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「だから距離を置きなさい」それが韓国ですから

2017.01.27

「えっ、そんな馬鹿な」と絶句しても、詮(せん)無いことである。なぜなら、それが韓国という国だからだ。理屈も、常識も、道理も、正義も、さらに言えば、法理も通じない国――それが彼(か)の国である。

長崎県対馬市の観音寺から盗まれた仏像「観世音菩薩坐像」に対して、韓国・大田地裁は、韓国の「浮石寺」に仏像を引き渡すよう命じた。さすがにこの判決には、日本人どころか、世界中の人々が目を丸くしただろう。

所有者である盗まれた側の対馬市「観音寺」は、寺の宝を返却してもらうべく、さまざまな方策を講じた。しかし、その願いは一蹴された。「理屈が通らない国というのはわかっていた。韓国とは、永遠にわかり合えないでしょうね」と判決を知った観音寺ご住職が吐き捨てたのも、よくわかる。

2013年2月、そもそも韓国・大田地裁は、仏像返還の「差し止めの仮処分」を出していたことから、今回の異常判決も、ある程度は予想されていた。しかし、盗まれた仏像を返さないために、「どんな理由を持ってくるのか」、そこに注目が集まっていた。

判決の理由はこうだ。これまでの研究で、観音寺の仏像は1330年頃、浮石寺の本尊として造られたことが明らかになっている。浮石寺側は「14世紀に倭寇によって略奪された」と主張し、それを全面的、かつ、一方的に認めたものだった。

だが、歴史的には、以下のような「常識」が存在する。500年も続いた李氏朝鮮では、儒教を保護して国を治めたため、仏教は目の仇にされ、弾圧によって多くの寺が焼かれ、貴重な仏像が破壊されていった。その破壊行為から逃れるために、仏像が対馬や九州に渡った事例は数多い。

長年の研究によって、そのことは、いわば「学会の常識」ともなっている。そして、その学説通り、対馬では、李氏朝鮮による仏教弾圧を逃れるため、仏像は、島に持ち込まれたものだ、と伝わっている。

しかし、大田地裁のムン・ボギョン裁判長は、「略奪や盗難で対馬に渡ったとみるのが妥当であり、浮石寺の所有と十分に推定できる」として、「返還は認めない」と判決を下したのである。

では、その結論を導いた証拠はどんなものがあったのか。答えは、「なし」である。ムン裁判長は、「略奪や盗難で対馬に渡った」と言いながら、その根拠は示さず、さらに法廷で立証を命じてもいなかった。つまり、ムン裁判長は、証拠に基づかず、仏像は、「対馬」による「略奪と盗難」によって渡った、としたのである。

実は、「証拠」に基づかず、「感情」で判決を導くのは、韓国司法界の極めて顕著な特徴だ。日韓請求権協定で、請求権が消滅しているにもかかわらず、日本企業に対する異常判決は枚挙に暇(いとま)がない。

日本や日本企業に対する訴訟なら、「時効の壁」も、「請求権消滅」の壁も、そして、たとえ「証拠や証人」がなくても、本人の「法廷証言」だけで「勝訴する」のは、それこそ韓国司法界の常識だ。要するに「反日」であれば、なんでも認められるのが、韓国という国なのである。

私は、そんな韓国と1年5か月にわたって法廷闘争を繰り広げた加藤達也・産経新聞元ソウル支局長と雑誌で対談した際、「“情治国家”である韓国には国際常識も、法理論も、一切、通じない。対策は、ひたすらこの国と“距離を置くこと”だけだ」という結論で一致した。

私たちのできることは、それでも韓国との「利権」にしがみつく日本の政治家たちをどうウォッチしていくか、にある。そして、韓国との通貨交換(スワップ)協定の交渉再開を目論む財務官僚、さらには、早期の駐韓大使の帰任を策す外務官僚たちを、どう監視していくかにある。

私たちは、呆れるような「反日無罪」の国に翻弄されることなく、毅然と距離を保ち、自らの異常性を彼らに知ってもらうほか、解決策は存在しないことを認識すべきなのである。問われているのは、韓国の側ではなく、私たち「日本人の側」であることを忘れてはならない、と思う。

カテゴリ: 国際

安倍首相「真珠湾訪問」の本当の意味

2016.12.29

多くの意味を持つ安倍首相の真珠湾訪問だった。「和解の力」と「お互いのために」――両首脳の言葉を借りれば、そんな簡潔なものに集約されるかもしれないが、この訪問の意味は、それ以上に、はかり知れないものだったと思う。

日本が置かれている状況を冷静に分析すれば、今回のオバマ-安倍の「最後の日米首脳会談」は、いよいよ牙を剥(む)き出しにしてきた覇権国家・中国から日本を守るための切実なものだったことは確かだ。

折も折、この訪問に合わせるかのように、中国人民の“愛国の象徴”である空母『遼寧』が空母群を構成し、初めて第一列島線を突破して西太平洋に入り、デモンストレーションをおこなったのが象徴的だ。

南シナ海で、圧倒的な軍事力を背景に他国が領有権を主張する島嶼(とうしょ)に軍事基地を建設し、さらに虎視眈々と次なるターゲットへと領土拡張への動きを見せる中国。今回のオバマ―安倍会談で、真っ先に中国の空母群の西太平洋進出のことが取り上げられ、「注視すべき動向だ」と語り合ったことは頷ける。

中国の軍備拡張は、今や宇宙空間を制する、いわゆる「制天権」獲得にまで進んでいる。キラー衛星を駆使して、宇宙戦争でもアメリカを凌駕しようという並々ならぬ決意は「見事」というほかない。

アメリカの空母群を殲滅(せんめつ)する能力を持つと言われる対艦弾道ミサイルの急速な進歩と整備も脅威だ。しかし、そんなハード面よりさらに怖いのは、中国のしたたかな内部離間工作である。

沖縄から米軍基地を撤退させるための工作は、東シナ海制覇のためには必要欠くべからざるものだ。天然資源の宝庫と言われる東シナ海は、中国がどうしても手に入れなければならないものである。人民の中流化・富裕化とは、そのまま中国にとって「絶対資源の不足」を意味するものだからだ。

そのためには、沖縄に米軍基地が存在してもらっては困るのである。案の定、今回の安倍首相の真珠湾訪問に対する、予想どおりの非難が中国や韓国から巻き起こっている。そして、これまた“予想どおり”、そういう中国と韓国による日本への反発をつくり出してきた日本の“進歩的メディア”や人々から「罵り」が聞こえていた。

70年代に跋扈(ばっこ)した、いわゆる“反日亡国論”を唱えた人々、あるいは、その系脈に連なる人々である。私は、その有り様を見ながら、日本が、ここまで中国や韓国と離間しなければならなかった理由を改めて考えさせられた。

あれだけ「謝罪」しつづけ、「援助」しつづけ、「頭(こうべ)を垂れ」つづけた結果、中国と韓国との関係がどうなったかを日本人は知っている。それが、実は、日本の一部のメディアがつくりあげた虚偽や離間工作によって“成し遂げられた”ものであることも、今では明らかになっている。

それだけに腹立たしいし、今後もつづくだろう中・韓への日本のメディアによる“煽り”ともいうべき報道が、これからの日本人にどれだけ多くの「災厄をもたらすか」を考えると、暗澹たる思いになるのは私だけではないだろう。

2017年以降、東アジアの行方は、まったく混沌としている。当初、信頼関係をなかなか築けなかったオバマ大統領と安倍首相が、最後にはここまで「友情」と「信頼」の関係を構築したことは、トランプ次期大統領との関係にも「期待」を抱かせてくれる。

だが、トランプ氏を自分の陣営に引き寄せようと、日本と中国が熾烈な戦いを繰り広げる本番は、「これから」だ。世界の首脳に先がけてトランプ氏との会談を実現し、まず信頼構築の第一歩を踏み出した安倍首相。幸いに“対中強硬派”を次々、登用するトランプ氏の方針が明らかになり、第1ラウンドを日本側が制したのは、間違いない。

しかし、それで安心はできない。トランプ氏には、中国とのビジネス上のチャンネルは数多くあり、もともとの人脈から言えば、日本など比較にならない。さらに言えば、トランプ氏の直情径行とも言える簡潔な思考方法も気になる。

私は、沖縄からの“電撃的米軍撤退”は、あり得ると思っている。つまり、トランプ氏が「沖縄の人々がそこまで米軍の存在が嫌なら、沖縄を放棄してグアムまで撤退しようじゃないか」と、いつ言い出すか予測がつかない、ということだ。

日本のメディアは、「地元民」として登場する反対運動の活動家たちの正体を一向に報道しない。つまり、基地反対運動を展開しているプロの活動家が「本当に沖縄県民の意見を代表しているのか」ということである。

尖閣諸島がある石垣市の市長が、沖縄本島の有り様に苛立ちを強めている理由もそこにある。中国の脅威に最前線で晒されている石垣島の漁民にとって、沖縄で地元民のふりをして活動をつづける“プロ市民”の存在は、本当に腹立たしいだろう。

すでに、中国による沖縄からの米軍撤退工作は、佳境に入っている。今年5月、中国は、沖縄の地元紙や大学教授、ジャーナリスト、文化人等を北京に集め、「琉球・沖縄最先端問題国際学術会議」なるものを開催している。

これは、沖縄の独立や米軍基地問題(つまり、撤退問題)などをめぐって意見を交わすシンポジウムで、主宰研究会の理事には、国防相まで務めた人民解放軍の元上将などが名前を連ねている。

参加した沖縄の大学教授の一人は、この研究会のホームページで、「われわれの目的は琉球独立だけでなく、軍事基地を琉球から全部撤去させることだ」という宣言までおこなっている。

こんなものが公然と中国政府の肝煎りで北京で開かれるほど、沖縄からの「米軍撤退工作」と、内地と沖縄との「離間工作」は本格化しているのである。

あらゆる階層で、あらゆるチャンネルを通して、中国は「日本の分断」をはかっている。それを横目に、オバマ―安倍の最後の日米首脳会談は終わった。

今回の訪問のもうひとつの意味を最後に書いておきたい。それは、安倍首相が、真珠湾攻撃で戦死した飯田房太海軍大尉(死後、2階級特進で中佐)の碑(いしぶみ)を訪れたことである。

安倍首相が、郷土・山口の大先輩である飯田大尉の碑を訪ねたことは、大きな意味を持つと私は思う。「耳を澄ますと、寄せては返す、波の音が聞こえてきます」という言葉から始まったスピーチの中でも、安倍首相はこの飯田大尉のことに触れている。

「昨日私は、カネオへの海兵隊基地に、一人の日本帝国海軍士官の碑を訪れました。その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのをあきらめ、引き返し、戦死した戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。

彼の墜落地点に碑を建てたのは、日本人ではありません。攻撃を受けた側にいた米軍の人々です。死者の勇気を称え、石碑を建ててくれた。碑には、祖国のために命を捧げた軍人への敬意を込めて、“日本帝国海軍大尉”と当時の階級を刻んであります。

The brave respect the brave.
“勇者は、勇者を敬う”

アンブローズ・ビアスの詩(うた)は言います。戦い合った敵であっても敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。そこにあるのは、アメリカ国民の寛容の心です」

私は、このスピーチに聞き入ってしまった。飯田大尉は、日中戦争で成都攻撃もおこなった指揮官の一人であり、その時のことは、3年前に亡くなった角田和男・元中尉(94歳没)から私は直接、伺っている。

高潔な人柄と、先を見通す卓越した感性は、同期の海軍兵学校(62期)の仲間の中でも抜きん出ていたと思う。真珠湾攻撃で被弾し、空母『蒼龍』への帰投をあきらめた飯田大尉は、米軍基地の格納庫に突入して、壮烈な戦死を遂げた。

敵とはいえ、その勇敢さに驚嘆した米軍兵士たちは、四散した飯田大尉の遺体を拾い集め、丁重に葬った。そして、1971(昭和46)年には記念碑が建てられ、安倍首相は今回、そこを訪れ、献花したのである。

被弾によって帰還をあきらめた飯田大尉の悲壮な決断は、のちに米軍を苦しめる神風特別攻撃(特攻)へと連なるものである。若者を死地に追いやったあの「特攻」ほど、戦争の無惨さ、虚しさを後世に伝えるものはないだろう。

だが、あの攻撃によって米軍が恐怖に陥り、“カミカゼ”というだけで、米軍兵士がある種の畏敬の念を表するようになったのも事実である。それが、飯田大尉の記念碑建立へとつながっていったことを私は聞いている。

今年は、私にとっても、さまざまなことがあった年だった。拙著『太平洋戦争 最後の証言(零戦・特攻編)』、あるいは『蒼海に消ゆ』といった特攻を扱ったノンフィクション作品の中で、貴重な証言をいただいた元士官たちが、次々と亡くなった1年だったのだ。

1月には、福岡・久留米在住の伊東一義・元少尉(93歳没)、5月には、広島・呉の大之木英雄・元大尉(94歳没)、同じく5月には、長野市の原田要・元中尉(99歳没)が大往生を遂げた。原田さんもまた、角田元中尉と同じく飯田大尉の部下だった。

特攻で死んでいった仲間たちの無念と彼らの思いを淡々と話してくれた老兵たちが、相次いで亡くなった2016年の最後に、まさか飯田房太大尉のニュースが飛び込んでくるとは予想もしていなかった。

それだけに、あの太平洋戦争で還らぬ人となった日本とアメリカの若者たちに、深く頭を下げ、「本当にご苦労さまでした。なんとしても、皆さんのためにも平和を守りたいと思います」と心の中で誓わせてもらった。

波乱の予感がする2017年が平穏な日々であって欲しいと願うと共に、日本が、偏った報道から脱皮し、他国の離間工作に翻弄されることなく、世界の現実を直視して、きちんと物事を判断できる国になっていくことを心から期待したい。

カテゴリ: 中国, 国際

流動化する「韓国情勢」の先にある懸念

2016.11.30

昨日、帝国ホテルで第25回山本七平賞(PHP研究所主催)の受賞パーティーがあり、出席させてもらった。受賞者は、『なぜ私は韓国に勝てたか 朴槿恵政権との500日戦争』(産経新聞出版)の加藤達也・産経新聞編集委員で、特別賞には、読売新聞編集委員の三好範英氏による『ドイツリスク』(光文社新書)が選ばれた。

両作とも大変な力作だったので、妥当な受賞だったと思う。かくいう私も、6年前にこの賞をいただいた。今回は、二人の受賞者が共に「新聞記者」ということで、多くの新聞社幹部が集うパーティーとなった。

新聞記者の知り合いが数多くいたので、旧交を温めることができたパーティーでもあった。しかし、なんといっても、話題は、この授賞式の当日に、朴槿恵大統領が「辞意を表明した」ことだろう。

加藤前ソウル支局長は、受賞の喜びを「大変栄誉ある賞をいただき光栄です。韓国では、裁判所も検察も、政治の力によって動きます。この本が、日本人の韓国への理解を促す一助になれば幸いです」と挨拶した。

加藤氏は、朴槿恵大統領への名誉毀損で起訴され、出国停止状態のまま闘い抜き、無罪判決を勝ち取った人物である。加藤氏がコラムで書いた「セウォル号事件」の際の“空白の7時間”がまさに大問題となり、ついに朴氏が辞意を表明するに至ったというのは、なんとも感慨深い。

会場には、山本七平賞の選考委員でもある呉善花さんもいたので、久しぶりに話をした。彼女もまた朴大統領の辞任には、特別の感慨を持っていた。

しかし、与党セヌリ党の朴大統領の失脚は、当然ながら、野党勢力の伸長を促し、今後、多くの韓国ウォッチャーが懸念する通り、韓国の急速な“左傾化”が憂慮されている。

言いかえれば、北朝鮮勢力との接近である。今回の反朴デモにも、多くの北朝鮮工作員がかかわっているのは自明だが、私が思い起こすのは、あの金大中時代から廬武鉉時代(1998年~2008年)のことである。

韓国が、10年の長きにわたって続いたあの「太陽政策」の失敗を、再び繰り返さない保証はどこにもない。それは、極端な見方かもしれないが、韓国に「軍事クーデター」さえ呼び起こしかねない“不安定な政治状況”をもたらすだろう。

核弾頭の小型化に向けて急ピッチの研究開発がつづく北朝鮮。果たして韓国は、アメリカの「THAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル)」導入が、激しい中国の反発を生んでいる中で、“ポスト朴”政権が誕生しても、腰砕けせずに、この導入方針を「維持」できるのか、予測がつかない。

おまけに、アメリカには、さらに先行き「不透明」なトランプ政権が誕生し、朝鮮半島をめぐる米・中の綱引きがどう展開するのかもわからない。

日本の尖閣支配に対して、中国国家海洋局海監東海総隊が「日本の実効支配打破を目的とした定期巡視」をおこない始めて、丸4年。いつ、どのタイミングで、尖閣に中国の武装漁民が上陸し、それを守るために、中国の4000トン級の新型多機能海洋法執行船がどう出るのかも予断を許さない。

不安定要素を増す東アジア情勢で、韓国が、まさに「太陽政策」の金大中・廬武鉉時代の「再来」となるのなら、これは日本人も“他国の出来事”などと笑っていられる場合ではない。

来年は、フランスでも大統領選があり、ドイツでは連邦議会選挙もある。「2017年は、世界情勢が一挙に流動化する」という観測が流れる中、習近平・中国国家主席や、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が“高笑い”するような事態が東アジアに現われることだけは避けなくてはならない。

2017年は、「アメリカ-日本-台湾」の連携の重要性が、さらにクローズアップされる年となるだろう。その意味で、日本の安倍首相がトランプ次期大統領を御(ぎょ)することができるのかどうかは、東アジアのみならず、世界平和という観点からも、非常に重要だ。

仮に、それが失敗して、「米中接近」の時代が逆に到来するなら、私たち日本人も、ある種の覚悟が必要な「時」を迎えるかもしれない。

カテゴリ: 国際, 政治

「オバマ広島訪問」を陰で実現した人々

2016.05.29

私は、なぜオバマ大統領の「広島訪問」がこれほどの感動を呼んだのか、その理由を考えている。そして、これを実現させた名もなき人々のことに思いを馳せている。

「核なき世界」は、人類の悲願だ。しかし、すべての形勢を一挙に逆転する力を持つ核兵器を相手が手放さないかぎり、「自分だけが放棄」することはできない。そのことは誰もがわかっている。

だが、世界一の核大国の指導者が「自分が生きている間は達成できないだろう」という国際社会の現実を示しながら、その核廃絶への“思い”を被爆地・広島で、予定を遥かに超える「17分間」にわたってスピーチしたのである。

この演説は、学生時代から「核廃絶」を主張しつづけたバラク・オバマという人間の集大成の意味を持つものだったと思う。その歴史的スピーチを終えたあと、彼は坪井直さん(91)、森重昭さん(79)という二人の被爆者に歩み寄り、言葉を交わした。

その姿を見て、多くの日本人は感動した。私もその一人だ。私は、特にオバマ大統領が、二人目の森さんをハグした時、「ああ、これは……」と心を揺さぶられた。なぜなら、森さんは、結果的にオバマ大統領を広島に呼び寄せた、“最大の立役者”とも言える人物でもあったからだ。

その森重昭さんを抱き、オバマ氏が背中を優しく撫でるシーンは、事情を知っている人にとって、本当に感慨深かったと思う。私は、昨年の5月26日に当ブログで「広島サミットの実現を」ということを書かせてもらったが、今回、かたちこそ違ったものの、アメリカ大統領の広島訪問を執念で実現した人たちに敬意を表したいと思う。

今回のオバマ広島訪問を実現するために大きな力を発揮した中に、一人の元新聞記者がいる。読売新聞のワシントン支局で特派員として活動し、のちに政治部長となり、現在は、広島テレビの社長を務める三山秀昭氏(69)である。

彼こそ森重昭さんの活動をワシントンのホワイトハウスに持ち込んだ人物である。いや、アメリカ大統領の来訪を待ち望む“広島市民の思い”を「オバマへの手紙」として、ホワイトハウスに持っていった人物だ。

平和公園には、世界中から年間1000万羽を超える折鶴が寄せられている。地元メディアである広島テレビは、その折鶴を再生した紙に、それぞれの思いを書いてもらい、それを「オバマへの手紙」と題し、集めるキャンペーンを続けていた。

三山氏によってホワイトハウスに持ち込まれた広島県知事、広島市長、被爆者、主婦、子どもたちなど幅広い層からの手紙には、「謝罪」を求める言葉や、アメリカへの「恨み」がつづられたものは一通もなかった。

そこには、今回、オバマ氏と対面した被爆者、坪井直さんの「あなたには、人類を救う力がある。来訪を切望しています」というものも含まれていた。被爆者たちの手紙は、ほとんどが「とにかく広島を見てください。そして核廃絶への一歩を共に踏み出しましょう」というものだったのである。

アメリカ大統領の広島訪問に、大きな力となったのは、森重昭さんが、サラリーマン生活のかたわら、捕虜になっていたアメリカ兵がこの原爆で12人も被爆死していることを調べつづけ、これを本(『原爆で死んだ米兵秘史』)として著わしていたことだった。

「広島では、米兵犠牲者も追悼の対象になっています。彼らを含めた全犠牲者を追悼して、核廃絶への祈りを広島から発信してください」

それこそが、広島市民の祈りなのである。71年間もアメリカ大統領の広島訪問が実現しなかったのは、周知の通り、「原爆投下は、その後の日本本土上陸作戦で失われるはずだった多くのアメリカ兵の命を救った」という論がアメリカで大勢だからである。つまり、アメリカでは、原爆投下に対する“謝罪”は許されないのだ。

今回の訪問が実現したのは、招く側の広島にその「謝罪」を要求する意図がなかったからである。その代わり、広島市民の「謝罪ではなく追悼を―」「原爆の悲惨さをその目で焼き付けて“核なき世界”へのアピールをー」という意図がホワイトハウスに伝わったからにほかならない。

