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安倍首相「真珠湾訪問」の本当の意味

2016.12.29

多くの意味を持つ安倍首相の真珠湾訪問だった。「和解の力」と「お互いのために」――両首脳の言葉を借りれば、そんな簡潔なものに集約されるかもしれないが、この訪問の意味は、それ以上に、はかり知れないものだったと思う。

日本が置かれている状況を冷静に分析すれば、今回のオバマ-安倍の「最後の日米首脳会談」は、いよいよ牙を剥(む)き出しにしてきた覇権国家・中国から日本を守るための切実なものだったことは確かだ。

折も折、この訪問に合わせるかのように、中国人民の“愛国の象徴”である空母『遼寧』が空母群を構成し、初めて第一列島線を突破して西太平洋に入り、デモンストレーションをおこなったのが象徴的だ。

南シナ海で、圧倒的な軍事力を背景に他国が領有権を主張する島嶼(とうしょ)に軍事基地を建設し、さらに虎視眈々と次なるターゲットへと領土拡張への動きを見せる中国。今回のオバマ―安倍会談で、真っ先に中国の空母群の西太平洋進出のことが取り上げられ、「注視すべき動向だ」と語り合ったことは頷ける。

中国の軍備拡張は、今や宇宙空間を制する、いわゆる「制天権」獲得にまで進んでいる。キラー衛星を駆使して、宇宙戦争でもアメリカを凌駕しようという並々ならぬ決意は「見事」というほかない。

アメリカの空母群を殲滅(せんめつ)する能力を持つと言われる対艦弾道ミサイルの急速な進歩と整備も脅威だ。しかし、そんなハード面よりさらに怖いのは、中国のしたたかな内部離間工作である。

沖縄から米軍基地を撤退させるための工作は、東シナ海制覇のためには必要欠くべからざるものだ。天然資源の宝庫と言われる東シナ海は、中国がどうしても手に入れなければならないものである。人民の中流化・富裕化とは、そのまま中国にとって「絶対資源の不足」を意味するものだからだ。

そのためには、沖縄に米軍基地が存在してもらっては困るのである。案の定、今回の安倍首相の真珠湾訪問に対する、予想どおりの非難が中国や韓国から巻き起こっている。そして、これまた“予想どおり”、そういう中国と韓国による日本への反発をつくり出してきた日本の“進歩的メディア”や人々から「罵り」が聞こえていた。

70年代に跋扈(ばっこ)した、いわゆる“反日亡国論”を唱えた人々、あるいは、その系脈に連なる人々である。私は、その有り様を見ながら、日本が、ここまで中国や韓国と離間しなければならなかった理由を改めて考えさせられた。

あれだけ「謝罪」しつづけ、「援助」しつづけ、「頭(こうべ)を垂れ」つづけた結果、中国と韓国との関係がどうなったかを日本人は知っている。それが、実は、日本の一部のメディアがつくりあげた虚偽や離間工作によって“成し遂げられた”ものであることも、今では明らかになっている。

それだけに腹立たしいし、今後もつづくだろう中・韓への日本のメディアによる“煽り”ともいうべき報道が、これからの日本人にどれだけ多くの「災厄をもたらすか」を考えると、暗澹たる思いになるのは私だけではないだろう。

2017年以降、東アジアの行方は、まったく混沌としている。当初、信頼関係をなかなか築けなかったオバマ大統領と安倍首相が、最後にはここまで「友情」と「信頼」の関係を構築したことは、トランプ次期大統領との関係にも「期待」を抱かせてくれる。

だが、トランプ氏を自分の陣営に引き寄せようと、日本と中国が熾烈な戦いを繰り広げる本番は、「これから」だ。世界の首脳に先がけてトランプ氏との会談を実現し、まず信頼構築の第一歩を踏み出した安倍首相。幸いに“対中強硬派”を次々、登用するトランプ氏の方針が明らかになり、第1ラウンドを日本側が制したのは、間違いない。

しかし、それで安心はできない。トランプ氏には、中国とのビジネス上のチャンネルは数多くあり、もともとの人脈から言えば、日本など比較にならない。さらに言えば、トランプ氏の直情径行とも言える簡潔な思考方法も気になる。

私は、沖縄からの“電撃的米軍撤退”は、あり得ると思っている。つまり、トランプ氏が「沖縄の人々がそこまで米軍の存在が嫌なら、沖縄を放棄してグアムまで撤退しようじゃないか」と、いつ言い出すか予測がつかない、ということだ。

日本のメディアは、「地元民」として登場する反対運動の活動家たちの正体を一向に報道しない。つまり、基地反対運動を展開しているプロの活動家が「本当に沖縄県民の意見を代表しているのか」ということである。

尖閣諸島がある石垣市の市長が、沖縄本島の有り様に苛立ちを強めている理由もそこにある。中国の脅威に最前線で晒されている石垣島の漁民にとって、沖縄で地元民のふりをして活動をつづける“プロ市民”の存在は、本当に腹立たしいだろう。

すでに、中国による沖縄からの米軍撤退工作は、佳境に入っている。今年5月、中国は、沖縄の地元紙や大学教授、ジャーナリスト、文化人等を北京に集め、「琉球・沖縄最先端問題国際学術会議」なるものを開催している。

これは、沖縄の独立や米軍基地問題(つまり、撤退問題)などをめぐって意見を交わすシンポジウムで、主宰研究会の理事には、国防相まで務めた人民解放軍の元上将などが名前を連ねている。

参加した沖縄の大学教授の一人は、この研究会のホームページで、「われわれの目的は琉球独立だけでなく、軍事基地を琉球から全部撤去させることだ」という宣言までおこなっている。

こんなものが公然と中国政府の肝煎りで北京で開かれるほど、沖縄からの「米軍撤退工作」と、内地と沖縄との「離間工作」は本格化しているのである。

あらゆる階層で、あらゆるチャンネルを通して、中国は「日本の分断」をはかっている。それを横目に、オバマ―安倍の最後の日米首脳会談は終わった。

今回の訪問のもうひとつの意味を最後に書いておきたい。それは、安倍首相が、真珠湾攻撃で戦死した飯田房太海軍大尉(死後、2階級特進で中佐)の碑(いしぶみ)を訪れたことである。

安倍首相が、郷土・山口の大先輩である飯田大尉の碑を訪ねたことは、大きな意味を持つと私は思う。「耳を澄ますと、寄せては返す、波の音が聞こえてきます」という言葉から始まったスピーチの中でも、安倍首相はこの飯田大尉のことに触れている。

「昨日私は、カネオへの海兵隊基地に、一人の日本帝国海軍士官の碑を訪れました。その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのをあきらめ、引き返し、戦死した戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。

彼の墜落地点に碑を建てたのは、日本人ではありません。攻撃を受けた側にいた米軍の人々です。死者の勇気を称え、石碑を建ててくれた。碑には、祖国のために命を捧げた軍人への敬意を込めて、“日本帝国海軍大尉”と当時の階級を刻んであります。

The brave respect the brave.
“勇者は、勇者を敬う”

アンブローズ・ビアスの詩(うた)は言います。戦い合った敵であっても敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。そこにあるのは、アメリカ国民の寛容の心です」

私は、このスピーチに聞き入ってしまった。飯田大尉は、日中戦争で成都攻撃もおこなった指揮官の一人であり、その時のことは、3年前に亡くなった角田和男・元中尉(94歳没)から私は直接、伺っている。

高潔な人柄と、先を見通す卓越した感性は、同期の海軍兵学校(62期)の仲間の中でも抜きん出ていたと思う。真珠湾攻撃で被弾し、空母『蒼龍』への帰投をあきらめた飯田大尉は、米軍基地の格納庫に突入して、壮烈な戦死を遂げた。

敵とはいえ、その勇敢さに驚嘆した米軍兵士たちは、四散した飯田大尉の遺体を拾い集め、丁重に葬った。そして、1971(昭和46)年には記念碑が建てられ、安倍首相は今回、そこを訪れ、献花したのである。

被弾によって帰還をあきらめた飯田大尉の悲壮な決断は、のちに米軍を苦しめる神風特別攻撃(特攻)へと連なるものである。若者を死地に追いやったあの「特攻」ほど、戦争の無惨さ、虚しさを後世に伝えるものはないだろう。

だが、あの攻撃によって米軍が恐怖に陥り、“カミカゼ”というだけで、米軍兵士がある種の畏敬の念を表するようになったのも事実である。それが、飯田大尉の記念碑建立へとつながっていったことを私は聞いている。

今年は、私にとっても、さまざまなことがあった年だった。拙著『太平洋戦争 最後の証言(零戦・特攻編)』、あるいは『蒼海に消ゆ』といった特攻を扱ったノンフィクション作品の中で、貴重な証言をいただいた元士官たちが、次々と亡くなった1年だったのだ。

1月には、福岡・久留米在住の伊東一義・元少尉(93歳没)、5月には、広島・呉の大之木英雄・元大尉(94歳没)、同じく5月には、長野市の原田要・元中尉(99歳没)が大往生を遂げた。原田さんもまた、角田元中尉と同じく飯田大尉の部下だった。

特攻で死んでいった仲間たちの無念と彼らの思いを淡々と話してくれた老兵たちが、相次いで亡くなった2016年の最後に、まさか飯田房太大尉のニュースが飛び込んでくるとは予想もしていなかった。

それだけに、あの太平洋戦争で還らぬ人となった日本とアメリカの若者たちに、深く頭を下げ、「本当にご苦労さまでした。なんとしても、皆さんのためにも平和を守りたいと思います」と心の中で誓わせてもらった。

波乱の予感がする2017年が平穏な日々であって欲しいと願うと共に、日本が、偏った報道から脱皮し、他国の離間工作に翻弄されることなく、世界の現実を直視して、きちんと物事を判断できる国になっていくことを心から期待したい。

カテゴリ: 中国, 国際

「トランプ-蔡英文」衝撃会談の意味

2016.12.03

中国にとって、アメリカのトランプ次期大統領による“衝撃的”な出来事がつづいている。最大のものは、本日、トランプ氏が台湾の蔡英文総統と「電話会談をおこなった」ことだ。

台湾の総統とアメリカの大統領や次期大統領とのやりとりが「公になった」のは、1979年の米台断交後、もちろん初めてのことだ。

中国にとって、何が衝撃だったのか。それには、まずアメリカの「台湾関係法」を理解しなければならない。「ひとつの中国」を原則にして、歴史的な米中国交正常化が成った1979年、アメリカは、台湾(中華民国)を守ることを目的とした「台湾関係法」をつくった。

これは事実上の「軍事同盟」であり、それまでの米台間のすべての「条約」や「協定」は維持されることになった。つまり、アメリカは、台湾を「国家同様に扱う」ことを定め、責任を持って「守り抜く」意思を明らかにしたのだ。

アメリカは中国に対して「貴国とは、国交を樹立する。しかし、それは中華民国(台湾)との関係を完全に断つという意味ではない。わが国は、どんなことをしても中華民国を守る」と宣言したのである。

それは、たとえ第二次世界大戦終了の4年後(1949年)に成立した中華人民共和国と国交を結んだとしても、連合国軍の大切な仲間であった「中華民国を見捨てることはしない」という強烈なアメリカの意思表示であり、人道的な決意によるものだった。

これによって、中国の「台湾侵攻」は、永久的ではないにしても、封殺を余儀なくされた。中国にとっては、仮に台湾侵攻をおこなうとすれば、「中米戦争の勃発」を意味するものになったのだから無理もない。アメリカの姿勢は、日本が台湾に対しておこなった1972年の「日華断交」とは根本的に異なるものだったと言える。

しかし、逆に考えれば、中国にとっては、「アメリカに方針転換さえさせれば、台湾をどうとでもできる」ということも意味する。歴代のアメリカ大統領とは“異質な”トランプ氏の登場は、ある意味、中国には、「待ちに待ったチャンス」だったのである。

だが、世界の首脳に先がけて日本の安倍首相がトランプ氏との直接会談にこぎつけて以降、中国の旗色は悪い。11月14日に習近平国家主席は、電話で当選への祝意を伝えたとはいうものの、トランプ氏から中国への尊重や敬意の思いは未だに伝わってこない。

一方、あれだけオバマ大統領に罵声を浴びせていたフィリピンのドゥテルテ大統領が昨日、トランプ氏と電話会談をおこない、これまた良好な米比関係に向かって第一歩を踏み出した。テレビに映し出された会談中、そして会談後のドゥテルテ大統領の満面の笑みは、親密な関係を築けた証明とも言える。

そして、今日の蔡英文総統との電話会談である。ここで重要なのは、蔡総統がトランプ氏に「台湾の国際社会への参画」に対して理解を求めた点である。トランプ氏の返答がいかなるものだったのかは、詳らかになっていないが、筆者には、台湾の政府関係者から「(台湾)外交部にはトランプ氏の娘婿であるジャレッド・クシュナー氏と大学時代の親友がおり、彼を通じてトランプ氏の台湾への理解は相当深いと聞いている」という話が伝わっている。

国防長官に“狂犬”の異名をとるジェイムズ・マティス退役大将が指名されたことが明らかになった直後に、ドゥテルテ、そして蔡英文という二人の首脳との電話会談をおこなったトランプ氏。中国にとって“対米防衛ライン”とされる日本-台湾-フィリピンという「第一列島線」の首脳がいずれもトランプ氏との「関係強化」を現実のものにしつつあることをどう捉えるべきだろうか。

トランプ氏がよく比較されるロナルド・レーガン元大統領は、1980年代の任期「8年間」に強気の姿勢を一切崩さず、SDI構想(戦略防衛構想、通称スター・ウォーズ計画)によって、ついにソ連の息の根を止め、冷戦を「終結」させた歴史的なアメリカ大統領となった。

当時のソ連に代わる超大国にのし上がった中国に対して、果たしてトランプ氏はどんな政策を打ち出すのだろうか。今日の「トランプ-蔡英文」会談の報を受けた中国の王毅外相は、報道陣を前にして、「(これは)台湾のこざかしい動きに過ぎない。国際社会が築いた“ひとつの中国”という大局を変えることはありえない!」と吐き捨て、激しい動揺と苛立ちの深さを浮き彫りにしてしまった。

トランプ氏の登場は、南シナ海や東シナ海での傍若無人な中国の動きに今後、どんな影響をもたらすのだろうか。外交とは「生き物」である。大統領選の最中とは異なり、共通の価値観を持つ先進資本主義国のリーダーとして、トランプ氏に世界の“意外な”期待が寄せられつつあるのは確かだろう。

カテゴリ: 中国, 台湾

日中外相会談「大失敗」の意味

2016.05.02

最近、どうも不思議なことがある。安倍政権の外交姿勢である。2012年12月の政権発足以来、“対中包囲網外交”を展開し、ある意味の「焦り」を中国側に生み出してきた安倍外交が、ここのところ、どうもおかしいのだ。

中国の報道を細かくフォローしている『レコードチャイナ』が4月30日におこなわれた北京での「日中外相会談」の新華社の報道を紹介している。それによれば、中国の王毅外相は岸田文雄外相にこう述べたのだそうだ。

「この数年の間に、日中関係は絶えず波乱がありました。その原因については日本側が一番よくおわかりでしょう。近年、日本はたびたび関係改善を希望しています。もしあなたが誠心誠意で来たのであれば、私たちは歓迎します」

「中国には“その言葉を聞き、その行動を見る”という言葉があります。今日はあなたがどのように日中関係を改善するか意見を伺いたい。それと同時に、日本側が本当に行動に移すかということも見なければなりません」

「日中は隣国。私たちは当然日本と健全で安定した友好関係を発展させることを希望しています。同時に、この関係は必ず、歴史を正視するという基礎、約束を守るという基礎、協力であり対抗ではないという基礎の上に築かれなければなりません。あなたの今回の訪中が、日中関係の実質的な改善に作用することを期待しています」

これらは一読すればわかるように、「外交の常識」では考えられないような非礼な言葉の連続である。一国の外相を迎える時に、これほどの礼を失した態度と言辞で会談に臨んだ例は、なかなかあるものではない。

岸田外相に対して王毅外相が発言した中身は、要するに「日本が関係改善を希望しているから、あなたに会ってやった。もし、誠心誠意、日本が態度を改めるなら歓迎してやる」「日本にどんな関係改善の意見があるのかは聞く。しかし、問題はそれを日本が本当に行動に移すかどうかだ」「日本は、歴史を正視し、約束を守れ。中国に対抗するのではなく、中国に協力的であれ」ということである。

私は、2014年11月にAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で訪中した安倍首相に対して、習近平国家主席が、憮然とした態度で会見したことを思い出した。ほかの国の首脳との会見では、バックに両国の国旗を配して、にこやかに接遇したが、安倍首相に対してだけは、あからさまに「我々は、あなたを歓迎していない」という態度をとったのである。

今回も予想されたこととはいえ、王毅外相の態度に、多くの日本人が呆れ返ったに違いない。1970年代から80年代に持て囃(はや)された「日中友好」という概念が、もはや「とうに存在しなくなったこと」がわかる。

読売新聞によると、これに対して、岸田外相は日本の記者団から会談での発言内容を質問されても、「日本の立場をしっかり伝えた」と語るだけだったという。一方、中国側は王毅外相の発言を詳しく公表し、その中には、岸田外相が「歴史の反省」に言及したとも指摘したそうだ。つまり、王毅―岸田会談は、中国側の「一方的な攻撃」で終わったのである。

産経新聞は、王毅外相の発言を中国側が以下の「4項目」の対日要求を岸田外相に出した、という視点で報じている。

(1)誠実に歴史を反省し、「一つの中国」政策を守る。
(2)「中国脅威論」や「中国経済衰退論」をまき散らさない。
(3)経済面で中国を対等に扱い、互恵を基礎に各領域の協力を推進する。
(4)国際・地域協力で中国への対抗心を捨てる。

いやはや凄まじい要求である。まるで宗主国が属国を指導し、窘(たしな)めるかのような文言というほかない。これらの報道を読んで、根本的な疑問を持たない人がいるだろうか。

「一体、日本は何を期待して、中国を訪問しているのだろうか」ということである。今回の訪中は、中国とのパイプの太さを強調する自民党の二階俊博総務会長と外務省における‟チャイナスクール”の積極的な動きによって実現したものとされる。

チャイナスクールとは、中国で「中国語の研修」を受けた日本の外交官たちのことだ。彼らは、語学研修時代から中国政府と深い関係を結んでいる。彼らの特徴は、中国の意向に従順で、中国を利用して自らの立身出世をはかることにある。言うなれば、「どっぷりと中国に浸った外交官たち」である。

この3月には、外務省の「チャイナスクール」を代表する横井裕氏(前トルコ大使)が駐中国大使に就任し、安倍政権下で‟干されて”いたチャイナスクール組は復活を遂げていた。

中国側の思惑通りの今回の展開は、中国がそのチャイナスクールを利用して日本側を見事に「手玉にとった」ということにほかならない。そして、今月20日に、台湾で民進党の「蔡英文政権」が発足する前に、「日台接近」に対する警鐘を鳴らすことにも成功したことになる。

着々と成果を挙げていた政権発足以来の「対中包囲網外交」を安倍首相はなぜ「転換」したのだろうか。しかし、いずれにせよ、きっかけが、前述の2014年11月に北京で開かれたAPECにあったことは確かだろう。

この時、日本は、尖閣諸島(中国名・釣魚島)問題に関して「(日中双方が)異なる見解を有している」ことで一致したことを「認める」という大失態を犯している。

日本政府がそれまでの「尖閣は日本固有の領土であり、領土問題は存在しない」という立場から「日中両国が『異なる見解』の存在を‟認識”した」というものに転じたのである。私はそのニュースを聞いて、耳を疑った。

中国は、これからはこの合意をタテに「尖閣(釣魚島)の領有を中国は一貫して主張してきた」という基本姿勢を強く打ち出し、「日本もそれを‟認識”していたではないか」と強調してくるだろう。

「必要ならば、武力で自国の領土(※釣魚島のこと)を守る準備はできている」と事あるごとに言い続けている中国にとって、それは計り知れないほど望ましい「日本側の譲歩」だったのである。この時も、それを押し進めたのは、チャイナスクールの面々だった。

会うたびに、日本が譲歩を迫られる中国との「会談」。岸田外相は、今回の訪中で中国の李克強首相とも会談し、同氏の今秋の「訪日」を要請したという。これだけコケにされても、それでもまだ中国の首脳に日本に「来てもらいたい」らしい。

私は、せっかく成果を挙げていた安倍首相の対中外交が「変質している」ことを深く懸念する。中国との「真の友好」を目指すなら、今は中国と「接近する」ことではなく「距離を置く」ことの方が重要だからだ。

日本が中国に対して、毅然と距離を置き、中国側から日本への「接近」のシグナルとメッセージを引き出さなければならなかったはずである。経済的にも、また南シナ海での領土問題や、あるいはPM2・5などの環境問題でも、困っているのは「中国の側」だからだ。

今回の岸田訪中は、日本国民だけでなく、他のアジア諸国にも大いなる失望を生んだ。周辺諸国と摩擦を繰り返し、国際的に孤立化する習近平政権に、なぜ日本はこうも擦(す)り寄らなければならなかったのか。

絶対に譲歩してはならない国に対して、誤ったメッセージを伝えてしまった岸田外相。チャイナスクールの復活と、対中包囲網外交の変質は、これから安倍政権に重いボディブローとなって効いてくるだろう。

カテゴリ: 中国, 政治

「習―馬会談」で始まる中国の“台湾併呑作戦”

2015.11.07

「ああ、ついにやってしまった」。そんな声が猛然と台湾で広がっている。来年1月16日に総統選を控えた台湾で、国民党の馬英九総統が“ひとつの中国”を全世界にアピールするために習近平・中国国家主席との会談をシンガポールでおこなった。

この会談は、多くの台湾人に怒りと失望をもたらしている。私のもとにも、そういう声が届いている。総統選が「国民党の敗北確実」と言われている情勢で、なぜ馬英九はこの時期に会談をおこなったのか。

「馬英九は、台湾を売るのか」「これは、なりふり構わぬ国民党の生き残り戦術だ」という声が台湾で上がっている理由を考えてみたい。

本日、シンガポールのホテルでおこなわれた1949年の中台分断後、初めての首脳会談は、「両岸(中台)関係の改善こそ地域の平和発展につながる」とアピールし、“ひとつの中国”を認め合うことを確認した。このことは、これから想像以上に波紋を広げていくだろう。

来年1月の台湾総統選挙で優位に立つ台湾の最大野党・民進党の蔡英文女史とその支持者、つまり多くの本省人(もともと台湾に住んでいた人々)への痛烈なパンチを外省人(戦後、蔣介石と共に大陸から渡って来た人々)の一族である馬英九は繰り出したことになる。

この会談の意味を理解するには、“ひとつの中国”を認めることが、台湾にとってさまざまな意味で大きな問題となり、同時に、いかに中国がほくそ笑むことかを理解する必要がある。

私は、今日の「習―馬会談」のニュースを見ながら、さる7月22日に来日し、衆議院第一議員会館とキャピトル東急の2か所で、台湾の李登輝元総統(92)がおこなった講演を思い出した。

李氏は、「台湾パラダイムの変遷」と題して台湾の民主化をテーマに講演した。私もその講演をこの耳で聴いた。李氏は、衆議院第一議員会館では日本の国会議員を相手に、そしてキャピトル東急では、支持者や関係者たちに対して、共に日本語でスピーチしたのである。

ここで、注目されたのは、李氏が戦後台湾を統治した国民党政権を「外来政権」だと指摘したことだ。そして、台湾は「台湾人のもの」であることを強調したことである。

李氏の訴えは、歴史を見れば、まったく正しい。台湾はこれまで、さまざまな国に支配を受けてきた歴史がある。16世紀、ポルトガル船が台湾を発見した時、ポルトガル語で「美しい島」という意味を持つ「フォルモサ」という名がつけられ、ヨーロッパに台湾の存在が初めて紹介された。

しかし、ポルトガルは台湾を植民地経営せず、その後、17世紀前半にオランダが台湾に到達した。次にスペインが進出しようとしたが、オランダはこれを撃退し、台湾の植民地支配を確立する。

このオランダ支配に終止符が打たれるのは、台湾に進出した明の将軍・鄭成功(ていせいこう)の力による。清朝に滅ぼされた明朝の復興を目指して台湾制圧をおこなった鄭成功は、福建省生まれの父と日本人の妻との間に生まれた。俗称は「国性爺(こくせんや)」であり、江戸時代に近松門左衛門が書いた「国性爺合戦」は、彼の活躍を描いたものである。

その後、鄭氏の政権を倒して清朝が17世紀の終わりから台湾支配をおこなうが、清は1895年に日清戦争で日本に敗れ、台湾を日本に割譲する。以後、日本が50年にわたって台湾統治をおこなうのである。

日本の敗戦後、台湾は、共産党との国共内戦に敗れた蔣介石率いる国民党の支配を受け、現在に至る。李登輝氏は、これら、台湾を支配してきた日本も含むすべての政権を「外来政権」と規定したのだ。

台湾は「台湾人による独自の国家」であるというのが、李登輝氏の見解だ。しかし、その台湾の総統である馬英九が、「台湾は自国の領土」として“ひとつの中国”を主張しつづけている中華人民共和国のトップとわざわざ会談し、“ひとつの中国”を認めてしまったのである。

言うまでもないが、中華人民共和国は、1949年に成立した新しい共産主義国家であり、これまで台湾を支配した歴史的な事実はない。台湾を自国の領土と主張するなら、これまで台湾を支配したことがあるオランダも、そして日本も、同じ主張をしていいことになる。

少なくとも、中国共産党が台湾を支配する根拠は見当たらない。つまり、台湾は、李登輝氏の言うように、「台湾人による台湾人の国家」というのが、最も妥当で、根拠があるのである。

では、なぜ、馬英九総統は、いわば“台湾を中国に売る”ような行動に出たのだろうか。その目的は、国民党が敗北確実の来年1月の総統選の前に、“ひとつの中国”を既成事実化し、新たに総統となる蔡英文女史の手足を縛ることにあったことは明白だろう。

中国と台湾の指導者同士が一度、“ひとつの中国”で合意した意味は大きい。なぜなら、今後、それに反するどんなことをおこなっても、それは「中台のリーダー同士のコンセンサスを破る」ことになり、「許されない」からだ。

つまり、そんなことをおこなうリーダーは、たちまち“排除される”ことになる。これは中国にとって、はかり知れないメリットである。中台の指導者が一度、“ひとつの中国”で合意したという事実さえあれば、それでいいのである。

「馬英九は台湾を中国に売り渡したのか」と非難される所以(ゆえん)がそこにある。大陸との一体化、つまり大陸への復帰こそ、外省人を代表する馬英九が隠し続けていた“本音”だったのである。

まさに「第三次国共合作」が、馬の悲願だったことになる。「それほど大陸と一緒になりたければ、自分たちだけで大陸へ帰れ!」という抗議デモの声もまた、本省人の偽らざる本音だろう。

中国と台湾の交流窓口機関が1992年に話し合った、いわゆる「92年コンセンサス(92共識)」の長年にわたる論争が、どうしても私の頭から離れない。中国側は「これで“ひとつの中国”を認め合った」と主張し、台湾側は、「その“中国”が何を意味するかは、それぞれが述べ合うこと、としたものだ」と主張して、“ひとつの中国”の原則を確認したものではない、としてきた。

それから23年が経過した今も、李登輝氏が「そのような合意があったとは、総統だった私も報告を受けていない。当時、会談に出席した人間に聞いても、合意はなかったと言っている。これは2000年以降、国民党に都合よく利用させるためにつくり上げられたものだ」と繰り返し発言しているのは周知の通りだ。

この「92年コンセンサス」問題を見ても、“ひとつの中国”を認めるということは、台湾にとって、そして本省人にとっては、許されざることなのである。

それを支持率10%台しかなくなり、退任寸前の馬英九総統が、これを全世界に向かってアピールしたのである。すでに会談の前に、台湾では、プラカードに「馬は台湾を中国に売るのか」「恥を知れ」と書かれた抗議デモが起こっていることが報道されている。

南シナ海での問題でも、常に“既成事実化”を基本とする中国共産党の戦略に、今回の会談は大きな「根拠」を与えたことは確かだ。中国にとって、馬英九は、これ以上はない“愛(う)い奴”となったのである。

アメリカの「航行の自由作戦」によって、南シナ海全域を自分の領海と主張する中国は冷水を浴びせられた。国内的にも窮地に陥っている習近平にとって、そんな折も折、大きな“成果”を馬英九がもたらしてくれたのである。

「台湾関係法」によって、台湾を守る義務があるアメリカにとっても、習―馬会談は、ショックだっただろう。なぜなら、“ひとつの中国”を互いが認め合っていることが既成事実化されれば、台湾への軍事侵攻すら、今後は「国際社会が“国内問題”に口を出すな」と、中国に言ってのけられるからである。

蔡英文女史の民進党政権にとっても、この習―馬会談の結果に、長く縛られていくに違いない。蔡英文政権が誕生する前のこの「駆け込みコンセンサス」が、中国による台湾「併呑(へいどん)」の第一歩にならないことを心から祈りたい。

カテゴリ: 中国, 台湾

「中国」vs「日米台」の激動の時代到来へ

2015.10.11

10月6日に訪日して注目を浴びた台湾の最大野党「民進党」の総統候補、蔡英文主席(58)が台湾に帰国後も、話題をまいている。

昨日「10月10日」は、辛亥革命を祝う「双十節」だった。孫文による辛亥革命勃発の記念日である。中国・台湾双方が“建国の父”と慕う孫文を偲び、両方で大々的な祝賀がおこなわれてきた。

今年の記念行事で最大の話題は、なんといっても台湾の式典だっただろう。中国の“力による現状変更”が活発化する激動の東アジア情勢――その中で、極めて重要な意味を持つ台湾総統選を「3か月後」に控え、鍵を握る人物が勢ぞろいしたからだ。

蔡英文女史が、民進党が野党に転落した2008年以来、初めて民進党主席として式典に出席した。ほかにも、総統選の国民党候補・洪秀柱(67)=立法院副院長=、新北市市長も務める国民党主席の朱立倫(54)、あるいは、親民党主席の宋楚瑜(73)、そして立法院院長の王金平(74)が一堂に会したのである。

支持率40%以上をつづけ、独走している蔡英文女史に対して、「このままでは蔡英文に勝てない」という危機感を強める与党国民党は、ついに蔡英文が訪日中の10月7日、中央常務委員会を開催し、国民党の次期総統候補として洪秀柱を立てることを「取りやめる」ことを打ち出した。

混乱状態に突入した与党国民党だが、候補の本命は、なんといっても国民党主席の朱立倫である。これまで立候補を頑なに固辞してきたが、いよいよ決断の「時」が来たようだ。2010年11月の新北市長選で、当の蔡英文女史を破った人物だけに、その決断は大きな波紋を呼ぶだろう。

5年前の新北市長選の再現となる「朱立倫vs蔡英文」になれば、国民党は豊富な資金力を誇るだけに、どんな一発逆転策をはかるか、まだ予断を許さない。テレビCMを使った巧みなネガティブ・キャンペーン等々、国民党の大反撃が予想される。

そこで、意味を持ってくるのが、蔡英文女史の今年5月の「訪米」であり、今回の「訪日」である。

前回の総統選(2012年)で馬英九に完敗した蔡英文陣営は、その原因を徹底分析した。それは、2つの「原因」に集約された。ひとつは、民進党の陳水扁・前総統による不正蓄財の後遺症であり、もうひとつは、多くの国民が抱いていた民進党に対する「不安感」である。

台湾人のアイデンティティに重きを置き、独立志向の強い民進党に「中国がどう出るか」という不安感が広がり、国民党の馬英九が支持を集めたのである。

しかし、前回総統選以後、蔡英文陣営は「現状維持」政策を前面に押し立て、「台湾独立」を含む一切の懸念を払拭し、台湾人の安心感を勝ち取ろうとした。「現状維持」とは、言葉通り、中国との関係で「現状を維持する」ということだ。

そして、さらに台湾人の安心感を勝ち取るために選んだ作戦が、今年5月の「訪米」であり、今月6日からの「訪日」だったのである。

野党・民進党の候補者であるにもかかわらず、蔡英文に対するアメリカの待遇は、驚くべきものだった。マケイン上院軍事委員会委員長をはじめ、メディロス国家安全保障会議アジア上級部長、ブリンケン国務省副長官ら、錚々たるメンバーと会見し、多国間軍事演習への台湾の参加を促す意向まで示された。蔡英文女史の顔が米『タイム』誌の表紙を飾るほどの反響を呼んだことは記憶に新しい。

そして、日本でも、安倍首相の実弟・岸信夫衆院議員の案内で、地元・山口を訪問し、帰京後、自民党幹部と会談し、さらに安倍首相本人とも「密会」するなど、日本からも破格の厚遇を受けた。

蔡英文女史は、アメリカと日本のお墨付きをもらうことに成功したと言えるだろう。これは、李登輝・元総統と、許世楷・元駐日代表という二人の大物の戦略が大いに関係している。「民進党への“不安感”さえ減らせば、勝利は疑いない」という確固たる戦略によるものである。そして、それは見事に成功した。

中国の強引な“力による現状変更”に対抗するには、アメリカ、日本、台湾が力を合わせるしかない。言いかえれば、東アジアの安定のためには、「アメリカ―日本―台湾」の強固な結びつきが必須なのだ。

しかし、中国も手を拱(こまね)いているわけではない。逆に、中国は今、沖縄へのアプローチを盛んにおこなっている。前回のブログでも指摘したように、沖縄にある米軍基地をグアムまで“後退”させることができれば、東シナ海、南シナ海での中国の軍事的優位が圧倒的なものになるからだ。

沖縄県の翁長雄志知事が先月、スイス・ジュネーブでの国連人権理事会と並行して行われたNGO主催のシンポジウムで講演し、普天間基地の辺野古移設に対して、「沖縄県民の人権、民主主義が無視されている」と世界にアピールしたことを、どう捉え、どう分析すればいいだろうか。

翁長知事は、講演で、沖縄が独自の言語、文化を持つ「独立国だった」という歴史も訴えている。独立志向の沖縄から米軍基地がなくなれば、中国がどう出るかは、想像に難くない。まさに、それは中国の“意向”通りの内容だったと言える。

中国による南沙諸島(スプラトリー諸島)への進出も、実は、1992年に米軍がフィリピンからグアムに撤退した直後に起こったことを忘れてはならない。そのことを考えれば、一方の翁長知事が今年4月、訪中した際、李克強首相が会うという“破格の厚遇”を与えたことが何を意味するかは、自明だろう。

誰に、どんな厚遇を与えるか。それが、いかに大きな意味を持っているかを考えると、実に興味深い。沖縄に手をぐっと突っ込んできた中国と、一方、台湾の最大野党・民進党の蔡英文女史に“お墨付き”を与えたアメリカと日本――。

最後にこの“お墨付き”が台湾総統選にどんな影響を与えるか。「中国」vs「日米台」の激動の時代到来へ、東アジアの今後の動向に決定的な意味を持つ選挙だけに、目が離せない。

カテゴリ: 中国, 台湾

激動「東アジア」の鍵を握る台湾「蔡英文女史」の来日

2015.09.30

今日で9月も終わる。11月に上梓する長編ノンフィクションの執筆で徹夜の連続である。そのため、ブログも更新できないままだった。

さまざまなことがあった9月だったが、なんといっても、安保法制が成立したことが、日本にとっては大きな出来事だったと言える。対中国法案ともいうべき安保法制が通ったことは、中国に対する「牽制」になったことは否定できない。

中国と韓国以外のアジア諸国が法案の成立を歓迎したのは、象徴的だった。いまや東アジアにとどまらず、世界中の懸念となっている中国の膨張主義。日米同盟の強化によって、尖閣と東シナ海への中国の侵攻を躊躇(ためらわ)せることができたなら、安保法制も一定の役割を果たすことになる。

それでも、私は、いよいよ東アジアで「激動が始まる」と思っている。来年1月に台湾総統選があり、そこで民進党の蔡英文女史(59)が、総統になる可能性が極めて高いからだ。

