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襟を正せ「全柔連」「相撲協会」

2013.03.28

柔道と相撲――日本を代表する2つの武道を率いる巨大組織の存在意義が問われている。26日に開かれた全日本柔道連盟(全柔連)の臨時理事会と評議員会で、上村春樹会長(62)は“予想通り”辞任しなかった。

いや、それどころか、外部有識者による第三者委員会を設置することを決定し、上村氏本人が、その第三者委の提言を具体化するための「改革・改善実行プロジェクト」のプロジェクト長に就任したそうだ。

「はあ?」と、わが耳を疑った人は少なくないだろう。日本スポーツ振興センター(JSC)からの助成金を理事が不正に受給していた問題や女子柔道の暴力・暴言問題等々、すべての責任がある上村氏が、よりによって、その「改革・改善実行プロジェクト」を実施する責任者として今後も「君臨する」というのである。

最大の責任者である上村氏が地位に恋々として「開き直る」ことができるのが、柔道の世界のようだ。私は、今後、日本の柔道がいかに「道理」を説いても、もはや世界から笑いものにされるだけだろう、と思う。

いつから日本の柔道というのはこんな世界になってしまったのだろうか。そして、上村という人物は、なぜここまで出処進退をわきまえない人物となってしまったのだろうか。

昨年のロンドン五輪の男子柔道の大敗(金メダルゼロ)を受けても、当初、篠原監督を続投させたが、世間の非難が集まるや一転、辞任させたのも上村氏だ。

その後の女子柔道の暴力・暴言問題の告発も「隠蔽」に見事に失敗した。実績や指導力の欠如した明治大学柔道部の後輩・園田隆二監督を当初、庇(かば)ったが、ことが表面化して庇いきれないとみるや、これまた一転、切って捨てたのも上村氏だ。

ついには、JSCの助成金の不正受給問題まで発覚しても、それでも全柔連会長の地位にしがみつき、地方組織だけでなく、自らの足元からも非難の狼煙(のろし)が上がった。

「地位に恋々とする」というのは、「往生際が悪い」という言葉と同義語である。これほどの不祥事に「自らを律することができない人物」が伝統の日本柔道を率いていることを国民はどう見ているだろうか。

私は、「道」を踏み外した日本の柔道は、もとの「柔術」に戻ればいいと思う。「道」を目指し、講道館柔道を創設した“柔道の父”嘉納治五郎が説いたのは「自他共栄」だった。

柔術ではなく柔道でなければならないと唱えた嘉納治五郎は、“自分”だけでなく“他人”と共に栄えることを常に心に置け、と弟子たちに語り続けたのだ。それは、我欲を捨てろ、という意味である。

だが、嘉納治五郎から数えて5代目の講道館館長の上村氏は、それと真逆のことをおこなっている。私は、モントリオール五輪の無差別級で優勝候補・ソ連のチョチョシビリと激闘を展開した時の若き日の上村春樹選手の姿を思い出す。

重量級としては小柄だった上村選手があの時、見せた気迫と執念。感動の名勝負の末に難敵を倒した上村選手は、日本人として初めて無差別級を制し、悲願の金メダルを日本にもたらした。

あの頃の上村選手の姿を知る私は、今の上村氏がどうしても信じられない。日本柔道の栄光の時代を選手として体現した人物がなぜこうも変貌したのか。“人を変えてしまう”組織の怖さを私は感じている。

そして、もうひとつは日本相撲協会である。今週の月曜日、2年間にわたって法廷闘争を展開していた元幕内・蒼国来(29)に「幕内力士としての地位」を認める判決が東京地裁で出た。

必死に八百長への潔白を訴え続ける蒼国来という若者に対して、日本相撲協会が「2年以上」も復帰を拒否する“頑なな姿勢”を崩していないことに憤りを感じる。

というのも、2011年6月8日、東京地裁でおこなわれた蒼国来の地位保全の仮処分申請の第3回審尋で、すでに問題は「決着していた」はずなのである。

すでにその時点で、八百長に絡んで「なんの証拠もないこと」が露呈され、日本相撲協会が蒼国来に対して「毎月、幕内力士としての給料全額130万9,000円を支払う」という裁判所の暫定的な和解案を受け入れ、蒼国来に給料を全額支払うことになっていた。