三山氏は、ホワイトハウスへ広島市民の「オバマへの手紙」を持っていった際、森さんの被爆米兵に関する英文原稿を持ち込み、「米兵犠牲者も追悼の対象になっている」ことを縷々(るる)説明している。

つまり、アメリカ国内の世論やさまざまな事情を考慮しても、米兵犠牲者の話は、広島を訪れやすい「カード」である、として持ちかけたのである。

そして、ついにオバマ大統領の広島訪問は実現した。今回、森さんは「被爆者として」ではなく、米兵犠牲者を「発掘した人として」特別招待を受けた。その連絡があったのは、訪問わずか2日前の25日であり、アメリカ大使館から「ケネディ大使の要請」という形だった。

なぜ「アメリカ大統領の広島訪問」は実現したのか。そのことを考えると、本当に感慨深い。それは、間違いなく広島の人々の“赦(ゆる)しの心”によるものだったからである。“謝罪”を求めるのではなく、終始、“赦し”の上に立った大義を求める姿勢が、「核なき世界」を夢見るオバマ氏をついに被爆地・広島に呼び寄せたのだ。

憎悪を煽り、国家間の軋轢(あつれき)を助長することで政権の求心力を維持しようとする大国がすぐ近くに存在するだけに、広島の人々が成し遂げた“とてつもない出来事”に、私はただただ頭(こうべ)を垂れるだけである。

カテゴリ: 国際, 歴史

加藤ソウル前支局長「無罪判決」から何を学ぶか

2015.12.17

「(無罪判決は)予想できなかった」。産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長(49)が、記者会見で漏らしたこの言葉が、四面楚歌の中での裁判の厳しさを表わしていた。

本日、ソウル中央地裁において、加藤氏は韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の名誉を傷つけたとして名誉毀損に問われていた刑事裁判で、「無罪判決」を勝ち取った。

私は、昨年8月から「1年4か月」にわたる、これまでの加藤氏と産経新聞の「闘い」に注目してきた一人だ。本日は、その当の産経新聞から無罪判決へのコメントを求められ、思いつくまま、感想を述べさせてもらった。

「いったい、この裁判は何だったんだろう」と私は率直に思っている。なぜなら、そもそも加藤氏のコラムは、どこにも問題を見出しようもない、つまり、最初から裁判で争われるようなものでは「全くなかった」からだ。

ことは、韓国の有力紙『朝鮮日報』が、咋年7月18日、「大統領をめぐるウワサ」と題して興味深いコラムを掲載したのが発端だ。そこには、セウォル号事件の当日、パク大統領が「7時間も所在不明」だったこと、さらに「世間では『大統領は当日、あるところで“秘線”とともにいた』というウワサが作られた」ということが書かれていたのだ。

“秘線”とは、密会する異性のことを指すのだろうが、加藤氏はこの『朝鮮日報』のコラムを引用しながら、「噂の真偽は不明だが」ときちんと断わった上で、こんな噂が流されるほどパク大統領は追い詰められており、「権力基盤が揺らいでいる」ことを指摘したのである。

加藤氏のコラムは、さまざまな点に配慮した上で書かれており、一読すれば、大統領を誹謗中傷するようなものでないことは、すぐにわかる。公人中の公人である大統領の動静をもとに、日本の読者に「韓国の政治情勢」をわかりやすく伝えたものだった。

だが、周知のように韓国は、「言論の自由」も、「報道の自由」も、およそ存在しない国である。権力者の前では、民主主義国家で共有されている、これらさまざまな基本原則が“有名無実化”されており、要は、権力者の怒りを買えば、どんなものが「名誉毀損」とされ、どんなことで「刑事責任」を追及されることになるのか、まったくわからないのである。恐ろしい国だと思う。

それも、発端になった韓国の有力紙『朝鮮日報』のコラムは不問に伏した上で、産経新聞だけを起訴したのだから、もう目茶苦茶である。

ちょうど起訴の2日前に、加藤氏は、雑誌『正論』に「性搾取大国韓国の不都合なる真実」と題して、名乗り出て訴訟沙汰になっている米軍相手の慰安婦「ヤンコンジュ(洋公主)」たちのことを記事にし、慰安婦問題で日本を批判する韓国政府を舌鋒鋭く批判していた。そのことも、パク大統領には許せなかったのかもしれない。

「これは当然の判決であって、特別に感慨を抱くということはありません。公人中の公人である大統領に関する記事が気に入らないとして起訴する構図。このあり方は、近代的な民主主義国家の姿としてどうなんでしょうか。いま一度、考えてもらいたいと思います」

本日、判決後にそんな怒りの記者会見をおこなった加藤氏の気持ちはよくわかる。一方、加藤氏を起訴し、「懲役1年6か月」という求刑までおこなっていた韓国の検察当局は、最後に政権からも梯子(はしご)を外され、世界に「恥を晒した」と言える。

この事件で失墜した韓国の「国家的信用」が回復されるのは極めて難しいだろう。民主主義国家の根幹を成す「言論・表現の自由」がこの国に存在しないことは、先月、『帝国の慰安婦』の著者、朴裕河(パク・ユハ)・世宗(セジョン)大学教授を在宅起訴して、世界を唖然とさせたことでもわかる。

起訴の理由は、驚くべきことに、「秩序の維持などのためには、言論の自由や学問の自由は制限される」というものだった。「気に入らない言論は叩きつぶす」「都合の悪い研究はやめさせる」というのが、韓国の際立った特徴であり、基本姿勢なのだ。まさに“独裁国家”である。

一連の出来事は、韓国が先進国と「価値観の共有」ができるような成熟した国家になるまでには、まだまだ長い歳月が必要であることを教えてくれる。

それにしても、今回の裁判は最後まで驚かされた。これまた近代国家、民主主義国家の原則である「三権分立」も韓国には「ない」ことがわかったからだ。

韓国外務省が判決を前にして、裁判所に対し、「日韓関係などを考慮し、(判決に対して)善処するよう要請した」というのである。つまり、韓国では、「司法の独立」もなく、政府が判決の中身に干渉したり、要望を出したりすることができるのである。

もともと加藤氏の起訴が、大統領の“意向”であったことは間違いなく、事件は最初から司法への政治介入から始まり、最後も政治介入で「決着させる」という極めて特異な経過を辿ったことになる。「三権分立」さえない国には、「民主主義国家とは何ぞや」と聞くことさえ憚られる思いだ。

本日、李東根(イ・ドングン)裁判長は、3時間もの判決文朗読でこう言及した。
「韓国は民主主義制度を尊重しなけければならない。憲法でも“言論の自由”が保障されている」
「外国記者に対する表現の自由を差別的には制限できない。本件も、言論の自由の保護内に含まれることは明らかだ」
「大統領の公的地位を考慮すれば、名誉毀損は認められない。私人、朴槿恵に対する誹謗目的もあったとは認めれない」

そして、「判決は、次の通りである」と前置きして、「無罪」を宣言したのである。3時間もの間、着席も許されず、立って朗読を聞き続けた加藤氏は、ついに「無罪」という言葉に辿り着いたのだ。

それは、「三権分立」もなく、最初から「有罪」という結論が決まっていた中での、まさに「予想外」の判決だった。

私は、この無罪判決は、ひとつの大きな「道」を示したと思っている。それは、加藤氏も、産経新聞も、そして官邸も、一度も韓国に譲歩せず、毅然とした姿勢を貫き通したことにある。

そして、日本政府は、あらゆるチャンネルを通じて、「この裁判がどういう意味を持っているか」を韓国に伝えてきている。一種の“脅し”である。

それは、「やれるものなら、やってみろ」という気迫が伴うものでもあっただろう。私は、一貫したこうした毅然とした姿勢が、今回の「無罪判決を生んだ」と思っている。

韓国のような国家に対して「譲歩」では何も生まれないことを日本人は知るべきだろう。それを「教えてくれた」という意味では、この裁判もそれなりの意義があったと言える。

今後、今回の国家的信用失墜に対して、韓国は長く苦しむことは間違いない。民主主義国家としての価値観が共有できない「弾圧国家」としてのレッテルが貼られた韓国は、その払拭(ふっしょく)のためには長い歳月が必要だろう。

この無罪判決で、「両国の関係は改善される」などという楽観的な観測が早くも出ている。しかし、日本側からすり寄る必要は全くない。

韓国は、民主主義国家ではないことが証明されたのだ。今後は、その“根本”に目を向けさせるために、日本は、毅然として「距離」を置き、同じ価値観を共有できるまで、じっと「待てばいい」のである。そのことを日本人は肝に銘じるべきだと、私は思う。

カテゴリ: 司法, 国際

いつまで続くのか「空想」と「現実」の戦い

2015.07.17

安保法制が衆議院を通過し、参議院に送られた。いつものように国会では、中身の乏しいエモーショナルな質問が繰り返された末の衆院通過だった。

私は、今国会での議論に期待を寄せていた一人だ。中国の膨張主義による領土拡大路線と、北朝鮮の核ミサイル開発という“二つの大きな脅威”に対して、日本人がどう自分たちの「生命と財産」、そして自国の「領土」を守るのか、という極めて重要な「安全保障問題」が議論されるはずのものだったからである。

しかし、「これは、戦争法案だ」「子供たちを戦場に送るな」という情緒的な主張のもと、重箱の隅をつつくような枝葉末節の議論に終始した印象が拭えない。与党推薦の参考人の学者が「安保法制は違憲である」と国会で述べたことから、その傾向はさらに強まった。

歴史的な自民党のこの“大失策”は、これほど大事な国会審議の参考人選考を「官僚に丸投げする」という信じられない感覚から生じたものだ。しかし、同時に、それは、官僚まで反乱を起こすほどの大きな安全保障問題だったことを示している。

安倍首相が言う「ホルムズ海峡の機雷除去」というのは、目の前の中国と北朝鮮の脅威に比べて、あまりに説得力の薄いものだった。それが、「国民にエモーショナルに訴えて、戦争への危機感を盛り上げ、反対の声を大きくしていこう」という野党の戦略をますます加速させる原因にもなったと思う。

憲法論議は極めて重要なので、「違憲だ」「合憲だ」とただ主張するのではなく、本質に入っていって欲しかった。国会での三人の学者による「違憲論」と、百地章・日大教授や西修・駒大教授の「合憲論」も踏まえて、本格的な論議をして欲しかった国民は多かっただろう。

私が憲法論議で興味があったのは、「形式論」ではない。それは、憲法そのものの意味も含めた論議である。平和憲法を持つ日本は、その憲法が規定している「戦力の不保持」の中で生きている。

しかし、現実には、日本は自衛隊という立派な「戦力」を持つ国である。自衛隊が持つ戦車や戦闘機、護衛艦……等々を見て、「いや、これは戦力ではありません」と言ったら、世界から腹を抱えて大笑いされるだろう。実際に、日本の憲法学者には、「自衛隊は違憲」と述べる人が多い。

では、そんな「存在」がなぜ認められているのか。そのポイントは、当の憲法が定めている国民の「幸福追求権」にある。国民の幸福は、言うまでもないが、他国からの「攻撃」や「支配」を受けないことを大前提とする。自分たちの生命や財産、あるいは領土を失って「幸福を追求」することができないことは当然だからだ。

そこに、憲法が「戦力の不保持」を謳(うた)っていながら、「自衛力」が認められ、自衛隊という「戦力」が容認されている根拠がある。その中で、国際社会の現実を踏まえて、その日本の「自衛権の行使」の線引きをどこにするかという、極めて重大な論議が今国会には期待されていたのである。

私は、国民は、切実な、本当の意味の“存立危機事態”の議論を聞きたかっただろうと思う。少なくとも私はそうだった。しかし、116時間に及ぶ衆院での国会質疑の中で、国民が関心を寄せた議論の本質には、ついに至らなかった。

最大の原因には、全質問の「9割」が、野党によって占められていたことにあるだろう。枝葉末節にこだわる野党には、「政権に打撃を与える」ことのみに汲々として、大局として国民の生命・財産を守るにはどうしたらいいのか、という最も重要な議論をおこなう意識が見られなかった。

それは、アメリカが「世界の警察」の座を降り、現実化する中国と北朝鮮の脅威の中の「日本が置かれている状況」への危機感が、野党側にはほとんど感じられなかったという意味でもある。

私は、2013年9月10日、オバマ大統領がアメリカ国民に対してテレビを通じて、「私は、退役軍人や連邦議員から“アメリカは、世界の警察官でなければいけないのか”という書簡を受け取っています」「アメリカは世界の警察官ではありません」と宣言して以降、世界は「新たな国際情勢に突入した」と思っている。

それは、長くつづいた冷戦下の国際情勢が“過去のもの”となり、その後のアメリカ“一強時代”も終焉した、ということである。

アメリカの衰退を見てとった中国が、南シナ海で他国の領土に軍事基地を建設するという挙に出たのは、周知の通りだ。そして、日本の領土であるはずの東シナ海の尖閣諸島(中国名・釣魚島)を自国の「核心的利益(つまり自国の領土)」と表現し、「必要ならば、武力で領土を守る準備はできている」とまで広言するに至った。

13億人の中流化を目指して驀進(ばくしん)する中国には、圧倒的な食糧や資源の不足という事態が刻々と迫っている。それは、同時に周辺諸国への“しわ寄せ”と“脅威”となって現実化しているのである。

われわれ日本人は、この先、自分たちの子や孫の時代の平和をどう守るか、つまり相手にどう手を出させないか、言いかえれば「相手に戦争を起こさせないためにはどうすればいいか」、ということを真剣に議論しなければいけなかったはずである。

そのことが論議されるはずの国権の最高機関たる国会で、情緒的で、かつ現実を踏まえない「質問」が延々と続いたことを、国民はどう捉えればいいのだろうか。大いなる関心を持って国会質疑に見入っていた国民には、溜息しか出てこなかったのではないだろうか。

私は、これは、「左派勢力」と「右派勢力」の戦いではないと思う。いや、このいまだに「左右の対立」でしか、こういう重要な問題を捉えられない単一の思考こそ、すべての元凶ではないかと思っている。

この単一の思考法が最も蔓延しているのは、マスコミ・ジャーナリズムの世界だ。私はこれを「マスコミ55年症候群」と呼んでいる。1955(昭和30)年に、保守合同によって誕生した自由民主党と、左右の再統一によってできた日本社会党との「保革対立」が始まった、あの55年体制である。

イデオロギーによる考え方が“絶対”だったあの時代の思考をいまだにつづけている日本のマスコミや国会の状況には、本当の意味で溜息が出るだけである。

私は、いま激突しているのは左と右の勢力ではなく、空想家、夢想家である“ドリーマー(dreamer)”と現実を見据える現実主義者“リアリスト(realist)”であろうと思う。つまり、DR戦争だ。

「一国平和主義」、言いかえれば冷戦下の「空想的平和主義」の中で生きてきた人々が、果たして「現実」を見て本当の意味の議論ができるのかどうか。私は、参議院でこそ、国民の生命・財産、そして領土を守るために「何が必要なのか」という本当の意味の安全保障論議を闘わせて欲しいと、心から願う。

カテゴリ: 国際, 政治

「習近平」を追い詰められないアメリカが歴史に残す「禍根」

2015.06.28

激動する国際情勢と、いつまで経っても「本質論」に至らない安保法制をめぐる日本の国会審議。中国の戦略にアメリカが完全に呑み込まれつつある今、「このままでアジア、そして日本は大丈夫なのか」という思いがこみ上げてくる。

6月23日、24日の2日間、ワシントンでおこなわれた米中戦略経済対話は、完全に“中国の勝利”に終わった。そんなはずはない――そう言いたい向きも少なくないだろう。しかし、私は、オバマ大統領が「いつもの失敗を繰り返してしまったなあ」と思っている。例の「オバマの口先介入」というやつだ。

アメリカと中国が安全保障から経済まで、幅広い課題について話し合うこの「対話」でアメリカがどこまで中国の譲歩を引き出せるか、世界中が注目していたと言ってもいいだろう。

報道だけ見れば、アメリカは、南シナ海での中国の“力による現状変更”に対して、中止を改めて要求し、オバマ大統領自身も、中国代表団との会談の中で、「緊張緩和」のための具体的措置を求める発言をおこなったという。それは、大統領による「異例の言及と抗議」とのことだが、本当にそんな勇ましいものだったのだろうか。

答えは、対話が終わったあとの記者会見を見れば明らかだろう。アメリカのケリー国務長官とルー財務長官、中国の楊潔篪(ようけっち)国務委員と汪洋副首相の4人がそろって記者会見したが、それは、イランと北朝鮮の核開発問題やテロ対策、また地球温暖化対策など、「幅広い分野で協力していくこと」で合意したことが成果として強調されただけだった。

逆に、その場で楊国務委員に「中国は領土主権や海洋権益を守る断固とした決意を再確認した」と発言され、「異例の言及と抗議」が、なんの効力も発していないことが明らかになったのだ。つまり、中国側は、アメリカから経済制裁等の具体的な対抗措置への示唆も言及もなく、いつも通りの「口先介入で終わる」ことを、とうに見越していたのである。

私は、アメリカは将来に大きな禍根を残した、と思っている。実は、中国にとって、このアメリカとの対話はかなり「覚悟のいったもの」だったと思う。今春、初めて岩礁埋め立てを「砂の万里の長城」という表現で告発し、空からの監視と国際世論を巻き込んだアメリカの戦略は順調に進んでいたかのように思えた。

なぜなら、中国にとって恐いのは「最初だけ」だからだ。自国の領土と軍事基地として「既成事実化」を狙う中国は、その時期さえ凌げば、あとは「どうにでもできる」ことを長年の経験から熟知している。

軍事基地を完成させた後、つまり“既成事実”としてスタートした後、いくら抗議が来ようと、それが何の功も奏さないことは、お見通しなのだ。それは中国の建国以来の歩みを振り返れば一目瞭然だ。

1949年の建国以来、ウィグル侵攻(新疆侵攻)、チベット侵攻、朝鮮戦争、中印戦争、内モンゴル粛清、中ソ国境紛争(珍宝島事件)、中越戦争……等々、毛沢東の「権力は銃口から生まれる」という言葉通り、周辺国とも、あるいは国内でも、力による政策を一貫してつづけてきた中国は、“既成事実化”が「すべて」であることを誰よりも知っているのだ。

南沙諸島の7つの岩礁に軍事基地と港湾施設さえつくり上げれば、あとは「どうにでも」なり、「国内問題に干渉することは許されない」と言って突っぱねたら、自分の思うがままであることなど、先刻承知なのである。

しかし、習近平・国家主席が置かれている現在の状況を考え合わせると、アメリカの弱腰は、実に残念に思える。それは、いま繰り広げられている中国国内の熾烈な権力抗争が大きくかかわっている。

多くの中国ウォッチャーが言及しているように、現在、習近平氏は、胡錦濤・前国家主席の派閥との激しい権力抗争の真っ只中にある。「中国共産主義青年団(共青団)との戦い」とも称されているが、腐敗撲滅運動に名を借りたこの権力抗争によって、中国の指導部内が不穏な空気に覆われているのは事実だ。

その上、習近平氏は、昨年来、人民解放軍の旧勢力との戦いにも手を出してしまった。今年3月、人民解放軍の権力者、郭伯雄(元共産党軍事委員会副主席・元上将)を拘束し、昨夏には、これまた権力者の徐才厚(同じく党軍事委員会副主席・元上将)の党籍剥奪(徐才厚氏は今年3月死去)をおこない、習氏は有無を言わせぬ権力抗争を仕掛けている。

郭伯雄と徐才厚は、およそ10年間にわたって、人民解放軍の権力者として振る舞い、多くの子飼いの幹部がいる。武力だけでなく、「やっていない商売はない」と言われるほどの巨大な商圏と利権を持つ人民解放軍を敵にまわすことは、たとえ国家主席でも相当な覚悟と勇気が必要なことは言うまでもない。

軍を敵にまわせばクーデターの恐れもあるし、事実、習氏は、首都・北京の警備主任を自分の信頼のおける人物にすげかえ、「暗殺」を具体的に防ぐ方策を採っている。

戦いの原則から見れば、相手が強大な場合、戦線を一気に拡げたり、多方面で同時に戦うことは絶対に避けなければならない。しかし、習氏は、ただでさえ胡錦濤派と激しい権力抗争をおこなっているさなかに、人民解放軍ともコトを構えてしまったのだ。

そんな時だからこそ、アメリカにとっては「今」が千載一遇のチャンスだったと言える。自らの存在を否定された上、中国に新たなリーダーの登場を期待する「戦略」へとアメリカが舵を切ったら、習氏は相当、追い込まれたに違いない。

しかし、今回の「対話」がオバマ大統領のいつもの「口先介入」だけで終わろうとしていることに、習氏はどれだけ安堵しているだろうか。「してやったり」とほくそ笑む習氏の顔が思い浮かぶ。

その意味で、南沙諸島の“力による現状変更”は、中国の既成事実化が成功し、完全にアメリカの敗北に終わりつつあると言える。

アメリカは、7つの岩礁を中国領と認めないために、「口先介入」ではなく、米軍機や米艦船を12カイリ以内に派遣し、国際世論を背景に実際に“わがもの顔”の中国にプレッシャーを与えなければならない。

すでに、南シナ海は、海南島に海軍基地を置く中国の事実上の「支配下にある」と言っていい。中国は、1隻あたり10本の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を積み込み可能な原子力潜水艦をすでに「3隻」保有している。2020年までには、これが倍増すると見られている。

海軍の総兵力は、およそ26万人にのぼり、通常潜水艦だけで60隻以上保有しているのである。北海艦隊、東海艦隊、南海艦隊は、軍事費の増大につれて、年を経るごとに戦力が充実して来ている。彼らは、南シナ海全域を遊弋(ゆうよく)し、周辺国との摩擦を厭わず、事実上の中国の“内海化”を果たすだろう。

日米の隙(すき)を突いて、尖閣(中国名・釣魚島)に乗り出してくるのも、時間の問題だろう。専門家が指摘するように、最初は人民解放軍の軍人が“漁民”を装って上陸し、日本の海上保安庁がこれの排除に苦戦して自衛隊が出動するのを「待つ」のではないか、と言われている。これに類するやり方で、小規模か大規模かを問わず、“紛争”に発展させる方法をとるのだろうか。