台湾人の誇りと自立を基礎とする民進党政権に対して、いったい中国はどう出るのか。仮に“何か”があったなら、アメリカは「台湾関係法」に基づき、台湾を守るのだろうか。その時、日本はどうするのか。来年以降、両岸関係(中台関係)からは、いっそう目が離せないのである。

来週、その“話題の人”蔡英文女史が来日する。日本に住む台湾人、そして応援してくれる日本人への挨拶とお披露目が目的だが、いうまでもなく安倍政権との「意思疎通」が大きな眼目だ。

10月6日に東京入りし、7日には安倍首相の地元・山口に飛び、村岡嗣政知事と山口県庁で会談する。しかも、すべて同行して道案内するのは、安倍首相の実弟、岸信夫・衆院議員である。

事実上、「安倍家」が全面的に受け入れた形での来日なのだ。そもそも、安倍首相が「師」とも仰ぐ李登輝元総統の外交ブレーンを務めたこともあるのが蔡英文女史である。その蔡女史が「師」と仰ぐのが許世楷・元台湾駐日代表である。安倍首相と許氏との親密な関係は、知る人ぞ知る。

今回、山口から帰京して、いったい蔡英文女史は誰と会うのか、中国側が神経を尖らせているのも無理はない。いざ総統になると、中国のさまざまな妨害で「来日」は難しい。それだけに彼女の東京での一挙手一投足が注目されるのである。

憲法改正によって実現した1996年の第1回台湾総統選の折、中国は軍事演習を強行し、基隆沖海域にミサイルを撃ち込んだ。李登輝氏の「総統選」勝利を阻止するためである。しかし、結果は、逆に台湾人の反発を買って、李登輝氏の大勝利につながったことが思い出される。

台湾の友人からは、「総統選までの4か月間が心配だ」という声も私のもとに寄せられている。何をするかわからない中国だけに、身辺の安全も含めて徹底した警戒が求められる。そして、仮に総統選に勝利しても、政権移譲がなされる来年5月までに、国民党の馬英九総統が何を繰り出してくるかもわからない。

総統に就任後、蔡女史には、“茨(いばら)の道”が待っているが、それでも日本とアメリカがバックにいることは大きい。また、日本にとっても、東シナ海の安定のためには、「アメリカ―日本―台湾」の強固な結びつきは必須なのだ。

いま中国は、沖縄へのアプローチを活発化させている。沖縄にある米軍基地をグアムまで“後退”させることができれば、東シナ海、南シナ海の中国の軍事的優位性は圧倒的なものになるからだ。

9月21日、沖縄県の翁長雄志知事は、スイス・ジュネーブでの国連人権理事会と並行して行われたNGO主催のシンポジウムで講演し、普天間基地の辺野古移設に対して、「沖縄県民の人権、民主主義が無視されている」と世界にアピールした。

翁長知事が、それに加えて、沖縄が独自の言語、文化を持つ「独立国だった」という歴史を訴えたことに、中国は、ほくそ笑んだに違いない。独立志向の沖縄から米軍基地がなくなれば、中国がどう出るかは、想像に難くない。

いま話題の中国による南沙諸島(スプラトリー諸島)への進出も、実は、1992年に米軍がフィリピンからグアムに撤退した直後に起こったことを思い起こす。そのことを考えれば、今年4月、訪中した翁長知事に、李克強首相が会うという“破格の厚遇”を与えたことが何を意味するかは、自明だろう。

沖縄に手をぐっと突っ込んできた中国と、一方、国民党の馬英九政権で冷えていた台湾との関係を緊密にし、日・米・台の総合的な安全保障を視野に入れる安倍政権。まさに、「東シナ海、波高し」である。

さまざまな意味で、蔡英文女史の来日の意味は大きい。安保法制が成立した折も折、来日する「東アジア」のキーを握る蔡英文女史の動向に注目したい。

カテゴリ: 中国, 台湾

折も折、「李登輝・元総統」来日をどう受け止めるか

2015.07.23

昨夜は、台湾の李登輝・元総統を歓迎する会があり、永田町のキャピトル東急ホテルに行ってきた。主催は、日本李登輝友の会である。李登輝氏は日本の国会議員有志に招聘されて、国会議員会館で演説し、日本外国特派員協会で記者会見、そして東日本大震災の見舞いに現地を訪れるため来日した。

私は、まだ現役の週刊新潮デスク時代にジャーナリストの櫻井よしこさんと共に、李登輝氏が総統時代にも、また総統を下りたあとの陳水扁時代にもお会いしたことがある。1999年と2005年である。

1度目は総統公邸で、2度目は私邸で、ともに会食を挟んで数時間にわたる取材だった。いずれも奥様の曾文惠さんもご一緒で、奥様を大事にされている李登輝氏の優しさと人柄を感じた面会でもあった。そんなこともあって、この日の歓迎会では、私はご本人を前にしてスピーチもさせてもらうという栄誉に浴した。

久しぶりにお会いする李登輝氏は、さすがに92歳というお歳を感じさせた。李氏は、1923(大正12)年生まれである。私は台湾関係だけでなく、戦争ノンフィクションを数多く書いているが、その大正生まれの方々が、ここ数年、幽冥境を異にすることが多い。

戦争ノンフィクションの中でも書かせてもらっている通り、私は大正生まれの方は“他者のために”生きた世代だと思っている。たとえば、日本では、大正生まれの男子は1348万人いるが、その内およそ200万人が戦死している。実に7人に1人である。

戦争で多大な犠牲を払い、戦後はビジネス戦士となって復興と高度成長の担い手となったこの世代は、本当に“他者のために生きた世代”だと思う。日本の統治下にあった台湾でも、多くの若者が戦死している。

李登輝氏の2つ年上のお兄さんも、フィリピン・ルソン島のマニラ攻防戦で海軍の陸戦隊の一員として戦死している。李登輝氏自身も、名古屋の高射砲部隊の陸軍少尉として敗戦を迎えている。

李登輝氏はこの日、昼間に国会議員会館で講演をし、そして夜はこの歓迎会に出席されるという、若者でもハードなスケジュールをこなしていた。

堂々たる体躯の李登輝氏がキャピトル東急の1階「鳳凰の間」に疲れも感じさせずに、SPや秘書を従えて現われたのは午後7時のことだ。たちまち会場は李登輝氏を取り囲んで“握手攻め”となったが、李氏は笑顔で応えていた。一国を率いてきたリーダーだけに、見る人に疲れなどを微塵も感じさせない様子はさすがだった。

私が直接、李登輝氏の姿を見たのは、3年半ぶりのことだ。2012年1月13日、それは李登輝氏自身が憲法を改正してまでスタートさせた直接選挙による第5回目の「台湾総統選」の最終日だった。

翌日の投開票を控え、民進党の蔡英文女史の応援演説に李登輝氏が現われたのである。新北市の中心部・板橋にあった総合競技場。ここに10万人近い支持者を集めて、蔡英文陣営は、最後の訴えをしていた。

夜の帳(とばり)が下りる中、「ドンスワン! ドンスワン!」と民進党支持者たちは、必死に叫んでいた。ドンスワンとは、台湾語で「当選」という意味だ。その時、紹介のアナウンスと共にステージに最後に登場したのが李登輝氏だったのである。

総合競技場のオーロラビジョンに映し出された89歳の李登輝氏に民衆はどよめいた。つい3か月ほど前に、李氏がガンの手術をしたということを皆が知っていたからである。

長身の李氏は、そこで蔡英文女史の肩を抱き、「皆さん、どうか蔡さんに台湾の未来を託して下さい」と訴えた。一瞬にして、競技場は独特の雰囲気に包まれた。私の目は、まわりの台湾人たちの様子に吸い寄せられた。

彼らは涙ぐんでいた。手で目をこする若者がいた。ハンカチで目頭を押さえる女性もいた。物も言わず、ただステージを、そしてオーロラビジョンを凝視する人もいた。

それをもし「求心力」と表現するのなら、凄まじい「求心力」というしかないだろう。あるいは、それは、政治家としての「オーラ」と表現すべきかもしれない。その時、私が思ったのは、大衆にこれほどのインパクトを与える政治家は果たして日本にいるだろうか、ということだった。

台湾の行く末を国民党に託してはいけない――国民党の元主席でもある李登輝氏自身のその姿勢は、どれだけ台湾の本省人に影響を与えただろうか。残念ながら、陳水扁時代の“負の遺産”を清算しきれなかった民進党は、選挙に敗れた。

しかし、その蔡英文女史が、ふたたび国民党に挑む台湾総統選が半年後に迫っている(総統選の投開票は、2016年1月16日)。李登輝氏が、あの新北市の総合競技場で訴えた「皆さん、どうか蔡さんに台湾の未来を託して下さい」という言葉の意味が、あらためて問われる選挙を迎えるのである。

私は、自分がいるパーティー会場にその李登輝氏が目の前にいることが少し、不思議な感じがした。朝の新聞(産経新聞)に台北から日本に向かう時に記者たちに「日本の国会の中(議員会館)で演説することに対して、中国が反発する可能性はありますか」と聞かれ、「私は客人であって、私を招いたのは日本の国会議員です。中国が反対するなら、それは皆に笑われるだけのことだ」と言ってのけたことが報道されていたのを思い出した。

日本の政治家が、与党も野党も、そしてマスメディアも、中国のご機嫌ばかり窺ってきた中で、李登輝氏は長くアジアで異色の政治家だったと言えるだろう。1988年に総統就任以来、本省人出身の初の総統として李登輝氏は孤軍奮闘してきた。

郝柏村や李煥といった国民党内の外省人の大立者をひとりひとり排除し、次第に本省人として「民主国家」を実現していく“静かなる革命”は、前例のないものだった。台湾と言えば蔣介石の白色テロ時代のイメージを持つ私たちジャーナリズムの人間には、それは大きな驚きだった。

そして、李登輝氏は92歳となっても、いまだに大変な“発信力”を持っているのである。パーティーに来る前におこなわれた国会議員たち約300人を前にした議員会館での「台湾パラダイムの変遷」と題した日本語による講演内容も、すでにパーティー会場に伝わっていた。

李氏は「戦後台湾を統治した中国・国民党政権は“外来政権”である」と指摘し、さらに「中国が自由化、民主化されるような日は、半永久的に来ないと思っていた」と明言したというのである。

講演を聴いた足でそのままパーティー会場に来た人も少なくなかった。私が注目したのは、講演で李氏が「“ひとつの中国”という原則について、われわれは決して同意できない」と語ったことだった。

李氏は、「あくまで台湾は、中国の一部ではない」ということを日本の国会のひとつの施設の中で明言したのである。講演後の質疑でも、「私は、(日本の)安全保障関連法案を高く評価する。日本が主体的に安全保障に対して意識を持つことが、アジア全体の平和につながっていく」とも、述べたという。

それは、長く中国の脅威と対峙してきた政治家ならではの感想だった。パーティーのスピーチでは、李登輝氏は、「我是不是我的我」という言葉の意味を語った。この言葉は、直訳すれば、「私は、私でない私である」ということである。

難解で、かつ、さまざまに解釈できる言葉だが、素直に受け取れば、自分は個人である自分ではなく、さまざまなものに尽くすために存在する、という意味だろう。

これは、李登輝氏が傾倒する日本の武士道が説く「無私の精神」と関連がある。李登輝氏はある雑誌で、後年にキリスト教に入信することで、「私とは何か」という問題に「一つの答えを見出せた」と語ったことがある。

それは、自分の命は、いつなくなっても構わない、台湾のために死力を尽くして働き、いかなる栄誉も求めない、これまでも、そして、これからもそうしていく――それが、「我是不是我的我」という言葉だと李登輝氏は言うのである。

人間が持つ「使命感」や「責任感」への思いが、いかに李登輝氏の内面に強いか、ということを感じさせる言葉だ。パーティーのスピーチでも、李氏はその言葉を語った。私は、3年半前の新北市の競技場に現われた李登輝氏の姿を思い出しながら、そのスピーチを聴いた。

私は、パーティーの最後に、これらを踏まえて、「他者のために生きた」大正生まれの男たち、そして李登輝氏について、個人的な考えをスピーチさせてもらった。そして、南シナ海をはじめ、さまざまな場所で現実の脅威となっている中国という存在についても、話をさせてもらった。

歴史的経緯も含めて、「尖閣は日本の固有の領土だ」と言いつづけた92歳の李登輝氏が、折も折、来日したことをどう受け止めるか。

そして、台湾で昨年起こった「太陽花学運(ヒマワリ学生運動)」によって、馬英九政権の中国への傾斜をストップさせた台湾の人々をどう思うか。彼らは、日本人以上に、大きな関心を持って、日本の安保法制論議を見守っている。

私は、さまざまな意味で、参議院では、現実に立脚した有意義な安保法制論議を国民の一人として期待したく思う。

カテゴリ: 中国, 台湾

「習近平」を追い詰められないアメリカが歴史に残す「禍根」

2015.06.28

激動する国際情勢と、いつまで経っても「本質論」に至らない安保法制をめぐる日本の国会審議。中国の戦略にアメリカが完全に呑み込まれつつある今、「このままでアジア、そして日本は大丈夫なのか」という思いがこみ上げてくる。

6月23日、24日の2日間、ワシントンでおこなわれた米中戦略経済対話は、完全に“中国の勝利”に終わった。そんなはずはない――そう言いたい向きも少なくないだろう。しかし、私は、オバマ大統領が「いつもの失敗を繰り返してしまったなあ」と思っている。例の「オバマの口先介入」というやつだ。

アメリカと中国が安全保障から経済まで、幅広い課題について話し合うこの「対話」でアメリカがどこまで中国の譲歩を引き出せるか、世界中が注目していたと言ってもいいだろう。

報道だけ見れば、アメリカは、南シナ海での中国の“力による現状変更”に対して、中止を改めて要求し、オバマ大統領自身も、中国代表団との会談の中で、「緊張緩和」のための具体的措置を求める発言をおこなったという。それは、大統領による「異例の言及と抗議」とのことだが、本当にそんな勇ましいものだったのだろうか。

答えは、対話が終わったあとの記者会見を見れば明らかだろう。アメリカのケリー国務長官とルー財務長官、中国の楊潔篪(ようけっち)国務委員と汪洋副首相の4人がそろって記者会見したが、それは、イランと北朝鮮の核開発問題やテロ対策、また地球温暖化対策など、「幅広い分野で協力していくこと」で合意したことが成果として強調されただけだった。

逆に、その場で楊国務委員に「中国は領土主権や海洋権益を守る断固とした決意を再確認した」と発言され、「異例の言及と抗議」が、なんの効力も発していないことが明らかになったのだ。つまり、中国側は、アメリカから経済制裁等の具体的な対抗措置への示唆も言及もなく、いつも通りの「口先介入で終わる」ことを、とうに見越していたのである。

私は、アメリカは将来に大きな禍根を残した、と思っている。実は、中国にとって、このアメリカとの対話はかなり「覚悟のいったもの」だったと思う。今春、初めて岩礁埋め立てを「砂の万里の長城」という表現で告発し、空からの監視と国際世論を巻き込んだアメリカの戦略は順調に進んでいたかのように思えた。

なぜなら、中国にとって恐いのは「最初だけ」だからだ。自国の領土と軍事基地として「既成事実化」を狙う中国は、その時期さえ凌げば、あとは「どうにでもできる」ことを長年の経験から熟知している。

軍事基地を完成させた後、つまり“既成事実”としてスタートした後、いくら抗議が来ようと、それが何の功も奏さないことは、お見通しなのだ。それは中国の建国以来の歩みを振り返れば一目瞭然だ。

1949年の建国以来、ウィグル侵攻(新疆侵攻)、チベット侵攻、朝鮮戦争、中印戦争、内モンゴル粛清、中ソ国境紛争(珍宝島事件)、中越戦争……等々、毛沢東の「権力は銃口から生まれる」という言葉通り、周辺国とも、あるいは国内でも、力による政策を一貫してつづけてきた中国は、“既成事実化”が「すべて」であることを誰よりも知っているのだ。

南沙諸島の7つの岩礁に軍事基地と港湾施設さえつくり上げれば、あとは「どうにでも」なり、「国内問題に干渉することは許されない」と言って突っぱねたら、自分の思うがままであることなど、先刻承知なのである。

しかし、習近平・国家主席が置かれている現在の状況を考え合わせると、アメリカの弱腰は、実に残念に思える。それは、いま繰り広げられている中国国内の熾烈な権力抗争が大きくかかわっている。

多くの中国ウォッチャーが言及しているように、現在、習近平氏は、胡錦濤・前国家主席の派閥との激しい権力抗争の真っ只中にある。「中国共産主義青年団(共青団)との戦い」とも称されているが、腐敗撲滅運動に名を借りたこの権力抗争によって、中国の指導部内が不穏な空気に覆われているのは事実だ。

その上、習近平氏は、昨年来、人民解放軍の旧勢力との戦いにも手を出してしまった。今年3月、人民解放軍の権力者、郭伯雄(元共産党軍事委員会副主席・元上将)を拘束し、昨夏には、これまた権力者の徐才厚(同じく党軍事委員会副主席・元上将)の党籍剥奪(徐才厚氏は今年3月死去)をおこない、習氏は有無を言わせぬ権力抗争を仕掛けている。

郭伯雄と徐才厚は、およそ10年間にわたって、人民解放軍の権力者として振る舞い、多くの子飼いの幹部がいる。武力だけでなく、「やっていない商売はない」と言われるほどの巨大な商圏と利権を持つ人民解放軍を敵にまわすことは、たとえ国家主席でも相当な覚悟と勇気が必要なことは言うまでもない。

軍を敵にまわせばクーデターの恐れもあるし、事実、習氏は、首都・北京の警備主任を自分の信頼のおける人物にすげかえ、「暗殺」を具体的に防ぐ方策を採っている。

戦いの原則から見れば、相手が強大な場合、戦線を一気に拡げたり、多方面で同時に戦うことは絶対に避けなければならない。しかし、習氏は、ただでさえ胡錦濤派と激しい権力抗争をおこなっているさなかに、人民解放軍ともコトを構えてしまったのだ。

そんな時だからこそ、アメリカにとっては「今」が千載一遇のチャンスだったと言える。自らの存在を否定された上、中国に新たなリーダーの登場を期待する「戦略」へとアメリカが舵を切ったら、習氏は相当、追い込まれたに違いない。

しかし、今回の「対話」がオバマ大統領のいつもの「口先介入」だけで終わろうとしていることに、習氏はどれだけ安堵しているだろうか。「してやったり」とほくそ笑む習氏の顔が思い浮かぶ。

その意味で、南沙諸島の“力による現状変更”は、中国の既成事実化が成功し、完全にアメリカの敗北に終わりつつあると言える。

アメリカは、7つの岩礁を中国領と認めないために、「口先介入」ではなく、米軍機や米艦船を12カイリ以内に派遣し、国際世論を背景に実際に“わがもの顔”の中国にプレッシャーを与えなければならない。

すでに、南シナ海は、海南島に海軍基地を置く中国の事実上の「支配下にある」と言っていい。中国は、1隻あたり10本の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を積み込み可能な原子力潜水艦をすでに「3隻」保有している。2020年までには、これが倍増すると見られている。

海軍の総兵力は、およそ26万人にのぼり、通常潜水艦だけで60隻以上保有しているのである。北海艦隊、東海艦隊、南海艦隊は、軍事費の増大につれて、年を経るごとに戦力が充実して来ている。彼らは、南シナ海全域を遊弋(ゆうよく)し、周辺国との摩擦を厭わず、事実上の中国の“内海化”を果たすだろう。

日米の隙(すき)を突いて、尖閣(中国名・釣魚島)に乗り出してくるのも、時間の問題だろう。専門家が指摘するように、最初は人民解放軍の軍人が“漁民”を装って上陸し、日本の海上保安庁がこれの排除に苦戦して自衛隊が出動するのを「待つ」のではないか、と言われている。これに類するやり方で、小規模か大規模かを問わず、“紛争”に発展させる方法をとるのだろうか。

権力掌握に苦戦する習近平氏の基盤が脆弱な今こそ、毅然とした姿勢を貫くべきなのに、アメリカは、また将来に大きな禍根を残そうとしている。“弱腰”と“無策”をつづけるのは、アメリカ民主党の宿䵷(しゅくあ)でもあるのだろうか。

それと共に、中国が大喜びするような枝葉末節の質疑に終始し、相変わらず「空想的平和主義」に陥った空虚な議論しかできない日本の国会。野党議員や日本のメディアを手玉にとり、嗤(わら)っているのは、中国だけである。

カテゴリ: 中国, 国際

中国国防白書と「広島サミット」の実現

2015.05.26

今日、中国政府は2年に1度の国防白書「中国の軍事戦略」を発表し、国防部の楊宇軍・報道官が記者会見をおこなった。南シナ海での領有権争いについて、白書にいったいどんな表現を盛り込むのか、注目が集まっていた。

周知のように、中国は南沙諸島(スプラトリー諸島)で7つの岩礁を遥(はる)か800㌔も離れた中国本土の土砂で埋め立て、飛行場や港湾施設らしきものを猛然と建設中だ。去る4月、米軍高官が「これは、“砂の万里の長城”だ」と厳しく非難し、南シナ海での力による中国の現状変更が、国際社会の懸念材料としてこれまで以上にクローズアップされていた。

国防白書の表現は、予想通り、「一部の域外の国が南シナ海問題に全力で介入している」とするものだった。「一部の域外の国」とは、言うまでもなくアメリカのことだ。名指しこそしないものの、アメリカを非難し、この問題で「一切、妥協しない姿勢」を中国は、世界に宣言したのである。

白書はこう続いている。「一部の域外の国は、頻(しき)りに海や空での偵察活動をおこなっている。われわれの海上主権を守る争いは、これから長い期間に及ぶだろう」。そう前置きして、白書はさらにこう強調した。「(われわれは)海上軍事闘争の準備を最優先し、領土主権を断じて守り抜く」と。

これまで中国要人が繰り返し発言してきた通り、国防白書でも、領有権争いでの「核心的利益」を守り抜く姿勢を明確にし、「アメリカとの対決」をも辞さない決意を明らかにしたのである。

また、日本に対しては、「日本は、戦後体制からの脱却を積極的に追求し、安全保障政策を大幅に変更した。日本の行方が地域の国々の高い関心を集めている」と、日本の動きを牽制した。

私は、昨年8月、日本が中国の海洋進出などを批判した2014年版「防衛白書」を発表した際、「日本は中国との対話を求めながら、一方で誤った立場を堅持し、中国の脅威を宣伝している」と、同じ国防部の楊宇軍・報道官が激しく非難したシーンを思い出した。

「もはや中国の暴走は、誰にも抑えられない」――そんな感想を誰もが抱いたのではないだろうか。“力による現状変更”は、相手国の堪忍袋の緒が切れた時、一挙に最悪の事態に突き進むのは、これまでの歴史が証明する通りだ。

フィリピンから在比米軍が撤退した1990年代半ば、中国は南沙諸島のミスチーフ礁を一挙に占領して建造物を構築し、その後も着々と“力による現状変更”をつづけ、ついには“砂の万里の長城”を築くに至っている。

昨年のロシアによるウクライナ問題(クリミア危機)と、中国による南シナ海領有権問題は、両国が国際秩序に対して真っ向から対決姿勢を示している点に特徴がある。

私は、これらの事態を前にして、自由主義圏のこれまで以上の団結が問われていると思う。その国際社会の結束と世界平和のために是非、来年、実現して欲しいものがある。

それは、「広島サミット」だ。来年、日本でのサミット(主要国首脳会議)の開催都市の決定が、いま大詰めを迎えている。早ければ、6月早々にも発表されるだろう。

私は、是非、「広島」でのサミット開催を望みたい。先週、核拡散防止条約(NPT)再検討会議で「各国指導者らに被爆地訪問を要請」する一文が、中国の反対で合意文書から削除された。その理由が、「日本は第二次世界大戦の加害者ではなく、被害者であるかのように描こうとしており、同意できない」というものである。

また、習近平国家主席は、去る5月23日夜、3000人の訪中団を組織してやって来た二階俊博・自民党総務会長に対して、「日本軍国主義の侵略の歴史を歪曲(わいきょく)し、美化しようとするいかなる言動に対しても、中国国民とアジア被害国の人々は許さないだろう」と語った。

“力による現状変更”を押し進める中国によって、戦後70年におよぶ地道な日本の平和への貢献と努力が、踏みにじられているのである。

増大する中国の脅威を前に、これほど先進自由主義諸国の結束が必要な時はないだろう。だが、戦後70周年を迎えても、日本に謝罪を求めつづけているのが、中国と韓国だ。しかし、「広島」はどうだろうか。

あれほどの悲劇を受けながら、広島では知事、市長、経済界も含め、多くの広島市民がアメリカに謝罪を要求していない。いや、アメリカを含む各国首脳を心から歓迎し、核軍縮と平和への実現に手を携えて進んでいきたいと呼びかけている。

オバマ大統領は、2009年4月、チェコ共和国の首都プラハで、「核廃絶」への具体的な目標を示した演説によって、ノーベル平和賞を受賞している。そのオバマ氏も、再来年には大統領としての任期を終える。

もし、オバマ大統領が、広島でのサミットで、核軍縮に対するメッセージを世界に発信し、さらに“力による現状変更”には、国際社会が決然と立ち向かうという姿勢を示すことができたら、どれほど有意義なサミットになるだろうか。もはや怖いもの知らずでやりたい放題となった中国にとっても、それは脅威となるに違いない。

そして、これまで日本の歴代の総理が表明してきた「反省」と「お詫び」を全くかえりみずに「日本批判」と「謝罪要求」を繰り返す韓国にとっても、広島の人たちの前向きな姿勢は、測り知れない衝撃をもたらすだろう。

それは同時に、オバマ大統領にとっても、勇退への花道として歴史的なものになる可能性がある。自ら主体的に広島を訪問するのではなく、日本政府が決めたサミット開催場所が「広島」なら、アメリカ国内の保守派の反発を受けることなく、自然なかたちで広島訪問を実現でき、さらにそこでノーベル平和賞受賞者としての歴史的演説のチャンスがめぐってくるからである。

私は、将来、核軍縮と21世紀の平和が、「広島からスタートした」と言われるようになることを望む。それと同時に小渕恵三首相(当時)が多くの反対を押し切って「沖縄サミット」を実現した時のことを思い出す。

1999年4月22日の読売新聞夕刊1面トップに、「2000年サミット、福岡で」「東京以外では初開催 小渕首相固める」という“スクープ記事”が載った。

それは、小渕首相が翌年に予定されているサミットの開催地を「福岡市とする意向を固めた」というものだった。読売新聞は、周到にこの報道の準備を進め、当時の野中広務官房長官、鈴木宗男官房副長官らから情報をとり、大々的に“スクープ”したのである。

しかし、その報道の当日、小渕首相は、野中、鈴木両氏を部屋に呼んで「君たちはどう思っているかわからんが……」と前置きして、「私は、サミットを沖縄でやりたいんだ」と語った。

「えっ?」と二人が息を呑んだのは当然である。もはや「福岡サミット」が最有力となって、野中、鈴木両氏も、そのことに疑いを持っていなかったからである。

しかし、小渕首相はその時に初めて自分の真意が「沖縄」にあることを告げ、そしてその言葉通り、信念を曲げることなく、太平洋戦争の激戦の地でのサミットを敢然と実施したのである。

その沖縄サミットの時に比べて、国際平和への懸念は、中国の台頭によって遥かに増大している。そして、“軍国日本”を強調することによって自分たちを善なる立場に置こうとする中国の戦略は、露骨なまでに剥き出しになってきている。

私は、国際平和のために、そして核軍縮への道のために、「広島サミット」を是非、安倍首相に実現して欲しいと思う。それが70年間、ひたすら平和を希求し、核軍縮を望んでやまない日本国民と、心ある世界の人々の期待に応える方法ではないか、と思う。

カテゴリ: 中国, 歴史

顕在化する東アジア「二つの脅威」

2015.04.24

昨日から今日にかけて、東アジアにおける“二つの脅威”をしみじみ考えさせられる記事を読んだ。このままで、「東アジアは大丈夫か」、そして「日本は存立できるのか」ということを大袈裟ではなく真剣に考えざるを得ない記事である。

一つは、昨日(4月23日付)の毎日新聞朝刊に掲載された同紙の金子秀敏・客員編集委員による〈砂の長城のコスト〉と題するコラムである。

今月上旬、世界に衝撃を与えたハリー・ハリス米太平洋艦隊司令官による「中国が南シナ海に“砂の万里の長城”を築いている」という発言を捉え、この問題を掘り下げたコラムだ。

中国が南シナ海の南沙諸島で七つのサンゴ礁を埋め立て、軍事基地と思われるものを猛烈な勢いで建設しているという暴露は2週間ほど前、世界に驚愕をもたらした。アメリカが公表した衛星写真とハリス司令官の発言によるものである。

それは、いわば“海の万里の長城”とも言えるもので、埋め立てには「砂」が用いられているため、ハリス司令官は、これを“砂の万里の長城”と表現したのである。金子記者のコラムは、この問題を実に明快に解説してくれた。

〈中国が南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島で七つのサンゴ礁を埋め立てている。それを米国の太平洋艦隊司令官は「砂で万里の長城を作っている」と評した。なかなか意味深い〉。そう始まるコラムは、中国の作業の模様をこう表現する。

7つの岩礁の中の「美済(ミスチーフ)礁」では、〈ポンプ船が海底の砂を吸い上げ、「C」形の環礁の内側にまいている。その衛星写真が発表された。この環礁は満潮時に海面下に隠れて暗礁になる。国連海洋法条約では領土主張ができないが、それを埋めて「古来、暗礁ではなかった」と言うつもりだろうか。工事は2013年9月に始まり、軍艦がポンプ船を護衛している〉

また、〈永暑(ファイアリークロス)礁は3000メートル級の飛行場を造ろうという勢いだ。海底の砂を吸い上げていては間に合わない。約800キロ離れた中国大陸から土砂を続々と運んでいる。中国から海軍司令官が視察に来ているから、これも軍の作戦に違いない〉。猛烈な勢いで進む中国の軍事拠点化について、コラムは、こう指摘する。

台湾紙の分析を引いて、そこにかける中国の費用について、コラムはこう書き進む。〈このサンゴ礁を海面から3メートルの高さまで埋め立てるには6億1100万立方メートルの土砂を必要とし、飛行場完成までに必要な総経費は日本円に換算しておよそ1兆4000億円〉

領有を争っている地に強引に軍艦の護衛つきで、これほどの巨費を投じて、堂々と“陸地化”が進んでいるのである。まさに国際社会が中国に対して懸念表明してきた「力による現状変更」にほかならない。

このコラムを読みながら、私は、昨年5月の「アジア安全保障会議」での出来事を思い出した。安倍首相が基調講演で「法による南シナ海の安定」を訴えたことに、中国人民解放軍の王冠中・副参謀総長が、「安倍首相は中国を挑発しており、決して受け入れることはできない」と、怒りの会見をおこなったのだ。

しかし、アメリカのヘーゲル国防長官は、同会議でこう発言している。「中国は一方的行動によって(地域を)不安定化させている。中国は、安定した地域の秩序のために貢献するか、それとも、地域の平和と安全保障を危険に晒すか、どちらを選ぶのか」と、痛烈な批判をおこなったのだ。

中国が南シナ海の大半を「自国領である」と主張して地図上に独自に引いた「九段線」が東アジア最大の脅威になっていることは周知の通りだ。この9本の境界線は、「中国の赤い舌」と称され、それによって、強引に「埋め立て」と「軍事拠点化」が進んでいるのである。

金子記者のコラムは、こう続いている。〈永暑礁の飛行場はすでに長さ500メートル、幅53メートルになり、長さ400メートル、幅20メートルの駐機場も完成した。米国の軍事専門家は、発電所や兵舎の建設が終われば、防空ミサイル、レーダーを配備すると見る〉

そして、コラムは、次は南シナ海上空・防空識別圏(ADIZ)設定に進むことを予想した上で、こう締めくくられている。〈南沙が海と空の長城になれば、東シナ海上空で起きた中国戦闘機の異常接近事件が南シナ海でも起きる。米海兵隊のF18戦闘機が台湾に緊急着陸して備えを始めたという見方もうなずける〉と。

領有が争われているサンゴ礁を含む岩礁を、有無を言わせず埋め立て、軍事拠点化することが、現在の国際社会で現に「通用している」のである。そして、その国に、沖縄県知事が出かけていき、李克強首相と会談してわざわざ「沖縄はかつて琉球王国として、中国をはじめ、アジアとの交流の中で栄えてきた歴史がある」などと、発言していることを私たち日本人はどう捉えればいいのだろうか。

中国の強引な手法は、国際社会からの忠告を無視して大戦へと突き進んでいった、かつてのドイツと日本を彷彿(ほうふつ)させるものである。金子記者のコラムは、そのことへの恐怖をかきたてる実に読み応えのあるものだった。

もう一つの記事は、今朝(4月24日)の各紙が報じている北朝鮮の「核弾頭保有」に関するニュースだ。各紙とも、アメリカのウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙が報じた1本の記事を一斉に紹介している。

それは、〈中国の核専門家が、「北朝鮮は、すでに核弾頭20個を保有している」と推計し、来年までにそれを「倍増するために十分な濃縮ウラン製造能力を備えている可能性がある」との見方を示した〉という衝撃的な内容だ。

ウォールストリート・ジャーナル紙によると、この中国の核専門家の見解が、〈アメリカの核専門家に伝えられた〉とのことで、その数字は、〈アメリカでは最近の研究報告で、北朝鮮が保有する核兵器は推計10~16基とみられており、今回の中国の推計はそれを上回る〉という。

記事では、ジョンズ・ホプキンズ大学の米韓研究所が打ち出した「最悪のシナリオ」では、〈2020年までの保有数が最大100基になる〉としていることも、記されている。

あの北朝鮮が〈核弾頭を保有〉し、それが〈2020年までの保有数が最大100基になる〉可能性があるというのである。日本列島全体をゆうに射程に収めるテポドンを持つ北朝鮮が、ついに「核弾頭の開発」に成功したことを私たちは、どう考えればいいのだろうか。

当コラムでも、北朝鮮による「核弾頭の小型化」と「起爆装置の開発」が成功した段階で、日本はその存立にかかわる危機を迎えることを繰り返し、指摘してきた。極めて高度な技術が要求される「起爆装置の開発」が、北朝鮮でどの程度進んでいるかは、記事からは窺い知れない。

しかし、昨日から今日にかけての2つの記事は、戦後、“空想的平和主義”に浸り、平和ボケしてきた私たち日本人に、東アジア情勢に無関心でいてはならないことを冷静に伝えてくれている。

水面下で進む中国による日本の政界やマスコミへの工作を懸念すると共に、中国にモノ申すことをタブーとする“日本に蔓延する風潮”を一刻も早く打破して欲しいと、心から願う。

カテゴリ: 中国, 北朝鮮

「共産主義」が淘汰され「民族主義」に至った中国の怖さ

2015.02.25

「1980年代、中国共産党はすでに“破産”していた」――そんなことを言われたら、「えっ、本当か?」と思わず、自分の目をこする向きも少なくないのではないだろうか。しかも、そんな記事を掲げたのが「朝日新聞」だと知ったら、どうだろうか。

今日(2月25日)、朝日新聞朝刊のオピニオン欄(17面)に、興味深いインタビュー記事が掲載された。題して「中華民族復興」。アメリカの文化人類学者、パトリック・ルーカス氏(50)が朝日新聞の取材に応じて語ったものだ。私は、この記事が、さまざまな意味で興味深かった。

朝日新聞がこれを掲載したこと自体がおもしろかったし、1980年代から中国に留学し、長く中華民族の研究をつづけ、国際教育交流協議会・北京センター長も務めるアメリカ人研究者の独特の視点に大いに興味を駆きたてられたのだ。

ルーカス氏の習近平国家主席に対する分析はユニークだ。それによると、習近平はこの20~30年の間で、最も「民族主義的な中国の最高指導者」であり、その理論が「中国は特別である」「中国の需要は他者より大事だ」といった特徴的な2つから「成り立っている」ことだという。

