」という思いに捉われているに違いない。

先日、閣議決定された2012年度予算案の一般会計「90兆3339億円」についても、ただ溜息が出るだけである。 新規国債(いわゆる赤字国債)発行額は44兆2440億円。しかし、税収は42兆円しかなく、3年連続で「国の借金」が税収を上回る異常事態なのだそうだ。

私たちの家計で「42万円」の収入しかないのに支出が「90万円」、そして不足分を「44万円」もの借金をして生活していくとしたら、その家庭はどうなるだろうか。

5年前まで、当時の小泉首相が「30兆円以上の新たな借金(新規の国債発行)は許さない」と吼(ほ)え、この額を攻防線として激しい戦いをおこなっていたことが遠い昔のようにさえ感じる。

今では、その時の「1・5倍」もの赤字国債を発行しても恬(てん)として恥じない政権に国民は自分たちの生活を委ねているのである。

今年1年を振り返る報道番組は、さまざまなことを私たちに問いかけてくれている。イタリアの国債が暴落して大変な世界的経済不安が生じたのは、実はまったく他人事でないことを自覚しなければならない。

子どもや孫の代にツケをまわし続ける日本がついに“世界恐慌”の元凶になりつつあることをテレビに大映しの野田首相の顔を見ながら、私は考えざるを得なかった。

カテゴリ: 政治, 経済

“復興需要”ではなく“負のスパイラル”へ

2011.04.16

日本が果てしない“負のスパイラル”へ向かっていることが、ほぼ確実になってきた。大震災からの復興に対する莫大な費用を、逆に企業の活性化や雇用の増進へとつなぐことが、危機をチャンスに変える日本経済の大きな鍵だった。

もともと日本は、国の借金が累計で1000兆円を超え、国民一人あたりの借金が700万円近くに達する国である。税収の4分の1がその借金の利息で消える国だ。これを経済復興、すなわちマイナスではなくプラスの方にどう向かわせるかが重要なポイントだったのである。

しかし、国民の生命を瓦礫の下から救いだせなかった菅政権に、そもそもそんな高尚なことを期待しても、無理だったのだろう。今や復興経済への夢は閉ざされたという観が強い。

その原因として、菅政権のみならず、さまざまな政治家や政党から、経済縮小への道が指し示されていることが挙げられる。一例を挙げれば、いま話題となっている自動販売機の撤去論議である。石原都知事や民主党都連などから、消費電力を少しでも減らすために、「自動販売機などやめちまえ」の声が上がっているのだ。

石原都知事の言を借りれば、「こんなに自動販売機がある都市は世界にどこにもない」ということになる。たしかに、それはそうだろうと思う。東京以上に夜、女性が安全、かつ自由に歩ける街は、世界中どこを探してもない。

たとえ夜中であろうと通りには自動販売機の灯りがあり、飲み物がある。無駄な電気消費と言われようが、これは東京(日本の各都市という意味でもいい)でしか「できないもの」なのである。

言うまでもなく、この自動販売機で生計を成り立てている人は少なくない。自販機業界や飲料業界、あるいは場所を貸すことによって収入を得ている一般国民らがそうだ。彼らの生計は、世界一安全な都市「東京」という特性の上に成り立っているのである。

その意味で「こんなに自動販売機がある都市は世界にどこにもない」という石原発言はまったく“正しい”し、それは言い換えれば「東京ほど自動販売機が安心して置ける街は、世界中にほかにない」ということでもあるだろう。

自販機が成り立つ大きな理由のひとつに日本人のモラルと秩序を重んじる国民性も考えられる。たとえば自販機でも置こうものならすぐにバールでこじ開けられ、カネを盗られてしまう都市は多く、そもそも外国では自販機そのものが「成り立たない」のである。

私が1982年に初めて中国へ行った時、北京の街角に置かれている公衆電話がすべて壊されているのを見て驚いたことがある。向こうではカネの入ったものは、こじ開けられて中のカネを盗まれる方が“常識”なのだ。

モラルを重んじる日本人の中でしか通用しない業界、それが自販機業界だろうと思う。しかし、その自販機までこの大震災の電力不足のあおりで“撤去”される崖っ淵に立たされたのである。自販機がターゲットになれば、次は、街の広告塔や看板が電気を灯すこともいけなくなり、それは果てしなく“負のスパイラル”に進んでいくことになる。そんなことで日本経済は復興できるのだろうか、と正直、思う。