すでにその時点から「2年近く」が経過している。蒼国来が八百長相撲をおこなったという「証拠」も「カネ」もいっさい存在せず、そのことをすでに2年前に裁判所が和解勧告という形で相撲協会に示し、それを協会が受け入れていながら、それでも、蒼国来の復帰は実行されなかったのである。

しかし、今週月曜日、東京地裁は、蒼国来に対して「あなたの地位は幕内力士である」と明確に判決として示した。なんの証拠もないまま、杜撰な調査で相撲協会が蒼国来を八百長力士に仕立て上げていたことを東京地裁は認定したのである。

2年前、相撲協会は、春場所(3月場所)を中止とし、5月場所を「技量審査場所」として無料公開し、名古屋場所(7月場所)の開催とNHKの中継再開に必死でこぎつけようとしていた。

その中で、八百長にかかわる杜撰な調査が明らかになることを恐れ、蒼国来を復帰させることなく、そのまま“棚ざらし”にしていたのである。一方、弟子が八百長問題に関与していたことで協会の理事からも降格されていた北の湖親方は、昨年、相撲協会理事長に復帰した。

北の湖理事長は、大相撲の八百長疑惑を10週連続で報じた講談社の「週刊現代」を相手取って、協会と力士32人と共に、名誉毀損による損害賠償計約8億円を求める訴えを起こし、2008年には証人出廷して、「八百長は存在しない」という証言をおこない、講談社から約755万円の賠償金を受け取った人物だ。

講談社側が八百長問題発覚後、北の湖理事長ら5人を詐欺罪で警視庁捜査2課に刑事告訴する騒動にまで発展したことは記憶に新しい。そんな人物が理事長に復帰し、一方、無実の蒼国来は2年以上にわたって、そのままの状態に置かれているのである。

私は、以前のブログで、相撲協会はさまざまな特典を享受している現在の「財団法人」という地位を返上し、私企業として出直すのがまず改革の「第一歩」ではないだろうか、と書いた。

その気持ちは今も変わらない。少なくとも、一刻も早い蒼国来の現役復帰を許し、自ら襟(えり)を正して欲しいと思う。日本の武道を代表するふたつの組織の情けない姿に、両方の分野でノンフィクションを数多く手掛けている私は、なんとも寂しくてならない。

カテゴリ: 柔道, 相撲

遠くになった「巨人・大鵬・佐藤栄作」の時代

2013.01.20

昨日亡くなった第48代横綱・大鵬は、私たち昭和30年代生まれの人間にとって特別な存在だった。史上最多の幕内優勝32回を誇り、柏戸と「柏鵬時代」を築いた大鵬は、日本の「高度経済成長」を象徴する人物だった。

よく私たちの世代の人気を独占した有り様が「巨人・大鵬・卵焼き」という表現で紹介される。しかし、これを「人気」ではなく「君臨」という観点で見直せば、私たちの世代は「巨人・大鵬・佐藤栄作」だったと思う。

高度経済成長のあの時代、子どもだった私たちは、野球は「巨人」であり、相撲は「大鵬」であり、総理大臣と言えば「佐藤栄作」の中で育った。

私自身は、あまりに大鵬が圧倒的な強さを発揮していたために、北葉山や佐田の山、そして玉乃島(のちの玉の海)を応援していた。しかし、あの時の憎たらしいほどの大鵬の強さは、驀進する「成長時代の日本」をまさに象徴していたと思う。

そして、総理大臣の佐藤栄作は、子どもの目から見たら“悪役”そのものだった。それでも今から見れば、いくら憎まれようと自信とパワーに溢れた政治家であったことは間違いないだろう。

「総理大臣」というのは、佐藤栄作の固有名詞のように思っていた私たちにとって、佐藤が総理の座を降りる時のことは忘れられない。

長く記者クラブと対立していた佐藤は、新聞記者たちを退席させ、テレビカメラだけに向かって退任会見をおこなった。総理大臣と言えば佐藤栄作だった私たちにとって、その光景を見た時の驚きと衝撃は忘れることができない。