習近平は、「偉大なる中華民族の復興」を唱え、自分たちが歴史上優秀な民族であり、アジアの中心だった元々の地位に戻る、と言いたいのだそうだ。その理論の危険性をルーカス氏は、「愛国主義には健康的な部分もあり、必ずしも他者を傷つけるわけではありません。しかし、民族主義はそもそもが差別意識であり、他者を必要とする。そして往々にしてその他者に害を与えます」と指摘している。

つまり、中国の「民族主義」への警鐘が、このインタビューの核心と言える。ルーカス氏はその上で、「1980年代、中国共産党は“破産”した」と分析している。共産党が呼びかける共産主義のイデオロギーを、誰も信じなくなり、そのために、「共産党は、市民の信任を得るため、何か新たなものを必要とした」というのである。

私が大学時代も含め、毎年のように中国を訪れていたのは、同じ1980年代のことである。抑圧と独裁が特徴だった中国共産党と、それを冷めた目で見つめる人民の姿が、当時の私には印象的だった。人々の物質的な要求を満足させるために「改革開放路線」をとった中国は、当然の帰結として貧富の差が拡大していく。その頃のことをルーカス氏も独特の視点で観察していたようだ。

共産党にとって、貧富の差が拡大することは本来、許されない。厳しい抑圧によってその不満を封じなければ、統治そのものが揺るぎかねなかった。

興味深いのは、ルーカス氏がこの時点で、「共産党は帽子を変え、マスクを変えることにした。共産主義はいわば淘汰され、民族主義が統治に使われ始めたのだ」と分析していることである。

「共産主義の淘汰」と「民族主義による統治」――インタビューは、そこからがおもしろい。ルーカス氏は、1995年前後に始まった当時の江沢民国家主席の愛国主義教育について、「ここで登場したのが“被害者の物語”。これは極めて便利なものだった」としている。そこで「敵」として登場したのが「日本人と、その侵略行為」であり、「民族主義と共に、こうした“記憶”が呼び起こされた」というのである。

ルーカス氏は、毛沢東時代には「中華民族が立ち上がった“勝利者の物語”」だけで十分で、80年代まで、「統治者は“被害者の物語”を必要としなかった」と、指摘している。つまり、改革開放路線による貧富の拡大は、80年代から90年代にかけて“勝利者の物語”だけでは人民を納得させられなくなり、そこに「民族主義」とそれを補強する“被害者の物語”が必要になっていった、というのである。

厄介なのは、今では「民族主義のパワーが大きくなりすぎて、コントロールできない状況」が生じており、そのために「中国政府は対外的に一寸たりとも譲らないといった強硬姿勢」を続けざるを得なくなっていることだ、とルーカス氏は言う。「政治はお互いに譲歩するもの。しかし、外国人に譲歩をすれば、政府も批判を免れなくなっている」と、今の中国の危うさを語るのだ。

私はこのインタビュー記事を読みながら、1985年8月、それまで問題にされたこともなかった「靖国参拝」を人民日報まで“動員”して外交カードに仕立て上げた朝日新聞の報道を思い出した。つまり、「中国の民族主義」を煽った当の朝日新聞が、その民族主義を批判するインタビュー記事を掲げたこと自体が感慨深かった。

インタビューを終えた朝日新聞の中国総局長は、記事の最後に、「隣り合う国の民族主義が互いに刺激し合うことは避けられない。同氏の指摘は、我々日本人もまた、民族主義の“負の連鎖”のなかにあることを気づかせてくれる。東アジアの民族主義の拡大を抑えるにはまず、この自覚こそが求められている」と書いている。

これには、さすがに吹き出してしまった。いかにも「朝日新聞らしい」と言えばそうだが、相手に外交カードを与えて日中の友好関係を破壊し、中国の民族主義台頭を促す大きな役割を果たした自分自身の総括ではなく、こんな“お決まりの結論”が突然、出てきたからだ。

それは、このユニークなインタビュー記事には、あまりに不似合いなものだった。「吉田調書報道」と「慰安婦報道」につづき、「中国報道」でも朝日新聞の“総括”が始まったのか、と思ったのは早計だった。だが、朝日をはじめ、新聞メディアには、タブーを恐れず、多種多様な視点をこれからも、どんどん提示して欲しいと思う。

カテゴリ: 中国

衆院選は「DR戦争」に突入した

2014.12.02

いよいよ衆院選が公示され、12月14日の投開票に向かって、各党の激しい闘いが始まった。今回の選挙の争点は、「アベノミクス」の是非だそうである。私は、この2年間の安倍政権の経済政策だけでなく、集団的自衛権や特定秘密保護法案等々の是非も大いに議論して欲しいと思う。

しかし、私は今回の選挙を名づけるとしたら、それは「DR戦争」だと思う。Dとは、“dreamer”、すなわち「夢想家」「空想家」の意味だ。Rとは、“realist”、すなわち現実主義者。つまり、今回の選挙は、「夢想家」と「現実主義者」との対決ということだ。

今年、注目すべきニュースとして、朝日新聞の誤報事件があった。慰安婦報道や「吉田調書」報道で追い詰められた朝日新聞は、木村伊量社長が9月11日に記者会見をおこない、「吉田調書」報道の記事を撤回・謝罪した。

他者に対して謝ることを知らない朝日新聞にとって、前代未聞の出来事である。私はこれを「歴史の転換点」だと思って見ていた。以前のブログにも書いたが、それは戦後日本が、やっと辿り着いた「歴史の転換点」なのだと思う。

いったい、何が歴史の転換点なのか。それは、文字通りの“55年体制の終焉”である。周知のように、日本では、1955(昭和30)年に左右の政党がそれぞれ合同し、「自由民主党」と「日本社会党」が誕生した。以後、長く「左右のイデオロギー対立」の時代がつづいた。

その「55年体制」は、90年代半ばに日本社会党が消滅し、自民党も単独での政権維持が不可能になって“終焉”し、今では過去のものとなっている。国際的にも1989年の「ベルリンの壁」崩壊で、世界史的な左右の闘いの決着もついている。

しかし、その考え方を基礎とした対立が、いまだに支配的な業界が「1つ」だけある。それが、マスコミ・ジャーナリズムの世界だ。古色蒼然としたこの左右の対立に縛られているのが、マスコミなのだ。いつまで経っても、ここから抜け出せないことを、私は“マスコミ55年症候群”と呼んできた。

マスコミは、さまざまな業界の中で、最も「傲慢」で、最も「遅れて」おり、最も「旧態依然」としている世界だ。なぜか? それは、マスコミに入ってくる人間の資質に負うところが大きい。マスコミを志向するのは、いろいろな面で問題意識の高い学生たちである。だからこそ、ジャーナリストになりたいのだ。

しかし、そういう学生は、得てして「理想論」に走り、現実を見ない傾向がある。ほかの業界では、社会に放り出されれば「現実」を突きつけられ、あちこちで壁に当たりながら「常識」や、理想だけでは語れない「物の見方」を獲得していく。

だが、マスコミは違う。たとえ学生の時の「書生論」を振りかざしていても、唯一、許される業界といっていいだろう。書生が、そのまま“年寄り”になることができるのが、マスコミ・ジャーナリズムの世界なのだ。

その代表的なメディアが、朝日新聞だ。ただ、理想論をぶち、現実に目を向けず、うわべだけの正義を振りかざしていればよかったメディアである。上から下まで書生ばかりで、“白髪の書生記者”の集合体だと言える。つまり、夢想家、空想家の集団だ。

彼らは、ひたすら現実ではなく、理想や、うわべだけの正義に走ってきた。つまり「偽善」に支配されたメディアである。平和を志向するのは、日本人すべてなのに、自分たちだけが平和主義者だと誤信し、日本に愛着を持ち、誇りを持とうとする人を「右翼」と規定し、「右傾化反対」という現実離れした論陣を張るのである。

その朝日新聞が、信奉してやまないのが中国だ。ひたすら中国の言い分と利益のために紙面を使ってきた朝日は、今、自分たちが書いてきたことが、実は「中国人民のため」ではなく、「中国共産党独裁政権のため」だったことに気づき始めた記者もいるだろう。世界が懸念する「中国の膨張主義」の尖兵となっていたのが、実は「自分たち朝日新聞ではなかったのか」と。

中国が南シナ海のほぼすべてを自分の“領海”であると主張し、フィリピン、あるいはベトナムとの間で、小競り合いをつづけながら、強引に他国の島に滑走路を建設したのも周知の通りだ。

私は、この11月24日に中国が南沙諸島の「永暑礁」周辺を埋め立て、滑走路の造成をしているニュースが流れた時、2008年3月、米太平洋軍の司令官が、「中国海軍が太平洋を二分し、米国がハワイ以東、中国がハワイ以西を管理する分割支配を提案してきた」と暴露したことを思い出した。

すでに中国共産党の雑誌では、尖閣どころか沖縄も中国のものだと主張されている。今回のAPECでも習近平・国家主席はオバマ大統領との首脳会談で「太平洋は米中2つの大国を受け入れる十分な広さがある」と伝え、オバマの「同意」を得ている。

11月20日に発表された民主・共和両党で構成する「米中経済安全保障調査委員会」の年次報告書は、「習近平国家主席は、高いレベルの緊張を引き起こす意思を明確に持っている」と指摘している。

朝日新聞などは、「いたずらに中国脅威論をぶち上げる勢力がある」と批判しているが、“脅威”ではなく、もはや中国の侵略の恐怖は“現実”であることは明らかだ。浮世離れした日本の「空想的平和主義」が通用する時代では、すでになくなっているのである。

もし、日米安全保障条約「第5条」にのっとって、尖閣を守ろうとした米軍が攻撃されたり、また、邦人を輸送中の米艦船が攻撃されたとしよう。その時、「アメリカの若者だけが血を流していればいいんだ」と、日本が知らんぷりをした瞬間に日米関係は「終わる」だろう。

集団的自衛権とは、いわば日本人の「エゴ」と「覚悟」の闘いであろうと思う。それは同時に現実に目を向けずに理想ばかり語っている「dreamer(夢想家・空想家)」と「realist(現実主義者)」との対立でもある。

左右対立の時代はとっくに終わっている。お互いを「右翼だ」「左翼め」と罵っている時代ではない。今は、現実を見つめるか、空想に浸っているか、の時代である。つまり、左右対立ではなく、日本はやっと「DR戦争の時代」を迎えたのである。「歴史の転換点」という所以(ゆえん)だ。

それは、インターネットで闘わされている議論を見ても明らかだ。古色蒼然とした「左翼」と「右翼」の対立ではなく、ニューメディアの登場・発展によって、時代は、とっくに「DR戦争」に突入していたのだ。12月14日に有権者がどんな判断を下すか、私は大いに注目したい。

カテゴリ: 中国, 政治

尖閣の“致命的譲歩”と日中首脳会談

2014.11.08

中国の“力の戦略”に、ついに日本は屈した。APEC(アジア太平洋経済協力会議)を前にして日中両政府が11月7日に発表した文書について、私は、「ああ、日本はやってはいけないことをしてしまった」と思った。

第一報を聞いた時、正直、耳を疑った。それが、尖閣諸島(中国名・釣魚島)問題に関して「(日中双方が)異なる見解を有している」ことで「一致した」というものだったからだ。

中国問題に多少でも関心がある人間なら、「まさか」と誰しもが思ったに違いない。日本政府は、これまで一貫して尖閣について、「日本固有の領土であり、領土問題は存在しない」という立場をとっていたからだ。

今回、日中両国が4項目で合意した文面の中で問題の部分(第3項目)を読んでみると、「双方は、尖閣諸島など東シナ海の海域で近年緊張状態が生じていることに異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで、意見の一致を見た」というものである。

日本側から見れば、至極当然の文言で、なんら目くじらを立てるものではないように思える。だが、私には、冒頭のように「ああ、してやられた」としか思えなかった。たしかにこの文章では、尖閣諸島など東シナ海の海域において「“領土問題”が存在する」とは言っていない。

しかし、あの中国共産党相手に、これはいかにもまずい。今後、中国は、この文言をタテに「尖閣(釣魚島)の領有を中国は一貫して主張してきた」という基本姿勢を強く打ち出すだろう。

中国の論理では、日本が「異なる見解」を有していることを「認識」したというのは、すなわち「領有権を中国が主張していること」を日本側が認めたことになる。今後、日本側からいくら「領土問題は存在しない」と言っても、中国側から言えば、「おまえは“異なる意見”があることを認識していたではないか」となるからだ。

さらに問題なのは、後段の「対話と協議を通じて、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態を回避する」という見解である。これは、尖閣に対して延々とおこなってきた中国による“示威行動”がついに功を奏したことを意味している。なぜなら、「不測の事態を回避する」というところまで「日本を“譲歩”させた」ことになるからだ。

中国にとって、これで尖閣問題は、フィリピンやベトナムが頭を悩ませる西沙(パラセル)諸島や南沙(スプラトリー)諸島と、同じレベルの問題まで「引き上げること」に成功したと言える。

言うまでもなく中国にとっては、「自国が領有権を主張している」海域に公船を派遣しようが、民間の漁船が出向いていこうが、「日本とは“見解が異なる”のだから当然」ということになる。

なんでも都合よく解釈して、あとは“力攻め”で来る中国共産党にとっては、願ってもない「成果を得た」ことになる。本日、外国記者たちとの会見に出てきた王毅外相の抑えようのない「笑み」がすべて物語っている。

私が疑問に思ったのは、日本は、「前提条件なしの首脳会談」を求めていたはずなのに、なぜこんな譲歩をしてしまったのか、ということだ。そして、日本はこれで「何を得たのか」ということである。

中国の首脳とそこまでして「会談しなければならない」理由はいったい何なのか。APECのホスト国である中国で、なぜ、日本は首脳会談を実現しなければならなかったのだろうか。

日本は、「会話の扉はいつでも開かれている」という立場をただ堅持していればよかったはずだ。「前提条件なしの首脳会談」がだめというのなら、つまり、向こうが会いたくなければ、「会わなければいい」し、これまで当ブログで何度も書いてきたように、冷静さを堅持し、毅然として中国と「距離を置くべきだった」のである。

独善と傲慢な国家運営によって周辺諸国と摩擦を繰り返している習近平政権に、なぜ日本は擦り寄らなければならなかったのだろうか。レームダック状態に陥ったオバマ政権がいくら日中の首脳会談と摩擦の緩和を望んでいようと、日本がそれに乗る必要はなかったはずである。中国との「真の友好」を目指すなら、今はむしろ「距離を置くこと」の方が大切だからだ。

報道によれば、8日付の環球時報(中国共産党機関紙の「人民日報」系)は、さっそく4項目の合意文書について、「安倍首相の靖国参拝を束縛」することができ、さらに(釣魚島の)主権に関して、これまで“争いは存在しない”と公言していた日本が、「危機管理メカニズム構築に関して中国と協議したいと望んでおり、これは釣魚島海域で“新たな現実”が形成されたと宣告したのと同じだ」と、勝利宣言ともとれる記事を掲載した。

私は、この報道の通りだと思う。中国にとって、それは「歴史的な勝利」を意味しており、その“新たな現実”なるものによって、尖閣周辺の“力による示威行動”は今後、増えることはあっても、減ることはないだろうと思う。

つまり、「何年後かの日本」は、尖閣をめぐってより危機的な状況に陥るだろうということだ。絶対に譲歩してはならない国に対して、なんの益もない「日中首脳会談実現」のために、日本は致命的な失策を犯してしまったのである。

カテゴリ: 中国, 政治

“文民統制”が効かなくなりつつある中国人民解放軍

2014.06.27

昨日は大垣と岐阜で講演があった。朝早くの新幹線に乗り、また夜は地元で大学時代の先輩と一杯飲り、その上、「十八楼」という長良川沿いの創業150年という老舗旅館で温泉まで満喫させてもらった。ここのところ締切に追われていたので、つかの間のほっとしたひと時を持つことができた。

出張の時は、私は新幹線の中で、新聞各紙に目を通すのが常だ。昨日の各紙の記事の中で最も目を引いたのが、産経新聞のオピニオン欄(第7面)に出ていた評論家の石平氏のコラムだった。「習政権を乗っ取る強硬派軍人」と題されたコラムは、実に興味深かった。

石平氏は、中国・四川省の生まれで北京大学を卒業後、1988年に来日し、2007年に日本国籍を取得した中国ウォッチャーだ。厳しい中国に対する論陣は、日本人では考えつかない独特の発想のものがあり、唸らされることが多い。中国問題の専門家が集まる会合で、私も何度かご一緒させてもらったことがある。

今回の論考の注目すべき点は、2点ある。習政権を脅かす軍人を“名指し”し、さらにはその具体的な動きを指摘した点だ。その人物とは、中国人民解放軍の房峰輝・総参謀長(63)である。中国人民解放軍というのは、中国共産党の「党」の軍隊であり、あくまで党の最高軍事指導機関である「中国共産党軍事委員会」の指導を受ける存在だ。その軍事委員会の主席は習近平・国家主席(61)であり、その意味で軍の最高指導者は習近平氏にほかならない。

かつて国家主席でもなく、党主席でもなかった鄧小平氏が、この「軍事委員会主席」の座だけは最後まで手放さず、最高権力を振るいつづけたことが思い出される。だが、石平氏は、その主席の地位にはない人民解放軍総参謀長である房峰輝氏を「習近平氏を脅かす第一の人物」として挙げたのである。

房峰輝氏は、中国共産党中央委員会の委員であり、党中央軍事委員会委員でもあり、さらに中国人民解放軍総参謀長でもある。すなわち軍人としては最高の地位にある(階級は「上将」)。なぜ房峰輝氏が注目されるのか。それは、中国とベトナムとの紛争について、アメリカでおこなった「発言」にあった。

「中国の管轄海域での掘削探査は完全に正当な行為だ。外からどんな妨害があっても、われわれは必ずや掘削作業を完成させる」。5月15日、訪米中の房峰輝氏が記者会見で語ったこの言葉にこそ、その秘密が隠されていた。

石平氏の言葉を借りれば、「ベトナムとの争いが始まって以来、中国側高官が内外に“掘削の継続”を宣言したのは初めてのこと」であり、「一軍関係者の彼が、政府そのものとなったかのように“掘削の継続”を堂々と宣言するのは、どう考えても越権行為以外の何ものでもない」という。

人民解放軍を率いる房峰輝氏のこの発言は、「もはや怖いものがなくなった」、すなわち完全に習近平を脅かす存在となった、というこの見方は注目される。

石平氏は、房氏が習主席主宰の「中央財経指導小組(指導グループ)」の会議に出席していることも指摘する。人民解放軍は、国の経済運営には関与しないのが原則であり、軍の幹部は本来、中央の「財経会議」に顔を出すようなことはない。

しかし、すでに房氏は“堂々と”習主席主宰の「財経会議」に出席し、さらに“堂々と”アメリカにおいて、中国とベトナムとの紛争について、「国際的な宣言」をおこなうほどになっているのである。

東シナ海、南シナ海での人民解放軍の強硬姿勢は、「本当に習近平の本意なのか」という専門家の指摘はこれまで少なくなかった。だが、クローズアップされた房峰輝・総参謀長の存在は、これらの問題に大きな示唆を与えている。

石平氏は、こう結論づけている。「もし房氏が“中国軍として掘削作業の安全を守る決意がある”と語るならば、それは理解できる」。しかし、「軍総参謀長の彼が“掘削継続”と宣言すれば、その瞬間から、中国政府は“やめる”とはもはや言えなくなっている。つまり、房氏の“掘削継続発言”は実質上、政府のいかなる妥協の道をも封じ込めてしまった」、そして、「軍がこの国の政治を牛耳るという最悪の事態がいよいよ、目の前の現実となりつつあるのである」と。

「文民統制」が効かなくなりつつある中国の現状が浮かび上がってくる。あの文革の時代、軍を率い、同時に毛沢東の腹心でもあった林彪がクーデターを策して失敗し、亡命する途中、モンゴルで墜落死した「林彪事件」があった。

絶対的な指導者・毛沢東がいた時ですら、軍によるクーデター計画は存在した。では、戦争第一世代が遥か「過去の存在」になった今、習近平・国家主席は、本当に軍を「掌握」、いや「抑え込む」ことができているのだろうか。

人民解放軍は、自ら経済活動を「軍隊の生産運営」と呼び、その“活動範囲”は、農業、工業、鉱業、サービス業……等々、あらゆる分野に及ぶことは広く知られている。特にサービス業では、不動産開発から医療事業、ホテル経営、レストラン経営をはじめ、「ここも人民解放軍の経営なのか」と驚かされるほど、多岐にわたっている。

そのトップである房氏は、日本では想像もできないような巨大コンツェルンの総帥(しかも、武力を併せ持った)ということになる。そして、房氏は常に各委員会で国家指導者(習近平)の「すぐ隣にいる」のである。

その軍のトップが、石平氏が指摘するように「政府のいかなる妥協の道をも封じ込めてしまう」存在になった意味は大きい。私が怖いのは、軍のトップには弱気になることが「許されない」ことだ。下からの突き上げに対して、軍のトップは常に強気でなければ、その地位を維持できないという「宿命」がある。軍事費が膨張しつづけている人民解放軍が、その意味でも今後、弱気に転ずる可能性はないだろう。

巨大化する軍事力を背景に、東シナ海、南シナ海での人民解放軍の振る舞いは、ますます激しさを増すに違いない。文民統制の効かなくなった軍事組織ほど怖いものはないからだ。

今週、私はちょうど航空自衛隊のある基地司令と話す機会があった。その時、「私たちには覚悟はできております」という頼もしい言葉を聞いた。東シナ海の現実が私たちに突きつけているものは何だろうかと、その時、私は思った。国防の最前線に立つ自衛官たちの「覚悟」が発揮される事態にならないことを祈らずにはいられない。

カテゴリ: 中国

“反日教育”を受けた人民解放軍「青年将校」の怖さ

2014.05.25

台湾南部での取材を終え、今日、台北まで帰って来た。ネット環境が悪く、ブログも更新できないままだった。バシー海峡を隔てて遥かフィリピンと向かい合う鵝鑾鼻(ガランピー)と猫鼻頭(マオビトウ)という二つの岬を中心に台湾最南地域を取材してきた。

バシー海峡に向かって「南湾」と呼ばれる穏やかな湾を包み込む鵝鑾鼻岬と猫鼻頭岬――地元の言い伝えでは、「鵝鑾」は、台湾先住民のパイワン族の「帆」を意味する言葉が訛(なま)ったものであり、「猫鼻頭」は文字通り、岬の形が蹲(うずくま)った猫の姿に似ているところからつけられたものだという。

この二つの岬は、太平洋戦争末期、日本人の悲劇を見つめた場所でもある。“輸送船の墓場”と称されたバシー海峡で、多くの日本兵を満載した輸送船がアメリカの潜水艦や航空機の餌食(えじき)となった。

犠牲となった日本兵の正確な数は、今もわからない。だが、少なくとも十万人を超える兵士たちが、この“魔の海峡”で深く蒼い海の底に吸い込まれていったと言われている。

その犠牲者たちの遺体の一部が流れついたのが、二つの岬に囲まれた台湾最南部の海岸である。この地の古老たちにとっては、流れついてきた日本兵たちの遺体を運び、荼毘に付した経験は、70年という気の遠くなる年月を経ても、鮮烈な記憶としてまだ残っていた。

バシー海峡をめぐる壮絶な体験を持った人々のノンフィクションの取材は急ピッチで進んでいるので、ご期待いただければ、と思う。

さて、私がバシー海峡、そして南シナ海に向かう台湾最南端の地で取材していた時、東シナ海では、一触即発の事態が起こっていた。昨日5月24日、東シナ海上空で、自衛隊機に中国軍機が相次いで“異常接近”したのである。

それは、日本の防空識別圏に大きく踏み込む形で中国が昨年11月に一方的に設定した空域でのことだ。中国機は、日本の海上自衛隊機と航空自衛隊機に対して、それぞれ、およそ50メートル、30メートルまで「並走するように近づいてきた」というのである。

言うまでもないが、30メートルから50メートルまで近づけば、パイロットはお互いの顔がはっきりと見える。つまり、相手の表情を見た上で、「おい、やるか? やるならやってみろ」と、事実上、“喧嘩を売ってきた”ことになる。

幸いに自衛隊機はそんな挑発には乗らなかった。日本の防空識別圏に重なる形で中国は一方的に新たな防空識別圏を設定したのだから、中国にとってそこはあくまで「自国の空域」である。要するに彼らには、「日本が中国の防空識別圏に侵入してきた」という論理になる。

勝手に「設定」して、勝手に自国の領空(領海)だと「主張」し、そして相手には「有無を言わせない」。戦後、周辺国(周辺地域)と紛争を繰り返し、国内でも粛清と弾圧ですべてを支配し、さらにはここ10年で4倍に国防予算を膨張させた中国の面目躍如というところかもしれない。「政権は銃口から生まれる」という毛沢東の言葉通りの国家方針である。

中国の実質的な国防費は日本の防衛予算のおよそ「3倍」と言われる。世界のどの国よりも軍事大国化を押し進める中国は、「地域の現状を一方的に変える」ことに、いささかの躊躇もない。21世紀の現在、そんなことは国際社会では認められないが、世界中を敵にまわしても中国はそれを押し進めるだろう。それが「中国共産党」が持つ特性だからだ。

小野寺五典防衛相は本日、報道陣に対して「ごく普通に公海上を飛んでいる自衛隊機に対して、(航空機が)近接するなどということはあり得ない。完全に常軌を逸した行動だ」「中国軍の戦闘機には、ミサイルが搭載されていた。クルーはかなり緊張感を持って対応した」と、緊迫の状況を説明した。

それは、昨年1月、中国のフリゲート艦が東シナ海で海上自衛隊の護衛艦に火器管制レーダー(射撃用レーダー)を照射した事件を彷彿させるものである。だが、予想通り中国側は、即座に、そして激しく反論した。中国の国防部が、「中国の防空識別圏に“侵入”し、中ロ合同演習を偵察、妨害したのは日本の自衛隊機である」と発表したのだ。

両国の防空識別圏が重なる部分は、当初から航空自衛隊の関係者たちによって「ここが日・中の戦端が開かれる“Xポイント”になるだろう」と懸念されていたところである。実際にそれが現実になる「時」が刻一刻と近づいていることを感じる。

勝手に「自分の領土(空域)だ」と設定して、そこを力づくで「自分の領土(空域)」として実力行使をするのは、ベトナムやフィリピン相手の西沙諸島・南沙諸島での強引な資源掘削と建造物建設の実態を見れば、よくわかる。

日米安保条約第五条の規定によって、日本に対して “何か”をおこなえば、即座に米軍が乗り出してくることは中国もわかっている。それでも中国は「挑発をやめない」のである。

私が懸念するのは、人民解放軍の若手将校たちだ。彼らは、江沢民時代以降の苛烈な反日教育を受けて育った世代である。ただ日本への憎悪を煽る教育をおこなってきた影響は、彼ら青年将校たちにどの程度あるのだろうか。

中国の若手将校の動向が話題になることは少ない。しかし、ちょうど今週、アメリカ企業にハッカー攻撃を仕掛けたとして、米司法省が、中国人民解放軍の若手将校「5人」を産業スパイの罪で起訴したことが発表された。私にはこの事件が象徴的なものに見えた。

米司法省のホルダー長官の発表によれば、「中国人民解放軍の将校5人が、5つのアメリカ企業と労働組合にサイバー攻撃を仕掛け、機密情報を盗んだ。司法省は彼らをサイバー攻撃の疑いで起訴した。このハッカー攻撃は、アメリカ企業を犠牲にして、中国の国営企業など、中国に利益をもたらすために行われたものだ」という。

しかし、中国の外交部は例によって「中国は、アメリカによるサイバー攻撃の被害者である。これは捏造だ。中国は、アメリカに関連事実を説明し、行動を停止するよう求める」と反発した。何を指摘されようと、絶対に非は認めず、反対に「相手に罪をなすりつける」のが中国の常套手段だ。

彼ら若手将校は、肥大化する人民解放軍の中でもエリート集団であり、同時に「怖いもの知らず」だ。文革や貧困時代の中国を知らず、大国となって傍若無人の振る舞いをする中国しか知らない。

どの国でも青年将校は怖い。かつての日本がそうであったように、血気盛んな若手のエリート将校は、時として歯止めがきかなくなる場合がある。理想論を闘わせ、やがてそこに向かって突き進もうとする者が出てくるからだ。

今、中国は「日本が(世界の)戦後秩序を破壊しようとしている」と、世界中でキャンペーンを張っている。日本による「戦後秩序への挑戦」が、彼らのキャッチフレーズなのだ。彼らには、日本が本当に“悪”にしか見えず、それは“憎悪の対象”でしかない。視野の狭い若手将校がどんな考えを持っているかは、容易に想像がつく。

もともと中国国内のツイッターでは「敗戦国が何を言うか」「いっそ原爆を日本に落とせ」と、盛んにやり取りされている経緯がある。日中国交回復以後、3兆円ものODAを中国につぎ込み、さらには民間レベルでの「技術協力」によって、ひたすら中国のインフラ整備に力を注いだ日本。しかし、そのことを全く知らない青年将校たちの「時代」が中国に訪れていることを忘れてはならないだろう。

私はそのことに言い知れぬ恐怖を覚える。苛烈な反日教育には、史実にそぐわない一方的な“日本悪者論”に基づくものが数多い。それを真に受けた世代が、いま前面に出ているのである。

かつて日本の青年将校は、「アジアを解放する。有色人種をアングロサクソンの差別と支配からなんとしても解き放つ」という理想に燃え、そしてその過程で「自分たちには何でもできる」と思い込んでいった。

そんな理想の中で、いつの間にか、「自分たちがその欧米諸国と同じようなことをアジアに対しておこなっていた。ある時、私はそのことに気づきました」と、元山航空隊の元特攻隊員で、零戦搭乗員でもあった大之木英雄・海軍少尉が私にしみじみ語ってくれたことを思い出す。

自分たちの論理で、より過激な道を歩もうとする若手将校たちほど怖いものはない。「“小日本”に核ミサイルをぶち込め」という意見がネットで氾濫する中国で、徹底した反日教育を受けた人民解放軍の青年将校たちは、今後、軍をどう導いていくのか。

操縦桿を握っているのは、彼らエリート意識に溢れた青年将校たちである。何百回、何千回とつづいていく「スクランブル(緊急発進)」の中で、「いつ」「いかなる」不測の事態が勃発するのだろうか。

私には、そのことを考えると深い溜息が出てくる。多くの日本の若者の命を呑みこんだバシー海峡を見てきた直後だっただけに余計、そう感じるのかもしれない。平和ボケしたわれわれ日本人も、不測の事態への「覚悟」だけは持っておくべき時代が来たことだけは間違いない。

カテゴリ: 中国, 台湾

日本はそれでも「中国の掌(てのひら)」で踊るのか

2014.05.07

2014年のゴールデンウィーク(GW)も終わった。昨夜は、大学時代のサークルの飲み会があり、夜中まで深酒した。帰路、酔い冷ましに午前2時を過ぎた都心をしばらく歩いたが、GWというのに3月から4月上旬の気温らしく、実に肌寒かった。当方のGWは、相変わらず世の中の休みとは無縁の仕事三昧の日々だった。今朝は、疲労困憊で職場に向かう連休明けのサラリーマンで電車が一杯になっていた。

GWというのは、国民の大型連休であると同時に、国会議員を筆頭に、議員センセイたちにとっては、貴重な“外遊”の時期でもある。地方議員には、「視察」と称されるこの海外旅行は最も大きな楽しみとなっている。一時期、税金の無駄遣いと批判が出たが、それでも今もつづく“年中行事”のひとつである。

今年、話題を集めたのは、自民党副総裁の高村正彦氏が会長を務める日中友好議員連盟の訪中だろう。私は当ブログで「真の“日中友好”をはかるためには、今は中国との距離を置くべき」と何度も書かせてもらっている。そのため、この訪中団の動向が気になっていた。

訪中前から「日中首脳会談の実現に向けた環境整備を図りたい」と、その目的が明らかにされていたからだ。「このメッセージが中国に利用されなければいいが……」と、私は思っていたのである。

いま日本側が「日中首脳会談」を開かなければならない理由は全くない。歴史問題を振りかざして世界中で“日本悪玉論”を展開している習近平・国家主席に対して「すり寄る」ような印象を世界に見せてしまっては、対中包囲網外交を展開している安倍外交そのものを「否定」してしまいかねない。さらに、当の中国に対しても誤ったメッセージを与えてしまうことになるからだ。

残念ながら、その懸念は的中した。報道によれば、高村会長は5月5日午後、中国共産党で序列3位の張徳江・全人代委員長と北京で会談し、「なんとか本来の戦略的互恵関係に戻したい。そのためには、日中首脳会談の実現を……」と伝えたという。予想通り、中国当局は、この“飛んで火に入る夏の虫”を逃さなかった。

張氏は「習国家主席に伝える」と述べるにとどまり、さらに高村氏が全人代と日本の国会の間で議会交流を行いたいとの意向を伝えると、「議会交流の再開が望ましい」と前向きな発言をした上で、「しかし、日本側が問題を取り除くよう態度で示して欲しい」と発言したのである。

会談から数時間後、中国外交部の女性報道官、華春瑩・副報道局長は内外の記者たちに、「日本の指導者は、歴史を直視して深刻に反省し、実際の行動で両国関係が正常な関係に戻れるよう真面目に努力すべきである」と、表明した。すなわち首脳会談をしたければ、「まず自ら態度を改めよ」というわけだ。勝ち誇ったような華報道官の表情が印象的だった。

私は、さまざまな思いが頭をよぎった。自民党副総裁の立場にある高村氏の発言は当然、安倍首相の意向によるものだろう。実際、張氏との会談の中で「これは安倍首相の気持ちです」と、首脳会談実現に対して注釈までつけたという。

連休前の4月24日に訪中した舛添要一東京都知事も、思惑を持った中国の掌で踊らされた。中国側の招きに応じて訪中した舛添氏は「北京市が数ある友好都市の中から一番最初に私をお呼びいただいたことは、中国国民、北京市民が本当に日中関係をよくしたいんだという思いが胸に響いています」と、都知事就任後初の訪中の感慨を披歴(ひれき)した。

しかし、中国側は日本との関係改善への意欲を示しながらも、「(日中間の)最大の問題は靖国神社参拝である」と釘を刺すことを忘れず、舛添氏は、「帰国して安倍総理とお会いする機会があれば正確にお伝えする」と、返答せざるを得なかった。

中国のやり方は、昔も今も変わらない。中国に招いて相手をおだて上げて有頂天にさせ、その上で、自分たちの主張をわからせ、さらにその要求を実現させるための“尖兵”に仕立て上げるのである。

中国に完全に取り込まれた小沢一郎氏が2009年12月、民主党議員143名を引き連れて訪中した例を見ればわかりやすい。訪中団の一人一人が「1人何秒」と注文をつけられた上で、胡錦濤国家主席(当時)と嬉々としてツーショットの記念写真に収まっていくさまが象徴的だった。

恥も外聞もない訪中団として歴史に刻まれたこの事例は別としても、相手が中国の場合、政治家は招待を受けた段階で、すでに「相手に取り込まれる」ことを認識しなければならない。

なぜなら、訪中して序列の高い人間と会えなければ、自分たちの価値は落とされる。政治家なら、それを避けたいのが人情であり、習性だ。そこが中国側の狙いどころなのである。日本の政治家が、まず地位の高い人間と会わなけれならないことが“第一”であることを中国側は熟知しているのだ。

そして、訪中の間に、地位の高い人間との会見が「可能になった」ということを告げ、その会見の実現自体に「感謝させる」のである。そして、会見の席上、中国側の言い分をありがたく“拝聴”させる。

知らず知らずの内に中国に対して膝を屈していく「土下座外交」の仕組みがそこにある。連休前に訪中した舛添氏も、そして今回の高村訪中団も、したたかな中国と中国人のやり方に乗せられたと言っていい。高村氏の場合、靖国問題で相当突っ込んだ議論をおこなったというのが唯一の“救い”かもしれない。

いま中国の内情はガタガタだ。ウィグル族による弾圧への抗議のテロが相次ぎ、大都市では、排気ガスや噴煙等による有害なPM2.5がまき散らされ、ばい煙による地球規模の環境破壊も一向に改善される兆しがない。