権力掌握に苦戦する習近平氏の基盤が脆弱な今こそ、毅然とした姿勢を貫くべきなのに、アメリカは、また将来に大きな禍根を残そうとしている。“弱腰”と“無策”をつづけるのは、アメリカ民主党の宿䵷(しゅくあ)でもあるのだろうか。

それと共に、中国が大喜びするような枝葉末節の質疑に終始し、相変わらず「空想的平和主義」に陥った空虚な議論しかできない日本の国会。野党議員や日本のメディアを手玉にとり、嗤(わら)っているのは、中国だけである。

カテゴリ: 中国, 国際

産経新聞「加藤達也・前ソウル支局長」が耐えた8か月

2015.04.15

“筋違い”の上に“理不尽”と“不条理”が重なった目茶苦茶な「8か月」だった。産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長の出国停止の措置が解かれ、4月14日夜、ついに加藤氏はソウルから日本に帰国を果たした。

出国禁止措置が繰り返されること実に8回。昨年の11月27日の初公判では、ソウル地裁前に100人ほどの保守系の抗議団体が集まり、加藤氏を乗せた車に生卵が投げつけられるなどの狼藉が加えられた。それは、加藤氏の身の安全が極めて憂慮される「8か月」でもあった。

周知のように、3月4日には、ソウル市内の講演会会場で、リッパート駐韓アメリカ大使が暴漢に切りつけられ、80針もの頬の縫合手術を受けた。

もともと伊藤博文を暗殺したテロリスト「安重根」を国家の英雄に祭り上げている国だけに、ひとたび“渦中の人物”となれば、身の安全をはかるには、細心の注意が必要なのである。それだけに、9か月ぶりに無事帰国した加藤氏の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろしたのは、家族ばかりではなかっただろう。

私は、この8か月間で、韓国はどれほどの国際的信用を失っただろうか、と思う。結局、この問題によって、国際社会で、「ああ、韓国のことだから」「あそこは危ない」「言論の自由をあの国が獲得するのはいつだろう」……そんなことが再認識されることになった。

つまり、韓国は「法治国家」ではなく、「人治国家」であることが、まさに証明されたのである。今回の事件でわかったことは、大きく分けて2点ある。1つは、韓国が「言論の自由」や「表現の自由」といった民主主義国家が共有している「価値観」を持たない国であることが、あらためて明らかになったことだ。

2つめには、韓国に対しては、一寸たりとも「譲歩をしないこと」の大切さを教えてくれた、という点だ。何ひとつ譲歩せず、加藤氏は堂々と自説を唱えつづけた。だからこそ、「出国禁止」を解くという“譲歩”を韓国がおこなったのである。

今回のことは、ジャーナリズムにとって、そして通常の民主主義国家にとって、唖然とすることの連続だった。そもそも特派員というのは、その対象の国の政治・経済・社会状況や世論の動向、あるいは、その国がこれからどこへ進むのかも含め、さまざまな出来事や現象を記事にして、自国の読者に伝えていくのが役目である。

今回の場合、あのセウォル号事故があった当日の朴槿恵大統領の「謎の7時間」について、韓国の有力紙『朝鮮日報』が書いた記事を、加藤前支局長がインターネットのコラムで論評し、伝えたものである。

加藤氏は、噂の「真偽はわからない」ことをきちんと明記した上で、そんな噂が出てくる「背景」をわかりやすくコラムで説明した。それは、あの事故のあと、朴大統領がどういう状況や立場に置かれているかが、よく理解できるものだった。

しかし、韓国の検察は、もとの『朝鮮日報』のコラムも、またその執筆者も、不問に伏したまま加藤前支局長のコラムだけを、インターネットによる「情報通信網法」に基づく名誉毀損として取り上げたのである。

そして、そんな情報通信網法違反という“微罪”で「在宅起訴」し、しかも8か月という長期にわたって「出国禁止」にするという、民主国家では考えられない異常な措置をとったのだ。

これは、立場を「逆」にして考えたらわかりやすい。日本の大手新聞が「安倍首相の謎の7時間」をめぐる噂をコラムとして書いたとしよう。そして、韓国の東京特派員が、そこに書かれている噂と安倍首相が置かれている政治的状況について、「噂の真偽はわからないが」と断った上で、そういう噂が飛び交う背景を踏まえてインターネットで記事(コラム)を書いたとする。

もし、日本の検察が、その韓国人特派員を、もとの日本の大手新聞のコラムと執筆者を全く不問に伏したまま「在宅起訴」し、8か月も「出国禁止」の措置をとったとしたら、いったい韓国の世論は、どんな沸騰を見せるだろうか。そして、日本政府は、どんな糾弾を受けるだろうか。

韓国は、情報通信網法違反という微罪で、まさにそれを「おこなった」のである。加藤氏が受けた理不尽で、不条理で、筋違いな措置とは、それだ。すなわち韓国には、民主主義の根幹である言論や表現の自由というものに対する「敬意」も、さらに言えば、「問題意識」も、まるでなかったのである。

この異常な事件は、ついに国際的な人道問題となり、韓国に拠点を置く外国メディアで構成する「ソウル外信記者クラブ」が、朴大統領宛ての書簡を大統領府(青瓦台)に送り、加藤前支局長の出国禁止措置が長期化している状況に「憂慮を表明」するに至った。

もはや誰の目にも、韓国がとり続けている措置の異常性が明らかになった今、ついに「出国停止措置」は解除せざるを得なくなったのだ。私は、この意味は大きいと思う。それは、加藤前支局長が一寸たりとも譲らず、堂々と自分の立場を主張しつづけたことが生んだものだからだ。

裁判の過程では、噂が「虚偽であった」ことが認定された。しかし、もとより加藤前支局長のコラムの主題は、真偽不明の「噂」が乱れ飛ぶ朴大統領が置かれている「状況」を伝えるものだ。噂の真偽は不明であることをわざわざ断わった上で、書いたコラムなのである。

さらに言えば、ならば『朝鮮日報』のコラムと執筆者は、なぜ不問に伏されるのか、ということが改めてクローズアップされたと言うべきだろう。

韓国には、「道理」というものが存在しないとしか思えない。道理を弁(わきま)えてさえいたら、言論の自由を踏みにじり、外国のジャーナリストを“見せしめ”のように痛めつけるやり方が「選択」されるはずはないからだ。

私は、韓国のこの道理のなさについて、2005年に成立した「反日法(親日反民族行為者財産帰属特別法)」のことを思い出した。日本統治時代に日本に協力した人物が蓄えた財産は、たとえ「代」を越えた子孫であっても「没収」されるということを定めた法律だ。

日韓基本条約で請求権はお互いの国が放棄している。それでも韓国国民は、この「反日法」によって、戦前に日本の協力者であったことと、財産の構築が証明されれば、その子孫の財産は「没収」されることになったのである。「理不尽」「不条理」を通り越して、まさに目茶苦茶である。

加藤前支局長の出国禁止が解かれた理由に、同盟国のアメリカの中で広がった韓国への「不信」も無縁ではない。中国への接近を強める韓国の姿勢に対しても、また民主主義国家とは思えない感情的で、法を無視したやり方にも、「いい加減にしろ」という意見は、アメリカで想像以上に大きくなっている。

そのことに、さすがに青瓦台も気がついたのではないか。アメリカにおける韓国に対する失望と困惑の拡大が、今回の加藤前支局長の出国禁止措置の停止に大きく影響していると思われる。

いずれにせよ、韓国は国際的な信用という点において、はかり知れないダメージを受けた。最後まで毅然とした姿勢を崩すことがなかった加藤前支局長に敬意を表するとともに、今後も歯に衣着せぬ、ますます厳しい青瓦台への論評を期待したい。

カテゴリ: 国際

「真の友好」を遠ざけた舛添都知事の「屈服外交」

2014.07.27

これで韓国との「真の友好」は遠のいたなあ、とつくづく思う。舛添要一・東京都知事が韓国の朴槿惠(パク・クネ)大統領と青瓦台で会い、まるで朝貢外交でやってきた使節のようにぺこぺこと頭を下げるようすが日本と韓国で一斉に報じられた。韓国国民の溜飲を大いに下げさせたこの「舛添外交」によって、日本と韓国の「真の友好」は、確実に遠ざかったと思う。

今、韓国に対して最もやってはならないこと――それを舛添氏は「やってのけた」のである。これまで、当ブログで何度も指摘してきたように、本当に韓国との「真の友好」を目指すなら、少なくとも韓国の国民に、「歴史の真実」を知ってもらう必要がある。そして、いったい日本人がなぜ「従軍慰安婦問題」で怒っているのか、そこに韓国に目を向けさせることが重要だった。

しかし、そのことについて全く触れないまま、舛添氏はソウル大学の講演でも「90%以上の東京都民は韓国が好きなのに、一部がヘイトスピーチをして全体を悪くしている」などと誤ったメッセージを伝えてしまった。

世界各地で従軍慰安婦像を建て、さまざまな議会で日本非難の決議をおこない、日本を貶める行動を世界中で展開している韓国に、のこのこと出かけて行き、逆にあちこちで“お赦し”を乞うてまわったのだ。やるべきことが全く逆である。いま韓国が世界中でやっていることに対して、「皆さん、日本人は怒っていないですよ」と容認のメッセージを与えたようなものではないだろうか。

朴大統領との会談で、その舛添氏は、次のような“お言葉”を頂戴したそうだ。「一部政治家の言動で両国関係に難しさが出ているが、正しい歴史認識を共有しつつ、関係を安定的に発展できるよう努力をお願いする」「慰安婦問題は両国関係だけではなく、普遍的な人権に対する問題。真摯な努力で解決できる」

この「正しい歴史認識」と「慰安婦問題」について、舛添氏はどんな返答をしたのだろうか。そもそも、この問題に、どのくらいの認識を持って会談に臨んだのだろうか。

一方の朴大統領にとっては、これほどありがたいことはなかっただろう。セウォル号事件以来、政権の求心力を失い、国民の失望の連続にあった時に東京都知事がわざわざ「頭を下げにやって来た」のだから、「ああ、大統領もやるじゃないか」と韓国国民に映り、彼女の窮地を救う一助となったのは間違いない。

では、これが日本と韓国との友好につながるのだろうか。答えは“ノー”である。従軍慰安婦問題で謂われなき非難を浴びているのは日本である。韓国の誤った認識と主張によって、日本は「拉致」「監禁」「強姦」国家であるという糾弾を受けている。従軍慰安婦像なるものが世界中に建ち、この問題を世界の記憶遺産にしようという中国と足並みをそろえて、日本人を侮蔑し続けている。

間違っていることをやっている側に、やられている側が「私たちは怒っていません」と伝えてしまったのだから、これからますます彼らの日本非難は強くなるに違いない。自信を持って、さらに糾弾に拍車がかかるだろう。

日本の言っていることに少しでも耳を傾けさせるためには、韓国との間に「距離を置くこと」が最も重要な、まさにその時に、それと真逆なことを舛添氏はやってしまったのである。「真の友好」が遠のいたという所以(ゆえん)だ。

言うまでもないが、従軍慰安婦問題は、1991年8月、朝日新聞によって火をつけられたものだ。朝鮮人従軍慰安婦を「“女子挺身隊”の名において戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた」存在として、クローズアップさせたのである。

それが完全な誤報だったことは、その後の検証で次々と明らかになった。女子挺身隊とは、戦時中の14歳以上25歳以下の女子の勤労奉仕団体である。それを慰安婦と混同し、さらに、その後、20年以上経っても記事が示すような「強制連行」の事実は出て来なかったのだ。

しかも、記事を書いた当の朝日新聞記者の妻が韓国人で、義母は当時の慰安婦訴訟の原告団幹部であったことまで明らかになる。しかし、韓国国内で従軍慰安婦の問題が燎原の火のごとく広がり、「女子挺身隊」といえば日本軍の慰安婦であり、彼女たちは「性奴隷(sex slaves)」であったとされ、完全に日韓の関係は破壊されていくのである。

だが、実際には、彼女たちは当時の兵士の給料の30倍という「月収300圓」を保証されて慰安婦となった人々だ。貧困の時代の薄幸な女性たちだが、新聞広告で募集された収入は今に換算すると年収4000万円を遥かに超える金額となる。

その額を保証されて春を鬻(ひさ)ぐ商売についた人々が、「日本軍や日本の官憲によって強制連行された」、すなわち「拉致」「監禁」「強姦」の被害者とされているのである。

そんな虚偽が韓国国内では堂々と罷り通り、それが今では韓国の運動によって世界中で流布されている。そのことに舛添氏はどんな考えを持っているのだろうか。

ちなみに、慰安婦を「性奴隷とした」のは、当の韓国であったことが明らかにされつつある。当ブログでも書いた、6月25日に韓国政府を相手どってソウル地裁で起こされた訴訟のことだ。かつて米軍を相手に商売をおこなっていた慰安婦122人が韓国政府を相手取って、1人あたり1000万ウォン(およそ100万円)の損害賠償を求める集団訴訟を起こしたのだ。

彼女たちは韓国政府に管理された、駐留米軍相手の「洋公主」(ヤンコンジュ)と呼ばれた慰安婦たちである。韓国軍と国連軍が運営した「慰安所」の存在は有名だが、朝鮮戦争時には、私娼窟から女性たちを連行し、それを「第五種補給品」と呼んで最前線までドラム缶に女性を一人ずつ押し込んでトラックに積んで運んだことも暴露されている。

皮肉なことに、慰安婦の強制連行は「日本」ではなく「韓国」だったことが、やっと歴史的な事実として出てきたのである。もし、「女性を性奴隷にした」と呼ぶなら、それは韓国自身の問題というべきだろう。

私は、そのことを彼(か)の国と同じレベルに立ち、あれこれあげつらって声高に叫ぶ必要はないと思う。それは日本人には相応(ふさわ)しくない。しかし、少なくとも歴史の真実を捻じ曲げてまで世界中で日本人を糾弾する人々に対しては、静かな怒りを持っておくべきだと思う。

そして日本人は、国際的な舞台で、韓国の異常な日本攻撃にも、毅然として、堂々と反論していって欲しいと思う。私は、謂われなき中傷によって、海外で日本の子供たちがイジメられたり、唾を吐かれたりしている現状に、少しでも一石を投じて欲しいと思う。

舛添氏の今回の行動に、毅然たるものは何も感じられなかった。それほど韓国を訪問したいなら、毅然として覚悟を決めて行って欲しい。1300万都民どころか、日本中を失望させたこの“屈服外交”は、日韓の「真の友好」を遠ざけ、長く歴史に汚点を残すことになったことだけは間違いない。

カテゴリ: 国際, 歴史

世界の脅威「中国」とどう対峙すべきなのか

2014.04.24

さまざまな意味で、2014年4月24日は歴史的な一日だったと思う。私は東京・内幸町の飯野ビルで講演があり、朝9時過ぎには霞が関界隈にいた。オバマ大統領来日の影響で車が都心に流れ込むのが規制されたのか、霞が関の通りは閑散としていた。

しかし、講演が終わって午後、タクシーで虎の門から溜池を抜けようとした時、渋滞に巻き込まれてしまった。ちょうどオバマ一行の移動に遭遇したらしい。先を急いでいたので、10分ほど停められた後、大渋滞の中からUターンして別のルートをとった。オバマ来日の余波を私自身も受けてしまった。

今日の日米首脳会談は、さまざまな意味で歴史に残るものだったと言える。日本側が目指した「尖閣防衛」をめぐる日米同盟のアピール、一方、アメリカが目指した関税の完全撤廃によるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)をめぐる交渉の妥結――両国の思惑が激突し、関係の深さと同時に溝の深さも明らかになった一日だった。

夜11時半を過ぎてもTPPをめぐる交渉の歩み寄りは見られず、現時点で日米共同声明発表の目処は立っていない。「もう一度この担当大臣をやりたいか、と言われればやりたくない」。記者団に囲まれた甘利明・TPP担当相は険しい表情のまま、そう語った。

その発言を受けて記者たちは笑ったが、甘利大臣本人はまったく笑っていなかったのが印象的だ。いかにギリギリの交渉をおこなっているかが垣間見えた一瞬だった。歴史に残る凄まじい攻防である。

しかし、今日のオバマ・安倍の共同記者会見は見応えがあった。日本側にとって、焦点だったのは、言うまでもなく「尖閣問題」である。虎視眈々と尖閣奪取を目指す中国に、オバマがどんなメッセージを発するのか、注目が集まっていた。

「日本の施政下にある尖閣諸島も含めて、日米安保条約の適用対象となる」。安倍首相の期待通り、オバマは記者会見でそう明言した。これまでアメリカ政府の高官から同様の発言は何度もあった。だが、大統領の口から直接、「尖閣」が名指しされた上で、同盟国として「これを守る」という発言はかつてなかった。その意味は、測り知れないほど大きい。

今後、アメリカ政府へのチャイナ・ロビーたちの激しい活動があっても、この「明言」、すなわち「基本方針」を覆すのは、相当困難だろう。折しも今日、第二次世界大戦中の中国企業の損失の賠償として、上海海事法院(裁判所)に船舶を差し押さえられていた商船三井が同法院に40億円の「供託金を支払った」ことが明らかになった。

言うまでもなく、1972年の日中共同声明で日本に対する戦争賠償の請求は放棄されている。その国家間の約束を覆して、中国は法治国家とは程遠い行動に出ていた。5日前、この差し押さえのニュースに接した私は、「これは事実上の日本に対する中国の“宣戦布告”だ」と思った。

もちろん、武力行使という意味の「宣戦布告」ではなく、経済的、社会的な国家としての総合的な「宣戦布告」という意味である。

当ブログでは、中国人民との真の意味の友好を築くために、今は「臥薪嘗胆」の時期であり、中国との「距離を置く必要性」を繰り返し書いてきた。それは、日本が目指すべきは、中国共産党独裁政権との“友好”ではなく、その独裁政権に弾圧され、喘いでいる中国人民との“友好と連携”であるという意味である。

対中ODAの中で「有償資金協力」を3兆円もおこない、「技術協力」によってひたすら中国国内のインフラ整備に力を尽くしてきた日本。文化大革命で荒れ果て、後進国のひとつとしてのたうちまわっていた中国を日本は必死で援助しつづけた。

その日本に「お前たちの役割はもう終わった」とばかりに、中国は日中共同声明を反故(ほご)にして各企業別“戦時賠償”取り立て作戦まで展開し始めたのである。

“人治国家”である中国の共産党独裁政権に、道理は通じない。中国国内の人権活動家や民主運動家への厳しい弾圧でわかるように、それと同じ理不尽極まりない「対日弾圧」に中国は出てきたのである。広い意味での「日本への宣戦布告」と呼ぶ所以(ゆえん)だ。

菅官房長官は「日中共同声明で示された国交正常化の精神を根底から揺るがすものだ」と差し押さえを非難したが、この日本への「宣戦布告」から僅か5日後に、オバマ大統領が記者会見で「尖閣は日米安保条約の適用対象であり、昔も今も変わらない」と言明したのである。

情けないことだが、日本にとって、これほどありがたいことはなかった。海洋進出とアジアどころか世界の覇権を目指す中国に対して、アメリカの軍事力の傘の下でなければ、日本は「尖閣」という自国の領土を守ることが難しいからだ。

中国が「第一列島線(九州から沖縄・台湾・フィリピンを結ぶ線:First island chain)」を突破し、太平洋の西半分を支配しようとする剥(む)き出しの悲願を隠さなくなった今、日本は日米同盟、そして南シナ海で中国から同様の圧迫を受けているフィリピンやベトナムとの連携が不可欠だ。

日本にとって、今日の日米首脳会談の歴史的な意味づけは、中国が“世界の脅威”であることが内外に示されたことにある。その中国と今後、どう対峙していくのか、それがアジアの安定にどれだけ大切なことなのか、そのことが広く「宣言された」ということだろう。

集団的自衛権の議論もこれから加速するに違いない。尖閣周辺で航行中の日米の艦船が中国によって攻撃され、そのうち例えばアメリカの艦船が被害を負った時、日本が「俺は知らないよ」と言って、そこから離脱するわけにはいくまい。そんなことをすれば、たちまち日米同盟は破綻する。

しかし、中東やアフリカでアメリカがなんらかの攻撃を受けた時、「同盟国が攻撃を受けたから」と、その攻撃相手を叩くために日本から艦船や航空機が遠く中東やアフリカまで「攻撃に向かう」というのはおかしい。

集団的自衛権が難しいのは、アメリカの戦争に日本が「巻き込まれてしまう」という恐れがあるからである。石破茂幹事長をはじめ、自民党の多くは「集団的自衛権の行使には、国会の承認が必要だから心配にはあたらない」という立場のようだが、それでも、懸念は払拭されない。

焦点は、集団的自衛権の問題において「エリア限定」を組み込んでいけるか、という点に尽きるのではないだろうか。前述のように尖閣周辺でアメリカの艦船が攻撃され、傷ついた時に日本が“知らぬ顔”はできない。それと同時に、日本がアメリカと「世界の各地で」同じ行動をとることができないというのも当然なのである。

国民はそのことに悩んでいる。妥協点は、集団的自衛権行使の前提となる「同盟国が攻撃を受けた場所」をいかに「エリア限定」できるかにあるような気がする。そのエリアを日本の国土から「何カイリ以内」と設定するのか、それとも「東シナ海全体」、あるいは「西太平洋全体」という具合に広い範囲を設定するのか……等々、そういう議論が必要になってくるのではないだろうか。

日米首脳によって、事実上、中国が世界の脅威であることが宣言された今日以降、日本人にはある種の「覚悟」が求められるだろう。それは、中国と毅然と「距離を置く」ことができるかどうかの「覚悟」である。