王、長嶋を擁して9連覇を成し遂げた巨人の強さも他を圧していた。日本にとって、あれほどの「成長と安定の時代」は、もはや考えられない。

私はそんな時代のヒーローだった大鵬を、拙著『あの一瞬 アスリートはなぜ奇跡を起こすのか』(新潮社)の中で取り上げさせてもらったことがある。

舞台は、柏戸と大鵬が激突した昭和38年9月場所の歴史的な「全勝対決」である。私は、68歳になっていた大鵬親方に長時間取材に応じていただいた。

柏鵬時代とは言っても、実質的には「大鵬時代」だったあの時、史上初の6連覇を達成した大鵬と、横綱になって一度も優勝できず、休場がつづいていた柏戸。引退の瀬戸際に立たされていたその柏戸が休場明けにもかかわらず、大鵬との千秋楽での全勝対決まで突っ走ったのだ。

柏戸はこの時、大鵬を押し出しで破って全勝優勝を遂げ、見事な復活を果たした。「昭和最高の決戦」と呼ばれた有名な一番である。しかし、この時の一番が「八百長ではなかったか」という中傷が飛び交う騒動となり、ふたりはその渦の中に巻き込まれた。

私はこの対決の秘話を柏戸が全勝優勝に至る長期休場の間に過ごした那須塩原での「リハビリ生活」と地元の人々との「交流」に焦点を当てて、前述の『あの一瞬』の中で描かせてもらった。

取材のために貴重な時間を割いてくれた大鵬親方は、当時「引退」の瀬戸際に追い込まれていたライバル柏戸の姿と苦悩について、私に話してくれた。

それまではライバル同士で、ほとんどまともに口をきいたこともなかった二人は、この全勝対決以降、「欠かせない友となった」と、大鵬親方は語ってくれた。

場所が終わって数日後、協会から八百長騒動のためのヒアリングを受けた二人は、その帰り、たまたま同じ車に二人だけで乗ったという。その時、大鵬は柏戸に「いろいろつらかったね。優勝おめでとう」と声をかけたそうだ。その時、柏戸は「う、う、うん」と言ったまま、ボロボロと涙を流した。

そのまま車の中で、ぐーっと泣くライバルの姿を目にあたりにした大鵬は、「ああ、この人はなんて純情でまっすぐな人なんだ」と思い、それ以降、「おい」「おまえ」と呼び合う心を許す友になったというのである。

そして、平成8年12月、58歳という若さで急逝した柏戸の訃報を受けて駆けつけた大鵬親方は、「おい、何してるんだ。起きろよ。なに寝てるんだ!」と、目を瞑ったままのライバルに向かって叫んだそうだ。大鵬親方は、その時の気持ちも私に淡々と伝えてくれた。

その大鵬親方も、72歳でライバルのあとを追った。2度の6連覇を含む最多の32回優勝。史上最強横綱と言えば必ず「大鵬」と挙げられる昭和の大横綱が死去し、日本が最も活気に溢れていた頃の牽引者がまたひとり去ったのである。

豊かさの向こうに幸せがあると信じて疑わなかった「巨人・大鵬・佐藤栄作」の時代が、近頃、妙になつかしい。

カテゴリ: 相撲

「蒼国来」を復帰させないと日本相撲協会は大変なことになる

2011.06.10

あまり大きく報道されなかったが、昨日6月9日、東京地方裁判所で蒼国来の地位保全の仮処分申請の第3回審尋があった。

ここで驚くべきことがあった。日本相撲協会が今後1年間、蒼国来に対して「毎月、幕内力士としての給料全額130万9,000円を支払う」という裁判所の暫定的な和解案を受け入れ、蒼国来に給料を全額支払うことになったのである。

5月31日付の当ブログで“孤高の闘いを挑む「蒼国来」の真実”を書いたように、蒼国来が、八百長相撲をおこなったという「証拠」も「カネ」もいっさい存在しない。つまり、なんの証拠もないまま、相撲協会は蒼国来を八百長力士に仕立て上げ、無実を訴える蒼国来を有無を言わせず、解雇したのである。

そして、当の相撲協会は、さっさと名古屋場所(7月場所)の開催とNHKの中継再開にこぎつけ、これを発表している。だが、そんな中で、裁判所が「蒼国来に毎月の給料を“全額”支払え」という和解案を提示し、これを相撲協会が受け入れていたのである。その意味は計り知れないほど大きい。