ほかにも最近、おかしいと感じるものがある。「買いだめはやめよう」という広告やわけ知り顔の評論家たちのご意見である。私はこれにも首を傾げている一人だ。

「買いだめはやめよう」というのは簡単だが、今回の大震災を目の当たりにして、よくそんな綺麗事が言えるものだと、正直思ってしまうのである。

今回、これまでのブログでも書き続けた通り、国は国民の命を救えなかった。72時間以内に瓦礫の下から国民の命を救い出せなかったばかりか、津波で沖に流されていった人々の命も救うことができなかった。それどころか、やっとの思いで避難所に身を寄せた被災者たちに、何週間も、水も医薬品も食糧も供給することができなかった。

つまり国は、「国民のために何もできなかった」のである。最初の3日間(72時間)を自分たちの力で生き抜けばなんとかなる、というサバイバルの鉄則は見事に裏切られ、国はそれを過ぎても決して「国民を救えない」ことが証明されたのである。

国がそんなお粗末な実態を満天下に晒しておきながら、「買いだめはやめよう」などと言っていること自体を滑稽に思うのは私だけだろうか。「買いだめはやめよう」というのは、「買いだめをしなくても大丈夫。国民の命は国が守ります」という前提があってこそ、初めて成り立つものだからである。

本末転倒のスローガンが罷り通り、“なんでも自粛”の負のスパイラルはだんだんと勢いを増している。復興需要へ向かうどころか、底なしの泥沼に日本は陥ってきたのである。この負のスパイラルで真っ先に影響を受けるのは、雇用だ。そして新卒者の就職率も目に見えて下落していくことになるだろう。

日本は復興需要をチャンスにするどころか、縮小経済に向かって凄まじい勢いで落ち込んでいるのである。世界に冠たる経済大国が、福島原発の事故を5週間が経過しても「抑え込むこともできない」というお粗末な事実と共に、ただただ唖然とする事態が目の前で進行している。

カテゴリ: 政治, 経済

暗澹たる「菅」「与謝野」発言

2011.01.28

今日の朝刊各紙は、米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が日本国債格下げに踏み切ったことに対して、菅直人首相が「いま初めて聞いた。本会議から出てきたばかりで、ちょっとそういうことに疎いので、改めてにさせてほしい」と語ったことを一斉に論評している。

財務大臣までやった政治家が「この問題は疎いので……」と言ってのけたことは確かに驚きだが、民主党の政治家のレベルの低さを知らされるのは今に始まったことではない。

昨年5月、当時の鳩山由紀夫首相は普天間基地問題の渦中、記者団に「海兵隊が抑止力として沖縄に存在しなければならないとは(これまで)思っていなかった。学べば学ぶほど海兵隊が抑止力を維持していることが分かった」と述べて国民を唖然とさせた。

国民の生命・財産、そして領土を守るべき国家の最高責任者が、沖縄での在日米軍の抑止力について「知らなかった」ことを吐露したのだから、国民が目を剝いたのも当然である。おそらく鳩山さんも、菅さんも、国家の領袖とは「何のために存在しているのか」という根本問題を意識しないまま、その地位に就いているレベルなのだろう。

しかし、「この問題は疎い」と語った菅首相より、私が驚いたのは、その夜のBSフジの番組に出演した与謝野馨経済財政担当大臣が、「格下げは増税を早くやりなさいという催促だ」と言ってのけたことである。

これまた唖然、茫然である。S&P社が国債の格付けを下げた理由は、発表されている通り、「民主党政権には債務問題に対する一貫した戦略が欠けており、大規模な財政再建策がとられない限り、日本の財政赤字は今後も悪化していく」ことにある。つまり、民主党政権に財政再建策が存在しないことへの痛烈な非難でもあるのだ。

民主党の大きな支持基盤のひとつに「連合」がある。労働組合だ。彼らは言うまでもなく雇用確保と賃下げに反対する巨大圧力であり、そのために民主党政権には“小さな政府”をつくることは不可能で、行財政改革への道を突き進めない「致命的欠陥」が存在する。

S&P社が「日本の財政赤字は今後も悪化していく」と指摘する理由は、まさにその根本姿勢を見てのことだ。98年当時の橋本龍太郎首相が「火だるまとなって行財政改革をおこなう」といい、さらには小泉純一郎首相が「赤字国債の新規発行額は絶対に30兆円を超えさせない」と宣言した時代は、少なくとも、日本政府が財政再建への意欲と基本姿勢を持っていることを国際社会は認識していたことになる。

