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ふたたび「裁判官は日本を滅ぼす」

2015.05.14

本日、予想していた通り、私の上告が棄却された。例の日航機事故遺族が私の作品を「著作権侵害」で訴えていた件である。日本の裁判では、最高裁で上告が受理され、原判決が破棄される率は、わずか「1%」なので、予想通りの結果と言える。

決定文を読んでみると、やはり「事実誤認と法令違反の主張」は上告理由にあたらないということで、私の主張は全く審理されなかったことになる。すなわち、当ブログの論評も一審・二審で私が書いてきたものと重なってしまうが、あらためて記述させてもらいたい。

私が、『風にそよぐ墓標 父と息子の日航機墜落事故』という当該のノンフィクション作品を上梓したのは、日航機墜落事故から25年が経った2010年夏のことだ。これは、1985年8月に起こった日航機墜落事故の6遺族の「その後の四半世紀」を追った作品である。

それぞれのご家族を「1章完結」で取り上げたため、作品は「全6章」で成り立っている。サブタイトルでもわかるように、これは初めて「父と息子」にスポットをあてた日航機墜落事故のノンフィクションだった。

私は、登場していただいた「6家族」の方々に、直接、私自身が取材に伺い、絶望から這い上がってきた四半世紀に及ぶ「勇気」と「感動」の物語をお聞きし、すべてを実名で描かせてもらった。

そして、あの悲劇を乗り越えた家族の感動の物語として発表させてもらったのである。この訴訟以後、『尾根のかなたに』と改題されて小学館から文庫化された作品は、WOWOWの特別ドラマとして放映され、2012年度の文化庁芸術祭ドラマ部門の優秀賞を受賞した。

私は、ノンフィクション作家であり、取材当事者であるご本人たちの了解を得て取材をさせてもらい、日記や手記があるならそれを提供していただいている。そして、「事実」と異ならないように気をつけて原稿を書くのを基本としている。一切の「創作」と「虚構」を排除するのが、私の作品だ。

しかし、『風にそよぐ墓標』を発表後、この作品の第3章に登場するご遺族の一人、今年82歳になる池田知加恵さんが「著作権侵害」で私を訴えてきた。

彼女は、日航機墜落事故で亡くなったご主人を持つ未亡人だ。作品は、「父と息子」をテーマにしていたため、あらかじめこの知加恵さんのご子息に10時間近い取材をさせてもらい、その上で、母親である知加恵さんにも別の日に3時間半にわたって取材をさせてもらった。

取材当時77歳だった知加恵さんは、その時、17年前に出したという事故の時の自身の体験をまとめた『雪解けの尾根』という手記本を私に提供してくれた。「ほおずき書籍」というところから出した自費出版の本である。その時、知加恵さんは、わざわざ「門田隆将様 感謝をこめて 池田知加恵」とサインしてくれた。

彼女はこの時、事故から25年も経過しており、ご高齢だったこともあり、「私にとっては、この本を書いた時が“記憶の期限”でした」と仰られた。

私の取材は、極めて詳細に当時の状況を聞き取らせてもらう形をとる。記憶が曖昧になっていた彼女のその申し出をお聞きし、必然的に私の取材は、提供されたこの手記本に添ってご本人に「記憶を喚起」してもらいながら、「事実確認」をする形でおこなわれることになった。

ご高齢の方への取材というのは、こういう方法は珍しくない。戦争関連のノンフィクションを数多く書いている私は、最前線で戦った実際の元兵士に取材させてもらう際には、ご自身が若い時に戦友会誌などに書いた回想録なども提供してもらうことがある。

それをもとに「記憶を喚起」してもらいながら取材をさせていただくのだ。できるだけ正確に「事実」を書くことが、読者に対する私の義務であり、責任でもあると考えているからだ。

また、「より正確に事実を書いて欲しい」というのは、取材を受ける側の願いでもあると思う。私は知加恵さんに長時間にわたって、こうしてご自身の手記本に基づいて記憶を喚起してもらいながら、取材をさせていただいたのだ。

記憶が戻ってきた知加恵さんは、「このことは本に書いてなかったかしら?」「そうそう、それ書いてあるでしょ」と途中で何度も仰り、そのたびに本の中の該当の箇所を探し直すことが度々あった。

ノンフィクションには、言うまでもないが「フィクション(虚構)」があってはならない。記述は「事実」に基づかねばならず、そのため、取材が「すべて」である。

作家が想像によって「創作」することが許されないノンフィクション作品の世界では、「本人証言」と「日記・手記の発掘」が何より重要なのである。そこが、小説との決定的な違いだ。

取材の際、知加恵さんは著書だけでなく、事故に関連してご自身が登場したニュースやワイドショーを録画したDVDを提供してくれたり、取材後も自分の発言の訂正部分を手紙で書いて送ってくれたり、積極的に取材にご協力をいただいた。

それは、私が恐縮するほどの取材協力だった。私は、ご自宅をお暇(いとま)する時も、「大変ありがとうございました。今日の取材と、このご本に添って、事実を間違えないようにきちんと書かせてもらいます」と約束した。

そして、その言葉通り、事実関係に間違いのないように細心の注意を払って原稿を書いた。そして、巻末には、「参考文献」として『雪解けの尾根』を明記したのである。

私が書かせてもらったのは、彼女がどう行動し、どう思ったのか、という「事実」だけである。つまり、私は「本人に直接会って」、「手記本を提供され」、記憶が曖昧になっていたご本人に「記憶を喚起してもらいながら、その手記本をもとに事実確認取材をおこない」、これを記述したのである。

もちろん、手記本と同一の文章はひとつもない。忠実にただ「事実」だけを淡々と描写させてもらったのだ。事実がひとつしかない以上、突き詰めて取材すれば、「事実」が当事者の手記と似ているのは当然である。いや、似ていなければ、それはノンフィクションではなく、小説である。

しかし、『風にそよぐ墓標』を発刊後、知加恵さんは「著作権侵害だ」と私を訴えてきた。そして、私は裁判で、この経過を証言し、事情を説明し、その立証もおこなった。だが、裁判官には、それらに一切耳を傾けてもらうことはできなかった。