それは、中国を取り巻く国との関係を強化することによって、中国の巨大市場からできるだけ早く離脱することを意味する。それは、つらく苦しい道だが、日本が本気で中国から距離を置いた時、初めて中国側からアプローチの要請が届くだろう。中国は、面子(めんつ)より実利を重んじる国であり、そのとき初めて、向こうから「すり寄ってくる」ということである。

友好国としてお互い尊重し合える関係を持てるのは、それからだ。その時まで毅然とした対中姿勢が続けられるか、私たち日本人の「覚悟」が求められているのである。今日2014年4月24日は、そんなさまざまなことを考えさせてくれた“歴史的な一日”だった。

カテゴリ: 中国, 国際

名実ともに「空想的平和主義」の時代は終わった

2014.04.09

いよいよ日本と中国との鬩(せめ)ぎ合いが、国際社会の大きな焦点となってきた。訪中したアメリカのヘーゲル国防長官が4月8日、記者会見で述べた中身が要因だ。

ヘーゲル氏は、尖閣諸島(中国名:釣魚島)について「日米安全保障条約に基づく防衛義務を果たす」と明言した上で、昨年11月に中国が尖閣諸島の上空を含む東シナ海に広範囲にわたって“防空識別圏”を設定したことに言及し、「どの国も防空識別圏を設定する権利はある。だが、事前協議なしに一方的に設定すれば、緊張や誤解を招き、衝突を誘発する」と痛烈に非難した。

このヘーゲル発言にほっと胸を撫で下ろした日本人は少なくないだろう。虎視眈々と尖閣奪取を目論む中国に、「アメリカは(中国の尖閣奪取を)黙っちゃ見ていないよ」と、はっきり言明してくれたのである。

これに対して、中国の常万全・国防相は「領土問題で、われわれは妥協や譲歩、そして取り引きは一切しない。もちろん、わずかな領土侵犯も許さない。中国は日本とトラブルを起こすつもりはないが、領土を守る必要があればトラブルが起きることを恐れない」と語ったのである。

すなわち、尖閣はあくまで「中国の固有の領土」であり、「一歩も譲らない」との宣言である。報道によれば、この記者会見の前におこなわれた両者の会談は激烈なものだったようだ。

ヘーゲル国防長官に対して、常国防相は領土主権を「核心的利益」と主張し、「中国側からは挑発しない。しかし、必要ならば武力で領土を守る準備はできている」と、“恫喝”を忘れなかったというのである。

そして、東シナ海での日本、あるいは南シナ海でのフィリピンなどの動きを非難し、アメリカによる台湾への武器売却まで厳しく批判したという。つまり中国は、領土・領海に対する野心を、もはや「隠さなくなっている」のである。

尖閣をめぐる日中両国の紛争が、世界の“ビッグ2”アメリカと中国との激突に繋がるかもしれないという懸念によって、この問題が国際社会の大きな「焦点」に浮上したのは当然だろう。

私は、二つの超大国が、“日本をめぐって”激しく応酬していることを肝心の日本人はどう見ているのだろうかと、思う。一般のアメリカ人にとっては、極東の一地域で“日本のために”アメリカの若者の血が流されることを良し、とする人は少ないに違いない。

それでも、「アメリカは日米安保条約に基づき日本を守る」と宣言してくれている。この明確なアメリカの立場表明によって、中国が尖閣に対して露骨な動きをすることが難しくなったのは確かである。

それは、ヒラリー・クリントン国務長官が「日本の施政権を損なおうとする行為」に反対を表明し、中国の動きを牽制した昨年1月につづく、痛烈なるアメリカの意思表示だった。当ブログで何度も指摘してきた中国による「闇夜に乗じての尖閣上陸」と「建造物の建設」という“既成事実化”の戦略が「足踏み」したのは間違いない。

しかし、ワシントンで活発化する中国ロビーの動きと、大量保有する米国債の“人質作戦”が中国に功を奏し、尖閣が将来、日米安保条約第5条の「適用対象外」とされる可能性もまた否定できない。

日本は、その時の対応をきちんと考えておかなければならない。日本には、中国の代弁者である“親中派”のメディアや評論家が圧倒的に多い。彼らは“親中”を“親中国共産党政権”と勘違いしている人たちである。

言論や思想の自由を許さず、中国人民の人権を犯しつづけている中国共産党独裁政権のシンパを“親中派”として仰ぎつづけている日本のメディアの滑稽さに、アメリカ政府も気づいている。

そんな日本が、それでも、アメリカの若者たちが血を流してまで守る価値があるものかどうか、ひとたび尖閣紛争が起こった時は、きっとアメリカでも議論になるに違いない。

私たち日本人は、単なる中国共産党の代弁者に成り果てたメディアや言論人の言うことををきちんと見極め、自分たちの生命・財産、そして領土を守るために、毅然と対応してくれる人々を心から応援すべきだろうと思う。

3日前(4月6日)、アメリカの「ボイス・オブ・アメリカ」の中国語版サイトが注目すべき記事を掲載している。この記事の中で、アメリカのアジア太平洋外交を研究する香港大学のレイエス客員教授が、「東シナ海の小さな島(※尖閣のこと)をめぐる海洋領土紛争はより一層リスクが高まっている」と指摘しているのだそうだ。

その中で、レイエス教授は「ロシアのクリミア併合のような事態はアジアでも十分考えられる」と語り、もし本当に日本と中国が軍事衝突した場合、「アメリカは、日本が希望するように日本を支持できるのかどうか」と、疑念を呈したという。

ウクライナの危機が、クリミア半島から今度は国土の東部全域に広がる中、東アジアで同じことが起こらない保証はどこにもない。いや、現実に「アメリカは果たして日本を守れるのか」「クリミアのようになってからでは遅い」という懸念が湧き起こっているのである。

中国の台頭は、戦後日本を支配してきた「空想的平和主義」の時代の終焉を示している。「ヘーゲル国防長官vs常国防相」の昨日の激論は、平和ボケした日本人にそのことを告げている。そして同時に、覇権主義を剥(む)き出しにする中国と向き合う本当の「覚悟」を、私たちに求めているのではないだろうか。

カテゴリ: 中国, 国際

「譲歩」からは何も生まれない

2013.08.31

今日で8月も終わる。取材と締切に追われ、ブログの更新もままならないでこの「月末」を迎えてしまった。しかし、今年の夏も、さまざまなことがあった。

私がこの夏思ったのは、安倍政権の外交姿勢が次第に「存在感を増しつつある」ことである。これまで中国や韓国に歴史認識で追及されれば、思考停止したかのように「言葉を失う」のが常だった日本が、中国や韓国にどんどんモノ申すようになったのは印象深かった。

そんな当たり前のことを“特筆”しなければならないところが、いかにこれまでの日本が異常だったかを物語っている。私が、注目したのは、韓国出身の潘基文・国連事務総長の発言に対する日本政府の態度である。

潘基文は8月26日、ソウルの外交省での記者会見で、「日本は、歴史について正しい認識を持つことが必要だ。そうしてこそ、他の国々から尊敬と信頼を受けるのではないか」と発言した。

「ああ、またか」。そんな思いでこのニュースを見た人は多いだろう。国連の事務総長が、ひとつの国に対して、「歴史について正しい認識を持つことが必要だ」と言及したことは、まさに異例だが、これまでこうした問題で、“舐められている”日本にとっては、「いつものこと」だったかもしれないからだ。

だが、潘基文によるこの著しく適性を欠く発言に対して、日本政府はこれまでとはまるで違う態度をとった。すなわちこの発言を「容認しなかった」のである。

ただちに菅義偉官房長官が、「わが国の立場を認識した上で行われたのか疑問を感じる。真意を確認する」とし、新藤義孝総務相も「最も中立であるべき国連事務総長が、立場が偏るような恣意的な発言はいかがなものか」と批判した。さらに、古屋圭司拉致問題担当相も「国連憲章違反になるかもしれないとして外務省が精査しているようだ。外務省の言っていることの方が筋だろう」と発言したのである。

国連の事務総長が、「国連憲章違反の発言をおこなった」とする日本の立場は、さすがに潘基文も予想していなかったようだ。「えっ?」と恐怖を感じた潘基文は、あっという間に、「あれは、日本のみについて指摘したものではない」と前言を翻したのだ。

一連のニュースを見ながら、「今までと同じように日本を舐めていたら、タダでは済まさんぞ」という安倍政権の気概を感じたのは私だけではないだろう。

戦時徴用をめぐって、韓国人らが新日鉄住金(旧新日鉄)などの日本企業に対して損害賠償を求めている裁判で、仮に韓国大法院(最高裁)で日本企業の敗訴が確定した場合、日本政府が国際司法裁判所に提訴する方向で「検討に入った」というのも、その流れのひとつだろう。

すでに1965年の賠償請求権協定で解決された問題に対し、その前提をひっくり返す不当性を国際社会に「広く訴える」という考え方である。相手がその気なら、日本が韓国国内に残し、請求権を放棄した、現在の価格に換算しておよそ「13兆円」にも及ぶ戦前の資産の「請求をおこなえ」という声も政府部内には出てきているほどだそうだ。

いずれにせよ安倍政権が、彼らの理不尽な要求には、「譲歩」ではなく「対決」の姿勢で臨め、という強い基本理念を持っていることがわかる。

韓国だけでなく中国も焦り始めている。着々と進む安倍政権の「対中包囲網外交」によって、次第に苛立ちを強めているのだ。9月5日・6日の2日間、ロシアで開かれる20カ国・地域首脳会合(G20)でも、安倍・習近平の日中首脳会談は開かれないそうだ。

共同電によれば、中国側が「対話の基礎がないのに、どうやってセットできるのか」と述べ、否定的な見解を示したという。「日本恐るべし」。その意識が次第に中国と韓国に醸成されつつあることを感じる。

100の国があれば100通りの歴史認識や価値観があるはずなのに、自分たちのそれを押しつけることが当たり前だと思っている中国と韓国。それこそが「国際的に通じない」ことを両国にわからせることが大切だ。

果たして、毅然とした姿勢を安倍政権はどこまで貫いていけるだろうか。少なくとも安倍政権は、生き馬の目を抜く国際社会では、「譲歩からは何も生まれない」ことを知っている。その点で、稚拙な外交しかできなかったこれまでとは、一線を画す政権であることは間違いない。

その姿勢をどこまでも崩さなければ、いつかは両国との友好の道も開かれる時が来るだろう。期待と共にその点に注目していきたいと思う。さまざまなことがあった8月の終わり、私はそんなことを考えていた。

カテゴリ: 国際

韓国と“真の友好”を結ぶ日は来るのか

2013.08.17

昨夜、韓国の仁川国際空港で7月27日に入国拒否に遭って強制帰国させられた評論家の呉善花さん(拓殖大学国際学部教授)を励ます会合があった。ジャーナリストの高山正之さんの発案で、評論家の宮崎正弘さんが音頭をとっておられたので、私も顔を出させてもらった。

宴席に行くと、「絶対に挫けないで欲しい、と呉さんに伝えたくて来ました」と、中国政府から長く弾圧を受けているチベットのペマ・ギャルポさんも顔を見せていて、大いに盛り上がった。

私は、呉さんの話を聞いて驚いた。韓国に対して歯に衣着せぬ論評で真実を書き続けている呉さんが、理由も告げられずに入国を拒否されたことに対して、「韓国のどの新聞も、どのジャーナリストも韓国政府を批判することをせず、今に至るも、ただ私の個人攻撃を延々とやっています」と言うのである。冷静な呉さんも、さすがに怒りに唇が震えていた。

「ひとつもないのですか?」と私が聞くと、呉さんは「そうです」と、実に哀しそうな目をした。今は日本国籍をとった呉さんだが、生まれ育った韓国という国を深く愛している呉さんにとっては、一連の騒動は、それほどショックであり、哀しい出来事だった。

呉さんによると、前回、帰国した時から不穏な徴候はあり、日本に帰ってくる日に空港に向かう際、妹の運転する軽乗用車が高速道路で奇妙な動きをする車に前を塞がれ、さらに急停車されて、呉さんの乗る車は、後続車に追突されたという。

呉さんが、「命を狙われているのでは」と思ったのも当然だろう。だが、今回は、ついに「入国」さえ許されなかったのである。結局、目的だった親戚の結婚式にも出られないまま日本に帰ってきた呉さんは、その後に起こった韓国メディアによる凄まじい“人格バッシング”に不安と怒りを増幅させている。

呉さんは、入国拒否の理由について韓国の空港では一切説明されないまま日本に戻り、成田空港でやっと「出入国管理法76条の規定による入国拒否」を知らされたという。

これは、韓国の安全や社会秩序を害するおそれのある外国人の入国を禁止する条項である。どうやら、韓国は呉さんの「著作活動」が、韓国の安全や社会秩序を害するおそれがあると考えているらしい。

自らを批判する言論を認めない国というのは、そもそも民主主義国家ではないが、そのことを批判するメディアが「ひとつも存在しない」というのは、さらに恐ろしい。

それは、言論・表現の自由を守るという民主主義の根本が韓国には存在していないことを意味しているからだ。呉さんの哀しみの根源が、そこにある。

私は呉さんの話を聞きながら、「果たして日本は韓国と“真の友好”を結ぶことができる時が来るのだろうか」と、率直に感じた。呉さんの韓国に対する論評はキメ細かく、歴史に忠実で、読んでいると「なるほど」と唸らされるものが多い。

だが、反日教育を展開し、日本への憎悪を煽りつづけている韓国政府にはそれが気に入らない。ならば、「入国を拒否しろ」ということだったのだろう。

ちょうど中国では、帰国した朱建栄・東洋学園大教授が消息を絶っている。当局によってなんらかの聴取がおこなわれているのだそうだ。日本で中国擁護の論陣を展開している朱氏ですら、「いつ」「なにを」されるか、わからないのである。

言論・表現の自由を圧殺される国の怖さというのは、経験した者にしかわからない。中国につづいて、韓国でも、現に今回の呉さんのように「人格も含めて“圧殺”されるかもしれない」人物が出ている。

日本という国がいかに住みやすいか、韓国・中国・北朝鮮という“隣国”を持つ日本人は、あらためてそのありがたさを考えるべきではないだろうか。

気に入らない言論は「圧殺してよし」とする民度の韓国。私は、韓国という国とは一定の距離を置くべきだ、と以前のブログにも書いた。現在の韓国が「民主主義」という同じ価値観を共有する国とは、とても思えなくなっているからである。

冷静に、お互いの言い分を尊重しあう関係には、今の韓国とはとてもなり得ない。焦る必要はない。将来、真の友好を築くためにも、韓国とは今、距離を置き、従軍慰安婦問題をはじめ、日本の多くの心ある人が「何に対して怒っているのか」、耳を傾けてくれる「時」が来るのを待つべきだろう。

カテゴリ: 国際

アメリカ外国大使館「盗聴」問題が示すもの

2013.07.02

生き馬の目を抜く国際社会の現実を教えてくれるニュースである。米中央情報局(CIA)元職員エドワード・スノーデン氏の情報収集問題は、ついに米国家安全保障局(NSA)による在米の外国大使館や代表部への「盗聴」の暴露へと発展した。

NSAは、日本をはじめ、アメリカにある38の大使館や代表部を監視対象として、盗聴などの手段で、情報収集をおこなっていたのだそうである。「やっぱりそうか」と思う人もいれば、「へえ」と驚く人もいるだろう。

FBIの初代長官、ジョン・エドガー・フーバーの生涯を描いて話題を呼んだディカプリオ主演の映画『J・エドガー』を観れば、在外公館への盗聴などは「当然すぎること」だろう。私は、たとえ同盟国であろうと、違法な手段をもってしても諜報活動をおこなうアメリカという国の姿を示しただけでも、今回のものは貴重な証言だと思う。では、同盟国であるアメリカでもそうなら、対立している国なら、どうだろうか。

尖閣問題で、日本と「いつ」「何が」起きてもおかしくない中国。領海侵犯を繰り返すこの国とは、すでに“一触即発”の状態にあると言っていい。外交官の間では、その中国にある外国の大使館や領事館がすべて「盗聴対象」になっているのは常識だ。

日本にとっては、それは国交が回復した「その時」から始まっている。もちろん日本のメディアの中国支局への盗聴も同じだ。いや、それどころか、中国では外国メディアの支局に派遣されている通訳は、すべて北京市公安局からの「派遣」である。つまり、日本のメディアは、中国当局の「監視下にある」のである。

スノーデン氏によるアメリカの一連の情報収集問題で、「日本への工作が明らかになったのは初めてで、日米関係に影響を与える可能性がある」と日本のメディアはいささか興奮気味だが、それが国際社会の現実なのだから、仰天する必要はない。「同盟国のアメリカですら、そうなのか」と、改めてその厳しい国際社会の現実に思いを馳せればいいのである。

『あなたのすぐ隣にいる中国のスパイ』(鳴霞著・千代田情報研究会)は、日本国内での中国のスパイの実態を現わした好著だが、私も、これまでのブログで中国の謀略工作については、何度も取り上げてきた。

社会党や共産党といった野党にしかパイプを持たなかった中国が、自民党中枢への接触・工作をおこなうために、今から半世紀以上前、自民党の当時の有力者・松村謙三氏を“落とす”ことに狙いを定め、松村氏を徹底的に調べ上げて、松村氏が「蘭の花」に目がないことに注目し、中国の珍しい蘭を松村氏にプレゼントすることから「接触」をスタートさせたことを私は書かせてもらった。

わざわざ中国に蘭の協会を立ち上げて訪日団を組織し、松村氏への交友を深め、自民党への突破口を開いていった歴史は、これまでも指摘してきた通りだ。

それを思えば、今回、明らかになったアメリカによる外国公館への「盗聴」などは、まだ可愛い方かもしれない。中国へのODA援助で絶大なる力を持っていた故・竹下登元首相のTBRビルの事務所には、中国の人民解放軍総参謀部第二部に原籍を持つ中国人が“私設秘書”として入り込み、竹下氏のみならず、竹下派の面々に工作の手を伸ばしていた実態も、知る人ぞ知る。

私は、日本の公安当局者からその話を聞いた時、「そこまで自民党への工作は進んでいるのか」と改めて驚かされたものである。人民解放軍の総参謀部第二部とは、諜報活動や要人獲得をおこなう組織であり、世界中で活動を展開している。スパイ天国の日本では、「最も盛んに活動をおこなっている」と言っていいだろう。

今回の鳩山由紀夫・元首相の中国での信じがたい「尖閣発言」も、そういう工作の末の「成果」であると考えれば、わかりやすい。先の松村氏の例を見るまでもなく、“工作対象”を徹底的に調べ上げるところから、彼らの諜報作戦はスタートする。それは、本人のみならず、家族にも及ぶ。

言うまでもなく鳩山夫人や今の安倍首相の夫人も、かなり前から“工作対象”になっていた。京劇の役者をはじめ、贔屓(ひいき)にしたい対象がある場合は、必ずそこを「突かれる」ことを要人の家族には、自覚して欲しいと思う。

亡命先をはじめ、今や世界中の話題を独占している感があるエドワード・スノーデン事件。アメリカでの外国公館への盗聴問題で、私は今、そんなことに思いを馳せている。

カテゴリ: 中国, 国際

アメリカの「本音」と日米同盟の未来

2013.05.10

昨日、「アメリカはいつまでも“日本の味方”ではない」とブログで書かせてもらったら、タイミングが良かったのか、悪かったのか、ちょうどアメリカ議会調査局から提出されたという『最近の日米関係』と題した報告書のことがニュースになっていた。

それによると、報告書には、「安倍首相は日米同盟の強い支持者だが、米国の国益を損なう可能性がある歴史認識問題をうまく取り扱えるかが問われている」、また韓国などとの関係で「今後、米軍と自衛隊による安全保障協力などに支障が出る可能性がある」と書かれているという。

例によって、中国や韓国と歴史認識を共有したい日本国内のメディアが、このことを殊更大きく報じていた。ちょうどいい機会なので、この際、安倍政権に対する“アメリカの本音”について、私も少し考えてみたい。

日米同盟を基軸とする安倍外交の方針は、今後もまったく揺るぎのないものだろうと思う。それは、60年安保の時に学生たちの激しい抵抗に遭いながらも日米安保条約を自動延長させた祖父・岸信介の政治姿勢を受け継ぐものでもある。

しかし、その安倍首相のメッセージを受ける側のアメリカの本音は、微妙だ。私は、アメリカは安倍政権に対して「頼もしさ」を感じる一方、「少し困った」という思いを抱き始めているのではないか、と思う。

それは、日本の「自立」と大いに関係している。安倍政権が、この4月28日に主権回復記念日として天皇皇后両陛下ご臨席のもとにお祝いをしたことを思い出して欲しい。主権回復とは、1952(昭和27)年にサンフランシスコ講和条約が発効し、7年の長期に及んだGHQの支配に「ピリオドが打たれた」ことを意味している。

屈辱のGHQ占領時代が終わり、日本がふたたび独立を取り戻した日であり、これは戦後日本にとって実に大きな意味を持つ日だった。

だが、日本は主権を回復したものの、実際は戦力の不保持と交戦権の否定を謳った平和憲法のもとで、アメリカに“従属”して生きていく実態に変わりはなかった。

その後、アジア共産化の防波堤として日本はアメリカにとって大きな役割を果たしつづけた。そして、アメリカの核の傘の下で平和を享受し、経済的な繁栄を手に入れた。かつて“不沈空母”と語られたように、日本はアメリカにとって、欠かせない存在だったのである。

そして、主権回復後61年を経たこの夏、安倍首相は、「改憲」を掲げて参院選を闘おうとしている。アメリカが“盟友”安倍政権を一方で「頼もしく」思い、一方で「少々、困った」という思いを持っている理由は、この安倍首相の姿勢にある。

日本の再軍備を視野に入れた憲法改正問題は、予算面から在日米軍の規模を縮小せざるを得ないアメリカにとって、ありがたい側面もある。だが、「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍政権は、先日の主権回復の記念日を祝ったように「真の独立国家」たらんことを目指している。