つまり、これまでの審尋で、裁判所は蒼国来が八百長などしていないことへの心証を固めていることを物語っている。地位保全の決定以前に「まず給料を支払え」というのは、相撲協会がおこなった解雇自体が無効だということを意味している。

この上は、相撲協会は、いち早く蒼国来の“土俵復帰”を認めるしかないだろう。それをしなければ、将来ある若者の夢と希望を断ちきった上で知らぬ顔を決め込んだ実態が、おそらく国会でも問題になってくるだろう。

監督官庁の文部科学省が国会議員から追及を受け、より大きな問題へと発展していくに違いない。そうなれば、マスコミ・ジャーナリズムは、再びあの八百長調査のいい加減さを暴き始めるだろう。

そうなる前に「蒼国来の土俵復帰」を一刻も早く認めることをお勧めする。なぜなら、それが健全なる青少年の育成をも担う公益法人たる日本相撲協会の「当然の姿」だからだ。

カテゴリ: 相撲

孤高の闘いを挑む「蒼国来」の真実

2011.05.31

今日は、事務所に珍しい来客があった。中国・内モンゴル出身の力士・蒼国来(27)である。八百長問題で日本相撲協会を解雇された力士の中で、自らの無実を訴え、地位保全の仮処分を求めている力士だ。

縁あって紹介され、今日、蒼国来本人と部屋の女将さんがわざわざ西新宿の事務所を訪ねてきてくれた。四股名(しこな)通り、いかにも草原の国からやってきた精悍な蒼国来は、日本語も流暢で、驚くほど考え方のしっかりした若者だった。

「私は八百長などやったこともない。私の名前を挙げた春日錦関とは、会えば挨拶はさせてもらいますが、話をしたこともないし、携帯電話も知らない。突然、私が八百長をやったと言われても、なぜ? と言うしかありません……」

蒼国来は、私にそう訴えた。昇り竜だった蒼国来が落ち目の春日錦に、なぜ八百長をしてまで「負けて」もらわなければならなかったのか、当時の状況や両者の力量を知っていれば、もともと春日錦の話が真実とはとても思えないケースだった。

名指しされた力士たちが「退職金を支払うから」という協会の甘言に負けて戦いを回避していく中、蒼国来は「真実は一つしかない。やってもいない汚名を着させられたまま土俵を去るわけにはいかない。私は必ず土俵に戻ります」と、敢えて闘いの道を選んだのである。

クロと認定する材料もないまま蒼国来を解雇した協会の杜撰な調査は、東京地裁での地位保全の仮処分の審尋でも次々明らかになっている。なんと「蒼国来はカネで春日錦から星を買った」というのだが、いまだにそのカネの出どころばかりか、存在そのものが確認されていないのだ。「そもそも、そんなおカネが存在しないのだから、探しようがないですよ」と、蒼国来は言う。

収入のほとんどを内モンゴルの実家に仕送りしていた蒼国来は、いつか日本の土俵で名を成し、故郷に錦を飾ることが望みだった。そんな将来ある若者の純粋な思いを、公益法人である日本相撲協会が踏みにじろうとしているのである。

仮に地位保全の訴えが認められなければ、証拠もないままこの意欲ある若者の将来を断ち切った相撲協会のお粗末な調査のすべてが暴露されることになるだろう。ここでは詳しくは書かないが、その杜撰な調査ぶりは、聞くもの誰もが驚愕するに違いない。

今の蒼国来の支えは、理不尽な処分を下した巨大な協会に孤高の闘いを挑んでいることに多くのファンが応援してくれていることだ。毎年の餅つきで交流を深めた都内の幼稚園児からは「そうこくらい、がんばれ」という似顔絵つきの応援メッセージも届けられた。蒼国来はその絵とメッセージを大事そうに持ち、私に見せてくれた。

また、道を走っている車がわざわざ窓を開けて、「蒼国来、負けるな! 応援してるぞ!」と声をかけてくれることもある。そのたびに蒼国来は「日本人ってなんて温かいんだろう」という思いに捉われ、「土俵に戻るまで絶対に挫けない」と、心に刻んでいるのである。