30年以上にわたって記事や本を書く仕事をしている私にとって、それは、あらためて日本の官僚裁判官について、考える機会を与えてくれた。それは、私のデビュー作でもある『裁判官が日本を滅ぼす』を思い起こすことでもあった。

驚くべきは、裁判では、知加恵さんが「正確に事実を書いてもらうよう」私にお願いしたことを認めた上で、「被控訴人が上記のとおり控訴人門田に対し事実の正確な著述を求めたからといって、これによって直ちに、被控訴人が被控訴人書籍について複製又は翻案することを許諾したと認めることができない」としたことだ。

私は、『雪解けの尾根』について、「複製」も「翻案」もしていないし、その「許諾」を求めたこともない。複製とは「コピー」のことであり、翻案とは「つくりかえる」ことである。私は、あくまで取材に基づいてノンフィクション作品を書いただけであり、「複製」も「翻案」もしておらず、このような論理破綻の判決文が現に“通用”していることに仰天する。

専門的なことを言えば、日本の官僚裁判官の限界は、「要件事実教育」に起因する。日本の裁判官が、裁判で重視するのは「要件事実」だけで、「事情」には決して踏み込まない。なぜなら、いちいち「事情」に踏み込んでいったら、一人の裁判官が200~300件、あるいはそれ以上抱えている案件が「処理できない」からである。

そこで、判決に組み込んでいかなければならない「要件事実」だけが判断のポイントになり、これだけを“抽出”する教育を裁判官は延々と受けている。そこに日本の裁判官が繰り返しているトンデモ判決の「理由」がある。

「事情」に踏み込まない日本の裁判官には、「小説とノンフィクションとの違い」や、「取材時のやりとり」、あるいは、本人が「手記本を提供した時のようす」……等々、そんな「事情」は関係がないのである。つまり、著作権侵害で訴える人がいて、ふたつの書籍の記述の一部が「類似」しているという「要件事実」があれば、それだけでいいのである。

日本の司法の判断に従えば、私は取材の時に「利用してはいけないもの」をご本人から提供され、それをもとにご本人に対して「書いてはいけない事実」を3時間半にわたって、延々と「確認取材」しつづけていたことになる。

これが、今の日本の「司法の限界」であることをつくづく思う。言うまでもないが、ノンフィクションに対する私の姿勢や手法はこれからも変わらない。どこまでも「真実に忠実な作品」をこれまで同様、書いていきたいと思う。

世にも滑稽な結果となったこの裁判が意味するものは何か。こんな裁判がつづくかぎり、日本は、官僚裁判官によって、やがて滅ぼされるに違いない。国民の裁判参加という負担のもとに刑事裁判では裁判員制度によって官僚裁判官の暴走に少しだけ歯止めがかかっている。

しかし、民事裁判の官僚裁判官は、なんの洗礼も受けておらず、旧態依然のままだ。真の意味の「司法改革」を是非、国民の一人として考えていきたく思う。

カテゴリ: 池田家との訴訟

裁判官は「日本」を滅ぼす

2013.09.30

今日の産経新聞の「産経抄」に、認知症の91歳の男性が線路内に入って電車に轢かれて死んだ事故の判決のことが載っていた。JR東海が、列車の遅延に対する損害賠償720万円を要求し、名古屋地裁は、その「全額の支払いを命じた」という件である。

老人は、認知症で徘徊し、家族で介護していた。産経抄は、「事故は、妻がまどろんでいる間に、男性が家を出て起きた。認知症の人を24時間監視するのは不可能だ。そんな実態を無視して、“監督責任”を認めた判決は、遺族だけでなく、介護に関わる多くの人に衝撃を与えている」と書いている。

これは、日本の官僚裁判官の典型的な病理が表われているものなので、興味深い。日本の裁判官が、裁判で重視するのは「要件事実」だけである。「事情」には踏み込まない。それが鉄則だ。なぜなら、いちいち「事情」に踏み込んでいったら、一人の裁判官が200件、300件、あるいはそれ以上抱えている案件が「処理できない」からである。

そこで、判決に組み込んでいかなければならない「要件事実」だけが判断のポイントになる。ここでは、老人が「線路に侵入」し、「列車事故が生じ」、JR東海に「総額720万円の損害」が生まれ、JR東海がその損害賠償を「請求した」ということが確定すれば、それでいいのである。

裁判官は、司法修習時代から延々とこの「要件事実」を抽出するための教育を受けている。それは「訓練」と言い換えた方がいいかもしれない。判決に必要な「要件事実」だけを抽出させるこの教育(訓練)は、法曹関係者の間では「要件事実教育」と呼ばれている。

彼らにとっては、老妻が徘徊老人を24時間介護しているなどという「事情」はまったく関係がない。JR東海による損害請求の「全額」と「介護者の監督責任」をすべて認める判決が出る理由は、そこにある。

日本の官僚裁判官が、とんでもない判決を出してしまうのは、この「事情」というものが排除され、「要件事実」だけで判断しているからにほかならない。

今日、私はその日本の官僚裁判官から凄まじい判決を受けた。「書籍廃棄判決」である。私は、新潮社から10年前に『裁判官が日本を滅ぼす』を上梓しているので、この「要件事実教育」によってもたらされた日本の官僚裁判官の悪弊と、裁判のおかしさを、かねて指摘してきている。

それだけに驚くべきことではないことかもしれない。だが、私は今日の判決を受けて、当事者としてはもちろんだが、むしろ納税者の一人として絶望感を抱いている。国民の一人として、日本の官僚裁判官のレベルに、ただ溜息が出てくるのである。

私は日航機墜落事故から25年が経った2010年夏、『風にそよぐ墓標 父と息子の日航機墜落事故』(集英社)というノンフィクションを上梓した。これは、1985年8月に起こった日航機墜落事故の6遺族の「その後の四半世紀」を追った作品である。

この本は、それぞれのご家族を取り上げた全6章から成るものだ。初めて「父と息子」にスポットをあてたもので、あの悲劇を乗り越えた家族の感動の物語としてノンフィクションで描かせてもらった。

本書に登場する6家族の方々に、直接、私自身が取材に伺い、絶望から這い上がってきた四半世紀に及ぶ「勇気」と「感動」の物語をお聞きし、すべてを実名で描かせてもらったのである。ご本人たちの了解を得て、取材させてもらい、日記や手記があるならそれを提供してもらい、「事実」と異ならないように気をつけて原稿を書かせていただいた。