戦後体制から「抜け出す」とは、アメリカ従属から抜け出し、真の意味で自主独立の道を歩もうということである。かつての日本は、東京大空襲をはじめとする「焦土化作戦」で多くの日本の非戦闘員を殺戮したアメリカのカーチス・ルメイ空軍大将に「勲一等旭日章」を与えるほど、アメリカに媚(こび)を売りつづけた国だった。

だが、日本がその従属的地位から抜け出た瞬間、アメリカにとって日本は“初(う)い奴”ではなくなるという事実を忘れてはならない。つまり、アメリカにとって日本は、自国の若き兵士たちの血を流しても「守ってくれる」という存在ではなくなるのである。

国防軍創設の先には、必ず核武装の議論も出てくるだろう。私は、第一次安倍内閣の2006年10月、自民党政調会長だった故中川昭一氏が日本の核保有について、「議論があっていい」と発言した時、アメリカからライス国務長官がすっ飛んできたことを思い出す。

日本の有力な政治家が「核保有すべきだ」と発言をしたわけではなく、「その議論をしてもいい」と言っただけで、アメリカの国務長官が大慌ててやって来たのである。

私は、日本がアメリカにとって“初い奴”“可愛い子”で居つづけることをやめた時、アメリカは一体どう出るのだろうかと考えてしまう。ずばり、日本が万一、核武装に向かって動き始めた場合はどうなるのだろうか、ということである。

日本には、H2ロケットがある。これは、宇宙開発事業団と三菱重工が開発に成功した人口衛星打ち上げ用ロケットである。主要技術はすべて国内開発されたもので、いうまでもなく、このロケットには世界のどの地域にも飛んでいく能力がある。

もし、日本が核開発に突き進めば、H2ロケットの性能を考えたら大陸間弾道ミサイルは、すぐに現実のものとなるだろう。そのことをアメリカはよく知っている。仮に日本が自立し、核武装までおこなったとしたら、アメリカが日本に対してどれほどの「脅威」を感じるか、想像もつかない。

広島・長崎の一般市民の頭の上に原爆を「二度」も落としたアメリカは、いつ、どこにでも核ミサイルを撃ち込める技術(つまり、H2ロケット)を持つ日本が怖くて仕方がなくなるだろう。真の意味で独立国家となった日本が、50年後、100年後にもアメリカと同盟関係にあるとは限らないからである。

頼もしいパートナーだった日本がアメリカから“自立”し、アメリカにとって“初い奴”ではなくなった時、日本はどのような扱いをアメリカから受けるだろうか、と考える理由がそこにある。

つまり、日本が“自立”した瞬間、アメリカにとって日本は「脅威の対象」となるのである。その意味で、この夏の参院選で焦点となる憲法改正問題は、安倍政権にとって両刃の剣となるものなのだ。

今回のアメリカ議会調査局によって提出された報告書には、アメリカの安倍政権に対するそうした懸念と本音がはからずも表われていたのではないだろうか。

国家にとって、自主・独立への道というのは険しい。安倍政権は来たるべき参院選で、敢えて“タブー”に挑戦しようとしている。それは、日本の行く末を決定づける道でもある。私たちはあくまで理性的に、かつ冷静にこの問題を捉え、判断していきたいものである。

カテゴリ: 国際, 政治

アメリカはいつまでも「日本の味方」ではない

2013.05.09

昨日(5月8日)、中国の人民日報が、「歴史的に未解決の琉球問題を再び議論できる時が来た」という学者の論文を掲載したことに対して、日本国民はどんな感想を抱いただろうか。

人民日報は中国共産党の機関紙であり、事実上、国家の意見を内外に表明する媒体だ。そこで初めて、沖縄の帰属問題が「未解決」であり、中国にこそ「統治する権利がある」ことを示唆したのである。

これから堂々と「沖縄は中国のものだ」という意見表明を展開していく狼煙(のろし)を中国が高々と上げたことになる。尖閣が日中どちらのものか、などという話ではない。沖縄そのものが「中国のもの」というのである。

だが、中国研究家の間では、この主張がおこなわれるのは「当然のこと」であり、「時間の問題」とみられていた。中国の主張は、段階的に、そして用意周到におこなわれてきているからである。

昨年12月14日、中国は、東シナ海での大陸棚設定について、すでに国連に中国大陸から尖閣諸島を含む沖縄トラフまで、「大陸棚が自然に伸びている」と主張し、独自の境界画定案を提出している。

沖縄に対する並々ならぬ意欲は、すでに「明確に示していた」のである。これは、日本が政権交代によってドタバタしている時期におこなわれたものだが、年末には、発足したばかりの安倍政権がこれに異議を申し立てた経緯がある。

つまり、尖閣どころか、自国の大陸棚の上に乗っている沖縄が中国の領土であるのは彼らにとっては「当然」で、今回の主張は、すでに「予想されていた」のである。

私は、ニュースを見ながら、二つのことを考えた。一つは、一昨日のブログにも書いたように、中国が新たにこの3月に設置した中国海警局によって、軍事紛争ではなく海警局による“衝突”によって尖閣での小競り合いを続け、やがては尖閣を奪取する方針を執るだろうということだ。

もう一つは、いつまでアメリカは日本の味方をしてくれるだろうか、ということである。中国が沖縄県内への工作・干渉をより強める中、ヤマトンチュ(大和人=日本人)への剥き出しの憎悪を隠さない沖縄の地元メディアの主導によって、沖縄世論がこれからますます日本離れを強める可能性がある。

民主党の鳩山由紀夫氏による「(普天間基地移転先は)最低でも県外」という言葉は、中国にとって願ってもないものだった。今後も、駐留米軍の兵士が引き起こす事件や不祥事のたびに、「沖縄から米軍は出ていけ」という世論はますます盛り上がるだろう。それを煽り、ほくそ笑むのは、どこの国か。今回の人民日報の論文は、そのことも示唆してくれている。

私は、アメリカがこれからも日本の味方をしつづけるだろうか、ということには大いに疑問を持っている。先月、中国を訪問したアメリカのケリー国務長官は、中国の歓待に感激し、来たるべきG2(二超大国)時代に向けて、二国間でさまざまな同意を取りつけたと言われる。中国の“核心的利益”に対して、ケリー氏がどんな見解を述べたのかは、今も漏れてこない。

沖縄の反米・反基地・反ヤマトンチュの意識は、そのまま中国の利益につながる。迷走するオスプレイの問題など、アメリカと沖縄の間には、越えられない「壁」が存在するのは間違いない。沖縄戦で10万人近い犠牲者を出した沖縄県民にとっては、当然だろうと思う。

だが、同時にそのことが東アジアでの覇権確立に執念を燃やす中国に利用されてはならないだろう、とも思う。2016年には、韓国から在韓米軍の陸上兵力が撤退することがすでに決まっており、この3月には、日米両政府が、在沖縄海兵隊のグアム移転に向け、日本がアメリカに1億1430万ドル(約93億円)を支出するための交換公文も結ばれている。

これら、米軍の一部撤退を誰よりも喜んでいるのは中国だ。そのことを沖縄の人々も、もちろん日本人全体も忘れてはならないと思う。

もう一つ、私が気になるのは、アメリカでの中国専門家の多くが「中国系」であることだ。中国系の人々は、“アメリカ人”として政府や国際機関の中枢に入ってきている。その数が今後、増大していくことはあっても、減少することはないだろう。つまり、日本は、今後、さまざまな国際舞台で、「中国系のアメリカ人」と対峙していかなければならないのである。

それは、中国によるアメリカへのロビー活動というレベルではない。“アメリカそのもの”なのだから、当然である。私が、「いつまでアメリカは日本の味方なのだろうか」と懸念する理由はそこにある。尖閣が日米安保条約第5条の対象地域であること、そして同じように沖縄がそうであることが「未来永劫つづく」と信じていたら、よほどの平和ボケではないか、と思う。

私は、人民日報が「歴史的に未解決の琉球問題を再び議論できる時が来た」という論文を掲載したことをきっかけに、そんなことまで考えてしまった。生き馬の目を抜く国際社会で、最前線の交渉に臨む政治家や官僚には、「覚悟」と「危機感」、そして毅然とした「姿勢」を望みたい。

カテゴリ: 中国, 国際

2013年「就職戦線スタート」にあたって

2012.12.01

今日から師走だ。いよいよ2012年も残すところひと月となった。全国各地で今日も党首たちは舌戦を繰り広げている。

そんな中、2013年の就職戦線が本日、スタートした。大学3年生たちの長い長い闘いが始まったのだ。正確には、今日は、インターネットでの採用受付やセミナー開催といった企業の広報活動の解禁日である。

土曜日だというのに、大学3年生たちは日付が変わる深夜0時から各企業のホームページにアクセスして、エントリー前の“プレエントリー”の登録に必死になった。

しかし、当然ながら、人気企業のホームページにはアクセスがしにくい状態がつづき、ほぼ徹夜でパソコン相手に登録をくり返したのだそうだ。

企業の合同説明会もいくつか開催され、立ち見が出るほどの混雑ぶりだったという。だが、有名大学には、企業の側から合同説明会を開くために赴くのだそうだ。

今週号の週刊文春には、「就活12・1スタート」にまつわる特集記事が掲載されていた。それによれば、大学によって明暗がくっきりと分かれているらしい。「企業の特定大学ターゲット化」によって、採用活動の対象とする大学が「絞られている」のだという。

ターゲット校を「10校」まで絞り込む企業が多く、その大学は、「東大、京大、東北大、九州大、北海道大、大阪大、名古屋大の旧帝大7校と、早大、慶大、上智の私立3校」だという。不特定多数の大学に門戸を広げるより、効率的に質の高い学生をゲットしようということらしい。

これら10校の有名大学には、企業の側から採用の学内説明会に出向く機会が設けられるそうで、就職戦線の第一歩から、ほかの大学との「差」がついていることになる。

1980年代前半にマスコミ就職戦線を戦った私たちの年代からすれば、上記の大学以外に多くの人材がいることもわかっている。が、それらを“発掘”するより、「効率的」に、「標準以上」の人材を得たいという企業側の論理が勝(まさ)っているということなのだろう。

私は、以前のブログでも書いたが、日本の再生のためには、就職制度の改革が「不可欠」であると思っている。日本の国際競争力が低下している原因のひとつに日本の大学生の「就職活動」の問題があると思うのだ。

大学3年から始まる日本の就職戦線こそ、今後の日本の“致命傷”となっていくことは間違いない。大学3年から就職戦線がスタートすれば、学生たちは言うまでもなく「それまでに」その準備を整えなければならない。

人間として「自分を磨く」ためには、さまざまな方法がある。留学や長期の海外滞在・旅行もそのひとつだ。若者が自分の視野を広げるために人生の唯一の「モラトリアム(猶予期間)」である「大学時代」を利用することは、社会全体で、バックアップしていかなければならないと思う。

しかし、日本では社会全体が逆にそのことを阻害しているのが現状だ。その最大のものが「就職時期」の問題なのである。そのために語学力や国際的なセンス獲得を求める日本の大学生も今後、ますます減少していくだろう。

それは、そのまま国力の衰退につながる。隣国の中国や韓国が欧米への留学生送り出しに力を注いでいるのに比べて、取り残された形の日本は将来、「人材枯渇」が大きな問題となる。

大学4年の「秋」に就職戦線をスタートさせるべく、政治はイニシアティブをとらなければならないが、各地で舌戦を展開する各党の代表にそれを口にする人はひとりもいない。なんとも寂しいかぎりである。

カテゴリ: 国際, 教育

その時、「海上警備行動」か、「防衛出動」かが問われる

2012.10.29

今日は、自衛隊関係者と飲む機会があり、夜遅くまで“談論風発”の一日となった。やはり、話題の中心は「尖閣問題」だった。

中国が、覇権主義を剥(む)き出しにして、尖閣に乗り出し、在中国の日本企業を焼き討ちして、1か月あまりが経った。最近、つくづく思うことは、日本人の「中国」に対する意識は、あれから完全に「変貌を遂げた」ということだ。

なんの罪もない日本と日本企業に対して、暴徒化した中国人民の焼き討ちがをおこなわれ、それに対して「責任はすべて日本政府にある」と言い放った中国政府。さすがの日本人にも、これ以上“日中友好”をつづける必要がどこにあるのか、という劇的な意識変革がもたらされたようだ。

日本では、小学生の子どもですら「中国は危ない」という警戒感、もしくは嫌悪感を抱くようになってしまった。いくら中国を隣人として尊重しようが、肝心の相手には「その気がない」ことがわかったのだから無理もない。

人間、裏切られた感情というのは、容易なことで拭い去ることはできない。中国が、西沙諸島や南沙諸島でおこなってきた同じことを日本に対して突きつけてきた以上、事態はすでに「次のステップ」に入ったと見るべきだろう。

次のステップとは、言うまでもなく「尖閣有事」である。焼き討ち事件以来、中国では、反省どころか、中国の公船による領海侵犯が度々、起こっており、もはや両国の局地紛争はいつ起こっても不思議ではない状態となっている。

海上保安庁では対処できない中国の監視船、あるいは軍艦、さらには膨大な数の中国漁船……等々が、どういう形で尖閣に姿を現すのか。

実は、その時、日本は海上自衛隊が「海上警備行動」をとるのか、それとも、「防衛出動」となるのか、それすら決まっていない。

海上警備行動とは、防衛大臣が海上における人命や財産の保護をはかるために特別の「必要」があると判断した場合に命ぜられるものである。

これはあくまで海上保安庁の対応能力を超えていると判断された時に防衛大臣によって発令されるものであり、適用されるのは、「自衛隊法」ではなく、「海上保安庁法」、もしくは「警察官職務執行法」である。

つまり、海上保安庁、もしくは警察の代わりに、自衛隊が、その「職務の執行をおこなう」わけだ。だが、これをめぐって今、防衛省では、議論百出となっているのをご存じだろうか。

議論の中心は、海上警備行動で出ていった場合、極端な話、「大砲ひとつ撃てない」ということである。そもそも海上保安庁では対応できない時に自衛隊が出動するものでありながら、あくまで「治安維持」が前提である以上、自衛隊の艦船が大砲をぶっ放すことは「許されない」のだ。

すべて相手の出方次第という「手足を縛られた状態」で出ていくのが「海上警備行動」である。私は、命をかけて現場に出動する自衛官たちの心情を思うと、たまらない。言いかえれば、交戦権のない状態で紛争地帯に現れる自衛官たちほど哀れなものはない、ということだ。

では、「防衛出動」は、どうか。これは、総理大臣にしか発動できる権限はなく、防衛大臣の一存では、どうにもできないものだ。日本に対して、外部からの武力攻撃が発生した事態が認められた場合、そして「日本」を防衛するため必要があると認める場合にのみ、「防衛出動」が可能だ。

しかし、それでも「自衛権」を行使することはできても、「交戦権」は認められていない。そんな中で、自衛官たちはどう行動するのだろうか。そして、がんじがらめの中で、自衛隊の艦船はどう出動し、どう対応するのだろうか。

私は法律の不備を痛感すると同時に、性善説にのみ基づいた日本の戦後の「社会」や「法」のあり方に、やはり思いを致さざるを得ない。

来たるべき尖閣有事で問われるのは、戦後日本が歩んできた「偽善の歴史」に対する総括なのではないだろうか。私は今日、自衛官たちとの議論を通じて、そんなことを感じていた。


カテゴリ: 中国, 国際

就職戦線スタートを「大学4年秋」に戻せ

2012.10.27

今週は、東京から鳥取、そして米子、福島県のいわき、と飛行機や汽車を乗り継いで、腰を落ち着ける暇がなかった。原稿の締切に追われているため、パソコンやゲラを持ち歩いての日本縦断になった。

今日は、昼にやっと東京の事務所に戻ってきたが、さっそく午後にアメリカから来客があった。拙著『蒼海に消ゆ──祖国アメリカへ特攻した海軍少尉「松藤大治」の生涯』が縁で知り合うことができた女性だ。

同著の主役である零戦でアメリカの艦船に特攻した日系二世、松藤大治少尉の弟さんが住んでおられたアメリカのミシシッピ州オックスフォードから、このほど帰国された。

日系人が数少ないオックスフォードに住んでいて、拙著がきっかけになって松藤ファミリーと親しくなり、それが縁でいろいろと当地の情報をメールを通じて伝えてくれていた方だ。

メールでずっと連絡をいただいていたが、実際にお会いするのは初めてで、さまざまな話で盛り上がった。オックスフォードにあるミシシッピ大学で教壇にも立っておられた方なので、日本の留学生の話が特に興味深かった。

私は、人材面において日本の国際競争力が低下している原因のひとつに日本の大学生の「就職活動」時期の問題があると思っている。大学3年から始まる日本の就職戦線こそ、今の日本の“致命傷”となっている、と考えているのだ。

大学3年から就職戦線が始まれば、留学などで自分の視野を広げ、「人間」を磨く余裕や時間はない。つまり、日本では大学に入学した早々から「就職」を考えなければならず、そのための「大学生活」を送らなければならないのだ。

やはりミシシッピ大学でも、日本の留学生は極めて少なくなっているという。せっかくやって来た大学生も1、2年生ばかりで、しかも、「1セメスター」という“短期”の留学しかしないそうだ。

「セメスター制度」というのは、1年を2つの学期に分けて、各学期で授業を完結させて単位を取得させるものだ。日本人留学生は、1年、すなわち「2セメスター」で留学してくる人間は少なく、語学習得においても、すべて中途半端なまま帰国していく例がほとんどなのだそうだ。

中国や韓国をはじめ、どの国の留学生であれ、「1セメスター」で帰っていく留学生はいないという。日本からの留学生は、「早く帰って就職活動をしないと……」と、そればかり気にしているため、腰を落ち着けた留学などは到底望めないのである。

文部科学省が推し進め、2020年までに実現しようとしている「留学生受入れ30万人計画」なども、本末転倒な制度ではないか、という。

日本に「30万人の留学生」を受け入れるという理想は結構だが、彼らが日本で就職の道を模索すれば、それは、そのまま留学経験のある肝心の日本の大学生の門戸を狭めることになる。すなわち外国に留学して、ばりばりやって行こうとする日本の大学生がますます少なくなるのではないか、というのである。

語学力や国際的なセンスを持とうとする日本の大学生は、今後ますます少なくなっていくのではないか、と彼女は懸念していた。中国や韓国に比べて留学生の数があまりに少なくなっている日本は、将来的に人材が「枯渇」していくだろうことは、確かに容易に想像できる。

大きな原因のひとつに、「就職活動時期」の問題があることは間違いないだろう。私が就職した頃は、就職活動の解禁日は、4年時の「10月1日」だった。そのために、大学3年の時に留学や長期の外国旅行などに勇躍、多くの学生が日本を飛び出していったものである。

早くその頃に戻さなければ、日本の国際人不足はますます深刻化するだろう。場合によっては、国が企業に対して厳しい指導をおこなってでも、就職活動時期を「もとに戻す」べきなのである。こういう時にこそ、国が全面的に前へ出てくるべきなのではないだろうか。

国力復活のために、政治がダイナミックな動きをしなければならないはずである。そのためのリーダーは誰がいいのか。次期リーダーを選ぶ要素に、そういう視点も忘れないようにしたいものである。

カテゴリ: 国際, 教育

一刻も早く“下駄の雪”総理大臣の退陣を

2012.09.09

この首相には、一刻も早く“国のリーダー”の地位から去って欲しいと心から思う。昨日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が始まる直前、韓国の李明博大統領と「笑顔で握手をした」野田首相である。

先月、竹島に上陸し、天皇に対して外交上、考えられない非礼な言葉を口にし、さらには、日本政府からの抗議の文書を突き返した人物が、李明博大統領その人だ。その当人と、野田首相は笑顔で握手を交わしたのである。

驚いた。あそこまで日本を馬鹿にし、非礼な態度をとった人物と、笑顔で握手ができる人物というのは、どういう人なのだろうか。

私は、一国の総理である野田氏が日本という国家と日本国民を代表して、「日本は、あなたを許しませんよ」というメッセージを伝えるために、毅然とした態度で接するものと思っていた。だが、実際は、笑顔で自分から李明博大統領に握手を求めたのである。

政治家は、一瞬の態度や言葉で評価が決まる。特に、外交上の態度や言葉は、その一瞬一瞬が勝負であり、気迫や哲学、知識……さまざまなものが求められ、それが凝縮されて「その場」に出て来るものである。

しかし、おそらく、この人物に期待していた国民の方が愚かだったのだろう。ただ「政治家」、あるいは「首相」になることが目的の政治集団・松下政経塾で学んだ野田氏に、もともと毅然とした国家観などあるはずがなかったのだ。

そして、今日、野田氏は、昨日につづいて大恥を晒した。昨日、中国外務省の報道官に「この時点で(胡錦濤国家主席との)首脳会談が実現していないのは、日本側に責任がある」と記者会見で批判されていたにもかかわらず、今日、自分から胡氏に歩み寄って“立ち話”をおこなったのだ。

わざわざ歩み寄ったのだから、毅然とした日本の姿勢を胡氏に伝えるのかと思ったら、さにあらず。野田首相が伝えたのは、「中国の発展は、日本や、この地域にとってもチャンスだ。今年は日中国交正常化から40年にあたることもあり、戦略的互恵関係を深化させたい。現在の情勢には、大局的な観点から対応したい」というものだったそうだ。

新華社の報道によれば、これに対して胡氏は「日本側がいかなる方法で島(注=尖閣のこと)を購入しようが、それは違法であり、無効だ。中国は強く反対する」と語ったという。

えっ? それって逆だろう、と日本国民が思って当然だ。胡氏に歩み寄った野田首相は、逆に胡氏に“断乎とした姿勢”を示されたのである。

なぜ、日本のリーダーは、ここまで情けないのだろうか。何に遠慮して、ここまで舐められなければならないのだろうか。日本の主張、日本国民の思いを率直に伝えることが、それほど“怖いこと”なのだろうか。怖いとしたら、いったい何を恐れているのだろうか。