さらに中国は世界から孤立しつつある。ベトナムの排他的経済水域で海底資源の掘削を強引におこなっている中国に対して、アメリカは5月6日の記者会見で、国務省のサキ報道官が「中国の行為は挑発的であり、地域の平和と安定に役立たない」と、痛烈に非難した。

サキ報道官の言を俟(ま)つまでもなく、領土的野心を隠さなくなった中国と周辺諸国との摩擦はエスカレートしつづけている。尖閣や南沙諸島の奪取を目論んで、盛んに東シナ海、南シナ海を遊弋(ゆうよく)する中国艦船は、世界的な紛争が勃発する原因が「ここにある」ことを示している。

サキ報道官の会見があった翌7日、さっそく石油掘削作業をめぐって、作業を阻止しようとしたベトナム艦船と中国船が海上で衝突し、事態がエスカレートする懸念が高まっている。周辺諸国に対して挑発行為をつづける中国は、さまざまな場所で“一触即発”の状態にあることをはからずも世界に知らしめたのである。

アメリカは、この「仮想敵国・中国」に対して着々と手を打っている。オバマ大統領が連休前の4月28日、フィリピン訪問で、フィリピンへの米軍派遣拡大を図る新軍事協定に署名し、1992年にフィリピンから撤退していた米軍が20数年ぶりに「フィリピンに戻ってくる」ことが決められたのも、そのひとつだ。

オバマ大統領は、「アメリカのフィリピン防衛への関与は鉄板のように堅い。われわれは同盟国が孤立しないように関与を続ける。(領土にかかわる)論争は、平和的に、そして脅迫や威圧なしに解決されなければならない」と、国名の名指しこそ避けたものの、中国への痛烈な非難を含むスピーチをフィリピンでおこなったのである。

孤立を深める中国は、ウクライナ問題で同じように国際社会から孤立するロシアとの接近をはかるしかなくなっている。そんな中国に「首脳会談に応じてください」と日本側から懇願する必要はまったくない。

1970年代に、のたうちまわるような苦労の末に各種の公害を克服した日本からの援助を中国は喉から手が出るほど欲しい。そのために、世界中で対中包囲網外交を繰り広げる安倍政権にさまざまなルートを通じて「揺さぶり」をかけているのである。

今は、自治体の首長や政治家たちが訪中する時期ではない。行くこと自体が孤立感を深めつつある彼らを「勇気づかせてしまう」からだ。これまで何度も当ブログで書いてきたように今は我慢に我慢を重ね、臥薪嘗胆で中国との「距離」を置かなけれならない。

そうすれば、放っておいても、中国側から日本にすり寄ってくる。これまで「舐められていた」日本が着々と進める対中包囲網外交によって、日本への「対応の変化」を説く動きがやっと中国に出始めたのである。

ここまで中国にバカにされながら、日本は返済義務のない無償資金協力(ODA)を現在も年間およそ300億円もおこなっている(外務省・平成24年版ODA白書)。いまやるべきは、訪中してご機嫌を伺うことではなく、「貴国は、すでにわが国を上まわる経済大国となりましたので、謹んで無償資金協力を終了させていただきます」と、告げることである。

1972年の日中国交回復の際、周恩来首相は田中角栄首相に「言必信 行必果」(言必ず信、行必ず果)という孔子の言葉を書いた色紙を贈ったのは、あまりに有名だ。これは、いまだにその意味をめぐって論争が絶えない言葉である。

この言葉だけを見れば、「言うことは必ず偽りがなく、やるべきことは必ず結果を出す」という意味だ。だが、実際の孔子の言葉には後段があって、「硜硜然 小人哉」(こうこうぜんとして しょうじんなるかな)とつづく。

これは、「それだけしかできないとしたら、それは小さな人間だ」という意味である。つまり、「言ったことには必ず偽りがなく、やるべきことは必ず結果を出す。だが、それだけしかできない人間は、小物である」という意味になる。

国交回復の当事者として訪中した日本の総理に対してすら、そんな言葉を色紙に書いて贈るのが中国の指導者である。それから42年という長い年月が経過し、日本はその間に「3兆円」を超える円借款をおこない、ひたすら中国の近代化のためのインフラ整備に力を注いだ。それがどれだけ「日中友好」に寄与したのかと思うと、深い溜息が出るのは私だけではあるまい。

もう、中国の掌で踊るのはやめ、「中国と距離を置く」必要性を噛みしめ、アジアの民主国家として毅然として中国と対峙すべきではないのか。その方が真の意味の日中友好への「近道」であることを政治家たちには理解してもらいたいものである。

カテゴリ: 中国

世界の脅威「中国」とどう対峙すべきなのか

2014.04.24

さまざまな意味で、2014年4月24日は歴史的な一日だったと思う。私は東京・内幸町の飯野ビルで講演があり、朝9時過ぎには霞が関界隈にいた。オバマ大統領来日の影響で車が都心に流れ込むのが規制されたのか、霞が関の通りは閑散としていた。

しかし、講演が終わって午後、タクシーで虎の門から溜池を抜けようとした時、渋滞に巻き込まれてしまった。ちょうどオバマ一行の移動に遭遇したらしい。先を急いでいたので、10分ほど停められた後、大渋滞の中からUターンして別のルートをとった。オバマ来日の余波を私自身も受けてしまった。

今日の日米首脳会談は、さまざまな意味で歴史に残るものだったと言える。日本側が目指した「尖閣防衛」をめぐる日米同盟のアピール、一方、アメリカが目指した関税の完全撤廃によるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)をめぐる交渉の妥結――両国の思惑が激突し、関係の深さと同時に溝の深さも明らかになった一日だった。

夜11時半を過ぎてもTPPをめぐる交渉の歩み寄りは見られず、現時点で日米共同声明発表の目処は立っていない。「もう一度この担当大臣をやりたいか、と言われればやりたくない」。記者団に囲まれた甘利明・TPP担当相は険しい表情のまま、そう語った。

その発言を受けて記者たちは笑ったが、甘利大臣本人はまったく笑っていなかったのが印象的だ。いかにギリギリの交渉をおこなっているかが垣間見えた一瞬だった。歴史に残る凄まじい攻防である。

しかし、今日のオバマ・安倍の共同記者会見は見応えがあった。日本側にとって、焦点だったのは、言うまでもなく「尖閣問題」である。虎視眈々と尖閣奪取を目指す中国に、オバマがどんなメッセージを発するのか、注目が集まっていた。

「日本の施政下にある尖閣諸島も含めて、日米安保条約の適用対象となる」。安倍首相の期待通り、オバマは記者会見でそう明言した。これまでアメリカ政府の高官から同様の発言は何度もあった。だが、大統領の口から直接、「尖閣」が名指しされた上で、同盟国として「これを守る」という発言はかつてなかった。その意味は、測り知れないほど大きい。

今後、アメリカ政府へのチャイナ・ロビーたちの激しい活動があっても、この「明言」、すなわち「基本方針」を覆すのは、相当困難だろう。折しも今日、第二次世界大戦中の中国企業の損失の賠償として、上海海事法院(裁判所)に船舶を差し押さえられていた商船三井が同法院に40億円の「供託金を支払った」ことが明らかになった。

言うまでもなく、1972年の日中共同声明で日本に対する戦争賠償の請求は放棄されている。その国家間の約束を覆して、中国は法治国家とは程遠い行動に出ていた。5日前、この差し押さえのニュースに接した私は、「これは事実上の日本に対する中国の“宣戦布告”だ」と思った。

もちろん、武力行使という意味の「宣戦布告」ではなく、経済的、社会的な国家としての総合的な「宣戦布告」という意味である。

当ブログでは、中国人民との真の意味の友好を築くために、今は「臥薪嘗胆」の時期であり、中国との「距離を置く必要性」を繰り返し書いてきた。それは、日本が目指すべきは、中国共産党独裁政権との“友好”ではなく、その独裁政権に弾圧され、喘いでいる中国人民との“友好と連携”であるという意味である。

対中ODAの中で「有償資金協力」を3兆円もおこない、「技術協力」によってひたすら中国国内のインフラ整備に力を尽くしてきた日本。文化大革命で荒れ果て、後進国のひとつとしてのたうちまわっていた中国を日本は必死で援助しつづけた。

その日本に「お前たちの役割はもう終わった」とばかりに、中国は日中共同声明を反故(ほご)にして各企業別“戦時賠償”取り立て作戦まで展開し始めたのである。

“人治国家”である中国の共産党独裁政権に、道理は通じない。中国国内の人権活動家や民主運動家への厳しい弾圧でわかるように、それと同じ理不尽極まりない「対日弾圧」に中国は出てきたのである。広い意味での「日本への宣戦布告」と呼ぶ所以(ゆえん)だ。

菅官房長官は「日中共同声明で示された国交正常化の精神を根底から揺るがすものだ」と差し押さえを非難したが、この日本への「宣戦布告」から僅か5日後に、オバマ大統領が記者会見で「尖閣は日米安保条約の適用対象であり、昔も今も変わらない」と言明したのである。

情けないことだが、日本にとって、これほどありがたいことはなかった。海洋進出とアジアどころか世界の覇権を目指す中国に対して、アメリカの軍事力の傘の下でなければ、日本は「尖閣」という自国の領土を守ることが難しいからだ。

中国が「第一列島線(九州から沖縄・台湾・フィリピンを結ぶ線:First island chain)」を突破し、太平洋の西半分を支配しようとする剥(む)き出しの悲願を隠さなくなった今、日本は日米同盟、そして南シナ海で中国から同様の圧迫を受けているフィリピンやベトナムとの連携が不可欠だ。

日本にとって、今日の日米首脳会談の歴史的な意味づけは、中国が“世界の脅威”であることが内外に示されたことにある。その中国と今後、どう対峙していくのか、それがアジアの安定にどれだけ大切なことなのか、そのことが広く「宣言された」ということだろう。

集団的自衛権の議論もこれから加速するに違いない。尖閣周辺で航行中の日米の艦船が中国によって攻撃され、そのうち例えばアメリカの艦船が被害を負った時、日本が「俺は知らないよ」と言って、そこから離脱するわけにはいくまい。そんなことをすれば、たちまち日米同盟は破綻する。

しかし、中東やアフリカでアメリカがなんらかの攻撃を受けた時、「同盟国が攻撃を受けたから」と、その攻撃相手を叩くために日本から艦船や航空機が遠く中東やアフリカまで「攻撃に向かう」というのはおかしい。

集団的自衛権が難しいのは、アメリカの戦争に日本が「巻き込まれてしまう」という恐れがあるからである。石破茂幹事長をはじめ、自民党の多くは「集団的自衛権の行使には、国会の承認が必要だから心配にはあたらない」という立場のようだが、それでも、懸念は払拭されない。

焦点は、集団的自衛権の問題において「エリア限定」を組み込んでいけるか、という点に尽きるのではないだろうか。前述のように尖閣周辺でアメリカの艦船が攻撃され、傷ついた時に日本が“知らぬ顔”はできない。それと同時に、日本がアメリカと「世界の各地で」同じ行動をとることができないというのも当然なのである。

国民はそのことに悩んでいる。妥協点は、集団的自衛権行使の前提となる「同盟国が攻撃を受けた場所」をいかに「エリア限定」できるかにあるような気がする。そのエリアを日本の国土から「何カイリ以内」と設定するのか、それとも「東シナ海全体」、あるいは「西太平洋全体」という具合に広い範囲を設定するのか……等々、そういう議論が必要になってくるのではないだろうか。

日米首脳によって、事実上、中国が世界の脅威であることが宣言された今日以降、日本人にはある種の「覚悟」が求められるだろう。それは、中国と毅然と「距離を置く」ことができるかどうかの「覚悟」である。

それは、中国を取り巻く国との関係を強化することによって、中国の巨大市場からできるだけ早く離脱することを意味する。それは、つらく苦しい道だが、日本が本気で中国から距離を置いた時、初めて中国側からアプローチの要請が届くだろう。中国は、面子(めんつ)より実利を重んじる国であり、そのとき初めて、向こうから「すり寄ってくる」ということである。

友好国としてお互い尊重し合える関係を持てるのは、それからだ。その時まで毅然とした対中姿勢が続けられるか、私たち日本人の「覚悟」が求められているのである。今日2014年4月24日は、そんなさまざまなことを考えさせてくれた“歴史的な一日”だった。

カテゴリ: 中国, 国際

名実ともに「空想的平和主義」の時代は終わった

2014.04.09

いよいよ日本と中国との鬩(せめ)ぎ合いが、国際社会の大きな焦点となってきた。訪中したアメリカのヘーゲル国防長官が4月8日、記者会見で述べた中身が要因だ。

ヘーゲル氏は、尖閣諸島(中国名:釣魚島)について「日米安全保障条約に基づく防衛義務を果たす」と明言した上で、昨年11月に中国が尖閣諸島の上空を含む東シナ海に広範囲にわたって“防空識別圏”を設定したことに言及し、「どの国も防空識別圏を設定する権利はある。だが、事前協議なしに一方的に設定すれば、緊張や誤解を招き、衝突を誘発する」と痛烈に非難した。

このヘーゲル発言にほっと胸を撫で下ろした日本人は少なくないだろう。虎視眈々と尖閣奪取を目論む中国に、「アメリカは(中国の尖閣奪取を)黙っちゃ見ていないよ」と、はっきり言明してくれたのである。

これに対して、中国の常万全・国防相は「領土問題で、われわれは妥協や譲歩、そして取り引きは一切しない。もちろん、わずかな領土侵犯も許さない。中国は日本とトラブルを起こすつもりはないが、領土を守る必要があればトラブルが起きることを恐れない」と語ったのである。

すなわち、尖閣はあくまで「中国の固有の領土」であり、「一歩も譲らない」との宣言である。報道によれば、この記者会見の前におこなわれた両者の会談は激烈なものだったようだ。

ヘーゲル国防長官に対して、常国防相は領土主権を「核心的利益」と主張し、「中国側からは挑発しない。しかし、必要ならば武力で領土を守る準備はできている」と、“恫喝”を忘れなかったというのである。

そして、東シナ海での日本、あるいは南シナ海でのフィリピンなどの動きを非難し、アメリカによる台湾への武器売却まで厳しく批判したという。つまり中国は、領土・領海に対する野心を、もはや「隠さなくなっている」のである。

尖閣をめぐる日中両国の紛争が、世界の“ビッグ2”アメリカと中国との激突に繋がるかもしれないという懸念によって、この問題が国際社会の大きな「焦点」に浮上したのは当然だろう。

私は、二つの超大国が、“日本をめぐって”激しく応酬していることを肝心の日本人はどう見ているのだろうかと、思う。一般のアメリカ人にとっては、極東の一地域で“日本のために”アメリカの若者の血が流されることを良し、とする人は少ないに違いない。

それでも、「アメリカは日米安保条約に基づき日本を守る」と宣言してくれている。この明確なアメリカの立場表明によって、中国が尖閣に対して露骨な動きをすることが難しくなったのは確かである。

それは、ヒラリー・クリントン国務長官が「日本の施政権を損なおうとする行為」に反対を表明し、中国の動きを牽制した昨年1月につづく、痛烈なるアメリカの意思表示だった。当ブログで何度も指摘してきた中国による「闇夜に乗じての尖閣上陸」と「建造物の建設」という“既成事実化”の戦略が「足踏み」したのは間違いない。

しかし、ワシントンで活発化する中国ロビーの動きと、大量保有する米国債の“人質作戦”が中国に功を奏し、尖閣が将来、日米安保条約第5条の「適用対象外」とされる可能性もまた否定できない。

日本は、その時の対応をきちんと考えておかなければならない。日本には、中国の代弁者である“親中派”のメディアや評論家が圧倒的に多い。彼らは“親中”を“親中国共産党政権”と勘違いしている人たちである。

言論や思想の自由を許さず、中国人民の人権を犯しつづけている中国共産党独裁政権のシンパを“親中派”として仰ぎつづけている日本のメディアの滑稽さに、アメリカ政府も気づいている。

そんな日本が、それでも、アメリカの若者たちが血を流してまで守る価値があるものかどうか、ひとたび尖閣紛争が起こった時は、きっとアメリカでも議論になるに違いない。

私たち日本人は、単なる中国共産党の代弁者に成り果てたメディアや言論人の言うことををきちんと見極め、自分たちの生命・財産、そして領土を守るために、毅然と対応してくれる人々を心から応援すべきだろうと思う。

3日前(4月6日)、アメリカの「ボイス・オブ・アメリカ」の中国語版サイトが注目すべき記事を掲載している。この記事の中で、アメリカのアジア太平洋外交を研究する香港大学のレイエス客員教授が、「東シナ海の小さな島(※尖閣のこと)をめぐる海洋領土紛争はより一層リスクが高まっている」と指摘しているのだそうだ。

その中で、レイエス教授は「ロシアのクリミア併合のような事態はアジアでも十分考えられる」と語り、もし本当に日本と中国が軍事衝突した場合、「アメリカは、日本が希望するように日本を支持できるのかどうか」と、疑念を呈したという。

ウクライナの危機が、クリミア半島から今度は国土の東部全域に広がる中、東アジアで同じことが起こらない保証はどこにもない。いや、現実に「アメリカは果たして日本を守れるのか」「クリミアのようになってからでは遅い」という懸念が湧き起こっているのである。

中国の台頭は、戦後日本を支配してきた「空想的平和主義」の時代の終焉を示している。「ヘーゲル国防長官vs常国防相」の昨日の激論は、平和ボケした日本人にそのことを告げている。そして同時に、覇権主義を剥(む)き出しにする中国と向き合う本当の「覚悟」を、私たちに求めているのではないだろうか。

カテゴリ: 中国, 国際

愛すべき隣人「台湾」の未来と「日本」

2014.03.25

昨日は、夜、姫路で講演があったので、途中、甲子園で明徳義塾(高知)と智弁和歌山(和歌山)の試合を観戦してから姫路に行き、講演のあと、地元の人たちと夜遅くまで飲んだ。結局、ホテルに入ったのは、もう午前1時近かった。

甲子園で観た明徳義塾と智弁和歌山の試合は、激戦だった。2002年夏の甲子園決勝の再現で、しかも甲子園初の監督「100勝対決」である。

甲子園での勝ち星が史上最多の和智弁・高嶋仁監督(63勝)と史上5位の明徳・馬淵史郎監督(42勝)という、合わせて105勝の名将対決は、試合前、両監督がはからずも「3点勝負」と言っていた通りの展開になった。

1対1で延長にもつれ込んだ試合は、和智弁が延長12回表にホームランで突き放すと、その裏、明徳がスクイズで同点に追いついた。そして、この回に決着がつかなければ再試合となる延長15回、和智弁が二死満塁と攻め立てたが、明徳はセカンドゴロでピンチを凌ぎ、その裏、今度は明徳が一死満塁からワイルドピッチでサヨナラ勝ちするという幕切れとなった。

延長戦での満塁の重圧は、言葉では表現しがたい「何か」がなければ凌げない。「精神力」や「球際(たまぎわ)の強さ」という言葉をもってしても、それを表わすことはできないだろう。最後に両チームの明暗を分けたのは、その「何か」だったように思うが、それはスポーツ・ノンフィクションも手掛ける私にとっては、永遠のテーマでもある。

私は、延長10回を終わったところで姫路に向かったため、あとはワンセグでの観戦となったが、画面から少しも目を離すことができなかった。久しぶりに“死闘”という言葉がふさわしい試合を堪能させてもらった。両チームの選手たちの日頃の精進に感謝したい。

昨日、私には、ずっと気になっていたニュースがあった。甲子園とはまったく関係がない海の向こうの台湾のニュースだ。中国と調印した「サービス貿易協定」の承認に反対する学生たちが台北の立法院(日本の「国会」にあたる)の議場を占拠して6日目となった3月23日夜、今度は通りを隔てて北側にある行政院(内閣)の庁舎に突入し、学生ら32人が逮捕されたのである。

非暴力での「立法院」占拠が、一部の学生によって「行政院」への突入に発展したのは、残念だった。政府に「強制排除」への口実を与えるからだ。しかし、大半は今も非暴力のまま、立法院とその周辺での座り込みをつづけている。

ことの発端は、中国と台湾が相互に市場開放促進に向けて調印した「サービス貿易協定」である。この協定によって中国と台湾が相互の市場開放を取り決めたのである。

しかし、台湾の人々に中身を開示しないまま秘密裏に結ばれた協定に反発が起こり、さらに議会で多数を占める国民党がこれを「強行採決」しようとしたことが、学生や民衆たちによる「立法院占拠」につながった。

その非暴力の座り込みをつづける中にいる台湾の若い女性がyoutubeにアップした映像が話題になっている。国会を取り巻く群衆をバックにした学生と思われる若い女性は、日本語でこう語りかけている。

「私は台湾人です。私は若いです。そして、この国の民主は、さらに若いです。台湾の民主は、私たちの親の世代の努力と犠牲で、ヨチヨチしながら成長してきました。この国の民主の歩みは、私たちの今までの人生でもあります」

そう語る二十歳前後と思われるこの女性は、民主的なプロセスを無視した協定が自分たちの未来の労働条件を悪化させ、就職機会を圧殺することを訴えている。映像はこうつづく。

「いま台湾はかつてない危機に直面しています。でも、この時代に生まれて、ここにいられる私たちは幸せです。われわれが抵抗をつづければ、この国の未来は変わり、新しい世界は開かれると信じているからです」

「現在、私は国会にいます。死にそうになっている台湾の民主のために、力を尽くそうと思います。世界中の人々にいま台湾で何が起こっているのかを知って欲しいと思います。もし、あなたも、民主が守られるべき価値があるものだと信じていたら、私たちと一緒にその価値を守りましょう」

淡々とそう語る女性の映像を見て、私は、初めて台湾を訪れた戒厳令下の27年前の台湾を思い出した。1987年2月、初めて訪台した私は、戒厳令下で民主化を求めるうねりのような若者たちの姿を見た。5か月後、実に40年近くつづいた戒厳令が、蒋経国総統によって解除になった。

戒厳令下では、いつ、どこで、誰が連行されても、わからない。実際に数多くの台湾人が虐殺された「二・二八事件」以降、夥しい数の台湾人が警備総司令部に連行され、家族のもとに二度と帰ることはなかった。中国共産党との国共内戦に敗れた蒋介石率いる国民党は、50年も日本の統治下にあった台湾を「思想監視」によってしか、治めることができなかったのである。

まだ戒厳令下だった1987年前半、共産党のスパイを通報した者には、700万元の報償が与えられることを告示した「共匪通報700万元」の貼り紙が地方の空港に貼られていたことを思い出す。

その戒厳令が、若者の民主への叫びによってついに「解除に追い込まれた」のが1987年7月のことだった。私は、「ああ、この女性は、あの時の若者たちの子供の世代なんだ」と思い至った。

たしかに戒厳令解除から始まった「台湾の民主」は、それから30年近くを経た現在、新しい局面を迎えている。それは、あの頃は想像もできなかった中国の経済大国化であり、まさにその中国に呑み込まれようとする台湾の現状である。

立法院を占拠した若者は、この協定をきっかけに馬総統の「年内訪中」「初の中台首脳会談」というシナリオへの恐れを抱いているのではないだろうか、と思う。実際にこの協定が抵抗もなく通っていたら、その可能性は極めて高かっただろう。

そして、その先にあるのは、「台湾の香港化」である。すなわち台湾の中国への隷属化にほかならない。つまり、今回の「サービス貿易協定」反対は、イコール「台湾の中国への隷属化」への反対であろう、と私は思う。

そのことを考えると、私は深い溜息が出る。中国と韓国が手を携えて日本に攻勢を強めている中で、台湾は、日本に尊敬と好意を寄せてくれている貴重な隣人だ。日本のことが大好きな「哈日族(ハーリーズ)」と呼ばれる台湾人をはじめ、これほど日本の「存在」と「立場」を理解してくれる“国”は珍しい。

あの東日本大震災の時に、わがことのように涙を流し、あっという間に当時のレートで200億円を超える義援金を集めて、日本に送ってくれたことも記憶に新しい。

その台湾で、いま「中国への隷属化」に対する学生と民衆の抵抗が始まっているのである。地図を見てみればわかるように「尖閣諸島」の情勢は、中国が台湾を呑み込んだ時に、大きな変化を見せるに違いない。

中国と台湾が、ともに尖閣の領有を主張し、アメリカが中国のロビー活動によって、尖閣を日米安保条約「第5条」の「適用区域ではない」と譲歩した時、尖閣は中国の手に落ち、さらに沖縄にも、激変が生じるだろう。

そんな歴史の狭間で、台湾の学生たちが、必死の抵抗を試みている。それでも、馬英九総統は、立法院とその周辺に集まる群衆を強制排除することには極めて重大な決断が必要となるだろう。

なぜなら、「民主国家」である現在の台湾では、非暴力の座り込みを強制排除すれば、さらに大きな民衆の反発が湧き起こることは必至だからだ。これが中国では、そうはいかない。言論と思想の自由がない共産党独裁政権の中国では、たちまち民衆は排除され、厳しい弾圧を受けるだろう。

考えてみれば、この「座り込み」こそ、中国と台湾の「差」なのである。将来、今回の座り込みが、その「差」を守るため、すなわち「民主」を守ろうとする歴史的な学生と民衆による行動だったとされる日が来るのだろうか。

「この時代に生まれて、ここにいられる私たちは幸せです。われわれが抵抗をつづければ、この国の未来は変わり、新しい世界は開かれると信じているからです」。果たして、このyoutubeを通じての台湾の若き女性の訴えは、どれだけの人々の共感を呼ぶだろうか。

戒厳令の解除へと導いた彼らの親の世代の奮闘をこの目で見たことがある私は、台湾という愛すべき隣人の動向を、心して見守っていきたいと思う。

カテゴリ: 中国, 台湾

ついに“デッドライン”を越えてしまった中国

2014.02.02

「ああ、中国はついに“デッドライン”を越えてしまったなあ」。私は最近、そんな思いがしている。中国というより「中国共産党」と言い換えた方がいいかもしれない。「ついに中国共産党は“デッドライン”を越えてしまったなあ」と。

1月16日付のフランスの「ル・フィガロ」に駐フランス中国大使が「日本の首相の靖国参拝が中国に衝撃を与えた理由」と題し、「ヒトラーの墓に花をたむける人がいると想像してみて欲しい」と批判した。

4日後の1月20日、今度は程永華・駐日中国大使は、四谷にある上智大学の講演会で、靖国参拝について「日中関係にとって致命的な打撃だ。最後のレッドラインを踏み越えた」と言ってのけた。

そして1月29日には、国連安保理の公開討論会で中国の劉結一・国連大使が約50カ国の大使を前に「歴史を変えようとする試みは地域の平和を揺るがし、人類の平和的発展に挑戦するものだ」と日本を激しく非難した。

そして昨日(2月1日)、ドイツで開かれているミュンヘン安全保障会議で、中国全国人民代表大会の傅瑩・外事委員会主任委員が「最も重要なのは日本が第2次大戦の犯罪を否定していること。歴史教育の失敗だ」「日本が大戦で起きたことに誠実に向き合えば、周辺国と和解できる」「(尖閣の)主権は放棄しない」と熱弁を振るったのである。

つまり、中国は、世界に向かって「日本は異常な国である」という発信をしつづけている。私は、戦後一貫して平和の道を歩んできた日本を、ここまで罵る中国(中国共産党)の姿を見て、「ああ、これでもう中国共産党はデッドラインを越えてしまった」と思ったのである。

それは、日本人がもう中国(正確には、中国共産党)のご機嫌をとったり、へり下ったりする必要はなく、向こうから近づいて来ないかぎり、「相手にしなくていい」存在になったということである。

前回のブログで私は、中国に初めて行った頃の“日本人に優しい中国人”のことに触れさせてもらった。日本人に敬意を持ってくれて、優しく接してくれたあの頃の中国人が、私は懐かしい。

いちいちエピソードを挙げればきりがないが、1982(昭和57)年に初めて訪中し、1か月半も北京で暮らした私は、その後、90年代半ばまで毎年のように中国に行き、優しく好意的な中国人に数多く出会った。

いろいろ相談に乗ってもらったり、力を貸してくれた底抜けに人がよかった中国人を私は数多く知っているし、今も感謝している。しかし、これまでブログで繰り返し書いてきた通り、90年代の江沢民時代からの徹底的な「反日教育」は、今の30代半ば以下の中国人を「日本は憎悪の対象」としか見ない人間にしてしまった。

「教育の失敗」というのなら、本当に中国は“歴史的な”教育の失敗を犯してしまったと思う。鉄は国家なり、の言葉があるが、日本人は、中国の粗鋼生産など、インフラを整備させるためにとことん尽力し、そして、有償無償、さらに民間を合わせると総額6兆円を超える対中援助をおこなってきた。しかし、いまその私たち日本人に対して「おまえたちの役割は終わった」として、中国共産党は日本と日本人を“切り捨てた”のである。

私は、靖国参拝を「ヒトラーの墓に花を手向けることだ」と世界に向かって公言した中国共産党に対して、日本人は怒りを表現していいと思う。

靖国は、明治2年に「東京招魂社」としてスタートし、吉田松陰をはじめ、ペリー来航以来の国事殉難者およそ250万人の魂を御祭神とする。私の郷土の先輩でもある坂本龍馬も、中岡慎太郎も、武市半平太も、その中に入っている。

太平洋戦争において、子孫を残すこともできず無念の思いを呑んで死んでいった若者たちをはじめ、気の遠くなるような数の魂が祀られている神社でもある。

国の礎となって死んでいった先人たちに、後世の人間がその死を悼み、感謝の気持ちを伝え、「これから、皆さんのように無念の思いで死んでいく人が出る世の中にならないよう誓う」のは大切なことだと私は思う。先人の労苦に頭(こうべ)を垂れることは「人の道」としてあたりまえの行為だからだ。

しかし、これを「ヒトラーの墓に花をたむけること」と中国は言ってのけた。極端な言い方をすれば、「坂本龍馬をはじめとする250万人の国事殉難者」は、「ヒトラーである」と、中国に言われたのである。

後世の日本人が、国のために死んでいった先人を悼む行為を「なぜ、ここまで悪しざまに言われなければならないのか」と思うのは自然の感情だろう。

私は、多くの日本人と同じく、ここまで内政干渉、すなわち日本人の精神文化にまで干渉されることに「ノー」と言いたい。しかし、別に、彼(か)の国と同じレベルに立って、「ことを荒立てる必要はない」と思う。

ただ、これまでも繰り返し主張してきたように、中国とは「距離を置く」ことを考えて欲しい。つまり、経済的な関わりをできるだけ少なくしていって、日本人は、“脱中国”の姿勢とスピードを顕著にすべきだと思う。

あの巨大な中国市場をあきらめることは、たしかに日本の企業にとって、これほど苦しいことはないだろう。しかし、是非、そうして欲しいと思う。多くの国事殉難者をヒトラーと称して非難する国に、少なくとも膝を屈してまで商売することはやめて欲しい。

その意味で、日本経済は「臥薪嘗胆」の時代が来たと思う。要するに、“我慢比べの時代”が来たということだ。しかし、これは永遠につづくわけではない。中国共産党が、「そこまで日本は怒っているのか」と思うまで、臥薪嘗胆をつづけようということである。

中国は、よく「面子(メンツ)の国」と言われる、しかし、それより明確なのは「功利の国」だということである。自分たちが損をすることがわかっていて、それでも面子を押し通す国柄ではない。そのあたりは、“武士は食わねど高楊枝”という日本人とは根本的に異なるのである。

中国の人権活動家、胡佳(こか)氏が、つい1月26日、北京市公安当局に一時、身柄拘束された。胡氏は拘束前、別の人権活動家への有罪判決やウイグル族学者の連行をネットで取り上げたことにより、「身柄拘束された」と見られている。

昨年7月に身柄拘束されて以来、半年間も“思想改造”を受けたとされる朱建栄・東洋学園大学教授は、この1月17日になって、やっと解放された。中国の思想弾圧と人権抑圧は、国際人権救済機構「アムネスティ(Amnesty International)」の大きな懸念であり、課題になっている。

その国が、日本に対して、ここまで苛烈な内政干渉を強めている。日本は、経済で自らの“怒り”を表わせばいいだろうと思う。いや、それしか方法はないのではないだろうか。戦後一貫して「自由」と「民主主義」を追及してきた日本が、中国にここまで言われる情けなさと愚かさを日本人は噛みしめるべきだろう。

私は、日本を非難している「中国」とは、「中国共産党独裁政権」であり、反日教育を受け続けた30代半ばより若い世代が中心であることを忘れてはいけないと思っている。

もし、日本人が怒りを向けるなら、それは中国人に対してではなく、「中国共産党独裁政権に対して」であることを忘れてはならないという意味である。なぜなら、胡佳氏をはじめ、多くの中国人が今も独裁政権下で弾圧を受けつづけている。自由に物も言えない社会で彼らは暮らしているのである。

あの独裁政権が、中国人民に対して向けている高圧的で自由圧殺の姿勢を、「中国人民」だけでなく、「日本」に対しても向けてきたのだ。私は、彼ら中国人民も同じように中国共産党の迫害を受けている人たちであることを覚えていて欲しいと思う。

最近、私は講演をする度に、「門田さんは、中国への厳しい指摘が多いですね」と声をかけられることが多い。そういう時、私は、「はい。私は本当の意味の“親中派”ですから」と答えている。

日本の「親中メディア」は、中国共産党独裁政権にひれ伏しているのであって、それが「親中だ」と完全に勘違いしている。私は自分が若い頃、いろいろ助けてもらった中国人のことを今も時々、思い浮かべる。

文化大革命の地獄の十年を耐え抜き、日本人にも敬意と尊重の気持ちを忘れず、底抜けに人がよかったあの頃の中国人に、なんとか幸せでいて欲しいと思う。彼らのことを心底案じている点で、私は本当の意味での“親中派”だと思っている。

すなわち臥薪嘗胆をつづけたあとの日本人は、共産党独裁政権下で苦労し、迫害を受けている中国人たちになんとか手を差し伸べて、いつかは真の意味の「日中友好」を成し遂げて欲しいと思うのである。

カテゴリ: 中国

日本人はそこまで「憎まれる」べきなのか

2014.01.29

3月出版予定のノンフィクションの執筆で年明け以降、徹夜がつづいていた。やっと脱稿した。400字原稿用紙にして、およそ500枚。私の作品は、だいたい600枚以上が普通なので、今回はやや少ない。

この1か月、寝ても覚めても書きつづけ、ついに脱稿までこぎつけた。『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日―』に次ぐ、福島を舞台にしたノンフィクション第二弾である。

今回は、激震、津波、放射能と発展していった未曾有の「複合災害」で存続の危機に立った地方紙を舞台にした人間ドキュメントだ。ご期待いただければ、幸いである。

原稿に没頭していたため、ブログの更新もままならず、「おい、どうした?」と声をかけてくれる人もいた。ありがたいことだが、人間には能力というものがあり、その限界は超えられない。徹夜がつづくと、どうしてもブログ更新に手がまわらないのである。

さて、今日、パソコンを開いたら、興味深いニュースに出会った。『Record China』から配信されたひとつの話題である。『Record China』は“レコチャイ”と呼ばれ、中国関連のニュースや話題を日本語で配信するところだ。時々、おもしろい話題が出るので、私はよく読ませてもらっている。

本日、配信されたニュースにこんなものがあった。それは、中国人のネットユーザーが〈私が恨むべき日本はいったいどこにあるの?〉と題するコラムが、中国のインターネット上で話題となっていることを報じたものだ。

その内容は、いくつかの点で興味深かった。このブログを書いた中国人は、仙台の東北大学で勉強をした人だそうだ。その時、「日本の子どもたちと交流する機会を持った」という。中国人には、日本人に対してわだかまりがあり、日本人と言うのは「憎むべき人間」という意識を植えつけられている。それを前提に、以下の引用させてもらう原文を読んで欲しい。

〈しかし実際、彼らは清潔で礼儀正しく、とても純粋で嫌いになれるような人物ではなかった。私が憎むべき「日本」は仙台にはない。私が憎むべき「日本人」は彼らであろうはずがない。しかし、“あの”日本はいったいどこにあるのか?
 よく「日本に行ったことがある中国人は、日本への印象が変わる」といわれるが、私にとってはまさにその通りだった。彼らの礼儀正しさなどはもちろんそうだが、私が気付いた最も重要なことは、彼らも「人」であるということだ。
 おかしな話かもしれないが、私は日本を訪れる前、日本には変態侵略者のキャンプがいたる所にあると思っていた。しかし、実際は我々と同じように静かに暮らす人々がいるだけだった。彼らも私たちと同じように、両親がいるし、子どもがいる。恋愛もするし、失恋もする。喜んだり悲しんだりもする〉