言うまでもないが、日本相撲協会は、相撲道の維持発展と「国民の心身の向上」に寄与するために認められた特例財団法人である。その公益法人が前途ある若者を“冤罪者”に仕立て上げたうえで、本場所の開催だけをゴリ押しするなら、その時こそ協会は国民の前から「消え去る」運命をたどるだろう。

カテゴリ: 相撲

大相撲協会よ、“私企業”として出直せ

2011.05.08

本日、大相撲の“技量審査場所”がスタートした。放駒理事長の言葉によれば、「故意の無気力相撲の根絶」をはかるための第一歩である。だが、なにかシラジラしく感じるファンは少なくあるまい。その原因はどこにあるのだろうか。

大相撲の八百長問題は、古くて新しい問題で、ファンも半ばそれを知りながら大相撲を楽しんで来た歴史がある。年6場所という過密スケジュールの中、力士たちが互助組織的な世界に身を置いていることを知った上で、しかし、「すべてが八百長ではない」こともわかっており、そこに勝負の世界の魅力と厳しさをファンは見て取っていたのである。

しかし、北の湖理事長時代に大相撲協会は取り返しのつかないことをやってしまった。大相撲の八百長疑惑を10週連続で報じた講談社の「週刊現代」を相手取って、大相撲協会と北の湖理事長、そして力士32人が、名誉棄損による損害賠償計約8億円を求める訴えを起こしたのである。

その訴訟で、講談社側は敗訴し、週刊現代は記事の取り消し広告を掲載し、北の湖元理事長が約755万円、ほかの4人はそれぞれ約25万円の賠償金を受け取ったのである。このことの持つ意味はとてつもなく大きい。

言うまでもなく、大相撲協会は現在、八百長相撲を認めている。それによって、疑惑の力士たちが次々と引退に追い込まれていった。しかし、大相撲協会は「法廷」という虚偽証言が許されない場で、「八百長は存在しない」などと虚偽の主張をして、賠償金を騙し取ったのである。

いや、もっとわかりやすく言えば、彼らは八百長を知りながら、メディアを訴えるという“能動的な行為”を敢えておこなった集団なのだ。そんな相撲協会が「再出発する」と言って、果たして心から応援できるファンがいるだろうか。

週刊現代側は、北の湖元理事長ら5人を詐欺罪で警視庁捜査2課に刑事告訴した。先月6日、北の湖元理事長は弟子が八百長に関与したことを受けて、理事から役員待遇委員に降格となったが、いまだに協会内部に居座り続けている。

そんな自浄作用のない協会を心の底から応援できるファンは少ないだろう。少なくとも公益法人としてのさまざまな特典を享受している現在の「財団法人」という地位を返上し、私企業として出直すのがまず改革の「第一歩」ではないだろうか。

カテゴリ: 相撲

「組織防衛」という絶対目的のために

2011.04.01

ここのところ締切続きでブログを書く時間がなかった。40時間起きっ放しで締切作業をおこなったが、さすがに身体にこたえた。

その間、原発関連や政治、司法問題などでブログに書きたいことが沢山あったのに、それができなかった。改めて本日のブログで書くつもりだったが、今日も驚きの新しいニュースが飛び込んできたので、結局、そっちの方を書かせてもらうことにする。

驚きのニュースとは、大相撲の八百長問題で、特別調査委員会(座長=伊藤滋・早稲田大特命教授)から関与を認定された23人の力士や親方に対する処分が「決定された」ことである。

関与を「否認した」力士19人に引退を勧告し、関与を認めて調査に協力した十両・千代白鵬ら3人は処分を軽減され出場停止2年となった。つまり完全なクロが「出場停止」だったのに、否認していた力士の方が「引退」という、より重い処分を食らったのである。

関与を否認した力士の中には、本当に“無実”だった者もいたかもしれない。しかし、特別調査委員会の調査がどのくらい信頼できるものだったかという大きな疑問を置き去りにしたまま、処分は強行されたのである。おそらく処分に不満な力士の中には、「処分不当」という訴えを起こしてくる者も出てくるだろう。

私は、この杜撰な、あえて“杜撰”と言わせてもらうが、この処分内容を聞いて、40年以上前に起こったプロ野球“黒い霧”事件を思い出した。

あの事件で球界を永久追放された池永正明投手(西鉄ライオンズ)のことである。あの時、将来は300勝投手、400勝投手と期待された若手の剛腕投手・池永は、八百長とは無関係でありながら、有無を言わせないプロ野球機構によって「永久追放」の処分が下された。