しかし、私は、この作品の第3章に登場するご遺族、池田知加恵さんという80歳になる女性から「門田は自分の作品である『雪解けの尾根』(ほおずき書籍)の著作権を侵害した」と訴えられた。

経過はこれまでのブログでも詳しく書いてあるが、池田知加恵さんは、日航機墜落事故で亡くなったご主人を持つ未亡人である。私は、「父と息子」をテーマにしていたため、あらかじめこの知加恵さんのご子息に10時間近い取材をさせてもらっている。そして、その上で、母親である知加恵さんご本人にも別の日に3時間半にわたって取材をさせていただいた。

その取材の折、知加恵さんは17年前に出したという事故の時の自身の体験をまとめた当該の『雪解けの尾根』という手記本をわざわざ「門田隆将様 感謝をこめて 池田知加恵」とサインして私に提供してくれた。

この時、事故から25年も経過しており、ご高齢だったこともあり、ご本人が「私にとっては、この本を書いた時が“記憶の期限”でした」と仰られたので、私の取材は、提供されたこの本に添ってご本人に「事実確認」をする形でおこなわれた。

ご高齢の方への取材というのは、こういう方法は珍しいものではない。戦争関連をはじめ、多くのノンフィクション作品を私は出しているが、たとえば太平洋戦争の最前線で戦った元兵士に取材する際は、自分が若い時に戦友会誌などに書いた回想録を提供され、それをもとに「記憶を喚起」してもらいながら取材させていただくことが多い。

より正確に事実を書いて欲しい、というのは誰にも共通のものであり、私は池田知加恵さんにも長時間にわたって、この本に基づいて記憶を喚起してもらいながら、取材をさせていただいた。

記憶が戻ってきた知加恵さんは、「このことは本に書いてなかったかしら?」「そうそう、それ書いているでしょ」と途中で何度も仰り、そのたびに本の中の当該の箇所を探すことが度々あった。

私はノンフィクション作家であり、いうまでもなく作品はすべてノンフィクションである。つまり、私の作品には、フィクション(虚構)がない。記述は「事実」に基づいており、そのため、取材が「すべて」である。

つまり、ノンフィクション作品とは、作家が想像によって「創作」することは許されない。小説との決定的な違いがそこにある。つまり、ノンフィクションはその性格上、「本人証言」と「日記・手記の発掘」が極めて重要なのである。

取材の際、知加恵さんは著書だけでなく、事故に関連してご自身が登場したニュースやワイドショーを録画したDVDを提供してくれたり、取材後も自分の発言の訂正部分を手紙で書いて寄越してくれたり、積極的に取材にご協力をいただいた。

私は、ご自宅をお暇(いとま)する時も、「大変ありがとうございました。今日の取材と、このご本に添って、事実を間違えないようにきちんと書かせてもらいます」と約束し、その言葉通り、事実関係に間違いのないように原稿を書かせてもらった。そして、巻末には、「参考文献」として『雪解けの尾根』を明記したのである。

私が書いたのは、彼女がどう行動し、どう思ったのか、という「事実」だけである。つまり、私は「本人に直接会って」、「手記本を提供され」、記憶が曖昧になっていた本人に「記憶を喚起してもらいながら、その手記本をもとに事実確認取材をおこない」、これを記述したのである。

もちろん、手記本と同一の文章はひとつもなく、忠実に「事実」だけを描写させてもらった。事実がひとつしかない以上、突き詰めて取材すれば、「事実」が当事者の手記と似ているのは当然だ。いや、似ていなければ、それはノンフィクションではなく、小説になってしまう。

しかし、『風にそよぐ墓標』を発刊後、知加恵さんは「著作権侵害だ」と訴えてきたのである。私は、およそ30年にわたって記事や本を書く仕事をしているが、このようなことは無論、初めてである。

取材相手には、さまざまな方がおられるので、これもノンフィクションライターとしての宿命には違いない。この訴訟が起こされる4か月も前に、まだ当事者以外、誰も知らない時点で朝日新聞が社会面を5段も使って「日航機事故遺族、作家提訴の構え」と大々的に報じたのも、不思議だった。

以来、私はノンフィクション作品の取材と執筆に忙殺される中で、この訴訟とつきあってきた。私は取材時の録音テープやノートなども証拠として提出し、取材の時のようすを含め、すべてを法廷で立証した。

しかし、そこで私は「要件事実教育」を受けた官僚裁判官の実態にあらためて驚かされた。前述の通り、日本の裁判では、「事情」には踏み込まない。裁判官には、「小説とノンフィクションとの違い」や、「取材時のやりとり」、あるいは、本人が「手記本を提供した時のようす」……等々、そんな「事情」は関係がないのである。

今日、私は3月の一審につづいて、二審で、著作権侵害額として「2万5200円」、慰謝料を「50万円」、弁護士費用「5万2520円」という計「57万7720円」の支払いと書籍の「廃棄」を命じられた。

つまり、日本の著作権裁判では、著作権侵害で訴える人がいて、ふたつの書籍の記述の一部が「類似」しているという「要件事実」がそこにあれば、それでいいのである。

この判決に従えば、私は取材の時に「利用してはいけないもの」をご本人から提供され、それをもとにご本人に対して「書いてはいけない事実」を3時間半にわたって「確認取材」しつづけていたことになる。

私は溜息だけが出る。日本のノンフィクションはこれからどうなるのだろうか。この判決によって、今後、先行する「当事者の記述」が存在する場合、ノンフィクションは、どう「事実」を描写するのだろうか。

「わざと間違えて書く」か、あるいは、それを参考にすることに対して取材時に「契約書を交わす」ことが求められるようになるのだろうか。フィクション(虚構)のない世界を描く「ノンフィクション」は、今後、どうなっていくのだろうか。

いずれにしても、ノンフィクションの息づく範囲は極めて狭くなったと言わざるを得ない。「表現の自由」を脅かすこの判決が、「要件事実教育」がもたらす弊害であることは前述の通りだ。

判断をする時に問題の「本質」や「事情」に目を向けることができない官僚裁判官に、国民はいつまで「法廷の支配」を任せるつもりだろうか。私は、ふと、そう思った。日本は、官僚裁判官によって、やがて滅ぼされる。私は10年前に上梓した私自身の本の題名を今、あらためて思い起こしている。