以上が、まず前段である。私は、1982(昭和57)年から、もう30年以上も中国の変化を見つづけているが、このコラムは非常に興味深い。まず耳目を引くのは、「私が憎むべき日本人」という見方である。中国で江沢民時代に始まった反日教育は、普通の中国人に、そこまで憎しみを抱かせているという点だ。

私が最初に中国に行った1980年代前半、中国は文革の後遺症に喘ぎ、国全体が疲弊してはいたものの、人々はなんとか少しでも貧しさから抜け出そうと考え、日本人にも敬意を持って接してくれた。「軍国主義と今の日本人は違う」という鄧小平の教えが徹底されていたからでもある。

少なくとも、その頃は「私が憎むべき日本人」という見方はなかった。だが、その後の江沢民時代に、日本と中国との信頼関係が徹底的に破壊された。引き金を引いたのは、皮肉なことに日本のメディアである。朝日新聞が、それまで何も問題にされていなかった靖国参拝を外交問題化し、中国の『人民日報』を使ってまで、反対の大キャンペーンをおこなう論陣を張った。1985(昭和60)年8月のことである。

中国は、これをきっかけに靖国参拝を外交カードとして利用するようになり、やがて江沢民の登場で、苛烈な反日路線を展開するようになった。国全体が「反日」に染まり、徹底した反日教育によって、日本人というのは、「憎悪すべき存在」ということが植えつけられていくのである。

そして、上記のコラムの中にある〈私が気付いた最も重要なことは、彼らも『人』であるということだ〉というところまで来たのである。日本人は、もはや「人ではない」ほど憎まれているわけだ。私は、日本人に好意的だったかつての中国人を思い出しながら、このコラムを読んだ。

そして、この筆者による〈私は日本を訪れる前、日本には変態侵略者のキャンプがいたる所にあると思っていた〉という部分で、思わず笑ってしまった。そして、同時に哀しくなった。そこまで、「日本人を“人間”だと見てはいけない」という考え方が、中国では蔓延しているのである。コラムはこう続いている。

〈(自分の見る日本人は)小さい子どもが泣きながら母親に甘えていたり、女学生が手をつないで歩いていたり、サラリーマンが険しい顔でたばこを吸っていたりする姿を見ていると、「自分たちと何ら違いがない」という実感に包まれる。彼らの祖先が中国に悪いことをしたからといって、彼らがその罪をかぶらなければならないのか? 彼らの幸せは奪われるべきなのか? そんな道理はあるはずもない。
 中国では日本について、まるで奇怪な場所であり、宇宙人が住む街であるかのように紹介されている。彼らは日本に行ったことがないと思われる。彼らにとっての日本は地図の上の1ピース、ニュースの中のたった2文字に過ぎない。
 たとえ誰かから批判されても、これだけは言いたい。私が出会った日本人はみな素晴らしかった。日本社会には文明と秩序が根付いている。私はそこで温かい援助を受け、心からの笑顔を見た。私は日本でばかにされたと感じたことはなかった。自分の生活がしっかりしていれば、他人を恨む必要はないのだ。自分が他人を尊重すれば、他人も自分を尊重してくれる。日本に対する“妄想”は日本に行ってなくなった〉

この中で、〈中国では日本について、まるで奇怪な場所であり、宇宙人が住む街であるかのように紹介されている。彼らは日本に行ったことがないと思われる〉〈(自分は)日本に対する“妄想”は日本に行ってなくなった〉というものに、溜息をつく日本人は多いのではないだろうか。

匿名の、さらにネット上のコラムに一喜一憂する必要もないかもしれない。しかし、これが中国のネット上で話題になっているなら、それも興味深い。30年以上前から中国に行っている私は、ここまで「反日教育」を人民に繰り返した共産党政権に対して、本当に溜息が出る。

素朴な人が多く、底抜けに親切にしてくれた80年代初めの中国人は、どこに行ってしまったのだろうか、と思う。中国人は、一方に走り出したら、もう歯止めはきかない。あの狂気の文化大革命を見れば、わかる。年配者であろうと、功労者であろうと、徹底的に貶め、辱め、葬り去った狂気をあの国と人民は持っている。

その国が、これほどの憎悪を日本に抱き、さらにそれを増幅しつづけていくことに、日本に本当に友好的で素朴だった「あの頃」を知っている私には、哀しさと寂しさしか、こみ上げてこないのである。

そして、このコラムが書くように〈彼らの祖先が中国に悪いことをしたからといって、彼らがその罪をかぶらなければならないのか? 彼らの幸せは奪われるべきなのか?〉という部分に改めて恐怖する日本人は少なくないだろう。彼らが日本に向けた核ミサイルを多数、保有する国であることを忘れてはならない。

カテゴリ: 中国

次は「尖閣上陸」と建造物「建設」でどうする日本

2013.12.03

久しぶりに週明けを東京で過ごしている。12月最初の月曜日、いくつかの用事をこなすために東京にいたが、私は午後、ある台湾政府の官僚とお会いした。

久しぶりの再会だったが、話題は中国が設定した防空識別圏の問題に終始した。領土拡張への野心に添って、中国が、尖閣を含む東シナ海の広範囲な空域に「防空識別圏」を設定したことは、やはり台湾にも大きな衝撃を生んだという。

この台湾政府の官僚は、「日本は挑発に乗ってはいけませんよ」と、何度も繰り返した。なぜか、と聞くと「相手に最初の一発を撃たせることが彼らの狙いだからです」という。

「中国の挑発」というものに、日本以上に敏感なのは台湾だろう。氏によると、「中国軍機は台湾海峡の中間線を通り越して、挑発を繰り返しています。ここ数年、その回数が着実に増えている。当然、台湾からスクランブル(緊急発進)がかけられますが、彼らはどこ吹く風です。悠々と中国軍機は去っていくのです」。

台湾海峡は、大陸と台湾の間の海峡で、狭いところで100キロ、離れたところではおよそ180キロある。その中間線を中国軍機は、平気で通り越してくるというのである。

「これは、台湾軍機が撃ってくるのを待っているのです。もし、撃ってくれば、台湾軍機に不当に攻撃されたというのを口実に一気に反撃に出るつもりなのでしょう。彼らは自信満々ですから、撃つなら撃ってみろ、という態度なのです」。氏は、そう語る。

経済的な関係を強化し、今では、「台湾を事実上、経済的に傘下に収めた」中国が、あえて国際的な非難を浴びるような台湾への軍事侵攻をする可能性は少ない。それは、あくまで挑発だけなのだろう。

だが、日本も、すでに主に「海上で」中国による日常的な挑発を受けつづけている。今後は、台湾が受けているような空での挑発行為が延々と繰り返されるに違いない。日本は、これらにどう対処すればいいのだろうか。

「これから、東シナ海では長く緊張状態がつづくでしょう。中国は、台湾に対してと同じように日本側に“最初の一発”を撃たせるために、いろいろなことをやってくると予想されます。日本が警告射撃をすれば、中国側も同じように警告射撃をする。そんなことが繰り返された先に、どんなことが待っているのか、心配です」

私は、氏の話を聞きながら、中国側の「次の一手」に注目せざるを得なかった。今回の防空識別圏の設定に対して、アメリカの反発の大きさは、中国を驚かせただろう。尖閣が日米安保条約第5条の対象地域であり、この問題が、米中間の重要案件に持ち上がったことは間違いない。

報道によれば、中国共産党の機関紙『人民日報』の系列にある環球時報は、防空識別圏設定をめぐって、「戦闘のターゲットは、日本に絞るべきである」という社説を掲載したそうだ。

そして、その社説をめぐって、中国版ツイッターでは、「小日本に、中国にたてつくとどうなるかをわからせてやれ」「日本をターゲットに定めることに賛成だ。日本をやっつければ、韓国は自動的に“中国の犬”になる」という意見が出ているのだという。中国版ツイッターには、中国政府や中国人の本音が映し出されるので、実に興味深い。

私は、「次の事態」とは、中国による「尖閣上陸」と建造物「建設」だと見ている。竹島問題への日本側の弱腰の姿勢を中国は冷静に見ている。「建造物さえつくれば……」というのが本音だろう。中国にとって、怖いのはアメリカであって、日本ではない。

これから、中国はアメリカの出方をウォッチする時期がつづく。アメリカでの中国ロビーの活動がより活発化するだろう。以前のブログにも書いたように、「中国系アメリカ人」のアメリカ政府内の活動が注目される。

その中で、「いつ」「どのタイミング」で“尖閣上陸”と建造物“建設”がおこなわれるのか。そして、それは「闇夜に乗じて」なのか、それとも「堂々と力づく」なのか。

日本とアメリカは覚悟をもってこれに対処できるのだろうか。日本がその時、どんな行動に出るのか。それは、「戦後日本」そのものが“試される時”でもある。

カテゴリ: 中国

中国の「悲鳴」が聞こえてくる

2013.11.06

来年出版予定のノンフィクションの取材で、福島県に来ている。昨年上梓した『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』に次ぐ福島を舞台にしたノンフィクションになる。なんとか来年3月には、上梓したいと思う。

今日、いわき市のホテルで朝食をとりながら新聞に目を通していたら、読売新聞に面白い記事が出ていた。『ウォール・ストリート・ジャーナル』が10月30日付で掲載した記事を同紙と提携している読売新聞が解説面(13面)で詳しく紹介したものだ。

そこに、企業の不正を暴いたことをきっかけに警察に逮捕された中国人記者のことが出ていた。先日、拘束されたこの広東省『新快報』の陳永洲記者のことは、私も気になっていた。その顛末が書かれていたのである。

陳記者は、湖南省長沙市の建設大手「中聯重科」が大規模な不正経理をおこない、政府資産の損失にも関与していると報道した。中国では、政府の責任まで取り沙汰されるような告発記事を出すには、相当な覚悟がいる。

賄賂や不正が横行しているのは「中国社会の常識」でもあるから、特別にこれを告発するには、不正のカラクリと背後に誰がいるのかをきちんと把握しなければならない。すなわち相当な取材力と確かな告発者の存在が不可欠だ。

おそらくその上で掲載されただろう陳記者の記事は、やはり大きな反響をもたらした。しかし、それは、先進国の常識では「考えられない」反響だった。

たちまち陳記者は警察に「拘束された」のである。私は、陳記者が逮捕されたというニュースに接して、「いったい何を理由に逮捕されたのか」という疑問が湧いた。しかし、世界中の多くのジャーナリストのその疑念に中国当局は、凄まじい「答え」を出してきた。

なんと国営の中国中央テレビ(中国中央電視台 CCTV)が、陳記者が「記事は捏造でした」と供述しているようすを全中国に放映したのである。TVの画面は、第三者から賄賂を受け取り、中聯重科のイメージダウンを図るために「記事を書いた」と話す陳記者の姿を映し出したのだ。

CCTVの中国における力は絶大だ。国営放送であり、そこで報道されることは、そのまま中国共産党の「見解」でもあるからだ。それまで大見出しを掲げて「(陳記者を)釈放してくれ」という記事を掲載していた『新快報』も、このCCTVの報道に「沈黙」を余儀なくされた。

ただし、それは『新快報』が、CCTVに映し出された陳記者の告白供述を「信じた」のではなく、共産党政府の“怒り”と“本気度”を「悟った」からだろう。いうまでもないが、中国で陳記者のテレビに映った供述を鵜呑みにする人は、極めて少ない。

起訴もされていない人間の取り調べの模様が国営放送によって全国放映されるという事実そのものが、ことの異様さを物語っている。その供述を「真実である」と受け取るほど中国の人民もお人好しではない。これが「みせしめ」であることは多くの中国人が感じ取っているに違いない。

陳記者の記事は、「中聯重科」が取引先に対する債権を“額面以下”で銀行に売却している事実も指摘している。ウォール・ストリート・ジャーナルは、「これは、中聯重科が手形を払える顧客を探すのに苦労していたことを暗示しており、中国経済の成長鈍化と一致する事象だ」とも書いている。

経済成長の鈍化と不正の横行、そして言論弾圧……末期的な症状を呈し始めたその中国のことを考えていたら、午後、またしても衝撃的なニュースが飛び込んできた。

今度は、山西省太原市中心部にある中国共産党山西省委員会の庁舎付近で、連続爆発が起き、1人が死亡、8人が重軽傷を負ったというニュースである。報道によれば、約20台の車が爆発に巻き込まれたというから、相当な爆発だったと思われる。

10月29日のブログにも書いたように、日本から故郷・上海に帰った朱建栄・東洋学園大学教授の身柄拘束は、すでに丸3か月を超えた。ウィグル族への弾圧は、ついに世界注視の天安門でも自爆テロとなって現われた。

そして、今度は新聞記者への言論弾圧と共産党関係機関への爆破テロ事件である。中国で大きな“何か”が起こりつつあることは世界中のウォッチャーが感じている。

抑え込もうとしても、抑えきれない不満と怒りがさまざまなところから噴き出している。それは、あたかも、孫文をはじめ、多くの中国人が強大な清国に立ち向かい、辛亥革命に突き進んでいった100年以上も前のことを想起させる。

中国のバブル経済が破裂した時、人民の不満と怒りは一体どこに向かうのだろうか。今、盛んに、日本との関係修復に対する中国からのラブコールが水面下でおこなわれている。

しかし、それらに対して耳を傾ける必要はなく、これまで当ブログでも指摘させてもらった通り、日本は淡々と中国とつきあい、「距離」を置けばいいのである。決して、こういう問題が勃発した時にはコメントも出さないような日本の親中派政治家などの言うことを聞く必要はない。

就任早々、不穏な空気に包まれている習近平政権――悲鳴を上げているのは、中国人民の側ではなく、案外、「習近平」その人かもしれない。日本は距離をとって、そういう事情こそ冷静に見ていくことが大切なのである。

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「人権弾圧」こそ中国が生き残る唯一の“道”

2013.10.29

講演で倉敷にいる。倉敷格子や倉敷窓など、特徴的な「町屋建築」が軒を連ねる倉敷の美観地区には、不思議な魅力がある。かつて天領(幕府の直轄地)だった文化と商業の地・倉敷の風情は、やはり独特のものだ。

宿が、ちょうどこの美観地区と背中合わせの倉敷国際ホテルだったので、この倉敷川沿いの歴史と伝統の風情を満喫させてもらっている。

ちょうど倉敷出身の星野仙一監督率いる東北楽天が王者・読売巨人軍を相手に堂々と日本シリーズを闘っているだけに、今日、乗ったタクシーの運転手も「楽天が勝てるかどうか、気が気じゃありません」と、力が入っていた。

楽天の健闘で東北全体が盛り上がっているそうだが、遠くここ倉敷でも、日本シリーズの一投一打に熱狂している人は多い。出身地というのは、本当にありがたいものである。

さて、今日は、昨日起こった天安門での自爆テロ事件について、少し書いてみたい。中国共産党にとって、天安門に掲げられている毛沢東の肖像に向かって何者かが自動車で突っ込んで炎上させ、テロを敢行したという衝撃は、とてつもなく大きい。世界注視の場所で、自爆テロが起こったのだから、当然である。

報道によれば、新疆ウイグル自治区での弾圧への抗議という見方が一般的だ。中国共産党による少数民族弾圧は、もう54年間も亡命生活を送るチベットのダライ・ラマ14世を見てもわかるように、「徹底」かつ「酷薄」なものである。

これら少数民族弾圧がいかに苛烈かは、これまでにもアムネスティ・インターナショナルの報告で繰り返し明らかにされている。

新疆ウイグル自治区では、イスラム教を信仰する人間が投獄されたり、抗議の焼身自殺をする者がいたり、さらには、拘束中のウイグル人の死亡事件など、枚挙に暇がない。思想強化をはかるため、習近平体制がスタート後、ウイグル族への警察部隊の射殺事件も相次いでいるという。

私は、隠しても隠しても現われる中国共産党の人権弾圧について、どうしてもその行く末を考えてしまう。それは、日本人を徹底的に貶め、批判し、日本の領事館に投石し、日本料理店や日本車を焼き打ちする中国人が、実は中国共産党によって徹底的に弾圧されているという「現実」であり、同時にその彼らの将来を「考える」という意味である。

ちょうどタイミングよく今発売の月刊誌『WiLL』(12月号)に、遠藤誉氏(筑波大学名誉教授)が「“朱建栄教授拘束事件”の真相」と題して、興味深いレポートを発表していた。

これは、7月17日に故郷・上海に戻った東洋学園大学教授の朱建栄氏がもう3か月以上も国家安全部に拘束され、いまだに解放されないことの裏事情を記述したものだ。

朱氏と言えば、日本では中国と中国共産党の立場で論陣を張る中国人として知られる。だが、その朱氏にしても、当局の厳しい人権弾圧の対象となったのである。

遠藤氏は、朱氏が拘束される直前まで、朱氏から直接メールをもらっていたことを明かしている。朱氏は、「参考消息」と題して不定期に中国に関するニュースをメール送信していたそうだ。

その中に、機密情報に属するものが含まれており、それが思想強化を押し進める習近平体制の虎の尾を「踏んでしまった」のである。

遠藤氏によれば、今年5月、中国ではイデオロギー統一強化と言論規制に関する非常に大きな動きがあったそうだ。それが、5月13日に発布された「中弁9号文件」である。

ここで西側の価値観によって「中国の特色ある社会主義的価値観を国内外から汚染させるな」という指示を軸に「七不講(七つの語ってはならないこと)」が決定されたという。

その中には、「西側諸国の憲政民主を宣伝し、中国の特色ある社会主義制度を否定すること」や「改革開放に疑義を抱き、中国の特色ある社会主義の性質に疑義を持つこと」などが入っていた。要するに、共産党体制に反対するような「言論」や「思想」は認めない、ということである。

これに反した朱氏は、故郷・上海に戻った後、身柄を拘束され、徹底的な思想改造を受けているというのである。遠藤氏は、ネットユーザーが「5・9億人」もいるネット空間を「静かに」させるために、「お前たちも“七つの語ってはならないこと(七不講)”に抵触するようなことをすれば拘束されるぞ」と脅すためのものだった、と指摘している。

このレポートをちょうど読んだ当日に、天安門での自動車突入・炎上事件が発生した。言論の自由も、思想の自由も、さらに言えば、人として当然の幸福追求の自由すらない「異様な国家」の有り様がそこから見えてくる。

自分の国である日本を叩き、ひたすら中国共産党の代弁者でありつづける日本の一部の新聞は、果たしてこの言論・思想の自由すら存在しない国をどう擁護していくのだろうか。8500万人の共産党員が13億人民を監視していく中国。逆に見れば、「弾圧」がなければ、すなわち思想や言論の自由が認められれば、そもそも「中国は崩壊」してしまうのである。

つまり、「人権弾圧」こそ中国共産党が生き残る唯一の“道”であることがよくわかる。天安門自動車炎上事件と朱建栄拘束事件の陰に潜むものを、我々は冷静に見ていかなければならない。

ソ連のゴルバチョフのように、自ら共産党独裁に終止符を打つような人物が中国に生まれるはずもなく、「弾圧」と「改革開放」という壮大なジレンマの中、中国は矛盾を抱えて歩んでいくしかないのである。国内の不満を外に逸(そ)らせるために、そんな国によって「日本」や「尖閣」が利用されるのでは、たまったものではない。

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中国共産党の“壮大なる滑稽譚”

2013.10.14

昨日のNHK「激動中国」はおもしろかった。拝金主義に喘ぐ現代中国で、道徳を見直そうという動きがブームとなり、無神論で通してきた中国共産党がキリスト教をはじめ宗教を容認する方針に転換している有り様をレポートしたものだ。

道徳と言えば、儒教の孔子である。今、中国では空前の孔子ブームが起こっているのだそうだ。あの文化大革命の時代に「非林非孔運動」で徹底的に弾圧されたものでありながら、それが“完全復活”を遂げつつあるという。

毛沢東にとっては、人としての生き方も含め、すべては自分の思い通りであり、歴史上の思想家や偉人に、あれこれ左右される覚えはない。すべてを決める“赤い皇帝”毛沢東が、政敵・林彪(りんぴょう)と共に2500年前に生きた孔子を槍玉に挙げたのは、必然だったのかもしれない。

しかし、資本主義国以上に貧富の差が開く現在の中国で、儒教が「見直されている」というのだから、あれだけ孔子を徹底的に破壊した中国共産党の方針とは、もはや“ユーモラス”というほかあるまい。

かつての大地主と小作人以上に広がった貧富の差は、本来なら中国共産党の存在意義を問うものだろう。なぜなら、貧困に喘ぐ農民たちの支持を背景に激烈な階級闘争をおこなって政権を奪取した中国共産党が、それまで以上に貧富の差を広げ、人民の怒りが爆発寸前とみるや、今度は、「目上の者を敬いなさい」「秩序を重んじなさい」と、儒教を容認し、指導の材料にしはじめたのだ。

社会の「歪み」が、いくら新たな階級闘争が必要なほど大きくなっても、秩序と伝統、そして目上の者を敬うという孔子の教えが再び脚光を浴びれば、たとえ中国共産党の失策があっても、人民に「辛抱してもらえる」という考えに違いない。

番組に登場した宗教指導者がNHKのカメラに向かってこう言うシーンがあった。「中国から消えてしまったもの――それは“倫理観”であり、“親孝行”であり、“目上のものへの尊敬”である。今のままの中国では、どんな悪いことが起きても不思議ではない。完全なる“私利私欲社会”。これが現在の中国の姿です」

まさにその通りである。また、別の宗教リーダーが「中国人はお金を“信仰”するようになってしまった」と嘆くシーンも番組には出てくる。私は、これこそ壮大な滑稽譚だ、と思った。

資本家階級を打倒し、農民や労働者中心の共産革命を成し遂げた中国が、本来の資本主義国も真っ青になるくらいの“赤い資本主義”を押し進め、ついには、わずか「5%の人間が全体の90%の富を独占する」という究極の格差社会を生み出したのだ。

その上で、手のひらを返したように「モラルを重視しよう」「親や目上の者を敬おう」と、盛んに喧伝(けんでん)し、かつて破壊した「孔子=儒教」まで持ち上げ始めたのである。

モラルと秩序を重んじる儒教や、博愛を説く宗教などが、今の中国共産党にとって、「最もありがたい」というのは、これほどの歴史の皮肉があるだろうか。

階級もなく、貧富の差もない究極の平等社会の実現を目指すはずの中国共産党が、その理想に向かって遮二無二走るのではなく、儒教や宗教に対して「助けを求めている」とは、まさに「壮大な滑稽譚」と言う以外、どんな表現があるだろうか。NHKスペシャル「激動中国」を観ながら、私は昨夜、そんなことを考えていた。

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中国に迫る危機と“九一八事変”

2013.09.18

講演で奈良に来ている。久しぶりに興福寺のある奈良公園で鹿と出会った。以前より少し頭数が減ったようにも思えたが、実数は1300頭もおり、むしろ増え気味だそうだ。時間の流れが止まったかのような古都・奈良の風情は、秋となった柔らかい陽射しと相俟って、締切で疲れきった身体を癒(いや)してくれる気がする。

今日は、9月18日である。中国では、この日は1915(大正4)年に、日本からの「対華21箇条要求」を承認した5月9日と並ぶ「国恥記念日」として知られる。

満洲事変(柳条湖事件)が起こったのは、中国では、忌むべきこの「九一八事変」の日なのである。1980年代に中国へ毎年のように行っていた私は、日本人に対して好意的で寛容だったあの頃の中国人でも、この日には「国恥」という意識が呼び起こされることから、行動に「注意する」ことを忘れなかったことを思い出す。

尖閣の国有化があり、各地でデモがあった昨年の9月18日は、私は「歴史的な日」だったように思う。それは、かつて日本の満洲のみならず中国(当時は支那)への「進出」を象徴するこの日が、逆に中国からの日本の「撤退」を決定づける象徴的な日になった、という意味である。

いま日本企業の“中国離れ”が顕著になっている。経済成長によって中国人の人件費が上昇し、中国が世界の生産工場だった時代は終わりつつある。だが、日本が中国からの撤退を加速させているのは、経済的な理由より、政治的なリスクの方が大きい。

江沢民時代から始まった苛烈な中国共産党による反日教育・反日戦略は、30歳半ばから下の“若き中国人”を完全に「日本を憎悪する人間」にしてしまった。前述のように、私が頻繁に中国を訪れていた頃の「日本人に対して好意的で寛容だった中国人」は少なくなってしまった。

昨年の凄まじい反日デモの有り様は、その日本への憎悪が、もはやどうしようもないレベルに達していることを日本国民に知らしめてくれたと言える。

日本企業や日本料理店を破壊し、狼藉(ろうぜき)のかぎりを尽くしても、反省どころか「原因は日本側にある」と言ってのけた中国政府スポークスマンの態度に、日本人の多くは溜息を吐(つ)き、そして完全に心が離れてしまったのである。

それは、日本企業の中国離れという形になって明確に現われた。アメリカのウォール・ストリート・ジャーナルによれば、2013年上半期の日本の対東南アジア投資額は前年同期比で55%も増え、102億9000万ドル(約1兆200億円)までになったそうだ。

この数字は日本貿易振興機構(ジェトロ)によるもので、一方で対中投資額は31%減って、49億3000万ドルになったという。これまで中国への進出に余念がなかった日本企業が、タイやベトナム、インドネシア、カンボジア、バングラデッシュ、ミャンマーなど、東南アジアに完全にシフトしているのだそうだ。それにしても、「31%減」というのは凄まじい数字だと思う。

中国でレストランを経営していた友人がつい先日、私の事務所を訪れ、「中国は、進出するのは簡単だが、撤退する時は難しいんだよ」と話してくれたことを思い出す。

友人によれば、日本企業が中国から撤退する時、当局はさまざまな嫌がらせをしてくるという。例えば、店仕舞いする、すなわち法人を閉めて国外に出るためには、さまざまな「許可」が必要になる。

店舗(法人)のあった市の政府に対して、資金の持ち出しを含め、すべてに許可を得なければならないのだ。だが、その許可が簡単に下りることは皆無だそうだ。直接かけあっても「いま検討中」と言うばかりで、一向にコトは進まないのである。難癖をつけられ、日本法人はその対応に四苦八苦するのである。

「日本法人に対しては、特にそれがあからさまなんだ」と、友人は嘆いていた。そのため、ついに諦めて、資金をそのまま中国国内に置いておく事例が多いのだそうだ。

進出する時は歓迎してくれるが、去る時は一転、嫌がらせをされるというのは、いかにも中国らしい。基本的に、中国とは、国内にある資金が国外に持ち出されることを異常に嫌がる国であり、中国に進出する企業はそのことを肝に銘じておくべきだろう。

中国が「日本企業に背を向けられ始めた」といっても、まだまだ余裕があるかのように見える。しかし、私は、ことはもっと深刻で、中国は生き残りへの“試練の道”に入ったと思っている。

理由はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)である。かつて、日本がアメリカに非関税障壁を突きつけられ、さまざまな分野で「葛藤」と「譲歩」、あるいは時に「死闘」が繰り広げられたことは周知の通りである。

正確には、それは現在も続いているが、この非関税障壁という点で言えば、中国は日本の比ではない。忘れがちだが、中国の“赤い資本主義”とは、「市場統制」こそ本質である。先に述べた「撤退する時の苦労」も、そこに起因する。

もし、TPPに中国が参加すれば、その本質である「市場統制」を徹底的に改めていかなければならない。つまり、中国共産党の根幹が揺るがされるのである。もし、統制と規制を緩和しなければならなくなったら、それは一党独裁体制による“赤い資本主義”の終焉をもたらす危険性も孕(はら)んでいるわけである。

そのため、中国がTPPに参加する可能性は極めて低い。そこで、中国は、各国と個別に「自由貿易協定」を結ぶ道を模索しているのである。しかし、覇権主義を剥き出しにする中国との自由貿易協定に二の足を踏む国は多い。決して、中国の思惑通りには進みそうもない。

私が、中国が生き残りへの“試練の道”に入ったと思う理由はそこだ。TPP包囲網に焦る中国が、日本への関係改善のラブコールを送ってくる日は、意外に「近い」だろう。

だが、そんな一時的なラブコールに応じる必要は全くない。将来を見据えて中国とは距離をとり、決して日中首脳会談の実現をはじめ、その手のアプローチに「乗らない」ことが肝要だ。

私は、日本と中国は“我慢比べ”の時代に入ったと思っている。南シナ海で中国と緊張状態にあるフィリピンも、アメリカだけでなく、これまで以上に日本への期待を募らせている。安倍首相には、焦っているのは中国であることを念頭に、「譲歩」や「妥協」ではなく、粘り強く、毅然とした外交姿勢を「堅持」するよう、是非お願いしたい。

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アメリカ外国大使館「盗聴」問題が示すもの

2013.07.02

生き馬の目を抜く国際社会の現実を教えてくれるニュースである。米中央情報局(CIA)元職員エドワード・スノーデン氏の情報収集問題は、ついに米国家安全保障局(NSA)による在米の外国大使館や代表部への「盗聴」の暴露へと発展した。

NSAは、日本をはじめ、アメリカにある38の大使館や代表部を監視対象として、盗聴などの手段で、情報収集をおこなっていたのだそうである。「やっぱりそうか」と思う人もいれば、「へえ」と驚く人もいるだろう。

FBIの初代長官、ジョン・エドガー・フーバーの生涯を描いて話題を呼んだディカプリオ主演の映画『J・エドガー』を観れば、在外公館への盗聴などは「当然すぎること」だろう。私は、たとえ同盟国であろうと、違法な手段をもってしても諜報活動をおこなうアメリカという国の姿を示しただけでも、今回のものは貴重な証言だと思う。では、同盟国であるアメリカでもそうなら、対立している国なら、どうだろうか。

尖閣問題で、日本と「いつ」「何が」起きてもおかしくない中国。領海侵犯を繰り返すこの国とは、すでに“一触即発”の状態にあると言っていい。外交官の間では、その中国にある外国の大使館や領事館がすべて「盗聴対象」になっているのは常識だ。

日本にとっては、それは国交が回復した「その時」から始まっている。もちろん日本のメディアの中国支局への盗聴も同じだ。いや、それどころか、中国では外国メディアの支局に派遣されている通訳は、すべて北京市公安局からの「派遣」である。つまり、日本のメディアは、中国当局の「監視下にある」のである。

スノーデン氏によるアメリカの一連の情報収集問題で、「日本への工作が明らかになったのは初めてで、日米関係に影響を与える可能性がある」と日本のメディアはいささか興奮気味だが、それが国際社会の現実なのだから、仰天する必要はない。「同盟国のアメリカですら、そうなのか」と、改めてその厳しい国際社会の現実に思いを馳せればいいのである。

『あなたのすぐ隣にいる中国のスパイ』(鳴霞著・千代田情報研究会)は、日本国内での中国のスパイの実態を現わした好著だが、私も、これまでのブログで中国の謀略工作については、何度も取り上げてきた。

社会党や共産党といった野党にしかパイプを持たなかった中国が、自民党中枢への接触・工作をおこなうために、今から半世紀以上前、自民党の当時の有力者・松村謙三氏を“落とす”ことに狙いを定め、松村氏を徹底的に調べ上げて、松村氏が「蘭の花」に目がないことに注目し、中国の珍しい蘭を松村氏にプレゼントすることから「接触」をスタートさせたことを私は書かせてもらった。

わざわざ中国に蘭の協会を立ち上げて訪日団を組織し、松村氏への交友を深め、自民党への突破口を開いていった歴史は、これまでも指摘してきた通りだ。

それを思えば、今回、明らかになったアメリカによる外国公館への「盗聴」などは、まだ可愛い方かもしれない。中国へのODA援助で絶大なる力を持っていた故・竹下登元首相のTBRビルの事務所には、中国の人民解放軍総参謀部第二部に原籍を持つ中国人が“私設秘書”として入り込み、竹下氏のみならず、竹下派の面々に工作の手を伸ばしていた実態も、知る人ぞ知る。

私は、日本の公安当局者からその話を聞いた時、「そこまで自民党への工作は進んでいるのか」と改めて驚かされたものである。人民解放軍の総参謀部第二部とは、諜報活動や要人獲得をおこなう組織であり、世界中で活動を展開している。スパイ天国の日本では、「最も盛んに活動をおこなっている」と言っていいだろう。

今回の鳩山由紀夫・元首相の中国での信じがたい「尖閣発言」も、そういう工作の末の「成果」であると考えれば、わかりやすい。先の松村氏の例を見るまでもなく、“工作対象”を徹底的に調べ上げるところから、彼らの諜報作戦はスタートする。それは、本人のみならず、家族にも及ぶ。

言うまでもなく鳩山夫人や今の安倍首相の夫人も、かなり前から“工作対象”になっていた。京劇の役者をはじめ、贔屓(ひいき)にしたい対象がある場合は、必ずそこを「突かれる」ことを要人の家族には、自覚して欲しいと思う。

亡命先をはじめ、今や世界中の話題を独占している感があるエドワード・スノーデン事件。アメリカでの外国公館への盗聴問題で、私は今、そんなことに思いを馳せている。

カテゴリ: 中国, 国際

習近平が漏らした「失言」の意味

2013.06.13

青森で2か所、拙著『死の淵を見た男―吉田昌男と福島第一原発の五〇〇日』に絡んで講演をさせてもらった。あの最悪の事故の中で発揮された知られざる“現場力”について、である。今回は、実際にさまざまな「現場」で働く方々を前にしての講演だったので、やり甲斐があった。

出張つづきで、なかなかブログまで手がまわらない。6月7日におこなわれたアメリカのオバマ大統領と中国の習近平国家主席との会談の中身が次第に明らかになってきたので、今日はそのことへの感想を少し書いてみたい。

各メディアの特派員にとって、この首脳会談の真相を報じることの重大さは言うまでもない。ここ数日、面白い報道が次々と出ていた。なかでも、習近平主席がオバマ大統領に対して、(尖閣は)「中国の領土であり、核心的利益である」と伝えた、というニュースが印象深い。

私は、以前にも安倍首相の中国包囲網外交(「自由と繁栄の弧」に基づく外交)について、日中が新時代を迎えたことを評価するブログを書かせてもらった。私は、日本が中国の「人民」との友好はあり得ても、中国共産党「独裁政権」と真の友好を結ぶことはできないと思っている。

それは、中国の覇権主義と日本の平和外交との共存は根本的にあり得ず、いくら表面的に友好を装ったとしても、いつかは「破綻する」ことがわかっているからである。

中国人民の多くは、共産党独裁政権の下で苦しみ、もがいている。しかし、日本のメディアは、「人民」に目を向けず、「中国共産党」との連携こそが友好であると勘違いしてきた。それは今もつづいている。

しかし、今回の米中首脳会談の中身が明らかになるにつれ、その根本的な誤りを日本のメディアは思い知ったのではないだろうか。習主席はオバマ大統領に(尖閣は)「中国の領土であり、核心的利益である」と伝えただけでなく、「太平洋には、両国(※中国とアメリカ)を受け入れる十分な空間がある」と語りかけたそうだ。

太平洋には、多くの国が面している。そこではさまざまな生産・経済活動がおこなわれており、独自の文化や自然が存在する。しかし、習国家主席は、その太平洋を「俺とお前で、分け合っていこうぜ」と、オバマ大統領に持ちかけたわけである。

衣(ころも)の袖(そで)から鎧(よろい)が見えたとは、まさにこのことだろう。そもそも中国は、まだ鄧小平時代の1980年代、日本の九州を起点に、沖縄から台湾、フィリピン、ボルネオ島に至るまでの「第一列島線」を対米防衛ラインとして位置づけた歴史がある。

以来、30年余が経過し、中国は今、これを「対米防衛ライン」にするどころか、そのアメリカに対して、「太平洋の分割」を持ちかけたわけである。自信に溢れた中国は、自ら設定した対米防衛ラインを遥かに凌駕して広大な太平洋の「分割」を提案し、中国とアメリカの二大「超大国時代」の到来を宣言したことになる。