こういう時に、プロ野球機構や大相撲協会といった組織がまず最初に企図することは、「組織防衛」である。そのためには、個人を犠牲にすることなどは全く厭わないのである。

名投手・池永が球界を永久追放されたように、事実関係の細かな吟味をやったとはとても思えない形で、多くの力士が角界を去っていくとことになった。

角界に蔓延している八百長汚染は、徹底的に調査をやり出したら、角界全体が“崩壊”したに違いない。そのためには、大相撲協会にとって早期の幕引きが“何をおいても”必要だったのである。

大震災報道の真っ只中で、しかも新年度スタートの「4月1日」というさまざまなニュースが溢れている日(しかもエイプリル・フールである)を選んで処分を決定した大相撲協会の姑息さには声もない。

引退を強制された「否認」力士たちは、不満この上ないだろう。彼らはいかに八百長が角界に蔓延しているかを知っている。今後は自分たちが知っている角界の八百長汚染の実態を告発する力士も出て来るだろう。組織防衛だけを目的に突っ走った大相撲協会が、手痛いシッペ返しを食らうことも予想される。

この3月、本場所がなくても、国民は何も困らなかった。その実態を目の当たりにした協会の焦りが全面的に出た今日の処分決定だったと言える。一度失った信頼を、これから取り戻すことは容易なことではない。

角界の“八百長パンドラ”がすでに開いている以上、これから第2、第3弾の告発が生まれてくるのは間違いない。

カテゴリ: 相撲

司法やマスコミの責任はどうなるのか

2011.02.03

ここのところ単行本原稿の締切で連日、徹夜が続いており、ブログで書かなければならないことが多いのに、それをすることができない。

目下、野球賭博問題以上に大激震となっている角界の八百長問題。捜査当局によって炙り出されただけに、今回は、さすがに沈静化が難しい。

だが、古くて新しいこの問題に「やっと出たか」という専門家の方が多いだろう。星の貸し借り、いわゆる八百長相撲は、角界の常識だからである。7勝7敗で千秋楽を迎えた力士たちが、なぜあれほど「勝ち越す」ことができるのか。

巡業も同じ、本場所も同じ、飲みに行くのも同じという“互助会”組織にいる力士たちが、星の貸し借りをやっていることは、内部の人間なら誰でも知っている。これまで週刊誌が何度となく告発記事をやってきたが、相撲協会はその記事を訴え、裁判所は相撲協会に軍配を上げ、「八百長」を否定して来た。

古くは、元幕内力士の板井が告発した各界の“八百長システム”は実に衝撃的だった。八百長を取り仕切る仲介者、あるいは工作人は、各界隠語で“中盆”と称され、その具体的な告発の中身に多くのファンは息を呑んだ。

しかし今回、昨年からの野球賭博捜査の過程で、携帯電話の消去メールが“復元”されて「事実関係が明らかになる」という、今の時代ならでは発覚経緯が興味深い。

当初、放駒理事長(元大関魁傑)は「過去には一切なかったことで、新たに抱かれてしまった問題だと認識している」と語ったが、さすがに次々と明らかになる事実に「このままではまずい」と思ったのか、「私の認識はある意味(無気力相撲と八百長は)イコールだと思っている」と述べ、初めて公式に八百長の存在を認めるコメンを発した。

野球賭博の次は八百長。相撲を愛するファンを裏切った点で言えば、今回の発覚は各界にとって致命傷である。賭博汚染に八百長汚染。こんな団体に公益法人としての認可が果たして許されていいのかどうか、あるいは公共放送であるNHKが相撲中継を続けるのかどうかも含め、これからの展開が注目される。

それにしても、過去のジャーナリズムの告発を“なきもの”にし続けた司法やマスコミの責任はどうなるのだろうか。真実とは、タブーを恐れずに報道し続けた側が握っていることを改めて認識させてくれた出来事だったと言える。

カテゴリ: 相撲

予断を許さない参院選

2010.07.07

ここのところブログの更新もできず、ひたすら原稿を書き続けた。そして今朝、原稿500枚を無事、入稿した。発売は8月5日だ。出版社も特別体制で突貫の編集作業をおこなってくれるそうだ。