カテゴリ: 池田家との訴訟

「日本の司法」は大丈夫なのか

2013.03.14

日本の「司法」、いや「裁判官」というのは大丈夫なのだろうか。そんな話を今日はしてみたい。本日、日本のノンフィクション界にとって、極めて興味深い判決があったからだ。

これは、私自身にかかわるものだが、非常に「大きな意味」を持っているので、かいつまんで説明させていただきたい。

知的財産権(知的所有権)という概念が広がって久しい。これは、知的創造活動によって生み出されたものを、創作した人の「財産として保護する権利」である。

たとえば、私が本を書いたとしたら、その作品は「私」の財産として保護され、勝手に流用されたり、他人のものとして盗まれたりすることがあってはならない。いわゆる知的財産権の中の「著作権」として守られる。

すでに20冊を超えるノンフィクション作品を上梓している私にとっては、作品を守ってくれる「著作権」とは、実にありがたいものである。

しかし、その著作権保護が「ありがたい」どころか、いわば行き過ぎた「保護過剰主義」によって、現場にいる私のようなジャーナリストやノンフィクション界にとって、「大きな障害」になり、ひいては「言論・表現の自由」を守るべき司法が、その「最大の敵」となっているという話である。

ありがたい権利であるはずのものが、ジャーナリズムの世界に、逆に「襲ってくる」という、極めて不思議な話の経緯はこうだ。

私は日航機墜落事故から25年が経った2010年夏、『風にそよぐ墓標 父と息子の日航機墜落事故』(集英社)というノンフィクションを上梓した。これは、1985年8月に起こった日航機墜落事故の6遺族の「その後の四半世紀」を追った作品だ。

この本は、それぞれのご家族を取り上げた全6章から成っている。これまでにはなかった「父と息子」にスポットをあてたもので、あの悲劇を乗り越えた家族の感動の物語としてノンフィクションで描かせてもらったものである。

私はノンフィクション作家であり、いうまでもなく作品はすべてノンフィクションである。つまり、私の作品には、フィクション(虚構)がない。記述は「事実」に基づいており、そのため、取材が「すべて」である。

私は、本書に登場する6家族の方々に、直接、私自身が取材に伺い、絶望から這い上がってきた四半世紀に及ぶ「勇気」と「感動」の物語をお聞きし、すべてを実名で描かせてもらった。

ご本人たちの了解を得て、取材させてもらい、日記や手記があるならそれを提供してもらい、「事実」と異ならないように気をつけて原稿を書かせていただいたのである。

一家の大黒柱を失うという絶望から這い上がった6家族の物語は感動的で、発売と同時に大きな反響を呼び、これをもとにドラマ化された作品(WOWOW特別ドラマ「尾根のかなたに」)は、2012年度の「芸術祭」優秀賞を受賞している。

しかし、私は、この作品の第3章に登場するご遺族、池田知加恵(いけだ・ちかえ)さんという80歳になる女性から「著作権侵害」で訴えられた。「門田は自分の作品である『雪解けの尾根』(ほおずき書籍)の著作権を侵害した」というのである。

池田知加恵さんは、日航機墜落事故で亡くなったご主人を持つ未亡人である。私は、「父と息子」をテーマにしていたため、あらかじめこの知加恵さんのご子息に10時間近い取材をさせてもらっている。そして、その上で、母親である知加恵さんご本人にも別の日に4時間半にわたって、さらに取材をさせていただいた。

その取材の折、知加恵さんは17年前に出したという事故の時の自身の体験をまとめた当該の『雪解けの尾根』という手記本をわざわざ「門田隆将様 感謝をこめて 池田知加恵」とサインして私に提供してくれた。

この時、事故から25年も経過しており、ご高齢だったこともあり、ご本人が「私にとっては、この本を書いた時が“記憶の期限”でした」と仰られたので、私の取材は、提供されたこの本に添って「事実確認」をする形でおこなわれた。

ご高齢の方への取材というのは、こういう方法は珍しいものではない。私は戦争関連をはじめ、多くのノンフィクション作品を上梓しているが、たとえば太平洋戦争の最前線で戦った元兵士に取材する際は、自分が若い時に戦友会誌などに書いた回想録を提供され、それをもとに「記憶を喚起」してもらいながら取材させていただくことが多い。

より正確に事実を書いて欲しい、というのは誰にも共通のものであり、私は池田知加恵さんにも長時間にわたって、この本に基づいて記憶を喚起してもらいながら、取材をさせていただいたのである。

その取材時間は、ご自宅にお邪魔していた4時間半のうち実に3時間半に及んだ。途中、知加恵さんは、「このことは本に書いてなかったかしら?」「そうそう、それ書いているでしょ」と何度も仰り、そのたびに本の中の当該の箇所を探すことが度々あった。

前述の通り、虚構が許されないノンフィクション作品とは、作家が想像によって「創作」することは許されない。小説との決定的な違いがそこにある。つまり、ノンフィクションはその性格上、「本人証言」と「日記・手記の発掘」というものが極めて重要な意味を持つ。

拙著のテーマは、「父と息子」であったため、知加恵さんはサイド(脇)の登場人物である。だが、私は提供された手記本をもとに、丹念にご本人に事実関係の確認をさせてもらい、この著書が「事実を記したもので間違いない」ものであることを確認し、長時間にわたった取材を終わらせてもらった。

取材の際、知加恵さんは著書だけでなく、事故に関連してご自身が登場したニュースやワイドショーのDVDを提供してくれたり、取材後も自分の発言の訂正部分を手紙で書いて寄越してくれたり、積極的に取材にご協力をいただいた。

私は、ご自宅をお暇(いとま)する時も、「大変ありがとうございました。今日の取材と、このご本に添って、事実を間違えないようにきちんと書かせてもらいます」と約束し、その言葉通り、事実関係に間違いのないように原稿を書かせてもらった。そして、巻末には、「参考文献」として『雪解けの尾根』を明記させてもらったのである。

つまり、私は「本人に直接会って」、「手記本を提供され」、記憶が曖昧になっていた本人に「記憶を喚起してもらいながら、その手記本をもとに事実確認取材をおこない」、巻末に「参考文献と明記」して、当該の第3章を書かせてもらったことになる。