だが、民主党政権にはその姿勢は見えず、歳出が抑えられる気配もなく史上最高額の予算を組み、さらに消費税増税への道を突き進もうとしているのである。格付け会社はそこをきちんと“判定”しただけのことである。

与謝野大臣の詭弁である「増税への催促」発言は、まことにデタラメなものというほかない。今後、別の格付け会社であるムーディーズ社などへも格下げの動きは広がっていくだろう。ますます日本の信用は地に墜ちていく。

いよいよ沈没のスピードを日本は速めているのである。一刻も早い解散・総選挙が待たれる。日本が完全に「沈没」してからでは、もう遅いのである。

カテゴリ: 政治, 経済

中国“総中流化”の恐怖

2010.05.01

いよいよ上海万博が始まった。人気ナンバー・ワンは当然ながら中国館だが、日本館も待ち時間が3~4時間になるほど人気が高いという。

テレビに映る中国人たちのバイタリティと秩序のなさには圧倒される。今から28年前、初めて中国へ行った時、バスに乗る時の人民の押し合いへしあいに唖然としたことを思い出す。

順番を無視して割り込んでくる姿は今も昔も変わらない。私はニュース映像を観ながら、この中国人が“総中流化”した時の恐怖を思い浮かべた。

「中国人が総中流化したら、地球の資源は食い尽くされますよ」。親しくしている企業人が確信を持って私にそう言ったことがある。

人口13億の中国が、日本人のような中流階層が多数を占めるようになったら、いったいどのくらいのエネルギーを消費するだろうか。CO2やフロンガスの排出など、忽ち世界の半分以上を占めるようになるだろう。

人口12億のインドも猛然たる勢いで経済発展を遂げている。彼らまで今の日本人のような生活水準に達したら、地球は悲鳴を上げるだろう。

私はそんな底知れない恐怖に捉われながら、今日、上海万博開幕のニュースを観ていた。

カテゴリ: 中国, 経済

波乱の年が始まる

2009.12.31

今年60回目を迎えた紅白歌合戦が放映されている。家族全員でそれを観ている。いつもの、そして、典型的な日本の大晦日。もう年越しそばも食べた。

こうして、平穏な1年を感謝し、来年も同じような1年であって欲しいと思う。それが伝統の日本の大晦日だ。

ニュースは、日本列島が強い冬型の気圧配置となり、どこも大荒れになっていることを報じている。平穏な日々を望む国民とは裏腹に、来年は今日の天気のようにアップダウンの激しい“厳しい年”になるだろうと予想する。

国債発行残高は637兆円、戦後初めて国債発行額が税収を上まわる年。それが2010年だ。小泉時代の“発行額30兆円の攻防”が遠い昔のような気もする。なにしろ税収37兆円に対して、国債発行額が44兆円なのである。

歳出総額92兆円のほぼ半分を国債、すなわち借金に依存するわけである。家族単位で考えれば、家計のほぼ5割を借金でまかなうという破産状態が、来年の日本である。

コンクリートから人へ――という耳ざわりのいいキャッチフレーズと、一方で子孫にツケをまわす予算編成。国債発行の増加によって、来年は長期金利が上昇するという見方が一般的だ。

だが、永田町の「デフレ脱却」要求に日銀は抗せないという見方も一方にある。とすれば、日銀が金融緩和政策をとり、「金利上昇はない」ということになる。

金利がどうなるか、ということだけでも、これだけ正反対の予想が存在する。それだけ2010年は予想不可能な年だ。

波乱の年が間もなく始まる。“年明けカウントダウン”である。今年1年ありがとうございました。2010年も、何卒よろしくお願いします!