なんともありがたい。しかし、編集者との打ち合わせもできず、徹夜明けのまま別件の取材で九州・佐賀に飛んできた。そして夜は長崎にいる。

90歳になる元海軍の軍医中尉にお会いするためである。明日は長崎でこれまた海軍の元軍人に取材させてもらう予定だ。若いつもりでも、さすがに徹夜が身体にこたえる。

巷では、いよいよ参院選の最終盤だ。野党から包囲された形の民主党・菅政権は、じりじりと支持率を落としている。

「このままで日本はいいのか」という各党の十字砲火で後退を余儀なくされているのだ。勝敗はまったく予断を許さない。マスコミの世論調査は、与党民主党の過半数確保は無理、というのが一般的だが……。

NHKの大相撲中継中止の決定は、当然だった。傲慢な態度でマスコミを会見で怒鳴りつけた武蔵川理事長も、世間の怒りの凄まじさを思い知っただろう。

今後の注目は、国税局の出方だ。常識外れの賭け金を野球賭博につぎこめる力士たちの“ごっつあん体質”に国民の怒りは高まっている。

税の捕捉率がいまだに不公平著しい日本で、財団法人という税の優遇措置を受ける協会の人間たちが、納税の義務もろくに果たさないまま何千万もの金額が動く賭博にウツツを抜かしていたのだ。一生懸命応援してきたファンこそ、いいツラの皮である。

これをきっかけに公益法人への課税問題を政治課題にして欲しい、と思う。特に宗教法人への課税措置だ。消費税の引き上げなど議論にならないほどの財源がそこには眠っている。そこへ切り込む政党が出てくれば、国民の拍手喝さいを浴びることは間違いない。

書きたいことは沢山あるが疲労困憊なのでこのあたりで。長崎のホテルにて。

カテゴリ: 政治, 相撲

問われるNHKの見識

2010.06.29

今、ワールドカップ決勝トーナメント・日本vsパラグアイの前半が終わった。0対0。予想通り、固いディフェンスを誇る両チームだけに1点勝負となった。

執念と天運のあるチームが勝つだろう。いずれにせよ明日の報道は、この試合一色に違いない。そこで、ここでは大相撲のことを書いてみたい。

今日はTBSの報道番組「Nスタ」のコメンテーターとして出演していたが、大相撲の野球賭博に関する調査委員会の処分を聞いて驚いた。親方衆の「謹慎」処分の甘さは絶句ものだ。名古屋場所で謹慎の親方衆が宿舎や稽古の土俵にやってくるのは「自由」なのだそうだ。

要は、本場所の会場に行きさえしなければ、OKだという。調査委員会とは言いながら、メンバーはほとんど身内の理事で、申し訳程度に外部から委員を招いたに過ぎない。そんな委員会が弾き出した大甘の処分によって名古屋場所は開催されることになったのだ。

そして、その発表の記者会見に臨んだ武蔵川理事長の態度。「おい、そこ。もう(会見を)しないぞ!」とカメラマンを叱りつける態度に、国民は唖然としたに違いない。

その態度には、反省のかけらもない。財団法人・日本相撲協会の理事長が、野球賭博という大スキャンダルに対する調査委員会の結果を発表する時に、しかも、自ら謹慎処分を受けているというのに、報道陣に「おい!」である。

5月下旬にこのスキャンダルを週刊新潮が報じた際、琴光喜はもちろん親方衆も「完全否定」を貫いた。そして、やって来たことと言えば、雑誌メディアの取材拒否である。そんな異常な状態が1か月も続き、ついに日本雑誌協会は相撲協会に抗議書を出している。

つまり、武蔵川理事長をはじめ協会幹部は「報道されて事実が明るみになり、仕方なく対応している」だけなのである。

昭和40年代、暴力団との関係を途絶させるためにプロ野球界も芸能界も七転八倒した。黒い霧事件では、才能のある選手たちが球界を去っていった。

砂かぶり席が暴力団に流れていたスキャンダルを追いかけるように明るみに出た今回の野球賭博事件。親方衆の関与も次々明らかになる中で、NHKが大相撲を放映したら、今度は国民がNHKを許さないだろう。