しかし、『風にそよぐ墓標』を発刊後、知加恵さんは「著作権侵害だ」と訴えてきたのである。私は、およそ30年にわたって記事や本を書く仕事をしているが、このようなことは無論、初めてであり、驚きを禁じ得なかった。

長くジャーナリズムの世界に身を置いている私は、著作権とは、「事実」ではなく「表現」を侵した場合は許されないことを知っている。そのため、細心の注意を払って「事実」だけを描写し、同一の文章はひとつとしてない。

しかし、この訴訟が不思議だったのは、訴訟が起こる4か月も前に、まだ当事者以外の誰も知らない段階で、朝日新聞によって大報道されたことだ。同紙は社会面で五段も使って、「日航機事故遺族、作家提訴の構え」という見出しを掲げ、「(両者の)記述が類似している」と大々的に報じたのである。

つまり、訴訟は朝日新聞が「先行する形」で起こされた。同紙は、今回のように本人から直接、手記本を提供され、それをもとに本人に事実確認の取材をおこない、巻末に参考文献と明記しても、それでも「著作権侵害だ」と言いたいようだ。

当事者に取材し、記憶が薄れているその方が書かれた手記本をもとに「記憶を喚起」してもらいながら事実確認取材をしたのだから、「事実がひとつ」である以上、記述が似ていなければ、それは「事実ではない」ということになる。

私は、これが著作権侵害にあたるなら、日本のノンフィクションは、もはや「事実そのものを描けなくなる」と思っている。つまり日本でノンフィクションは「成り立たなくなる」のである。

ノンフィクションは、前述のように作家の想像による創作は許されず、さらに言えば、もし書いてある中身に「事実誤認」があれば、名誉毀損で訴えられるという宿命がある。つまり、あたりまえのことだが、ノンフィクションは「事実」にどこまでも「忠実」でなければならないのである。

そのためにジャーナリストは、足を運んで当事者に会って話を伺い、日記や手記があればそれを提供してもらい、関係者にも取材し、できるだけ「真実」に近づこうとする。

事実が「ひとつ」である以上、ノンフィクション作品は取材が深まれば深まるほど、その「たったひとつしかない真実」に近づくことができる。そこにノンフィクションの価値があると私は思っている。

私はこのことをわかってもらうために取材時のICレコーダーの録音やご本人から提供された品々をすべて証拠として法廷に提出した。

しかし、今日の判決は、池田知加恵さんの「著作権侵害」の訴えを認め、私に著作権侵害額として「2万8560円」、慰謝料を「50万円」、弁護士費用「5万2856円」という計「58万1416円」の支払いと書籍の「廃棄」を命じたのである。

つまり、日本の知財裁判所では、当事者に会い、ご本人から本を提供され、それをもとに事実確認をする形で取材が進んだものでも、本人があとになって「利用を許諾していない」と言い出せば、それが「認められる」のである。

わずか「2万8560円」の著作権侵害額しか認めなかった裁判所が、それでも、「50万円」の慰謝料を持ってきて、さらに書籍の「廃棄」を命じるあたり、裁判所の私に対する姿勢が窺えて実に興味深い。

この判決が正しいなら、私は取材の時に「利用してはいけないもの」をご本人から提供され、それをもとに必死でご本人から「事実確認の取材をおこなった」ことになる。

逆に言えば、池田知加恵さんは私に「利用してはいけないもの」を「サイン入りで提供」し、そこに書かれている事実は「書いてはいけないもの」であり、私が事実を忠実に描写すると、「これは私の本に書かれていることですから、著作権侵害です」と、私を訴えることができ、そして、知財の裁判官は、「その主張が正しい」というお墨付きを与えたのである。

少々不謹慎ではあるが、私は、この「不思議な判決」の第一報を受けて、驚きを通り越して、笑いがこみ上げてきてしまった。

それは、今から10年も前に私は新潮社から『裁判官が日本を滅ぼす』というノンフィクションを出しているからでもある。私は、当時から日本の官僚裁判官の“常識の欠如”について、厳しい指摘をおこなってきたジャーナリストなのだ。

判決を下した東京地裁民事47部の高野輝久裁判長は、長野高校から東大法学部に進んで裁判官となった司法エリートである。しかし、この人は、おそらく官僚裁判官として“優秀”ではあるが、ジャーナリズムの役割やノンフィクションとは何か、ということを考察する能力が「欠如」した方なのではないか、と思う。

私は、今回の高野判決を受けて「国民の健全な社会常識」という言葉を思い出した。ほかならぬ「裁判員制度導入」を決定づけた司法制度改革審議会の最終意見書の中にある文言である。

2001年6月、同審議会の最終意見書は多くの提言をおこなったが、その中で現在の裁判員制度のもとになる「一般の国民が、裁判の過程に参加し、裁判内容に国民の健全な社会常識を反映する」という一文があった。

「裁判の内容」に「国民の健全な社会常識」を「反映」するということは、逆に言えば、日本の裁判には、それまでいかに「健全な社会常識」がなかったかを示している。

幸いに、これによって重大な刑事裁判には、国民に多大な負担をかけながらも「裁判員制度」が導入されて、それまでの常識が欠如した判決が次第に是正されつつある。

しかし、裁判員制度が導入されたのは、その一部の刑事裁判だけだ。膨大な数の民事裁判には、裁判員として国民は参加できないのである。つまり、民事裁判において、裁判官の常識は「問われないまま」現在に至っている。

私は、以前から民事裁判にも裁判員制度を導入すべきだと思っていた。だが、膨大な数の民事裁判にいちいち国民を参加させるわけにはいかない。現実的には不可能だ。

しかし、今回の高野判決を見たら、私は「それでも民事裁判に裁判員制度導入を」と思ってしまう。少なくとも「知財裁判所」には、なんとしても「国民の健全な常識」を生かす裁判員制度を導入して欲しいと思う。

戦後、日本人がやっと獲得した言論・表現の自由には、長い苦難の歴史がある。多大な犠牲の上に獲得した「言論・表現の自由」という民主主義の根幹が官僚裁判官たちによる締めつけで、“風前の灯”となっている。