カテゴリ: 経済, 随感

「JAL」も「ANA」も同じか

2009.11.14

日本航空(JAL)の9月期中間連結決算が「1312億円の赤字」であることが明らかになった。日本政策投資銀行などから「1250億円」のつなぎ融資を今月にも受けることになった。

確かに世界的な景気の悪化と新型インフルエンザの影響による旅客の減少も理由にはあるだろう。しかし、JALの驚くべき高さの「人件費」が経営の足を引っ張ったことは間違いない。JAL社員の厚遇については、さまざまなメディアが報じてきたので、ご存知の方も多いと思う。

たとえば、機長の月収は平均200万である。また企業年金は、一人当たり年間300万円にもなる。企業年金とは、基礎年金と厚生年金という「公的年金」とは別に、「企業が積み立てる私的年金」のことだ。

よく「2階建ての年金制度」が説明されるが、この私的年金の場合は、「3階建ての3階部分」ということになる。通常、公的年金は年間250~300万円ほどになるので、彼らはこれに企業年金を足した計600万円近い年金を年間に受け取っているのである。

600万円といえば、月額は「50万円の年金支給」ということになる。年金の少なさに四苦八苦している一般の人たちにとって、これは仰天の金額に違いない。いまこの年金が減額されることにJALのOBたちが猛反発し、「憲法違反だ」「減額は許されない」と、税金での補填が要求されている。

まったく本末転倒も甚だしいと思う。企業が倒産すれば、その企業年金がアウトになるのは当たり前のことだ。それが私企業の「運命」であり、「宿命」でもある。そのために、企業年金のある会社では、OBが現役の社員に対して、「君ら、しっかり頑張ってくれ。俺たちの年金分を稼いでくれよ」と、声をかけるものだ。

しかし、JALのOBは違う。自分たちの「3階建ての3階部分」の年金が減額される時に、なんと税金を使ってでも「補填せよ」と言ってのけるのである。「3階建ての3階部分」の年金を持たない国民が、自分たちの税金でこれを補填しなければならないようなことが現実になれば、まさに「木の葉が沈み、石が浮く」事態と言える。

JALの厚遇は金額面だけではない。機長クラスは、乗務の行き帰りは「タクシーやハイヤーの送り迎え」である。都内から成田までは、タクシー代が2万円ほどになる。横浜なら軽く3万円を超す。かつて、これが「ハイヤーではなくタクシーにする」という話が持ち上がった時、機長らが猛反発したことを思い出す。

また、運航乗務員や客室乗務員(スチュワーデス)に与えられる「パーディアム」というシステムもJALにはある。システムというより悪弊といった方がいい。簡単に言えば、旅先で使用する食費を会社が負担するシステムである。

たとえば、客室乗務員なら、国内ステイで一泊7000円ほどが支払われてきたそうだ。国内ステイは、夜到着したら、翌日の昼前後に出発というのが、基本運航パターンだが、その間に7000円の食事代が出るのだそうだ。言うまでもなく、機長の金額はそれよりも多い。一泊だけの国内出張で、これだけ食事代を会社が負担してくれるところはそうはないだろう。

もちろん、外国でのステイの場合は、滞在する高級ホテルのレストランの食費をもとに計算されるため、さらに大きな額が支給されるそうだ。JALの長年の放漫経営というのは、実はこうした「社員の厚遇」から来ている。

各労組の強さと、ストライキを武器にした威圧的交渉がJALの名物だ。乗客サービスそっちのけで、自分たちが持つ既得権益、待遇の維持ばかりを求め続けた結果が、今回の破綻劇であったことを国民は忘れてはならない。

実は、もうひとつの巨大航空会社・ANA(全日空)にも、機長の増長とそれを許す会社の甘い体質がある。

ANAでは、驚くべきことに機長が「コックピットに入る時間」のマニュアルが存在しない。なんと彼らは「出発時刻の30分から40分程前に到着する」のが常なのだそうだ。つまり、ほとんど客と同じ時間に、彼らはコックピットに入ってくるのである。

先日、私はANAを利用した際、「コックピット内の不具合が発見されたため、機体交換を致します」とのアナウンスがあり、乗客が座席についた後、全員が改めて外に出され、機体交換されるという不手際に遭遇した。

「コックピット内の不具合」がなぜ客が座席に座ってから発見されるのか不思議に思っていたところ、やはりANAには、「機長がコックピットに入らなければならない時刻等を定めたマニュアル」が存在しないことがわかった。ANAでは、客とほぼ同時間に機長らが当該機にやって来ることを容認しているのだ。

そこには、「客の命を預かっている」というプロとしての意識が垣間見えない。見えるのは、ただ「便を運航しさえすればいい」という機長らの驕りである。そして、そういう増長を許す体質は、JALもANAも同じなのではないか、と思う

ANAもやがてJALと同じ道を歩んでいくことになるだろう。今回のJAL破綻劇の顛末を国民は注視し、JALだけでなくANAに対しても監視を忘れてはならないと思う。その度に、公的資金注入という名の「税負担」をわれわれが被ることを許してはならないからだ。