40年前、暴力団との関係が明るみに出たあの美空ひばりを紅白歌合戦から締めだしたのは、まさにNHKだった。その毅然とした姿勢が、芸能界の暴力団汚染をストップさせる大きな要因となった。

休場力士と謹慎親方だらけの暴力団汚染の土俵を放映することは、公共放送として決して許されない。そもそも泉下の美空ひばりが「なぜ私だけが?」と怒るに違いない。“なれあい”と“なし崩し”のケジメなき決着を国民は許してはならないのだ。

カテゴリ: サッカー, 相撲

7月場所開催など論外

2010.06.21

底知れぬ広がりを見せている相撲界の暴力団汚染は、国民を唖然とさせている。言うまでもないが、相撲協会とは、相撲に関する伝統文化を保持するために設立された文部科学省所管の「特例財団法人」である。

国技である相撲道を「研究」し、相撲の技術を「練磨」し、その指導普及を図り、相撲道の維持発展と「国民の心身の向上」に寄与することを目的とする、と定められた法人だ。だが、昨今の相撲協会を見て、その目的が「果たされている」と考えている国民はどのくらいいるだろうか。

力士間の八百長疑惑から始まって、時津風部屋での“しごき”死亡事件、朝青龍の数々の不祥事、現役力士による大麻事件、さらにはドーピング騒動、暴力団への砂かぶり席横流し事件……等々、今回の野球賭博事件の発覚を俟つまでもなく、すでにこの協会が「公益」をはかるような団体でなくなっていることは誰の目にも明らかだ。

日本人同士のなれあいの中で生きてきた相撲界が、いつの間にか外国人力士に席捲され、しかも、水をあけられた日本人力士は“小遣い稼ぎ”に狂奔し、暴力団が胴元の野球賭博に手を出していたというのである。

長年、相撲を欠かさず観戦し、土俵に一喜一憂している年老いた生粋の相撲ファンを私は数多く知っている。その人たちの失望はいかばかりだろうか。

報道陣に気色ばむ武蔵川理事長の愚かな姿や右往左往する協会幹部たちの姿は、もはや滑稽ですらある。臭いものに蓋をして生き残りをはかり、自分たちの利益を今後も確保しようとする協会幹部たちに“ノー”を突きつけるのは、われわれ国民の側である。

信賞必罰の毅然とした姿勢を貫けなければ、日本人そのものの質が問われる。7月場所開催など、もはや論外というほかない。

カテゴリ: 相撲, 随感

昭和の大横綱・大鵬

2009.06.21

昨日は、元横綱・大鵬(本名・納谷幸喜、相撲博物館第5代館長)とお会いし、およそ3時間にわたって取材させてもらった。

ライバルの柏戸と共に「柏鵬(はくほう)時代」を築き、歴代ナンバー・ワンの優勝32回をはじめ、6連覇2回、45連勝などを記録した「昭和の大横綱」である。

引退後の36歳の時に脳梗塞で倒れながら、厳しいリハビリで復活して相撲協会の要職を歴任、協会を定年後も、昨年12月まで相撲博物館の館長を務めた。

歴代1位の勝率を誇った安定した相撲ぶりが “巨人、大鵬、卵焼き”と称され、その圧倒的な強さは、高度経済成長をヒタ走ったパワー溢れる1960年代の日本を象徴するものだった。

私が子どもの時から「大鵬が負ける場面」に出くわすことはほとんどないようなケタ違いの強さを発揮していた。ご本人によると、父親は白系ロシア人で、戦後苦労を重ねたが、16歳の時に飛び込んだ角界で猛稽古を繰り返し、やがて「朝起きるたびに強くなっている」と言われるようになったという。天才とは柏戸の方で、自分は努力型だった、とも述懐する。

インタビューの終わり際に、「相撲の真髄とは?」と、私が質問を投げかけると、ニヤリと笑って「どこまでいけばそれを“会得”できるのか。もうこれでいい、というのは相撲にはありませんよ。死ぬまで“勉強”なんです」と語ってくれた。左半身は今も不自由だが、まだまだ意気軒昂だ。

インタビューをもとに近くノンフィクションを書く予定なので、乞うご期待。


カテゴリ: 相撲

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