「知的財産権ブーム」の中で、ジャーナリズムの役割や意義を忖度(そんたく)しないまま、言論・表現の範囲がどんどん狭められているのである。少なくとも今日の高野判決は、事実上、ノンフィクションが「日本では成立しなくなる」という意味で「歴史に残るもの」であると思う。

今後、どうやってジャーナリズムは「事実」というものを描写すればいいのだろうか。『裁判官が日本を滅ぼす』の著者でもある私が、予想通り、「ノンフィクションを滅ぼす判決」を出してくれた高野裁判長に「この判決を通じて」出会えたのは、むしろ喜ばしいことかもしれない。

“暴走”する知財裁判官と今後、徹底的に闘っていくことが、私の新たなライフワークとなったのである。

カテゴリ: 司法, 池田家との訴訟

絶望から這い上がる「25年間」の真実の物語

2011.07.16

ここのところ8月刊行の単行本のゲラ作業のために徹夜が続いていた。皆さんから日航遺族の池田知加恵さん(78)が私を提訴するという報道の件で多数のご心配の電話やメールをいただいていながら、なかなか時間をとってお応えすることもできなかった。

昨夜、ゲラを出版社に戻したので、少し時間的に余裕ができたら、さっそく今日は土曜日というのに次々と事務所に人が来てくれた。それぞれが、「大丈夫か? みんな心配してるぞ」と開口一番言ってくれるので、ありがたい。

ご心配をおかけしている件については、法廷闘争となるだろうから、これから10年戦争の気持ちで対処していこうと思う。私は、これまでも書いて来たように、池田知加恵さんがご高齢の方なので、できるだけ何年にもわたる法廷闘争にはならなければいいが、と思っていた。

しかし、「事実」を正確に記述するためにご提供いただいた手記本をもとに長時間の確認取材をした上、事実を客観描写した作品が著作権侵害となれば、もはやノンフィクションで「事実」そのものを描けなくなるので、敢えて戦わなければならないと思う。

池田知加恵さんの主張は「事実関係を整理する参考にと本を渡したが、表現を使っていいとは一切認めていない」とのことである。もちろん実際の取材の場面でそんな法律家のようなことを知加恵さんが私に言ったことは一切ないし、もしそれを言ってくれれば、私は池田家のことを取り上げさせてもらうことはなかっただろう。なぜなら「事実」を描くことに制約があるならば、いくら取材をしてもノンフィクションとしては無駄になるからだ。

拙著『風にそよぐ墓標』は、日航遺族が辿った25年間の絶望から這い上がる真実の物語を描いたものだ。日航機事故で父親を失った息子たちを全国に訪ね歩き、6家族の不屈の四半世紀を描かせてもらったのがこの本である。

登場する人物には私自身がすべて一人一人お会いし、長時間の取材に答えていただいた。その一つ(第3章)が、池田知加恵さんにも長時間の取材協力をいただいた池田家の物語である。

事故で亡くなった池田隆美さん(享年53)=池田知加恵さんの亡き夫=は大変立派な方だった。昭和ひと桁の生まれらしい毅然とした生き方をされた方で、猛烈な会社人間として生涯を歩み、多くの部下に慕われ、上司にも信頼された。

私は、この方の企業戦士として、あるいは家庭人としての生きざまと生きた証(あかし)を後世に残させてもらいたいと思い、池田家をはじめ多くの方の取材協力を得て、本書の第3章において感動のドキュメントを書かせていただいた。特に、隆美さんが荼毘に付される時に上司が発した言葉や、亡き父のことを語る息子さんの姿には私自身が大変感動し、これらを客観描写させてもらった。

その中で夫人である池田知加恵さんにも、長時間の取材協力をいただき、手記本だけでなく、自身が取り上げられたニュースやワイドショーの映像、あるいは日航で講演した際のビデオに至るまで積極的に提供してくれ、事実描写のために多大なご協力をいただいた。その意味では、今も知加恵さんへの感謝の気持ちは大きい。

しかし、およそ1年後、自ら提供した手記本は「事実関係を整理する参考にと渡したもので、表現を使っていいとは一切認めていない」と主張されている。ご主人と息子さんの感動のドキュメントを描こうとした私に共感してくれ、あれほど積極的にさまざまなものを提供してくれたものが、「使ってはいけない」ものだったというのである。

私は、ふと亡き池田隆美さんはどう思っているのだろうか、と思った。私は、昨年6月、8月、そしてお彼岸を過ぎた9月と計3回、御巣鷹山に慰霊登山し、取り上げさせてもらった6家族のお父さん方の墓標に手を合わさせてもらった。

池田隆美さんの墓標は、御巣鷹の尾根の最上部に近い場所にある。9月に行った時、隆美さんの墓標には、さまざまなことを報告させてもらった。池田知加恵さんに頼まれていた知加恵さん自身の父親である元陸軍中将の本が実際に実現する可能性が出てきたからである。

しかし、当の池田知加恵さんはその1年後、私を訴えるという。この25年間、池田家がいかに素晴らしい生きざまを見せてくれたかを一生懸命描かせてもらった私が、逆にその池田家から訴えられるというのだから、これは不徳というほかないだろう。

いずれにしても、長い長い法廷闘争の幕は切って落とされる。日本のノンフィクションの事実描写とはどうなるのか。私自身が関心と熱意をもってこの問題に取り組んでいこうと思う。

カテゴリ: 池田家との訴訟

ノンフィクションは「事実」をどう描くのか

2011.07.11

先週木曜日夕刊に朝日新聞が掲載した「日航機事故遺族、作家提訴の構え “手記と表現酷似”」というニュースが、今頃になって朝日新聞がネットに流し、ヤフーニュースのトピックスに出ている。非常に悪意を感じるやり方である。

改めて、この問題について、私自身の見解を表明させていただこうと思う。なぜなら、このご遺族(池田知加恵さん)の主張が通れば、日本のノンフィクションは成り立たなくなるからである。まず私の見解(コメント)は以下の通りだ。

「ご本人から直接提供を受けたサイン入りの手記本をもとに長時間、ご本人に事実関係を確認しながら取材し、承諾の上、参考文献と明記して事実描写の参考にさせてもらいましたが、あとになって著作権侵害とは、ただ驚きです。これが許されないなら、ノンフィクション作品そのものが成り立たなくなります」