これは、習近平による「自信の発言」であり、同時に「失言」ではないか、とも思える。太平洋、すなわち世界の覇権に向かって突き進んでいく「戦略」が透けて見えてしまうようなことを国家主席が「口に出してしまった」のである。

私は、習近平体制が発足してまだ間もないこの時期に、早くも自分からアメリカに出向いていって、こんなことを言わなければならなかった理由をつい考えてしまう。

そこには、着々と構築される安倍首相主導の対中包囲網への焦りが窺えないだろうか。安倍首相が、ロシアのプーチン大統領、そしてインドのシン首相とまで信頼関係を築いたとされることで、中国がさすがに「焦りを見せ始めた」のである。

今年2月に訪米し、オバマ大統領との首脳会談を早々に実現した安倍首相は、着々と中国包囲網外交を進めてきた。これがボディブローのように中国に効き始め、中国の首脳が直接、訪米しなければいけなくなったと見るべきだろう。

今日(13日)、オバマ大統領との電話会談で、中米首脳会談の中身について聞いた安倍首相は、「(日本からの)中国との対話のドアは、いつでも開いている」とオバマ大統領に伝えたそうだ。中国に対して「私たちと対話したいなら、どうぞ」ということである。

安倍首相が、ワシントンの「戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies)」で、「中国の挑戦を私たちは容認することはできない。わが国の決意に関し、どの国も判断ミスをするべきではない」と強い調子で演説したのは、つい4か月前のことである。

「歴史問題」さえ持ち出せば、必ず日本はひれ伏すと思っていた中国は、日本に実に「厄介な政権」ができてしまったものだと考えているだろう。それが、今回の習国家主席によるアメリカへの「あなたの領域は侵さないから、ひとつよろしく頼む」「太平洋を分け合おう」という意味の唖然とするような発言に繋がったのではないだろうか。

しかし同時に、これは、「われわれが尖閣で何をしようとアメリカは手を出すな」と宣言したに等しいものでもある。すなわち、アメリカに対して、日本との共同防衛を謳った日米安全保障条約第五条の発動は「勘弁してよ」ということである。

これから、中国によるオバマ政権へのロビー活動はますます盛んになるだろう。以前にも書いたように、それは“中国系アメリカ人”によっておこなわれる。アメリカ人となった中国系の人たちが、これからホワイトハウスにどのくらい強力な影響を及ぼすようになるだろうか、と思うと恐ろしい。

文字通り、尖閣で「何が起こってもおかしくない時代」が到来したことを感じる。私たちも、危機感と問題意識を持って、東シナ海での中国の動向を見守っていかなければならない。

カテゴリ: 中国

アメリカはいつまでも「日本の味方」ではない

2013.05.09

昨日(5月8日)、中国の人民日報が、「歴史的に未解決の琉球問題を再び議論できる時が来た」という学者の論文を掲載したことに対して、日本国民はどんな感想を抱いただろうか。

人民日報は中国共産党の機関紙であり、事実上、国家の意見を内外に表明する媒体だ。そこで初めて、沖縄の帰属問題が「未解決」であり、中国にこそ「統治する権利がある」ことを示唆したのである。

これから堂々と「沖縄は中国のものだ」という意見表明を展開していく狼煙(のろし)を中国が高々と上げたことになる。尖閣が日中どちらのものか、などという話ではない。沖縄そのものが「中国のもの」というのである。

だが、中国研究家の間では、この主張がおこなわれるのは「当然のこと」であり、「時間の問題」とみられていた。中国の主張は、段階的に、そして用意周到におこなわれてきているからである。

昨年12月14日、中国は、東シナ海での大陸棚設定について、すでに国連に中国大陸から尖閣諸島を含む沖縄トラフまで、「大陸棚が自然に伸びている」と主張し、独自の境界画定案を提出している。

沖縄に対する並々ならぬ意欲は、すでに「明確に示していた」のである。これは、日本が政権交代によってドタバタしている時期におこなわれたものだが、年末には、発足したばかりの安倍政権がこれに異議を申し立てた経緯がある。

つまり、尖閣どころか、自国の大陸棚の上に乗っている沖縄が中国の領土であるのは彼らにとっては「当然」で、今回の主張は、すでに「予想されていた」のである。

私は、ニュースを見ながら、二つのことを考えた。一つは、一昨日のブログにも書いたように、中国が新たにこの3月に設置した中国海警局によって、軍事紛争ではなく海警局による“衝突”によって尖閣での小競り合いを続け、やがては尖閣を奪取する方針を執るだろうということだ。

もう一つは、いつまでアメリカは日本の味方をしてくれるだろうか、ということである。中国が沖縄県内への工作・干渉をより強める中、ヤマトンチュ(大和人=日本人)への剥き出しの憎悪を隠さない沖縄の地元メディアの主導によって、沖縄世論がこれからますます日本離れを強める可能性がある。

民主党の鳩山由紀夫氏による「(普天間基地移転先は)最低でも県外」という言葉は、中国にとって願ってもないものだった。今後も、駐留米軍の兵士が引き起こす事件や不祥事のたびに、「沖縄から米軍は出ていけ」という世論はますます盛り上がるだろう。それを煽り、ほくそ笑むのは、どこの国か。今回の人民日報の論文は、そのことも示唆してくれている。

私は、アメリカがこれからも日本の味方をしつづけるだろうか、ということには大いに疑問を持っている。先月、中国を訪問したアメリカのケリー国務長官は、中国の歓待に感激し、来たるべきG2(二超大国)時代に向けて、二国間でさまざまな同意を取りつけたと言われる。中国の“核心的利益”に対して、ケリー氏がどんな見解を述べたのかは、今も漏れてこない。

沖縄の反米・反基地・反ヤマトンチュの意識は、そのまま中国の利益につながる。迷走するオスプレイの問題など、アメリカと沖縄の間には、越えられない「壁」が存在するのは間違いない。沖縄戦で10万人近い犠牲者を出した沖縄県民にとっては、当然だろうと思う。

だが、同時にそのことが東アジアでの覇権確立に執念を燃やす中国に利用されてはならないだろう、とも思う。2016年には、韓国から在韓米軍の陸上兵力が撤退することがすでに決まっており、この3月には、日米両政府が、在沖縄海兵隊のグアム移転に向け、日本がアメリカに1億1430万ドル(約93億円)を支出するための交換公文も結ばれている。

これら、米軍の一部撤退を誰よりも喜んでいるのは中国だ。そのことを沖縄の人々も、もちろん日本人全体も忘れてはならないと思う。

もう一つ、私が気になるのは、アメリカでの中国専門家の多くが「中国系」であることだ。中国系の人々は、“アメリカ人”として政府や国際機関の中枢に入ってきている。その数が今後、増大していくことはあっても、減少することはないだろう。つまり、日本は、今後、さまざまな国際舞台で、「中国系のアメリカ人」と対峙していかなければならないのである。

それは、中国によるアメリカへのロビー活動というレベルではない。“アメリカそのもの”なのだから、当然である。私が、「いつまでアメリカは日本の味方なのだろうか」と懸念する理由はそこにある。尖閣が日米安保条約第5条の対象地域であること、そして同じように沖縄がそうであることが「未来永劫つづく」と信じていたら、よほどの平和ボケではないか、と思う。

私は、人民日報が「歴史的に未解決の琉球問題を再び議論できる時が来た」という論文を掲載したことをきっかけに、そんなことまで考えてしまった。生き馬の目を抜く国際社会で、最前線の交渉に臨む政治家や官僚には、「覚悟」と「危機感」、そして毅然とした「姿勢」を望みたい。

カテゴリ: 中国, 国際

株価「1万4000円」回復と安倍政権

2013.05.07

連休明けの今日、真っ先に飛び込んできたのは、日経平均が1万4000円を回復したというニュースだった。衆院選直前の昨年11月に9000円だった株価が、わずか5か月で上げ幅「50%」を超えるという驚異的な上昇率だ。

アベノミクス効果やニューヨーク株式市場の上昇など、さまざまな解説がなされるが、やはり最も大きいのは、悪夢のような民主党時代が「終わったから」だろう、と思う。その測り知れない心理的効果が株価を上昇させる国民の前向きの意識をさらに“アト押し”しているのである。

どうしようもない閉塞感から解き放たれた人間の意識とパワーというのは、やはり大きい。それにしても、多くの国民が「民主党政権とは何だったのだろう」と感じているに違いない。

耳に心地いいことを連発してはみたものの、経済を低迷させ、日米関係を戦後最悪の状態にし、中国や韓国に譲歩を繰り返して誤ったメッセージを与え、東日本大震災では、最大の使命である人命救出もできずに右往左往し、復興に関してもイニシアティブを発揮できないまま、政府の存在自体が復興への大きな妨げとなった。

私は今でも、大震災の際、原発事故などの緊急事態に気象条件や地形情報などから放射性物質の拡散ぶりを数値的に予測するシステム「SPEEDI」(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の予測結果をもみ消した当時の政権中枢にいた政治家たちの「罪」が問われないのはおかしいと思っている。

パニックを恐れて、肝心かなめの「人命」をも無視してしまう当時の政権のレベルの低さには、今も言うべき言葉がない。国民の生命を守るために116億円もの予算を費やしてでき上がったシステムによって割り出された数値が、われを失った当時の官邸にいた政治家たちによって「もみ消された」のである。このことを日本人は忘れてはならないと思う。

しかし、私はいつもブログには書かせてもらっているが、そもそも民主党政権が誕生した「理由」というのも同時に忘れてはならないと思う。4年前の政権交代劇は、私は大きな意味を持つものだったと考えている。

長い間に腐敗し、国民の思いや期待を吸い上げられなくなっていた自民党に愛想を尽かし、ついに国民は自民党に「お灸をすえる道」を選んだのが前回の政権交代劇だった。前述のように民主党政権を選択したツケは国民にとって大きかった。だが、今その教訓が生きていることは間違いない。

2006年に発足した第1次安倍政権では最初の外遊先に「中国」を選んで周囲を驚かせた安倍首相が、今回の第2次安倍政権初の外遊先にはベトナム、タイ、インドネシアという東南アジアを選び(1月)、今回の4月末から5月にかけての外遊でもロシア、アラブ首長国連邦、トルコといった国を選んで財界人をも同行させ、トップセールスを敢行した。

その意図は、“中国包囲網”の構築にほかならない。中国に対して安倍首相は、「もうあなた方への譲歩はしませんよ」「あなた以外の国と連携を深めていきます」という強烈なメッセージを発している。

「自由と繁栄の弧」による外交を展開する強い意志を感じさせるこの安倍首相の戦略には、まったく志が果たせなかった前回の政権時への深い反省と後悔があるに違いない。しかし、逆に見れば、これもまた民主党政権の悪夢の3年3か月がもたらした“効果”とも言えるのではないか。

参院選では、「民主党の壊滅」と「改憲勢力の結集」が焦点になるだろう。その意味で、おそらく日本の政治は今年、うねりのような大変動を経験するだろうと思う。

中国が、この3月に発足させた中国海警局は、尖閣諸島での衝突を前提にしたものである。それまでの中国の沿岸警備を担当していた公安辺防海警部隊を改編・格上げして、公安部の指導のもとに沿岸警備や海洋・漁業資源の管理を一手に担う大組織としたのである。

これで、中国は日本の自衛隊との軍事紛争ではなく、海警局による局地衝突を前提に「対日戦略」を組んでくるのだろう。海警局による衝突なら、日米安保条約第5条の発動にはならず、日本の海上保安庁との衝突に過ぎず、しかも、それなら中国は「勝てる」と思っているからである。

民主党政権のように日本と中国のどっちの利益を代弁しているかわからないような政治家や閣僚は、安倍政権にはいない。その意味で、国民の生命と財産、そして領土を守ってくれる政権が東シナ海で覇権を確立しようとしている中国と対峙していること、そして、その最前線で命を張る海上保安庁の人々がいること、この二つへの感謝をわれわれ国民は忘れてはならないと思う。

日経平均が1万4000円台を回復したという連休明け一番のニュースを聞いて、私はそんなことを考えていた。

カテゴリ: 中国, 政治

誰が日本と中国の「距離」を広げたのか

2013.04.26

昨日の産経新聞の9面の左肩に小さく載っていた同紙上海支局長の河崎真澄記者の「日本人を面罵せよ」というコラムは、興味深かった。四川省成都のホテル「ソフィテルワンダ成都」で河崎支局長と同僚が経験した出来事が短いコラムの中にそのまま描写されていた。

四川省での地震取材の中継地として使ったこのホテルの1階ラウンジで、飲み物を持ってきた若いウエートレスと河崎支局長との間にはこんなやりとりがあったという。

〈(ウエートレスが)「どこから来た?」と聞くので、「日本人だよ」と答えると、いきなり「釣魚島(尖閣諸島)は中国のものだ。知っているのか?」と言い放った。日本人客も多い国際的なホテルでこれは無礼。抗議したラウンジのマネジャーは平謝り。だが当のウエートレスは平気の平左だ。「何が悪い?」とすまし顔に書いてあった〉

気を取り直して、河崎支局長は、同ホテルの5階にあったスパの足裏マッサージに同僚と共に行ったそうだ。すると、

〈若いマッサージ師の女性がまたしても「あなた日本人?」と聞く。「そうだよ」と答えると、「日本人は全員大嫌い」ときた。「なぜ嫌いなの?」「理由はない」「理由もなく嫌うのは変じゃない?」「とにかく嫌い。釣魚島は中国のもの」「その島ってどこにあるか知ってる?」「知らない」「じゃ日本はどこにある?」「知らない」〉

押し問答が続いて、河崎支局長の気持ちはさらに沈んだそうだ。そしてコラムは、こう締めくくられている。

〈「国を愛する中国人ならば日本人を面罵せよ」。そんな屈折した空気を若い中国人に刷り込んだ張本人は、いったい誰なのか〉

私は、前回のブログ(23日付)で、京都の経済人の中国の宝山製鉄所にまつわる話を書かせてもらったばかりだ。「日本人は嫌い」。私は、嫌いなものを好きになれ、というのはおかしいので、それはそれでいいと思う。

しかし、前回のブログで書いたように、かつて中国の発展のために懸命に尽力した日本人が数多くいるのは事実である。それは、改革開放以後の中国の目覚ましい発展のもとになった。

だが、ほとんどの中国人はそのことを知らない。いや、知らされていないし、知ろうともしていない。前回のブログに登場いただいた京都の経済人は、そのおかしさを語っていた。果たして、日本と中国との関係は“友好”が前提なのだろうか、それとも“憎みあい”が前提なのか、と思う。

一方、いま日本人は台湾の人たちと心と心を通わせあっている。震災の時の温かい援助が、それを加速させた。WBC予選の2次ラウンドで日本と台湾が東京ドームで激突した時、インターネットで「今こそ台湾の人たちに感謝の気持ちを伝えよう」という呼びかけがおこなわれ、日本の観客が「謝謝、台湾!」「3・11感謝 加油台湾!」という手書きのメッセージを掲げて応援した。

試合後、惜しくも敗れた台湾チームが、一度ベンチに引き揚げたあと、わざわざマウンドに集まって円をつくり、観客に向かってお辞儀をしてお礼の気持ちを表わした光景は感動的だった。

国と国との間で、憎悪を導き出そうとするのは簡単だ。国内に充満する不満を外国に持っていき、ナショナリズムを喚起する方法は、独裁国家では普通に見られることだ。

今回の河崎支局長のコラムは、中国人による日本人への憎悪が、もはや拭い難いところまで来ていることを示している。中国へ観光に行く日本人は、こういう中国人の本音をよく知った上で赴く方がいいだろう。

徹底した反日教育がおこなわれた1990年代の江沢民時代、それ以後の胡錦濤時代の中国が私は残念でならない。そして、こういう事態を招く一番大きなきっかけをつくった「朝日新聞」のことも、同時に私は残念でならない。

1985年、 “戦後政治の総決算”を掲げていた当時の中曽根政権を打倒するために、朝日新聞が靖国参拝を国際問題化し、それまで一度も靖国参拝を言及したこともなかった中国の共産党機関紙「人民日報」と連動してキャンペーンを張り、これを大きな問題にしたことを思い出す。

韓国の政治家が伊藤博文を暗殺した安重根の記念館に献花しようが、中国の指導者が抗日戦線の過程で多数の日本人居留民を殺害した兵士たちが眠る八宝山革命公墓に参ろうが、日本人はその国独自の文化や死者への悼み方に干渉したりはしない。

しかし、子孫を残すこともできず、若くして無念の死を遂げた多くの日本の兵士の霊を鎮めている神社に日本の政治家が参ることは、「許されない」のだそうだ。

河崎支局長のコラムを読みながら、私は、日本と日本人が置かれている状況と、それの手助けをしてきた日本のジャーナリズムのあり方など、さまざまなことを考えざるを得なかった。

私は1982年に1か月半も中国に滞在したことがある。さまざまな“悪意”によって動かされる以前の「中国人の素朴さ」が私には忘れられない。

それまで友好な関係を築いていた日本と中国との間を分かち、距離を広げ、さらにそれを加速させたメディアの存在は、哀しいかぎりだ。

カテゴリ: 中国, 歴史

中国人と「恩義」

2013.04.23

昨日は、京都で講演があり、久しぶりに古都の雰囲気を味わった。夕方からの講演で、私は、新刊の『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)に関して、原発事故の現場で命をかけて闘った福島の男たちの話をさせてもらった。

やはり京都の人にとっては大震災、あるいは福島での原発事故というのは、遠い地の出来事である。だが、「チェルノブイリ事故の10倍」、あるいは「日本が“三分割”されるぎりぎりの危機だった」という福島原発事故の知られざる事実に熱心に耳を傾けてくれた。

家族を背負い、故郷を背負い、そして国家まで背負って「死の淵に立った」男たちが見た光景とはどういうものだったのか。すでに拙著に記述させてもらったものではあるが、講演を聴いてくれる人も同じように愛する家族を持っているわけで、自分の身に置き換えて受け止めてくれたように思う。

講演後、そのまま講演を聴いてくれた地元の経済人に連れられて、祇園(花見小路)のお茶屋をハシゴした。大変博識の経済人で、参考になる話をたくさん聞かせていただいた。

話題は、私が出している戦争関連のノンフィクションから、アベノミクスと米シカゴ学派のマクロ経済学者ミルトン・フリードマンとの関係、あるいは、中国の宝山製鉄所(宝山鋼鉄股份有限公司)にかかわることまで、多岐にわたった。

この方は宝山製鉄所に関係したこともあり、興味深い話になった。彼はこう語った。「私は、中国から重要なお客さんが来るたびに言うんですよ。“まずあなた方は、日本人に感謝の言葉を述べてください”と」。

中国人に対して必要以上に卑屈になる経済人が多い中で、この方はまったく逆だった。理由を聞くと、まさに「宝山製鉄所」のことだった。

八幡製鉄から新日鉄社長、会長、そして経団連会長まで歴任した「鉄鋼界の天皇」故稲山嘉寛氏が、なんとか中国に良質の鉄をつくる「力」をつけさせようと、宝山製鉄所の稼働に尽力したことは知る人ぞ知る。

粗悪な鉄をつくることしかできなかった中国が、稲山氏らの努力によって、良質な鉄を生み出すことに成功し、今や粗鋼生産量が、日本の「7倍」に達しているのは、ご承知の通りである。日本の技術者が日中国交正常化以前、そして正常化以後もいかに奮闘したか――この方は淡々と語った。

「鉄は国家なり」の言葉通り、ほとんどの製品のもとは「良質の鉄」にある。中国が世界に冠たる経済大国にのし上がることができたのは、「稲山氏をはじめ中国に良質な鉄を産み出させた日本の経済人や技術者がいたからこそです」と、この京都の経済人は語ってくれたのだ。「だからこそ、中国人が来ると、私は“あなた方は、まず日本人に感謝の言葉を述べるべきだ”と言うんです」と。

日本人は、「恩義に厚い」と言われる。私は台湾が危機に陥った時に、終戦時に受けた恩義を返すため台湾に渡り、金門島で敵を食い止めた根本博・陸軍中将の姿を描いた『この命、義に捧ぐ』をかつて書いた。

この方の話を聞きながら、私は、中国にも「恩義」を重んじる人々ができるだけいることを心から願った。しかし、今日、私の目に飛び込んできたニュースは、「尖閣の領海に過去最多の中国海洋監視船8隻が侵入」というものだった。

宝山製鉄所をはじめ、日中国交正常化以前から中国の発展に寄与してきたあまたの日本人が、こういうニュースをどう受け止めているのかと、ふと思った。

中国人に「恩義」や「過去を振り返る心」を期待すること自体が無駄なことなのだろうか。かつて中国の発展のために尽力しながら、完全に忘れ去られた日本人たち。アジアの盟主を自負する現在の中国に、私はそれでも良心を期待したい。

カテゴリ: 中国, 原発

金美齢さんの「花見の会」にて

2013.04.12

昨夜、恒例の金美齢さんの花見の会に出かけてきた。今年は桜の開花が早すぎて、すでに桜が散ってからの花見の会になってしまったが、今日はどんな人に会えるだろうかと思いながら、新宿御苑を一望できる金美齢さんのマンションに向かった。

いつも通り、溌剌とした金美齢さんに迎えられて部屋に入っていくと、WILL編集長の花田紀凱さんがおられて、私が今月号のWILLに書かせてもらった「仰天判決で日本からノンフィクションが消える」という記事の反響を伺った。

リップサービスもあるだろうが、反響は上々だそうだ。花田さんの話を聞きながら、私が知財裁判所で受けた判決のひどさを読者が理解してくれていることを感じた。

すると、政治家や新聞記者、編集者などのお客さんの中に、「本屋大賞」を受賞したばかりの作家・百田尚樹さんがおられることに気づいた。金美齢さんがさっそく私を百田さんのところに連れていってくれたのだ。

私と百田さんは、一昨年、太平洋戦争の「開戦70周年」を記念して週刊ポスト誌上で対談をさせてもらった関係だ。以来、1年4か月ぶりの再会である。

あの時は、『永遠のゼロ』の作者である百田さんと、戦争関連のノンフィクションを書いている私との対談だったので、大いに盛り上がった。今回、本屋大賞をとった『海賊と呼ばれた男』も、出光興産の創業者・出光佐三をモデルにした百田さんらしい人生観と歴史観がしっかりした素晴らしい作品だった。

久しぶりにお会いしたので百田さんと話し込んでいると、突然、そこに安倍総理が登場した。金美齢さんと安倍総理は以前から非常に親しい。昨年の花見の会でもお会いしたが、今回も北朝鮮のミサイル発射の危機がつづく中、忙しい中を縫って、顔を見せに来られたようだ。

連日の激務へのねぎらいの拍手が巻き起こる中で、安倍総理は、前日に台湾と結んだばかりの漁業協定について語った。台湾出身の金美齢さんのパーティーということもあるだろうが、北朝鮮のミサイルよりも台湾との漁業協定のことをスピーチするところが、いかにも周りに気を遣う安倍総理らしい。

私も、今回の漁業協定の意味は大きいと思っている。北緯27度以南から先島諸島北側までを日台の共同水域とした今回の協定は、事実上、尖閣諸島をめぐる中台の連携を「分断する」ものだからだ。

中国と台湾の両方が尖閣を「自分の領土だ」と主張するのではなく、一方がその主張を棚上げして漁業協定によって日本と「手を結んだ」のである。

すでに台湾の馬英九総統は昨年夏、尖閣問題で中国とは連携しないことを前提に「東シナ海平和イニシアティブ」を提唱しており、今回の日台の漁業協定締結は、中国にとって痛い。

さっそく中国外交部は会見で不快感を示したが、私は、李登輝・元総統が「われわれは漁業権さえあればいい。尖閣は歴史的に見れば、明らかに日本の領土だ」と発言していたことを思い出した。

民主党政権下では、その台湾側の本音も見通せず、日台関係さえも危機に陥っていた。安倍総理はスピーチで、自身も李登輝・元総統から「尖閣は日本の領土だ」という話を聞いていたことを明かした。

そのスピーチを聞きながら、安倍外交の基本である「自由と繁栄の弧 (the arc of freedom and prosperity)」が着々と進んでいることを感じた。これは言いかえれば“中国包囲網の構築”でもある。金美齢さんら多くの評論家、言論人を前に、安倍総理は、今回の日台漁業協定に対して「歴史的意義がある」とスピーチした。

日本が平和と民主主義を掲げて、アジアでリーダーシップを取ることができるかどうか。アジア各国の期待は大きい。民主党政権という書生のような政権に代わって、少なくとも、その価値を知る政治家が国家のリーダーとなっている意味は大きいだろう。

カテゴリ: 中国, 台湾

日中“新時代”突入を示した安倍演説

2013.02.24

2013年2月23日は、日本と中国との関係を見る場合に大きな節目となる日となった。将来、日中関係を振り返る時、そのことに気づく人は少なくないだろう。

3年3か月に及ぶ民主党政権下で、日米関係が戦後最悪の状態になっていたのは周知の通りだ。そんな中での今回の安倍首相の訪米は、さまざまな面で大きな意味を持つものだったと思う。

今回、安倍首相はTPP参加問題で、オバマ大統領との間で「聖域なき関税撤廃が前提ではない」という譲歩を引き出し、TPP交渉への参加へと歩を進めた。

ぎりぎりの交渉で、共同声明まで持っていったことは、日米関係上、大きな意味があったと言える。しかし、それより大きかったのは、増大する中国の脅威に対して、日米の首脳が共通の危機感を共有できたことではなかったか。

そのことが表われたのが、安倍首相が23日、ワシントンの「戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies)」でおこなった演説である。これは、リチャード・アーミテージ元国務副長官らアメリカの知日派の招きによって実現したものだ。

ここで、安倍首相は実に思い切った発言をした。それは、尖閣諸島をめぐる中国に対するものである。曰く、「(中国の)挑戦を私たちは容認することはできない。わが国の決意に関し、どの国も判断ミスをすべきではない」。

挑戦を容認しない、そしてどの国も判断ミスをするな――日本のリーダーがこれほど中国に対して痛烈な発言をしたことは、記憶にない。それは、中国への遠慮や恐れを持ちつづけたこれまでの日本の首相のそれとは、まったくレベルの異なるものだった。

そして、安倍首相の大胆な発言はさらにつづいた。「日本は二級国家にならない」「日本とアメリカの堅牢(けんろう)ぶりに、誰も疑いを抱くべきではない」「(尖閣は)日本の領土であることは法的にも明らかだ」「私たち自身の力でしっかりと日本の領土を守っていく」……

これらは、当然すぎる演説である。しかし、それが新鮮に聞こえるほど、日本の代々の首相は、中国という国を恐れてきた。それは、はからずも民主党政権にとってかわった安倍政権が一体どんな対中姿勢をとるか、明確に内外に指し示したものとなった。

すでに、尖閣周辺では、防空識別圏への中国戦闘機の侵入や、中国艦船による射撃レーダー照射事件など、露骨な挑発行為が中国によって繰り返されている。

東シナ海の現実を見れば、南シナ海でのベトナムやフィリピンとの緊張状態と同様、局地的な日中の武力衝突はまさに“一触即発”の状態を迎えていることを示している。

日中国交回復以後の40年間で、3兆円をはるかに超える気の遠くなるような額の「対中ODA」を続けてきた日本は、その援助に対して、反日デモという“報い”を受けている。

家宅侵入、器物破損、国旗への侮辱と焼き捨てなどの破壊行為を目の当たりにした時、日本はこのまま「中国への譲歩」をつづけることが、果たして「真の友好のために」いいのかどうか、判断を迫られたのである。

それらすべての思いが今回の安倍演説に表われたと言える。演説の中で安倍首相が「日本は二級国家にならない」という言葉を用いたのは、中国に対する強烈な対抗心を表わしている。

「中国が領有権を主張しはじめたのは1971年のことであり、(それまで)日本の尖閣の主権に対する挑戦は誰からもなかった」。そう断言した上で、「私の側のドアは、中国指導者のため常に開いている」と言及したのも、興味深かった。

中国の新指導者、習近平総書記に対して、「すべてはあなたの態度いかんだ」という、いわば刃(やいば)を突きつけたことになる。

これは、新しく構築された日米首脳間の信頼関係なくしては、できない発言だ。「友好」から「対抗」へ、あるいは「譲歩」から「是々非々」へ――その厳しい姿勢が、逆に日中の歩み寄りを呼ぶことを私は望みたい。

日中国交回復後の40年間、ひたすら譲歩をつづけた日本が生んだ「現状」を打開できるか否か。その際限のない「日本の譲歩」の時代が終わったことを世界に示したという意味で、安倍首相の演説は、間違いなく日中関係の歴史に残るものだった。

カテゴリ: 中国

もはや「戦後」ではなく「戦前」なのか

2013.02.18

今日は大阪にいる。明日は徳島だ。講演と取材が重なっているが、ここのところ、話す人、話す人が北朝鮮と中国のことを話題にするのが興味深い。

北朝鮮の3度目の核実験と、中国艦船による日本の海上自衛隊の艦船への射撃管制用レーダー照射事件は、さすがに長い間“平和ボケ”と揶揄(やゆ)されてきた日本人にとっても、大きな衝撃だったのである。

核弾頭搭載の「核ミサイル開発」に着々と歩を進めている北朝鮮と、領土意識を剥き出しに東シナ海と南シナ海で支配権を確立しようとする中国――ついに中国海軍が海上自衛隊の艦船に射撃管制用レーダーを照射してきた事件は、日中の最前線の海域で「何が起こっているか」を国民の前に明らかにした。

3年前、海上保安庁の船に突っ込んできた中国漁船の有り様を録画したビデオを公開しなかった民主党政権とは違い、レーダー照射の事実をいち早く公表した安倍政権。国民のこの関心の高さは、打って変わったその情報公開の姿勢が国民に「受け入れられた」ことを物語っている。

国民が情報を共有し、事態の深刻さを認知するのは、民主主義国家では当たり前のことだが、これまでは、それさえまともに行われてこなかったのである。

領土・領海の最前線で何が行われているかを国民が知ることは、最も公共性の高い情報を主権者である国民が「認知する」ことであり、それをないがしろにしてはならないと思う。

相次ぐ反日デモと、家宅侵入や器物破損、そして各種の凄まじい破壊行為を目の当たりにして、日本人の中国への感情は、著しく変化した。中国との間で、うわべだけの“友好の時代”が終わったことを国民の多くが知るようになった。

それは、譲歩しさえすれば、「友好が保たれる」時代がとうに終わったことを「国民が知った」ということである。これから、安倍政権は国民のその認知度を背景に「是は是、非は非」と、毅然と言ってのける日中関係を構築していくべきだと思う。

それは同時に、尖閣の防空識別圏への戦闘機の侵入や、射撃レーダー照射事件など、露骨な挑発行為を繰り返す中国に対して、武力衝突をどう回避し、あるいは逆にぎりぎりの決断をどうおこなうか、という意味でもある。

今週の週刊誌の見出しには、「宣戦布告」「開戦」「いよいよ激突」……といった派手な見出しが躍っている。何かあれば、「煽り立てる」のも問題だが、逆にこの状態を「当たり前だ」と思ってしまうのも恐ろしい。雰囲気に惑わされてはいけないのである。

もはや「戦後」ではなく、「戦前」に入った、という見方がある。東シナ海で日中衝突の事態を回避できる方法が果たしてあるのか。戦後、周辺諸国との連携が、これほど必要な時代はなかっただろう。

国民一人一人が「覚悟」をもって、そして領土・領海を守るために最前線に立つ人たちを「尊敬」をもって見守っていきたい。

カテゴリ: 中国, 北朝鮮

安倍首相が見せた「対中」外交姿勢の意味

2013.02.09

中国も安倍政権の予想以上の強硬姿勢に面食らったに違いない。中国軍艦船による日本の護衛艦への火器管制レーダー照射事件を「事前相談なし」に発表し、さらに中国側が反発するや、今度は小野寺五典防衛相が「証拠の一部を公開する」という意向を示したのである。

8日の定例記者会見で、中国外務省の女性報道官が、「日本の発言は完全なる捏造だ」と非難した上、「日本はわが国のイメージに泥を塗り、中国脅威論をアピールしている。そして、自ら緊張をつくり上げながら国際世論を間違った方向に導こうとしている」と痛烈な批判をおこなったばかりである。

これまでなら、親中派がしゃしゃり出て、「友好」を前面に押し立て、早々と日本側が矛(ほこ)を収めさせられるのがパターンだった。だが、安倍首相は、中国が強い態度をとれば、より“強硬な姿勢”をとったのである。

民主党政権とは全く異なる出方に、中国側も改めて日本は“厄介な”政権になったと認識しただろう。私は今回、安倍首相の注目すべき発言は、中国の行為を「国際ルール違反」と明言した点と、「謝罪」を要求した点にあったと思う。

予想以上の反応に、中国は「照射否定」をせざるを得なかったのである。それと共に会見での中国側の凄まじい反発は、日本と中国との間に尖閣をめぐって「友好」というものが成り立つ余地がないことを示している。

今回の事件で明らかになったのは、来たるべき軍事衝突に先立ち、中国軍が日本側の防衛能力について「試している」という事実と、もはや両軍の間で「いつ何が起こってもおかしくない」ということだろう。

昨年9月に尖閣諸島の国有化がおこなわれて以降、中国軍と自衛隊との間でお互いを牽制しあう「緊張」が常態化していた。だが、先月(19日)、ヒラリー・クリントン米国務長官が尖閣について「日本の施政権を侵害するあらゆる行動に反対する」と発言したことで、中国軍の不快感は、一層強まっていたのである。

その苛立ちが、今回の軍独断の照射事件につながったという見方は根強い。昨日、ちょうど在台ジャーナリストの片倉佳史氏が台北から帰国し、はるばる新宿の事務所を訪ねてくれた。片倉氏も、中国の覇権主義が引き起こす東シナ海と南シナ海の一触即発とも言える緊張状態を憂いていた。

片倉氏によれば、南沙諸島と西沙諸島でも、中国はフィリピンやベトナムとの間で極めて危険な状態に陥っているという。

一方、東シナ海では、すでに昨年12月、中国が「中国沿岸から沖縄トラフまで」を自分たちの「大陸棚である」と主張する大陸棚拡張案を国連に申請している。わかりやすく言えば、すでに事実上、地形や地質からみて、沖縄まで「中国大陸の自然な延長だ」と主張しているのである。

際限のない中国の権益拡大をストップさせるには、周辺国の団結と、不法行為は許さないという断乎たる姿勢が必要だ。安倍首相は、自ら唱える「自由と繁栄の弧」による外交成果を一刻も早く出さなければならないのである。

今回のレーダー照射事件は、そのことを改めて教えてくれる貴重な出来事だった。安倍首相には、毅然たる姿勢と、危機感に基づくスピード感のある外交を是非、お願いしたい。

カテゴリ: 中国

日本が命運を握る「中国」の環境破壊

2013.01.29

中国人民が“中流化”したら地球の環境は破壊される――。90年代、私はあるエンジニアからそう予言されたことがある。

中国の人々が「貧困であること」が世界(もしくは地球)にとって最も幸せだ、とそのエンジニアは私に滔々と語った。今日の北京からのニュースを見ながら、私は彼の話を思い出した。

猛烈なモータリゼーションのただ中で、渋滞した車が排気ガスを思いっきり吐き出し、空は工場群が噴き上げる煤煙に覆われた北京。航空便は次々と欠航となり、工場も臨時休業。市民は外出を控え、天安門にかかる毛沢東の巨大な肖像画も天安門広場からうっすらとしか見られない有り様だ。

北京市民の間には、「北京咳(ぺきんぜき)」と呼ばれる疾患が流行しているのも当然だろう。日本が高度経済成長期、克服するのに悪戦苦闘した四大公害病のひとつ「四日市ぜんそく」に似た呼吸器系の障害は、これから中国の人たちを直撃するだろう。