私は、ニュース映像に流れる野田氏の情けない姿を見て、一刻も早くこの人が「リーダーの地位を去って欲しい」と願った。

毅然とした姿勢を日本が示せなければ、日韓、日中の関係は、今後も悪化の一途を辿るだろう。日本が堂々と自国の主張をし、援助も含めてすべての関係を改めて再検証し、相手の出方によっては、さらに強く対抗策を打ち出していく「時代」はとっくに来ている。

たとえそれで一時的に両国関係が冷え込んだとしても、長い目で見れば、国と国の関係はその方が良好なものになるだろう。譲歩からは何も生まれないのが国際関係の常識であり、お互いが相手を尊重できる対等の立場こそ、両国の関係を発展させる基本だからだ。

どれだけバカにされ、どれだけ踏みつけられても、ついていくという姿勢は、戦略的にももう「やってはならない」のである。

「踏まれても ついてゆきます 下駄の雪」。野田総理が、李明博大統領と胡錦濤国家主席に示した態度は、この夏、露わになった日本の国難に対して、この人物がなんの解決の手段も哲学も持ち得ていないことを満天下に示したといえる。心から思う。早く来たれ、総選挙――と。

カテゴリ: 国際, 政治

日本人に「覚悟」はあるのか

2012.08.28

竹島や尖閣をめぐる問題は、これまでも当ブログで何度も取り上げてきている。だが、私は、それでも引き起こされる今回の事態に、ただ溜息をつくだけである。

昨日、海上保安庁によって公開された香港の活動家による尖閣上陸のビデオには、やはりコンクリートを投げつける活動家の明らかな「公務執行妨害」が映し出されていた。

しかし、その公務執行妨害さえ適用できない日本の“弱腰”はますます相手をつけあがらせ、ついには丹羽宇一郎・駐中国大使の乗る車の日本国旗まで剥ぎとられる事件にまで発展した。

日本人全体が、そんな屈辱を味あわされたのである。なぜ日本人は、ここまで舐められなければいけないのか。そう思う国民感情こそ貴重だと私は思う。

なぜなら、中国や韓国は、他国の国旗を焼き、根拠のないことでも声高に叫べば、それが「通用してしまう」という先進国では考えられないレベルの国だからだ。

「日本人はこんな理不尽は許さない」という明確なメッセージを与えなければならないが、現在の民主党政権に、とてもそんなことが望めるはずもない。このままいけば、遠からず本当に両国のナショナリズムがぶつかり合う時期が来るのではないか、と懸念される。

早く毅然とした意志を示すことが、それを回避する唯一の道のはずなのに、それさえできないもどかしさをどう表現すればいいのだろうか。

それと共に、ここまで日中、そして日韓関係を決定的に破壊した朝日新聞の過去の報道を考えると、私は、子を持つ親として腹立たしくて仕方ない。

朝日新聞がかつておこなった従軍慰安婦の根拠のない「強制連行」報道や、中曽根首相(当時)の“戦後政治の総決算”を打倒すべく靖国参拝問題を『人民日報』を動かしてまで問題化した報道が、今後も、いかに両国の若者の将来に悪影響を及ぼしていくかを考えた場合、私はジャーナリズムの「罪」を今さらながら考えてしまうのである。

それとともに、問われているのは、日本人の「覚悟」だろうと私は思う。媚びへつらっても、中国への投資に狂奔して企業の利益を確保しようとしてきたこれまでのツケは、これから「これでもか」と国民にのしかかってくるだろう。

どれほど貧しくても、中国や韓国に依存しない誇りある生活をする「覚悟」こそ、いま日本人には問われている。そのぐらいの意志で、両国の理不尽と戦う姿勢を持たなければ、相手の増長を止めることはできない。

日本人が「毅然と生きる」ことしか、両国との衝突を回避する道はない。「譲歩」からは何も生まれないのである。そのことを、この夏の日中・日韓問題は示している。

事態打開のために、われわれは両国への投資や、観光旅行、あるいは商品の購買をやめるなど、敢えて「貧しさを選ぶ覚悟」をしなければならない。

まさに臥薪嘗胆である。それができないなら、竹島や尖閣問題に口を差し挟むことなど、やめるべきだ。そんなことを考えながら、私は、日本国旗が剥ぎとられたという、屈辱的で、非礼この上ないニュースを見ていた。

カテゴリ: 国際

無法操業「中国漁船」刺殺事件が意味するもの

2011.12.14

いま韓国で起こっている中国への抗議行動の行方は、実に興味深い。中国と韓国――日本の政治家やマスコミが、垣根を越えてヒレ伏す国同士がお互い一触即発の緊迫した状況に陥っているのだ。いつも両国に忠実な日本の政治家やマスコミは、さぞ冷や冷やしているに違いない。

韓国の排他的経済水域(EEZ)内で違法操業していた中国漁船を摘発しようとした韓国海洋警察のイ・チョンホ警長(41)が中国人船長に殺害された事件は、さまざまなことを警告しているように思う。

かつて中国人は、沿岸部の一部を除いて生の魚を食べなかった民族である。日本人が大好きな刺身や寿司の前提には、“清潔さ”がある。生のものを食べるという日本人の習慣には、その基本が厳然としてあり、さらにいえば、“マジック・ソース”とも言える絶妙の味の「日本の醤油」の存在がある。

私は1980年代前半、大学生の頃に中国で一か月半ほど暮らしたことがある。その時、「何が食べたい?」と聞かれたら、即座に「刺身が食べたい」と答えたものだ。

魚が美味しい土佐の出身である私は、特に生魚が好きだ。だが、80年代前半の北京では、火の通らないもの、すなわち生の魚を食べるという習慣はなかった。言いかえれば、それほど“清潔さ”に問題があったのである。

しかし、経済発展を遂げた現在の中国では、寿司や刺身を食べるのが、一種のステータスになっている。遅ればせながら、冷蔵・冷凍技術が発達してきた中国では、富裕層が積極的に生の魚を食べるようになり、マグロの消費量の急増なども大きな問題となりつつある。

東シナ海、南シナ海をはじめ、中国漁船は、それにつれてより無法化、凶暴化しており、韓国にかぎらずベトナムも、堪忍袋の緒が切れかかっている。私は、80年代から指摘されてきた「中国人が“総中流化”したら、地球はどうなるのか」という懸念を、今回の事件で改めて実感している。

中国やインドのように人口の多い国が「豊か」になり、多くの国民が「中流の生活」をし始めると、地球の資源や環境はどうなるのか、ということは早くから専門家によって指摘されてきた。

煤煙をまき散らし、有害物質を河や海に流しつづけ、そして魚をはじめ多くの食物を食べつくし、さらには石油や天然ガスをはじめ、膨大な資源を消費していく。将来、そんな時代が来るかもしれない、と80年代から懸念されていたのである。人口最多の中国とインドが「中流化する」ということは、そういうことなのだ。

今回、「魚を獲(と)れば獲るだけ儲かる」という目の血走った中国漁民によって、取り締まる側が殺害されるという最悪の事態が引き起こされてしまった。

中国や韓国のこととなると、普段は威勢のいい日本の政治家もたちまち口をつぐんでしまうが、今回の出来事は他人事ではない。日本の海保の巡視船に中国船が突っ込んだ昨年の事件を思い起こすまでもなく、このまま中国の無法なやり方を許しておけば、中国人の行動はますますエスカレートしていくだろう。

菅首相が右往左往したあの事件の時、報復措置として日本人ビジネスマンを拘束して“人質”にとった中国のやり口は、記憶にとどめておかなければならない。中国から自国の海洋資源や領土を守るということは、そういう意味なのである。

一方、いつも日本の国旗を焼いて捨てる韓国の国民が今後どのような抗議行動を中国に対して展開するのかも注目だ。お互い自我の強い国同士の衝突は、ちょっとしたきっかけで、さらにもつれる危険性を孕(はら)んでいる。

今回の事件を念頭に、いつどんな事件が勃発しようと菅内閣のテツを踏むことのないよう野田総理には覚悟を促したい。防衛大臣をはじめ“素人”の政権だからといって、生き馬の目を抜く東アジアの情勢は待ってはくれない。

国民の生命・財産、そして領土を守るのが国家の領袖の最大使命であることを、野田総理は今回の事件で改めて噛みしめなければならない。ドジョウにも「覚悟」は必要なのである。

カテゴリ: 事件, 国際

哀れな独裁政権の末路

2011.10.20

本日、発売になったばかりの「わが子に語りたい日本人の物語」を特集した別冊の『正論』が送られてきた。拙稿の「“義”と“信念”に生きて台湾を救った根本博」も10ページにわたって掲載されている。

先月、台湾へ出張した時にいくつかの原稿と平行して執筆させてもらったものだが、もう別冊として発売になったことに驚いた。見事な機動性である。私の原稿以外に24編の素晴らしい生きざまを見せた「日本人」が描かれている。

私が寄稿したのは、終戦時、駐蒙軍司令官として蒙古聯合自治政府の首都・張家口(ちょうかこう)にあり、内蒙古全体に在留する4万人の邦人を救うために終戦後も押し寄せるソ連軍と戦い、「国民の生命を守る」という軍人としての本義を示した根本博・元陸軍中将である。

しかも、根本氏は、その4万の邦人を保護し、日本に帰還させてくれた蔣介石と国府軍への恩義を返すために、4年後、国共内戦で敗走する彼らを助けに26トンの小さな船で台湾に密航し、国共内戦最後の戦いとなった「金門戦争」で、国府軍に奇跡の勝利をもたらした。

毅然とした生きざまを示した日本人を取り上げたこの別冊、どの一遍も読み応えがあっておもしろい。書店で見かけたら、是非、手にとっていただきたいと思う。

ここまで書いた時、リビアのカダフィ大佐の死亡情報がマスコミを通じて流れて来た。リビア国民評議会が「死亡」を発表したそうだ。ついにジャスミン革命による独裁政権崩壊の波は、42年に及ぶリビアのカダフィ政権さえ吹き飛ばしたことになる。

昨年、チュニジアでスタートしたこの民主化運動は、後世、いったいどう評価されるのだろうか。一青年の政府・治安当局への抗議の焼身自殺から始まった“世界革命”は、ベルリンの壁が崩壊し、東西の冷戦が終結することになったあの22年前の独裁政権“ドミノ倒し”に匹敵する評価を得るかもしれない。

そして今回も、世界の人々に厳然たるある「事実」が示されたと言える。国民に犠牲を強いてきた独裁政権が辿る末路は、哀れだ、と。

カテゴリ: 国際, 歴史

霞んだ海原の先にあった北方領土

2011.05.25

今日は、納沙布(ノサップ)岬に行ってきた。根室半島の先端にある岬で、東経145度49分、北緯は43度22分に位置する。言うまでもなく日本列島の最東端であり、北方領土を間近に望む岬である。

夏には多くの観光客が訪れる納沙布岬も、今日、私がいる間には一人の見物客もいなかった。かろうじて店を開けていた土産物屋のご主人に聞くと、「ここのところ、ほとんど客が来ないですね」と、あきらめ顔だった。

昨日は、史上初めて韓国の国会議員3人が国後島を訪問したばかりである。中国、韓国、ロシアの3国は、領土問題で共闘する方針を鮮明にしており、昨秋の中国人船長による尖閣侵犯&釈放問題に端を発して、一気に日本政府の領土に対する“弱気”を突いてきている。

領土をめぐる主張の中では、わずかの譲歩も許されないはずなのに、その国際社会の常識を知らない管政権は、歴史に確実に汚点を残している感を強くする。

今日の納沙布岬は、少し霧が出ていた。歯舞群島に含まれる貝殻島(かいがらじま)の灯台ははっきり見えたものの、その先の水晶島(ロシア名・タンフィーリエフ島)は、おぼろげに「何かがある」という程度にしかわからなかった。

はるか霞んだ先にある国後島に至っては、私の肉眼では捉えることができなかった。日本国民の悲願である北方領土返還への道のりが「いかに遠いか」を物語る風景だった。

納沙布岬のすぐ近くに降りることのできる浜辺があった。私は、この小さな浜辺で日本列島最東端の海の水に触ってみた。想像以上に冷たい。身体全体が浸かれば、命は30分と持たないだろう。「真冬には流氷がやってくる」ということがよくわかる。

海から吹いてくる風に、なぎ倒される寸前でやっと立っているかのような防風林はどれも背が低く、納沙布の自然の過酷さを表わしていた。辛うじて根室で咲いていた桜も、納沙布では、まだ咲き始めてもいなかった。

納沙布をあとにした私は、根室に戻り、中標津(なかしべつ)空港にバスで向かった。ところどころに「エゾシカ横断注意」という標識が立つ道路を2時間近く走ったが、バスの乗客はたった3人だった。究極の過疎化を感じる。

中標津発羽田行きのANA便の座席も、4分の1ぐらいしか埋まっていなかった。航空業界の生き残りもまた、納沙布の自然に負けないほど過酷かもしれない。

明日、私は、沖縄に向かう。歴史の重要証言を集める取材の旅は、まだまだ終わらない。

カテゴリ: 国際, 随感

“大義”につく外交官との別れ

2010.11.22

今日は、台湾の外交官・朱文清氏の送別会があり、港区白金台の台湾の駐日経済文化代表処の代表公邸に夕方から行ってきた。

会場には、日本の大手新聞・通信・テレビなどの中国・台湾関係の記者たちが勢揃いした感があった。朱文清氏の人柄と手腕がいかに大きなものであったかが窺える光景だった。

1983年に最初に日本にやって来た朱氏は、その後、本国との間を行ったり来たりしながら、日本駐在は20年近くに及ぶ。在東京の外交官の間でも有名な存在だ。

会場では、私は旧知の元特派員たちと久しぶりに再会を果たすことができた。時間が経つのを忘れて、さまざまな記者と話し合えた。

私はこれまで、山本七平賞の受賞作となった「この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」(集英社)をはじめ、数々の困難なノンフィクション作品で朱氏の多大な協力を得てきた。

朱氏がジャーナリストの間で人気がある秘密は、時に立場さえ越えて“大義”についてくれる点である。どの国の外交官も「利害だけで動く」人は多いが、複雑な日・台・中の関係の中で、朱氏の行動には、常に“大義”があった。

短期的な視点ではなく、いつもジャーナリスト側の視点を思いやり、その立場に立ち、そしてできるだけのことをしてくれる外交官。それが朱文清氏である。

朱氏の帰国によって、駐日代表処の戦力低下は否めないだろう。日本の生命線とも言える台湾と台湾海峡への日本国民の意識をどう高めていくか。代表処の役割は、これからますます重くなる。

会場に集まった日本の中国・台湾関係の記者たちを見ながら、日・台・中がこれからどう動いていくのか、その行く末に私は思いを馳せた。


カテゴリ: 国際

中山北路の四川料理

2010.03.17

台北へ来て4日目。明日はもう帰国の日になってしまった。相変わらず、タイトなスケジュールが続いている。元国民軍の老兵、学者、マスコミ関係者、出版社の社長……等々、さまざまな人と連日会ったり、取材をさせてもらっている。

来月、台湾で翻訳本が出版される「なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日」のゲラもちょうど届いた。

「なぜ君」刊行のほぼ10日後には、小生の新刊も台湾で出版されることになるだろう。今年は日本でも、外国でも、拙著が多数出されることになると思う。ありがたい限りだ。

今日は、友人・早田健文(台湾通信発行人)や中国文化大学教授の陳鵬仁さんらを招いて、今回の台湾取材の報告と出版の翻訳その他の依頼の会合をおこなった。

中山北路に面したホテルの12階にある四川料理屋で、同店自慢の料理に舌鼓を打ちながら、延々と話はつづく。10時過ぎにやっとお開きになったかと思うと、今度は林森北路のバーに場所を移して、新たに加わったテレビ局の女性ディレクターも交えて、さらに議論が白熱――。

気がつくと日付をまわっていた。明日は朝一番の飛行機に乗って東京へ。また東京では激務が待っている。疲労困憊になっている暇はない。

カテゴリ: 国際, 随感

体力と根気との闘い

2010.03.14

今日は、朝6時に起きて9時40分成田発の中華航空で台北にやって来た。午後からさっそく2件の取材をこなした。

単行本の「詰め」の取材をおこなっているが、ここへ来て新たな情報も出始めている。ノンフィクションは時間との闘いでもある。明日以降もエキサイティングな毎日になりそうだ。

夜、林森北路の台湾料理屋で一杯。同行している集英社の高田功さんも朝早かったせいか、疲労の色が濃い。

明日、あさっても用事がぎっしり詰まっている。時間との闘いより、ひょっとして“体力と根気”との闘いかもしれない。やるしかない。

カテゴリ: 国際, 随感

中国と小沢一郎の“ホンネとタテマエ”

2010.02.12

今朝、面白いコラムを読んだ。産経新聞の伊藤正・中国総局長による「対米“ホンネとタテマエ”」と題された同紙の不定期連載コラム「ちゃいなコム」である。

オバマ大統領の訪中で米中蜜月が喧伝されてから3カ月、いま両国関係は「新冷戦」とも言われるような状態に陥っていることが冷静な筆致で描写されている。

それによれば、対立が顕著になって来たのは、昨年12月のCOP15で、温家宝首相が米中協議への出席を拒否してからだそうだ。今年に入って、米グーグル社の中国撤退問題や台湾への米の武器輸出問題など、中国の怒りが爆発するような事態がつづいているのは、周知の通りだ。

伊藤氏はコラムの中で、2月4日に中国の「環球時報」に寄せられた中国国防大学の劉明福教授の論文を取り上げている。

劉教授は、この事態が「米国の一貫した“中国制御”が背景」にあり、「米国は10年足らずで日本を、ロシアは半世紀がかりで押さえ込んだが、中国とは100年がかりの力比べになる」「それに勝つ知恵が米国にあるか」と、述べているという。中国の自信と驕りが表われた論文である。

中国がこういう強硬論に支配される一方で、中国の報道官は「自分たちは発展途上の国」「現代化の道のりは遠い」「国際協調こそ必要である」と、タテマエだけの記者会見をつづけていることを、伊藤氏はコラムの最後に記している。

ホンネとタテマエの国である中国の「現状」が窺えて興味深い。今や米国に次ぐ超大国となった中国の動向は、言うまでもなく21世紀の自由主義国家群にとって最大の脅威である。

中国が、自由と民主主義を重んじる国なら脅威とはなり得ない。しかし、それとはまるで逆の国であり、対立する組織(国家も含めて)や人物を徹底的に叩き、つぶし、蹂躙するのが中国の基本姿勢であることを想起すれば、暗澹たる気持ちになる。

また、国際世界から指摘を受けても、逆に態度を硬化させ、余計弾圧の姿勢を強化し、間違ってもそれが“改善”されることはない。今も中国国内でおこなわれている少数民族を含む中国人民への徹底した人権弾圧と管理の凄まじさは、そのことをよく表している。

中国に最もひれ伏している日本の政治家といえば、民主党の小沢一郎幹事長である。昨年12月の総勢600人を超える胡錦濤国家出席への“拝謁訪中”は、世界の良識ある外交関係者たちを唖然とさせた。

独裁と人権弾圧の国に跪(ひざまず)くために142人の民主党議員を連れていった感覚は、一国の政治を牛耳る政治家がおこなうこととは思えない。

その小沢氏は年明け以降、検察との戦いに明け暮れている。俄かにアメリカとの戦いが勃発した中国とどこか似ている。

小沢氏は検察との戦いに、ひとまず勝利している。だが、再三このブログでも指摘しているように、戦いは今も続いている。もし、小沢氏が完全勝利すれば、それから敵対する検察を徹底的に叩き、つぶし、蹂躙する可能性は高い。

中国と似たもの同士である小沢氏が、徹底した人権弾圧と管理の基本姿勢を持っているからである。日本と中国で、独裁者が好き勝手にできることを、両国の国民は誰も望んではいないだろう。

小沢氏の“ホンネとタテマエ”をきちんと見分ける目が今、国民には求められている。

カテゴリ: 中国, 国際, 随感

「鳩山訪朝」だけはご勘弁

2010.01.04

鳩山首相は本日、訪れた三重の伊勢神宮で記者団に「拉致問題」について聞かれ、「機が熟せば、訪朝も考えたい」と述べたそうだ。そして、「だが、まだ、残念ながらそのタイミングではない。与党、政府でも十分な接触が行われているとは思っていない。むしろ、これからやらなきゃならない」とつけ加えたという。

複数の民主党関係者が北朝鮮側と極秘接触していたことがマスコミで報じられており、これに関して質問が飛んだことに答えたわけである。しかし、この鳩山首相の答えに「大丈夫か」と、心配になった向きは少なくないだろう。

この頼りない政治家が功を焦って、訪朝でもしたら、百戦錬磨の金正日総書記にどんな言質を与えるか気が気ではない。

北朝鮮は、先の抗日戦争でゲリラ戦しかおこなっていないのに、日朝交渉では国際法による「交戦国家」としての地位を前提に巨額の賠償を要求してきた歴史がある。

実はこれも、第十八富士山丸事件で拿捕された紅粉勇船長らを救出するために訪朝した自民党の金丸信が、金日成主席に言質を与えたことから北朝鮮側に「誤解を与えた」と言われる。

外貨の不足、経済破綻、食糧危機など、多くの火種を抱える北朝鮮にとって、頼りにするのは昔も今も“ジャパンマネー”なのである。

核問題に代表されるように、自らトラブルを創出してまで北朝鮮が要求しているのは、何兆円もの巨額の援助(特に日本から)にほかならない。崩壊寸前の金王朝を維持するためには、日本から現ナマをせしめることが必須なのである。

歴史観や国家観に乏しい鳩山首相に訪朝されたら、どんな損失を被るかわからない、というのが国民の本音ではないだろうか。功を焦ったら「足元を見られる」のは交渉の常識だ。残念ながら鳩山首相にその力量があるとはとても思えない。

1月18日から始まる通常国会で火だるまになることが確実の鳩山首相。人気挽回の起死回生策として「拉致問題を利用する」のだけはご勘弁いただきたい。

カテゴリ: 国際, 政治, 歴史

映画「海角七号」

2009.12.27

今日は銀座に映画『海角七号 君想う国境の南』を観に行った。この映画だけはどうしても観たいと思っていた。昨日封切りになったもので、初日にこそ行けなかったものの、2日目に行くことができた。