以下、経緯について(1)~(9)で説明させていただく。

(1)池田知加恵さん(78)には、昨年5月24日に大阪府茨木市の自宅マンションにておよそ4時間にわたって取材に答えてもらい、その際、知加恵さんの手記本『雪解けの尾根』をわざわざご本人から「門田隆将様 感謝をこめて 池田知加恵」とサイン入りで提供を受けた上、事故当時の知加恵さんの行動を細かく取材させてもらった。

(2)事故から25年が経ち、当時の記憶が薄れていた知加恵さんは、「この『雪解けの尾根』を書いた時が記憶の限界だった」と門田に伝え、わざわざ事故当時の自分の行動を細かく記載しているこの手記本を提供してくれたのである。そして、取材はそこに書かれている「事実」を確認する形で進んだ。

(3)取材の過程で、知加恵さんは、「それは、本にはなんて書いてあったかしら?」「そのことは書いてなかったかしら?」と何度も繰り返していた。長時間にわたった取材時のICレコーダーには、その知加恵さんの発言がすべて録音されている。門田は取材の最後に、「今日の知加恵さんの証言と、この手記本に書かれている事実を正確に記述させてもらうのでご安心ください」と、知加恵さんの事故当時の行動を間違って書くことのないよう誓い、知加恵さんの承諾を得た。

(4)門田の細かな質問に対して、彼女は手記本以外にも、当時のニュースやワイドショーに自分が取り上げられた際の映像、あるいは、のちに日航で知加恵さん本人が講演した際の映像をDVDとして提供してくれた。それらをもとに、門田は「事実」を忠実に描写した。取材1週間後には、知加恵さんから自分のしゃべり過ぎた部分について「3点」の訂正(要望)を記述した手紙が門田のもとに届き、門田はその要望も踏まえて本を執筆した。

(5)本が刊行されるまで、知加恵さんとは電話でのやりとりも続き、親しくさせてもらった。知加恵さんの父親は、元陸軍中将でもあり、その父親のことを「本にして欲しい」という要望まで彼女は門田にしていた。実際に父親が残した手記をわざわざ門田のもとに送ってきたほどである。

(6)だが、『風にそよぐ墓標』の刊行後、およそ1年を経て、知加恵さんは門田を提訴するという。「自分は著作の利用に同意などしていない」というのである。あれほど納得してもらった上で、当時の彼女の行動を正確に記述するために提供を受けた「参考文献」が、「利用されるとは思わなかった」というのである。

(7)あとになってそんなことを言われたら、事実だけを記述するノンフィクション作品は成り立たない。彼女には、拙著の中で気に入らない部分があったのだろうが、それにしても作家に対して「盗用作家」の汚名を着せようという行為は許すことができない。

(8)そもそも事実を描写するために本人を取材し、その本人から手記まで提供されて事実確認しながら取材し、執筆していけば、その描写は自ずと限られる。なぜなら、事実は「ひとつしかない」からだ。これがダメなら、もうノンフィクション自体が「事実」を書けなくなる。

(9)当該作品は、日航遺族が辿った25年間の絶望から這い上がる真実の物語である。門田が、日航機事故で父親を失った息子たちを全国に訪ね歩き、絶望から這い上がった6家族の不屈の四半世紀を描かせてもらった。その過程で、池田知加恵さんにも長時間の取材協力をいただいた。人生に悩み、挫けそうになった人々に勇気と希望を与える感動のノンフィクションなので、知加恵さんの今回の主張には驚くばかりである。

以上が経緯の説明である。私は今、ノンフィクションにとって「事実の描写」とは何だろうか、と思っている。「ノンフィクション作品」とは、読んで字のごとく「虚構のないもの」である。つまりノンフィクション作品には、ライターの「創作」は許されない。一方、小説(ノベル)とは、作家が創作するものなので、成り立ちがまったく逆だ。

小説は、作家がストーリーを“創っていく”ものであり、ノンフィクションは、真実に向かってひたすら“掘っていく”ものである。では、「創作が許されない」ノンフィクション作品をライター、ジャーナリストは、どう描いているのか。

それには、取材による当事者の証言、当事者の日記や手記の発掘、あるいは関係者の証言、資料収集……等々によっておこなわれる。つまり、これらの取材と基礎的資料の発掘が作品形成の上で最も大きな意味を持つ。

そのため、ノンフィクションを書き上げるまでには制約が多いが、そこには「真実を描き出す」という醍醐味がある。それまで誰も炙り出せなかった事実に辿り着いた時の喜びは、なにものにも代えがたい。

これまでの私の作品でも、ご遺族に当事者の手記や日記を提供してもらうのに何年もかかった事例がある。説得とは、それほど難しい。そして、事実を描くというのは、それだけ手間がかかるものである。

そうして入手したものをもとに検討と分析を重ね、ノンフィクション作品では「事実」を客観描写していく。

では、ご本人から直接提供をいただいた手記をもとに「事実関係」を確認しながら本人に取材をおこない、参考文献にすることを同意してもらったにもかかわらず、あとになって態度を翻され、「著作の利用には同意していなかった」として、ライターが「盗用作家」のレッテルを貼られるとしたら、どうだろうか。

私は今、そういう事態に見舞われている。当事者に取材し、手記の提供を受ける。事実を描写するために提供されたその手記に基づいて当事者に確認取材をおこない、事実を客観的に執筆する。これは、通常のノンフィクション作品におけるアプローチである。

それを1年も経ってから「著作権侵害だ」「盗用だ」と提訴されるとしたら、ノンフィクションは「事実」をどう描写すればいいのだろうか。ノンフィクションを書くライターは、たった一つの事実に向かって掘り下げていき、取材を深めて、その「事実」を客観描写する。しかし、現にそれが「駄目だ」と主張する人がいるのである。

この方の主張が通るなら、ノンフィクションとは今後、どう「事実」を描写すべきだろうか。そもそもノンフィクション作品が、今後、日本で成立していくものなのだろうか。それは、足を運んで取材に歩き、当事者に会い、事実を丹念に描写していく「ジャーナリズムの否定」につながらないだろうか。