首都・北京がこれなら、重慶などは、もはや筆舌に尽しがたい状態に違いない。報道によれば、世界の大気汚染の10大都市のうち、中国の都市が7か所を占めているという。

石炭を燃料とする火力発電への依存度が極めて高い中国では、急膨張する自動車市場や規制のない工場群のスモッグも相俟って、すでに大気汚染は「限界」まで達しているのだ。

1982年2月から4月にかけて、私は中国・北京で1か月半ほど暮らしたことがある。今から31年も前のことだ。あの頃は、北京市民の主な移動手段は「自転車」だった。

それでも、乾燥して埃(ほこり)っぽい北京の街を歩くと、鼻の中はすぐ真っ黒になり、痰もからんでどこにでも、痰を吐きたくなった。あの頃、どの建物に入っても廊下には痰壺が置いてあった。

もともとそんなところに、重度の大気汚染が襲ったのである。それは、人間が長く生存できるような環境ではない。問題は、それを改善させる力が習近平政権にあるか、という点だ。中国にとっては、経済成長と環境破壊はセットである。あの国では、環境破壊なくして経済成長は存在しない。

日本が公害を克服するまでには長い年月と多くの被害者を必要とした。だが、中国の場合、汚染のケタが違うし、人の命の重さも違う。経済成長を犠牲にしてまで公害を克服できる「力」と「意志」がそもそも中国の指導者たちには存在しないのだ。

しかし、それが可能な技術を持っている国が日本である。日本が七転八倒しながら、かつて獲得した「環境に優しい技術力」は、日本に異常な憎悪をぶつけてくる中国を「助けることができる」唯一のものかもしれない。

言い換えれば、中国の命運を握っているのは、やはり「日本」だということである。日本は、この「環境に優しい技術力」を安売りするのではなく、戦略的に使って欲しいものだと思う。

今週発売の週刊現代が、「中国に買われていたニッポン企業 驚きの50社 その実名」というスクープ記事を掲載していた。中国の命運を握っている日本の技術力と、その技術力を力(マネー)で奪取しようとする中国企業の実態を暴いたものだ。

すでに、日中の戦争は、中国にとっては「日本の技術力をどう奪取するか」にあり、日本にとっては、「技術力をどう守り、どう戦略的に使えるか」という段階に至っている。

尖閣にかぎらず、あらゆるジャンルで日中の“戦争”は佳境に入っているのである。北京からの「環境破壊」のニュースを見ながら、私はそんなことを考えていた。

カテゴリ: 中国

中国と台湾「2つのデモ」が示すもの

2013.01.14

中国広東省の地元紙、『南方週末』の記事が当局に改竄された事件で、中国、台湾双方でさまざまな現象が生じている。異常さを浮き彫りにしたのは、言うまでもなく中国だ。

当局への抗議デモが抑え込まれたり、このニュースを伝えるNHK海外放送のニュース番組が中断させられて画面が真っ黒になったり、あるいは、『南方週末』支持を表明した台湾の女優が北京で予定していた出版記念サイン会が中止にされたり……と、異常事態がつづいている。

一方、昨日のNHKニュースが、台湾でも約7万人(警察発表)が参加したデモが台北の中心部であったことを報じていた。こちらは、大陸とは違って、報道の自由がまだ存在しているだけに、興味深いデモとなった。

それは、最近、進んでいる中国関係企業による台湾のメディア買収に対する抗議デモだったそうだ。台湾の最大野党・民進党が呼びかけ、中国での言論の自由封殺への危機感から、予想以上に盛り上がったものだったという。

デモ参加者の声として、「経済も言論も、中国の顔色を窺うようになっており、恐ろしく思っている」、あるいは「中国にメディアコントロールされている香港のようになってしまわないか心配だ」というものが紹介されていた。

中国共産党のメディア支配、すなわち言論弾圧が海を越えて台湾に波及する懸念を台湾の人たちが持っていることがわかる貴重なニュースだった。

今回の一連の騒動は、スタートしたばかりの習近平体制、そして共産党独裁の実態を全世界に知らしめる絶好のニュースとなったのは間違いない。世界第二位の経済力を誇るまでに急成長した中国が、先進国とは全く異なる価値観の中に「ありつづけており」、そしてこれからも「ありつづける」ということを日本のメディアも、きちんと認識するべきだろうと思う。

日本のメディアは、中国を過度に恐れ、自己規制をおこなうところが多い。テレビ局は特にそうだ。それは、取材の申請など、当局に便宜をはかってもらう時に許可が出なくなるなどの報復を受けるからだ。

そのため、メディアは中国報道には自然と気を遣うようになる。それが次第に中国寄りの報道、すなわち中国のご機嫌を窺うようなものになっていく。

日本のメディアの人たちには、顕著な特徴がある。その「中国寄りの報道」が、「中国人」にではなく、「中国共産党」に好意的なものになっていることに気づいていないことだ。

中国人の大半は、人権を圧迫し、言論や表現の自由もない監視社会をつくり上げている中国共産党「独裁」体制を支持してはいない。早く民主国家に生まれ変わることを望んでいる人が圧倒的に多い。

しかし、日本のメディアには、日中の国交が回復したあの当時の幻想をいまだに抱き、「中国人」ではなく、それを圧迫する「中国共産党」に利する報道をつづけている。

だが、今回のように、中国が民主国家とはかけ離れた国であることを気づかせてくれる騒動が、時々、現われることがある。人権圧迫の実態や今回のような言論・表現の自由が抑圧されるような「わかりやすい」事態が勃発した時だ。

こういう時にこそ、日本のメディアには、「中国共産党」ではなく、「中国の一般の人々」をあと押しする報道とは何か、に気づいて欲しいと思う。

日本の代表的なメディアであるNHKは、中国にかかわるNHKスペシャルなどの力作を放映してくれる貴重なテレビ局だが、これは前述の中国側による露骨な嫌がらせを受ける危険性を持っている。

そのため、今回のようなニュースに対しては、極めて“緊張”しながらの報道を余儀なくされる。NHKの報道を見ていると、今回の問題では「論評」を避け、できるだけ「事実」報道に徹しているように思う。

中東に端に発した2010年から11年にかけての「ジャスミン革命」も、中国ではまったく大きな波とならなかったように、今回の問題も、すぐに終息するだろう。

以前のブログにも書いたが、中国共産党の党員8000万人が、12億の人民を「監視」する体制が完璧にでき上がっている中国にあって、共産党独裁の支配体制を崩すのは、ほぼ「不可能」といっていい。

ジャーナリストが影響力のある「抗議集会」や「住民運動」をやろうものなら、それが体制に影響を及ぼすようなものである時は、すぐに弾圧されて、拘束と拷問が待っている。

ジャーナリスト個人に意見を求めても、「私には何も言えない」「関係がない」という答えしか、公(おおやけ)には言えないのである。監視社会の“網”にかかれば、たちまち、自分と家族の生活、すなわち人生そのものを棒に振ることになるのだから、当たり前である。

住民を監視する共産党の末端組織「居民委員会」をはじめ、どの組織、どの集合住宅(マンション)にも、共産党員が目を光らせている。危ない芽は、“出た途端に”摘まれるのである。

中国と台湾で起こった言論の自由を守るための、ふたつのデモを見ながら、つくづく民主主義を守る根幹が、「言論・表現の自由」にあることを感じる。日本にできることは何か、ということを考えた報道を是非、メディアには期待したい。

カテゴリ: 中国, 台湾

その時、「海上警備行動」か、「防衛出動」かが問われる

2012.10.29

今日は、自衛隊関係者と飲む機会があり、夜遅くまで“談論風発”の一日となった。やはり、話題の中心は「尖閣問題」だった。

中国が、覇権主義を剥(む)き出しにして、尖閣に乗り出し、在中国の日本企業を焼き討ちして、1か月あまりが経った。最近、つくづく思うことは、日本人の「中国」に対する意識は、あれから完全に「変貌を遂げた」ということだ。

なんの罪もない日本と日本企業に対して、暴徒化した中国人民の焼き討ちがをおこなわれ、それに対して「責任はすべて日本政府にある」と言い放った中国政府。さすがの日本人にも、これ以上“日中友好”をつづける必要がどこにあるのか、という劇的な意識変革がもたらされたようだ。

日本では、小学生の子どもですら「中国は危ない」という警戒感、もしくは嫌悪感を抱くようになってしまった。いくら中国を隣人として尊重しようが、肝心の相手には「その気がない」ことがわかったのだから無理もない。

人間、裏切られた感情というのは、容易なことで拭い去ることはできない。中国が、西沙諸島や南沙諸島でおこなってきた同じことを日本に対して突きつけてきた以上、事態はすでに「次のステップ」に入ったと見るべきだろう。

次のステップとは、言うまでもなく「尖閣有事」である。焼き討ち事件以来、中国では、反省どころか、中国の公船による領海侵犯が度々、起こっており、もはや両国の局地紛争はいつ起こっても不思議ではない状態となっている。

海上保安庁では対処できない中国の監視船、あるいは軍艦、さらには膨大な数の中国漁船……等々が、どういう形で尖閣に姿を現すのか。

実は、その時、日本は海上自衛隊が「海上警備行動」をとるのか、それとも、「防衛出動」となるのか、それすら決まっていない。

海上警備行動とは、防衛大臣が海上における人命や財産の保護をはかるために特別の「必要」があると判断した場合に命ぜられるものである。

これはあくまで海上保安庁の対応能力を超えていると判断された時に防衛大臣によって発令されるものであり、適用されるのは、「自衛隊法」ではなく、「海上保安庁法」、もしくは「警察官職務執行法」である。

つまり、海上保安庁、もしくは警察の代わりに、自衛隊が、その「職務の執行をおこなう」わけだ。だが、これをめぐって今、防衛省では、議論百出となっているのをご存じだろうか。

議論の中心は、海上警備行動で出ていった場合、極端な話、「大砲ひとつ撃てない」ということである。そもそも海上保安庁では対応できない時に自衛隊が出動するものでありながら、あくまで「治安維持」が前提である以上、自衛隊の艦船が大砲をぶっ放すことは「許されない」のだ。

すべて相手の出方次第という「手足を縛られた状態」で出ていくのが「海上警備行動」である。私は、命をかけて現場に出動する自衛官たちの心情を思うと、たまらない。言いかえれば、交戦権のない状態で紛争地帯に現れる自衛官たちほど哀れなものはない、ということだ。

では、「防衛出動」は、どうか。これは、総理大臣にしか発動できる権限はなく、防衛大臣の一存では、どうにもできないものだ。日本に対して、外部からの武力攻撃が発生した事態が認められた場合、そして「日本」を防衛するため必要があると認める場合にのみ、「防衛出動」が可能だ。

しかし、それでも「自衛権」を行使することはできても、「交戦権」は認められていない。そんな中で、自衛官たちはどう行動するのだろうか。そして、がんじがらめの中で、自衛隊の艦船はどう出動し、どう対応するのだろうか。

私は法律の不備を痛感すると同時に、性善説にのみ基づいた日本の戦後の「社会」や「法」のあり方に、やはり思いを致さざるを得ない。

来たるべき尖閣有事で問われるのは、戦後日本が歩んできた「偽善の歴史」に対する総括なのではないだろうか。私は今日、自衛官たちとの議論を通じて、そんなことを感じていた。


カテゴリ: 中国, 国際

「真の友好」をはき違えてはいけない時代

2012.09.30

昨日9月29日は、田中角栄と周恩来によって日中共同声明が出され、日中両国の国交が正常化された40周年の記念日だった。

だが、皮肉にも、記念の式典は中止され、日中関係はこれまでで最悪の事態に陥っている。いよいよ新しい日中関係を構築しなければならない時代が来たことを痛感する。

私は「真の友好をはき違えてはいけない時代が来た」ということを感じている。同時にここのところの一連の報道を見ながら、違和感を拭えないでいる。

尖閣をめぐる中国との関係悪化で、多くの中国関係の専門家がマスコミに登場し、さまざまな論評を展開しているが、私は彼らの話に納得ができないのである。

「大局的な観点」から「日中の友好を促進」し、もう一度「冷静になって」お互いを「理解しあおう」というのが、彼ら中国の専門家たちの主流となっている意見だ。そもそも日本政府がそう言っているのだから、専門家の意見がそうなっていくのも無理はない。

しかし、私は、これはまったく「逆」だと思っている。究極的に「日中友好」を目指すことに異論はまったくない。いや、そうすべきだと思う。だが、専門家たちが仰るようなことをすれば、日中関係は「良好」になるどころか、むしろ、今後も「悪化」することは確実だと私は思っている。

いま日本と日本人がおこなわなければならないことは、「それでも相手を理解しようとする」ことではない。暴徒化し、略奪や放火をおこない、莫大な被害を日本企業にもたらしたデモ隊の「刑事犯罪」と、それを許した中国政府に対して、毅然とした「怒り」を示すことだと思う。

それは、日本人が東京で駐日中国大使館に向かってデモをしろ、ということではない。ただ、国際社会が呆れ果てたあの中国の「不法行為」を、日本と日本人は「許さない」ということを明確に示すことである。

言いかえれば、あらゆる手段を講じて、中国の刑事犯罪に対して「経済的対抗手段」をとることだ。もちろん、これには多くの犠牲が伴う。企業の利益が失われ、破綻する日本企業も出てくるだろう。

それでも、私は「真の日中友好のために」これを今こそ、おこなわなければならない、と思う。なぜなら、繰り返される中国による日本と日本企業への攻撃は、日本を「甘く見ている」、言いかえれば「舐めている」から起こっていることだからである。

日中国交正常化以降の40年間、日本は中国に対してあらゆる譲歩をおこなってきた。巷間、伝えられているように、対中ODAは総額で「3兆円」という気の遠くなる額に達している。人民元で換算すれば、2000億元をはるかに超える想像を絶する金額だ。

だが、中国の人々はそのことを知らない。私は、1980年代初めから訪中を繰り返しているが、そのことを知っている中国人はほとんどいないし、そのために感謝の言葉を伝えられた経験もない。

要するに、日本国民の税金は、日中友好のためには何の効力も発揮せず、逆に中国が発展途上国に出す資金援助の“原資”となり、中国がその国から感謝され、勢力範囲を広げるための“武器”となってきたのである。

日中の真の友好をもたらすためには、「大局的な観点からお互いが理解しあおう」などということではなく、毅然とした「対抗措置」を講じることが重要だと言う理由のひとつは、そこにある。

中国の指導者層には、「日本には、“歴史認識問題”さえ持ち出させば、どうにでもなる」という揺るがない考え方がある。日本には自分たちの意見を広く日本中に流布し、中国共産党の機関紙かと見紛うばかりの新聞も存在するので、彼らがそう思うのはある意味、当然だろう。

この40年間の日中関係を見てみると、それがよくわかるはずだ。一部の政治家とマスコミの主導によって、日本はどんな理不尽な歴史問題を突きつけられようと、ひたすら従順に「資金提供」と「技術協力」をおこなってきた。

それは、「踏まれても ついてゆきます 下駄の雪」という都々逸にあるような情けない姿でもあった。では、これが日中関係に果たして「功を奏した」だろうか。

結果としてもたらされたのは、日本は舐められ、「どうにでもなる国」と判断され、暴徒化したデモさえ「止めてもらえない」対象の国になり果てたのである。

いま中国に進出している日系企業は2万社を超えている。そこで働いている中国人は、ほぼ東京都の人口に匹敵する。1000万人をはるかに超える中国人が日系企業とその関連の職場で働いているのだ。

それをもとに、日系企業は、いまや世界の市場となった中国で、実に30兆円を超える売り上げをあげている。日中の貿易総額も27兆円という膨大な額に達している。

日本にとっても中国が欠くべからざる国であるということを示すこの数字は、逆にいえば、中国にとって、日本を敵にまわしたら、取り返しのつかない事態に陥ることも同時に示している。

日本が本当に怒って、中国からインドや東南アジアに完全に経済をシフトし始めたら、果たしてどうなるだろうか。まず考えられるのは、上海の株式市場の暴落である。言うまでもなく、これによる日本の経済的な打撃は測り知れない。

日本の株式市場も暴落するだろう。しかし、どちらの打撃が大きいかと言えば、それは中国の方だ。貧富の差は開く一方で、資本主義型共産党独裁体制下にある中国は、年間18万件という暴動を抱える政情不安の国でもある。

不満を抱え、これから内陸部の発展も進めなければならない中国が、最大の経済的パートナーである日本が「距離」を置き始めたらどうなるだろうか。

中国は功利主義に支配された国だ。よく面子を重んじる国と専門家が言うが、それより強いのは功利主義である。不利だということをわかっていて、つまり自分が多大な損を被ることをわかっていながら、利益より面子を追う国ではない。

お互いがお互いを尊重しあう真の意味の「友好」を築くためには、日本はそこを見誤ってはならない。つまり、これまでおこなってきた「下駄の雪」方針をつづけるのではなく、日本はあなたたちを「許しませんよ」ということを明確に、そして毅然と示していくことが重要だ。

レアアース問題が、そのための絶好の参考例となるだろう。2年前、中国漁船が尖閣で海上保安庁の巡視船に体当たりしてきた事件に端を発して、世界のレアアースの90%を生産する中国が日本への輸出を見合わせて、事実上の“制裁”に入った。

この時、日本は、商社が中心になって世界中でレアアースの生産と確保に乗り出した。中央アジアや南米、北米などに突破口を見出そうと日本の商社マンが世界中を走りまわった。

これに慌てたのは、中国だった。最大のお得意先の日本がほかにシフトし始めたために、つり上げたレアアースの価格が足枷になり、販売戦略に異変が生じてしまったのだ。今や、日本はレアアースの供給先を“中国以外”に求めているため、この問題に関する日中の力関係は逆転してきている。

この例が示すのは、日本が中国に対して毅然とした姿勢を示し、あなたたちの横暴は決して許しませんよ、ということを伝えることができれば、彼らは自然と態度を変えてくるということである。

好むと好まないとにかかわらず、日本は、中国と長くパートナーとしてこれからもつき合っていかなければならない。その時、今のような関係をつづけることは、決して「両国のために」ならないのである。

中国には、国際ルールとは何か、そして、自分たちの要求が絶対に通じるなどということが、いかに「幻想」に過ぎないかを知ってもらわなければならない。そのことを教える経済力を持つ国は、日本しかない。

気に障ることがあれば、その国の企業を焼き打ちするような行為は絶対に許されないことを中国と中国人には知ってもらう必要がある。中国の覇権主義にさらされている周辺諸国は、日本にその役割を期待している。

いま日本に問われているのは、そのための「臥薪嘗胆」である。すなわち我慢比べに耐える気概だ。毅然とした姿勢を中国に示し、その先に「真の友好」があることを日本人は、知るべきだと思う。

アジアの国々が、それを日本に期待していることを、今こそ政治家もマスコミも肝に銘じるべきだろう。

カテゴリ: 中国

センス欠如の野田政権と“暴徒の国”

2012.09.18

さすがに中国当局も危機感を感じたようだ。このままいけば、どこまで暴徒化が広がるのか、心配になったのだろう。

注目の“九一八事変”の今日、さすがに中国政府は、反日デモの暴徒化を封じ込んだ。だが、今回の一連の反日デモの凄まじさは、文革時代の「造反有理」が今もこの国でまかり通っていることを全世界に知らしめた。

気に入らないことがあれば、器物破損、住居侵入、果ては大規模な略奪まで、中国では今も「当たり前」であり、「許される」のである。これほどの犯罪をおこなっても、それを黙認する国家が、国連の常任理事国として現に君臨していることは、ある意味、恐ろしい。

中国に投資したり、中国と商取引をする者は、この国の特殊性を「よくよく考えてからにしなさい」とニュース映像は世界中に告げている。“カントリーリスク”を心の中によく銘記した上で、腹を据えてこの国とは「つきあえ」ということだ。

覇権主義の中国がこのまま際限なく力を持ちつづけたら、いったいどうなるのか。今や世界中の知識人の大きな懸念材料であることは確かだ。

私は、中国には1982年以来、数え切れないほど行き、友人も数多くいるが、それでも、最近の中国に行くことには、どうしても二の足を踏んでしまう。

ちょうど今日、東京在住の古い中国の友人から電話があった。「あれ(デモに映っている人)は、本来の中国人ではない。出稼ぎの人たちがほとんどだ。今の世にあんなことが許されることが信じられない」。彼はそう嘆いた。

東京暮らしが長くなった彼の奥さんも、同じ中国人として「恥ずかしい」と頭を抱えているそうだ。それと共に、野田首相が胡錦濤国家主席からAPECで「(尖閣の)国有化は許さない」と言われた2日後に国有化を閣議決定して国家主席の面子(めんつ)を潰したやり方にも呆れていた。

「政治には、センスが必要だ。これほど無防備な政権は考えられない。松下政経塾の人は、頭こそいいかもしれないが、政治センスはまるでない。よりによって、なんでこんな最悪のタイミングを選んで閣議決定したんだ」。反日デモのひどさに怒りながらも、この中国の友人は、今の日本の政権にも腹を据えかねているようだ。

東京都に尖閣を買い取らせ、船だまりや駐留施設も都につくらせた上で買い取ればいいものを、たしかに「何から何まで」センスのない政権というほかない。

しかし、今回のことでひとつだけ明らかになったことがある。それは、当ブログで何度も書いてきたように、尖閣を守る、つまり中国から「領土を守る」には生半可な覚悟ではとても無理だということである。

今回の出来事は、日本にとって、海保の増強と法整備が、なにより急務であることを冷徹に日本国民に伝えている。

カテゴリ: 中国

満洲国建国80周年「9月18日」に何が起きるか

2012.09.15

9月18日が近づいている。今年の9月18日は、のちの歴史から見ても“特別の日”になるかもしれない。

そもそも中国にとって、9月18日は特別な日だ。彼(か)の国では、“九一八”と言えば、屈辱の日、反日の日である。満洲事変が勃発した1931(昭和6)年9月18日を心に銘記するために、毎年のように日本を糾弾するイベントやデモがおこなわれ、屈辱を忘れない「日」としてきた。。

満洲国は、中国では「偽国」もしくは「偽満洲国」と呼ばれる。満洲国は、この九一八事変の翌年、1932(昭和7)年に成立し、日本の敗戦と共に消滅した。地球上に13年間だけ存在した国家だ。

その屈辱を忘れず、中国は、この日を一大イベントとして扱ってきた。江沢民以後の徹底した反日教育によって、それは加速された。反日教育で育った世代は、今や30代になり、それ以降の若き中国人は、ほぼ「日本が憎い」ということが共通の価値観になってしまった。

だが、そんな中でも今年の9月18日は特別の日になりそうだ。今、尖閣諸島を日本政府が買い取ったことをめぐって中国で日本人への“襲撃”が相次いでいる。日本人というだけで殴られたり、あるいはラーメンをぶっかけられたり、さまざまな出来事が中国各地で起こっている。

いよいよ大船団を組んで尖閣に中国の漁船が監視船の「護衛付き」でやって来る日が刻々と迫っているのである。その候補日のひとつが、9月18日だ。

考えてみれば、今ほどの機会はめったにあるものではない。中国はこの10月に、第18回共産党大会を控えている。共産党の指導者9人のうち、胡錦濤総書記をはじめ7人が引退し、習近平副主席が共産党総書記の座に就くという実に10年ぶりのダイナミックな政権交代の時期だ。

胡錦濤総書記が最後に「何か」をやろうと思えば、まさに絶好の機会なのである。李明博・韓国大統領が急に竹島に上陸をしたり、天皇に対して非礼な言動をおこなったり、あるいは、日本政府からの親書を受け取りもせず、突き返すような外交上考えられない行動をとることができたのも、すべて政権を降りる直前だからだ。

さらに、「尖閣は日米安保の適用範囲内」と明言したアメリカが、今、日本のことにかまっておられるような状態ではない。中東で勃発した大使館・領事館への暴徒の襲撃・テロ事件の対応に追われ、オバマ大統領もアメリカ国民も、目は中東にしか向いていない。

一方で日本は、民主党が代表選、自民党は総裁選という“政治空白期”だ。そんな時が時だけに、自衛隊の緊迫度は、最大に高まっている。海上保安庁の巡視船だけで中国の監視船つきの大船団を阻止できるはずもなく、自衛隊に「海上警備行動」の要請がなされる可能性がある。

しかし、自衛隊が出ていけば、当然、中国も黙っていない。中国海軍が「前面に出てくる」ことになる。その時、お互いの国家の威信をかけた最前線は、いったいどうなるのだろうか。

石原信晃・自民党幹事長が「尖閣には誰も住んでいないから、中国が攻めてくることはないですよ」などとテレビで公言したのは、わずか4日前だが、事態はそんな甘いものではない。

いま日本人は「覚悟」を問われている。平和ボケした戦後の歴史そのものが問われていると言ってもいいだろう。いうまでもなく、中国への旅行やイベントを予定していた人はすべて取りやめ、また中国に進出している企業は厳戒が必要だ。

中東で起こっている相次ぐ襲撃事件こそ、わが身に起こることを覚悟して9月18日を迎えなければならない。彼の国が、野田首相が言うように「大局的観点」に立って、共に良好な関係を育てていこうとするつもりが毛頭ないことはすでに明らかになっている。

求められているのは、私たち日本国民の覚悟であり、それに対する準備であり、毅然たる姿勢にほかならない。それが示されてこそ、その先に両国がお互いを認め合う謙虚な姿勢が生まれていくことを私は信じている。

カテゴリ: 中国, 政治

問われている日本国民の“覚悟”

2012.08.20

昨日の尖閣への日本人上陸問題を報じる日本のマスコミの姿勢に私は驚いた。テレビ朝日が、「魚釣島に日本人上陸 軽犯罪法に抵触も……」と報じたのにつづき、次々と、あたかも上陸した日本人が「悪事をはたらいた」というニュアンスを色濃く滲ませて各メディアが報じていた。

上陸はしなかったものの、同行していたタカ派で知られる山谷えり子議員まで「正当化できるものではないかもしれないが、気持ちはわかる」とコメントしているようすもテレビに映し出されていた。

日本の固有の領土に日本人が行くことに対して、あたかも犯罪であるかのように報じ、国会議員である山谷えり子氏ですら、「正当化できるものではないかもしれないが」というコメントに表われる程度の認識しかないことに私は驚いた。

私は、この国には、マスコミを筆頭に国民の生命と財産、そして領土を守る、という基本の態勢が整っていないことを、改めて認識した。

北方領土、竹島、尖閣は、歴史的・学術的にも日本の固有の領土である。しかし、現状はどうだろうか。なぜ、その固有の領土がここまで攻め込まれなければならないのか――多くの日本人がそう感じているに違いない。

しかし、この日本のマスコミを含め、政治家たちの姿勢を見れば、生き馬の目を抜く国際社会の中で、むしろ「攻め込まれる」のが当たり前かもしれないと思う。

中国は、南沙、西沙諸島でベトナム、フィリピンとも一触即発の状態にある覇権国家である。今後、中国の膨張政策は、アジア各地でさまざまな紛争のもとになり、「尖閣」はもちろん、その次は「沖縄」へも進んでいくことが予想されている。

日本が望むと望まないとにかかわらず、中国は日本の領土への侵略を進めてくる。その中で“最悪の事態”を避けるためには、日本が「毅然たる姿勢」を示し、これ以上、進めば、「大変な事態になるぞ」という断固たる意志を相手にわからせ、将来の“最悪の事態”を回避しなければならない。

だが、日本では、政治家も、マスコミも、 “北京詣で”を繰り返し、北京政府の意向を窺うものばかりだ。一昨年の尖閣ビデオ問題でもわかったように、相手方がどんな違法行為をおこなっているかを政府が隠し、マスコミも報じないため、海上保安庁の一職員がそれを“公開”し、結果として「職場を追われたこと」が思い出される。

今回も香港の活動家が警備にあたっていた海上保安庁の巡視船にコンクリートを投げるなど、極めて悪質で暴力的な公務執行妨害がおこなわれたとされるが、国民はその実態を見ることができない。

その上で、国外への強制退去という“大甘処分”によって、中国側はさらに日本の弱腰姿勢を確信し、北京政府のお墨付きをもらった“官製”反日デモが中国各地で起こっている。

3年前に“友愛”を掲げて発足した民主党政権は、鳩山由紀夫から菅直人、そして野田佳彦の各氏へと首相は代わっても、アジア各国から舐められ、紛争の火種が広がるばかりだ。

私は前述のように、日本が「毅然たる姿勢」を示し、これ以上進めば、「大変な事態になるぞ」という断固たる意志をここでわからせなければ、本当に大変な“最悪の事態”が来ることを懸念している。

国際社会では相手をつけ上がらせたら、その増長は際限なく広がることは常識だ。では、相手を増長させないためには何をすべきか、そのための知恵を絞らなければならない時に、日本のマスコミは、日本人が日本の固有の領土に上陸したことをあたかも“犯罪”であるかのようにしか捉えていないのである。

「日本」を危うくしているのは、政治家たちだけでなく、マスコミであることを痛感する。8月16日付のブログでも書いた通り、マスコミを覆う「自己陶酔型シャッター症候群」のために、やがて日本国民は大きな損害を受けるに違いない。そのことが私には情けない。

遠からず海上保安庁の警備では“防御”できない事態がくる。その時、自衛隊による“海上警備行動”が要請されるだろう。これは、人命もしくは財産の保護、治安の維持のために自衛隊が出動するものだが、この時、中国海軍はどう出るのか。

そんな事態に至らせないために、日本は早く“毅然たる姿勢”を示さなければならない。決して、相手に日本を「舐めさせてはならない」のである。

たとえば、暴力行為に関しては、不法行為のビデオも即座に公開し、強制退去ではなく、きちんとした刑事事件として立件し、罪に服させなければならない。

もちろん、中国は報復行動に出るだろう。中国にいる日本の駐在員や旅行者には、その報復行動に対する覚悟が必要になる。「領土」と「平和」を守るためには、“譲歩”ではなく“毅然たる姿勢”、そして“覚悟”が必要であることに、政治家やマスコミだけでなく、国民全員が気づかなければならない。

カテゴリ: マスコミ, 中国

望まれる中国の「民主化」

2012.05.13

今日の産経新聞に、アメリカへの亡命が容認された盲目の人権活動家、陳光誠氏(40)の甥(陳克貴氏)が故意殺人容疑で逮捕されたことが報じられている。

陳光誠氏の脱出に気づいた中国当局者3人が4月26日夜、甥の陳克貴氏の自宅を急襲し、両親を殴打し始めたため、陳克貴氏が身を守るために刃物で切りつけ、ケガを負わせたのだそうだ。

逮捕容疑は、その当局者に対する「故意殺人容疑」である。あきらかに正当防衛で、しかも死んだ被害者もいないのに、最高刑の「死刑」が適用される可能性があるこの容疑で、甥を逮捕したところが恐ろしい。

明らかに人権活動家・陳光誠氏への当局による報復行動といえるこの問題をフランス通信(AFP)も熱心に報道している。それによれば、弁護士も中国当局の妨害によって、甥に接触できていないという。

重慶市の元トップ・薄煕来氏(62)の失脚・逮捕劇も世界を唖然とさせている。自分たちの前に権力をふるっていた文強・同市公安局副局長を暴力団との癒着を理由に逮捕し、一昨年7月に処刑した薄煕来氏は今、自分がやったことと同じ「極刑」が待っているのではないか、と恐々としているという。

中国が人権と民主主義とは無縁の国であることは自明だが、一連の動きを見ていると、この国が共産党独裁政権を維持しようとするかぎり、多くの犠牲がまだまだ出てくることを感じる。

中国は、尖閣諸島で日本への揺さぶりを繰り返しているが、ベトナムやフィリピンとの間でも南沙・西沙諸島で一触即発の状態がつづいている。

東アジアの中で、中国と北朝鮮という2つの全体主義国家が「民主化されるかどうか」は、私たち日本人にとっては、実は自らの「生存」のためには、最も大きな問題と言える。

だが、北京政府の機関紙と化したかのような大新聞や、中国への批判はタブー中のタブーとするテレビ局などが目白押しで、ひたすら、へりくだり、膝を屈して北京詣でを繰り返す政治家もあとをたたないのが日本の有り様だ。

日本は、アジアの民主主義国のリーダーとして毅然と歩まなければならないことを、毎朝、ニュースに接するたびに感じる。

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中国人との談論風発

2011.01.11

今日は夕方、コメンテーターとしてテレビ出演(TBS「Nスタ」)したあと、古い中国人の友人が西新宿の事務所を訪ねて来てくれた。さっそく「新年会」となった。

談論風発で、時間が過ぎるのを忘れていると、気がついたら夜中になっていた。話は、中国現代史の秘話から日本のマスコミの現状に至るまで、さまざまな分野に及んだ。

先週発売になった「Voice」(2月号)の拙稿『根本博外伝』の取材でも彼にはお世話になった。中国現代史に関して“生き字引”ともいうべき古い友人だけに、途中から、大学で中国文学を学んでいる愚息まで新年会に参加。大いに盛り上がった。

中国人の本音は、本当に親しくならなければ聞くことはできない。そして、その本音を知ってこそ、さまざまな論評も説得力を持つようになる。

望むと望まないとにかかわらず、今年、ますます国際社会の注目を浴びるのが中国である。劉暁波の問題を語るまでもなく、自由と民主主義とは無縁の大国・中国が周辺諸国との軋轢をどこまで深め、それにどう対処していくのか。日本にとっても重い課題だ。

アジアのみならず、世界中がそのことに注目している。本音と建前を使い分ける中国のしたたかさに今年も振り回される「1年」であってはならないと思う。

中国の友人との議論は、いつもエキサイティングだ。菅内閣にも、中国と本音をぶつけ合うことのできる「ルート」は、果たして存在するのだろうか。ふと、そんな不安が私の頭をよぎった。

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まず胸のバッジをとってから始めよ

2010.10.30

民主党議員の間から「前原批判」が湧き起こっているというニュースを聞いて、わが耳を疑った。

中国が昨日、ハノイでの日中首脳会談を拒否したことに対して、中国に対してではなく、前原外相に対して「批判の声が向けられている」というのだ。

民主党議員には、ただ“若さ”や“見栄え”だけで候補者として選ばれ、人生経験も乏しく、哲学や政治理念なども確立していない書生のような議員が多い。

「国益とは何か」ということすら勉強していない小沢チルドレンたちが国会を闊歩していることは周知の通りだ。

しかし、国際社会の無法者として世界中が懸念している中国が勝手に日本との「首脳会談を拒否した」ことに対して、あろうことか日本側、特に前原外相に非難の矛先を向けている、というのである。

いくら民主党内の権力抗争があるとはいえ、「中国側に呆れる」のではなく、拒否された側の「前原外相を批判」しているというそのニュースを聞いて、私は昨年12月のある光景を思い出した。

中国の胡錦禱国家主席に「謁見」を賜るべく143人の民主党議員が大挙して小沢氏の引率の下、北京詣でをおこない、“1人15秒”という時間制限つきで胡錦禱に握手と記念撮影をしてもらって嬉々としていたあの光景だ。

日本の選良たる立場などどこかに吹っ飛び、他国の“皇帝”に膝を屈して謁見を許されるサマを見て、多くの見識ある日本人は「言葉を失った」ものだ。

今日のニュースによれば、民主党からは、「ビデオの公開を決めたからだ。シナリオを立てずにやるからだ」「日中両国のために前原はつぶした方がいいというメッセージじゃないか。中国に言われてすぐに辞めさせるのはよくないが、前原が外相をやるのは無理だ」という声が満ちているそうな。

彼らはどこの国の議員なのか。日本の国会議員が「何を守るために」国会で議席を得ているかどうか、その根本すら知らないことに背筋が寒くなってくるのは私だけだろうか。

21世紀の国際社会が先行きを危ぶむ「覇権国家中国」の存在。彼(か)の国の利益のために働きたいなら、まず民主党議員には「胸のバッジ」をとってから始めてもらいたい。

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国会で暴露された驚愕発言

2010.10.18

今日(18日)の参院決算委員会で弁護士仲間だった丸山和也参院議員(自民)に暴露された仙谷由人官房長官の“言葉”は実に興味深い。

中国人船長が処分保留で釈放された直後、丸山氏が仙谷氏と電話で意見交換した際、「船長は訴追され判決を受けてから送還なりをすべきだった」と丸山氏が意見したのに対し、仙谷氏は「そんなことをしたらAPEC(アジア太平洋経済協力会議)が吹っ飛んでしまう」と述べたという。