カテゴリ: 経済, 随感

兜町風雲録と甲子園

2009.08.06

昨日、ある人物のお見舞いに行ってきた。昭和14年に野村證券に入り、のちに系列の証券会社に移り、戦前・戦中・戦後の70年間、兜町一筋で生きた88歳の老証券マンのお見舞いだ。6月上旬に脳内出血で倒れ、間もなく2か月になる。

やっと面会ができるようになったので、彼の後輩の証券マン(といっても70歳を超えている)と一緒に大田区池上の総合病院に伺った。

私は、この人が見てきた「兜町70年」を近い将来、書かせてもらうつもりでいる。笑いあり、涙あり、悲劇あり……兜町の戦前戦後史は、日本経済の発展と混迷をそのまま表わしている。残念ながら、言葉を発するところまでは回復していなかったが、こちらの言うことはすべてわかっていて、表情もあった。是非とも回復を願いたい。

すでに取材はかなり進んでいる。一証券マンの目を通した兜町風雲録。ご期待いただきたい。

一緒に見舞いに行ったベテラン証券マン二人と五反田で一杯飲ったあと、夜7時半からは新宿で「甲子園会」というコアな野球人の宴に参加。幹事の宮本さん(羽田空港勤務)の人柄で繋がっている集まりだ。

すでにアルコールがかなり入っていたのに、また気分良く飲んでしまった。甲子園の組み合わせが決まった直後だけに、大いに盛り上がった。野球人と野球ファンの集まりは、いつ参加しても楽しい。

さて、今年の甲子園――帝京、花巻東、PL学園という3強に、興南 日大三、中京大中京、西条、智弁和歌山……といった強豪が絡んでくるだろう。一戦一戦、目が離せない。暑い暑い夏がスタートだ。

カテゴリ: 経済, 野球

ケジメなき西川・日本郵政社長

2009.05.19

驚いた。まったく仰天した。

日本郵政の指名委員会とやらが、西川善文・日本郵政社長の「再任を確認した」というニュースに、である。鳩山邦夫総務相がこのことを批判したとのことだが、あたりまえだ。

国民も、目をシロクロさせている。あの「かんぽの宿」問題で、貴重な国民の財産が特定業者に驚くべき安値で売り払われていたことが明らかになったのは、ほんの数か月前である。たしか「1万円」で売却された施設が、すぐに「6000万円」で転売された例もあった。

6000倍の値がつく施設を特定業者に平気で売却する神経。驚くべき経営感覚を持つその最高責任者が、自ら身を引くどころか、地位にしがみついて続投するというのだから、これはビックリしない方がおかしい。これほどの損害を会社に与えれば、本来なら特別背任の捜査対象になってもおかしくないはずである。

自らケジメをつけるのがいかに難しいか、西川氏の例を見るまでもない。彼の出身母体である住友銀行は、かつて“法皇”と称された堀田庄三、“天皇”と称された磯田一郎など、地位にしがみつづけて「長期政権」を築いたトップがいたことで有名だ。西川氏も「いつかは自分も……」と彼らを見習っただけに違いない。

本日、追い打ちをかけるように、ダイレクトメールの不正発送をおこなった郵便法違反容疑で、日本郵便の支店長が逮捕されたニュースも伝わってきた。

鳩山vs西川の戦いがどういう決着を見せるか、要注目だ。自らを律せない人物は、言うまでもなく「上に立つ資格」はない。その原則が発揮されるかどうか、国民の一人として見届けたい。

カテゴリ: 経済

元証券マンの「哲学」と「経験」

2009.04.08

今日は、今年88歳になる兜町の元証券マンに取材させてもらいました。戦前、戦中、戦後の兜町「激動の日々」に、思わず手に汗を握りました。

歳はとっても、生き馬の目を抜く業界で生き抜いた人の「哲学」と「経験」は現代の我々にとっても新鮮で、かつ示唆深いものでした。将来、活字によってこの人の証言を蘇らせることができるかと思うと、今からわくわくしてきます。ノンフィクションの役割の大きさと意義を改めて感じた1日でした。

夜、今度連載を始める「新潮45」の記事の校了作業。担当のOさんもやや疲れ気味。まだまだヘバるのは早いよ、Oさん。ガンバレ~!

カテゴリ: 経済