そのことについて、司法の判断が求められることになる。私自身も、ジャーナリストとして極めて注目している。

カテゴリ: 池田家との訴訟

朝日新聞の記事への興味深い反応

2011.07.08

昨日の日航遺族・池田知加恵さん(78)の朝日新聞夕刊の記事に、実に興味深い反応が次々と寄せられた。知り合いの編集者からは、「本人からサイン入りで手記本の提供をされ、それをもとに本人に長時間、事実関係を確かめる形で取材していったのに、それでも著作権侵害で訴えられるの? もうどうしようもないね」と呆れ顔だった。

ある新聞記者からは、こんな反応が来た。「事実を描写するために本人を取材し、その本人から手記まで提供されて事実確認しながら書いていけば、事実がひとつである以上、記述が似るのは当然。これでダメなら、もう事実そのものが書けなくなるね」

相手はご高齢の方なので、こちらの話に耳を傾けてくれない以上、非常に残念ではあるが、法廷できちんと立証させてもらうしかない、と思う。幸いに彼女が私の4時間にわたる取材でどんなお話をされたか、あるいは、どういうお手紙を私のもとに送ってきたか、さらには、どういうものを取材で提供してくれたか、すべて保管してあるので、法廷では、きちんと吟味していただこうと思う。

ところで、私が驚いたのは、この朝日新聞の記事への家族の反応だった。大学生と高校生の二人の息子が、「お父さんが池田家のためにどれだけ一生懸命取材し、感動の物語を書いたかは、僕たちが知っている。あの章は、一番涙が出た。僕たちがお父さんを支えるから、正々堂々と戦っていこう」というのである。

普段は私の仕事にあまり口を出したことがない息子たちがそんなことを言ったのには驚いた。文筆業というのは、文字通り、文筆だけで生計を立てている。こういう根幹にかかわる批判を受けると、直接、私のジャーナリズム活動に影響が出る。つまり家族の生活権が危機に晒されるのである。

息子たちは、「きちんと本人に取材し、あれだけの作品を書いても、それでもダメなら仕方ないじゃないか。とにかく正々堂々と戦おう」と言う。たしかに、こういうことはジャーナリストの宿命でもある。

私には書かなければならないノンフィクションが沢山あるので、池田知加恵さんの訴訟への対応と共に、取材執筆に明日からも邁進しなければならない、と思う。

カテゴリ: 池田家との訴訟

これでは「ノンフィクション」が成り立たない

2011.07.07

本日、朝日新聞夕刊に私が日航御巣鷹山事故の遺族である池田知加恵さん(78)に「著作権を侵害された」として訴えを起こされることが掲載された。昨年8月に私が出版した『風にそよぐ墓標―父と息子の日航機墜落事故』の第3章で取り上げさせてもらった池田家の池田知加恵さんである。

知加恵さんには、昨年5月24日におよそ4時間にわたって取材に答えていただき、その際、知加恵さんの手記本『雪解けの尾根』をわざわざご本人から「門田隆将様 感謝をこめて 池田知加恵」とサイン入りで提供を受けた上、事故当時の知加恵さんの行動を細かく取材させてもらった。

事故から25年が経ち、当時の記憶が薄れていた知加恵さんは、「この『雪解けの尾根』を書いた時が記憶の限界だった」と私に伝え、わざわざ事故当時の自分の行動を細かく記載しているこの手記本を提供してくれたのである。そして、取材はそこに書かれている「事実」を確認する形で進んだ。

取材の過程で、知加恵さんは、「それは本にはなんて書いてあったかしら?」「そのことは書いてなかったかしら?」と何度も繰り返していた。私は取材の最後に、「今日の知加恵さんの証言と、この手記本に書かれている事実を正確に記述させてもらうのでご安心ください」と、知加恵さんの事故当時の行動を間違って書くことのないよう誓い、知加恵さんの承諾を得た。

私の細かな質問に対して、彼女は手記本以外にも、当時のニュースやワイドショーに自分が取り上げられた際の映像をDVDとして提供してくれた。さらに、のちに日航で遺族として初めて講演した時のDVDも提供してくれた。それらをもとに、私は「事実」を忠実に描写させてもらった。取材1週間後には、知加恵さんから自分のしゃべり過ぎた部分について「3点」の訂正(要望)を記述した手紙が私のもとに届き、私はその要望も踏まえて本を執筆した。

本が刊行されるまで、知加恵さんとは電話でのやりとりも続き、親しくさせていただいた。知加恵さんの父親は、元陸軍中将でもあり、その父親のことを「本にして欲しい」という要望まで彼女は私にしていた。実際に父親が残した手記をわざわざ私のもとに送ってきたほどである。

だが、『風にそよぐ墓標』の刊行後、およそ1年を経て、知加恵さんは私を提訴するという。「自分は著作の利用に同意などしていない」というのである。あれほど納得してもらった上で、当時の彼女の行動を正確に記述するために提供を受けた「参考文献」が、「利用されるとは思わなかった」と言うのである。

私は、絶句した。あとになってそんなことを言われたら、事実だけを記述するノンフィクション作品は成り立たない。おそらく、彼女には、拙著の中で気に入らない部分があったのだろうと思う。知加恵さんが私の作品の中のどの部分が気に入らなかったかは大体、想像がつく。

これは提訴されたのちの裁判の過程で詳しく明らかにしていくので、敢えてここでは触れない。だが、拙著は「父と息子の日航機墜落事故」という副題がついているように、あくまで主役は亡くなった父親と、その亡き父の年齢に近づいて来た息子たちである。

知加恵さんの期待されていた取り上げ方とは違っていたかもしれないが、それにしても訴訟を起こして来るとは、言葉もない。向こうの主張が仮にまかり通れば、ノンフィクション作品そのものが成り立たなくなるので、おそらく最高裁まで徹底して戦うことになるだろう。

動きがあるごとに当ブログその他でも、この池田知加恵さんとの件について、ご報告していこうと思う。来年には、私は司法関係の本も刊行する予定なので、自分が見舞われたこの問題についても、ジャーナリストとしてきちんと記述していこうと思う。ちなみにこの件についての、私のコメントは以下の通りである。

「ご本人に長時間取材し、直接提供を受けたサイン入りの手記本を、承諾の上、参考文献と明記して事実関係の参考にさせてもらいましたが、あとになって著作権侵害とは、ただ驚きです。これが許されないなら、ノンフィクション作品そのものが成り立たなくなります」

カテゴリ: 池田家との訴訟

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