私が着いた時、主役のファン・イーチェンと田中千絵の2人が舞台挨拶をしていた。場内はほぼ満席だ。

これは、昨年、台湾で国産映画として空前の大ヒットを記録した作品である。8月下旬に劇場公開が開始されると、口コミで評判が広がり、瞬く間にインターネットなどの話題を独占し、1か月足らずで興行成績が1億元を突破し、ついには5億元を超えて、台湾国産映画としての大記録をつくった。

この映画は、敗戦により恋人である台湾女性を置いたまま台湾南部の街から日本に引き揚げていった日本人教師が、引揚船のデッキで、その彼女に手紙を書いている場面から始まる。「海角七号」とは、彼女が住んでいた旧日本統治時代の住所のことである。

日本人教師のこの7通の手紙は、彼が年老いて亡くなるまで投函されることがなかった。これを投函したのは、彼の娘である。あまりに美しく、切ない手紙の内容に、亡き父の思いを伝えてあげたいと思い、60年の歳月を越えてその台湾女性宛に送ったものだ。

しかし、旧日本統治時代の住所に郵便物が届くはずもなく、宛先不明のまま配達されなかった。だが、ミュージシャンになるという夢が破れて台北から故郷へ帰ってきた主役の現代青年(ファン・イーチェン)が郵便配達のアルバイトの中でこの手紙を発見する。

物語は現代と過去を行き来しながら、「60年前に終わった恋」と、「現代に始まる恋」を描いていく。青年は地元で開催される大規模なビーチコンサートにミュージシャンとしての自分の夢を思い起こして参加するが、ドタバタの中、マネージメントする立場として登場した日本人女性と恋に落ちる。「現代に始まる恋」の男女を演じるのが台湾のポップスター、ファン・イーチェンと日本の女優・田中千絵さんである。

彼女の願いで、ファン・イーチェンは戦後60年という歳月を経て、年老いたその女性を探し出し、彼女のもとに7通の手紙を届けるというストーリーだ。

私は映画を観ながら、なぜこの映画がこれほど台湾で空前のヒットになったのかをずっと考えていた。戦争という悲劇と、運命というにはあまりに切ない男女の別れ。これまで台湾映画で、さまざまな事情によって日本統治時代が好意的に描かれることはなかっただけに、今この映画がつくられ、あらゆる世代の台湾の人々にこの映画が支持された意味を、私は考えざるを得なかった。

私は、今年7月に文藝春秋から『康子十九歳 戦渦の日記』を出版した。この作品で、粟屋康子という日本人女性に恋した梁敬宣という台湾青年の姿を描かせてもらった。康子さんが遺した克明な日記と当の梁さんの証言をもとに、当時を忠実に再現した歴史ノンフィクションである。

映画を観ながら、私は、19歳で亡くなった康子さんと、今も台湾に生きる85歳の梁さんのことを思い浮かべた。

梁さんは、恋愛などご法度のあの時代、康子さんに恋し、彼女からもらった髪の毛を大切にし、それを埋めた場所に赤いバラを植え、それを戦後60年以上経た現在も、守り、育てている。

死ぬことが当たり前だったあの時代、若者は言葉に出すことのできない感情や思いを胸に戦地へと赴き、また恋人とも別れ別れとなった。映画の中の日本人教師と台湾女性も、時代に別離を強制された人たちだ。その切ない現実と歴史を、この映画は描こうとしたのだと思う。

私は、この映画と『康子十九歳 戦渦の日記』が同時期に人々の前に姿を現したことの不思議さを感じている。台湾は今、国民党の馬英九総統のもと、急速に中国との接近がはかられている。“第三次国共合作”である。そんな時代に、台湾のすべての世代が涙したという『海角七号』が生まれた。

歴史に偶然はない。日本の統治時代、そして苛烈な蒋一族統治時代を生き抜いた台湾の人たちがなぜこの映画を空前の大ヒットにし、なぜすべての世代が涙したのか。そのことを考えながらこの映画を観れば、新たな思いが生まれるに違いない。

ここのところ、私は来春刊行予定の歴史ノンフィクションの原稿執筆で連日、徹夜が続いている。昼か夜かわからない生活である。年末年始もひたすら原稿に追われそうだ。疲労を取る意味もあって映画を観に出かけたが、映画館を出た時、新たに執筆意欲が湧いてきたのは確かだ。

なぜなら次の作品は、台湾の現代史とは切っても切れないノンフィクションだからだ。なぜ今の台湾と台湾海峡は戦後、中国の手に落ちることなく、守られたのか。そこに登場する熱い思いの多くの日本人たち。歴史には、明らかにしなければならない感動のドラマが今も眠っている。

そのことを改めて実感させてもらった。気の遠くなるような量の原稿用紙に向かう私も、今日は少しばかり勇気をもらった気がした。

カテゴリ: 国際, 歴史

外交に優劣をつけた「罪」

2009.12.15

鳩山政権のアキレス腱は「四つ」あり、その一つが「小沢一郎氏」であることを11月3日のブログでも書いたが、国民は、昨日の小沢氏の記者会見を見て唖然としたのではないか。

「(天皇の)体調がすぐれないというのであれば、それよりも優位性の低い行事をお休みになればいい」「(宮内庁長官は)辞表を提出してから言え。役人なんだから当たり前だ」という傲慢な物言いに、この人の独裁によって「日本はどこへ行くのか」という心配が民主党支持者にすら、頭をもたげてきたに違いない。

今回の問題は、まったく単純な事柄だが、その本質を理解できていない人が日本中に「二人」だけいる。小沢氏と鳩山首相だ。二人にとって、天皇の存在、日本にとって皇室というものの「存在の意味」がまったくわかっていないことが露呈された。

「二人」がどれだけ中国のことを大事に思おうと、日本国民には関係がない。なぜなら、日本国民には、台湾が大事な人だっているし、韓国が大事な人もいる。フィリピンが大事な人も、ブラジルが大事な人もいる。

つまり、どの国が大事か、というのは政治の思惑とは別に、国民一人一人の“心の中”にある。だからこそ、国民の象徴である天皇は、どんな小さな国の元首であろうとルールにのっとって、国民を代表して公平に会見をおこない、国民になり代わってもてなしをしてくれるのである。

しかし今回、二人は「中国だけが大事」であることを全世界に宣言してしまった。申請期限のルールを破ってまで中国のナンバー・ツーとの特例会見をゴリ押ししてしまったことによって、これから天皇は、極端な言い方をすれば、どこの国の人でも、申請期限を破った人、あるいはナンバー・ツーの人間とも会わなければならなくなった。

「なぜ中国の人には、ルールを無視していても会見をし、わが国のナンバー・ツーには会っていただけないのですか?」と言われれば、返す言葉がない。国の強大さに関係なく、ひとつひとつの国を大事にしてきた日本国民の気持ちを代表して、皇室のこれまでの活動があったはずである。「二人」の政治家は、それを台無しにしてしまった。

「日中関係は重要だから」と「二人」は言う。ならば、「ほかの国は重要ではない」のか。相手国に優劣をつけてしまった「二人」によって、日本の大義なき外交、屈服外交が始まってしまった。

カテゴリ: 中国, 国際

小沢一郎に日本はどこまで潰されるか

2009.12.12

異例づくめである。国民も「なぜ?」という思いで一杯ではないだろうか。あさって来日する中国の習近平・中国国家副主席が、小沢一郎氏のゴリ押しで急遽、天皇との会見が実現することになったのだ。

民主党議員143名を引き連れ、総勢600人で“北京詣で”をやった小沢氏が「裏で何をやっているのか」――はからずも国民の前に現れてしまったのである。

天皇の政治利用は許されないと、野党やマスコミが騒いでいる。たしかにそうだが、それとは全く違う視点でこの問題を考察してみたい。

今月、二人の政治家が中国を訪問した。その二人のあまりの違いに私は日本人の一人として溜息をついてしまう。一人は、いうまでもなく小沢一郎氏だ。一昨年に次いで、大訪問団を組織して、胡錦濤国家主席に“謁見”した。まるで皇帝に拝謁を賜る臣下のごとき卑屈な笑いが印象的だった。国内における普段の傲慢な素顔は、どこからも窺えなかった。

民主党の政治家たちは「一人2秒」にも満たない速さで皇帝と握手し、記念撮影して、これを選挙戦に使うのだそうだ。彼らにとって中国の国家主席とは、最高の権威の象徴らしい。このサマを見れば、彼らが外国人参政権の実現に血道をあげる理由もよくわかる。

だが、私は日本の首相に会うために大訪問団を組織して、握手を求めてきた国があったことは聞いたことがない。ODAを世界中に出して、さまざまな国の発展を助けてきた日本であっても、そこに大訪問団がやってきて、感謝されたこともなければ、一緒に記念撮影をお願いされたこともないだろう。

なぜなら外交とは国益の衝突の場であり、その国の政治家が卑屈にすり寄ることは国益を損なう第一であることは、世界の常識だからだ。まして、中国と日本は、尖閣問題や東シナ海の天然ガス問題、北朝鮮の核問題……等々、数え上げたらキリがないぐらい多くの懸案事項を抱えている。

相手に舐められては、日本の国益は、損なわれることはあっても実りを得ることはない。中国と対峙する時には、常に「毅然」とした姿勢を失わないことが何より大切なのである。

中国は、一党独裁の共産党政権であり、国内の人権政策に大きな問題を抱えている。チベット、新彊ウィグル、法輪功、思想統制、ネット制限……多くの人権抑圧によって10億を超える人民を強権支配しているのが北京政府である。

しかし、日本の政治家は、中国人民が必ずしも“支持していない”その独裁政権にひれ伏しているのである。小沢氏が膝を屈している相手は、中国人民ではなく、独裁政権に対してであることを忘れてはならない。

小沢氏と全く対照的だったのが、今月2日に訪中したカナダのハーパー首相である。ハーパー首相は、中国の人権問題や少数民族政策に批判的な立場を貫いている政治家だ。

これまでも、中国の人権抑圧政策と衝突し、これに抗議するために一昨年、中国との人権対話を中断しただけでなく、かのダライ・ラマのカナダ公式訪問も受け入れ、会談した。さらには昨年の北京オリンピックの招待に対しても、「人権問題が解決されていない」との理由で出席を拒否した気骨の政治家である。

小沢訪中団の1週間前、ハーパー首相は中国入りしている。しかし、胡錦濤国家主席との会談が実現しなかったばかりか、地方指導者との会談まで直前にキャンセルされた。国家の領袖に対して、中国は“みせしめ”とも言うべき非礼な態度をとったのだ。

片や600人の訪中団を組織して、皇帝に拝謁し、記念写真を撮り続けて世界の失笑を買う政治家。片や、言うべきことを言って、異例の冷遇を受けながら毅然と帰国して行った政治家。そのどちらを中国の人民が心の中で拍手を送っているか、答えは明らかだろう。

中国の人たちは、「5つめの近代化」と言われる真の民主化を待ち望んでいる。しかし、その独裁政権を褒めそやし、支える政治家が一方で存在する。こうして中国の人権問題がいつまで経っても改善されない事態が続いているのだ。いや、日本の卑屈な中国への外交姿勢が、明らかに彼ら独裁政権を支えていると言える。

自分が中国にいい顔ができれば、天皇さえ政治的に利用する小沢氏。羽毛田信吾・宮内庁長官は「天皇の役割は外交とは違う。2度とあってはならないことだ。残念」と、今回のルール破りの会談について嘆いた。

やりたい放題の小沢政治の中で、巷では確実に深刻な経済の停滞が進行している。いわば“鳩ぽっぽ不況”である。国債増発によるバラ撒き財政が株式市場に嫌気され、これから日本経済はどん底に向かっていくという見方は少なくない。

以前のブログにも書いたが、鳩山政権で「日本の根幹はどこまで揺らぐか」と、憂慮する。それでも、国民は、ひどかった自公連立政権に舞い戻る怖さを感じているのも事実だろう。その意味で、民主党は国民の“消極的支持”に支えられていると言える。

第三極を待ち望む国民の声はこれから高まっていくだろう。その時こそ「政界再編の最終決戦」が始まる。

カテゴリ: 国際, 政治

日本の「根幹」はどこまで揺らぐか

2009.11.13

今日、オバマ大統領が来日する。中国に3日間も滞在するのに、日本には1泊のみである。さまざまな点で、この来日は“前代未聞”だ。

13日夕方に羽田空港に着くオバマ大統領は、そのまま日米首脳会談に臨み、共同記者会見、そして首相主催夕食会という段取りである。

驚くべきは、鳩山首相は首脳会談を行った後、大統領を日本に残し、深夜にアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議出席のためシンガポールへ出発することだ。

つまり明日14日は、オバマ大統領はホスト役の鳩山首相不在の中、天皇陛下との会見やアジア外交に関する演説などの日程をこなす。そのあとで鳩山首相を追ってシンガポールに向かうという。日本の首相が、来日中の最大同盟国の首脳を残して先に出かけていくという驚くべきスケジュールである。もちろん、そんな非礼は史上初めてのことだ。

中国の覇権主義がますます台頭してくる中、日米関係はさまざまな意味で重要度を増している。北朝鮮の核問題は、日本国民の生存権にもかかわることだけに、拉致問題も含めて国民は徹底して日米首脳に話し合って欲しい、と思っている。

日米首脳が腹を割って話し合える関係を築くことは、それだけ日本国民に極めて重大な意味を持つのである。しかし、鳩山首相にその気持ちも能力もない。少なくとも私はそう思う。明らかに「脱アメリカ」で「親中国」を志向しているのが鳩山政権である。

このしっぺ返しは、さまざまな面で噴出してくるだろう、と思う。「アメリカをコケにした男」鳩山首相の行動によって、今後、オバマの中国重視政策はますます強まるだろう。オバマ政権は、もともと中国ロビーを内部に組み込んだ政権だけに、これから日本軽視に拍車がかかるに違いない。

すでにアメリカのメディアには、鳩山政権への露骨な不信感が出ている。日本への批判記事が政治ジャーナリズムの主流になりつつあるのだ。

沖縄米軍基地移転問題での指導力のなさや、自衛隊のインド洋での給油活動をやめさせた鳩山政権に「親近感を抱け」というのがそもそも無理かもしれない。鳩山首相は、インド洋での給油活動のかわりにアフガニスタンへの4500億円の民政支援をおこなうそうだ。

わずか70億円ほどで済んだ自衛隊の支援活動が、4500億円の税負担となって国民の上に覆いかぶさってきたのである。暗澹たる思いになる納税者は、私だけだろうか。

日米関係が、戦後、最も「冷え切った関係」に突入していく中、国内では、すでに小沢一郎氏が幹事長室で「陳情を一元的に取りまとめて閣僚らに取り次ぐ」新ルールがスタートしている。小沢氏は、事実上の“陰の総理”となったのだ。

所得制限なしの子供手当や、働く母子家庭よりも収入が多くなる母子加算、外国人参政権問題、新規国債発行額「44兆円」というバラ撒き予算……鳩山政権によって、トンでもない事態が進行している。

日本の根幹は大丈夫か、と最近つくづく思う。

カテゴリ: 国際, 政治

いよいよ始まる鳩山首相の修羅

2009.10.13

北朝鮮が昨日、日本海に短距離ミサイルを発射した。発射されたのは短距離ミサイル5発で、舞水端里から元山にかけての海岸から、午前中に2発、午後に3発が発射された。

早くも鳩山民主党政権の本質が国民の前に明らかになりつつある。つい数日前(10月9日)、政府は先の通常国会で廃案となっていた北朝鮮関連船舶を対象とした「貨物検査特別措置法案」の臨時国会提出を見送る方針を決めたばかりだ。

見送りの理由は、「6カ国協議に復帰する動きを見せている北朝鮮の動向を見極める必要がある」ということだそうだ。だが、その答えが、日本海へのミサイル発射という北朝鮮による大デモンストレーションだったわけだ。

鳩山政権は“親北政権”である。友愛外交を掲げる鳩山氏の対象は、かねて指摘されてきた通り、主に「中国」と「北朝鮮」に向けられている。

鳩山政権の重要閣僚である菅直人国家戦略担当相と千葉景子法相が、かつて北朝鮮拉致事件の実行犯で、韓国で収監されていた辛光洙・元死刑囚らの釈放嘆願書に署名していたことが思い出される。

これは、平成元年、当時の盧泰愚韓国大統領にあてて出されたもので、「在日韓国人政治犯の釈放に関する要望」というものだ。当時の国会議員128人が署名した。

こともあろうに国家戦略を担当する現在の副総理と法治国家日本の“法の番人”である法務大臣が、自国民を拉致した実行犯を釈放するよう嘆願していたというのだから驚きを通り越して、これはもう笑い話である。

通常国会で、自民党はこのことを追及する構えを見せているので、鳩山首相自身の“故人献金”問題に加えて、大きな焦点となるだろう。

民主党の「親北」ぶりは、これまでにも話題になったことがある。今年4月末から5月にかけて、拉致被害者の「家族会」「救う会」「拉致議連」の合同訪米団がワシントンに滞在して、政府や議会などに陳情をおこなった時のことだ。家族会はアメリカ側に「拉致問題が埋もれないよう北朝鮮への圧力を緩めないでほしい」と訴え、「救う会」は北朝鮮の「テロ支援国家」への再指定と金融制裁の発動を求めた。

しかし、アメリカ側から出てきた話は、民主党の前原誠司(現国交相)と岡田克也(現外相)両氏が直前に訪米しており、共にアメリカ側に「いまの日本は拉致解決に固執しすぎて北朝鮮の核放棄への障害となっている」という趣旨を述べていった、というものだった。

啞然とした訪米団は、帰国の際の記者会見で、前原、岡田両氏の名前を挙げて批判した。前原氏と岡田氏の発言は、日本側の拉致解決への姿勢に対してアメリカ側に疑念を抱かせるものだったのだ。

今朝、鳩山首相は私邸前で記者団の質問に答え、「(ミサイル発射の)報道は聞いている。これが事実としたら、大変遺憾なことだと思うが、今、それ以上のコメントをする状況にない」と語った。「事実なら遺憾」――日本は今、そういう表現しかできない「国家の領袖」を抱えている現実がそこにはある。北朝鮮への警告も、日本の毅然とした姿勢のメッセージも、彼にはできないのである。

国民の生命と財産、そして領土を守るという最大使命を持つ国家の領袖が、友愛などという綺麗事を唱えて務まればこれほど楽なことはない。しかし、これから国内・国際社会の現実が、かつて“宇宙人”と揶揄されたこのお坊ちゃん政治家に次々と襲ってくるだろう。

鳩山政権の看板である友愛が、実は、自国民に対する“友愛”でなく、人権圧殺の無法国家に対する“友愛”であることに国民はいつ気づくだろうか。

カテゴリ: 国際, 政治

「還暦」を迎えた中国

2009.09.30

明日10月1日は天安門で毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言して60年目の記念日である。150万人の兵士が激突した国共内戦の「淮海戦役(わいかいせんえき)」に勝利した共産軍が蒋介石率いる国府軍を大陸から追い出し、中国全土が共産化された歴史的記念日である。

しかし、その後の共産中国の辿った道は、決して人民にとって幸福なものとは言えなかった。大躍進政策の失敗、百花斉放百家争鳴(百花運動)の末の反右派闘争、文化大革命、民主化運動の弾圧……等々、この60年で中国人民が経験した悲劇は数えだしたらキリがない。

その悲劇は今もつづいており、中国政府の弾圧政策で無惨な死を遂げる少数民族の実態等々はアムネスティの最大のターゲットとなっている。

温家宝首相は本日夜、北京の人民大会堂で開かれた建国60周年の記念レセプションで、党幹部の腐敗撲滅や「党と人民の血肉関係」の強化に取り組んでいく断固たる決意を表明した。一党独裁体制をこれからも堅持し、不穏分子とは徹底対決するという意思表示でもある。

この夏以来、北京市内は、昨年の北京オリンピック以上の治安強化がはかられ、明日午前9時半から北京国際空港は3時間にわたって閉鎖されることになっている。治安維持のために数十万人の人民武装警察、そして民間ボランティア140万人が動員されるというから、まさに“戒厳令下”である。

建国60年を経て、これほどの警戒をしなければならないほど人民と“敵対”してきた北京政府。民主化とは名ばかりの国家の実態が、この異常な警戒態勢に現われている。与野党を問わず、北京詣でを繰り返す日本の国会議員たちは枚挙に遑がないが、中国の要人に「真の人権とは何か」を問うた人物は一人もいない。

中国共産党は、かつて蘭の花に目がない自民党の有力者、松村謙三への工作のためにわざわざ蘭の花の協会を中国でつくって訪日団を組織し、その上で松村氏に近づいて自民党への突破口を開いた歴史を持つ。

その後も、国会でも問題になったように、5歳から対日の工作員として特別教育を授けた女性スパイを橋本龍太郎蔵相(当時)のもとに送りこんで関係を結ばせることに成功したり、さらには有力政治家の夫人に京劇役者を近づかせて取り込んだり……と、あの手この手で日本の有力者取り込みをはかっている。特務国家、工作国家のパワーは今も健在なのだ。

手練手管の共産中国と渡り合える日本の政治家がどのくらいいるのか甚だ心もとないが、この中国の建国60周年を機に、そのあたりをじっくり考えたいものだ。政治家だけではない。われわれ国民全員で考えなければ、近い将来、中国に手痛い、そして強烈なしっぺ返しを食らうだろう。

カテゴリ: 中国, 国際, 歴史

湿気を帯びた東京の夜の風景

2009.09.18

昨夜遅く台湾から帰国した。およそ3週間ぶりだ。成田から新宿に向かうリムジンバスに乗っていると、つい数時間前まで台北の喧騒の中にいたことが不思議でならなかった。

粉塵と排気ガスにまみれた台北の街角と、バスから眺めるしっとりと湿気を帯びた東京の夜の風景があまりに違いすぎるのだ。人々の活気もまるで異なる。大声でけたたましく喋る台北の人々と、静かにゆっくり話す東京人。両者は何もかもが鮮やかにコントラストを描いていて、妙な感覚に捉われた。