APECは11月に横浜市で開かれるが、ここに中国首脳の出席がなければ、会議自体が吹っ飛ぶという懸念のために「船長を釈放した」ともとれる発言を仙谷氏がしたというのである。

さらに丸山氏が「釈放は国家の大きな損失。日本は中国の属国になっていくのではないか」と言うと、仙谷氏は「属国化は今に始まったことではない」と答えたという。

驚愕の証言である。国民が注視する国会審議の中で暴露された話だけに、唖然とした国民は少なくあるまい。仙谷氏ご本人は「健忘症なのか、そのような発言をした記憶がない」と必死に防戦に務めたが、この仙谷氏の奇妙な逃げ方が、丸山氏の発言の信憑性の方を高めている。

特に、私が注目するのは、「(中国への)日本の属国化は今に始まったことではない」という仙谷氏の発言である。

これまでひたすら中国や韓国への「謝罪」に突き進んできた仙谷氏は、「日本が(中国の)属国化している」ことをとうに認識し、いや「それを前提にしていた」ことになる。

この発言を考えれば、彼のこれまでの行動はすべて合点がいく。菅・仙谷という現政権の中枢自体が、元市民運動家や元全共闘活動家という、いわば“反日日本人”によって占められていることはこれまでも当ブログでも指摘してきた。

もともと日本が嫌いで嫌いで堪らない人たちなのだから、日本の国家としての「主権」を主張したりすること自体に、拭いがたい嫌悪感をお持ちなのだろう。

民主党は外国人参政権問題にも積極姿勢を見せている政党だ。彼らにいつまでも政権を担わせ、これが実現でもしようものなら、中国人の意見に左右される地方議会が遠からず現れることになる。

日本の中国への属国化は仙谷氏が“望む”通り、今も着々と進んでいるのである。

カテゴリ: 中国, 政治

“タブー”への脆弱さ

2010.10.08

中国で服役中の民主活動家、劉暁波氏(54)に今年度のノーベル平和賞受賞が決まったこの日、中国政府のとった態度は世界を驚かせるに十分だった。

露骨な不快感の表明と、ノルウェー政府への中国外交官の圧力の事実。以前から当ブログでも指摘している通り、中国の“異様さ”が、平和と民主主義を希求する国際社会の理想からいかにかけ離れているかを示している。

中国にとっては、ダライ・ラマの受賞(1989年)と共に、国家の“非民主性”が世界に向かって改めて宣言された事態だった。21世紀の国際社会における最大の懸念材料・中国の「真実」があちこちで明らかになっているのである。

それにつけても、私は、尖閣問題でこの中国政府に譲歩した菅政権の脆弱さを思う。媚びた笑いを浮かべて600人の大訪中団を組織して胡錦涛国家主席に“謁見”した小沢一郎氏の例を俟つまでもなく、民主党には毅然とした中国観を持つ人が決定的に少ない。

一国の政権を担いながら、中国の本質もまるで知らず、尖閣の“体当たり船長”を釈放すれば「コトが決着する」と考えていたのである。

民主活動家を平気で「国家政権転覆扇動罪」で懲役11年で監獄にブチ込む国が、領土問題で日本に牙を剥く時、国家の領袖たる菅直人氏はどう対処するのだろうか。

もはや怖いものを知らない中国が、いつ何をやってきても不思議はない。そんな中で、さまざまな事態に菅政権はどうするのか。そのためのシミュレーションと覚悟は、できているのだろうか。

強いものには尻っ尾を振り、きれいごとに終始し、うわべの正義だけを求めてきた戦後ニッポン。政府もマスコミも、強大な“タブー”に対しては、ただヘラヘラと媚びた笑いを浮かべてきたが、しかし、それだけでは国民の生命と財産、そして領土を守ることができなくなっていることを認識しなければならない。

カテゴリ: 中国

海洋国家としての「覇権」

2010.09.29

今日は次作の打ち合わせで午前中に日本橋へ、午後からはラジオ出演があり、夕方は中国の友人が訪ねてくるので、事務所に戻ってきた。

中国の友人との話題は、当然、今回の日本政府の失態についてだったが、彼は中国人だけに「中国は今回、本気でやってないよ。本当に怒ったら、こんなものでは済まない」と言う。

というのも、「尖閣に向かおうという活動家たちの船の出航を、当局はストップしている」とのことで、さらには、中国国内で「日本に対する活動家による抗議デモのようすを一切、中国のメディアに報じさせていない」のだそうだ。

しかし、中国にとって今回のことはかなり本気だったと私には思える。西沙諸島や南沙諸島でのベトナムやフィリピンとのトラブルなど、中国の海洋進出の“本気度”はかなりのものだ。日本にどういう態度を示せば「どうなるか」ということを、今回、中国は見事に見極めることができたのである。

今年は“海洋国家”としての中国にとっては、「特別の年」であることを知る人は少ない。世界で初めて「大航海」をやってのけたのは、宦官でもあった明代の鄭和という武将である。

彼は、長さ120メートルはあろうかという巨大な木造船に乗って中国を出発し、アフリカ東海岸にまで大航海をおこなっている。ヨーロッパが大航海時代を迎える70年も前のことである。

ビタミン不足で脚気になるのを防ぐために、船の上で農作物をつくりながら、航海をおこなったと伝えられる。そのために農民まで乗りこませて、万単位の人間が参加する大船団での航海だったのだ。

その鄭和の大航海以来、今年はちょうど「600年」の記念の年なのである。再び中国が海洋国家として世界に冠たる存在になるかどうかの「節目の年」とも言える。

中国が軍事上、対米防衛線として規定している「第一次列島線」「第二次列島線」は、逆に言えば、中国海軍がいかに外洋へと展開しにくい致命的な地理的なハンディを背負っているかを表わしている。

さまざまな面で中国の“海の覇権主義”が表面化してきている。それは鄭和の大航海という記念の年に中国が海洋国家として覇権を求め、「生まれ変わる」という宣言でもある。

カテゴリ: 中国

中国共産党「謀略工作」の歴史

2010.09.26

衝撃の中国船船長の釈放から3日。さすがに中国のその後の反応を見て民主党の面々も「しまった」と思っている向きが多いらしい。理想論だけでコトが進むと思っている“お子ちゃま政党”には珍しいことだ。

問題の幕引きどころか、謝罪と賠償を要求するという出方に政府首脳はショックを受けているのだそうだ。しかし、中国が、船長釈放という“外交的勝利”を国の内外にアピール&利用しないはずはなく、熾烈な外交の世界を“性善説”で捉えている民主党のお子ちゃま議員たちに「せめて国際政治の基本を知っておきなさい」と言いたくもなる。

それにしても思い出すのは、昨年12月、国家元首でも首相でもない、中国の習近平を宮内庁内部の取り決めである「1か月ルール」まで破って天皇に会見させた小沢一郎氏のことである。

その直前に、小沢氏は、「長城計画」と称して民主党の国会議員団およそ143人を含む600人を引き連れて訪中し、一人一人の民主党議員が胡錦禱国家主席に握手をしてもらい、記念写真を撮らせてもらったのである。

中国共産党の謀略工作については、これまでも当ブログで何度も取り上げてきた。社会党や共産党といった野党にしかパイプを持たなかった中国は今から50年以上前、「このままではまずい」と自民党幹部への接触・工作をスタートさせた。

分析の結果、自民党の当時の有力者・松村謙三を“落とす”ことに狙いを定めた中国共産党は、松村を徹底的に調べ上げ、松村が「蘭の花」に目がないことに注目し、わざわざ中国に蘭の協会を立ち上げて訪日団を組織、松村への接触をはかったのである。

以後、蘭のプレゼントや人的交流によって松村を親中派に仕立て上げていった中国共産党は、これを突破口に自民党の中枢に工作の手を伸ばしていった。

旧田中派(竹下派)は完全に中国の工作対象となり、若き日の小沢一郎氏も親分の田中角栄の下で、しっかりと中国にパイプを築き、「資格のない中国の要人」でも、ごり押しで天皇にまで会見させるぐらい中国のために「ひた走る」政治家となったのである。

日本の領土の「主権を放棄」した民主党政権は歴史に汚点を残したが、さて、これから尖閣が自分たちの領土であることを既成事実化させるために、中国はさまざまな方策をとってくるだろう。

謝罪・賠償要求もその一つだが、中国漁船が尖閣周辺に跋扈し、やがては韓国が竹島(独島)を勝手に事実上の“領有”をしているように、中国も「強硬手段に出てくる」ことはほぼ間違いない。

可哀相なのは、尖閣周辺で中国にいつ拿捕されるかわからなくなった沖縄の漁民たちである。自国の領土・領海内であるにもかかわらず、命がけで漁をおこなわなければならなくなったのだ。

一度譲歩したら外交は「つけこまれる」だけである。それは国際社会の「常識」でもある。そんなことも知らない政党に「政権を任せている」日本国民は自らの愚かさを反省するしかない。しかし、だからといってこれに代わるべき政権もなく、日本人の不幸はまさにそこにある、と言える。

あっちこっちの国と“領土問題”を抱え、常に既成事実化によって“領土拡大”をはかる中国の戦略にまんまとしてやられた菅政権。支持率の急落は必至で、いよいよ国会の論戦でも立ち往生させられることが確実だ。

いかに今の政権を担っている政府要人たちのレベルが低いか、論戦の答弁を通じて国民は、肝に銘じるべきだろう。

カテゴリ: 中国, 政治

毅然と生きよ、日本人

2010.09.24

2日続けての徹夜で、文藝春秋の短期集中連載「九十歳の兵士たち」第2回を今朝、書き上げた。午後遅く目を覚ましたら、「中国船船長、処分保留で釈放」のニュースが流れてきた。

驚愕のニュースだ。いくら“市民運動家政権”であっても、日本の固有の領土である尖閣諸島の海域を侵犯し、海上保安庁の巡視船に衝突してきて公務執行妨害を働いた中国船の船長を「無罪放免」したというのだから、これに目を剥かない国民は少ないだろう。

国家の領袖は、国民の生命と財産、そして領土を守るのが使命だ。民主党政権は、その最大使命を“放棄”したことになる。

徹夜疲れも吹っ飛んでしまった。昨年、民主党が政権を握った時、私は「日本という国家の根幹をどこまで揺るがすか」について、ブログで何度も書かせてもらった。

今回の出来事はその懸念通り、日本という国が国家のテイを成していないことを全世界に示した。今後、尖閣周辺海域は、中国漁船が大手を振って闊歩することになる。「圧力をかければ日本はすぐに引く」という前例をつくってしまったからだ。

もともと菅政権は、仙石由人官房長官など“反日日本人”が政権の中枢を抑えている。中国・韓国といった隣国の方が「自国より好きな人々」である。

しかし、主権が侵害されても毅然とした姿勢が貫けない国は、もはや国家とは言えない。長く指摘されてきた日本の“中国の属国化”が、ついに現実の姿として浮かび上がってきたのである。

それにしても、中国人船長を釈放した那覇地検の緊急記者会見には、呆れてしまった。「今後の日中関係を考慮し、捜査を続けることは相当でないと判断した」と、鈴木亨・次席検事が言ってのけたのだ。

おいおい、検察庁というのは、いつから“外交を配慮する役所”になったのだ? お前たちは法を厳正に執行するために権力を賦与された捜査機関ではなかったのか? この驚天動地のコメントは、検察にとって現在注目を浴びている村木厚子冤罪事件の「フロッピー改竄問題」より、よほど罪が重い。

何から何まで狂ってしまった日本。おそらく今回も仙石官房長官の“暴走”の可能性が強いが、それは、おいおい明らかになっていくだろう。

折しも“飢餓の戦場”で命を散らしていった太平洋戦争下の若者の無念について「記事」を書き上げたばかりの日に飛び込んできた驚愕ニュース。このまま「日本が日本でなくなる日」を待つのはあまりにつらい。

毅然と生きよ、日本人。

カテゴリ: 中国, 政治

尖閣問題で何が問われているか

2010.09.17

菅内閣が発足した。さっそく尖閣問題が菅内閣の前途に暗雲を漂わせている。謝罪外交を得意とする民主党政権が、国際社会の「現実」を突きつけられる意味で、中国の強硬姿勢は民主党にとっていい試練だろう。

中国がチベット族やウィグル族に対して長い間繰り返してきた虐殺などの人権侵害行為を見るまでもなく、中国の覇権主義が21世紀の国際社会にとって極めて大きな不安定要因になることは多くの専門家の間で一致している。

中国の果てしない領土的欲望は、どこまで拡大・膨張を遂げていくか、誰にもわからない。しかし、歴史認識問題でひたすら譲歩をつづけてきた日本は、国内に中国の利益のために動く、多くの媚中派の議員や官僚を抱えているのも事実だ。

彼らがマスコミに譲歩を促し、不勉強なジャーナリストたちが中国の微笑外交に騙され、翻弄されてきた歴史がある。

幸いに国土交通相から外相に横滑りした前原誠司氏は、民主党の中にあっては対中国強硬派の一人である。いわば日米同盟の信奉者だ。

民主党政権発足以来、日米関係は冷え込んでいる。しかし、民主党内部で、前原氏はアメリカ政府と気脈を通じている数少ない政治家だ。

「大事なことは日本の国益や主権に添って淡々と、そして厳正に対処すること」と、即座にコメントした前原新外相なら、少なくとも最初から「中国に譲歩」する側にはまわらないだろう。

前原氏は京都大学法学部時代に国際政治学者の高坂正尭ゼミで学び、その後、松下政経塾に進んでいる。国際社会の現実や汚さについては、さんざん勉強してきた学徒である。その点では、前原氏の「外相」横滑りは、菅氏の言う“適材適所”と言えるかもしれない。

日本の国旗を焼き、日本人学校のガラスを投石で割る中国の下品さに日本人は「怯んで」はならない。「淡々と、そして厳正に」を常に外交の中心に据えて毅然とした対処を菅内閣には望みたい。

市民運動家の総理と松下政経塾出身の外相――一見、相容れない二人だが、この際、毅然とした姿勢を貫こうとする前原氏に、大いなるリーダーシップを期待したい。

カテゴリ: 中国

一触即発の朝鮮半島情勢と「中国」

2010.05.25

いよいよ朝鮮半島情勢が緊迫してきた。韓国の李明博大統領が対北制裁措置を発表し、国防白書に「北朝鮮は主たる敵」という文言を復活させることを決定したら、たちまち北朝鮮は「すべての南北関係を断絶する」という宣言で対抗してきた。

いよいよ一触即発である。ここで次の魚雷が「発射」されたら、一気に全面戦争に突入することは確実だ。

韓国の金大中、盧武鉉(ノ・ムヒョン)両大統領が鳴り物入りで実施した北朝鮮への宥和策“太陽政策”がいかに机上における「夢想」に過ぎなかったか、改めて証明されたとも言える。

なぜ魚雷が発射されたのかは不明だが、「金正日の威信が低下し、軍部の暴発を止められないところまで来ている」という観測が案外当たっているかもしれない。

一昨年夏に生死の境を彷徨(さまよ)った金正日が、必死で求心力を保とうとしているのはわかる。しかし、食糧不足が“飢餓状態”にまで発展し、そこにデノミの失敗が拍車をかけ、いよいよ「軍の統制までとれなくなった」と見る方が自然だろう。

かつて日本が戦争への道を突き進んだ経緯を思い出してみる必要がある。東北地方を襲った大冷害と大津波、そして世界恐慌によって、軍部が暴発し、2・26事件をはじめ、戦争にヒタ走った歴史をわが国は持っている。農家での娘の身売りが常態化した末に、若手将校たちは立ち上がった、いや“暴発”したのである。

北朝鮮の軍隊が、飢餓状態の中で規律と秩序を守っていけるとはとても思えない。もともと賄賂が横行し、「カネでなんでもカタがつく」と言われた国だ。とても秩序は維持できないだろう。

だが、ここでポイントになるのは、中国の存在である。中国は、北朝鮮との太いパイプを生かし、これまでこの無法国家を「カードとして利用して来た」経緯がある。

無法者国家・北朝鮮が唯一、言うことを聞くのは中国だ。そして、中国は北を国際社会に対する“カード”として最大限利用してきたのだ。

しかし、そのために多くの北朝鮮人民が犠牲になってきた。脱北した人たちを中国の公安は容赦なく追い詰め、逮捕し、北に送還してきた。

強制送還されれば、殺されるか収容所送りか、どちらかであるにもかかわらず、中国は脱北(亡命)した人たちの人権をまったく無視してきたのだ。

もし、中国が人道的見地から彼らの脱北(亡命)を許せば、金正日の怒りによって忽ち中朝関係は冷え込み、中国は北を「カードとして利用する」ことはできなくなっただろう。

要するに、中国の「北朝鮮カード」とは、脱北者に対する人権圧殺の上に初めて成り立ったものだったのである。

いま話題の映画「クロッシング」は脱北者の悲劇を描いた力作だが、ここでも中国の公安に追い詰められる北朝鮮人民の姿がリアルに表現されている。

この映画を見て、今回の韓国哨戒艇撃沈事件を考えれば、また新たな視点が生まれるに違いない。すべてに優先して、中国に“北朝鮮カード”を手放させる手段を講じなければならないことに気づくのではないだろうか。

まずそこに日・米・韓は、最初のターゲットを置くべきなのである。今は、三国のより緊密な連携が望まれる時だ。

懸念されるのは、国家の安全保障問題の根幹をまるで理解できていない「鳩山総理」その人の存在である。

カテゴリ: 中国, 北朝鮮

台湾よ、どこにいく

2010.05.03

連休真っ只中、東京も初夏らしい季節を迎えている。約1週間の関西取材を終えて帰京した私を迎えたのは、1日中ラッシュアワー並みにごった返している交通機関の大混雑だ。

昨日は、上海万博に関して、台湾の知人から電話をもらった。台湾が中国に呑み込まれつつあることに対する危機感を訴えるものだった。

“中国の一部”としての出展としか思えない「台湾館」の存在を嘆くものだが、それよりも深刻なのは、来年の「中華民国100年記念」に関する話だった。

1911年の辛亥革命による建国からちょうど100年。その記念の年に台湾は、「民国建国百年」という言葉で祝うべきところを、中国に遠慮して「建国」という言葉を使わずに祝うのだそうだ。

代わりに使われるのが、「民国猜彩百年」という言葉である。「猜彩」とは意味がわかりにくい言葉だが、要するに百年を“称賛する”という意味なのだろう。

「建国」百年を謳えないほど、台湾は今、中国に遠慮しているのである。事例はほかにもある。4月上旬に麻生前総理が訪台した折も、同時期に訪れていた上海市長のそれとはまるで違う質素な歓迎ぶりだった。さらに麻生さん一行には「馬総統のことを“総統”とは言わず、“先生”という言い方で呼んでください」と、注文がつけられたという。

つまり、「国」であることを自ら否定するようなことを台湾政府はおこなっていると、この知人は嘆くのだ。氏によれば、「今の国民党は三つに分かれている」という。

中国共産党との第三次国共合作に突き進もうとする勢力と、これに真っ向から反対する共産軍と実際に戦った世代、もうひとつは台湾で独自の道を進もうとする現実路線の人たちだ。

氏の話を聞くと、台湾が果たしてどこまで「自立自存」を維持できるのか、心もとなくなってくる。私の新刊「この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」(集英社)は、60年前に共産軍と戦い抜き、台湾と台湾海峡を守った根本陸軍中将のドキュメントである。

その根本中将らの思いも、やがて無に帰することになるのだろうか。世界にパワーを誇示する中国と、それを象徴的に表わす上海万博。私は、ゴールデンウィークの日本をどんより覆い始めた中国の黄砂を例年以上に重く感じている。

カテゴリ: 中国, 随感

中国“総中流化”の恐怖

2010.05.01

いよいよ上海万博が始まった。人気ナンバー・ワンは当然ながら中国館だが、日本館も待ち時間が3~4時間になるほど人気が高いという。

テレビに映る中国人たちのバイタリティと秩序のなさには圧倒される。今から28年前、初めて中国へ行った時、バスに乗る時の人民の押し合いへしあいに唖然としたことを思い出す。

順番を無視して割り込んでくる姿は今も昔も変わらない。私はニュース映像を観ながら、この中国人が“総中流化”した時の恐怖を思い浮かべた。

「中国人が総中流化したら、地球の資源は食い尽くされますよ」。親しくしている企業人が確信を持って私にそう言ったことがある。

人口13億の中国が、日本人のような中流階層が多数を占めるようになったら、いったいどのくらいのエネルギーを消費するだろうか。CO2やフロンガスの排出など、忽ち世界の半分以上を占めるようになるだろう。

人口12億のインドも猛然たる勢いで経済発展を遂げている。彼らまで今の日本人のような生活水準に達したら、地球は悲鳴を上げるだろう。

私はそんな底知れない恐怖に捉われながら、今日、上海万博開幕のニュースを観ていた。

カテゴリ: 中国, 経済

「上海万博」とは日本人にとって何なのか

2010.04.30

明日、上海万博が開幕する。40年前の大阪万博を思い起こさせる“昇龍”の大デモンストレーションとなるビッグイベントである。

人民元切り上げが噂される中、中国がどこまで経済規模を拡大させるか、世界中が注目している。人民元が切り上げになっても、輸出企業が当初打撃を受けるくらいで、おそらく中国はすぐにこれを克服するだろう。

その背景にあるのは、中国の恐るべき「内需」だ。小さい時には“小皇帝”と呼ばれた「80后(バーリンホゥ)」と呼ばれる30歳までの若者世代が、自信と購買力を兼ね備え、猛然と社会の中心になりつつある。

いや40代も、50代も、巨大な購買層を構築している。「80后(バーリンホゥ)」とは、言葉通り、1980年代生まれの若者を指すが、おもしろいのは、この同じ世代の日本の若者は、バブル崩壊以後の「ロストジェネレーション」と呼ばれる人たちであることだ。

両者は、活気と情熱、自信がまるで違う。この世代の日本の若者に「気概が感じられない」と思う人は少なくないだろう。

「世界二位ではいけないのですか?」という蓮舫参議院議員の言葉に代表されるように、トップを目指したり、がむしゃらに進むことがむしろ“悪”とさえされる日本。中国には、そんなこととは無縁のバイタリティに溢れた若者が満ちているのだ。

若者に活気のある国は伸び、それが感じられない国は衰退する。私が最初に中国を訪れたのは、今から30年近い前の1982年のことだ。まさに「80后(バーリンホゥ)」が生まれ始めた頃である。

当時の「人民公社」に見学に行った時、私たち訪問者に愛想笑いを浮かべながら、活気のかけらもなかった中国の若者の姿が思い出される。まだ改革開放路線が定着していなかった時期で、中国の若者には気迫も気概も感じられなかった。文化大革命の後遺症はそこまで大きかったのである。

しかし、この30年の間に日本と中国は完全に“逆転”してしまった。このまま日本の若者に気迫と気概が生まれて来ないなら、日本は中国に膝を屈する21世紀を歩むしかない。

上海万博は、中国のデモンストレーションの場ではない。再びアジアを牽引するため、「日本人」が負けず魂を奮い起こさせる貴重な誓いの場であるべきなのである。

カテゴリ: 中国, 随感

世界の70%を占める「死刑大国・中国」

2010.04.06

ついに日本人の「死刑」が執行された。8日にも次の執行が待っているというから恐ろしい。

ほんの2年前まで中国では「銃殺刑」が一般的だった。しかし、公開処刑の模様や銃殺刑で死んだ人の遺体映像がネットに流れるなどしたため、状況が変わった。

「残酷だ」という非難が高まって最近は薬物注射が一般的になりつつあるのだ。本日、執行された日本人も薬物注射によるものとされている。

中国は、自国民には厳しいが、外国人には寛大な扱いをおこなってきた国だ。法令違反についてもそうで、国外追放などの手法を用いることによって、在留する外国人に一種の安心感をもたらしていた。

しかし、昨年12月の英国人と今回の日本人への「死刑執行」で、その方針はまったくなくなったことが証明された。

中国は、現在、世界の死刑執行数の7割を占める「死刑大国」である。2008年の数字では、全世界で執行された2390人の内、1718人(約72%)が、中国におけるものだそうだ。

その国が、自国民だけでなく、外国人にも容赦をしなくなった。今回のことをきっかけにこれから外国人の摘発や逮捕が増えてくることが予想される。死刑も相次ぐに違いない。

しかし、死刑に至るまでが「不透明であること」が私には釈然としない。昨日のブログでも書いたように原則、裁判が報道陣に公開されないために、法廷で「何がおこなわれているのか」、何も見えてこないのだ。

そんな中で中国の法廷では、「死刑」があたりまえのように言い渡されている。そこが問題なのである。

これは中国が外国に媚を売らなくてよくなったことを表わしている。経済の成長によって中国のパワーは目に見えて大きくなっている。それがこんな形でも現われてきたのである。

人権がないがしろにされている国が、「俺は俺の道を行く」と強大化していくことは、実に恐ろしい。中国への旅行や企業進出は、これから日本人も覚悟を決めて行くべきなのだろう。

日本をはじめ先進資本主義国とは全く異なる価値基準を持つ一党独裁の国。日本人はそのことを再認識するべきなのである。

カテゴリ: 中国

邦人「死刑」問題をどう考えるか

2010.04.05

中国で日本人の「死刑執行」が迫っている。

中国の裁判所は、原則非公開だ。死刑を命じられた法廷が一体どんなものだったのか、日本を含めほとんどの報道機関は何も知らない。

非公開の法廷ほど怖いものはない。何が基準となり、何が証拠になったか、何もわからないからだ。

その意味で、今回の「死刑」は、大きな意味を持っている。日本人の多くが大いに釈然としないものを感じているのは当然だろう。

かくいう私も、一昨年6月に日本の地裁にあたる大連市の「中級人民法院」で死刑判決を言い渡され、当該の日本人が「控訴」した時、理由として挙げられたものがずっと気にかかっていた。

それは、控訴理由の中に、取り調べ通訳は正式な「通訳資格」がなく、記録は証拠にできないという主張と、自分は他人から指示された「補助的な役割」だったのにどうしてここまで刑が重いのか、という主張をしている点だ。

この主張が妥当かどうかは私にはわからない。判断に値する情報すらないからだ。だが、そこにこそ問題の本質がある。

非公開でおこなわれる裁判が果たして有効なのか。その原点を今回の問題は示している。覚醒剤の密輸――たしかに大変な問題であり、犯罪である。

しかし、これに、「主犯」として関わったのか、それとも「従犯」なのか。ひょっとして、自分が知らない内に荷物に覚醒剤をすべり込まされて結果的に「犯罪者」となってしまったのか、何もわからない。それだけで、「死刑に値する犯罪だった」のかどうか、一般的な判断が何もできないのである。

この死刑執行の通告が、例の毒入りギョーザ事件の「犯人逮捕」通告の翌日におこなわれたことも私には違和感がある。

中国は、毒入りギョーザ事件の「犯人逮捕」の時、「お前たち日本人だって、犯罪を起こしているじゃないか」ということを言いたかったことは間違いない。私には、中国側の意図とまさしく軌を一にして、この通告がおこなわれたことが釈然としないのだ。

他国への内政干渉はもちろん許されない。中国は多くの内政干渉をわが国に対してしているが、日本は“近代法治国家”である以上、それができないのはもちろんだ。

しかし、「法治」という点でも、そして人間の生命という「最大の人権」に関しても、中国がわが国とは、まったく異なる基準と感覚を持つ国であることをわれわれ日本人は肝に銘じなければならない。

自らは日本だけでなく、さまざまな周辺諸国に政治干渉を平気でやってのけながら、自分たちへの批判は許さない――こういう人権感覚を持つ国に、膝を屈して謁見外交を繰り返す日本の政治家たちの情けなさを国民は今こそ再認識するべきだろう。

さまざまなことを教えてくれる邦人「死刑」問題である。もしこのまま死刑が執行されれば、日本人は中国への意識を根本的に変えなければならないことだけは確かだ。

カテゴリ: 中国

中国と小沢一郎の“ホンネとタテマエ”

2010.02.12

今朝、面白いコラムを読んだ。産経新聞の伊藤正・中国総局長による「対米“ホンネとタテマエ”」と題された同紙の不定期連載コラム「ちゃいなコム」である。

オバマ大統領の訪中で米中蜜月が喧伝されてから3カ月、いま両国関係は「新冷戦」とも言われるような状態に陥っていることが冷静な筆致で描写されている。

それによれば、対立が顕著になって来たのは、昨年12月のCOP15で、温家宝首相が米中協議への出席を拒否してからだそうだ。今年に入って、米グーグル社の中国撤退問題や台湾への米の武器輸出問題など、中国の怒りが爆発するような事態がつづいているのは、周知の通りだ。

伊藤氏はコラムの中で、2月4日に中国の「環球時報」に寄せられた中国国防大学の劉明福教授の論文を取り上げている。

劉教授は、この事態が「米国の一貫した“中国制御”が背景」にあり、「米国は10年足らずで日本を、ロシアは半世紀がかりで押さえ込んだが、中国とは100年がかりの力比べになる」「それに勝つ知恵が米国にあるか」と、述べているという。中国の自信と驕りが表われた論文である。

中国がこういう強硬論に支配される一方で、中国の報道官は「自分たちは発展途上の国」「現代化の道のりは遠い」「国際協調こそ必要である」と、タテマエだけの記者会見をつづけていることを、伊藤氏はコラムの最後に記している。

ホンネとタテマエの国である中国の「現状」が窺えて興味深い。今や米国に次ぐ超大国となった中国の動向は、言うまでもなく21世紀の自由主義国家群にとって最大の脅威である。

中国が、自由と民主主義を重んじる国なら脅威とはなり得ない。しかし、それとはまるで逆の国であり、対立する組織(国家も含めて)や人物を徹底的に叩き、つぶし、蹂躙するのが中国の基本姿勢であることを想起すれば、暗澹たる気持ちになる。

また、国際世界から指摘を受けても、逆に態度を硬化させ、余計弾圧の姿勢を強化し、間違ってもそれが“改善”されることはない。今も中国国内でおこなわれている少数民族を含む中国人民への徹底した人権弾圧と管理の凄まじさは、そのことをよく表している。

中国に最もひれ伏している日本の政治家といえば、民主党の小沢一郎幹事長である。昨年12月の総勢600人を超える胡錦濤国家出席への“拝謁訪中”は、世界の良識ある外交関係者たちを唖然とさせた。

独裁と人権弾圧の国に跪(ひざまず)くために142人の民主党議員を連れていった感覚は、一国の政治を牛耳る政治家がおこなうこととは思えない。

その小沢氏は年明け以降、検察との戦いに明け暮れている。俄かにアメリカとの戦いが勃発した中国とどこか似ている。

小沢氏は検察との戦いに、ひとまず勝利している。だが、再三このブログでも指摘しているように、戦いは今も続いている。もし、小沢氏が完全勝利すれば、それから敵対する検察を徹底的に叩き、つぶし、蹂躙する可能性は高い。

中国と似たもの同士である小沢氏が、徹底した人権弾圧と管理の基本姿勢を持っているからである。日本と中国で、独裁者が好き勝手にできることを、両国の国民は誰も望んではいないだろう。

小沢氏の“ホンネとタテマエ”をきちんと見分ける目が今、国民には求められている。

カテゴリ: 中国, 国際, 随感

外交に優劣をつけた「罪」

2009.12.15

鳩山政権のアキレス腱は「四つ」あり、その一つが「小沢一郎氏」であることを11月3日のブログでも書いたが、国民は、昨日の小沢氏の記者会見を見て唖然としたのではないか。

「(天皇の)体調がすぐれないというのであれば、それよりも優位性の低い行事をお休みになればいい」「(宮内庁長官は)辞表を提出してから言え。役人なんだから当たり前だ」という傲慢な物言いに、この人の独裁によって「日本はどこへ行くのか」という心配が民主党支持者にすら、頭をもたげてきたに違いない。

今回の問題は、まったく単純な事柄だが、その本質を理解できていない人が日本中に「二人」だけいる。小沢氏と鳩山首相だ。二人にとって、天皇の存在、日本にとって皇室というものの「存在の意味」がまったくわかっていないことが露呈された。

「二人」がどれだけ中国のことを大事に思おうと、日本国民には関係がない。なぜなら、日本国民には、台湾が大事な人だっているし、韓国が大事な人もいる。フィリピンが大事な人も、ブラジルが大事な人もいる。

つまり、どの国が大事か、というのは政治の思惑とは別に、国民一人一人の“心の中”にある。だからこそ、国民の象徴である天皇は、どんな小さな国の元首であろうとルールにのっとって、国民を代表して公平に会見をおこない、国民になり代わってもてなしをしてくれるのである。

しかし今回、二人は「中国だけが大事」であることを全世界に宣言してしまった。申請期限のルールを破ってまで中国のナンバー・ツーとの特例会見をゴリ押ししてしまったことによって、これから天皇は、極端な言い方をすれば、どこの国の人でも、申請期限を破った人、あるいはナンバー・ツーの人間とも会わなければならなくなった。

「なぜ中国の人には、ルールを無視していても会見をし、わが国のナンバー・ツーには会っていただけないのですか?」と言われれば、返す言葉がない。国の強大さに関係なく、ひとつひとつの国を大事にしてきた日本国民の気持ちを代表して、皇室のこれまでの活動があったはずである。「二人」の政治家は、それを台無しにしてしまった。

「日中関係は重要だから」と「二人」は言う。ならば、「ほかの国は重要ではない」のか。相手国に優劣をつけてしまった「二人」によって、日本の大義なき外交、屈服外交が始まってしまった。

カテゴリ: 中国, 国際

「還暦」を迎えた中国

2009.09.30

明日10月1日は天安門で毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言して60年目の記念日である。150万人の兵士が激突した国共内戦の「淮海戦役(わいかいせんえき)」に勝利した共産軍が蒋介石率いる国府軍を大陸から追い出し、中国全土が共産化された歴史的記念日である。

しかし、その後の共産中国の辿った道は、決して人民にとって幸福なものとは言えなかった。大躍進政策の失敗、百花斉放百家争鳴(百花運動)の末の反右派闘争、文化大革命、民主化運動の弾圧……等々、この60年で中国人民が経験した悲劇は数えだしたらキリがない。

その悲劇は今もつづいており、中国政府の弾圧政策で無惨な死を遂げる少数民族の実態等々はアムネスティの最大のターゲットとなっている。

温家宝首相は本日夜、北京の人民大会堂で開かれた建国60周年の記念レセプションで、党幹部の腐敗撲滅や「党と人民の血肉関係」の強化に取り組んでいく断固たる決意を表明した。一党独裁体制をこれからも堅持し、不穏分子とは徹底対決するという意思表示でもある。

この夏以来、北京市内は、昨年の北京オリンピック以上の治安強化がはかられ、明日午前9時半から北京国際空港は3時間にわたって閉鎖されることになっている。治安維持のために数十万人の人民武装警察、そして民間ボランティア140万人が動員されるというから、まさに“戒厳令下”である。

建国60年を経て、これほどの警戒をしなければならないほど人民と“敵対”してきた北京政府。民主化とは名ばかりの国家の実態が、この異常な警戒態勢に現われている。与野党を問わず、北京詣でを繰り返す日本の国会議員たちは枚挙に遑がないが、中国の要人に「真の人権とは何か」を問うた人物は一人もいない。

中国共産党は、かつて蘭の花に目がない自民党の有力者、松村謙三への工作のためにわざわざ蘭の花の協会を中国でつくって訪日団を組織し、その上で松村氏に近づいて自民党への突破口を開いた歴史を持つ。

その後も、国会でも問題になったように、5歳から対日の工作員として特別教育を授けた女性スパイを橋本龍太郎蔵相(当時)のもとに送りこんで関係を結ばせることに成功したり、さらには有力政治家の夫人に京劇役者を近づかせて取り込んだり……と、あの手この手で日本の有力者取り込みをはかっている。特務国家、工作国家のパワーは今も健在なのだ。

手練手管の共産中国と渡り合える日本の政治家がどのくらいいるのか甚だ心もとないが、この中国の建国60周年を機に、そのあたりをじっくり考えたいものだ。政治家だけではない。われわれ国民全員で考えなければ、近い将来、中国に手痛い、そして強烈なしっぺ返しを食らうだろう。

カテゴリ: 中国, 国際, 歴史

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