台湾でぎりぎりまで続けた取材。外省人たちの厳しい取材拒否に遭いながら、一定の成果は挙げた滞在だった。だが、まだまだ満足できるノンフィクション作品にはならない。来月もまた「決着をつけに」台湾に行こうと思う。

昨夜遅かったので、今日の朝が明けてからたまりにたまったメールを処理したり、取材報告の電話をおこなった。その上、夜は2つの飲み会に参加した。

ブログに台湾滞在記を載せていたので、飲み会では、私の動向を詳しく知っている人もいた。かつて中国から「44日間で47万発」もの砲弾を撃ち込まれた金門島で書いたブログも読んでくれていた人もいた。ありがたい限りだ。

ニュースと言えば、鳩山新内閣の発足で、“脱官僚”を目指す大臣たちの少々過剰なパフォーマンスが目についた。今後、一人一人の閣僚を取り上げながら、鳩山政権の目指すものを論評していきたいと思う。

カテゴリ: 国際, 政治

台湾最後の夜と「鳩山政権」の発足

2009.09.16

鳩山由紀夫を首班とする新内閣が本日夜、発足した。16年ぶりの政権交代である。由紀夫氏は鳩山一郎元総理の孫で元田中派の議員でもあり、むしろ最も“自民党らしい”議員とも言える。

政権交代は細川連立政権が発足した1993年以来だが、衆院選で野党第1党が単独過半数を制したことにより政権が代わるのは、戦後初めてのことだそうだ。

元自民党亀井派の領袖・亀井静香から社民党の福島瑞穂まで、政治信条も支持基盤もまるで異なる政治家たちがひとつの政権を構築したのだから、民主党がこれまで政権を批判する時に用いてきた“野合政権”そのものという見方もできる。

「脱官僚依存の政治を今こそ問うて、実践していかなければならない」という鳩山氏の言やよし。さっそく鳩山首相は09年度補正予算を全面的に見直し、一部執行停止に踏み切る方針を述べたが、これがまず官僚との戦争“第一弾”となる。ただし、国家戦略を誤ることなく、また大衆に迎合することもなく、毅然として政策を断行して欲しい。まずはお手並み拝見だ。

政権の中に“政教一致の政党”が存在しないだけでも国民の期待は大きい。この政権がどこまで選挙で主張したマニフェストを実現していけるか要注目だ。

さて、当方は、およそ3週間にわたった台湾取材も明日をもって打ち止めになる。明日午前中にも元国民軍の老兵を取材し、夕方の便で日本に帰国する。選挙当日の8月30日に台北入りしたので、すっかり秋の気配が漂い始めた東京に帰ることになる。

本日も忠烈詞から消された日本人のことを調べたり、台湾近代史研究の第一人者である歴史学者にご意見を拝聴したり、目のまわるような1日だった。

夜、この3週間お世話になった通訳やメディア関係者を呼んで、基隆路のイタリアンで飲み会を挙行した。外省人、内省人、日本人という立場を超えて、台湾の将来、日台関係、台中関係……等々、さまざまな意見が飛び交った。

経済の停滞に悩む台湾の人々が、それでも中国との「統一」でも「独立」でもなく、「現状維持」を願っている様子がよくわかった。

ワインを傾けながら、発足した鳩山政権が「中国詣で一辺倒」ではなく、日本を好きで好きで堪らない人たちが数多く住んでいるこの台湾のことにできるだけ気を配って欲しいと願わずにはいられなかった。

カテゴリ: 国際, 政治

揺れ動く台湾と士林夜市

2009.09.11

今日午後、注目の判決が台北地裁で下された。日本にも大いに関わる話なので、少し言及したい。

長い長い国民党支配を経た台湾は、2000年に陳水扁を総統に選び、国民党の独裁政治に終止符を打った。国民党でありながらおよそ10年に及ぶ“静かなる革命”をおこない、外省人(国共内戦に敗れ、蒋介石と共に台湾に渡ってきた中国人)の支配を崩した李登輝氏の意思を継ぐものだった。

しかし、2期目の終わり頃から、陳水扁総統の汚職・収賄が公然と語られるようになった。総統機密費の私的流用と、多額の資金が家族名義の海外口座に送金されているという噂だった。やがてそれが実際に炙り出され、総統を降りて不逮捕特権を失ったあとの昨年8月、陳氏は逮捕された。

裁判で争われたのは、日本円にして22億円ほどだが、実際はその何倍もあるとされている。国のトップのマネーロンダリング(資金洗浄)疑惑は、民進党のクリーンイメージを見事に破壊した。

台北地裁は本日午後、陳氏に収賄・横領で無期懲役を言い渡し、同じ事件で起訴された陳氏の妻・呉淑珍も無期懲役となった。2人とも公民権の剥奪と、それぞれ日本円で約5億6000万円と8億4000万円の罰金を科せられた。

「陳前総統は改革の旗を揚げる一方で、秘かに汚職を行い、人民の負託と期待を裏切った」――判決は、民進党支持者にとって重いものとなった。

私は、陳氏が総統2期目に総統府で会ったことがあるが、とてもそんな汚職をする人物には見えなかった。弁護士でもあり、民主化運動のリーダーでもあった陳氏は長く国民党の腐敗を糾弾してきた人物であり、文字通り、クリーンイメージによって成り立っていた。私もそのイメージを自然に感じ取っていた。

だが、これが崩れた時は、その反動が恐ろしい。いま台湾では国民党の馬英九政権が、台風8号被害への対応のまずさから国民の糾弾を受けて内閣総辞職となり、新内閣が発足したばかりだ。その失態も、かつての政敵である陳水扁の今回の無期懲役判決によって、国民の目からかなり逸らされたと言えるだろう。

陳氏は「企業から得た資金は政治献金で、海外送金に関与していない」と一貫して無罪を主張しているが、「政治献金を家族のものにする」ことが許されない行為であることは言うまでもない。

国民による民進党の汚職への反発をバックに昨年の総統選で勝利した馬英九氏。“第三次国共合作”を志向する馬氏が中国との統一、つまり台湾が中国に呑みこまれる方向に進もうとしているのは間違いない。

馬英九氏が総統を2期続ければ、高い確率で台湾は中国の傘下に入るだろう。それは日本にとって“生命線”である台湾海峡が「中国の内海になる」ことを意味する。

拡大する一方の中国の勢力が、ついに「台湾海峡を越える」のである。馬政権は、この陳水扁裁判を今後もコトあるごとに利用したいだろう。二審、三審と、「何度でも政治的に利用したい」に違いない。

すでに民進党から離党しているとはいえ、陳夫妻の存在は、今後も民進党のアキレス腱となり続けるのである。

夜、集英社の高田さんと台北市の剣譚にある士林夜市に行ってきた。若者の熱気が溢れる夜市の迫力に高田さんは圧倒されていた。台湾の若者にとっては、もはや過去の総統の汚職など、関心もないのかもしれない。

しかし、これが将来、国際的にアジアの力関係を左右するものだとしたらどうだろうか。不夜城とも言うべき台北の歓楽街を歩きながら、私はそんなことをずっと考えていた。

カテゴリ: 国際

台湾人の活気

2009.09.10

今日も朝から台北市内を精力的に取材で動いた。しかし、なかなか成果が上がらない。通訳の劉女史が頑張ってくれているが、こちらの蓄積したものや、知りたいポイントがすでに学者や研究者レベルを遥かに超えているので、なかなかそこまで到達しないのだ。

夜は、北京ダックで有名な南京西路の「天厨菜館」で、さる国防部の幹部と飲んだ。お互いが意見交換をし、収穫はそれなりにあった。傍らで、同行の集英社の高田さんもまんざらでもなさそうだった。

そのあと、某テレビ局の女性記者に見せてもらった史料があまりに貴重で、感激した。取材の壁にぶち当たったり、貴重な参考意見や史料に出会えたり、今日は一喜一憂の1日だった。

明日は、朝から国立の研究所に乗り込む。「スクープ史料を独占入手!」といきたいところだが、なかなかそうはいかないだろう。

ところで、台湾滞在が2週間近くになってきたので、私も結構、台湾人っぽくなってきた。猥雑な林森北路を今日も夜遅くにウォーキングしたが、違和感はまるでない。

しかし、台湾人の活気にはいつもながら驚かされる。鬱々とした日本人には、少しは見習って欲しいものだ。

カテゴリ: 国際

台北のスコールと「金門島」

2009.09.02

台北は夜、スコールに見舞われた。バケツを引っくり返したような土砂降りがいきなり始まったかと思うと、5分後にはピタリと止まり、また10分後にはさらに激しい雨が地面を叩きつけるといった具合だ。

台湾が日本とは違う亜熱帯に属する国であることを痛感する。そんな中、今日は、明日の金門島行きを控えて、国防部や三軍病院、中国時報などをまわり、“取材と工作”を繰り返した。

台北のテレビ局の敏腕女性記者がさまざまな局面で応援してくれ、大いに助かった。バイタリティとやる気に溢れた彼女は、私が追っている同じテーマでテレビドキュメンタリーをつくり、実は私も番組のインタビューに応じ、9月12日にその番組が放映されることになっている。

歴史の真実を究明しようという意欲は、どの国のジャーナリストも共通だ。彼女が入手した資料と私が得ている資料と証言。お互い情報交換することで、取材が一挙に進んだ思いがする。

ジャーナリズムの足腰が弱っていることを指摘する向きは多い。しかし、彼女の姿を見ているとこの業界の人間も捨てたものではない、と思う。

明日はいよいよ金門島だ。かつては、毛沢東と蒋介石の「意地」と「恨み」がぶつかり合った国際政治の焦点の地だった。軍事の要衝といえば、これほどの要衝はないだろう。

取材でどんなドラマが飛び出すか、今から楽しみだ。

カテゴリ: 国際, 歴史

東京が「人類史上3番目の被爆都市」にならないために

2009.08.29

民主党の“地滑り的大勝”となる「8・30投票」を翌日に控えて、麻生さんと鳩山さんの最後の訴えは、共に池袋の西口と東口となった。

新宿の私の事務所からも、池袋の上空を飛び交うマスコミのヘリコプターがよく見えた。夜のニュースでは、両党党首の演説と聴衆のようすが上空から捉えられていた。

私は明日、成田から台北に飛ぶため、歴史的な政権交代のシーンを東京で見ることはできない。台北のホテルで、衛星放送でそのシーンを見るのも、それはそれでいいのかも知れない。

しかし、新宿から池袋の上空を眺めながら、「東京が人類史上3番目の被爆都市」にならないことを祈らずにはいられなかった。

「友愛政治」を掲げる鳩山民主党が、平和ボケした外交を展開することを誰より望んでいるのは、北朝鮮と中国である。政権発足前から中国に膝を屈している鳩山さんが、両国に毅然とした態度を示すことができるなどと考える向きは極めて少ないだろう。

拉致問題に冷ややかな民主党は、北朝鮮に対して“対話路線”を選択する可能性が高い。昨夏、生命の危機に瀕した金正日総書記が年明け以降、性急に「核開発」に驀進しているのは周知の通りだ。それは残り少なくなった自分の生命との、いわばデットヒートである。

テポドンが東京に照準を合わせ、猛然たる勢いで核弾頭の小型化と起爆装置の開発に向かって突き進んでいる今、われわれは「人類史上3番目の被爆都市」にならないために、何をなすべきかじっくりと考えなければならない。

国民として、財源なきバラまき政策を喜んでいる場合ではない。飛び交うヘリコプターを遠くに眺めながら、国家の安全保障問題こそ「次の国会」で最大テーマになって欲しいと心から願った。

カテゴリ: 国際, 政治

“死”のタクラマカン砂漠

2009.07.08

新疆ウイグル自治区の暴動が海外に波紋を広げている。ついにサミット出席中の胡錦涛・国家主席がイタリアから帰国するそうだ。

報道によれば、これまで160人近くが死亡し、負傷者は1000人を超えているという。しかし、世界の人々は驚かない。昨年のチベット弾圧でもわかったように、中国の苛烈な少数民族に対する人権弾圧は「建国以来ずっと続いてきた」ものであり、こうした悲劇は、もはや「中国の常識」だからだ。

少数民族を人とも思わない中国政府によって、ウィグル族は長く虐げられてきた。タクラマカン砂漠で繰り返された核実験によってウィグル族には白血病が異常に多く、十分な治療や援助がないまま多くの人々が命を落としてきた事実が、これまでも国際社会に断片的に伝えられてきた経緯がある。

ために「タッキリ(死)」と「マカン(無限)」の合成語と言われるタクラマカン砂漠は、放射能汚染によって、文字通り「死の世界」になってしまった、とウィグル族の人々は嘆くそうだ。

虐げられてきたウィグル族にとって、「抗議デモ」(中国当局はこれを“暴動”と呼ぶ)は実は珍しくない。今回はたまたま海外で大きく報じてくれたが、中小の抗議行動はこれまでも繰り返しおこなわれてきた。

胡錦涛・国家主席もこれほどテレビで弾圧ぶりが報じられては、さすがに「人権」が重んじられる「サミット」の席では居心地が悪かったのだろう。

しかし、今回も中国は他国の非難には耳を貸さず、事態の鎮静化に努め、やがては更なる水面下での弾圧に精を出すだろう。私はこういう中国のニュースを見るたびに、12年前に封切られた映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」を思い出す。

こちらは、チベット弾圧をテーマにしたブラット・ピット主演の映画である。あの美しいチベットの風景をバックに、中華人民共和国の誕生とほぼ同時に始まったチベットへの中国軍の侵攻、そして卑劣で非道な抑え込みの有様が描かれている。

内外に配慮して、チベット人への虐殺シーンはダライ・ラマの「夢のシーン」だったとボカしてはいるものの、画面を見ながら「実際はもっとひどかったんだろうなあ」と思わせるつくりになっていた。

これまでウィグル族の受けつづけた弾圧は、むろんチベットに劣らない。このニュースをきっかけに、中国の人権弾圧、そして北朝鮮のような無法国家などに「どう対応していくべきか」、国際社会が一致して行動するきっかけにできないものだろうか。

もちろん、そのイニシアティブを日本が取れるなら大したものだが、そんなダイナミックな政治家が誕生するのを期待するだけ無駄かもしれない。

偽善と思惑だけが大手を振って闊歩する国際社会。そんな中で、丁々発止やりあえるような国家の領袖が日本に生まれるのは、一体いつのことだろうか。

カテゴリ: 国際

天安門事件「20周年」

2009.06.04

今日6月4日は、1989年に起こった天安門事件の20周年記念日だ。あの日からもう「20年」が経つのか、という感慨が湧く。

1989年、天安門事件が勃発する3か月前に、私は久しぶりに中国を訪れ、北京・武漢・上海で取材をしていた。張学良の半世紀を超える軟禁生活の謎を解くために、元国民軍(国民党軍)の上校(大佐)だった徐世江老人を武漢まで訪ねていき、また上海では、西安事変の際に、蒋介石を西安郊外の華清池で捕縛した孫銘九老人などを探し出して貴重な証言を得た。

この一連の取材旅行で驚いたことがあった。私自身その時、中国は4年ぶりの訪問だったと思うが、たった「4年」で中国があまりに“変貌”していたのだ。

何が変わっていたのか。

それは“モラルの崩壊”である。中国人同士のいがみあい、暴力的な言動、いらいらした人民のようすに、私はびっくりした。この7年前の1982年には、私は北京で1か月半暮らしたこともある。大学生の頃である。

年々、中国人は変わっていたものの、この89年はさすがに「これはひどい」と感じた。いきすぎた“拝金主義”によって、人民がどんどん荒廃している、と指摘する人もいた。確かに鄧小平の急速な改革開放路線によって、「赤い資本主義」に向かって、人民が目の色を変えて突き進んでいた。

中国人の価値観が“金儲け”だけに集約されていったその時期、落ち着きが失われ、殺伐とした空気が急速に中国全土を覆っていた。それは、まさに「モラルと秩序なき社会」だった。私は、変貌した中国を見て、帰国後、学生時代にお世話になった読売新聞の元北京支局長、星野享司氏(今年3月に亡くなられた)に「このままでは中国はやばいですよ」と、わざわざ報告に行ったほどだった。

そんな中、失脚していた胡耀邦・元総書記の死をきっかけに、学生たちが天安門広場を占拠し、政府に、そして社会に対して、アピールをおこない、それが天安門事件に発展していった。

私は、あの運動は、単なる「民主化」運動ではなかったと思う。秩序やモラルが失われた社会で、人間は生きていくことはできない。運動に参加した人たちには、激しい怒りがあった。もちろん人権無視の中国共産党独裁政権に対する怒りは大きかった。しかし、それ以上に、社会全体が秩序やモラルを失っていることに対する怒りがあり、そこから抜け出したいという願望が、あれほどの運動の盛り上がりにつながっていたと思う。

柴玲やウーアル・カイシといった民主化運動の先頭に立ったリーダーたちは、その後、どんな人生を送ったのだろうか。そしてあの時、「天安門広場では死者は出ていない」と勇気をもって証言した民主化運動のリーダーで、シンガーソングライター侯徳健はその後の20年を、どう生きてきたのだろうか。

さまざまなことに思いを馳せさせてくれる「20年目の記念日」だった。

カテゴリ: 国際, 歴史

NHKスペシャル「アジアの一等国」

2009.04.10

今日は、締切つづきのために観ることができなかった4月5日放映のNHKスペシャル『シリーズJAPANデビュー 第1回 アジアの“一等国”』の録画をゆっくりと観させてもらった。私が、今年7月に出版するノンフィクションは、台湾とも関係のある作品なのでこの番組は興味深かったが、少々驚いた。

全編、日本の台湾統治がいかにひどかったか、ということを視聴者に印象づけようというもので、これほど一定の意図に基づく番組構成は珍しい。こういう番組の中で、自分たちの証言が使われていることを、登場人物たちは果たして知っているのだろうかと、ふと、気になった。NHKスペシャルには、『激流中国』など、力作が多かっただけに、その落差にびっくりしたのは私だけではないだろう。

戦前、韓国と同じように日本統治時代を経験した台湾。しかし、両国の日本に対する感情には、大きな差がある。韓国とは正反対に、台湾には、「ハーリーズ(哈日族)」と呼ばれる日本びいきの人たちが今も沢山いる。

そういう親日家たちの中にも、日本に対して複雑な思いを抱いている人は少なくない。特に、この番組にも登場した元台湾人日本兵など高齢の方々だ。彼らには、日本に「切り捨てられた」という思いがある。

それは、現在の日本が政治家も経済人も「北京」にばかり顔を向け、中国首脳に拝謁するために北京詣でを繰り返し、一方では「北京」の反発を恐れ、要人の訪台はほとんどなく、「日本のために働き、今も日本に対して郷愁にも似た思いを抱く自分たち」が、まるでかえりみられていないことに対する“複雑な思い”である。

番組の終わりに、その元台湾人日本兵が「(自分たちは)みなしごになって捨てられたみたいですよ。人を馬鹿にしてるんだ、日本は」と叫ぶ場面がある。「台湾の当時の青年がいかに日本に協力して尽くしたか心を察してもらいたい」と、その老人は続ける。「それなのに」と言葉を接(つ)いだ瞬間、次の言葉は、なぜか編集でカットされている。そして、番組にはフランス人の歴史学者が登場し、「なぜ世界の人々は日本をこのように見るのか理解しなければならない」というコメントを発する。ここで番組は終了するのである。

私は1987年以降、取材で台湾を20回以上、訪問しており、多くの高齢の方々に面会を繰り返している。あの流れの中で、老人は、「それなのに」の次に「なぜ日本は私たちを忘れて、中国ばかり大事にするんだ!」と言ったのではないだろうか、と思う。少なくとも、私が会ってきた方々に共通する思いは、そうだった。

しかし、この番組は、それを「日本統治時代に対する恨み」であると、無理矢理、視聴者に印象づけた。

私はこの時、つい1か月ほど前の報道を思い出した。イギリスのBBCが共同でおこなった世界アンケートで、日本の好感度が「3年連続世界一」になったというニュースである。秩序を重んじ、勤勉でこつこつ努力する日本人の姿がどう世界で見られているかを表す貴重な外国メディアのアンケート結果である。

BBCとNHK。二つの巨大メディアの報道姿勢は興味深い。

カテゴリ: マスコミ, 国際

国の名誉を背負う「時」

2009.04.07

本日、ヤンキースの松井秀喜が初の開幕4番でホームランを放つというニュースが飛び込んできた。じっくりキャンプで調整し、満を持しての開幕戦だった。一方、マリナーズのイチローは、胃潰瘍で開幕から戦線を離脱している。両方のニュースを聞いて、皆さんはどちらに「感動」を覚えるだろうか。

イチローと共にWBCを闘ったマリナーズの同僚、城島選手によれば、「(WBCの)2次ラウンドからイチローさんは“よく眠れない”と言っていました」という。決勝戦の最後の最後に「優勝を決めるタイムリー」を放ったイチローだが、それまでの不振ぶりは確かに見ていて痛々しいほどだった。

事実、何度も「心が折れそうになった」とイチロー本人が語っている。あれほどの名選手が、そこまで思い詰めてプレーしていたのである。自分のチームからは「WBCに選手を出さない」球団があったり、自ら「WBCには出ない」と広言する選手もいたり、また、自チームの若手に経験を積ませるために、有力選手を落として実力のない自軍の選手を選出する監督がいたり……感動と共にいやなことも少なくなかったWBCだった。

しかし、そんな中、イチローは胃から出血するほどのプレッシャーを受けながら、懸命に闘っていたのである。イチローがそこまで日の丸を背負う重さを示してくれたことは、今後のWBCの日本チームに、はかり知れない影響を与えるのではないか。人間の責任感、そして祖国愛は、やはり美しい。イチローはそのことを教えてくれた。

カテゴリ: 国際, 随感

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